引き続きオーニッサンティ教会です。
122
Cappella Vespucci


522
ドメニコ・ギルランダイオのフレスコ画が素晴らしい!


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ドメニコ・ギルランダイオ(フィレンツェ、1448‐1496)の「慈悲の聖母」(1471‐72c)


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ドメニコ・ギルランダイオ(フィレンツェ、1448‐1496)の「十字架降下」(1471‐72c)


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ルドヴィーコ・ブーティ(フィレンツェ、1550/1560c-1611)の「キリストの昇天」(1580-90)


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詳細不知


089
詳細不知


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身廊天井のフレスコ画


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コジモ・ウリヴェッリ(フィレンツェ、1625-1705)の「聖母子と聖フランチェスコ」


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キオストロ回廊に出ました。


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回廊のフレスコ画が中々のものです。


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回廊を経由して食堂に入りました。


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ドメニコ・ギルランダイオ(フィレンツェ、1448-1496)の「最後の晩餐」
サン・マルコ修道院にもドメニコの「最後の晩餐」があります。2つの最後の晩餐は非常に似ており、見ただけでは違いが分かりません。2つを並べて見れば、違いがよく分かりますが、それは不可能です。


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外に出ました。


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オーニッサンティ広場にある「ヘラクレスとライオン」のモニュメント


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広場に面して建つ、1470年に建設されたPalazzo Lenzi


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対岸に見えるサン・フレディアーノ教会


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Ponte alla Carraiaでしょうか?


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次はサンタ・トリニータ聖堂です。


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Basilica Minoreなので、サンタ・トリニータ聖堂と訳しました。


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1077年の記録に、この地にあった教会の存在が記されているそうです(当時は別の名称でした)。その教会の一部が現在の聖堂のクリプタです。
初代の建物の一部の上に、ニコラ・ピサーノ(アプリア、1220/1225c-ピサ?、1284c)またはネーリ・ディ・フィオラヴァンテ(ピストイア、?-フィレンツェ、1374)の設計によって、1250年から1258年にかけて建設されたゴシック様式の教会とされてます。
しかし、私は、ネーリ・ディ・フィオラヴァンテの設計は、生年が不明ですが没年が1374年が正しいとすると有り得ないと思います。


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ファサードは、ベルナルド・ブオンレンティ(フィレンツェ、1531-1608)の設計によって、1593年に建設されました。


112
1966年のアルノ川の大洪水によって深刻な被害を受けました。
この聖堂は宗教美術品の傑作が目白押しで、美術ファンは必見です。
この聖堂にあった最高傑作は、現在ウフィツィ美術館で展示されている、ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノの「ストロッツィの祭壇画、マギの礼拝」でしょう。


P2540306
これがその作品の写真です。


P2540310
かなり脱線しました。


P2540313
このような脱線が大好きです。
話を元に戻します。


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聖堂内に入りました。


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三廊式、ゴシック様式の内部です。


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左側廊


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左右非対称の少し複雑な構造をしています。


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身廊から右側壁方向を見た聖堂内部


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右側廊


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Cappella Maggiore、中央礼拝堂です。


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主祭壇画は、マリオット・ディ・ナルド(フィレンツェ、1388-1424)の「三位一体のトリッティコ」(1416)


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中央礼拝堂後陣のステンドグラス


227
中央礼拝堂の磔刑像


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アレッソ・バルドヴィネッティ(フィレンツェ、1425-1499)によって描かれた中央礼拝堂天井のフレスコ画(1470c)


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フランチェスコ・クッラディ(フィレンツェ、1570-1661)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの説教」(1649)


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詳細不知の「幼きキリストを抱く聖ジュゼッペ」


125
ネーリ・ディ・ビッチ(フィレンツェ、1418/1420-1492)の「玉座の聖母子と聖人たち」(1481)


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右半分が光るので、角度を変えて撮ったら、今度は左半分が光りました。


525
どうも上手くいきません。


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スピネッロ・アレティーノ(カポローナ、1350c-1410)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」


524
(つづく)