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ホテルに戻って昼寝を小一時間すると。外は晴れていました。


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今度は傘を持たずに外出です。


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先ず城壁外を見て回ります。


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城壁内は狭いので、街の住民の大多数が城壁外に住んでます。


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パーチェ通りに沿って大きな教会があります。


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サクロ・クオーレ参事会聖堂 Basilica Minore e Collegiata del Sacro Cuore di Gesuです。


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1954年から1958年に建設されたネオ・ルネサンス様式の新しい教会です。


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この聖堂の建設には、グロッセート市民の悲惨な出来事がありました。


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城壁外の聖堂が建設された場所には小さな遊園地がありましたが、イースター・マンデイの1943年4月26日、大勢の子供たちが遊園地で遊んでいました。空襲警報が出ていなかったので、安心して遊んでいたそうです。ところが、米軍爆撃機一機が何故か遊園地で遊んでいた子供たちを急襲、爆撃によって大勢の子供たちを含む134人が犠牲となりました。
犠牲者の鎮魂のため、建設されたのが、この聖堂です。
犠牲の現場となったところが、この聖堂のクリプタとなってます。


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遊園地で遊んでいた子供を急襲するなんて普通の神経を持った兵士ならば、多分やらないと思いますが、原爆を投下するくらいですから、米兵にとっては朝飯前の普通の任務だったのでしょう。


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コンクリートのファサード
建設の経緯を知る第260代教皇ピオ12世(ローマ、1876-カステル・ガンドルフィ、1958 在位:1939-1958)は、直ぐにBasilica Minoreに格付けしました。


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ファサードの彫刻


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鐘楼


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左側壁


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ファサード前に小さな公園があります。


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小さな公園前から見たファサード


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イタリアが親米なのか分かりませんが、原爆を落とされた我が国が米国と同盟とは。


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咲き誇るブーゲンビリア


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城壁外の、城壁近くにもう一つ新しい教会があります。


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この辺は旧市街の北西、城壁外に当たります。


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Porta Nuovaの近くです。


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教会の鐘楼が見えてきました。


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この教会のファサードはローマ通りに面してます。ファサード側に回ります。


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Chiesa della Medaglia Miracolosa、奇跡のメダル教会とでも訳すのでしょうか?


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居住者が多くなった城壁外の住民のために、1936年から1937年に建設されたネオ・ロマネスク様式の教会です。


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入口扉上ルネッタの浮彫は、地元が生んだ彫刻家トロ―メオ・ファケンディ(グロッセート、1905-1970)の「聖母とベアータ・カテリーナ」(1937)です。


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美術的には、ファサードの浮彫を観れば十分と言えるでしょう。


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壮大な郵便局の建物


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昼寝ボケで眠かったので、ここで一服入れました。


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Villino Pastorelli


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未だ城壁外です。


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この辺だけ城壁がありません。


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城壁内に入りました。


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ダンテ広場です。


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ダンテ広場でチェスが行われるようです。


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(つづく)