P1460974
コルソ通りに入りました。


P1460278
Torre dei Donati


P1460279
12世紀から13世紀に建てられた塔です。ドナーティ家とライバル関係にあったチェルキ家のチェルキの塔が直ぐ近くにあります。2本の塔は白派と黒派の争いの象徴です。


P1460975
写真右の教会を拝観します。


P1460281
通称マドンナ・デイ・リッチ教会、正式名サンタ・マルゲリータ・イン・サンタ・マリア・デ・リッチ教会です。


P1460345
現在の教会の近くにあったオステリアで賽子賭博をやっていたアントニオ・リナデルスキという若者はがいました。賭博に負けてオステリアを出たアントニオは、その腹いせに、馬糞を拾ってマドンナ・デイ・リッチのタベルナコロに馬糞を擦り付けて汚したのです。アントニオは逮捕されてバルジェッロ宮で吊るされました。
馬糞で汚されたタベルナコロの修復のために、リッチ家の後援によって1508年に建設されたのが、この教会です。


P1460344
1610年、建築家ゲラルド・シルヴァーニ(フィレンツェ、1579‐1675)によって柱廊が追加されました。


P1780675
1769年から1772年にかけて、建築家ガノービ・デル・ロッソ(フィレンツェ、1724‐1798)によって、内装が現在の後期バロック様式に改装されました。


P1780674
柱廊の入り口


P1780676
教会への入り口扉上の装飾


P1780677
教会への入り口
毎晩のように中で演奏会が行われています。


P1780679
中に入りました。


P1780681
単廊式、後期バロック様式の内部です。


P1780680
左右の側壁に、それぞれ2つの礼拝堂があります。


P1780682
天井


P1780683
天井のフレスコ画は、ロレンツォ・デル・モーロ(フィレンツェ、1677‐1735)の「聖母被昇天」


P1460285
主祭壇を見ます。


P1780686
主祭壇


P1460338
サンタ・マリア・デリ・アルベリージの受胎告知


P1460341
後陣のステンドグラスは、フランチェスコ・マーティ(1561‐1623)の「受胎告知」


P1460286
後陣ヴォールトのフレスコ画は、ロレンツォ・デル・モーロ(フィレンツェ、1677‐1735)によって描かれました。


P1460287


P1460296
ステファノ・アミゴーリ(フィレンツェ、1757‐1812)の「聖マルゲリータの物語」(18世紀)


P1460298
ステファノ・アミゴーリ(フィレンツェ、1757‐1812)の「聖マルゲリータの物語」(18世紀)


P1780693
詳細不知の「磔刑像」


P1460301
フィリッポ・ドルチャ―ティ(フィレンツェ、1443‐1519)の「アントニオ・リナデルスキの愚行」(1501)


P1460303
詳細不知


P1460304


P1460307
ジョヴァンニ・カミッロ・サグレスター二(フィレンツェ、1660‐1731)の作品(1707)


P1460309
ジョヴァンニ・カミッロ・サグレスター二(フィレンツェ、1660‐1731)の作品(1707)


P1460311
詳細不知


P1460313
ジョヴァンニ・カミッロ・サグレスター二(フィレンツェ、1660‐1731)の作品


P1460316
ジョヴァンニ・カミッロ・サグレスター二(フィレンツェ、1660‐1731)の作品


P1460319
詳細不知


P1460320
詳細不知


P1460322
詳細不知


P1460324
ジョヴァンニ・カミッロ・サグレスター二(フィレンツェ、1660‐1731)の作品


P1460327
ジョヴァンニ・カミッロ・サグレスター二(フィレンツェ、1660‐1731)の作品


P1460329
詳細不知


P1460333
フランチェスコ・マーティ(1561‐1623)の「受胎告知」


P1460339
主祭壇前から見た出入口方向


P1460340
ファサード裏の聖歌隊席にあるオルガン(1989)


P1460346
外に出ました。


P1460976
共和国広場に向かいます。

P1460977
共和国広場に行く前に一休み


P1460349
この店でジェラートを食べました。


P1460980
共和国広場に帰ってきました。


P1460981
あちこち歩いて足が棒のよう。


P1460978
すっかり夕方です。


P1460982
(つづく)