11480年代後半、ルカ・シニョレッリはフィレンツェのメディチ家の庇護を受けるようになりました。1490年代初頭、フィレンツェ、ヴォルテッラからコルトーナに戻ったルカ・シニョレッリは、ロレンツォ・イル・マニーフィコの支援を受けて、過ってフィレンツェのゲルフ派が所有していたコルトーナのポポロ宮の地下に工房を構えました。



43.ニューヨーク メトロポリタン美術館
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札束で世界中の美術品を買い集めた美術館です。


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当たり前ですが、ルネサンスの三巨人、カラヴァッジョ、ルカ・シニョレッリなどの芸術家はアメリカと無縁です。
カラヴァッジョの作品を見るために時々訪れてます。
余計ですが、メトロポリタン美術館のカラヴァッジョ作品を載せておきましょう。


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カラヴァッジョの「聖ピエトロの否認」(1609-10c)


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カラヴァッジョの「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」(1600-05c)
個人所有ですが、メトロポリタン美術館で展示されてます。


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カラヴァッジョの「音楽師たち」(1595c)


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カラヴァッジョの「リュート奏者」
個人所有ですがメトロポリタン美術館で展示されてます。
本題のルカ・シニョレッリの作品に話を戻しましょう。


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ルカ・シニョレッリの「聖母子」


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この作品は、1507年4月10日付の公正証書に記された記述がその裏付けとされてます。
19世紀後半に記された、コルトーナのCasa Tommasiの所有作品リストに、この「聖母子」が記載されているそうです。1893年に売りに出され、所有者が2回変わりました。20世紀前半、ニューヨークの銀行家が20万ドルで手に入れ、1949年にその銀行家がメトロポリタン美術館に寄贈しました。


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コルトーナのサンタ・マルゲリータ教会です。
「1507年4月10日、ルカ・シニョレッリは、コルトーナのサンタ・マルゲリータ教会の薬局にて、コルトーナの市民などの証人、公証人である私の目の前で、ルカ・シニョレッリ夫妻の娘であるガブリエーラに対して、腕に子供を抱いた聖母マリアの半身像と精巧な金色の背景を持つ小さな絵画、及び約2フローリンの大きな金貨を与えました。」との内容の公正証書があります。
この公正証書に記された『腕に子供を抱いた聖母マリアの半身像と精巧な金色の背景を持つ小さな絵画』がメトロポリタン美術館で展示されている「聖母子」であるとの説が定説になってます。


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ルカ・シニョレッリの「聖母被昇天」

この作品は1480年代後半に制作され、その大部分は工房の助手の手になるものとされてます。


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「聖母被昇天」は、1860年にコルトーナのサンティッシマ・トリニタ修道院教会にあったという記録が残されてますが、それが最初の記録となってます。


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ところが、コルトーナのサンティッシマ・トリニタ修道院教会は1582年に創建されたので「聖母被昇天」は何処から移されたことが分かります。
「聖母被昇天」に描かれた大天使聖ミケーレから、この作品はコルトーナのサン・ミケーレ・アルカンジェロ教会のために制作されたという説が提唱されました。


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コルトーナのサン・ミケーレ・アルカンジェロ教会


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コルトーナのサン・ミケーレ・アルカンジェロ修道院は、ルカ・シニョレッリの息子アントニオの嫁Matthea Scaramucciaとの関係で、ルカ・シニョレッリが何かと関係がありました。



44.アメリカ ペンシルベニア州 フィラデルフィア美術館 Philadelphia Museum of Art
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所蔵作品の質、量に於いて世界有数の規模を持つ美術館です。


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アメリカと言う成り立ちの国の典型的とも言える美術館で、大半の展示作品は札束を積んで買い集めた金満家によるものです。ゴシック、ルネサンス、バロックなどは元々アメリカに存在しないのですから、それは当然です。

