P1780259
ドゥオーモの鐘楼とクーポラがサン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノ駅のホームから見えます。


P1770898
マザッチョ広場に面して建つサン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノのドゥオーモ、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ聖堂です。
サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノは、フィエゾレ司教区に属してます。


P1770904
現在、聖堂が建っている場所に聖母を祀る小さな祠がありました。
ペストで両親を失った乳児は、Monna Taciaの甥でした。1478年、乳が欲しい泣く甥に困り果てたMonna Taciaは小さな祠に祈りを捧げると、所謂Miracolo di Monna Tanciaと称されることになる奇跡が起き、乳が出てきたのです。
その奇跡を聖母に感謝するために、1484年、Oratorio della Modonna delle Grazieの建設が始められ、1520年頃に完成しました。その祈祷所が現在の聖堂の前身です。


P1780245
その後、信者が増えたので拡張されて教会となりました。
1596年の火災によって建物の大部分が消失、崩落したので、17世紀に規模を拡大して再建されましたが、その建物が現在の姿の原形となってます。


P1780184
17世紀のファサードが経時劣化したので、ファサードが再建されることになりました。現在新古典様式のファサードは1840年から1856年に再建された二代目となるものです。


P1780103
第二次世界大戦の爆撃を受けたので、戦後に大修復工事が行われました。
1929年、第259代教皇ピオ11世(在位:1922-1939)によってBasilica Minoreに格付けされました。また、1986年、Santuario Marianoにランクアップされました。


p1780378
クーポラと鐘楼


P1780102
聖堂の入り口です。
写真正面の入り口は、聖堂本堂の入り口ではなく、奇跡の礼拝堂の入り口です。


279
奇跡の礼拝堂入口上に彩釉テラコッタがあります。


P1780174
ジョヴァンニ・デッラ・ロッビア(フィレンツェ、1469-1529)の「チントラの聖母」(1513)


p1780379
保存状態が非常よいテラコッタです。


p1780380


p1780382


p1780381


p1780383


p1780384


p1780385


p1780389
彩釉テラコッタ下の入り口から奇跡の礼拝堂に入ります。


p1780391
一見、クリプタのように見えます。


p1780390
奇跡の礼拝堂です。


P1780175
Monna Taciaが奇跡を見たとされる祠を組み込んだ礼拝堂です。


P1780176
美術的な見所に欠けます。


p1780392


P1780104
聖堂本堂は一階(日本の二階)にあります。


P1780105
地上から本堂に向かう階段が左右に設けられてます。
階段の途中に壁龕に描かれたフレスコ画があります。


P1780107
ファサードに向かって左の階段踊り場にあるフレスコ画です。


P1780108
保存状態が悪いフレスコ画です。


P1780109
ジョヴァンニ・ダ・サン・ジョヴァンニ(サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノ、1592-フィレンツェ、1636)の「受胎告知」(1621)


p1780386
最近修復されたようで、以前よりもマシになりました。


P1780170
次は向かって右の階段踊り場にあるフレスコ画です。


P1780172
こちらの方が保存状態が良いと思います。


P1780173
ジョヴァンニ・ダ・サン・ジョヴァンニ(サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノ、1592-フィレンツェ、1636)の「聖母の結婚」(1621)


p1780387
近年の修復の結果、かなり良い状態で蘇りました。


p1780388
驚くのは、階段踊り場の「聖母の結婚」は第二版に当たります。
最初に制作された「聖母の結婚」はドゥオーモ付属美術館にあります。既に紹介済みですが、その作品画像を再掲します。


p1780374
こちらが第一版の「聖母の結婚」(1621)です。


P1780086
何故第二版が制作されたのか、色々調べましたが私には分かりません。


P1780110
本堂入り口です。


P1780112
中に入ると、主祭壇の前に出ます。


P1780113
ビックリ、主祭壇が見えないようになっていました。


P1780115
三廊式です。


P1780114
新しく見えるのは、第二次世界大戦で大きな被害を受けたので、戦後に大修復されたからです。
(つづく)