イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ: トスカーナ州

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セバスティアーノ・ヴィーニ(ヴェローナ、1530‐ピストイア、1602)の「無原罪の御宿リ」(1560c)


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サンドロ・ボッティチェッリ(フィレンツェ、1445‐1510)の「磔刑像」(1490c)


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プセウド・ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノの「聖母子と天使」(1480‐1500)


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フランチェスコ・ボッティチーニの追随者の「聖ルチア」(1480c)


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ドメニコ・ディ・ミケリーノ(フィレンツェ、1417‐1491)の「バーリの聖二コラと聖ジュスト」(1469)


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フィリッポ・リッピ(フィレンツェ、1406‐スポレート、1469)の「聖ジローラモの葬儀」(1453)
ジェミニアーノ・インギラミが注文したそうです。


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アンドレア・ディ・ジュスト(フィレンツェ、1400‐1450)の「三位一体」(1435‐40)


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パオロ・ウチェッロ(プラートヴェッキオ、1397‐フィレンツェ、1475)の「ベアート・ヤコポ・ダ・トーティ」(1434c)


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フィリッポ・リッピの領域の「受胎告知と聖ジュリアーノ」(1460‐75)


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パオロ・ディ・マリオット・ダ・ガンバッシの「受胎告知」(1509)


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Maestro della Nativita di Castello(15世紀中頃活動)の「聖母子と聖ジュストと聖クレメンテ」(1449)


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プレデッラ


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考古学部門の部屋


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詳細不明


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エミリア・グレコ(カターニャ、1913‐ローマ、1995)の「聖母の永眠」(1983)


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次の部屋です。


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ザノービ・ポッジ―ニ(フィレンツェ、1508‐1564)の「聖母子と聖アンナと聖ジョヴァンニーノ」(16世紀中頃)


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アントニオ・ディ・ミニアートとピエトロ・ディ・ミニアートの「ピエタのキリスト」(1420)


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部屋の天井に描かれたフレスコ


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第1室です。


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以前は、ここから入館してました。


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Maestro di Mezzanaに帰属する「出産の聖母」(1320c)


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14世紀前半のトスカーナの逸名彫刻家作「聖母子」(1310‐20)


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ロレンツォ・ディ・ニッコロ(フィレンツェ、1373c‐1412c)の「受胎告知」(1410c)


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13世紀のプラートの逸名画家作「聖母子と天使」


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Maestro di Mezzanaの「聖母子」(1340c)


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Maestro di Mezzanaの「聖ピエトロ」(1340c)


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Maestro di San Luccheseの「聖母子」(1365c)


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Maestro di Francescoの「聖母子と12聖人」(15世紀)


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ジョヴァンニ・トスカ―ニ(ジョヴァンニ・フランチェスコ・トスカーニ)(フィレンツェ、1372‐1430)の「聖ジャコモと聖アントニオ・アバーテ」(1415)


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ジョヴァンニ・トスカ―ニ(ジョヴァンニ・フランチェスコ・トスカーニ)の「聖マッテオと聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」(1415)


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ニッコロ・ジェリーニ派のトスカーナの逸名画家作「磔刑」(1400)


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画面が光るので、横から撮ってみました。


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トスカーナ、恐らくアレッツォの逸名彫刻家作「キリストの頭」(1220‐30)


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フィレンツェの逸名彫刻家作「天使」(14世紀)


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ジロルド・ディ・コモ(ジロルド・ディ・ヤコポ・ダ・コモ)(コモ、1225‐1295)の「玉座の聖母子と大天使ミケーレと聖ピエトロと聖パオロ」(1262c)


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ジョヴァンニ・ボンズィ(トレント、? フィレンツェで1351‐1371記録)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


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ジョヴァンニ・ボンズィの「聖ジャコモ」
これで終わりです。


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(おわり)

回廊から17世紀の部屋に入りました。
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バルトロメオ・ビンビ(フィレンツェ、1648‐1723)の「教皇ピオ5世に顕現する聖母子」(1675c)


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リーヴィオ・メフス(ベルギー・アウデナールデ、1627‐フィレンツェ、1691)の「アビーラの聖テレーザに聖体拝領させるアルカンターラの聖ピエトロ」(1683)


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カルロ・ドルチ(フィレンツェ、1616‐1686)の「守護天使」(1670‐75)


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マッテオ・ロッセッリ(フィレンツェ、1578‐1650)の「聖チェチリア」(1615‐20)


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ヤコポ・キメンティ・ダ・エンポリ(フィレンツェ、1551‐1640)の「聖フランチェスコに子供を託す聖母」(1619)


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17世紀前半のフィレンツェの逸名画家作「井戸のサマリア女」(1630c)


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アレッサンドロ・フランキ(プラート、1838‐1914)の「聖ステファノの遺体の輸送」(1865)
時代が違う作品です。


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マリオ・バラッシ(フィレンツェ、1604‐1667)とカルロ・ドルチ(フィレンツェ、1616‐1686)の「聖ロレンツォの殉教」(1666‐70)
最初、マリオ・バラッシが描き始めましたが、その途中で体調を崩し、やがて死んでしまいました。マリオの未完成の作品をカルロ・ドルチが完成させたのです。


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説教壇の部屋です。


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ドナテッロ(フィレンツェ、1386‐1466)とドナテッロ工房の「説教壇」(1434‐38)


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ファサードに向かって右横前に説教壇がありました。


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現在、この場所にある説教壇は、付属美術館にある本物の複製です。


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説教壇は、制作されてから1970年まで、現在、複製が置かれている場所にありましたが、傷みがひどくなったため、同年に取り外されました。


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その後、修復が行われ、1999年に行われた本格的な大掛かりな修復を経て、現在の姿に蘇りました。


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修復された説教壇は付属美術館で展示されるようになりました。


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ドナテッロ派逸名彫刻家作「聖ロレンツォ」(15世紀中頃)


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フランチェスコ・フェッルッチ(フランチェスコ・ディ・シモーネ・フェッルッチ)(フィエゾレ、1437‐フィレンツェ、1493)の「祈る幼きキリスト」(1486)


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ミケロッツォとマーゾ・ディ・バルトロメオの「説教壇のブロンズ柱頭」(1433)


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次の部屋です。


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部屋の名称と異なる16世紀の作品も展示されてます。


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サンドロ・ボッティチェッリ工房の「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」(1490c)


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ベネデット・ディ・パリージまたはパリス・ダ・ヴェルニオの「聖母子と大天使ミケーレと聖ピエトロ・マルティーノ」(1510c)
(つづく)

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1967年、プラート大聖堂のファサードに向かって左側に、司教館、司教館とドゥオーモの間の部屋に付属美術館がオープンしました。


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プラートのサント・ステファノ大聖堂、教区の他の教会修道院にあった作品が展示されてます。
2014年頃まで、美術館の入り口は大聖堂のファサードに向かって左側の、この場所にありました。


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旧入り口横のタベルナコロ


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新しい入り口は鐘楼の下になりました。


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入口にある案内


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付属美術館の切符は、大聖堂後陣にあるフィリッポ・リッピのフレスコ画との共通券になってます。


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大聖堂後陣左側に美術館に通じる階段があり、階段を上れば美術館に行くことが出来ます。しかし、階段を上れなくなっている場合が時々あるので注意が必要です。
美術館の展示は、考古学の小部門、ロマネスク様式のキオストロと回廊、聖ステファノ礼拝堂・”Volte"・Antiquarium、7つの展示室から成ってます。
旧入り口から美術館に入ると第1室から見て回ることになっていましたが、新入り口では第1室が最後となります。


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新入り口から入館すると、最初の展示コーナーが”Volte"・サント・ステファノ礼拝堂・Antiquariumです。
Volte(Volto):天井 Antiquarium:出土品収蔵所


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ジローラモ・リストーリ(プラート、1450c‐1512)の「磔刑」(1508‐10)


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トッマーゾ・ディ・ピエトロ・トロンベット(プラート、1464‐1530c)の「我に触れるな」(1510)


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ボナッコルソ・ディ・チーノ(フィレンツェ、14世紀中頃活動)の「ピエタのキリストと聖母と聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタと死者」(1340c)


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ジローラモ・リストーリの「ジュリアーノ・グイッツェルミの肖像」


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地下天井に描かれた紋章


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フランチェスコ・ダィ・ミケーレの「善き羊飼いと聖ニッコロと聖フランチェスコ」(1390‐1400)


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アントニオ・ディ・ミニアートのフレスコ画


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アントニオ・ディ・ミニアートの「3聖人」


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サント・ステファノ礼拝堂


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逸名画家のフレスコ画


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ピエトロ・ディ・ミニアートとアントニオ・ディ・ミニアートの「最後の晩餐」(1420)


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ピエトロ・ディ・ミニアートとアントニオ・ディ・ミニアートのフレスコ画


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ピエトロ・ディ・ミニアートとアントニオ・ディ・ミニアートの「玉座の聖母子と聖ステファノと聖ロレンツォ」


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キオストロに出ました。


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ロマネスク様式のキオストロ回廊(1165c)


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(つづく)

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Cappella Maggiore(中央礼拝堂)


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フィリッポ・リッピ(フィレンツェ、1406‐スポレート、1469)のフレスコ画で有名です。


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聖人たちのステンドグラス


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1452年、フィリッポ・リッピは、プラート大聖堂のCappella Maggioreのフレスコ画制作を依頼されました。


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1456年、フィリッポ・リッピは、プラートのサンタ・マルゲリータ女子修道院の礼拝堂付き司祭に任命されました。当時、リッピは、聖母とこの礼拝堂のフレスコ画サロメのモデルを探していましたが、サンタ・マリゲリータ女子修道院で修道女をしていたルクレツィア・ブーティが目に留まり、1457年には彼女を連れ出し、一緒になってしまったのです。


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やがて、二人の間にフィリッピーノが生まれます。そのことがフィレンツェ当局に密告され、大問題となりましたが、リッピがお気に入りの画家だったコジモ・デ・メディチが当時の教皇ピオ2世にとりなして二人を還俗させたのです。


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このサロメのモデルがルクレツィアです。
異時同図法によって、聖ジョバンニ・バッティスタの斬首、ヘロデの饗宴、聖ジョヴァンニ・バッティスタの首を母に差し出すサロメが同じ画面に描かれてます。


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フレスコ画のテーマは聖ジョヴァンニ・バッティスタの物語と聖ステファノの物語です。


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祭壇に向かって左側壁が聖ステファノ、右側壁が聖ジョヴァンニ・バッティスタとなってます。


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1464年に完成しました。


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砂漠の聖ジョヴァンニ・バッティスタ


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聖ジョヴァンニ・バッティスタの誕生


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天井


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聖ステファノの誕生


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シナゴーグの聖ステファノ


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聖ステファノの葬儀


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Cappella Manassei


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Cappella Manasseiのフレスコ画は、15世紀のフィレンツェの逸名画家によって15世紀初め頃に制作されました。


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フレスコ画のテーマは、聖マルゲリータの物語と聖ジャコモの物語となってます。


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天井


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Cappella Inghirami


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ベネデット・ダ・マイアーノ(マイアーノ、1442‐フィレンツェ、1497)の「インギラーミの墓」(1480c)


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ベネデット・ダ・マイアーノの聖母子


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詳細不明


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一旦、聖堂の外に出て付属美術館に向かいました。
(おわり)

皆様、新年明けましておめでとうございます。
今年が良い年であることを祈ってます。
本年もどうぞ宜しくお願い致します。
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後陣への立ち入りは有料です。切符売り場が鐘楼の下にあります。


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大聖堂付属美術館との共通券になってます。


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切符を買って再び聖堂内に入りました。


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右側廊の先に後陣へのゲートが設けられてます。


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中央礼拝堂


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Cappella del Sacro Cinglo


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アーニョロ・ガッディ(フィレンツェ、1350c‐1396)の「チントラの聖母の物語」(1392‐95)


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別アングルからのCappella del Sacro Cingolo


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後陣に入ると、全体が見渡せません。


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全体像を見ておきます。


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フレスコ画の他に重要な見所があります。


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祭壇上にある彫刻が傑作です。


2
ジョヴァンニ・ピサーノ(ピサ、1250c‐1315c)の「聖母子」(1301)


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ベネデット・ダ・マイアーノ(マイアーノ、1442‐フィレンツェ、1497)の「オリーブの聖母」(1480)


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詳細不明の「聖ステファノ」


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詳細不明の「授乳の聖母」
では、後陣の礼拝堂の拝観です。


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Cappella Vinaccesi


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13世紀の磔刑像


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Cappella Vinaccesiの壁は、フレスコ画で覆われてます。


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礼拝堂の全てのフレスコ画は、アレッサンドロ・フランキ(プラート、1838‐シエナ、1914)によって1872年から1876年に制作されました。


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フレスコ画のテーマは旧約聖書の物語です。


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Cappella dell'Assunta


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Cappella dell'Assuntaの壁はフレスコ画で覆われてます。
パオロ・ウチェッロ(プラートヴェッキオ、1397‐フィレンツェ、1475)とアンドレア・ディ・ジュスト(フィレンツェ、1400c‐1450)によって、1435年から1436年に制作されたもので、聖母の物語と聖ステファノの物語がテーマとなってます。


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アンドレア・ディ・ジュストの「聖ステファノの遺体の発見」(1435‐36)


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パオロ・ウチェッロの「聖ステファノの殉教」


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パオロ・ウチェッロの「聖ステファノの議論」


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パオロ・ウチェッロによって描かれた天井のフレスコ画


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アンドレア・ディ・ジュストの「聖母の結婚」(1435‐36)


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パオロ・ウチェッロの「寺院への聖母の出現」(1435‐36)


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パオロ・ウチェッロの「聖母の誕生」(1435‐36)
(つづく)

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プラートのドゥオーモ広場です。


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Cattedrale di Santo Stefanoです。1996年、教皇ジョヴァンニ・パオロ2世によってBasilica Minoreに格付けされました。


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6世紀頃、この地に教会が存在したと伝えられているそうです。また、10世紀の記録にサント・ステファノ教区教会の存在が記されてます。


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現在の建物は12‐14世紀に再建されたものです。


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1456年に創建されたファサードです。


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ジュデッタ・ディ・コモの設計によって、13世紀に創建され1356年に完成した鐘楼です。


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アンドレア・デッラ・ロッビアによる彩釉テラコッタ


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柱頭の装飾


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説教壇


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ミケロッツォとドナテッロによって、1428‐1438年に制作された説教壇


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現在、この場所にあるのは複製で、本物はドゥオーモ付属美術館に移されてます。


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身廊側にも出入り口があります。


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後陣


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三廊式、ラテン十字形、ロマネスク・バロック様式の内部です。


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左側廊方向


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左側廊


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右側廊方向


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右側廊


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中央礼拝堂前から見た出入口


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詳細不明の「三位一体」


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アーニョロ・ガッディの「受胎告知」


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アーニョロ・ガッディの「聖母の寺院への出現」


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右側廊のフレスコ断片


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左側廊にあるシノピエ


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ダヴィド・デル・ギルランダイオとリドルフォ・デル・ギルランダイオの「聖母被昇天」


