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階段を上ります。


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階段の壁にフレスコ画があります。


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順路に従って進みます。La Cagliostraと出てますが、この意味を知らないと部屋に入ってもあまり興味が湧かないと思います。


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次の部屋は、パオロ3世のロッジャの階上になります。


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説明板


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1543年にパオロ3世によって建てられた部屋です。


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部屋のフレスコ画は、ルツィオ・ルーツィ通称ルツィオ・ロマーノ(トーディ、16世紀初め‐16世紀末)と弟子によって1545年から1546年にかけて制作されました。


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詳細不明の壺


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「カリオストラの間」と言う名称の由来は、ジュゼッペ・バルサーノ通称アレッサンドロ・ディ・カリオストロ(パレルモ、1743‐サン・レオ、1795)が1789年に、サンタンジェロ城のこの部屋に投獄されていたからです。
アレッサンドロ・ディ・カリオストロは、冒険家、魔術師、錬金術師であり、詐欺師として当時有名でしたが、フリーメーソンの会員だったとされて、投獄され死刑宣告を受けました。後に当時の教皇によって終身刑に減刑され、この部屋に投獄されていましたが、逃亡を図ったものの捕えられ、サンタンジェロ城よりも厳重なサン・レオ要塞に移され、そこで獄中死したのです。


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ジュゼッペ・チェーザリ通称カヴェリエール・ダルピーノ(アルピーノ、1568‐ローマ、1640)の「プロスペロ・ファリナッチの肖像」
何故、プロスペロ・ファリナッチの肖像画がこの部屋にあるのか、不思議に思いませんか?勿論、理由があって置かれているのです。
プロスペロ・ファリナッチ(ローマ、1544‐1618)は、判事、弁護士、そして当時有数の法学者として有名でしたが、父親殺しの罪で死刑判決を受けたベアトリーチェ・チェンチ(ローマ、1577‐1599)の弁護を引き受けたのです。プロスペロの弁護の甲斐なく、ベアトリーチェ・チェンチは有罪となり、1599年、サンタンジェロ城前のサンタンジェロ橋で公開斬首されましたが、斬首までの数日、この部屋に投獄されていたのです。


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以上のような逸話を知っておくと、サンタンジェロ博物館はより興味深く見て回ることが出来ると思います。


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階段を下りて下の階に戻ります。


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次は私のお目当ての部屋です。


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Sala dell'Adrianeoと呼ばれてます。


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教皇パオロ3世ファルネーゼによって1540年台に図書館などとともに建設された部屋です。


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ルーカ・シニョレッリ(コルトーナ、1445c‐1523)の「聖母子と4聖人(聖ピエトロ、聖ベルナルド、聖ステファノ、聖パオロ)」(1515‐20)


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コルトーナのサン・ミケランジェロ女子修道院長から注文され、サン・ミケランジェロ女子修道院に置かれていましたが、後のフィレンツェの個人蔵作品となりました。
1928年、ヴェティカンに寄贈され、サンタンジェロ城で展示されるようになりました。


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聖ステファノの衣装に描かれた「ピエタのキリスト」


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「キリストの復活」


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プレデッラの「聖トンマーゾの不信」


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「聖母の誕生」


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「キリストの洗礼」


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「最後の晩餐」、「キリストの鞭打ち」


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「聖ピエトロに天国のカギを託すキリスト」


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部屋の壁にフレスコ画が描かれてます。


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ルツィオ・ルーツィ通称ルツィオ・ロマーノ(トーディ、16世紀初め‐16世紀末)と弟子によって1544年から1545年に変えて制作されたフレスコ画です。


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神話がテーマです。


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何家の紋章でしょうか?


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二コラ・プッサン(フランス、1594‐ローマ、1665)の「バッカス祭」


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詳細不明
(つづく)