ルカ・シニョレッリの作品が4点あります。4点共にジョン・グレイヴァ・ジョンソンが収集し、フィラデルフィア美術館に遺贈されたものです。
ジョン・グレイヴァ・ジョンソン(フィラデルフィア、1841‐1917)は非常に成功を収めた弁護士でしたが、その趣味は美術収集でした。彼のコレクションのうち、1000点以上をフィラデルフィア美術館に遺贈するとの遺言を残しました。


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ルカ・シニョレッリの「若い男の肖像」

制作の経緯や誰の肖像画なのか不明となっている作品です。
この作品は、ドイツの美術史家ヴィルヘルム・フォン・ボーデ(1845‐1929)が所持していました。しかし、ボーデが所持する以前のことは不明のようです。ボーデによってルカの作品であると断定されました。
ボーデは、イタリア・ルネサンス、オランダ・フランドルのバロック芸術の専門家で、権威ある研究を数多く行い、その功績によって貴族に任じられ「フォン」と名乗るようになりました。
1904年、カイザー・フリードリヒ美術館を創設し、その初代学芸員を務めました。
1911年、ジョン・グレイヴァ・ジョンソンがこの作品をヴィルヘルム・フォン・ボーデから購入して、ジョンソンのコレクションの一つとなりました。


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ルカ・シニョレッリの「羊飼いの礼拝」

そのサイズ(縦36㎝横43㎝)と画題からプレデッラの一部であり、しかも、「羊飼いの礼拝」と対を成すプレデッラパネルは、ニューヘイブンのイェール大学美術館所蔵の「マギの礼拝」であるとの説が定説になってます。


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イェール大学美術館にある、ルカ・シニョレッリのプレデッラ「マギの礼拝」です。


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プレデッラの「羊飼いの礼拝」(フィラデルフィア美術館蔵)と「マギの礼拝」(イェール大学美術館蔵)の祭壇画のメインパネルとして提唱されているのが、ルカ・シニョレッリの「聖母子と四聖人」です。


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「聖母子と四聖人」はコルトーナのMuseo Diocesanoにあります。


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コルトーナのMuseo Diocesano


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コルトーナのサン・フランチェスコ教会

メインパネル「聖母子と四聖人」に描かれている四聖人がフランチェスコ会修道士聖人であることから、この祭壇画はコルトーナのサン・フランチェスコ教会のために描かれたという説が有力とされてます。


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コルトーナのサン・フランチェスコ教会内部

フィラデルフィア美術館の「羊飼いの礼拝」のプレデッラ・パネルの所有者の変遷は不明です。ジョン・グレイヴァ・ジョンソンが記したコレクション目録によれば、1911年にフィレンツェの美術収集家、画商でもあったLuigi Grassiから購入しました。


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ルカ・シニョレッリの「受胎告知」

この「受胎告知」は明らかに祭壇画のプレデッラの一部と考えられてます。
その祭壇画ですが、メインパネルはルーブル美術館にある「マギの礼拝」であろうというのが定説になってます。


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ルーブル美術館にある、ルカ・シニョレッリの「マギの礼拝」

この作品はナポレオンのイタリア侵攻の際、フランスに略奪されたものなので、その制作に関する経緯は明らかになってます。


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チッタ・ディ・カステッロのサンタゴスティーノ教会です。


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ルカ・シニョレッリの祭壇画「マギの礼拝」は、チッタ・ディ・カステッロのサンタゴスティーノ教会の主祭壇画として1493年から1494年に制作されました。

ジョン・グレイヴァ・ジョンソンが記したコレクション目録に、プレデッラパネル「受胎告知」を1910年にパリのゴルーベフ伯爵から購入したと記されてます。尚、それ以前の所有者は不明です。
この「受胎告知」は滅多に展示されないようです。


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ルカ・シニョレッリ(フランチェスコ・シニョレッリ?)の「聖マリア・マッダレーナ」
甥のフランチェスコ・シニョレッリの作品である可能性が高いとされてます。
制作された経緯が全くの不明です。
ジョン・グレイヴァ・ジョンソンのコレクション目録には、1902年にオランダの画家レオ・ナルダスから購入と記されてます。
(つづく)