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説教壇


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聖水盤


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ピエタのモニュメント


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後陣への立ち入りは有料です。(付属美術館と共通)


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中央礼拝堂


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シノピエ


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Fratelli da Maianoの「ピエタのキリストと聖母と聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」


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詳細不明の「授乳の聖母」

皆様、今年一年、本当に有難うございました。
来年もどうぞ宜しくお願い致します。
(つづく)

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18世紀のローマ派逸名画家作「サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ広場の景観」


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18世紀のローマ派逸名画家作「サンタ・マリア・マッジョーレ聖堂後陣の景観」


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ピエトロ・グラツィアーニ(ナポリ、18世紀後半活動)の「戦闘」(18世紀後半)


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ピエトロ・グラツィアーニの「戦闘」(18世紀後半)


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ピエトロ・グラツィアーニの「戦闘」(18世紀後半)


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ピエトロ・グラツィアーニの「戦闘」(18世紀後半)


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カスパーレ・ロペス(ナポリ、1650‐フィレンツェ、1732)の「花」(17世紀末)


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ガスパーレ・ロペスの「花」(17世紀末)


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18世紀のローマ派逸名画家作「晩秋」(18世紀)


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18世紀のローマ派逸名画家作「夏」(18世紀)


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W. Van Orlen (18世紀)の「鳩」(1748)


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マリア・ルイーザ・ラッジ(ジェノヴァ、1742‐ローマ、1813)の「ブドウの収穫」(18世紀後半)


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マリア・ルイーザ・ラッジの「廃墟がある理想的な景観」(18世紀後半)


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マリア・ルイーザ・ラッジの「収穫期」(18世紀後半)


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マリア・ルイーザ・ラッジの「廃墟がある理想的な景観」(18世紀後半)


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Gaspar Van Wittel (ユトレヒト、1653‐ローマ、1736)の「海」(18世紀)


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マリア・ルイーザ・ラッジの「廃墟がある理想的な景観」(18世紀後半)


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マリア・ルイーザ・ラッジの「廃墟がある理想的な景観」(18世紀後半)


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Franz Werner Von Tamm (Amburgo, 1658- Vienna, 1724)の「花の静物画」(17世紀末)


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Jan Van Kessel (Anversa, 1626-1679)の「果物と野菜の静物画」(17世紀後半)


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Jan Van Kesselの「果物の静物画」(17世紀後半)


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Franz Werner Von Tammの「花の静物画」(17世紀末)


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最上階の4階に向かいました。


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アレッサンドロ・フランキ(プラート、1838‐1914)の「受胎告知」(1884)


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アレッサンドロ・フランキの「ご誕生」(1884)


P2020170
アレッサンドロ・フランキの「井戸のサマリア女」(1884)


P2020174
アレッサンドロ・フランキの「無原罪の御宿リ」(1904)


P2020177
Adorf Von Stuerler (Versailles, 1802- Parigi, 1881)の「ロレンツォ・バルトリーニの肖像」(1845)


P2020180
アントニオ・マリーニ(プラート、1788‐1861)の「聖母子」(1843以降)


P2020182
彫刻が展示されているコーナーです。


P2020183
現代画も展示されてます。


P2020184
ロレンツォ・バルトリーニ(サヴィニャーノ・ディ・プラート、1777‐フィレンツェ、1850)の「マリーナ・グレーヴァ伯爵夫人の彫像」(1821)


P2020186
ロレンツォ・バルトリーニの「フィラトリーチェ」(1846)


P2020188
ロレンツォ・バルトリーニの「慈愛」(1820‐40)


P2020190
ロレンツォ・バルトリーニの「トーマス・ウィルソンを供養する浅浮彫」(1820c)


P2020192
ロレンツォ・バルトリーニの「無垢な者の眠り」(1820)


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窓からの景観


P2020198


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P2020202


P2020201
現代彫刻が展示されてます。


P2020203


P2020204
19世紀の画家たちの肖像画


P2020205


P2020207
ジュゼッペ・チャルディ(ヴェネツィア、1875‐クイント・ディ・トレヴィーゾ、1932)の「家族の肖像」(1846)


P2020209
アレッサンドロ・フランキの「イタリア王ウンベルト1世の肖像」


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部屋のフレスコ画


P2020216
(おわり)

P2010965
次の部屋です。


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大きな作品が並べられてます。


P2020035


P2010966
部屋の壁にあるタベルナコロです。


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フランチェスコ・ディ・ミケーレ(フィレンツェ、14世紀末活動)の「聖母子のタベルナコロ」(1382c)


P2010970
部屋の壁にあるフレスコ断片


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P2010973
ジョヴァン・ドメニコ・フェッレッティ(フィレンツェ、1692‐1768)の「受胎告知」(1726)


P2010978
フランチェスコ・コンティ(フィレンツェ、1682‐1760)の「栄光のアレッサンドリアの聖カテリーナ」(1734)


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シジスモンド・ベッティ(フィレンツェ、1700‐1775c)の「トレンティーノの聖二コラに顕現する聖母子」(1726)


P2010985
マリオ・バラッシ(フィレンツェ、1604‐1667)の「内臓を取られた男を蘇生させるトレンティーノの聖二コラ」(1648)


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ドメニコ・サルヴィ(ピサ、1653‐1667活動)の「聖ロモーロと天使」(1661)


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ジョヴァンニ・ビリヴェルト(フィレンツェ、1585‐1644)の「受胎告知」(1630)


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サンティ・ディ・ティート(ボルゴ・サン・セポルクロ、1536‐フィレンツェ、1603)の「パンと魚の増加」(1603)


P2020004
アレッサンドロ・アローリ(フィレンツェ、1535‐1607)の「聖フィリッポ・ベニッツィの奇跡」(1603)


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アレッサンドロ・アローリの「聖ジョヴァンニ・グアルベルトの奇跡」(1603)


P2020010
部屋の壁にあるフレスコ断片


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マリオ・バラッシ(フィレンツェ、1604‐1667)の「聖ジュゼッペと幼きキリスト」(1656)


P2020018
ジョヴァンニ・バッティスタ・ナルディーニ(フィレンツェ、1535‐1591)とジョヴァンニ・バルドゥッチ(フィレンツェ、1560c‐ナポリ、1631以降没)の「シエナの聖カテリーナの神秘な結婚」(1588‐91)


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レオナルド・マスカーニ(プラート、1560‐1621)の「聖マッテオの召命」(1618)


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マリオ・バラッシ(フィレンツェ、1604‐1667)の「聖母子と聖ドメニコ」(1656‐57)


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部屋の壁に描かれた聖クリストフォロ


P2020031
詳細不明です。


P2020032
詳細不明


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フレスコの説明がありません。


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フランチェスコ・モランディ―ニ通称イル・ポッピ(ポッピ、1544c‐フィレンツェ、1597)の「大天使ラッファエーレとトビオーロ」(1572‐73)


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パオロ・デリ・オルガーニ(プラート、1522‐1575)の「割礼」(1570)


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壁のあちこちにあるフレスコ断片


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3階に向かいました。


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プレトリオ宮の時計の機械部分(1858)


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3階の窓越しの眺め


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ステファノ・ガエターノ・ネーリ(プラート、フィレンツェで18世紀活動)の「ピエトロ・レオポルド・ディ・ロレーヌの肖像」(18世紀後半)
ピエトロ・レオポルドがプラート提督に在任していた1788年に、プレトリオ宮の一部に絵画館を設けましたが、その絵画館が現市立美術館の前身です。


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制作者不明の「サッソフェッラート作『祈る聖母』の複製画」(1700c)


P2020067
制作者情報不明の「ピアツェッタ作『聖アンドレア』の複製画」(1700c)


P2020069
制作者情報不明の「ピアツェッタ作『聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ』のコピー画」(1700c)


P2020073
プラチド・コスタンツィ(ローマ、1702‐1759)の「バテシバの水浴」


P2020076
18世紀のローマの逸名画家作「若い娘たちを傅かせる老人」


P2020079
ピエトロ・ナヴァッラ(ローマ、1631‐1714活動)の「静物画」(18世紀初頭)


P2020082
ピエトロ・ナヴァッラの「静物画」(18世紀初頭)


P2020085
ルドヴィーコ・ステルン(ローマ、1709‐1777)の「花瓶の花」(18世紀初頭)


P2020088
ルドヴィーコ・ステルンの「花瓶の花」(18世紀前半)


P2020091
カルロ・マイニエーリ(ローマ、1662‐1700活動)の「果物の勝利」(17世紀末)


P2020094
カルロ・マイニエーリの「果物の勝利」(17世紀末)
(つづく)

P2010845
ラッファエッリーノ・デル・ガルポ(フィレンツェ、1466‐1524記録)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1510c)


P2010847


P2010849
フィリッピーノ・リッピ(プラート、1457‐フィレンツェ、1504)の「メルカターレのタベルナコロ」(1498)


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右側壁に描かれている聖ステファノとアレッサンドリアの聖カテリーナ


P2010855
左側壁に描かれている聖アントニオ・アバーテと聖マルゲリータ


P2010858
フィリッピーノ・リッピの「磔刑」(1500‐04)


P2010862
展示室の壁に描かれた「磔刑」(制作者情報不明)


P2010864
見事な展示です。


P2010868
フランチェスコ・ボッティチーニ(フィレンツェ、1446‐1498)の「聖母子と聖人たち(聖ジローラモ、聖フランチェスコ、パドヴァの聖アントニオ、とローザの聖ルドヴィーコ)」(1483)
保護のガラス板があるので、写真がうまく撮れません。


P2010870
ドナテッロ(フィレンツェ、1386‐1466)の「聖母子と2天使」(1415‐20)


P2010873
ベネデット・ダ・マイアーノ(フィエゾレ、1442‐1497)と工房の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1480‐1500)


P2010876
ベネデット・ダ・マイアーノと工房の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1480‐1500)


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ベネデット・ダ・マイアーノと工房の「授乳の聖母」(1490c)


P2010882
16世紀末の逸名彫刻家作「ベネデット・ダ・マイアーノの『聖母子』の複製」


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ベネデット・ダ・マイアーノと工房の「聖母子」(1500c)


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アンドレア・デッラ・ロッビア(フィレンツェ、1435‐1525)の「聖アントニオ・アバーテと2天使」(1492‐95)


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ベネデット・ブリオーニ(フィレンツェ、1460c‐1521)の「聖母子」(1500c)


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ドメニコ・ディ・ミケリーノ(フィレンツェ、1417‐1491)の「悔悛の聖ジローラモ」(1440c)


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ドメニコ・ディ・ミケリーノの「聖母の死」(1440c)


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ドメニコ・ディ・ミケリーノの「聖痕を受ける聖フランチェスコ」(1440c)


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部屋の壁に描かれたフレスコ画(詳細不明)


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2階展示室に向かいました。


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2階です。


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部屋の壁に描かれたフレスコ(詳細不明)


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独り占めは勿体ない。


P2010917
17世紀の画家たちの作品です。


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ニコラ・マリンコニーコ(ナポリ、1663‐1721)の「善きサマリア人」(1703‐06)


P2010909
チェッコ・ブラーヴォ(フィレンツェ、1601‐インスブルック、1661)の「セミラミス」(1630)
セミラミスはアッシリアの伝説的女王です。


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タッデオ・バルディーニ(フィレンツェ、1623‐1693)に帰属する「聖ジョヴァンニ・バッティスタの斬首」(17世紀後半)


P2010915
マッティア・プレティー(タヴェルナ、1613‐マルタ・ヴァレッタ、1699)と工房の「アガルの離縁」(1645‐50)


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Maestro del Lume di Candela (17世紀活動)に帰属する「キリストの嘲笑」(1620‐30)


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バッティステッロ・カラッチョロ(ナポリ、1578‐1635)の「我に触れるな」(1618c)
キリストが帽子を被ってる!!!


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フランチェスコ・ブリーナ(フィレンツェ、1546c‐1586)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1560c)


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Maestro della Madonna Parrish またはジュリオ・フランチャ(1487‐1545)作の可能性もある「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚と聖人たち」(1530c)


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ジョヴァン・バッティスタ・ナルディーニ(フィレンツェ、1535‐1591)の「キリストの受難」(1577‐80)


P2010938
ジョヴァン・バッティスタ・ナルディーニとジョヴァンニ・バルドゥッチ(フィレンツェ、1560c‐ナポリ、1631以降没)の「聖家族と聖ドメニコとシエナの聖カテリーナ」(1578)


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リドルフォ・デル・ギルランダイオ(フィレンツェ、1483‐1561)の「慈悲の聖母」


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リドルフォ・デル・ギルランダイオの「バルド・マジーニの肖像」(1525c)


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次の部屋です。


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16世紀の画家たちの作品が並んでます。


P2010954
マーゾ・ダ・サン・フリアーノ(フィレンツェ、1536‐1571)の「フランチェスコ1世・デ・メディチの肖像」(1570)


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ジョヴァンニ・マリア・ブッテーリ(フィレンツェ、1540c‐1606)の「美徳の寓意」(1590c)


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賢明


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信義


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節制
(つづく)

P2010742
ジョヴァンニ・ダ・ミラノ(コモ、1320c‐フィレンツェ、1369c)の「慈悲の病院のポリッティコ」(1355‐60c)
写真では分かりませんが、大きな作品です。プラートにあるSpedale delle Misericordia内礼拝堂の祭壇を飾っていました。


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玉座の聖母子


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アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖ベルナルド


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聖バルトロメオ、聖バルナバ


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裾絵は上下二段からなってます。上段中央は受胎告知


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アレッサンドリアの聖カテリーナの殉教、聖ベルナルドのミサ


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聖バルトロメオの殉教、聖バルナバの殉教


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下段の裾絵
キリストの誕生、マギの礼拝


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寺院への出現、園の祈り


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キリストの逮捕、カルヴァリオへの上り


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ピエトロ・ディ・ミニアート(フィレンツェ、1366‐1430c)の「サン・マッテオのポリッティコ」(1412‐13)
プラートのサン・マッテオ教会にありました。


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中央の聖母戴冠


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聖マッティア、聖マッテオ
保存状態が良くありません。


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右側は欠落


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裾絵は上下二段になってます。
マギの礼拝


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下段は聖マッテオの生涯の物語


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アンドレア・ディ・ジュスト(フィレンツェ、1423‐1450存在確認)の「サン・バルトロメオ修道院のポリッティコ」(1435)
Badia di San Bartolomeo alla Saccaにありました。


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中央の玉座の聖母子


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聖バルトロメオ、聖ジョヴァンニ・バッティスタ


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聖ベネデット、聖マルゲリータ


P2010791
プレデッラ


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P2010797
マリオット・ディ・ナルド(フィレンツェ、1390c‐1424存在確認)の「サン・フランチェスコのポリッティコ」(1424)
フィリーネ・ヴァルダルノのサン・フランチェスコ教会にありました。


