23.アレッツォ

アレッツォは、人口96,526人(2025年4月30日現在)のトスカーナ州アレッツォ県の県都です。

中世の美術でもアレッツォは有名です。

パリオでも有名です。

美術ファンにとって必訪のサン・ドメニコ教会

珠玉の作品があるドゥオーモ
①国立中世近代美術館 Museo Nazionale d'Arte Medievale e Moderna

Palazzo Bruni Ciocchiです。

ブルーノ家の邸宅として建築家ベルナルド・ロッセリーノ(セッティニャーノ?、1407/1410‐フィレンツェ、1464)の設計によって15世紀中頃に建設されました。

1972年、この建物に国立中世近代美術館がオープンしました。

ルカ・シニョレッリの作品が2点あります。
実は、この他にフォイアーノ・デッラ・キアーナのサンティ・マルティーノ・エ・レオナルド参事会教会のルカ・シニョレッリと工房の「聖母戴冠と聖人たち」(1522-23)のプレデッラの一部「聖マルティーノの遺体の搬送」と「狂牛病から悪霊を除く聖マルティーノ」が保管されている筈ですが、私の知る限り展示されたことがないと思います。このプレデッラの一部が1978年に盗まれ、行方不明となってますが、その時に盗まれなかった、プレデッラの残りの2パネルが、盗難防止が十分な場所に保管されるべきということで、同年にアレッツォの国立中世近代美術館に移されました。


ルカ・シニョレッリと工房による「天上の聖母子と聖人たち」(1518-19)

この作品は、1518年3月にアレッツォのサンタ・マルゲリータ修道院の修道女たちによって注文され、1519年8月に完成し、その時70フローリンの制作費の最終支払いが行われました。支払いですが、一般的に注文時(契約締結時)に着手金を、中間時に、それに完成時と分割払いが多かったようです。

また、ルカ・シニョレッリが活躍していた時代、祭壇画はプレデッラ付きが多かったのですが、この作品もプレデッラが付いていたと考えられてます。
そのプレデッラですが、アレッツォのMuseo Diocesanoにある「聖母マリアの物語(聖母誕生、神殿奉献、聖母の結婚)」がそれであると考えられてきました。(Museo Diocesanoについては後述)しかし、近年になって別説が唱えられてます。




次の作品です。

ルカ・シニョレッリと工房による「天上の聖母子と父なる神と聖人たちと予言者たち」(1519-23)

この作品が完成し、ルカ・シニョレッリがコルトーナからアレッツォに運んできた時の、ジョルジョ・ヴァザーリの記述で有名です。
アレッツォのサン・ジローラモ同信会から1519年9月19日に制作費100フローリンで発注されました。同日付で締結された契約書にプレデッラの内容まで書かれてます。

伝統的にルカ・シニョレッリの最後の作品と言われてますが、フォイアーノ・デッラ・キアーナのサンティ・マルティーノ・エ・レオナルド参事会教会の「聖母戴冠と聖人たち」が記録に残る最後の作品であるとも言われてます。


18世紀に入ると、サン・ジローラモ同信会の会員減少とサン・ジローラモ修道院教会の修道士の減少によって、活動が不活発となり、建物が徐々に荒廃しました。18世紀末、ナポレオンのイタリア侵攻に伴う抑圧令によって修道院教会は閉鎖されました。ナポレオンの失脚後、一時的に活動が再開されたものの、修道士の大半が戻らず活動が停止されました。
この祭壇画は1815年にサン・ジローラモ教会から取り外され、アレッツォのサンタ・クローチェ教会に移されました。1819年、祭壇画はサンタ・クローチェ教会からアレッツォのサント・スピリト教会に移されました。1849年、サント・スピリト教会にあった、この祭壇画は売りに出され、メインパネルだけがアレッツォの市立美術館(国立中世近代美術館の前身)の所有となりました。
その際のプレデッラの所有については良く分かりませんが、所有者が何度も変わったようです。1886年から1887年にかけて、このプレデッラを所有していたドイツの美術史家で収集家でもあったジャン・パウル・リヒターがアレッツォのサン・ジローラモ同信会から注文された祭壇画のプレデッラと特定したのです。
リヒターは、プレデッラを美術品収集家のルートヴィヒ・モンドに売却しました。モンドの遺言によって、1924年に、このプレデッラを含むモンド所有の美術品がナショナルギャラリーに遺贈されたのです。

この祭壇画のプレデッラです。所有者が何度も変わるうちに、プレデッラの右側が切り取られました。
(ロンドン、ナショナルギャラリー蔵)


②Museo Diocesano

アレッツォのドゥオーモの向かい側の写真です。

写真右端の建物は司教館です。ここにMuseo Diocesanoが置かれてます。

中々の展示を誇るMuseo Diocesanですが、不人気のようで入館者を見かけることが滅多にありません。
ルカの手は殆ど入ってなくて、工房によって制作されたとされてます。
このプラデッラは、長い間アレッツォのサンタ・マルゲリータ修道院の修道女たちから注文された祭壇画のプレデッラであると思われていました。今でも、その説は有力ですが、近年、ワシントンにある小さな祭壇画のプレデッラであるとの説が唱えられました。

聖母の誕生

聖母の神殿奉献

聖母の結婚

シエナの聖ベルナルディーノ
メインパネルとプレデッラがアレッツォに存在するのが自然と思うので、私はこのプレデッラはサンタ・マルゲリータ修道院の修道女から注文された祭壇画説を支持したい。
③サン・フランチェスコ聖堂

サン・フランチェスコ聖堂はアレッツォ観光の人気スポットです。

美術館の扱いがされてます。地元の人にとっては信仰の場なので無料で中に入ることが出来ます。

サン・フランチェスコ聖堂にはルカ・シニョレッリの作品がありません。しかし、長らく(最近まで)ルカ・シニョレッリの帰属作品とされていたフレスコ画があります。

ピエロ・デッラ・フランチェスカのフレスコ画が有名です。


こちらが長らくルカ・シニョレッリの帰属作品されていた「受胎告知」です。ルカ・シニョレッリの最初期の作品とされていました。

研究が進んで、今ではマッテオ・ラッポーリ(アレッツォ、1450-1506)の作品説が定説となってます。

私はルカ・シニョレッリの帰属作品と信じて鑑賞していた時がありました。
(つづく)


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