P1130666
再び街歩きに出発しました。


P1130667
少し雲が出てきました。


P1130668
城壁です。チェゼーナは城壁がかなり残っている街です。


P1130669
城壁沿いのViale Gaspare Finaliです。


P1130670
城壁が築かれた頃は、地表からの城壁の高さはもっと高かったとされてます。


P1130672
通りの名称はこの彫像が置かれているからでしょう。Gaspale Finali(チェゼーナ、1829-マッラーディ、1914)は、地元出身の大臣、上院議員などを歴任したイタリア王国の政治家です。


P1130671
旧市街の入り口Barriera Cavourに来ました。


P1130673
旧市街のソッツィ通りに入りました。次はサンタ・マリア・デル・スッフラージョ教会です。


P1130533
サンタ・マリア・デル・スッフラージョ教会です。小さな教会ですが、かって主祭壇を飾っていた素晴らしい作品の残念な歴史があるのです。


P1130556
この場所にシナゴーグがありましたが、1656年にキリスト教会に変換されました。教会を所有することになったConfraternita del Suffragioは新たな建物を望み、ボッロミーニの弟子ピエル・マッティア・アンジェローニの設計、工事監督によって1685年から1689年に再建されたバロック様式の建物が現在の姿となってます。


P1130534
Palazzo del Ridottoのほぼ向かいにあります。


P1130535
教会内に入りました。


P1130538
単廊式、バロック様式の内部です。


P1130537
右側壁


P1130536
スタッコ彫刻による装飾


P1130550
フランチェスコ・カッリガーリによる装飾


P1130551
フランチェスコ・カッリガーリの彫刻


P1130552
主祭壇画を見ます。


P1130540
コッラード・ジャクゥイント(モルフェッタ、1703-ナポリ、1765)の「聖母の誕生と聖マンツィオ司教」(1752)


P1130542
実は、この教会にあった主祭壇画は、ナポレオンのイタリア侵攻の際、フランス軍に没収されてしまったので、この作品に差し替えられたのです。
オリジナルの主祭壇画は、グエルチーノの「コルトーナの聖マルゲリータ」でした。


P2140275
この教会にあった主祭壇画、ジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ通称グエルチーノ(チェント、1591-ボローニャ、1666)の「コルトーナの聖マルゲリータ」(1648)です。
フランス軍の没収された本作品はパリに持ち去られ、一旦はルーヴル美術館で展示されていましたが、ナポレオンの没落後、返還交渉が行われたものの、この教会には戻らず、何とヴァティカンに移されてしまいました。
現在、この作品はヴァティカン絵画館で展示されてます。


P1130543
フランチェスコ・アンデリーニの「聖母子と聖人たち」(1751)


P1130546
フランチェスコ・カッリガーリの彫刻


P1130547
フランチェスコ・アンデリーニの「無原罪の聖母と聖人たち」(1751)


P1130549
フランチェスコ・アンデリーニのことは全く分かりません。


P1130553


P1130554
詳細不知


P1130555


P1130557
外に出ました。


P1130558
ポポロ広場に来ました。


P1130559
Palazzo Comunaleです。


P1130562
ポポロ広場が街の中心です。


P1130560
人出が一段と多くなってきました。


P1130561
青空市が開市されていたポポロ広場です。


P1130563
ポポロ広場にある、フランチェスコ・マシーニ(チェゼーナ、1532-1601)の「マシーニの噴水」(1588-91)です。フランチェスコは地元出身の画家、建築家です。


P1130564
マニエリスム彫刻の傑作とされている「マシーニの噴水」です。


P1130565
マラテスティアーナ要塞


P1130635
要塞がポポロ広場を見下ろしてます。


P1130639
青空市が賑わっていました。


P1130641
中国人が多数青空市に進出してます。逞しいです。


P1130640
(つづく)