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玉座の聖母子と音楽天使たち


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聖ジャコモ・マッジョーレ、聖ジョヴァンニ・バッティスタ


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聖アンドレア、聖ベルナルド


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祈る救世主


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受胎告知する大天使


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受胎告知される聖母


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プレデッラ


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フィリッポ・リッピ(フィレンツェ、1406c‐スポレート、1469)とリッピ工房の「受胎告知と聖ジュリアーノ」(1460‐65)


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フィリッポ・リッピの「ご誕生と聖ジョルジョと聖ヴィンチェンツォ・フェラーリ」(1465‐67c)


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フィリッポ・リッピの「チェッポの聖母」(1452‐53)


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フィリッポ・リッピとフラ・ディアマンテ(テッラヌオーヴァ・ブラッチョリーニ、1430‐フィレンツェ?、1498以降没)の「チントラの聖母と聖マルゲリータと聖グレゴリオと聖トッマーゾと聖アゴスティーノと大天使ラッファエーレとトビアス」(1456‐66)
フラ・ディアマンテはフィリッポ・リッピの弟子です。


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次の展示コーナーです。


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フィリッピーノ・リッピの作品は東京に貸し出し中でした。


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ルーカ・シニョレッリ(コルトーナ、1445/1450-1523)とシニョレッリ工房の「聖母子と聖人たち(聖フランチェスコ、聖マルコ、聖キアーラ、アレッサンドリアの聖カテリーナ)」のトンド」(1515c)


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(つづく)

P1140355
トスカーナとフィレンツェの画家たちの素晴らしい作品を展示しているのが、プラート市立美術館です。


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プラートの行政の中心コムナーレ広場です。写真左は市庁舎です。


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広場に面して建っているのが、13世紀後半から14世紀初頭にかけて建設されたPalazzo Pretorioです。プレトリオ宮は長らく市庁舎や監獄として使用されてきました。


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プレトリオ宮に美術館が置かれるようになったのは1912年でした。それ以来、現在に至ってますが、1998年3月に建物の修復工事のため、美術館は閉鎖されてしまいました。プレトリオ宮は2013年9月に工事が終わりましたが、特別展が開催されるだけでした。従来の市立美術館としての再オープンは2015年3月頃だったと思います。
その間、旧サン・ドメニコ修道院にあるフレスコ画美術館で、市立美術館所蔵作品の一部が展示されていました。


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プレトリオ宮外壁にあるニッチのフレスコ画


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紋章


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修復工事前には、美術館の入り口は階段を上った1階(日本の2階)にありました。


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修復前はGalleiria Comunaleと呼ばれていました。


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修復前の入り口前からの広場の光景


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現在の名称はMuseo di Palazzo Pretorioとなってます。
多くの美術館や博物館が休館となる月曜日開館は有り難いですが、火曜日が休館なので要注意です。


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入館しました。
プレトリオ宮に修復工事が終わっても、美術館の再オープンまで時間がかかったことが入館して直ぐに納得できました。内装をすべて一新させて、展示室や展示作品を鑑賞し易いように変更したのです。
修復工事前の館内は薄暗く、古び過ぎていて、お世辞にも鑑賞し易いとは言えませんでした。


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これは何でしょうか? 紋章?


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ザノービ・ポッジ―ニ(フィレンツェ、1508‐1563)の「貴重品入れ」(1545‐55)


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17世紀の逸名画家作「プラートのドゥオーモ広場の景観」
現在の広場は敷石になってますが、それを除けば建物などの景観は現在と同じと言うことが分かります。


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オラツィオ・フィダーニ(フィレンツェ、1606‐1656)の「聖フィリッポ・ネリの幻視」(1656)
Palazzo Comunale内の礼拝堂にあった作品です。
以上4点作品は、制作された時代順に展示されている他の作品と時代が違うのですが、その理由が分かりません。


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ベルナルド・ダッディ(フィレンツェ、1290c‐1348)の「聖母子と4聖人」(1325‐35)
保護のガラス版に作品が覆われてます。


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中央パネルの聖母子


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アッシジの聖フランチェスコ、聖バルトロメオ


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聖バルナバ、アレッサンドリアの聖カテリーナ


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Maestro dell'Infanzia di Cristo(フィレンツェ、14世紀活動)の「聖母子と聖人たち」(1360c)


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非常に見易くなりました。鑑賞者の身になって内装が設計されたそうです。


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アーニョロ・ガッディ(フィレンツェ、1350‐1396)の「聖母子」(1392‐95)
プラートのサン・ドナート教会にあったフレスコ画です。


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Maestro della Madonna Straus(フィレンツェ、1390‐1400活動記録)の「ピエタのキリスト」(1390‐1400)


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ベルナルド・ダッディ(フィレンツェ、1290c‐1348)の「聖なるチントラの物語」(1337‐38)
プラート大聖堂の主祭壇にありました。
私は多翼祭壇画の裾絵のように思います。


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私の入館から退館まで、入館者は私一人でした。実に勿体ないと思いました。
建物の修復と内装の一新、それに要した時間と経費を考えると、プラート市当局の美術に対する情熱と姿勢に頭が下がります。
それらに応えることが観光に訪れる我々の責務ではないでしょうか。
フィレンツェに行かれたならば、少し足を延ばして、この美術館を訪れては如何でしょうか。行くだけの価値は十分にあると思います。訪れることが美術館の維持運営に資するのです。


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ルドヴィーコ・ブーティ(フィレンツェ、1555‐1611)の「フランチェスコ・ディ・マルコ・ダンディーニ」(1588)
フランチェスコ・ディ・マルコ・ダンディーニ(プラート、1335‐1410)派、プラートの中世の繁栄に寄与した大聖人です。当時、教皇庁があったアヴィニョンで大成功を収めましたが、旅先で記したフランチェスコの往復書簡(手紙)が当時の商習慣を知る上の一級資料とされてます。


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次の部屋です。


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部屋の壁に描かれたフレスコの紋章


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彩釉テラコッタの紋章


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東京に出張展示の表示


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P2010732
詳細不明の受胎告知


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ロレンツォ・モナコ(シエナ、1370c‐フィレンツェ、1424)の「聖母子と4聖人」(1413c)


P2010736
中央パネル


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アレッサンドリアの聖カテリーナと聖ベネデット


P2010739
聖ジョヴァンニ・グアルベルトと聖アガタ
(つづく)

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カルチェリ聖堂 Basilica di Santa Maria delle Carceriにやってきました。


P2010449
フィレンツェのロレンツォ・イル・マニーフィコがお気に入りの建築家ジュリアーノ・ダ・サンガッロに指示して作らせた教会です。創建が1486年、完成が1495年のルネサンス様式の建物です。


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扉が開いていたので拝観しました。


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ギリシャ十字形、ルネサンス様式の内部です。


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床の模様


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主祭壇
ルネサンスに描かれた祭壇画に見えますが、かなり新しいものです。


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アントニオ・マリーニ(プラート、1788‐フィレンツェ、1861)の「天上の天使たちと信者たちと聖人たち(聖ジョアッキーノ、聖アンナ、聖ジュゼッペ、聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ)」(1844‐47)
その下の作品は19世紀のものではありません。


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フィレンツェ派?の逸名画家作「聖母子と聖レオナルドと聖ステファノ」(14世紀)


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次の礼拝堂です。


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ミケーレ・デッレ・コロンベ(16世紀中頃‐後半活動‐1580c没)の「ご訪問」(16世紀後半)


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ミケーレ・デッレ・コロンベの「幼きキリストへの崇拝」(16世紀後半)


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聖水盤


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アンドレア・デッラ・ロッビアの「聖マッテオ」


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アンドレア・デッラ・ロッビアの「聖ルーカ」


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アンドレア・デッラ・ロッビアによる装飾


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カルチェリ聖堂の横後方にあるのが皇帝の城です。


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神聖ローマ帝国皇帝フェデリーコ2世によって13世紀に建てられました。


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この日は入りませんでした。


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あの教会は拝観の必要がありません。


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Monumento ai caduti


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Piazza delle Carceri


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面白そうな建物が・・・・・


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一見、古そうに見えましたが・・・・・


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ファサードの彫刻がロマネスク風ですが・・・・・


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これを見てガックリ!
1913年から1919年に建設されたPalazzo della Pubblica Assistenzaと言うことが分かりました。


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これを見れば、新しい建物であることは一目瞭然でした。


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市立美術館が開く時刻が迫ってきました。


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旧サン・ジョヴァンニ教会


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市立美術館に向かいます。


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来た時と同じ道を戻りました。


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修復工事のために長らく休館となっていた市立美術館です。


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切符売り場


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修復工事後、非常に見易くなりました。


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美術館については、後程詳しく取り上げます。


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質が高い作品が並んでます。


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プレトリオ宮からの眺め


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大満足で外に出ました。
(つづく)

プラートは、人口193,325人(2017年12月31日現在)のトスカーナ州プラート県の県都です。
プラートは、フィレンツェとの2つの苦い歴史があります。
フィレンツェの拡大を脅威に感じたプラートは、1326年に然程関係が強固ではなかったナポリを頼り、ナポリ王をプラートのシニョーリにしてナポリ属下になったのですが、そのナポリが何と、17,500フィレンツェ金貨でプラートをフィレンツェに売却してしまい、プラートはフィレンツェの支配下に置かれるようになったのです。他力本願は良くないという典型的な例です。
もう一つの苦い歴史は特に有名ですから、私が改めて触れる必要がないと思います。
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プラート・ポルタ・アル・セッラリオ駅に到着しました。


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プラート中央駅がありますが、旧市街に行く場合、この駅の方が遥かに便利です。


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ポルタ・アル・セッラリオ駅からマグノルフィ通りを300mほど歩けばドゥオーモ広場ですから。


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先ず、この日のお宿に向かいました。ホテルがこの写真に写ってます。


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この日のお宿は、ドゥオーモ広場入り口にある、このホテルです。


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チェックインを済ませて、早速街歩きに出発です。しかし、もう夕方近くなので、ドゥオーモとドゥオーモ付属美術館を見るだけで、この日は終わりそうです。


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ドゥオーモ広場


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あの道を進めば、市庁舎と美術館がある広場に出ますが、この日は無理そうです。


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ドゥオーモ


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説教壇は複製で、本物は付属美術館にあります。


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拝観しました。


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フィリッポ・リッピのフレスコ画がある後陣は、付属美術館の扱いです。


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一旦、聖堂の外に出て美術館の切符を買います。以前は、付属美術館の入り口はここでした。


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現在は鐘楼の下に切符売り場と美術館の入り口があります。


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切符売り場はここです。


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切符を買って、再び聖堂内に。


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大聖堂と付属美術館については、後程詳しく触れる予定です。


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美術ファンには必見と思います。


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外に出ました。


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この日はこれで終わりです。


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翌朝です。


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保護のガラ版に周囲が写って、何が何だか分かりません。


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その下の銘板にフランチェスコ・フェッルッチとありました。私が知るフランチェスコ・フェッルッチ(フィレンツェ、1489‐ガヴィナーナ、1530)とは、フィレンツェの傭兵隊長のことなのですが、このタベルナコロは聖母子の絵画のように見えました。


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ドゥオーモは、この日の午前中はパス。


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市庁舎に向かいました。


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Via Giuseppe Mazzoni


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市立美術館


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開館時間を確認しました。開館まで時間があることが分かりました。


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市庁舎


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Piazza del Comune


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広場にある噴水は、フェルディナンド・タッカ(フィレンツェ、1619‐1686)のFontana del Bacchino(1659-65)です。


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13‐14世紀に建設されたPalazzo Pretorioは市立美術館として使用されてます。


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広場に立つ像があります。


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制作者不明のフランチェスコ・ディ・マルコ・ダディーニ(フランチェスコ・ダディーニ)(プラート、1335‐1410)像
フランチェスコはプラートの商人です。商売のため、ヨーロッパ各地を旅しましたが、その間、数多くの手紙を書きました。それらの手紙が当時の商業史料として重要とされており、ダディーニ古文書館で保存、一般公開されてます。


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観光案内所に立ち寄って、地図、資料などを頂戴しました。


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Palazzo Buonamici


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16世紀に建設されたPalazzo Novellucci


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市の所有建物で、官庁関係のオフィスとして使用されてます。


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塔があります。


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12世紀のTorre degli Ammannati


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(つづく)

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サルヴィーノ・サルヴィーニ(リヴォルノ、1824‐アレッツォ、1899)の「裸の男」(19世紀)


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ヨース・ファン・クレーフェ(アンヴェルサ、1511‐1541記録)の「男の肖像」


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次の部屋です。


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グイド・レーニ(ボローニャ、1575‐1642)の「アモール」


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日本の陶器が展示されてます。


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次の部屋です。


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近代、現代の作品も展示されてます。


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ヴァレリオ・カステッロ(ジェノヴァ、1624‐1659)の「聖トッマーゾの不信」


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17世紀前半の逸名画家作「農村の風景」


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セバスティアーノ・リッチ(ベッルーノ、1652‐ヴェネツィア、1734)の「聖家族」


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ジョヴァンニ・ニーノ・コスタ(ローマ、1826‐ピサ、1903)の「風景」


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ベルナルディーノ・チチェーリ(パヴィア、1650‐1718)の「最後の晩餐」


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ジュゼッペ・ノガーリ(ヴェネツィア、1699‐1763)の「男の肖像」


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逸名画家作「本を持つ男の肖像」(18世紀中頃)


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18世紀のオランダ?の逸名画家作「海港」


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18世紀の逸名画家作「海港」


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16世紀のイタリアの逸名画家作「マギの礼拝」


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16世紀のイタリアの逸名画家作「聖ジョヴァンニーノ」


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アレッサンドロ・マニャースコ通称イル・リッサンドリーノ(ジェノヴァ、1667‐1749)の「魚に説教する聖アントニオ」


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17世紀の北欧の逸名画家作「魚の静物画」


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逸名画家作「鳥の静物画」


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ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリオーネ通称イル・グレチェット(ジェノヴァ、1609‐マントヴァ、1664)の「動物と番人」


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アンドレア・ボスコーリ(フィレンツェ、1550‐1607)の「瀕死の聖フランチェスコ」


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ジョヴァンニ・ドメニコ・ヴァレンティーノ(イーモラ、1661‐1681記録)の「台所道具」


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18世紀の逸名画家作「台所道具」


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ベネデット・ブランディ(ナポリ、1683‐1736)の「聖家族」


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18世紀前半のヴェネトの逸名画家作「異教徒の解放」


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17世紀のエミリアの逸名画家作「聖母子と聖ロッコと聖セバスティアーノ」


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フランスとピエモンテで活動した逸名画家作「ジュピターとバッカスとシーレーノス」(18世紀前半)


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17世紀のエミリアの逸名画家作「受胎告知」


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18世紀のトスカーナの逸名画家作「イノシシ狩り」


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19世紀のイタリアの逸名画家作「羊飼い」


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カルロ・インノチェンツォ・カルローニ(スカリア・ディンテルヴィ、1686‐1775)の「プットたちの寓意」


