久し振りにドゥオーモのクーポラに上りました。
エレベーターが欲しいところですが頑張りました。
余ほど暇がないと上らない私ですが、この日は少々疲れ気味だったので、適当に過ごそうと思っていました。疲れ気味にも拘らず上ったのは、非常に空いていたからです。
疲れ気味なのに、わざわざ上ってバカみたい。
晴れていましたが霞んでいました。
塔を見に行くことに。
ダンテの家博物館の塔です。
Torre dei Giuochi
ホテル・ブルネッレスキのビザンティン様式のTorre della Pagliazza
この塔の名前が思い出せません。
Torre dei Barbadori o Torre de Ridolfi?
ヴァザーリの回廊のTorre dei Mannelli
Torre degli Amidei
次はサント・ステファノ教会です。
サント・ステファノ教会の扉が閉まっていました。この日は、この教会でコンサートが行われるので必ず開く筈です。
2,3時間後に再びサント・ステファノ教会に行くことにして、街歩きを続けました。
フィレンツェは、見所が膨大にあるので退屈しません。
ブルネッレスキのロトンダ
フィリッポ・ブルネッレスキの設計によって1434年に建設されたサンタ・マリア・デリ・アンジェリ礼拝堂です。
ぺルゴラ劇場
1570年から1574年に建設されたPalazzo di Bianca Cappelloです。
ベルナルディーノ・ポッチェッティ(フィレンツェ、1548‐1612)によるファサードの装飾が見ものです。
再びサント・ステファノ教会に向かいます。
サント・ステファノ・アル・ポンテ教会が開いてました。
教会の最初の記録は1116年の文書ということで、1116年以前に存在していたことが分かってます。
1233年頃、ファサードの下部が現在の姿に改修されました。
1986年、教会機能が停止されました。
現在、教会だった建物は、トスカーナ管弦楽団のホールになってます。トスカーナ古楽器管弦楽団やフィレンツェ室内管弦楽団などのコンサートが行われてます。
単廊式、バロック様式の内部です。
左側壁
右側壁
各礼拝堂の祭壇画を見て行きます。ここで注意したいのは、この教会に元々あった作品が少なく、他の教会にあった祭壇画が持ち込まれて礼拝堂に設置された作品が幾つかあることです。
制作者情報不知の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」
フランチェスコ・コンティ(フィレンツェ、1681‐1760)の「天国の鍵を聖ピエトロに託すキリスト」
ミーノ・ダ・フィエーゾレ(ポッピ、1429‐フィレンツェ、1484)?の「聖母子」
16世紀のフィレンツェの逸名画家作「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」
詳細不知
詳細不知
ニッコロ・ラーピ(フィレンツェ、1667‐1732)の「磔刑」
15世紀のフィレンツェの逸名彫刻家作「磔刑像」
フランチェスコ・クッラディ(フィレンツェ、1570‐1661)の「聖チェチリアの死」
制作者情報不明の「チゴリ作『十字架降下』のコピー画」
マッテオ・ロッセッリ(フィレンツェ、1578‐1650)の「聖ロレンツォに顕現する聖母子」
17世紀のフィレンツェの逸名画家作「トレンティーノの聖二コラ」
サント・ステファノ・アル・ポンテ教会のファサード横後方にサント・ステファノ付属美術館がありますが、近年開いていたことがありません。
中にジョット・ディ・ボンドーネ(コッレ・ディ・ヴェスピニャーノ1267c‐フィレンツェ、1337)の「聖母子」があります。
外に出ました。
オルサンミケーレ教会
ドゥオーモに来ました。
ホテルに戻る途中にドゥオーモがあるので、ホテル・ヴァザーリに泊まるときは、毎日ドゥオーモの前を行き来します。
(つづく)
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