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フェラーラのVia Scadianaです。この通りにスキファノイア宮殿があります。


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スキファノイア宮殿は、Signore di Ferrara e di ModenaのAlberto V d'Este(アルベルト5世デステ)(フェラーラ、1347‐1393)によって1385年に別荘として建設され、15世紀中頃にボルソ・デステによって増築され、ほぼ現在の姿になりました。


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ボルソ・デステによる増築の切っ掛けは、1452年に神聖ローマ帝国皇帝フリードリッヒ3世によって、モデナとレッジョ(レッジョ・エミリア)の公爵に叙せられたからと言われてます。
また、ボルソ・デステは、1471年、当時の教皇パオロ2世によってフェラーラ公に任じられました。


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1470年に建設されたファサード。


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宮殿内に描かれたフレスコ画が傑作であることから、宮殿はMusei Civici d'Arte Antica di Ferraraの一部として公開されてます。


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切符売り場


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2016年頃までは写真不可だったと思います。(2015年に撮った写真)


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美術館として公開されているのは1階(日本の2階)です。


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ノーフラッシュならば写真可ですが、ビデオ撮影は禁止されてます。



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2015年に撮った写真です。写真不可の表示がありました。


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Salone dei Mesi(12か月の間)です。


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スキファノイア宮殿の見所は、この部屋のフレスコ画です。
フレスコ画は、ボルソ・デステの命によって1468年から1470年によって制作されました。フェラーラ公に叙せられたことがこのフレスコ画の制作の理由とされてます。ボルソ・デステがフェラーラ公に叙せられたのは1471年で、フレスコ画はそれ以前の完成で変に思われますが、正式叙任以前に叙任が確実視されていたそうで、叙任前にフレスコ画発注したことが分かります。


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ご参考までにボルソ・デステの肖像画の写真を載せておきます。


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ミラノ市立博物館(スフォルツェスコ城)にあります。


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この部屋は、公共のホールとして、また、たばこ工場の作業場や納屋として使用された時代があり、さらに制作されてからたばこ工場として使用されるまで修復作業が一度も行われず、経時劣化の損傷が甚大でした。その結果、修復作業を行っても回復不能になったフレスコ画の部分がかなりあるのです。


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説明プレート(南壁)


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東壁


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北壁


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各フレスコ画の帰属表です。
従来、コズメ・トゥーラが12か月の間のフレスコ画制作に於いて主要な役割を果たしたとされてますが、現在では否定されているようです。
では、1月から順に見て行きましょう。


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1月です。


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1月のフレスコ画は、バルダッサッレ・デステ(レッジョ・エミリア、1443‐フェラーラ、1504)に帰属するそうです。


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何が描かれていたのか、判然としません。


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これでも修復後の状態です。


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1月と2月の境界らしい?


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2月


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新たに修復された箇所のようです。


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3月です。
3月のフレスコ画は、フランチェスコ・デル・コッサ(フェラーラ、1436‐ボローニャ、1478)によって、1468年から1470年に制作されました。


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上段はミネルヴァの勝利


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中段の牡羊


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下段は、ボルソ・デステ公爵の正義


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4月のフレスコ画は、フランチェスコ・デル・コッサによって1468年から1470年に制作されたそうです。


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上段は、ヴィーナスの勝利


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中段の牡牛座


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下段は、上からサン・ジョルジョのパリオへのボルソ・デステの出席、狩りから帰るボルソ・デステ、ボルソ・デステの寄付


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5月です。
フランチェスコ・デル・コッサと協力者によって1468年から1470年に制作されました。


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上段はアポロの勝利


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中段は双子座


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下段は農村の風景


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(つづく)