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バルダッサーレ・デ・カーロ(ナポリ、1689‐1750)の「食材」


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フランチェスコ・ズッカレッリ(ピティリアーノ、1702‐フィレンツェ、1788)の「田舎の風景」


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フランチェスコ・ズッカレッリの「田舎のダンスの風景」


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フランチェスコ・フランチャ(ボローニャ、1450c‐1517)の聖母子とアレッサンドリアの聖カテリーナ」


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フランチェスコ・マリア・ライネーリ(1676‐1758)の「風景」


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17世紀のイタリアの逸名画家作「聖母被昇天」


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ミケーレ・ディ・マッテオ(1410‐1469記録)の「聖母戴冠」


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ヴィンチェンツォ・マルディ(カンブライ、1605c‐ローマ、1650)の「カナの結婚」


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トスカーナの逸名画家作「クレオパトラの死」(16世紀末)


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ジュゼッペ・アントニオ・ペトリ―ニ(カローナ、1677‐1755c)の「聖アントニオ・アバーテ」


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ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581‐ヴェネツィア、1644)の「ヤコブの祝別」


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ベルナルド・ストロッツィの「聖ルチア」


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ヤン・ブリューゲル・イル・ジョーヴァネ(アンヴェルサ、1601‐1678)の「聖家族」


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次の部屋です。


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詳細不明


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これ以上、展示作品の紹介を行う気が起きません。


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この辺で終わりにします。


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(おわり)

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肖像画が沢山ありますが、知らない人ばかりなので紹介を省略させて頂きます。


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ジュゼッペ・コリニョン(シエナ、1778‐フィレンツェ、1863)の「ベアート・バルドゥイーノとアルボーレオの審判」(19世紀)


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ジュゼッペ・ベッツォーリ(フィレンツェ、1784‐1855)の「リカルドの誓い」


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ジュゼッペ・カデス(ローマ、1750‐1799)の「ベアート・シニョレット・アリアータの殉教」(18世紀)


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アントニオ・カヴァッルッチ(セルモネータ、1752‐ローマ、1795)の「聖ボーナの着衣式」(18世紀)


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アントニオ・カヴァッルッチの「ベアート・シニョレット・アリアータの殉教」(18世紀末)


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ガエターノ・ガンドルフィ(サン・マッテオ・デッラ・デチーマ、1735‐ボローニャ、1802)の「捨て子病院を創設するベアート・ドメニコ・ヴァルナカッリ(18世紀)


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Laurent Pecheux (フランス・リヨン、1729‐トリノ、1821)の「ナザラデオールの洗礼」(18世紀)


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ジョヴァン・バッティスタ・テンペスティ(ヴォルテッラ、1729‐ピサ、1804)の「ミサで祝福する教皇エウジェーニオ3世」(18世紀)


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プラチド・コスタンツィ(ローマ、1702‐1759)の「聖トルぺの殉教」


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ジョヴァンニ・ドメニコ・フェレッティ(フィレンツェ、1692‐1768)の「ゲラデスカのベアート・グルドの聖遺物の移送」(18世紀)


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セバスティアーノ・コンカ(ガエータ、1680‐ナポリ、1764)の「ベアート・ピエトロ・ガンバコルティの規則請願を認許する教皇ウルバーノ6世」(18世紀)


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ドメニコ・マリア・ムラトーリ(ヴェンドラーナ、1662c‐ローマ、1744)の「悪魔に取りつかれた人を開放する聖ラニエーリ」(17世紀)


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ベネデット・ルーティ(フィレンツェ、1666‐ローマ、1724)の「聖ラニエーリの着衣式」(17世紀)


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次の部屋です。


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ジュスト・デ・メナブロイ(フィレンツェ、1320/1330c-パドヴァ、1390/1391c)の「聖母子」(1363)


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ラファエッロ・サンツィオ(ウルビーノ、1483‐ローマ、1520)と弟子の「トレンティーノの聖二コラ」(1500)


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ドイツ?の逸名画家作「カインとアベル」(15世紀)


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ジュスト・デ・メナブロイの「キリスト聖母の物語」


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シエナの逸名画家作「聖フランチェスコ」(14世紀前半)


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ニッコロ・ディ・ピエトロ・ジェリーニ(フィレンツェ、1340c-1414/1415c)の「ピエタのキリストと洗礼者聖ジョヴァンニの説教」(14世紀末)


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ドメニコ・モレッリ(ナポリ、1826‐1901)の「彫刻家ピエトロ・ケローニの肖像」(19世紀)


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ジェノヴァ?の逸名画家作「預言者の頭」(16世紀)


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チゴリ(チゴリ・ディ・サン・ミニアート、1559‐ローマ、1613)の「聖フランチェスコ」


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レアンドロ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1557‐ヴェネツィア、1622)の「Ritorno della fiera」(16世紀)


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ジローラモ・インドゥーノ(ミラノ、1825‐1890)の「ガリバルディ軍将校の肖像」(19世紀)


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レアンドロ・バッサーノの「聖アンナと聖ジョアッキーノの邂逅」(16世紀)


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ピエトロ・チャフェーリ通称ロ・スマルジャッリ(ピサ、1600c‐1654迄活動記録)の「海の冒険」


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ロッソ・フィオレンティーノ(フィレンツェ、1495‐フォンテーヌブロー、1540)の「井戸のレベッカ」(16世紀)


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ピエトロ・チャフェーリの「海の冒険」


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サルヴィーノ・サルヴィーニ(リヴォルノ、1824‐アレッツォ、1899)の「修道士」(19世紀)
(つづく)


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アルノ川沿いのルンガルノ・パチノッティです。ピサ国立博物館はこの通りに面してます。


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トスカーナ大公フランチェスコ1世・デ・メディチがベルナルド・ブオンタレンティに注文して、1583年に建設されたパラッツォ・リアーレです。トスカーナ大公国のピサの政庁舎として使用されました。
ベルナルドは、ヴァザーリに師事した画家、彫刻家、建築家、軍事技術者で、フランチェスコ1世のお気に入りでした。


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国立博物館がオープンされたのは、1989年でした。
古い記録しか知らないのですが、2016年の年間入館者は5,080人でした。その多くは生徒や学生だったそうで、一般入館者が非常に少ない博物館です。


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入館しました。
展示は、絵画、彫刻、タペストリ、家具、武具、衣服など非常に多岐に渡ってます。


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ブロンズィーノ(フィレンツェ、1503‐1572)の「エレオノーラ・ダ・トレドと息子フランチェスコの肖像」(1549)


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タペストリの原画は、ジョヴァンニ・ストラダーノ(ベルギー、1523‐フィレンツェ、1605)の「芸術を愛するロレンツォ・イル・マニーフィコ」(1570‐71)


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ユストゥス・サステルマンス(アンヴェルサ、1597‐フィレンツェ、1681)の「トスカーナ大公コジモ1世・デ・メディチの肖像」(17世紀)


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タペストリ(16世紀末‐17世紀初頭)


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博物館には、非常に分厚い全展示作品リストがあります。そのリストにある作品写真を探すという作業をしないと、作品の詳細が分かりません。
係員にリストを見たいと言えば、持ってきてくれます。


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作品リストの中から、この作品写真を探して照合する作業が面倒なので、この辺は単に作品写真を掲載することにします。


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フィレンツェの逸名画家作「トスカーナ大公コジモ1世・デ・メディチの肖像」(16世紀後半)


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(つづく)

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この日の目的は、懸案だったサント・ステファノ・ディ・カヴァリエ―リ教会とサン・シスト教会を拝観することでした。


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14世紀に建設されたサン・ドメニコ教会です。


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ルネッタのフレスコ画


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イタリア通り


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サンタ・マリア・デル・カルミネ教会は何時ものように開いていました。


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簡単に拝観しました。


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何時ものようにメッツァ橋を渡りました。


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橋から見た市庁舎


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メッツァ橋を渡りガリバルディ広場に出ました。


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街角の聖母子


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当たり前ですが、同じ通りを通るので、同じ景色になります。


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複製の彫刻


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ポルティコを通りました。


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ポルティコのフレスコ


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カヴァリエ―リ広場に向かってます。


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写真左のロッジャの先を左折します。


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サント・ステファノ・ディ・カヴァリエ―リ教会に出ました。


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カヴァリエ―リ広場です。広場の名称は、地中海に進出著しかったオスマン帝国に対抗した聖ステファノ騎士団の本部がこの広場に置かれていたことに由来してます。


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聖ステファノ騎士団本部だった建物Palazzo della Carovanaです。


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壁のスグラフィート彫刻


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広場に立っているコジモ1世像


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サント・ステファノ・ディ・カヴァリエ―リ教会です。


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トスカーナ大公コジモ1世の命によって、ヴァザーリが設計した、1565年に創建された教会です。


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戒律が厳しく信仰に徹している教会なので、観光客は歓迎されていません。ミサの時だけ開いているのが普通で、それ以外の時は大体閉まってます。


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ミサの準備をする時間を狙って、ここに来ました。ミサが始まったら早々に退散する予定でした。


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単廊式、マニエリスム様式の内部です。


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天井


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左側壁


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右側壁


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主祭壇の彫刻は、ジョヴァンニ・バッティスタ・フォッジーニ(フィレンツェ、1652‐1725)の「教皇聖ステファノ像」(1702‐09)です。


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アレッサンドロ・フェイ(フィレンツェ、1543‐1592)の「教皇聖ステファノの逮捕」(1588c)


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ルドヴィーコ・ブーティ(フィレンツェ、1560c‐1611以降没)の作品(1595c)


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ブロンズィーノ(フィレンツェ、1503‐1572)の「ご誕生」


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ヴァザーリ(アレッツォ、1511‐フィレンツェ、1574)の「聖ステファノの殉教」


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アウレリオ・ローミ(ピサ、1556‐1622)の「聖家族と聖ステファノ」


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アレッサンドロ・フェイの「信者を祝福する聖ステファノ」


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詳細不明の聖母子像


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ジョヴァンニ・ストラダーノ(ベルギー、1523‐フィレンツェ、1605)の「信徒たちの聖体拝領」(1588)


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主祭壇前から見た出入口


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ヴァザーリ設計のPalazzo dell'Orologio


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Palazzo dell'Orologioのアーチを潜ってサン・シスト教会に向かいました。


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壁のフレスコ画


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写真左がサン・シスト教会です。


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1133年奉献のロマネスク様式のサン・シスト教会です。
設計は、建築家Maestro di 1133です。名前が残されていない画家、彫刻家などの親方の中には、支払い記録などで作品の完成年や契約年が明らかである場合、Maestro di 1473と年号で、親方を区別することがあります。


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落書きは困ります。


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この教会は開いていることが多いと思います。


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ルネッタにフレスコ画があった?


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三廊式、ロマネスク様式の内部です。


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左側廊方向


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右側廊方向


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右側廊


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主祭壇の大理石彫刻はジュゼッペ・ヴァッカの作品(1730)です。


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主祭壇前から見た出入口方向


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制作者不明の「チントラの聖母」


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詳細不明


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マウロ・ソデリーニ(フィレンツェ、1704‐1746)の「聖テレーザの法悦」


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ジョヴァンニ・ドメニコ・ピアストリーニ(1678c‐1740)の「聖イグナツィオに顕現するキリスト」


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15世紀の磔刑像


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ピサの逸名画家作「聖母子」(1290‐1300c)


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長くなるので、この辺にしましょう。
(おわり)

283
サンタ・チェチリア教会です。


285
開いていることは先ずないだろうと思っていました。予想通り扉が閉まっていました。


284
この教会にあった芸術品はサン・マッテオ国立美術館に移されました。


286
それにしても教会が多いですね。
写真はサン・パオロ広場ですが、広場に面して教会が建ってます。


288
サン・パオロ・アッロルト教会です。
1086年創建のピサ・ロマネスク様式の歴史ある教会です。


287
1950年、教会としての機能を停止した旧教会です。
現在、建物はピサ大学の所有となっており、同大学の講義や展示などの様々な用途に使用されてます。


290
創建以来幾度となく改造、建築、修復が行われた鐘楼ですが、現存するのは17世紀に再建されたものです。


291
12世紀に造られたファサードの彫刻と装飾


307
扉が開いていたので、中に入ったら、講義が行われていました。慌てて退散しました。


308
次はサン・フランチェスコ教会です。


309
13世紀中頃に創建されたサン・フランチェスコ教会です。創建当初はゴシック様式でしたが、ルネッサンス期にルネサンス様式で拡張されたので、ゴシック様式とルネサンス様式が折衷した建物になってます。


373
1603年に完成したファサードです。


375
身廊外観


376


369
拝観しました。


370
天井


329
後陣に5つの礼拝堂があります。


330
三廊式の内部です。


350
中央礼拝堂


352
主祭壇は、トッマーゾ・ピサーノ(ピサ、?‐1371)の「聖母と聖人たち」の見事な大理石彫刻です。


328
後陣に描かれたフレスコ画が見たかったけれど、立ち入り禁止でした。


351
祭壇画を見て回りました。


311
ヤコポ・キメンティ・ダ・エンポリ(フィレンツェ、1551‐1640)の「キリストの洗礼」(1620)


314
ジョヴァンニ・バッティスタ・パッジ(ジェノヴァ、1554‐1627)の「キリストの復活」


318
ドメニコ・クレスティ通称イル・パッシニャーノ(タヴァルネッレ・ヴァル・ディ・ぺーザ、1559‐フィレンツェ、1638)の「聖ピエトロに天国の鍵を渡すキリスト」(16世紀末)


320
詳細不明


321
サンティ・ディ・ティート(ボルゴ・サン・セポルクロ、1536‐フィレンツェ、1603)の「聖痕を受ける聖フランチェスコ」(1592c)


323
板絵です。


326
アレッサンドロ・カソラーニ(メンサーノ、1552‐シエナ、1607)の「福音書記者聖ジョヴァンニの奇跡」(17世紀初頭)


331
詳細不明


333
フランチェスコ・マネッティの「キリストと2天使」
この画家のことは全く知りません。


339
14世紀のフィレンツェの逸名画家作「聖痕を受ける聖フランチェスコ」


341
ヤコポ・ディ・ミーノ・デル・ペリッチャイオ(シエナ、1315/1319-1396以前没)の「玉座の聖母子と天使たち」


343
スピネッロ・アレティーノ(アレッツォ、1350c‐1410)の「磔刑と聖人たちのトリッティコ」


345
タッデオ・ガッディ(フィレンツェ、1290c‐1366)の「聖フランチェスコの物語」


334
ヴェントゥーラ・サリンベーニ(シエナ、1568‐1613)の「キリストを抱くパドヴァの聖アントニオと2聖人のトリッティコ」


354
フランチェスコ・ヴァンニ(シエナ、1563‐1610)の「贖宥を受ける聖フランチェスコ」(1592c)


357
Nicola Aliot de Ligny Embaroyの「聖母の誕生」(1624)
この画家のことは全く知りません。


360
ヴェントゥーラ・サリンベーニの「聖母被昇天」(1607c)


364
フランチェスコ・ダ・カステッロ(ミラノ、1447‐フランス、1504)の「聖アントニオ・アバーテ」(16世紀初頭)


366
チゴリ(チゴリ・ディ・サン・ミニアート、1559‐ローマ、1613)の「ご誕生」(1602)


374
名の知れた画家の作品がかなりある教会で、非常に楽しむことが出来ました。


377


378
城壁に出ました。


379


380
サンタンドレア・フォリスポルタム教会です。この教会は通常閉まってます。


383
(つづく)

166
アルノ川の対岸(斜塔のある方)に向かいます。


167
ピサは見所が非常に多い街です。


169
ロッジャ・ディ・バンキ


173
メッツァ橋を渡りました。


175
ガリバルディ広場


176
アルノ川に架かる橋が限られるので、同じ道を通るのは仕方がありません。


177
サン・ミケーレ・イン・ボルゴ教会は、この日も閉まっていました。


179
開かずの教会? 旧教会?


