写真はアレッツォです。ルカ・シニョレッリの師匠ピエロ・デッラ・フランチェスカは、1460年代、恐らく1462年から1467年頃までアレッツォにいました。アレッツォのサン・フランチェスコ教会の「真の十字架の物語」フレスコ画制作の第二段階を描くためでした。その時代にルカはピエロに弟子入りしたと言われてます。
35.アメリカ、アトランタ High Museum of Art

広くて、展示作品が膨大なので見るのが大変です。
ルカ・シニョレッリの作品が2パネルあります。同じ祭壇画の裾絵2点です。

ルカ・シニョレッリの「バーリの聖二コラの誕生」
プレデッラの場合、多くは工房によって制作されました。これらのプレデッラもその例外ではありません。

ルカ・シニョレッリの「アデオダトゥスを救出するバーリの聖二コラ」
これらのプレデッラについては記録が残されていました。
コルトーナのサン・ニッコロ教会にあった、行列行進の際に使用される旗のプレデッラでした。旗だけの使用の場合、プレデッラは不必要でしたが、この旗は教会の主祭壇画として兼用されていたので、プレデッラ付きとなりました。
サン・ニッコロ教会は、それを支えるサン・ベルナルディーノ・ダ・シエナ信徒会の活動が衰退し、常勤の聖職者がいない礼拝堂に格下げとなりました。それに伴い、1784年、行列行進の旗はコルトーナのジェズ教会に移されましたが、その時の記録に聖二コラの物語を描いた3枚のプレデッラの存在が記載されているのです。
1792年、祭壇画(旗)がジェズ教会からサン・ニッコロ礼拝堂に戻されました。メインパネル(両面に描かれた)とプレデッラが分解分離された具体的な年は不明です。

コルトーナのサン・ニッコロ教会

サン・ニッコロ教会の主祭壇

ルカ・シニョレッリの「死せるキリストと聖人たち」
以前はこちらの画面を見ることが出来ても、裏面を見るのが難しかったのですが、2013年頃だったと思いますが、電動で旗が動くように改造されました。それ以降、この教会はMuseoの扱いになりました。

電動で旗が動いたところ

裏面のルカ・シニョレッリの「聖母子と聖ピエトロと聖パオロ」

3枚のプレデッラは売却されたようです。(その詳細は不明)
High Museum of Art所蔵のプレデッラ2枚は、アレッサンドロ・コンティーニ=ボナコッシ伯爵(アンコーナ、1878‐フィレンツェ、1955)が保有していました。アレッサンドロは政治家、切手収集家、美術品収集家・美術商で、ナチス・ドイツのゲーリングの美術収集のために美術品を調達したことでも有名です。
アメリカの実業家で、慈善家、美術品収集家だったサミュエル・ヘンリー・クレス(1863‐1955)が1937年、このプレデッラ2枚をアレッサンドロから購入しました。
1961年、サミュエルの遺族がこのプレデッラ2枚を含む美術品をHigh Museum of Artに寄贈しました。
もう1枚のプレデッラ「3騎士を救出する聖二コラ」は、ドイツ、マイニンゲンのザクセン=マイニンゲン公国の公爵宮殿にあったことが知られてます。その後、売りに出され所有者が何度か変わったようです。
2020年、この「3騎士を救出する聖二コラ」はドイツ、ケルンのオークションに出品され、87,700ユーロで落札されました。さらに2022年1月のニューヨークのサザビーズでオークションにかけられ、176,400ドルで落札されました。
36.アメリカ ボルチモア The Walters Art Museum

アメリカのメリーランド州ボルチモアにあるThe Walters Art Museumです。

約22,000点のコレクションを誇り、見るのが大変です。見たい作品の展示場所を探すことさえ難しい美術館です。
ルカ・シニョレッリの作品が1点ありますが、パネルの一部なので鑑賞に値するのか、その辺が微妙です。

ルカ・シニョレッリの「受胎告知する大天使ガブリエーレ」
この作品の制作の経緯は全く不明です。
大きな祭壇画の「受胎告知」の一部なのか、オルガンの蓋絵のように「受胎告知する大天使ガブリエーレ」と「受胎告知される聖母」が二枚のパネルに別々に描かれたものの、大天使の一部なのか、全く分からないのです。

