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アクア・アルタになる前に早くヴァポレットに乗らなくては!


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溜息橋は何時ものように見えましたが、潮位が上がって来て道が海水に覆われるようになりました。


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辛うじてサン・ザッカリアからヴァポレットに乗船できました。サンタ・ルチア駅前は未だ大丈夫でした。乗船後間もなくしてサン・マルコ周辺は海水に覆われ、ヴァポレットがサン・マルコへの寄港休止となったそうです。
急いでいたし、焦っていたので途中の写真がありません。


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ホテルに戻る前に夕食を食べることにしました。


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道路を隔てたホテルの向かいの店に入りました。アクア・アルタが予想されていたので、ホテルに戻るのに容易な店を選びました。


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店を出たら、アクア・アルタが起きてました。


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直ぐに潮位が増してきました。


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カステッロ地区はアクア・アルタの影響は少ない方です。この日のサン・マルコ地区の潮位は1mを越えたそうです。


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向かいのホテルでは、係員が客をおんぶして中に入れてました。


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ホテル専用船着き場からロビーにも仮架橋が設けられてました。


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写真ではよく分かりませんが、ロビーに海水が押し寄せてきました。


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翌朝です。雨が止んでます。


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街歩きに出発しました。


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サンティ・ジェレミア・エ・ルチア教会に向かいました。


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サンティ・ジェレミア・エ・ルチア教会です。正式現称はSantuario di Luciaらしい。


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11世紀に建設されたサン・ジェレミア教会が前身です。創建以来、何度も再建されたそうです。


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現在の建物は、カルロ・コルベッリーニに設計によって、1753年に創建され、1760年に一応の完成を見たものが基本となってます。


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聖ルチアの遺体が収められてます。
聖ルチア(シラクーザ、183c?-304)は、シラクーザで殉教しましたが、殉教後、シラクーザのサンタ・ルチア・アル・セポルクロ聖堂に埋葬されました。ところが、彼女の遺体は掘り起こされ、東ローマ帝国に売却され、コンスタンティノポリスに移されてしまいました。フランス貴族とヴェネツィア共和国が中心となって、東ローマ帝国を攻撃した第4次十字軍(1202-1204年)は勝利し、その戦利品として聖ルチアの遺体はコンスタンティノポリスからヴェネツィアに移されました。それを機に、聖ルチアの遺体を祀るためにサンタ・ルチア教会が建設されました。
建設された場所は、現在のヴェネツィア・サンタ・ルチア駅がある所でした。19世紀半ばにヴェネツィアに鉄道が敷設されることになり、鉄道駅は教会がある場所と決定されました。
そのため、サンタ・ルチア教会は取り壊されることになり、聖ルチアの遺体はサン・ジェレミア教会に移されることになりました。そのため、教会の改造工事が行われ、1861年に完成しましたが、その際、教会の名称がサンティ・ジェレミア・エ・ルチア教会と改称されました。


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ところが、それだけでは終わらず、1981年11月、聖ルチアの遺体が盗まれてしまい、犯人から身代金の支払い要求が出されたのです。遺体の身代金要求には本当に驚きました。
1981年12月、身代金未払のまま、突然遺体が戻されて一件落着となりました。犯人は分からずで終わったようです。


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ここでは単純に創建時の名称になってます。


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中に入りました。


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変形4廊式、ギリシャ十字形、新古典様式の内部です。


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左側に2つの側廊があります。


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右側廊方向


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装飾が少なく、スッキリした感じがします。


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クーポラ


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主祭壇


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主祭壇に聖ルチアの遺体が置かれてます。


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祭壇画、彫刻を見て回ります。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・メンガルディ(パドヴァ、1738-ヴェネツィア、1796)の「聖家族」


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544-1628)の「聖ルチア」


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アゴスティーノ・ウゴリーニ(ヴェローナ、1758-ヴェネツィア、1826)の「十字架降下」


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セバスティアーノ・サンティ(ムラーノ、1789-ヴェネツィア、1866)の「磔刑と聖人たち」


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ジャン・マリア・モルライターの「ロザリオの聖母」(17世紀)


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544-1628)の「聖ルチアと聖アゴスティーノ」


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544-1628)の「受胎告知」


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17世紀のヴェネツィアの逸名画家作「聖ルチアの聖体拝領」


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ピエル・アントニオ・ノヴェッリ(ヴェネツィア、1729-1804)の「聖母の浄化」


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詳細不知


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ベルナルディーノ・ルカデッロの「聖母の神殿奉献」(1745)


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フランチェスコ・マッジョット(ヴェネツィア、1738-1805)の「聖ジュゼッペの死」


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外に出ました。
1700年以上前に没した聖ルチアの遺体の身代金なんて、私にはとても考えられません。
(つづく)