181
ドゥオーモ付属博物館に向かいました。


183
ピサに行ったからには、斜塔だけと言うのは勿体ないと思います。


184
フィレンツェの軍門に下ったとは言え、それ以前は海洋国家として大いに栄えた歴史があり、大きな災害にも遭わなかったので、貴重な見所が沢山残ってます。


187
ここで一休みしました。


188
ローマ時代の浴場跡


189
以前は中に入れたと思いますが・・・・・


190
マッフィ通り


197
混雑は相変わらずでした。


214


200
斜塔に上ったのは2007年頃が最後です。もう一度上ることは絶対ありません。


199


204
拝観しませんでした。


207


210


216
博物館に入館しました。ドゥオーモのお宝はここにあります。


218
次はカヴァリエ―リ広場です。


219


220
15世紀に建設されたPalazzo Arcivescovile


221
中庭に入ります。


222
中庭を囲む回廊


223
中庭にある彫刻は、アンドレア・ヴァッカの「モーゼ」(1709)


226


227
カヴァリエーリ広場はすぐ傍です。


228
アーチを潜れば広場に出ます。


230
カヴァリエ―リ広場


231
その前にサン・シスト教会を見なければ。


232
残念! 閉まっていました。


233
1133年に建設されたサン・シスト教会には古い彫刻、フレスコ画、祭壇画があるので必見です。


238
広場の建物を見ます。


239
Palazzo della Carovana


242
Palazzo dell'Orologio


243



236
サント・ステファノ・デル・カヴァリエ―リ教会


237
残念! ここも閉まっていました。


240
またの機会にしよう。


244
サン・フレディアーノ教会は開いてました。


257
ちょっとだけ拝観しました。


273
この教会は何時も開いてます。


279
外に出ると、例によって塔が見えます。


280
Torre di Campano


281
この塔の名前が分かりません。


282
(つづく)

P1860064
人気がないなあ。


P1860065
ドイツの逸名画家作「十字架降下」(16世紀前半)


P1860069
ニコロ・ピサーノ(ニコロ・デッラブルージャ)(ピサ、1470‐1536)の「サン・マッテオの祭壇画」
サン・マッテオ教会にありました。


P1860073
ピサの逸名画家作「磔刑」(15世紀後半)


P1860078
ドナテッロ(フィレンツェ、1386c‐1466)の「聖ルッソリオ」(1423以前)


P1860081
ミケロッツォ(フィレンツェ、1396‐1472)の「聖母子」(1430c)


P1860083
係員が暇そうに本を読んでいました。


P1860085
ベネデット・ブリオーニ(フィレンツェ、1459‐1521)の「聖母子」(15世紀末)


P1860089
ドメニコ・クレスティ通称イル・パッシニャーノ(タヴァルネッレ・ヴァル・ディ・ぺーザ、1559‐フィレンツェ、1638)の「聖人たち」(1596)
欠落した部分に「アダムとイヴ」があったそうです。
パッシニャーノの署名入りです。


P1860093
マゾリーノ・ダ・パニカーレ(パニカーレ、1383‐フィレンツェ、1447)の「聖パオロ」
ポリッティコの1パネルです。


P1860095
ポリッティコのどの部分にあったかを示してます。失われたパなるが多いことが分かります。


P1860096
次は彫刻の展示です。
フランチェスコ・ディ・ヴァルダムブリーノ(シエナ、1363‐1435)の「聖アントニオ・アバーテ」(15世紀初頭)


P1860099
フランチェスコ・ディ・ヴァルダムブリーノの「聖人(福音書記者聖ジョヴァンニ?)」(15世紀初頭)


P1860102
フランチェスコ・ディ・ヴァルダムブリーノの「聖母」(15世紀初頭)


P1860104
フランチェスコ・ディ・ヴァルダムブリーノの「受胎告知を受ける聖母」(1420‐30c)


P1860106
トッマーゾ・ピサーノ(ピサ、?‐1371)の「受胎告知される聖母」(1360‐71)


P1860108
アンドレア・ピサーノ(ポンテデッラ、1290‐オルヴィエート、1348)の「聖人」(14世紀前半)


P1860109
アンドレア・ピサーノの「聖人」(14世紀中頃)


P1860110
アンドレア・ピサーノの「受胎告知する大天使」(1345c)


P1860112
Maestro di Montefuscalliの「受胎告知される聖母」(14世紀末‐15世紀初頭)


P1860114
トスカーナの逸名彫刻家作「受胎告知される聖母」(14世紀末‐15世紀初頭)


P1860116
Taglia di Lupo di Francescoの「聖人」(14世紀)


P1860118
Taglia di Lupo di Francescoの「受胎告知する大天使」(14世紀)


P1860120
フランチェスコ・ディ・ヴァルダムブリーノの「聖人」(14世紀末)


P1860122
フランチェスコ・ディ・ヴァルダムブリーノの「聖人」(14世紀末)


P1860124
フランスの逸名彫刻家作「聖母子」(13世紀末)


P1860126
他の入館者は誰もいません。


P1860127
ティーノ・ディ・カマイーノ(シエナ、1285c‐ナポリ、1337c)の「聖母子」(1315c)


P1860130
エンリコ・ディ・テディーチェ(ピサで13世紀活動)の「聖母子」(13世紀中頃)


P1860132
下の階にある磔刑像の部屋が見えました。


P1860133
ピサの逸名画家作「聖母子」(12世紀)


P1860137
ピサの逸名画家作「聖母子」(13世紀)


P1860140
ピサの逸名画家作「聖母子」(13世紀)


P1860143
エンリコ・ディ・テディーチェ(ピサで13世紀活動)の「聖母子」(13世紀中頃)


P1860145
交唱唱歌集


P1860146


P1860147


P1860154


P1860149
Maestro di Calciの「キリスト」(13世紀後半)


P1860151
フランス・リモージュの逸名画家作「彩色磔刑像」(12世紀)


P1860155
制作者情報不明の「聖人」(12世紀第4四半世紀)


P1860157
ジョヴァンニ・ピサーノ工房作「聖母子」(13‐14世紀)


P1860159
フィレンツェの逸名彫刻家作「ダヴィデ」(12世紀末‐13世紀初頭)


P1860161
ピサの逸名画家作「柱頭」(12世紀後半)


P1860163
ピサの逸名彫刻家作「説教壇」(13世紀前半)


P1860165
ピサの逸名彫刻家作「説教壇」(13世紀前半)


P1860167
展示室内の作品を見終わってサン・マッテオ修道院のキオストロに出ました。


P1860168
キオストロ回廊に雑多なものが展示されてます。


P1860169


P1860170
展示物の説明板がありません。


P1860171


P1860172
日がすっかり傾きました。


P1860173
外に出ました。
初期ルネサンス以前の作品が非常に充実しています。人気薄が信じられません。


P1860174
斜塔よりも断然価値があります。(個人の意見です)


P1860176
(おわり)

P1850929
ビッチ・ディ・ロレンツォ(フィレンツェ、1373‐1452)に帰属する「聖エウラリア」(15世紀)


P1850933
ビッチ・ディ・ロレンツォの「トリッティコ」(15世紀初頭)


P1850936
中央パネルの聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖ピエトロ


P1850938
向かって左パネルは、聖アントニオ・アバーテと聖ロレンツォと聖ロドヴィーコ


P1850940
向かって右パネルは、聖フランチェスコとアレッサンドリアの聖カテリーナと大天使聖ミケーレ


P1850942
スピネッロ・アレティーノ(フィレンツェ、1350c‐アレッツォ、1410)の「玉座の聖母子」(14世紀後半)


P1850947
スピネッロ・アレティーノの「聖母戴冠と音楽天使たち」(14世紀後半)
ピサ大聖堂にありました。


P1850951
スピネッロ・アレティーノの「3聖人(洗礼者聖ジョヴァンニ、聖ジャコモ、聖アントニオ・アバーテ)」(14世紀後半)
ピサ大聖堂にあったポリッティコの1パネルです。


P1850955
アントニオ・ヴェネツィアーノ(モンレアーレ、1543‐パレルモ、1593)の「聖母被昇天と天使たち」(14世紀後半)


P1850963
充実した展示です。


P1850961
アントニオ・ヴェネツィアーノの「聖ラニエーリの信心会」(1384‐87)
表裏両面に描かれている作品です。


P1850959
裏面


P1850965
トスカーナの逸名画家作「聖母子」(15世紀初頭)


P1850968
ロゼッロ・ディ・ヤコポ・フランキ(フィレンツェ、1376/1377-1456)の「玉座の聖母子と2天使と洗礼者聖ジョヴァンニと聖アントニオ・アバーテ」(15世紀初頭)


P1850972
アルヴァ―ロ・ディ・ピエトロ・ダ・エヴォーラ(ポルトガル、1411以前生まれ‐イタリア、1434以降没)の「聖母子と2天使」(1420‐30c)


P1850975
トゥリーノ・ヴァン二(サン・ジュリアーノ・テルメ、1348c‐ピサ、1438以降没)の「聖アゴスティーノ」(14世紀末‐15世紀初頭)


P1850979
トゥリーノ・ヴァンニの「福音書記者(特定できません)と聖アントニオ・アバーテ」(14世紀末‐15世紀初頭)
ポリッティコの1パネルです。同じポリッティコのパネルが幾つか展示されてますが、ポリッティコ自体の詳細は不明です。


P1850982
トゥリーノ・ヴァンニの追随者による「聖母子と聖人たちのポリッティコ」(14世紀末‐15世紀初頭)


P1850985
トゥリーノ・ヴァンニの「聖バルトロメオと聖クリストフォロ」(14世紀末‐15世紀初頭)


P1850988
トゥリーノ・ヴァンニの「聖母子」(14世紀末‐15世紀初頭)


P1850991
トゥリーノ・ヴァンニの「キリストの洗礼」(14世紀末‐15世紀初頭)


P1850995
トゥリーノ・ヴァンニの「聖ブリジーダの幻視」(14世紀末‐15世紀初頭)


P1850998
ボルゲーゼ・ディ・ピエトロ(ピサ、1397‐1463c)の「聖ジローラモの2場面とピエタのキリスト」(15世紀)


P1860003
トゥリーノ・ヴァンニのポリッティコの2パネル(14世紀末‐15世紀初頭)
左は福音書記者聖ジョヴァンニと聖マルゲリータ、左は聖バルトロメオと聖ピエトロ


P1860006
詳細不明(説明板がありません)の「聖母子と2音楽天使」


P1860009
ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ(ファブリアーノ、1360/1370c-ローマ、1427)の「聖母子」


P1860016
トゥリーノ・ヴァンニ・ディ・トゥリーノ・ダ・ピサの「磔刑のキリストを崇める寄進者ジュリアーノ・ダヴァンツァーティ」(1437)


P1860022
ベアート・アンジェリコ(ヴィッキオ、1395c‐ローマ、1455)の「ウミルタの聖母」(1423c)


P1860025
ベノッツォ・ゴッツォリ(スカンディッチ、1420/1421c-ピストイア、1497)の「聖母子と聖アンナのタベルナコロ」(1468c)


P1860028
ザノービ・マキアヴェッリ(ピサ、1418‐1479)の「聖会話」(15世紀)
ザノービの署名が入ってます。


P1860032
ドメニコ・ギルランダイオ(フィレンツェ、1449‐1494)と工房の「聖会話」(1478‐79)


P1860036
ドメニコ・ギルランダイオの「玉座の聖母子と4聖人(アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖ステファノ、聖ロレンツォ、聖ドロテア)」(1478‐79)


P1860039
ダヴィド・ギルランダイオ(フィレンツェ、1452‐1525)の「聖セバスティアーノと聖ロッコ」(15世紀後半)


P1860042
詳細不明の壁上部のフレスコ画


P1860044
アンブロージョ・ダ・アスティ(トスカーナで16世紀初頭活動記録)の「祈るキリスト」(1514)
アンブロージョの署名が入ってます。


P1860049
「サン・ドメニコ教会のトリッティコ」
パネルによって制作者が異なります。


P1860051
向かって右は、ピサの逸名画家作「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(16世紀初頭)


P1860053
中央は、Maestro della Legenda di Santa Luciaの「アレッサンドリアの聖カテリーナ」(1485‐93)


P1860058
向かって右は、ピサの逸名画家作「アレッサンドリアの聖カテリーナと寄進者」(16世紀初頭)


P1860061
クエンティン・マッセイス(ロヴィーニオ、1466‐アンヴェルサ、1530)に帰属する「苦悩の聖母」(1520c)
(つづく)

P1850823チェッコ・ディ・ピエトロ(ルッカ?、1330c‐シエナ、1402c)の「サンタ・マリア修道院のポリッティコ」(1386)
チェッコ・ディ・ピエトロの署名が入った作品です。
各パネルの写真を載せておきます。


P1850825
中央部分


P1850827
左上の左から聖バルバラ、アレッサンドリアの聖カテリーナ
左下の左から聖ルチア、聖マルゲリータ


P1850828
右上の左から聖アガタ、聖オルソラ
右下の左から聖マルタ、聖アグネス


P1850833
プレデッラの左から順番に紹介します。


P1850835
テーマは聖人の殉教です。


P1850831


P1850836


P1850839


P1850845
ヤコポ・ディ・ミケーレ(トスカーナ、1361‐1395記録)の「玉座の聖母子とマッダレーナ・マリアと聖マルゲリータ」(14世紀後半)
ヤコポ・ディ・ミケーレの署名が入ってます。


P1850848
チェッコ・ディ・ピエトロの「受胎告知と6聖人(左から聖ルドヴィーコ、聖バルトロメオ、聖ドメニコ、聖グリエルモ、洗礼者聖ジョヴァンニ、福音書記者聖ジョヴァンニ)」(1391)
チェッコ・ディ・ピエトロの署名が入ってます。


