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サント・ステファノ聖堂の配置図を再掲します。
今回、(その2)で取り上げるのは、上図の4番Basilica del Sepolcro、6番のピラトの中庭です。


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ピラトの中庭から見たBasilica del Sepolcroです。ファサードはサント・ステファノ広場に面してます。


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Basilica del Sepolcroは、(その1)で取り上げた十字架教会の隣にあります。


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ボローニャの守護聖人聖ペトロニオ司教(?、4世紀末-ボローニャ、450)がエルサレムのSanto Sepolcro Costantinianoを模して5世紀に建設させました。しかし、その建物は現存しません。


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10世紀、最初の建物は侵入したハンガリー人によって徹底的に破壊されてしまいました。11世紀、ベネデット会修道士が最初の建物の廃墟の上に再建した建物が現在見る姿の原形(殆ど同じ)となってます。


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11世紀から12世紀にかけて聖堂外壁の装飾が施されました。


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外に置かれた石棺


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ファサードの装飾


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聖堂内に入りました。


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説教壇と聖ペトロニオの墓です。


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復活祭の朝、聖ペトロニオの墓が開けられ、聖ペトロニオの聖遺物を拝むため、中を這って聖遺物の前に進みました。復活祭の朝の聖マリア・マッダレーナの故事に従い、ボローニャの売春婦たちが中を這いました。一説に拠れば聖マリア・マッダレーナは娼婦でした。


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天井


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天井を支える太い円柱が目立ちます。


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説教壇に上る階段


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階段入口に置かれたライオン像


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1141年、聖ペトロニオの墓から聖ペトロニオの聖遺物が発見され、墓であることが立証されたのです。
ここにあった聖ペトロニオの聖遺物は、2000年、マッジョーレ広場のサン・ペトロニオ聖堂に移されてしまいました。


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説教壇の彫刻を鑑賞します。


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次はピラトの中庭と、中庭に面した柱廊です。


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ピラトの中庭は、737年から744年にかけてロンゴバルド族によって造られました。


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柱廊の先に鐘楼が写ってます。


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ピラトの中庭にある聖水盤


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柱廊の壁の彫刻


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ピラトの中庭を挟んでBasilica del Sepolcroの向かいにあるChiesa del Martyrium


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(つづく)