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サンタポッリナーレ・ヌオーヴォ聖堂です。
ゴート族のテオドリック王(パノニア、454-ラヴェンナ、526)によって、王自身が使用する応急教会として、505年に創建されたパラティーナ教会が前身です。


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540年、ビザンチン帝国によってラヴェンナは征服され、同帝国のユスティニアヌス1世皇帝(482-565)によってカトリック教会になることが命じられました。それに伴い、カトリック信仰の擁護者であり、反異端の聖人サン・マルティーノ・ディ・トゥールに捧げる教会となり、サン・マルティーノ聖堂に改称されました。
725年の大地震によって後陣が崩落してしまい、後陣のモザイクは失われました。


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聖アポリナーレ・ディ・ラヴェンナ(アンティオキア、1世紀-クラッセ、2世紀)の聖遺物は、6世紀に建設されたサンタポッリナーレ・イン・クラッセ聖堂に置かれていましたが。クラッセ聖堂は海岸に近い場所にありました。9世紀になると、海賊の脅威が増して、聖遺物が海賊に奪われたり、破壊されるのを恐れて、聖遺物を内陸にあるサン・マルティーノ聖堂に移すことになりました。それに伴い、奉じる聖人が聖マルティーノから聖アポリナーレに変更され、教会の名称がサンタポッリナーレ・ヌオーヴォ聖堂と改称されたのです。


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第一次世界大戦の爆撃によって、ファサードとファサード前の柱廊が破壊されたので、20世紀に修復され現在の姿になりました。


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聖堂内に入りました。


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三廊式、バジリカ様式の内部です。


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信者席がありません。現役の宗教施設ではなく、恐らく観光用Museo扱いの施設と思います。


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18世紀に修復された天井


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新しそうな柱頭


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ユスティニアヌス1世のモザイク


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コリント式列柱の上部左壁のモザイクから見て行きます。


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左壁のモザイクのテーマは「東方三賢王と22人の聖女たちが聖母子に貢物を捧げる図」です。


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説教壇


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東方三賢王


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聖母子と天使たち


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主祭壇


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後陣のモザイクは、725年の地震によってすべて失われました。


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詳細不知の主祭壇画


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右壁のモザイクに移ります。


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右壁のモザイクのテーマは「貢物を手にした26人の殉教者がテオドリック王の宮殿からキリストの元に向かう図」です。


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新しそうな柱頭


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左側廊


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聖母の礼拝堂


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詳細不知の聖母子


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知のフレスコ画


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右側廊


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キオストロ回廊に出ました。


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外に出ました。
(つづく)