045
ダメ元でサン・サルヴァトーレ参事会教会に行ってみることに。


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予想通りサン・サルヴァトーレ参事会教会は閉まっていました。一体全体、何時開くんだ、と心の中で悪態をつきました。


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ところが斜め向かいにあるサンタゴスティーノ教会が開いていました。しめた!


049
喜び勇んでサンタゴスティーノ教会の中には入るとミサの真っ最中でした。ミサが終わる頃を見計らって再び来ることにしました。その時にじっくり拝観すればよいと思いながら。


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Casa del Mutilato


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次は、どうしても拝観したいサン・ニコロ教会です。


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若しや開いているのでは、と淡い期待を抱きながら、少し遠回りをしてサンタ・カテリーナ教会に行くと、この日も扉が閉まっていました。


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サン・ニコロ教会の身廊に出ました。扉が開いているといいなあ・・・・・


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ラッキー!! 扉が開いてました。


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1094年に建設された教区教会です。1120年、ベネデット会の所有となり、更に1434年にアゴスティーノ会の所有になりました。


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18世紀にファサードが改修され、現在の姿になりました。


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ルネサンス様式の入り口は15世紀に造られました。


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中に入りました。


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単廊式、ラテン十字形、18世紀中頃に改修工事が行われた内部です。


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右側壁にフォリーニョの宝物の一つと言われている多翼祭壇画があります。


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バーリの聖二コラ礼拝堂にある、ニッコロ・ディ・リベラトーレ通称ラルンノ別称ニッコロ・アルンノ(フォリーニョ、1430c-1502)の「聖母戴冠の多翼祭壇画」(1492)です。


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礼拝堂を所有していた、フォリーニョの大商人ミケーレ・ディ・ニコロ・ピッキが没した後、ミケーレの未亡人ブリジーダ・デリ・エルモが1479年にニッコロ・アルンノに注文して、1492年に完成した多翼祭壇画です。
1812年、パリに移され、ルーブル美術館で展示されましたが、返還交渉が行われ、1817年にフォリーニョに戻されたのですが、その際、何と裾絵が無くなっていたのです。現在、この多翼祭壇画の裾絵はルーブル美術館で展示されてます。返還するならば、裾絵だけ盗るなんてケチなことはしないで返すべきと思いますが、それをしない所がフランス人の卑しさです。
各場面を見ておきましょう。


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上部


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キリストの復活


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下部


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ご誕生


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向かって左側


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聖セバスティアーノ、バーリの聖二コラ


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向かって右側


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大天使聖ミケーレ、聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ


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主祭壇


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主祭壇画は、ドメニコ・ルイージ・ヴァレーリ(イエージ、1701-カメリーノ、1760)の「聖母子と聖人たち」


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カルカントニオ・グレッキ(?、?-シエナ、1648)の「聖母子と聖人たち」


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バルトロメオ・ディ・トンマーゾ(フォリーニョ、1408-1454)の「天使たちのフレスコ画」


089
逸名画家作「受胎告知」(18世紀)


090
逸名画家作「磔刑」(17世紀)


091
詳細不知


092
マルカントニオ・グレッキ(?、?-シエナ、1648)の「聖ステファノの殉教」(1613)


093
ドメニコ・ルイージ・ヴァレーリ(イエージ、1701-カメリーノ、1760)の「聖母子と聖人たち」(1760)


096
14世紀のフレスコ画


072
詳細不知


073
詳細不知


078
外に出る前にニッコロ・アルンノの傑作をもう一度見ました。


098
外に出ました。


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観たかった多翼祭壇画をじっくりと鑑賞できて幸せでした。


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サンタゴスティーノ教会のミサが終わっている時刻になりました。


115
ガックリ!! もう扉が閉まってます。


116
相変わらす閉まったままのサン・サルヴァトーレ参事会教会でした。


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美術ファンにとって、フォリーニョは見所豊富です。


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もう少し美術ファンが訪れて良い街です。
(写真は旧サン・アポッリナーレ教会です)


106
(フォリーニョの項、おわり)