
コルソ通りに入りました。

Torre dei Donati

12世紀から13世紀に建てられた塔です。ドナーティ家とライバル関係にあったチェルキ家のチェルキの塔が直ぐ近くにあります。2本の塔は白派と黒派の争いの象徴です。

写真右の教会を拝観します。

通称マドンナ・デイ・リッチ教会、正式名サンタ・マルゲリータ・イン・サンタ・マリア・デ・リッチ教会です。

現在の教会の近くにあったオステリアで賽子賭博をやっていたアントニオ・リナデルスキという若者はがいました。賭博に負けてオステリアを出たアントニオは、その腹いせに、馬糞を拾ってマドンナ・デイ・リッチのタベルナコロに馬糞を擦り付けて汚したのです。アントニオは逮捕されてバルジェッロ宮で吊るされました。
馬糞で汚されたタベルナコロの修復のために、リッチ家の後援によって1508年に建設されたのが、この教会です。

1610年、建築家ゲラルド・シルヴァーニ(フィレンツェ、1579‐1675)によって柱廊が追加されました。

1769年から1772年にかけて、建築家ガノービ・デル・ロッソ(フィレンツェ、1724‐1798)によって、内装が現在の後期バロック様式に改装されました。

柱廊の入り口

教会への入り口扉上の装飾

教会への入り口
毎晩のように中で演奏会が行われています。

中に入りました。

単廊式、後期バロック様式の内部です。

左右の側壁に、それぞれ2つの礼拝堂があります。

天井

天井のフレスコ画は、ロレンツォ・デル・モーロ(フィレンツェ、1677‐1735)の「聖母被昇天」

主祭壇を見ます。

主祭壇

サンタ・マリア・デリ・アルベリージの受胎告知

後陣のステンドグラスは、フランチェスコ・マーティ(1561‐1623)の「受胎告知」

後陣ヴォールトのフレスコ画は、ロレンツォ・デル・モーロ(フィレンツェ、1677‐1735)によって描かれました。


ステファノ・アミゴーリ(フィレンツェ、1757‐1812)の「聖マルゲリータの物語」(18世紀)

ステファノ・アミゴーリ(フィレンツェ、1757‐1812)の「聖マルゲリータの物語」(18世紀)

詳細不知の「磔刑像」

フィリッポ・ドルチャ―ティ(フィレンツェ、1443‐1519)の「アントニオ・リナデルスキの愚行」(1501)

詳細不知


ジョヴァンニ・カミッロ・サグレスター二(フィレンツェ、1660‐1731)の作品(1707)

ジョヴァンニ・カミッロ・サグレスター二(フィレンツェ、1660‐1731)の作品(1707)

詳細不知

ジョヴァンニ・カミッロ・サグレスター二(フィレンツェ、1660‐1731)の作品

ジョヴァンニ・カミッロ・サグレスター二(フィレンツェ、1660‐1731)の作品

詳細不知

詳細不知

詳細不知

ジョヴァンニ・カミッロ・サグレスター二(フィレンツェ、1660‐1731)の作品

ジョヴァンニ・カミッロ・サグレスター二(フィレンツェ、1660‐1731)の作品

詳細不知

フランチェスコ・マーティ(1561‐1623)の「受胎告知」

主祭壇前から見た出入口方向

ファサード裏の聖歌隊席にあるオルガン(1989)

外に出ました。

共和国広場に向かいます。

共和国広場に行く前に一休み

この店でジェラートを食べました。

共和国広場に帰ってきました。

あちこち歩いて足が棒のよう。

すっかり夕方です。

(つづく)
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