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左折して、町の中心の広場に出ます。


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柱廊が広場に面してます。


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マッツィーニ広場です。この地を支配していたゴンザーガ家による都市計画に基づいて作られた広場です。


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広場に面して建つドゥオーモです。


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グアスタッラ司教区の司教座教会だった時代がありましたが、現在はレッジョ・エミリア司教区と合区され、レッジョ・エミリア₌グアスタッラ司教区となったので、Concattedrale di San Pietro Apostoloとなりました。司教座は、レッジョ・エミリアのドゥオーモに置かれてます。


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レッジョ・エミリアのドゥオーモ、レッジョ・エミリア₌グアスタッラ司教区の司教座が置かれてます。


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グアスタッラ伯爵チェーザレ1世・ゴンザーガ(1530-1575)は、二本の主要道路の交差点に当たる場所にメインの広場を造り、その広場に面して町一番の教会を建てるという都市計画を立案しました。その計画に基づき建築家フランチェスコ・カプリアーニ・ダ・ヴォルテッラ(ヴォルテッラ、1535-ローマ、1594)が起用され、1569年5月に創建されたドゥオーモです。1575年に完成しました。


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1575年2月18日、カルロ・ボッロメオ枢機卿(アローナ、1,538-ミラノ、1,584)(聖カルロ・ボッロメオ)によって奉献式が執り行われました。
チェーザレ1世・ゴンザーガ伯爵は、カルロ・ボッロメオの姉カミーラ・ボッロメオと結婚していたので、カルロはチェーザレ1世の義弟に当たります。その縁で、カルロがミラノからグアスタッラに来たのです。
ところが、チェーザレ1世・ゴンザーガ伯爵は、奉献式が行われる3日前の1575年2月15日に死去してしまいました。その為、奉献式と共にチェーザレ1世の葬儀が同日に行われたのです。


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ファサードは、ポンぺオ・ぺデモンテの設計によって1619年に建設されました。現在のファサードの原形は、1716年に改造されました。


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ベアータ・ヴェルジネ・デル・ポポロの彫刻家グループによるファサードの彫刻


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2012年5月29日に起きた地震、その後、数年にわたる余震によって大きな被害を受けたので、長らく修復工事が行われていました。


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現在は、修復工事が完了してます。


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現在の外観は、1889年、パンクラツィオ・ソンチーニの設計によって改修された後の姿です。


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ドゥオーモ内部


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Presbiterio


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聖歌隊席


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Presbiterioの磔刑像


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銀で出来た祭壇


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左側壁の礼拝堂


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ボロニーニ(ボローニャ、1653-1671)と弟子によるクーポラのフレスコ画(1653-1671)


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ロドヴィーコ・カルディ通称イル・チゴリ(チゴリ・ディ・サン・ミニアート、1559-ローマ、1613)の「聖フランチェスコ」(1590-1600c)


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墓地のキリスト(17世紀)


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墓地のキリストの上部


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マッツィーニ広場のドゥオーモ側は、修復工事のため、立ち入りが禁止されていました。


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マッツィーニ広場


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ドゥオーモの向かい側は無事だったようで、修復工事が行われている建物がなかったようでした。


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広場の入り口にブロンズ像があります。


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逆光のため、顔が良く写りません。


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レオーネ・レオーニ(アレッツォ、1509-ミラノ、1590)の「フェッランテ1世・ゴンザーガ像」


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写真左はPalazzo Comunaleです。


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Palazzo Comunale


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16世紀に建設されたPalazzo Comunaleです。


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Palazzo Comunale内に観光案内所がります。


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ドゥカーレ宮殿です。


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(つづく)