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フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ駅からサン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノに向かいます。


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車内は空いてました。
サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノは、人口16,847人(2019年12月31日現在)のトスカーナ州アレッツォ県にあるコムーネです。アルノ川渓谷にあるサン・ジョヴァンニという意味の街の名称です。


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定刻にサン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノ駅に到着しました。
銀行家で歴史家でもあったジョヴァンニ・ヴィッラ―ニ(フィレンツェ、1276/1280-1348)の著述によれば、1296年、フィレンツェの前線防衛基地としてアルノルフォ・ディ・カンビオ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザ、1245c-フィレンツェ、1302/1310)の設計によって築かれた街で、当時、街はカステル・サン・ジョヴァンニと呼ばれていました。


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駅からアレッツォの方向にサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ聖堂のクーポラが見えました。
私にとってのサン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノは、聖堂付属美術館に行くことです。同美術館で展示されているベアート・アンジェリコ(フラ・アンジェリコ)の帰属作品「受胎告知」が秀逸です。


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サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノ駅の駅舎です。
今回の旅は、フィレンツェからの日帰りです。


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駅前の通りを左折して聖堂の方に向かいます。


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ジュゼッペ・マッツィーニ通り


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コルソ・イタリア


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城壁が一部残されてます。


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前線防衛基地として建設された街の城壁なので、建設当初から堅固に築かれました。しかし、更に防衛力を増すために11356年から1363年にかけて再建されました。
その後、アルノ川の度重なる氾濫のために、城壁は大きな被害を受けたので、16世紀初頭に再建された城壁が現存しています。
アレッツォがフィレンツェの支配下になったことから、前線防衛基地としての、この街の重要性が薄れ、城壁の整備増強は16世紀初頭の再建を以って終わりとなりました。


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城壁に防御塔が24設けられていましたが、そのうちの一つです。


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市庁舎の分庁舎です。


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ローマ通りからカヴール広場に向かいます。


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ローマ時代に築かれた街を手本にアルノルフォ・ディ・カンビオが設計したと言われてます。


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カヴール広場です。


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広場に面して古い建物が建ってます。


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ファサード下に柱廊がある建物は、サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教区教会です。


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Palazzo d' Arnolfo


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Palazzo d' Arnolfoを境に広場名がマザッチョ広場になります。


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サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ聖堂、サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノのドゥオーモです。


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サン・ロレンツォ教会です。


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マザッチョ広場から見たPalazzo d' Arnolfoです。


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サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ聖堂とサン・ロレンツォ教会の間にある建物は司祭館です。ここにドゥオーモ付属美術館の入り口があります。


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美術館が開館時間になるまで、付近をぶらぶら歩いて時間潰しです。


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2つの教会の拝観は、美術館を見てからにします。


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サン・ロレンツォ教会左のアルベルティ通りに入ると直ぐに教会が見えます。


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サンタ・ルチア・ミゼリコルディア教会です。


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14世紀に建設されたゴシック様式の小さな教会です。


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1365年に奉献式が執り行われました。


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中に入りました。単廊式、ラテン十字形の内部です。


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詳細不知


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この教会に祭壇画が4点あったそうですが、現在は主祭壇画だけになってしまいました。残りの3点はドゥオーモ付属美術館で見ることが出来ます。


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主祭壇画の「聖ルチアの殉教」


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フェリーチェ・フィケレッリ通称イル・リポーゾ(サン・ジミニャーノ、1605-フィレンツェ、1660)の「聖ルチアの殉教」(1640-50)


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外に出る前に、もう一度祭壇を見ました。


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次はマザッチョの家です。


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マザッチョの生家です。博物館になる予定は無さそうです。


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(つづく)