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時が移ろい、前回の旅から1年後の夏でした。


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前泊地はペルージャでした。


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この日は、フォリーニョの夏まつりジョストラが行われる日でした。


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1年前のフォリーニョは肌寒い上に悪天でしたが、その時とは雲泥の差の気候でした。


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シロッコの影響で、連日、乾燥した晴天続きでした。毎日の天気予報は、気温40度を超えるか、越えないかでもちきりでした。
私の体験では、イタリアは6月が最も暑いと思います。


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Via Niccolo Alunnoにフォリーニョの画家ニッコロ・アルンノ(フォリーニョ、1430c-1502)の家があったとされてます。


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Via Butaroni


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サンタ・マリア・デッラ・スッフラージョ教会が閉まっていましたが、閉まっていたのは地震とは関係なさそうです。
この時の旅の主目的は、2016年8月24日、2016年10月26日、2016年10月30日、2017年1月18日に起きた地震による教会や美術館への影響が心配だったので、それを自分の目で確認することでした。
結論を言えば、フォリーニョは大丈夫でしたが、フォリーニョの後に行ったノルチャ、アマトリーチェの被害は甚大で、観光気分で行ったことを恥じ入りました。


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ペルジーノのフレスコ画があるOratorio della Nunziatellaも扉が閉まっていました。


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お祭りの行進曲が聞こえてきたので、この日がジョストラ当日であることが分かりました。夏至前後の週末は、何処のコムーネに行ってもお祭りです。


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ガリバルディ通りです。


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地震後、閉鎖が続いていると聞いていたドゥオーモが気になるので、先ずドゥオーモに向かいました。


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遠目でドゥオーモの建物は大丈夫のように見えました。


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外壁は問題無さそうです。修復工事が未着手に見えました。しかし、その隣のPalazzo delle Canonicheの扉が閉まっていたので、立ち入りが禁止されていたようです。


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共和国広場側のPalazzo delle Canonicheは問題無さそうです。


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市庁舎は大丈夫でした。


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行進曲が徐々に大きく聞こえるようになりました。


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何をやっているのか、サッパリ分かりませんでしたが、兎に角暫く見ることにしました。


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共和国広場に舞台が設営されています。


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行進の一行が広場にやってきました。


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演奏しているのは大人だけでした。


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行進に加わっているのは子供とその親でした。


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フォリーニョのジョストラについては全く知りません。


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イタリアで象で思い浮かぶのはハンニバルくらいです。


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Quintaraは槍突きの意味ですが・・・・・


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舞台で何やら始まりました。


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舞台で気勢を上げました。


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舞台で気勢を上げると、行進が始まり広場から出て行きました。


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別の方角から行進曲が聞こえてきました。ジョストラの他の地区が広場に来るようです。


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サイド・ファサードの右扉と左扉が何時もと違っていました。地震の影響でしょうか?
ジョストラを見に来た訳ではないので、共和国広場を後にしました。


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トリンチ宮が地震の影響がなかったようです。


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Via Gramsciの、板で入り口が塞がれた建物は地震の被害を受けたからでしょう。


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旧サンタポッリナーレ教会前のPiazza Don Minzoniです。


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お腹が空いたので、広場横のトラットリアで昼食を食べることにしました。


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外に席で食べるのが好きなイタリア人ですが、流石に気温40度では外で食べている人がいませんでした。


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食後、歩き回る予定だったのでビールで我慢しました。


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外に出ました。
(つづく)