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リベルタ広場です。


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Palazzo Ancajani


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リベルタ広場に面して建っているPalazzo Ancaianiです。


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13世紀にスポレートに移住してきた高貴なアンカイアーノ家が17世紀後半に建設した建物です。


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現在は中世初期研究のためのイタリアセンターが置かれてます。


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フレスコ画で装飾されている部屋があるらしいが、非公開です。


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Porta di Monteroneに向かいます。


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Piazza Fontanaです。


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広場の名称は、この噴水に由来します。


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Fontana dei Maccabeiは、別の場所にありましたが、1800年にこの広場に移設されました。


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1800年、広場の名称も変更されたのです。


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暑い日ではありませんでしたが、物凄い薄着で歩いている人がいました。


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門が見えてきました。


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Porta di Monteroneです。


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紀元前241年に築かれた城壁の門です。


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ローマに通じる道路の門だったので、行き来する人が沢山いたそうです。


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元々の門の高さは3メートルでしたが、現在の高さは2.1メートルだそうです。


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数度の改修を経てます。


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非常に古い、Porta di Monterone横のアーチです。


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Porta di Monteroneの直ぐ傍に教会があります。


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サンタンサーノ教会です。


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坂に建設されてます。


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かなり古い教会とされていましたが、建設された時期の具体的な記録がなかったので不明とされてきました。


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教会に隣接する場所にローマ時代の遺跡があることは昔から知られていましたが、資金不足のため、発掘調査が進みませんでした。漸く1955年になって本格的な発掘調査が行われた結果、この教会の歴史が全て明らかになったのです。


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ファサードに向かって左下に発掘された遺跡があります。


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紀元1世紀に建設された異教の寺院だった遺跡です。
6世紀前半、寺院を初期キリスト教会に改造されましたが、それが前身です。


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11世紀から12世紀にかけて、初期キリスト教会が取り壊され、その上にサンティザッコ教会が建設されました。
16世紀にサンティザッコ教会をクリプタにして、その上に新築されたのがサンティ・アンサーノ・エ・イザッコ教会です。その後、奉献する聖人としてパドヴァの聖アントニオが加えられ、教会名がサンティ・アンサーノ・エ・アントニオ教会に変更され、聖イザッコに捧げるクリプタになりました。
現在の新古典様式の建物は、ミラノの建築家アントニオ・ドッティの設計によって、18世紀末に建設された三代目となるものです。


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ファサードに浮彫があります。


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アントニオ・チンベッリ(スポレート、1865-1927)によって制作された浮彫(20世紀前半)


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中に入りました。


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美術的には、この礼拝堂の剥離フレスコが最大の見所と言ってよいでしょう。


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ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ通称ロ・スパーニャ(スペイン、1470/1480-スポレート、1528)の「聖母子」


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主祭壇


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主祭壇画は、アルチータ・リッチ(ウルビーノ、1560-1635)の「聖アンサーノの殉教」


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アルカンジェロ・アクゥイリーニ(イエージ、1562-スポレート、1611)の「ピエタ」


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ウンブリアの逸名画家作「聖ロレンツォの殉教」(17世紀)


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ピエトロ・ガリアーティ(ローマ、1809-フラスカティ、1890)の「無原罪の御宿リ」


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次はクリプタです。
(つづく)