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次は、オルサンミケーレ教会と連絡アーチで繋がっている建物です。(写真右端の建物)


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Palazzo dell'Arte della Lanaです。
中世の頃、アルテと呼ばれる商工業組合がありましたが、その中で最も力があった羊毛組合の建物です。


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オルサンミケーレ通り、カリマーラ通り、アルテ・デッラ・ラーナ通りの角にあります。


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建設された当初はTorre di Compiobbesiと呼ばれていました。
12世紀末のフィレンツェは、都市貴族は派閥毎に徒党を組んで塔を構えた要塞のような館を建設して、反対派と対抗していた物騒な時代でした。
その貴族の中に、フィエーゾレのコンピオッビ出身のコンピオベッシ家が13世紀に建てたのがTorre di Corso Donatiです。


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やがて有力貴族がグエルフィ(教皇派)とギベッリーニ派(皇帝派)の二派に分かれて激しい抗争を繰り返しました。
1266年のベネヴェントの戦いによって、グエルフィが勝利すると、ギベッリーニに属していたコンピオベッシ家は、Torre di Compiobbesi、出身地のコンピオッビで所有していた城とサン・ミケーレ教会などの財産が没収されてしまいました。
1308年、建物は羊毛組合の所有となり、Palazzo dell'Arte della Lanaと呼ばれるようになりました。


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1569年、2つの建物を繋ぐ連絡橋がベルナルド・ブオンタレンティ(フィレンツェ、1531‐1608)の設計によって建設されました。
現在、オルサンミケーレ美術館に入館するための通路になってます。


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1905年、Societa Dantesca Italianaの所有となり、現在に至ってます。


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16世紀、パラッツォの2階は、コジモ1世によって公証人の記録保管所になりました。


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次はタベルナコロを見ます。


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建物の下の方にタベルナコロがあります。


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Tabernacolo di Santa Maria della Trombadesu


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タベルナコロの上にタルガがあります。


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ダンテのタルガ「神曲をかざすダンテ」です。
原画は、フィレンツェ大聖堂にあります。


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ドメニコ・ディ・ミケリーノ(フィレンツェ、1417‐1491)の「神曲をかざすダンテ」
これが原画です。


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さて、タベルナコロですが、元からここにあったものではありません。
カリマーラ通りとメルカート・ヴェッキオ広場(現在の共和国広場)の間に、1321年に建設されたアルテ・ディ・メディチ・エ・スぺツァーリ(医師・薬種商組合)の礼拝堂が前身です。


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礼拝堂は店に転用されましたが、17世紀にタベルナコロとして再建されました。
19世紀にタベルナコロは破壊されてしまいましたが、破壊された断片を使用して1905年に現在の場所に復元されたものです。


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中に絵画があります。


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中の絵画の写真を撮ろうとしましたが、中々上手くいきません。


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絵画は、17世紀にタベルナコロとして再建された時にあったものではなく、20世紀初めにこの場所で復元された時に美術館から移設されたものです。


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聖母戴冠の制作者が14世紀のフィレンツェ派の画家とされてますが、現在ではニッコロ・ディ・ピエトロ・ジェリーニの作品とされているようです。


1
ヤコポ・デル・カゼンティーノ(プラートヴェッキオ、1297c‐1349c)の「聖母子と聖人たち」(1347以前)
(外部サイトから拝借した作品画像)


2
ニッコロ・ディ・ピエトロ・ジェリーニ(フィレンツェ、1368から記録‐1415没)の「聖母戴冠」(1380‐85)


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この日、Palazzo dell'Arte della Lanaの中に入ることが出来ませんでした。


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新市場のロッジャに向かいました。


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写真右奥に新市場のロッジャが見えてます。


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この辺は古い建物が多い。


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カリマーラ通り


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古い建物と思いきや、そうではありません。
1892年に建設されたPalazzo degli Angeliです。


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ランベルティ通り


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Mercato Nuovoのロッジャ


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ロッジャは16世紀中頃に建設されました。


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ロッジャにあるポルチェッリーノの泉
これは、ブロンズの複製です。
オリジナルは、ピエトロ・タッカ(カッラーラ、1577‐フィレンツェ、1640)の大理石彫刻でピッティ宮にあります。


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このままヴェッキオ橋に行ってもやることがありません。


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戻ることにしました。


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次はサン・ビアージョ教会です。


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教会はペッリッチェリ通りにあります。


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ペッリッチェリ通りに入ると、直ぐに教会が見えます。


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サンタ・マリア・ソプラ・ポルタ教会とも呼ばれてます。


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1038年の文書に記載されている古い教会です。


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カロリング時代の城壁の南門ポルタ・サンタ・マリアに近かったことからサンタ・マリア・ソプラ・ポルタ教会と呼ばれていたのです。


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現在の建物は、13世紀半ばに再建された二代目のものです。


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教会は、1785年に閉鎖され、その後、教会としては一度も再開されることがありませんでした。
その後、19世紀に消防隊の宿舎に転用されましたが、現在はBibloteca di Palagio di Parte Guelfaとなってます。


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中にフレスコ画があるそうですが、中に入らずに終わりました。


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近くをぶらぶら歩きました。


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歴史ある建物ばかりですが、一つ一つ触れていては先に進みません。


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(つづく)