P1850851
バルナーバ・ダ・モデナ(モデナ、1328c‐1386c)の「聖母子」(14世紀後半)
バルナーバの名前が描き込まれてます。


P1850854
バルナーバ・ダ・モデナの「玉座の聖母子と天使たち」(14世紀後半)
バルナーバの名前が描き込まれてます。


P1850857
ルーカ・ディ・トンメ(シエナ、1330c‐1389)の「磔刑」(1366)
ルーカの名前が描き込まれてます。


P1850860
タッデオ・ディ・バルトロ(シエナ、1362c‐1422)の「洗礼者聖ジョヴァンニ」(14世紀末)
ポリッティコの一部とされてますが、そのポリッティコについては不明です。


P1850863
タッデオ・ディ・バルトロの「聖ピエトロ」、「聖パオロ」(14世紀末‐15世紀初頭)
ポリッティコの一部と考えられてますが、ポリッティコの詳細は殆ど分かってません。


P1850866
タッデオ・ディ・バルトロの「聖ドメニコのパンティネッラ」(1395‐97)
表と裏の両面に描かれてます。


P1850868
パンティネッラの裏面です。


P1850871
タッデオ・ディ・バルトロの「聖フランチェスコと聖ピエトロ」(14世紀末‐15世紀初頭)
次の「聖パオロとパドヴァの聖アントニオ」と共に、同じポリッティコの一部と考えられてます。


P1850872


P1850875
タッデオ・ディ・バルトロの「サン・ミケーレ・イン・ボルゴ教会の祭壇画」(14世紀末)


P1850879
マルティーノ・ディ・バルトロメオ(ローマ、1389‐1434)の「サンタ・キアーラ病院のポリッティコ」(1403)
マルティーノの名前が描き込まれてます。


P1850882
中央の聖母子


P1850884
聖アントニオ・アバーテ、聖バルトロメオ


P1850885
洗礼者聖ジョヴァンニ、聖ルチア


P1850887
父なる神


P1850889
アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖ジャコモ


P1850891
聖ピエトロ、聖アガタ


P1850895
ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ・ダ・ナポリ(1402‐1405活動記録)の「磔刑と受胎告知」(15世紀初頭)


P1850899
マルティーノ・ディ・バルトロメオとジョヴァンニ・ディ・ピエトロ・ダ・ナポリの「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(1404)


P1850903
マルティーノ・ディ・バルトロメオとジョヴァンニ・ディ・ピエトロ・ダ・ナポリの「サンタ・キアーラ病院のポリッティコ」(1402)


P1850905
玉座の聖母子


P1850907
聖アンブロージョ、洗礼者聖ジョヴァンニ


P1850909
福音書記者聖ジョヴァンニ、聖キアーラ


P1850912
アーニョロ・ガッディ(フィレンツェ、1350c‐1396)の「4聖人」(15世紀)
ポリッティコの一部と思います。


P1850917
ベルナルド・ダッディ(フィレンツェ、1280/1290c-1348)の「聖チェチリアの物語」(1330‐35)


P1850920
マルティーノ・ディ・バルトロメオとジョヴァンニ・ディ・ピエトロ・ダ・ナポリの「サン・ドメニコ修道院のポリッティコ」(1405)


P1850923


P1850924
マッダレーナ・マリア、聖ドメニコ


P1850926
福音書記者聖ジョヴァンニ、聖ブリジーダ
(つづく)

P1850724
この作品を含めて、以下13点の彫刻は、全てジョヴァンニ・ピサーノ派の逸名彫刻家(ジョヴァンニ・ピサーノ工房所属の協力者や弟子、ジョヴァンニ・ピサーノの追随者など数人)によって、1320年頃から1340年にかけて制作された聖人像です。
これは「聖マッティア」


P1850727
聖バルトロメオ


P1850729
聖シモーネ


P1850732
聖マッテオ


P1850737
聖トッマーゾ


P1850740
聖ジャコモ・マッジョーレ


P1850743
祈るキリスト


P1850745
聖ピエトロ


P1850748
福音書記者聖ジョヴァンニ


P1850750
聖アンドレア


P1850752
聖ジャコモ・ミノーレ


P1850755
聖フィリッポ


P1850757
聖タッデオ


P1850760
ジョヴァンニ・ディ・バルドゥッチョ(ピサ、1290c‐1339以降没)の「聖母子」(1320‐40c)


P1850762
ジョヴァンニ・ピサーノの追随者作「天使」(1320‐40c)


P1850765
こうして見ると、普通の「聖母子と2天使」に見えます。
実は、聖母子と天使では制作された時期が大きく異なります。
ジョヴァンニ・ピサーノ(ピサ、1250c‐1315c)の「聖母子」(1320‐30c)
2体の天使像は、ストルド・ロレンツィ(セッティニャーノ、1534‐ピサ、1583)の工房によって、16世紀後半又は17世紀初頭に制作されました。
ストルド・ロレンツィは、フィレンツェで学び、ジャンボローニャから強い影響を受けた彫刻家でした。


P1850769
ジョヴァンニ・ピサーノの追随者作「祈る天使」(1320‐40c)


P1850771
シエナの逸名彫刻家作「受胎告知される聖母」、「祈るキリスト」、「受胎告知する大天使」(1340c)


P1850957
次は絵画の展示室です。


P1850775
フランチェスコ・ネーリ・ダ・ヴォルテッラ(ピサ、1338‐1376活動)の「サンティ・カマルドレージのポリッティコの2つのパネル」(14世紀)
次の作品も同じです。
フランチェスコ・ネーリは、残された作品以外、その生涯については殆ど分かっていません。別名Francesco di Maestro Giottoとも呼ばれたフランチェスコは、ヴォルテッラに生まれ、フィレンツェで修業したあと、フィレンツェで短期間活動してからピサに移り、やがてピサ市民になりました。ピサの納骨堂に描いたフレスコ画が知られてます。


P1850777


P1850780
フランチェスコ・ネーリ・ダ・ヴォルテッラの「聖母子と聖人たちのポリッティコ」(14世紀)
各パネルの写真を載せておきます。


P1850783
授乳の聖母


P1850785
聖アントニオ、洗礼者聖ジョヴァンニ


P1850787
聖ステファノ、聖ジャコモ・マッジョーレ


P1850789
十字架を担ぐキリスト


P1850790


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P1850796
チェッコ・ディ・ピエトロ(ルッカ?、1330c‐シエナ、1402c)の「磔刑の祭壇画のプレデッラ」(14世紀後半)
裾絵の各場面の写真を載せておきます。


P1850798
預言者、聖ブリジーダ、洗礼者聖ジョヴァンニ


P1850800
磔刑


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聖アグネス


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大天使ミケーレ、ベアータ・グアルデスカ、預言者


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チェッコ・ディ・ピエトロの「ピエタのキリストと聖人たちの祭壇前飾り」(1377)


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チェッコ・ディ・ピエトロの「玉座の聖母子」(14世紀後半)
チェッコの署名入り作品です。


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チェッコ・ディ・ピエトロの「授乳の聖母」(14世紀後半)


P1850841
チェッコ・ディ・ピエトロの「祈る聖シモーネ」(1373)
(つづく)

P1850614
Maestro della Caritaの「3聖人」(14世紀前半)
各パネルの写真を載せておきます。


P1850616
聖ピエトロ


P1850619
聖ルチア


P1850621
洗礼者聖ジョヴァンニ


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Maestro della Caritaの「聖母子と聖フランチェスコと聖キアーラと天使たち」(14世紀前半)


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Maestro della Caritaの「聖母子」(14世紀前半)


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リッポ・メンミ(シエナ、1291‐1356)の「永遠なる父」


P1850637
リッポ・メンミの「聖母子と聖人たちのポリッティコ」(14世紀前半)
各パネルの写真を掲載します。


P1850640
聖母子


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福音書記者聖ジョヴァンニ、聖マッテオ


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聖ステファノ、聖トッマーゾ


P1850646
預言者(誰なのか不明)、聖パオロ


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祈るキリスト


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聖ピエトロ、預言者(誰なのか不明)


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シモーネ・マルティーニ(シエナ、1284c‐1344)の「聖母子と聖人たちのポリッティコ」(1319‐21)
シモーネの代表作の一つと言われてます。また、シモーネの署名が入っており、真作です。
「サンタ・カテリーナのポリッティコ」、または「ピサのポリッティコ」と言われてます。ピサのドメニコ会の教会だったサンタ・カテリーナ教会の主祭壇にありました。


1024px-Simone_Martini_012
ご参考のために、外部サイトから拝借した、このポリッティコの画像を載せておきます。
私が撮った写真と見比べてください。違いがお分かりになるでしょうか?
パネル配置の場所が違うのです。
従来は、外部サイトから拝借した作品画像の配置とされてきましたが、近年の研究によって、制作された当時は、私が撮った写真の配置だったことが分かり、改められたのです。ポリッティコの移動や修復などの際、パネルが外され、再組み立ての際、オリジナルの配置と異なったままになっていたと推察されてます。



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各パネルの写真を載せておきます。
写真ではポリッティコの大きさがよく分かりませんが、縦95cm横340cmの大作です。


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左からマッダレーナ・マリア、聖ドメニコ、福音書記者聖ジョヴァンニ


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洗礼者聖ジョヴァンニ、聖ピエトロ・マルティーレ、アレッサンドリアの聖カテリーナ


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画面に聖人の名前が書かれてます。


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プレデッラも聖人です。


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向かって左から分載しています。


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プレデッラ中央はピエタのキリスト


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プレデッラの右端


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次は彫刻の展示です。


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有能な彫刻家を輩出したピサです。ピサ芸術の真骨頂は彫刻に発揮されたと思います。


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彫刻だけの展示と思いきや、この絵画1点だけが彫刻の展示室に置かれていました。
ソドマ(ヴェルチェッリ、1477‐シエナ、1549)の「聖会話」(1542)
15世紀頃までは、聖人たちをパネル毎に描いたポリッティコ形式(トリッティコなどを含みます)が主流でしたが、15世紀末頃から16世紀になると、聖人たちを聖母子などと一緒に一枚の画面に描かれる、所謂聖会話形式の祭壇画が主流となりました。


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ニーノ・ピサーノ(ピサ、1315c‐1370c)の「ヴェットゥリーニの聖母」(1360‐70c)


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ニーノ・ピサーノの「授乳の聖母」(1346‐48)


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ニーノ・ピサーノと協力者による「聖母子」(1370年台)
次に紹介する2体の天使と共に「聖母子と2天使」になってます。


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ニーノ・ピサーノと協力者による「天使」(1370年台)


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ニーノ・ピサーノと協力者による「天使」(1370年台)


P1850720
ニーノ・ピサーノ工房作の「聖ピエトロ」、「聖パオロ」、「洗礼者聖ジョヴァンニ」(1370年台)
(つづく)

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14世紀のトスカーナの逸名彫刻家作「聖ウルスラと弟子たち」(14世紀前半)


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14世紀前半のトスカーナの逸名彫刻家作「彩色磔刑像」(1320)


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Maestro di San Torpeの「彩色磔刑像」(13世紀末‐14世紀初頭)


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デオダート・オルランディ(ピサ、?‐1331以前没 1284‐1315活動記録)に帰属する「彩色磔刑像」(1290‐1300c)


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ピサの逸名画家作「聖母子」(13世紀末‐14世紀初頭)


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Maestro di San Torpeの「聖母子」(14世紀初頭)


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デオダート・オルランディの「玉座の聖母子」(14世紀初頭)
デオダートの署名が入ってます。


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デオダート・オルランディの「聖母子と4聖人」(1301)
デオダートの署名と制作年の1301入りの作品です。


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聖母子


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聖ドメニコ、聖ジャコモ


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聖ピエトロ、聖パオロ


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今の所、誰もいません。


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フランチェスコ・ディ・トライーノ(ピサ、?‐1331以降没 1315‐1348活動記録)の「聖ドメニコとその物語」(1344‐45)
フランチェスコの署名入り作品です。


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聖ドメニコ


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祈るキリスト


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メンモ・ディ・フィリプッチョ(シエナ、1250c‐サン・ジミニャーノ、1325c)の「聖母子」(14世紀初頭)


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ジョヴァンニ・ディ・二コラ(シエナで1326から記録、ピサで1363/1365没)の「玉座の聖母子と寄進者」(14世紀中頃)
ジョヴァンニはリッポ・メンミの弟子でした。


P1850533
14世紀後半のピサの逸名画家作「磔刑」
この作品は表と裏に描かれてます。磔刑が表です。


P1850527
裏面の「キリストの鞭打ち」
両面とも同じ画家によって描かれたとされてます。


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ジョヴァンニ・ディ・二コラの「ピサのサンタ・マリア修道院のポリッティコ」(14世紀中頃)
ジョヴァンニの署名入り作品です。


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聖母子


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聖ボーナ、洗礼者聖ジョヴァンニ


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マッダレーナ・マリア、聖バルトロメオ


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祈るキリスト


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聖ピエトロ、不明


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ジョヴァンニ・ディ・二コラの「聖母子と聖人たち」(14世紀中頃)
ポリッティコの一部です。


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聖母子


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洗礼者聖ジョヴァンニ


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聖ピエトロ


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聖バルトロメオ


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リッポ・メンミ(シエナ、1291‐1356)の「聖アンドレア」(1325‐29)


P1850572
Maestro di San Pietro a Quileの「4聖人」(14世紀前半)
各パネルの写真を載せておきましょう。


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アレッサンドリアの聖カテリーナ


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大天使聖ミケーレ


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聖バルトロメオ


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聖ルチア


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大作ですが、作品の説明板がありません。


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詳細不明の聖母戴冠


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フランチェスコ・ディ・トライーノの「聖母子と4聖人」(14世紀前半)


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聖母子


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聖パオロ、洗礼者聖ジョヴァンニ


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聖チェチリア、聖ピエトロ


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フランチェスコ・ディ・トライーノの「アレッサンドリアの聖カテリーナ」(14世紀)


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フランチェスコ・ディ・トライーノの「磔刑の三幅祭壇画」(14世紀前半)


P1850610
フランチェスコ・ディ・トライーノの「聖母子と聖人たちの三幅祭壇画」(14世紀前半)
漸く入館者が現れました。
(つづく)

P1840999
ピサを流れるアルノ川です。


P1850336
アルノ川の堤防沿いの道、メディチェオ通りです。美術館はこの通りに面してます。


P1850339
Palazzo Mediciの後に美術館があります。


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サン・マッテオ教会です。


P1850348
1027年、ベネデット会によって建設されたサン・マッテオ教会です。12世紀に修道院が併設されました。


P1850345
ピサ・ロマネスク様式の身廊外壁です。


P1850341
サン・マッテオ修道院だった建物が国立美術館になってます。


P1850346
分かり易い場所にあるので、簡単に行くことが出来ます。


P1850349
現在は国立美術館ですが、20世紀末まではピサ市立美術館(Museo Civico)でした。


P1850350
切符売り場の入り口


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修道院のキオストロに向かう通路に置かれている、ローマ時代の石棺(3世紀)です。


