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予定に遅れること約30分弱、午前11時半少し前に漸く扉が開きました。安心しました。ホッとしました。


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シラクーザに来た一番の目的はカラヴァッジョの「聖ルチアの埋葬」を観るためでしたから。


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教会内部は写真不可でした。


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中に入ってビックリしました。カラヴァッジョの「聖ルチアの殉教」が主祭壇を飾っているではありませんか!
それに加えて、礼拝堂を飾る祭壇画がシラクーザの別のサンタ・ルチア教会のものでしたから、余計ビックリしたのです。
その訳を聖職者に聞いたところ、別のサンタ・ルチア教会、正確には、サンタ・ルチア・アル・セポルクロ聖堂ですが、この時、大規模修復工事中で、その間、聖堂の機能をこの教会、サンタ・ルチア・アッラ・バディア教会に移したのですが、アル・セポルクロ教会の祭壇画も同時にこの教会に移したということでした。
アル・セポルクロ教会にも行く予定でしたが、このことを聞いたので行くのを断念しました。
その聖職者に頼み込んで、撮った写真がこの一枚でした。
この辺に関する背景とか経緯を少し説明しましょう。


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(シラクーザのサンタ・ルチア・アル・セポルクロ聖堂です。写真は外部サイトから拝借しました)
聖女ルチアに関する伝説が色々とありますが、真実とされているのは、異教徒との結婚を拒んだことで304年にシラクーザで殉教したことです。殉教した彼女の亡骸が葬られた場所の上に建てられたのが、この聖堂の前身である小さな礼拝堂でした。
余談になりますが、後に彼女の遺体は掘り起こされ、東ローマ帝国に売却され、コンスタンティノポリスに移されました。更に奇妙なことに、キリスト教徒がキリスト教国を攻めた、奇怪至極な第四次十字軍に勝利したヴェネツィア軍は、その戦利品として聖ルチアの遺体をビザンチン帝国からヴェネツィアに持って行き、彼女の遺体を奉る教会を今のFS駅の場所に建設したのです。ヴェネツィアに鉄道を敷設する際、その教会は取り壊され、その場所に駅を建てたのです。ヴェネツィア・サンタ・ルチア駅の駅名の由来はそのことから来ています。
キリスト教会は、そもそも聖人の聖遺物がないと聖体拝領が出来ない、つまり教会としての機能が果たせない訳ですから、聖遺物は非常に貴重でした。聖遺物の中で最も貴重で価値が高いのは聖人の遺体でした。聖人の遺体の売買とか戦利品なんて、現代ではとても想像だにできませんが中世以前ではごく普通だったのです。


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アル・セポルクロ聖堂にある聖ルチアの墓です。勿論、今は彼女の遺体はここにありません。


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カラヴァッジョの「聖ルチアの埋葬」(1608)


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マルタ騎士団の騎士になったカラヴァッジョですが、荒々しい性格がアダとなって騎士団の高位の騎士を襲撃し、折角なることが出来た騎士の地位を棒に振りヴァレッタの要塞に投獄されてしまいました。
要塞から脱獄に成功したカラヴァッジョは、そのローマ時代に行動を共にした舎弟のマリオ・ミンニティを頼り、シラクーザに逃げてきました。当時、マリオは生まれ故郷のシラクーザに帰り、多くの弟子を抱えた工房を構え、成功していました。
そのマリオの手配りによって、アル・セポルクロ聖堂から祭壇画制作の仕事がカラヴァッジョに齎され、1608年に完成したのが「聖ルチアの埋葬」です。


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そうして、完成してから少なくても2002年頃(何時頃まであったのか、私には分かりません)までアル・セポルクロ聖堂の主祭壇を飾っていたのがカラヴァッジョの作品でした。
(写真はアル・セポルクロ聖堂の主祭壇)
カラヴァッジョの作品は、後に取り外され、シラクーザの州立美術館で展示されるようになりました。
ところが、2010年にシラクーザに行ったら、カラヴァッジョ作品は州立美術館ではなく、アッラ・バディア教会の身廊中央付近で展示されていました。その理由は良く分かりません。
ガイドブックなどに「カラヴァッジョの『聖ルチアの埋葬』は、かって飾られていたサンタ・ルチア教会で臨時移転中」等の記述がありますが、間違いです。サンタ・ルチア・アル・セポルクロ聖堂とサンタ・ルチア・アッラ・バディア教会を混同しています。


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カラヴァッジョの作品を見ることが出来て満足でした。


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駅から遠いのが難点ですが、それ以外は非常に良いと思います。お勧めのホテルです。ただし、ハイシーズンはお高いですね。


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午後からサイクロンが接近するとの天気予報でしたが、海は凪いでいました。


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しかし、流れの速い黒い雲に空は覆われたままでした。


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降り始めるのも時間の問題でした。


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サン・ジャコモ展望台やアレトゥーザの泉など他に行きたい所がありましたが、暴風雨の中、この辺をウロウロするのは嫌なので我慢しました。


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次は州立美術館です。


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一杯やりたかったけど我慢、我慢。


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昔、このホテルに泊まったことがありました。


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写真左先が美術館です。


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州立美術館です。


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展示作品が多いとは言えませんが、まずまずの作品が揃ってます。


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臨時休館に遭遇したことがありません。


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この街に来たならば、ここはやはり必訪でしょう。


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入館しました。


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中庭
この美術館の詳細については、別に改めて取り上げる予定です。


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アントネッロ・ダ・メッシーナの「受胎告知」
傷みがありますが、この美術館を代表する傑作です。


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マリオ・ミンニティの作品が数点展示されてます。


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1時間もあれば全作品の鑑賞が可能です。美術館を出たら、その直ぐ傍に教会があります。


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時間が許せば拝観したかった教会です。


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アッラ・バディア教会が10時に開くと思って予定を立てましたが、それが11時半近くになったので、予定が狂いました。


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是非行きたいと思っていた美術館と2つの教会に行くことが出来たので、満足でした。


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美術館の直ぐ傍にもう一つ教会があります。


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これです。


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見慣れないファサードの教会です。


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この時間は閉まっています。


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直ぐ傍というよりも美術館の向かいにあります。


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午前中といっても、実際は午後1時前でした。これで午前中の行動は終わりです。


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海の方にもう一度行きました。


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美術館の入館前と比べると風が強まりました。


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写真では違いが分かりませんが、先ほどよりも波が荒くなっていました。


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そろそろ昼飯時です。


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食べる前にカラヴァッジョ作品をもう一度見たくなりました。


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この建物は有名です。


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ファサード


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島の中心はこの辺りになります。


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バロックの建物が多いですね。


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ドゥオーモ広場に向かいました。


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ドゥオーモ


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先ほどよりも人出が多くなりました。


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「聖ルチアの殉教」をもう一度見て、もう思い残すことはありません。


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昼食です。


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ジャーン!! 休業でした。観光客は少ないし、天気予報が最悪なので、開店しても多くの客は期待できないと踏んだのか、臨時休業というわけです。
似たような店で食べました。


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昼食が終わって外に出たら、とうとう雨が落ちてきました。


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直ぐにどしゃ降りになりました。


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風も強くて傘が役立ちません。


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ずぶ濡れ状態でホテルに戻りました。それ以降はホテルに缶詰め。天気予報が当たって暴風雨となりました。
(おわり)