4写真はロレートのドゥオーモです。
ルカ・シニョレッリの時代、祭壇画について第三者による鑑定評価が必要になる場合があったようです。記録が残っていることに限っても、ルカは二回鑑定評価依頼を受けました。その一つは、ロレート大聖堂のオルガンの蓋に描かれた「受胎告知」の評価依頼でした。また、ルカの祭壇画制作契約において、第三者による鑑定評価を行わないとの条項が入っている契約が残されてます(但し、一例だけ)。



48.ハンガリー ブダペスト美術館 Budapest Museum Fine Arts
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ブダペスト美術館です。


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1900年から1906年に建設された新古典様式の建物に10万点以上の作品が展示されてます。
ルカ・シニョレッリの作品が1点あります。


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ルカ・シニョレッリの「聖ヤコブと生ける巡礼者と死んだ巡礼者」
滅多に採用されない主題の作品で、その出どころは「黄金伝説」と言われてます。スペインの有名な巡礼地サンチャゴ・コンポステーラへの巡礼者を慰労するために馬上の聖ヤコブが巡礼者の前に顕現し、生きた巡礼者と死んだ巡礼者を巡礼地コンポステーラまで15日間の旅程を一晩で運んだという主題です。
縦34㎝横26㎝の小パネルの作品で、そのサイズから祭壇画裾絵の土台部分だったと推察されて、その祭壇画のメインパネルを探す検討が長らく行われてきました。
聖ヤコブが描かれているメインパネルとしてブレラ絵画館所蔵の「聖母子と聖人たち」がそれではないかと提唱され、現在その可能性が高いとされてます。


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ミラノのブレラ絵画館


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ブレラ絵画館所有のルカ・シニョレッリの「玉座の聖母子とと聖人たち」(1508)

これはアルチェヴィアのサン・フランチェスコ教会修道院にあったもので、現在フランチェスコ教会に戻されているとの説があります。


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アルチェヴィアのサン・フランチェスコ教会


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アルチェヴィアのサン・フランチェスコ修道院教会のキオストロ

なお、「聖ヤコブと生ける巡礼者と死んだ巡礼者」は、1857年にローマのモンテ・ディ・ピエタ(慈善質屋)にありましたが、エステルハージ邸宅のコレクションに入りました。エステルハージ邸宅のコレクション約700点はブダペスト美術館のヨーロッパ絵画展示の中核を成してます。



49.ダブリン アイルランド国立美術館
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カラヴァッジョの有名な作品があるので、時々訪れてます。一回だけ展示されていないときがあって、無駄足となって大落胆しました。貸出中なのか修復中なのか、そのような説明もありませんでした。


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カラヴァッジョの「キリストの逮捕」
折角なので作品画像を載せておきましょう。


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カラヴァッジョの自画像が描かれてます。


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カラヴァッジョは余計です。ルカ・シニョレッリの作品に話を戻しましょう。
アイルランド国立美術館にルカ・シニョレッリの作品が1点あります。


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ルカ・シニョレッリの「シモン家の饗宴」
有名なPala Bichiのプレデッラの一部です。世界中の美術館にPala Bichiのパネルが散らばっているので、これまでに何度も取り上げました。
復習の意味で再度取り上げます。


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残存しているパネルによるPala Bichiの配置図


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シエナのサンタゴスティーノ教会です。
右翼廊にBichi家の個人礼拝堂がありましたが、Pala Bichiはその礼拝堂の主祭壇画でした。


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シエナのサンタゴスティーノ教会は、1747年の地震によって壊滅的な被害を受けました。17世紀後半までにBichi家は窮乏してしまい、Bichi家礼拝堂は教会の重荷になっていました。そのため、地震後の建物の大修復、一部再建工事着工の際にPala Bichiはパネル毎に分解され売却されました。また、礼拝堂の壁にルカ・シニョレッリのフレスコ画がありましたが塗り潰されてしまいました。


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Bichi家礼拝堂のルカ・シニョレッリのフレスコ画
最近行われた修復工事の際にルカ・シニョレッリのフレスコ画が発見されました。

さて、アイルランド国立美術館の「シモン家の饗宴」ですが、1887年にクリスティーズのオークションでダブリン・ギャラリー(アイルランド国立美術館の前身)が落札しました。
それ以前の所有者は数度変わったようですが、詳細は不明です。



50.ミュンヘン アルテ・ピナコテーク
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バイエルンのルートヴィッヒ1世のラファエッロの「テンピの聖母」の収集に纏わる話によって、当時の美術品収集の実態が分かります。美術品は宝物なんですね。


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ルカ・シニョレッリの作品が1点あります。


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ルカ・シニョレッリの「聖母子のトンド」(1490年代?)
右に描かれた裸の男はスピナリオ像と言われてます。先に触れたPala Bichiにも描かれていました。


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この作品は1894年までフィレンツェのPalazzo Ginoriにありました。同年、本美術館が購入しました。


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フィレンツェのPalazzo Ginori
この建物は16世紀初頭にジノリ家の当主カルロ・ジノリによって建設されましたが、この作品はカルロの注文によって描かれたという説があります。



51.パリ シャリス ジャクマール・アンドレ美術館
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パリの北にあるフランスのシトー会のシャリス修道院です。過っての修道院だった建物は廃墟になってます。廃墟となった修道院の隣に18世紀前半に建てられたジャン・オーベールの城があります。


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1902年、銀行家の御曹司で、莫大な財産を美術品購入に注力したエドゥアール・アンドレの妻で未亡人となったネリー・ジャクマールは城を買い取りました。城の敷地内のすべての建物に夫妻で収集した美術品を収蔵したいと考えての城の取得でした。
エドゥアール・アンドレとネリー・ジャクマールの夫妻は毎年イタリアを訪れ、イタリアの美術品収集に努めました。エドゥアール・アンドレが亡くなって未亡人となったネリー・ジャクマールは、その生涯の残りの年月をイタリア美術品収集に捧げ、夫妻のコレクションはイタリア美術品のフランスで最も優れたものになりました。


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制作者不明の「ネリー・ジャクマールの肖像」
1912年、ネリー・ジャクマールは財産とコレクションのすべてをフランス国際研究所に寄贈するとの遺言残して没しました。


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ジャクマール・アンドレ美術館はそうしてできたパリの公立美術館です。


ルカ・シニョレッリの作品が2点あります。


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ルカ・シニョレッリの「聖母子と聖ジョヴァンニ・バッティスタと聖人(具体的には不明)」(1490年代?)


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この作品は、1888年にエドゥアール・アンドレがフィレンツェの画商でフィレンツェの美術研究所教授のエミリア・コンスタンティーニ(1842-1926)から購入したものです。


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ルカ・シニョレッリの「聖母子と聖人 または聖家族」
(つづく)