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次は、聖なる家の聖堂 Basilica della Santa Casaです。


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聖堂の全景は鉄道駅から眺めるのが最適です。(外部サイトから拝借した写真)


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この聖堂の建設、聖なる家の移設の経緯については、中世後期の宗教的伝説に拠るものです。従って、その経緯と宗教的権威確立には、この聖堂に関与した教皇たちの多分にリーズナブルではない努力があったと思います。


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ナザレにあった聖なる家とは、聖母が生まれ育ち、受胎告知を受け、聖霊を受けてキリストを懐妊した家で、1世紀初頭には聖家族(聖母、聖ジュゼッペ、キリスト)が住んでいました。
キロストの昇天後、聖なる家は教会に改築され、初代教皇聖ピエトロが奉献式を行ったとされてます。


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336年、フラーヴィア・ジュリア・エレーナ(ヘレナ皇后、コンスタンティヌス1世の母)(248c-329)はナザレへの巡礼を行い、聖なる家を収容する聖堂建設を指示し、聖堂が建設されたとされてます。しかし、ヘレナ皇后がナザレを巡礼した336年には、ヘレナ皇后はこの世の人ではなかったので、ナザレ巡礼は後世の宗教的捏造説が有力で、歴史的事実ではないとされてます。
13世紀後半、イスラム教徒軍の侵攻によってナザレが脅かされるようになり、聖なる家の破壊が現実のものとなりつつありました。
1291年、聖なる家は天使たちによって空を飛んで運ばれ、最初はテルサットの丘(クロアチア)に置かれましたが、1294年、再び天使たちによってレカナーティ近くの森に置かれました。1295年、現在地のロレートに運ばれました。
その後、聖なる家は持ち上げられ、保管庫で覆われ、やがて教会が建設されました。


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パレスチナ聖地がイスラム教徒に奪われそうな窮地にあった13世紀後半、聖なる家を囲む壁が幾つかに分解された所謂「聖なる石の壁」がロレートに運ばれ、「聖なる石の壁」を組み込んで聖なる家が出来たというのが事実のようです。
1468年、レカナーティ司教ニコロ・ダルステ Nicolo dall' Steは聖なる家を保護し、増え続ける巡礼者に対応するため、大きな聖堂の建設を決め、1468年に聖堂建設工事が着工しました。
ニコロ・ダルステ司教は、建設工事着工直後に没してしまいましたが、建設工事は211代教皇パオロ2世(ヴェネツィア、1417-ローマ、1471 在位:1464-1471)に引き継がれました。パオロ2世は、枢機卿だった1464年、ロレートを訪れ、ロレートの聖母によって奇跡的に癒されたことから、聖堂建設を強力に推進したと言われてます。
聖堂の設計建設に於いては、当時の一流建築家のジュリアーノ・ダ・マイアーノ(マイアーノ、1432c-ナポリ、1490)、ジュリアーノ・ダ・サンガッロ(フィレンツェ、1445c-1516)、ドナート・ブラマンテ(フェルミニャーノ、1444-ローマ、1514)が起用されました。
1468年から1587年に建設された後期ゴシック様式とルネサンス様式混合の聖なる家の聖堂です。


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高さ75.6mの鐘楼


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クーポラ
ジュリアーノ・ダ・マイアーノ(マイアーノ、1432c-ナポリ、1490)とジュリアーノ・ダ・サンガッロ(フィレンツェ、1445c-1516)によって1499年から1500年に建設されました。


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クーポラと鐘楼


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ファサード前に立つのは、教皇シスト5世像です。


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聖堂内に入りました。中央通路の先に大理石の聖なる家があります。


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三廊式です。


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縦93m、横60mの内部です。


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天井の装飾


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見所が多いので、目移りしてしまいます。


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巡礼先となっている聖なる家から見るのが普通でしょう。


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中央通路を進みます。


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ドナート・ブラマンテ(フェルミニャーノ、1444-ローマ、1514)設計の大理石彫刻で覆われた聖なる家です。


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大理石彫刻には、当時の名の知られた彫刻家が制作に参加しました。


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大理石彫刻に従事した彫刻家として、アンドレア・サンソヴィーノ(モンテ・サン・サヴィーノ、1467c-1529)、アントニオ・ダ・サンガッロ・イル・ジョーヴァネ(フィレンツェ、1484-テルニ、1546)、ジローラモ・ロンバルド(フェッラーラ、1506-レカナーティ、1590)、グリエルモ・デッラ・ポルタ(ポリエッツァ、1515c-ローマ、1577)、バルトロメオ・バンディネッリ(バッチョ・バンディネッリ)(フィレンツェ、1493-1560)、ドメニコ・アイーモ(ヴァリニャーナ、1460-ボローニャ、1539)、ラッファエッロ・ダ・モンテルーポ(モンテルーポ・フィオレンティーノ、1504-オルヴィエート、1566)などがいました。


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聖なる家の中に入ります。


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聖なる家の中です。


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側壁のフレスコ画(ブレブレ写真でスイマセン)


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聖なる家のロレートの聖母です。
長年、レバノン杉で作られた聖母子像は、ランプで照らされ、その煙で燻されて黒くなってます。オリジナルのロレートの聖母は、1921年の火災によって消失してしまいました。現在のものはその後に制作されたものです。
外に出て、大理石彫刻をじっくり見ました。


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ジローラモ・ロンバルド(フェッラーラ、1506-レカナーティ、1590)の「ダヴィデ」


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アンドレア・サンソヴィーノ(モンテ・サン・サヴィーノ、1467c-1529)の「羊飼いの礼拝」


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ドメニコ・アイーモ(ヴァリニャーナ、1460-ボローニャ、1529)の「聖母の死」


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ジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ(ヴィコエケネセ、1535-ナポリ、1615)の「イザイア」


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ラッファエッロ・ダ・モンテルーポ(モンテルーポ・フィオレンティーノ、1504-オルヴィエート、1566)の「ご訪問」


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「聖なる家」の上にクーポラが見えます。
次は、大好きなルカ・シニョレッリのフレスコ画を見ます。


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再び見ることが出来て幸せです。


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Sagrestia di San Giovanniです。


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ジローラモ・バッソ・デッラ・ローヴェレ枢機卿(アルビッソーラ・マリーナ、1434-ファブリカ・ディ・ローマ、1507)がロレートにいた1477年に、ルカ・シニョレッリ(コルトーナ、1450c-1523)に注文して制作されたフレスコ画です。


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ルカ・シニョレッリ(コルトーナ、1450c-1523)によって、1477年から1480年に制作されたフレスコ画です。


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シニョレッリの代表作の一つです。


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入口にロープが張られて、中に入ることが出来ません。


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どうしても同じ場面の写真ばかりになってしまいます。


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天井


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(つづく)