24.サンセポルクロ
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サンセポルクロは、人口15,182人(2025年4月30日現在)のトスカーナ州アレッツォ県にあるコムーネです。


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見所が多い街として有名です。


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何と言っても、サンセポルクロと言えばピエロ・デッラ・フランチェスカ(ボルゴ・サンセポルクロ、1412-1492)に尽きると思います。
写真はサン・フランチェスコ教会です。


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ピエロ・デッラ・フランチェスカの「キリストの洗礼」がサン・フランチェスコ教会にありました。


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ドゥオーモ


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ピエロ・デッラ・フランチェスカの数学上の弟子ルカ・パチョーリ像


①サンタントニオ・アバーテ教会
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サンタントニオ・アバーテ教会です。


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Compagnia di Sant’Antonio Abateによって1345年から1366年にかけて建設されました。


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ファサードのルネッタ上の彫刻


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この教会の主祭壇画がルカ・シニョレッリの作品です。


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教会の案内板には「ルカ・シニョレッリの作品がある」とは全く書かれていません。


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サイド・ポータルから中に入ります。


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主祭壇にルカ・シニョレッリの作品がありました。


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ルカ・シニョレッリの主祭壇画は、Stendardo(旗)になっていて、表裏両面に描かれているのです。


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後陣への立ち入りが禁止されているので、裏面を見ることが出来ません。


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では、裏面を見るのはどうしたら良いか?


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ルカ・シニョレッリの「磔刑」(1502-05c)


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1505年5月22日、ボルゴ・サン・セポルクロのサンタント二オ・アバーテ同信会はサンタント二オ・アバーテ修道院長に対して、旗の制作を適切な値段で注文する権限を与えました。その時には、既にルカ・シニョレッリとは話が付いていたものと思われます。
5月22日以降に権限を与えられた修道院長は正式にルカ・シニョレッリに注文したとされてます。
両面に描かれたキャンバスを旗として縫い上げて一つにするための糸の支払い記録が1506年12月8日付であるので、それ以前に完成したと思われてます。
旗として使用されないときには教会の祭壇画として使用するために、額縁が1532年から1533年にかけて制作された記録が残されてます。
ルネッタの「父なる神」は、1561年に額縁の金メッキと併せてラファエッリーノ・デル・コッレに注文され制作されました。


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ルカ・シニョレッリの「聖アントニオと聖エリージョと注文者」(1502‐05c)
こちらがStendardoの裏面です。
旗なので、キャンバスに描かれてます。


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ルネッタは、ラッファエッリーノ・デル・コッレ(ボルゴ・サンセポルクロ、1495-1566)の「父なる神と二天使」


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実は、ルカ・シニョレッリのStendardoは、不定期に取り外されて市立美術館で展示されることがあり、その時は裏面も観ることが出来るのです。
以前は、この旗は市立美術館で常設展示されていました。


➁市立美術館
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サンセポルクロのMuseo Civicoです。


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Museo Civicoにはルカ・シニョレッリの作品がありませんが、前述のようにサンタントニオ・アバーテ教会のルカのStendardoが取り外されて市立美術館で展示されることがあるのです。
ということで、Museo Civicoに敢えて触れることにします。


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ピエロ・デッラ・フランチェスカの作品が展示されてます。


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真ん中の欠落した部分にあったのが、ピエロ・デッラ・フランチェスカの「キリストの洗礼」です。


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(つづく)