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写真左はPalazzo dei Credito Italianoです。


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マッツィーニ広場からドゥオーモに向かいます。


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Torre Civicaが見えてます。


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高さ60mのTorre Civicaの歴史は古く、11世紀に遡るそうです。現在の姿は、1731年と1780年に行われた修復後の姿ですが、その2回の修復後に改造されたので、1920年に2回の修復後の姿に復元されたそうです。


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ドゥオーモ通りに入った途端、その突き当りにドゥオーモが見えます。


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現在、ドゥオーモが建っている場所には紀元後1世紀に建設されたユーピテル神殿がありましたが、8世紀前半、ロンゴバルド王リュートプランド Liutprando(?、690c-パヴィア?、744)がユーピテル神殿の廃墟の上に建設した小さなサン・ロレンツォ教会が前身とされてます。


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11世紀になると建物が劣化したので、再建されることになり、11世紀後半に創建され、12世紀初頭に完成したロマネスク様式の建物が現在の姿の原形となってます。


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1107年、第160代教皇パスクゥアーレ2世(ブレーダ、1050c-ローマ、1118 在位:1099-1118)によって献堂式が執り行われ、その際、聖エヴァーショ(アスティ司教)に奉献されました。


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1215年、所謂ヴェルチェッリ戦争で、ミラノ・アスティ、アレッサンドリア、ヴェルチェッリの同盟軍の攻撃によって、カザーレ・モンフェッラートの街は大きな被害を受けましたが、その際、この教会の後陣が破壊され、13世紀中頃に元の後陣の近い形に復元されました。


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非対称の、高さの異なる二本の鐘楼が特徴です。
1474年、カザーレ・モンフェッラートは単独の独立した司教区に昇格しましたが、それに伴い、本教会に司教座が置かれました。司教座教会への昇格後、ロマネスク様式で増築され現在の規模になりました。


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15世紀に増築されたロマネスク様式の建物は、17世紀にバロック様式に改造されました。
また、1857年から1861年に行われた修復工事によって、現在のネオ・ロマネスク様式に改修されました。


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現在のファサードは、1857年から1861年にかけて再建されました。


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外側壁


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側壁側入り口扉上ルネッタの彫刻


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ファサード側の入り口から中に入ります。


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ファーサード側入り口扉上ルネッタの彫刻


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中に入ると、Narthex(アトリウム)に出ます。


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6、7世紀のバジリカ様式の教会ではNarthexが良く見られますが、11世紀以降に建造された教会ではNarthexは非常に珍しい。


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Narthexが新しく見えるのは、1995年から2007年に行われた改装工事の際、オリジナルの形に新造復元されたからです。Narthexを経由して聖堂内に入ります。


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Narthexから聖堂内部への入り口


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聖堂内部に入りました。


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五廊式、ラテン十字形、ロマネスク様式(ロマネスク・リバイバル)の内部です。


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左右にそれぞれ2つの側廊があります。


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かなり複雑な形をしています。


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増築、改造、改修、復元されたので、中を一見しただけではオリジナルの構造が想像できません。


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右側廊


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左側廊


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中央身廊天井


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クーポラの装飾


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Presbiterioの磔刑像(12世紀)
この磔刑像はアレッサンドリア大聖堂にありましたが、傭兵隊長ボニファチョ・カーネ通称ファチーノ・カ―ネ・ダ・カザーレ(カザーレ・モンフェッラート、1360-パヴィア、1412)が1403年にアレッサンドリア大聖堂から取り外して、この聖堂に持ち込んだものです。


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19世紀のステンドグラス


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Presbiterioのネオ・ゴシック様式のフレスコ画とモザイクは、コンスタンティーノ・セレーノ(カザーレ・モンフェッラート、1829-トリノ、1893)の作品です。


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コンスタンティーノ・セレーノ(カザーレ・モンフェッラート、1829-トリノ、1893)の「エマオの晩餐」(1884)
(つづく)