イヴレアは、人口23,442人(2018年12月31日現在)のピエモンテ州トリノ県にあるコムーネで、ドーラ・バルテア川と5つの湖から成る絶景が見所です。
紀元前10世紀頃に遡る歴史ある街です。ローマ時代には、アルプスを越えて侵入する異民族に対する砦として発展しました。また、19世紀以降、オリベッティの城下町として有名です。
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キヴァッソ駅からイヴレア駅行普通列車でイヴレアに向かいました。


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車中はかなり空いてました。


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イヴレア駅に到着しました。


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イヴレア駅の駅舎です。キヴァッソからイヴレアへの列車は定時運転だったのですが、実はキヴァッソ到着が遅れて、予定していた列車に乗れず、一本遅い列車に乗ったのです。


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駅前広場です。


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列車の遅れで昼食を食べ損ねたので、駅横のビュッフェで簡単に済ませることにしました。


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仕方なくジャンクフードを食べました。お腹が空いてましたが、不味くて半分残してしまいました。


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Corso Costantino Nigraを通って、この日のお宿に向かいました。


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雨が降り続いてます。


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イヴレアの旧市街はドーラ・バルテア川の川向うにありますが、この日のお宿は川の手前にあります。
この時、雨はまだ小降りでした。


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この日のお宿が見えてきました。


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各国の国旗を掲げている建物が、この日のお宿です。レストランを併設しています。


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ホテルの自室から見たドーラ・バルテア川です。水量と川の流れの速さが異常です。


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イタリア人が好きそうな手のオブジェです。
ホテルの部屋で10分ほど過ごしてから街歩きに出発しました。


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旧市街に向かうべくCorso Costantino Nigraを進みました。


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突き当りを右折します。


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普通の道路に見えますが、ドーラ・バルテア川の橋です。


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橋の上から見たヴェッキオ橋です。


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ローマ時代の紀元前1世紀に架けられたヴェッキオ橋ですが、この辺は川幅が狭く、流れが急になってます。そのため、大水になると崩壊と再建を何度も繰り返された橋です。
今でも川幅が狭いのですが、1830年から川幅の拡幅工事が行われ、1840年頃に架けなおされたヴェッキオ橋が現在の姿です。


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ヴェッキオ橋の反対側に架かっている鉄道橋です。


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鉄道橋の先に旧市街があります。
写真の右方向に駅と、この日のホテルがあります。


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崖上にサン・マウリツィオ教会があります。


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崖の途中から滝が流れています。


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カヴール通りを市庁舎がある中心街に進みます。


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写っている鐘楼はサン・マウリツィオ教会のものです。


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元々、この辺の川幅が広いのですが、雨続きのため、川の中州の殆どが水中に没していました。


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7月初旬でしたが、雨天続きの冷夏でした。


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先ほど渡ってきたCorso Costantino Nigraの橋です。橋の名前が分かりません。
写っている鐘楼はサン・グラート教会のものです。


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ペッローネ広場です。


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広場の名称は、広場の中心にあるエットーレ・ペッローネ・ディ・サン・マルティーノ将軍(トリノ、1789-ノヴァーラ、1849)のモニュメントがあることに由来します。
エットーレ・ペッローネ将軍は政治家、愛国者でした。


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雨が強くなってきました。


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カヴール通りを進んで市庁舎がある広場に向かいました。時計塔が写ってますが、市庁舎の時計塔です。


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雨のため、靴下まで濡れてきました。


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写真右の緑地はフェッランド広場です。


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ピエトロ・ルーカ通りの先に教会がありますが、強雨のため拝観する気が失せました。


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市庁舎に近付くと何故か金融機関の建物が多くなってきます。


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振り返って撮った写真


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雨を避けて柱廊を進みました。柱廊が有難いと思いました。


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ピアーヴェ通りです。通りの先にTempio Valdeseがありますが、拝観する気力が湧きません。


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Piazza Ferruccio Nazionaleです。


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広場の名称は、1944年に、この広場で絞首刑されたパルチザンに由来するそうです。


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Piazza Ferruccio Nazionaleに面して市庁舎が建ってます。


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市庁舎が建っている場所にデブルゴ病院がありましたが、1750年頃には荒廃して使用されなくなっていました。その病院を取り壊して、1758年から1761年に建設された市庁舎です。


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(つづく)