ブッセート駅に到着しました。
ブッセートは、人口6,939人(2018年1月1日)のエミリア・ロマーニャ州パルマ県にあるコムーネです。
駅名が入った写真がないと様にならないので、列車が発車するのを待って、向かいのホームから写真を撮りました。
無人の小さな駅ですが、駅のトイレが使用可能です。
無人駅でもトイレがあるのが普通ですが、そのトイレは施錠されていて使用できないことが殆どです。折角なので利用させて頂きましたが、ブッセートのトイレは非常に清潔でした。
駅舎です。
ブッセートは、ジュゼッペ・ヴェルディ所縁の町として有名です。ジュゼッペ・ヴェルディ(レ・ロンコーレ、1813‐ミラノ、1901)は、ブッセートの分離集落 Frazioneのレ・ロンコーレで生まれ、1824年にブッセートに移住してきました。
田舎の佇まいの駅前広場
旧市街に向かいます。
Cappella della Madonna Rossaを通り過ぎます。
駅から旧市街の入り口までは徒歩数分の僅かな距離です。
頃合はブッセートで最も賑わいを見せる、ヴェルディ・フェスティヴァルが開催される10月です。
緑豊かで、長閑な町です。
住宅地
Istituto Compresivo Busseto
小学校です。
この辺が旧市街の入り口になります。
町の目抜き通りであるローマ通り
この日、快晴、気温20℃くらいで絶好の町歩き日和でした。
Busseto Terra di Verdiの横断幕が掲げられてます。
この日はヴェルディ・オペラの上演日でした。
ローマ通りと交差する道は静寂に包まれていました。
尤もローマ通りも人通りが少なく、静かでした。
この日のことは思い出したくないので、適当に書いておきます。
柱廊が完備されてます。
イエズス会の旧大学です。
1617年から1682年に建設されたサンティグナツィオ・ディ・ロヨラ教会です。
1613年、ラヌッチョ1世ファルネーゼ(パルマ、1569‐1622)がイエズス会に対して、ブッセートを活動拠点にして良いとの許可を与えたことにより、大学と教会が建設されました。
しかし、イエズス会の勢力はそれだけに留まらず、この町の多くを勢力下に置きました。
ヴェルディもこの大学で学びました。
ローマ通りは全長500mくらい?でしょうか。
1679年から1682年に建設された、バロック様式のPalazzo del Monte di Pietaです。
ローマ通りを更に進みます。
柱廊が続いてます。
通りの突き当りにある教会が見えてます。
Palazzo Orlandi
19世紀初頭に建設された新古典様式のPalazzo Orlandiです。
1845年、ヴェルディは、22,000リラの大金で、このPalazzoを買いました。1849年、ソプラノ歌手で、ヴェルディの後妻ジュゼッピーナ・ストレプトニと一緒にこのPalazzoで住むようになりました。
ヴェルディとストレプトニがここで住むには色々と問題が生じました。その辺の詳細はここでは触れませんが、やがて、このPalazzoはストレプトニの所有となりました。
現在はSIAEが所有しています。
ヴェルディ広場は直ぐ傍です。
広場にやってきました。
ヴェルディ広場です。
広場に面したカフェで一休み。
広場にあるのは勿論ヴェルディ像です。
(つづく)
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