ヴォルテッラの市立絵画館で展示されている、ルカ・シニョレッリの「受胎告知」(1491)
美術史家の多くは、ボルチモアのThe Walters Art Museumの「受胎告知する大天使ガブリエーレ」はヴォルテッラ市立絵画館で展示されている「受胎告知」に形式が近似しているということで、1491年前後に制作されたという説を提唱しています。
「受胎告知する大天使ガブリエーレ」は、個人のコレクター数人に所有された後、1922年にThe Walters Art Museumの創設者ヘンリー・ウォルターズが手に入れました。
さて、対となる「受胎告知される聖母」の切り取られた部分ですが、ベルギーのジークラッベ城にあったそうですが、売りに出され個人蔵を転々とした後、2010年にニューヨークのサザビーズに競売に掛けられ、74,500ドルで落札されましたが、落札者が明らかにされていないようです。
37.アメリカオハイオ州トレド Toledo Museum of Art
ここに同じ祭壇画からの2枚のパネル絵があります。

ルカ・シニョレッリの2つのパネルが並べて展示されてます。

Pala Bichiという有名な多翼祭壇画の1パネルですが、私にはこれらのパネルの意味するところが分かりません。

2枚のパネルは、何時しかアメリアに渡り、20世紀初頭にリッチモンドのクック・コレクションにあったことが確認されてます。1955年、Toledo Museum of Artが買収して現在に至ってます。

Pala Bichiの現存するパネルの配置に関する提唱図
メインパネルは恐らく「聖母子」だったという有力説があります。

写真はシエナのサンタゴスティーノ教会です。Pala Bichiはサンタゴスティーノ教会の右翼廊にあったBichi家の個人礼拝堂にありました。
1487年10月15日、Bichi家は同家の個人礼拝堂建設を引き受けるとの契約を締結しました。契約には礼拝堂の壁にフレスコ装飾を行うこと、祭壇画を設置することなどが記載されてます。
その契約に基づき、Bichi家がルカ・シニョレッリに発注しました。ルカ・シニョレッリの仕事が1494年7月25日に終了したことを記す公正証書が残されてます。
Bichi家は17世紀までに没落し、同家の個人礼拝堂(サン・クリストフォロ礼拝堂)は教会の重荷になっていたようです。
1747年、サンタゴスティーノ教会は火災によって壊滅的な被害を受けました。火災後、大規模な改造修復工事が行われましたが、その際Bichi家礼拝堂は廃止され、ルカ・シニョレッリのフレスコ画は塗りつぶされ、Pala Bichiは分解されパネル毎に売りに出されました。
こうして多翼祭壇画のパネルはベルリン、ダブリン、グラスゴーなどの美術館に散在しています。
38.アメリカ、サンディエゴのSan Diego Museum of Art

アメリカのカリフォルニア州サンディエゴ市にあるSan Diego Museum of Artです。

建物の見事なファサードが印象的です。
スペイン美術の展示に強みがある美術館ですが、イタリア美術品も充実してます。
ルカ・シニョレッリの作品が1点あります。

ルカ・シニョレッリの「聖母戴冠」
一見して祭壇画のルネッタと分かります。

アルチェヴィアは、人口4,265人(2025年10月31日現在)のマルケ州アンコーナ県にあるコムーネです。

アルチェヴィアのサン・フランチェスコ修道院教会のキオストロ

サン・フランチェスコ教会の内部
1508年に制作された祭壇画は、ナポレオンに接収されました。その際、ルネッタ、メインパネル、プレデッラに分解されましたが、フランス人が持って行ったのはメインパネルだけで、ルネッタとプレデッラはフィリッピーニ家で保管されました。
メインパネルはミラノのブレラ絵画館に所有されてます。現在、メインパネルはアルチェヴィアのサン・フランチェスコ教会に戻されたという話がありますが、私は未確認です。
フィリッピーニ家で保管されていたルネッタとプレデッラは、ローマの骨董商に売却されました。ルネッタは、その後数度売買が繰り返され、所有者が変わりました。1979年、ルネッタの「聖母戴冠」はクリスティーズに出品され、個人コレクターの所有となりましたが、その人から1985年にサンディエゴ美術館が50万ドルで購入しました。

アルチェヴィアのサン・フランチェスコ教会のルカ・シニョレッリの祭壇画メインパネル

裾絵は既に述べたようにアルテンブルクにリンデナウ美術館にあるものが、この祭壇画のプレデッラであるとの説が有力です。

ミラノのブレラ絵画館
(つづく)



コメント