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アルヴィーオ・ヴァリーニの「メレアグロス(ギリシャ神話に出てきます)」(1938‐40)


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アレッサンドロ・ランフレディーニの「ベノッツォ・ゴッツォーリ作品のコピー画」(19世紀後半)


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修道院の中庭


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キオストロ回廊を歩いて展示室に向かいます。


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中庭に置かれた彫刻


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展示室に向かう入り口です。


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展示室は2階(日本の)です。


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エンリコ・ディ・テディーチェ(ピサで13世紀活動)の「十字架降下」(13世紀中頃)


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13世紀後半のピサの逸名画家作「彩色磔刑像」


P1850375
Maestro di San Martino (ピサで13世紀末活動)の「聖母子」


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Maestro di San Martino の「祈るキリスト」(13世紀末)


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Maestro di San Martino の「玉座の聖アンナ」(13世紀末)
この画家の生涯については全く分かっておらず、残された作品があるだけです。


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Maestro di San Martino ?の「聖母子」(13世紀末)


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Maestro di San Martino の「授乳の聖母」(13世紀末)


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磔刑像が集められてます。


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部屋の壁上部に剥離フレスコが展示されてますが、観る側に対して配慮されていない展示法です。


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ラニエーリ・ディ・ウゴリーノ(ピサ、1280c‐1310c活動)の「彩色磔刑像」(13世紀末)


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12世紀初め頃のピサの逸名画家作「彩色磔刑像」(12世紀初頭)


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12世紀後半にローマとトスカーナで活動した逸名画家作「彩色磔刑像」


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13世紀前半にピサで活動したビザンチン様式逸名画家作「彩色磔刑像」(13世紀初頭)


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13世紀前半のトスカーナの逸名彫刻家作「司教聖人」
聖人は特定されてません。


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ジュンタ・ピサーノ(イタリア、1190/1200c-ピサ、1260c)に帰属する「彩色磔刑像」(13世紀前半)


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ジュンタ・ピサーノに帰属する「彩色磔刑像」(13世紀前半)


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ジュンタ・ピサーノの「彩色磔刑像」(13世紀)


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firmato(署名入り)と書かれてます。つまり、ジュンタ・ピサーノの真作です。


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ジュンタ・ピサーノの「彩色磔刑像」(13世紀中頃)


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ジュンタ・ピサーノの「彩色磔刑像」(13世紀中頃)


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ベリンギエーロ・べリンギエーリ(ヴォルテッラ、1175c‐ルッカ?、1235 o 1236)の「フチェッキオの磔刑」(1230‐35c)
この作品は有名です。


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ミケーレ・ディ・バルドゥイーノ(ピサ、1240‐1270c活動)の「彩色磔刑像」(13世紀後半)


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貴重な作品が沢山あります。


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ジュンタ・ピサーノの「聖フランチェスコの祭壇前飾り」(13世紀中頃)


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カヴァリエール・ボルゲーゼ(ルッカ、1560‐ローマ、1629)の「四聖人の祭壇画」(1615‐17)
カヴァリエールの17世紀の作品が、13世紀の作品が並んでいる展示室に展示されているので戸惑います。


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カヴァリエールの作品内に挿入されているのは、ピサで活動した逸名画家、恐らくMaestro di Calci の作品と思われている「アレッサンドリアの聖カテリーナの物語」(13世紀)
これが13世紀の作品なので、カヴァリエールの作品がここ場所に展示されていると思います。


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13世紀のヴェネツィアの逸名画家とガラス工芸家による「磔刑像」(13世紀)


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Maestro di Santa Marta の「祈るキリストとアレッサンドリアの聖カテリーナと聖母マリアと洗礼者聖ジョヴァンニと聖シルヴェストロ」(13世紀後半)
(つづく)

007
さて翌朝です。


008
城壁沿いにサン・パオロ・ア・リーパ・ダルノ教会に向かいました。


011
サン・パオロ・ア・リーパ・ダルノ教会です。


013
11‐12世紀に建設されたピサ・ロマネスク様式の代表的な教会です。残念ながら宗教活動を停止した旧教会のようです。


016
後陣の後にある八角形のサンタガタ礼拝堂です。この礼拝堂も活動を停止したような感じです。


017
周囲の雑草が刈られ、外壁に修復の痕跡が認められます。必要最小限度の維持管理はされているように思います。


018
アルノ川対岸にあるグリエルファの塔が見えます。


019
靄がかかった冴えない天気でした。


020
17世紀に建設されたサン・ベネデット教会


024
アルノ川沿いの道を進んで、サンタ・マリア・デッラ・スピーナ教会に向かいました。


025


026
直ぐに教会が見えてきました。


028
残念! 閉まってる!


029
開いている筈の時間でしたが、この辺は仕方がありません。でも、見どころの半分以上は外の彫刻ですから、開いていても開いていなくても大差なし。


030
ファサードのジョヴァンニ・ピサーノの「聖母子と2天使」


033
13‐14世紀のピサの彫刻家オールキャストによる彫刻装飾


034
何れコピー彫刻によって置き換えられると思います。


035
彫刻の作品帰属は殆ど判明しているようです。


036
中に入れなくても十分楽しめました。


038
次はサント・セポルクロ教会です。


093
サン・ベルナルド教会の後陣です。既に宗教活動を停止したようです。


095
この教会は分かりません。


097
近年は地図無しでも自由に歩けますが、一度裏道に入って迷子になったことがあります。


099
サント・セポルクロ教会です。
1113年の記録に、この教会の存在が記されているので、1113年以前に存在していたとされてます。


100
16世紀まで、建物の周囲に柱廊がありました。


101
鐘楼


104
1720年の修復の際、内部の一部がバロック様式に改造されました。


105
クーポラ


110
この辺はロマネスク様式です。


109


108
祭壇画が殆どありません。
15世紀のピサの逸名画家の作品説がありますが・・・・・


161
次はサン・マルティーノ教会です。


164
アルノ川沿いの道を左折すれば、サン・マルティーノ通りです。この通りの先に教会があります。


111
サン・マルティーノ教会です。


112
1067年のピサの記録に、この地にサン・マルティーノ・イン・グアッツォロング教会の存在が記されており、その教会が現教会の前身です。
その建物を取り壊して、1331年創建、1610年完成のゴシック様式とルネサンス様式の折衷した建物が現在の教会の姿の原形となってます。


114
向向かって右横に柱廊が設けられてます。


163
身廊側の出入り口が主に使用されてます。


115
拝観しました。


119
単廊式ですが、17世紀の際、一部バロック様式に改造され、ゴシック・ルネサンス・バロック様式が折衷した内部となってます。


120
木組みの梁の天井


118
左側壁


117
右側壁


139
主祭壇の下に聖ボーナ(ピサ、1156‐1207)の聖遺物が収められてます。


122
14世紀のフレスコ画です。
教会の壁の殆どはフレスコ画で覆われていましたが、経年劣化によって落剝が激しく、17世紀の内部改造の際、多くが塗り潰されたそうです。
当時、保存状態が良いと判断されたものが残されています。


123
チェッコ・ディ・ピエトロ(ピサ、1330‐1402)の「受胎告知」


126
エンリコ・ディ・テディーチェの「彩色磔刑像」(13世紀)


128
アウレリオ・ローミ(ピサ、1556‐1622)の「聖アンドレア」


130
チェッコ・ディ・ピエトロのフレスコ画


133
パルマ・イル・ジョーヴァネの「聖ベネデット」


142
オラツィオ・リミナルディ(ピサ、1594‐1631)の「聖ボーナの着衣式」


137
ドメニコ・パッシニャーノ(フィレンツェ、1560‐1638)の「聖母子と聖クリストフォロと聖フランチェスコ」


145
ヤコポ・リゴッツィ(ヴェローナ、1543‐1627)の「悔悛のマッダレーナ・マリア」


148
ジョヴァンニ・ソルド通称モーネ・ピサーノの「受胎告知」(17世紀)


150
17世紀のピサの逸名画家作「聖ボーナ」


153
ジョヴァンニ・ディ・二コラの「キリストの寺院への出現」(14世紀後半)


155
ジョヴァンニ・ディ・二コラの「マギの礼拝」


159
ジョヴァンニ・ディ・二コラの「ご誕生」


165
(つづく)

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ガリバルディ広場の後のレストランで昼食を食べました。


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前菜3点セット


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野菜不足にならないように


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ガリバルディ広場にあるガリバルディ像


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少し雲が出てきました。


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次は、サン・マッテオ国立美術館です。


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ビール小瓶と白ワインを飲んだので、ほろ酔い気分で歩きました。


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カイローリ広場


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この辺のアルノ川沿いの道はメディチェオ通りと称します。


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マッツィーニ広場


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Palazzo Medici


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旧サン・マッテオ教会


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サン・マッテオ国立美術館です。


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入館しました。


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傑作が揃ってます。


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しかし、不人気の極みで、他の入館者と遭遇することは滅多にありません。


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本美術館については、後程詳しく触れる予定です。


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美術ファンは必訪です。


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鑑賞しているうちに、随分と時間が経ちました。


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外に出ました。


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ピサに来てドゥオーモ広場に行かないことが多いのですが、この日は気分を変えて行ってみることに。


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午後5時少し前でした。


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ストレット通り


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サン・ミケーレ・イン・ボルゴ教会は、この日も閉まってました。最近、中に入れたことがありません。


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ファサードの有名な、ルーポ・ディ・フランチェスコの「タベルナコロ」と言いたいところがですが、これはコピー彫刻で、本物はサン・マッテオ国立美術館にあります。


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この辺で通りの名称が変わるようです。もうカルドゥッチ通りになった?


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カルドゥッチ通りの先にローマ遺跡があります。


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城壁に出ました。


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ルッカ門


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ルッカ門手前の道を左折すれば、斜塔が見えます。


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到着しました。


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ピサを訪れる観光客のうち、9割以上がこの広場に来るだけで他を訪れないそうです。


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ドゥオーモの後陣


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鐘楼


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こちらの建物が修復中でした。
ピサに限らず、修復中の建物の写真を見ると、何時頃行ったのか大体分かります。


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洗礼堂


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ドゥオーモ


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大司教座教会


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もうすぐ扉が閉まります。


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ホテルに戻ることにしました。


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(つづく)

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メッツァ橋を渡りました。


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次は旧王宮博物館です。


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橋を渡ってアルノ川に対岸に出ました。


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アルノ川沿いのパチノッティ通りです。


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対岸にサンタ・マリア・デッラ・スピーナ教会が見えてます。


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写真右手前はサン・ミケーレ・イン・ボルゴ教会です。


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Palazzo Upezzinghi


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Palazzo Vitelli


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ピサで最古の広場の一つであるカッラーラ広場です。


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広場にある「フェルディナンド1世・デ・メディチのモニュメント」
ジャンボローニャによるデザインに基づき、フランス人彫刻家ピエトロ・フランカヴィッラ(1548c‐1616)によって制作された彫刻です。
ピエトロはジャンボローニャ工房で仕事をしていました。
このモニュメントは別の場所にありましたが、1872年に現在地に移設されました。


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広場に面した、この建物のことが分かりません。


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サン・二コラ教会の鐘楼


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アーチを潜ってパチノッティ通りに出ます。


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旧王宮、Palazzo Realeです。


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旧王宮博物館として一般公開されてます。


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入館しました。


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博物館については、後程詳しく触れる予定です。


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非常に展示物が多い博物館です。


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入館者が極端に少ないのは何故でしょうか?


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時間が結構かかりました。


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もう昼食時ですが、食べる前に教会を一つ見ておきたいと思いました。


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この教会です。


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1061年、シジスモンド家によって建てられたロマネスク様式の教会です。外観は、今でも創建時の姿をほぼ留めていると言われてます。


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平日は終日開いているので、拝観しやすい教会です。


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三廊式、ラテン十字形、ロマネスク様式の内部です。
しかし、1675年の火災によって消失した部分はバロック様式で修復されました。


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左右の側廊に礼拝堂が設けられてます。


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天井


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主祭壇


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クーポラにフレスコ画が描かれてます。


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シエナの画家ルティーリオ・ディ・ロレンツォ・マネッティ(1571‐1639)によって17世紀前半に制作されたフレスコ画です。
祭壇画を見て回りました。


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アレッサンドロ・ティアリーニ(ボローニャ、1577‐1668)の「信者の前の聖ブリジーダ」


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クレメンテ・ボッチェルディ通称イル・クレメントーネ(ジェノヴァ、1620‐ピサ、1658)の「天上の聖母と聖カルロ・ボッロメオ」


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詳細不明


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詳細不明


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ヴェントゥーラ・サリンベーニ(シエナ、1568‐1613)の「受胎告知」


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ヴェントゥーラ・サリンベーニの「羊飼いの礼拝」


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ラニエーリ・ボルゲッティ(ピサ、1609‐1642活動記録)の「聖バルトロメオと聖パオロ」


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シエナの画家によって制作された「磔刑像」(1150c)


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アウレリオ・ローミ(ピサ、1556‐1622)の「マギの礼拝」


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アレッサンドロ・ティアリーニの「聖ブリジーダの物語」


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アレッサンドロ・ティアリーニの「聖ブリジーダの物語」


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16世紀のトスカーナの逸名画家作「聖フレディアーノ」


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祭壇前から見た出入口


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外に出ました。


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(つづく)

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ピサは、人口90,408人(2017年9月30日現在)のトスカーナ州ピサ県の県都です。


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ピサ中央駅に到着しました。


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駅舎


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駅前広場


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駅至近の、この日のお宿に向かいました。


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荷物を預かって頂き、身軽になることが出来ました。


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早速街歩きに出発しました。


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イタリア通り


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ピサに行って、斜塔だけしか行かないのは勿体ないと思います。


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ピサ大学の学生が多い。


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サンタ・マリア・デル・カルミネ教会です。


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1324年、1328年完成の煉瓦造り、ゴシック様式の建物ですが、長年の風化によって老朽化したので、18世紀の修復工事の際、ネオ・ゴシック様式に改造されました。


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そのため、建築が14世紀から18世紀と記されてます。


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ファサードが少々新しく見えますが、1835年に改造されて今の姿になったからです。


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ファサード前にニコラ・ピサーノ(ピサ、1215/1220-1278-1284)像があります。
当時、イタリア随一の彫刻家だった二コラの彫像がピサにあるのは当然で首肯できますが、この教会前にある理由が分かりません。二コラの死後に創建されたカルミネ教会ですから、彼の作品とは無縁ですし、彼がこの教会に埋葬されたことは有り得ないし、二コラとの所縁があるとは思えません。


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ファサード側出入り口扉横の左右のニッチに、カッラーラの逸名彫刻家によって、1697年に制作された彫像が置かれてます。こちらは「聖エーリア」


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「洗礼者聖ジョヴァンニ」


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身廊外壁


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18‐19世紀の改造によって新ゴシック様式、単廊式の内部となってます。


