引き続きサント・ステファノ・マッジョーレ聖堂です。
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聖アンナの生涯の物語です。


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私には、フェデリーコ・ビアンキの作品に思えます。


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作品の制作者について調べましたが確実な所が分かりません。


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出入口方向


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外に出ました。
鐘楼の前にある低い塔は、1642年に倒壊した鐘楼の残骸です。


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次は、サント・ステファノ広場でサント・ステファノ・マッジョーレ聖堂に隣接して建つサン・ベルナルディーノ・アッレ・オッサ教会です。


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納骨堂で有名なサン・ベルナルディーノ・アッレ・オッサ教会です。


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1127年、教会が建っている場所近くにサン・バルナバ・イン・ブローロ病院が建設されました。また、1150年にサント・ステファノ・マッジョーレ複合施設の一つとしてサント・ステファノ病院が建設されましたが、それと同時にサント・ステファノ・マッジョーレ聖堂の敷地内に墓地が設けられました。


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しかし、ペストの流行があって、墓地は直ぐに一杯になってしまい、1210年に、現在地に死者の遺骨を収容する建物が建設されました。その納骨堂を含む小さな教会が1269年に建設されましたが、それが前身です。


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1642年、サント・ステファノ・マッジョーレ聖堂の鐘楼が倒壊したのですが、倒壊した鐘楼がサン・ベルナルディーノ・アッレ・オッサ教会の建物に直撃して破壊されてしまいました。1679年に二代目の再建されました。


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しかし、二代目の建物は、1712年の火災によって消失してしまいました。
カルロ・ジュゼッペ・メルロ(ミラノ、1690-1760)の設計によって、1776年に完成したファサードを持つ建物が現在の姿です。


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教会内部に入りました。


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八角形、バロック様式の内部です。


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クーポラ


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先ず納骨堂に向かいました。


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不気味な感じがするので、直ぐに納骨堂を後にしました。


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主祭壇


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シンプルな後陣の装飾です。


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主祭壇画は、謎の画家”アマデイ”の「聖母子」


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ジローラモ・ロットリーニ修道院長作「パラビアーゴの戦いの間に祈る聖アンブロージョ」


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詳細不知


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ジローラモ・ロットリーニ修道院長作「ペスト患者に聖体拝領させる聖カルロ・ボッロメオ」


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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外に出ました。
(つづく)