
晴れてきましたが、昨夜から未明にかけての雨で、日が当たらない道路は未だ濡れていました。

気温が急に上昇してきました。

次はサンティ・アポストリ教会です。この辺は13世紀から14世紀の建物や塔が並んでます。

サンティ・アポストリ教会です。
西暦800年に教会の歴史が遡るという記録があるのですが、その記録は後世の捏造との説が有力とされているようです。
現在のロマネスク様式の建物は11世紀末頃に着工されたそうです。

屋根付きのファサードが特徴です。
そのファサードは、建築家ベネデット・ダ・ロヴェッツァーノ(ロヴェッツァーノ、1474‐カナペール、1554c)の設計によって16世紀中頃に建設されました。

小さな鐘楼は、バルトロメオ・ディ・アーニョロ・バリオーニ通称バッチョ・ダーニョロ(フィレンツェ、1462‐1543)の設計によって16世紀前半に建設されました。

ファサードはリンボ広場に面してます。

リンボ(辺獄)広場の名称は、洗礼を受ける前に死んだ子供たちの墓地が広場にあったことに由来します。
洗礼を受けないで死ぬと成仏?できないと考えられており、赤ちゃんの死亡率が高かったので、誕生した翌日に洗礼式が執り行われることが屡々ありました。

毎日開いているので拝観し易いと思います。

教会内に入りました。

教会の構造図

教会の案内板

三廊式、バジリカ形式のロマネスク様式の内部です。

コリント式列柱が目立ちます。

木組みの梁の天井

ヤコポ・ディ・チョーネ(フィレンツェ、1325‐1399)とニッコロ・ディ・ピエトロ・ジェリーニ(フィレンツェ、1368から記録‐1415没)の「玉座の聖母子と4聖人のポリッティコ」(1383)

私の写真が不鮮明なので、外部サイトから拝借した鮮明な作品画像を掲載しておきます。

ジョヴァンニ・デッラ・ロッビア(フィレンツェ、1469‐1529)の「Tabernacolo del sacramento」(1500‐25c)

私の写真が不鮮明なので、外部サイトから拝借した鮮明な作品画像を掲載してます。

マーゾ・ダ・サン・フリアーノ(フィレンツェ、1536‐1571)の「幼きキリストへの崇拝」

「幼きリストへの崇拝」の前のプレセピオ


アレッサンドロ・フェイ・デル・バルビエーリ(フィレンツェ、1543‐1592)の「大天使聖ミケーレ」

詳細不知

アントン・ドメニコ・ガッビアーニ(フィレンツェ、1652‐1726)の「サレスの聖フランチェスコの栄光」(1685)

上部

下部

パオロ・スキアーヴォ(ローマ、1397‐ピサ、1478)の「聖母子のシノピア」

パオロ・スキアーヴォ(ローマ、1397‐ピサ、1478)の「聖母子」(1400‐10c)

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ジョルジョ・ヴァザーリ(アレッツォ、1511‐フィレンツェ、1574)の「無原罪の御宿リの寓意」(1541)

詳細不知

詳細不知

外に出ました。

日が当たっている道は乾いていました。

サント・スピリト教会に向かいます。

橋を渡ります。


残念! サント・スピリト教会は閉まっていました。

教会が閉まる時間になったので、ウフィツィ美術館に行くことにしました。



(つづく)
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