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サン・フィリッポ・ネリ教会から外に出ました。


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丘下地区は大体見たようです。


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丘上のピアッツォ地区に向かいます。


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ピアッツォに行くには、フニコラーレが便利です。


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道の突き当りにフニコラーレが見えます。


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フニコラーレは1885年に開業しました。


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丘下の駅がある広場に向かいます。


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写真左の建物は神学校です。


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クゥリエル広場にやってきました。


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クゥリエル広場から見たRione Borgo地区です。


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フニコラーレの丘下の駅があるクゥリエル広場です。


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フニコラーレの高低差は60メートルです。


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フニコラーレの丘下駅の入り口です。


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フニコラーレに乗りました。定員25人です。


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複線です。


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下り列車とすれ違います。


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ピアッツォ駅の建物です。


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ピアッツォに到着しました。


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ピアッツォ駅です。


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フニコラーレのピアッツォ駅の建物です。


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ピアッツォのメイン道路Via Amedeo Avogadro di Quaregnaです。


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通りの突き当りに門があります。


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フニコラーレのピアッツォ駅前のチステルナ広場です。


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フニコラーレのピアッツォ駅横にあるサンタンナ教会です。


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サンタンナ同信会によって17世紀から18世紀に建設されたバロック様式の教会です。


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現在のファサードは1782年に建設されました。


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保存状態があまり良くない教会です。


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通りを門の方に進みます。


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ピアッツォ地区は、標高480メートルのビエッラ市の西にあります。


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ピアッツォ地区は、ヴェルチェッリの司教が管轄する教区領域の一部として所有権を持ってました。1160年、当時のヴェルチェッリ司教が、ピアッツォ地区に司法、肉の屠殺権、市場の開市権を認めました。それに伴い、近くから人々が集まり、急速に繁栄するようになりました。
やがて、城壁が築かれ、町としての体裁が整えられました。


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柱廊の壁にフレスコ画があります。


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フレスコ画の詳細が分かりません。


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ピアッツォは自治都市になりましたが、その期間は非常に短く、直ぐにピエモンテ貴族フェッレ―ロ・デッラ・マルモラ家の支配を受けるようになりました。


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写真左の建物は学校です。


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アボガドロ定数、アボガドロの法則をご存知でしょうか?
通りの名称Via Amedeo Avogadro di Quaregnaは、定数、法則のアボガドロに由来します。


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写真右の建物に、アボガドロ定数、アボガドロの法則で有名なロレンツォ・ロマーノ・アメデオ・カルロ・アボガドロ(トリノ、1776-1856)が短期間滞在したことがあります。


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それにしても長い名前ですね。


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Porta della Torrazzaです。
(つづく)