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木製梁の天井


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左側壁


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右側壁


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中央礼拝堂(主祭壇)
ナポレオンのイタリア侵攻前には、ここにマザッチョの素晴らしい多翼祭壇画(1425)が置かれていました。
この祭壇画は取り外され、パネル毎に分解されてしまい、現在は、ロンドン・ナショナル・ギャラリー、ベルリン国立美術館、ナポリのカポディモンテ美術館などで分解されたパネルが展示されてます。


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分解された多翼祭壇画の中央パネル、マザッチョの「玉座の聖母子」(1425)です。
ロンドン・ナショナル・ギャラリーにあります。


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後陣に見たい作品があるのですが、立ち入りが禁止されてます。
礼拝堂の祭壇画を見て回りました。


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アンドレア・ボスコーリ(フィレンツェ、1560c‐ローマ、1608)の「受胎告知」(1593)


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グレシェンツィオ・ガンバレッリ(シエナで17世紀活動)の「アヴィーラの聖テレーザの幻視と聖テレーザの物語」(1622)


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バッチョ・チアルピ(ルッカ、1574‐ローマ、1654)の「聖エーリア」、「聖エリーセオ」


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フランチェスコ・クッラーディ(フィレンツェ、1570‐1661)の「聖アンドレア・コルシーニに顕現する聖母」(1629)


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ラニエーリ・ボルゲッティ(ピサ、1609‐1642活動記録)の「栄光のアヴィーラの聖テレーザ」


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アウレリオ・ローミ(ピサ、1556‐1622)の「聖母被昇天」(1590c)


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17世紀の逸名画家作「聖セバスティアーノ」


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アレッサンドロ・アローリ(フィレンツェ、1535‐1607)の「キリストの昇天」(1581)


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ドメニコ・ボンジュウティ(?、?‐ピサ、1582)の「聖母と聖アルベルトと聖アンジェロと寄進者」(1577)


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ジローラモ・マッキエッティ(フィレンツェ、1535‐1592)の「磔刑」(1581)


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18世紀の逸名彫刻家作「磔刑像」


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バッチョ・ローミ(フィレンツェ、1540c‐ピサ又はルッカ、1581)の「聖母子と聖人たち(聖バルバラ、洗礼者聖ジョヴァンニ、パドヴァの聖アントニオ、聖マルゲリータ)」(1576)


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説教壇


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ここにあった祭壇画が取り外されていました。


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取り外されていたのは、サンティ・ディ・ティート(ボルゴ・サン・セポルクロ、1536‐フィレンツェ、1603)の「聖母被昇天」(1579)


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ジョヴァンニ・アントニオ・ソリアーニ(フィレンツェ、1492‐1544)の「聖母子と聖ピエトロと洗礼者聖ジョヴァンニ」


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外に出ました。
美術的に見どころが多い教会でした。


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この日は快晴でした。


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市庁舎の一部


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アルノ川


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(つづく)

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屋外に出ました。


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そこには小さな日本庭園がありました。


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庭園の一角に茶室があります。


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茶室は甘楽庵と名付けられてます。


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この説明文に拠れば、群馬県甘楽町とチェルタルドは姉妹都市協定を締結していて、協定締結10周年を記念して、1993年に甘楽町がこの茶室を贈呈したそうです。


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茶用水を汲むための井戸


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再び建物の中に入りました。


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今度は1階(日本の2階)の部屋です。


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階段の横壁の紋章とフレスコ画


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2階の最初の部屋


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ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノの「玉座の聖母子」(1495)


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「古いフレスコ画と現代画のコラボの展示が、中世の部屋の雰囲気に見事にマッチしている」とのお達しです。


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全然マッチしていない!!!
しかし、イタリアで流行している展示法です。


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フレスコの痕跡が残る壁


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何が描かれていたのか判然としません。


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ヴァカリオ・フランチェスコ・ピッティによって描かれたフレスコ画(1520‐40c)


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ヴァカリオ・フランチェスコ・ピッティの「マッダレーナ・マリア」(1522)


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以前、14‐15世紀の板絵が展示されていましたが消えていました。


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ヴァカリオ・フランチェスコ・ピッティのフレスコ画


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次の部屋です。


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古いフレスコ画と現代画が見事にバランスを欠いた雰囲気ぶち壊しの展示法(個人の意見です)


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ヴァカリオ・フランチェスコ・ピッティの「磔刑」(1533)


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15世紀のトスカーナの逸名画家作「洗礼者聖ジョヴァンニ」(1424)


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トッマーゾ・ダ・ネーリの「玉座の聖母子と聖ジローラモと聖フランチェスコ」(1702)


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トッマーゾ・ディ・ネーリのフレスコ画?


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これで2階の部屋は終わりです。


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部屋から2階のロッジャに移りました。


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15世紀のトスカーナの逸名画家作「死せるキリストを支える二天使」


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(おわり)

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次の部屋です。
ここはプレトーリオ宮内の礼拝堂でしょうか?


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天井のフレスコ


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この部分にフレスコの痕跡が認められますが、ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノによって描かれたそうです。


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フレスコ技法で描かれた紋章


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祭壇?


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建物の外に出て、壁に掲げられた紋章を見て回りました。


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メディチ家の紋章(彩釉テラコッタ)


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次の部屋です。


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微かに痕跡が認められるピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノのフレスコ画


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チェルタルドは玉葱の産地?


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パラッツォの外に出ました。


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物々しい建物です。


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城壁の下は断崖絶壁です。


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Palazzo Vicariale


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写真右からパラッツォの中に入りました。


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この先は牢獄です。


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独房


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独房のトイレ


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同じ造りの別の独房


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トイレの穴が深い!


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囚人によって壁に刻まれた文字


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拷問室。拷問に使用された道具などは撤去されていました。


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下に下りました。


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チェルタルドの大きさと人口を考えると、独房の数が多いと思いました。


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犯罪者や政治犯が多かった? それも為政者が苛政を布いた?


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長居をしたくない場所でした。
(つづく)

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チェルタルド・アルトのメイン通りであるボッカッチョ通りです。


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ボッカッチョ通りの突き当りに建っているのがプレトーリオ宮です。


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チェルタルドの貴族アルベルティ家の屋敷がこの地にありましたが、廃墟になっていました。12世紀後半に、廃墟の上に再建されたアルベルティ家の住居がプレトーリオ宮の前身です。


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13世紀から14世紀前半にかけて、チェルタルド支配の中心とするべく増築整備され、それに伴い建物名称がプレトーリオ宮と改称されました。
その後、チェルタルドはフィレンツェの支配下に置かれるようになり、フィレンツェから派遣された執政官がプレトーリオ宮で政務を執行するようになりました。
プレトーリオ宮には法廷や刑務所も置かれ、中庭で処刑が行われました。


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ロッジャは1455年に建造されました。


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外壁に沢山の紋章が、ロッジャにはフレスコの紋章などがあります。


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ロッジャから見たボッカッチョ通り


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入館しました。


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入口から最初の部屋に入ると、ご覧のように沢山の紋章が迎えてくれます。


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フレスコは紋章だけではありません。


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一旦、中庭に出ます。


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数は少なかったそうですが、斬首などの処刑も行われた中庭です。


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中庭に面した壁にも紋章があります。


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Sala delle Udienzeです。


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様々なものが展示されてます。


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フレスコ画もあります。


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ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノ(フィレンツェ、1445/1445-1497以降没)の「ピエタ」(1484)
ピエル・フランチェスコは、フィレンツェの画家バルトロメオ・ディ・ドナートの息子でした。父に画業の手ほどきを受けた後、ベノッツォ・ゴッツォーリに師事して、ベノッツォ工房でベノッツォの協力者となりました。
1483年、ピエル・フランチェスコはチェルタルド当局からプレトーリオ宮のフレスコ装飾を依頼されたのです。


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ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノの「聖トッマーゾの不信」(1490)
これらのフレスコ画はピエル・フランチェスコの代表作とされてます。
彼の描いたフレスコ画の殆どは落剝してしまい、一部しか残されてません。


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遺跡からの発掘物


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(つづく)

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チェルタルドのアルトのメイン通りボッカッチョ通りです。


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1375年12月21日、ジョヴァンニ・ボッカッチョが没したCasa del Boccaccioです。この家が博物館として公開されてます。
ボッカッチョは、1313年に生まれましたが、その生地については3説あるものの、生地を特定する資料が見つからないので不明とされてます。
3説のうち、最も有力とされているのはフィレンツェです。父がフィレンツェの商人であり、フィレンツェに定住していたので、それも当然です。
2番目の説はパリ生まれ説です。ジョヴァンニは、名もなきフランス女性の私生児として生まれましたが、身ごもった母が出身地のパリに戻って出産したとされてます。また、父はジョヴァンニが生まれると直ぐに自分の息子として認知したそうです。
3番目の説がチェルタルドです。チェルタルドに行くと、地元贔屓のせいでしょうか、チェルタルド生まれとしています。


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扉が閉まってますが、ここが博物館の入り口ではありません。


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赤と白の旗の下が博物館の入り口です。


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以前は博物館の切符売り場が観光案内所を兼ねていましたが、今は違うようです。


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2014年に撮った写真には観光案内所のマークが付いていました。


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博物館から塔に上ることが出来ます。


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入館しました。


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ボッカッチョ所縁の品、ボッカッチョが生存した時代に使用されていたもの、ボッカッチョの著作やそれらの訳本などが展示されてます。


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デカメロンの訳本を昔読んだことがあるくらいで、ボッカッチョについては何も知りません。


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元々ボッカッチョの興味がないが、チェルタルドに来たからには入館するのが付き合いと言うもの、というスタンスです。


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制作者情報不明の「ボッカッチョの肖像」


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誰のことを描いたフレスコ画でしょうか? ボッカッチョ? ダンテ?


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説明ビデオを見るコーナー


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図書館があります。


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世界中から集められたボッカッチョの訳本やボッカッチョに関する評論本などがあります。


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日本語の本もあります。


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ボッカッチョのメダル


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制作者情報不明の「著作するボッカッチョ」


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塔に上りました。


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高さはそれほどでもありませんが、絶景が楽しめます。


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塔に出ました。


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外に出ました。
(おわり)

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プセウド・アンブロージョ・ディ・バルデーゼ(リッポ・ダンドレア?)(15世紀前半活動)の「聖母子」(1420‐30c)


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16世紀のトスカーナの逸名画家(ラファエッロ・ピチネッリ?)の「玉座の聖母子と聖フランチェスコと聖アントニオ・アバーテと寄進者」(1522)


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ベルナルディーノ・ポチェッティの追随者作「割礼」(1590‐1600c)


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作品が光るので別角度から撮りました。


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次は第4室です。


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肖像画が並んでます。


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詳細不明


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ジュリオ・ピニャッティ(モデナ、1684/1681-1751)の「学者の肖像」(1727)


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スペインの逸名画家作「紳士の肖像」(16世紀末‐17世紀初め)


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スペインの逸名画家作「紳士の肖像」(16世紀末‐17世紀初め)


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スペインの逸名画家作「紳士の肖像」(17世紀末‐18世紀初頭)


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スペインの逸名画家作「紳士の肖像」(16世紀末‐17世紀初め)


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スペインの逸名画家作「紳士の肖像」(16世紀末‐17世紀初め)


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次は第5室です。


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旧修道院のキオストロ回廊を経由します。


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回廊の壁にフレスコ画の痕跡が見つかりません。


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第5室は2階(日本の)にあります。


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重要な作品はなさそうです。


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適当に寄せ集めした?


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19世紀の古写真です。


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この辺の展示に付き合うのが苦痛です。


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ベアータ・ジュリアの着衣


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フレスコの痕跡?


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1階の回廊に戻りました。


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次は地下の展示室です。


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修道士が食料保存やワイン製造していたそうです。


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見なくても良さそうな場所です。


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見るべきは1階の2部屋くらいでしょうか。


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ある意味で忍耐強い人向けの美術館です。


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(おわり)

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次の部屋です。


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第3室になります。


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銀製の聖具類が展示の中心です。


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Museo Diocesanoの定番展示ですね。


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金で出来た部分もあるようです。


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「10分の1税」の成果?


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次は絵画部門です。


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この美術館で最も重要な作品が展示されてます。


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重厚な木製天井


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チェンニ・ディ・フランチェスコ(1369‐1415c活動)の「聖母子」(1405‐10c)


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チェンニ・ディ・フランチェスコの「聖マルティーノとアレッサンドリアの聖カテリーナ」


P2290514
Maestro del Bigallo (フィレンツェで1220‐1250c活動)の「玉座の聖母子と二聖人」


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ウゴリーノ・ディ・ネーリオ(1310‐1340c活動)の「聖母子と聖人たち」


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聖母子


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祈るキリスト


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聖フランチェスコ


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マッダレーナ・マリア


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聖ピエトロ


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聖ロモーロ


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裾絵は欠落のようです。


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メリオーレ(フィレンツェで1260‐1280c活動)の「玉座の聖母子と2天使」(1270‐75c)


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チェンニ・ディ・フランチェスコの「磔刑と聖ミニアート?とアレッサンドリアの聖カテリーナ」(1385‐90c)


P2290541
プッチョ・ディ・シモーネ(フィレンツェ、1343/1346-1562c活動)の「聖母子と聖人たちのポリッティコ」(1357?)


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P2290547
(つづく)

P2290623
チェルタルドのアルトにあるサンティ・ヤコポ・エ・フィリッポ教区教会です。


P2290405
教会の横に旧修道院Convento degli Agostinianiの建物がありますが、そこが美術館になってます。


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入館しました。
ここが第1展示室です。


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開館は2001年6月でした。チェルタルドとその周辺にある教会や修道院などから集められた祭壇画、彫刻、聖具類などを展示しています。


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展示室が全部で7室となってますが、展示室番号がない部屋や廊下にも展示されてます。


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トスカーナの逸名金属加工芸術家作「聖母子」(16世紀末‐17世紀初め)


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ベルナルディーノ・モナルディ(フィレンツェ、1588‐1614存在確認)の「ロザリオの聖母と聖人たち」


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17世紀後半のフィレンツェの逸名画家作「三位一体を崇める聖マルティーノとアレッサンドリアの聖カテリーナ」


P2290425
17世紀後半のフィレンツェの逸名画家作「ロザリオの聖母と聖人たち(洗礼者聖ジョヴァンニ、福音書記者聖ジョヴァンニ、パドヴァの聖アントニオ、聖ドメニコ)」


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17世紀前半のフィレンツェの逸名画家作「聖母子と聖アントニオ・アバーテと聖フランチェスコ」


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17世紀前半の逸名画家作「受胎告知」(1620c)


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17世紀前半のシエナの逸名画家作「聖母子と聖人たち」(1630c)


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トスカーナの逸名彫刻家作「天使」(18世紀第4四半世紀)


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トスカーナの逸名彫刻家作「天使」(18世紀第4四半世紀)


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アドリアーノ・ハフナー(フィレンツェ、1713‐1768存在確認)の「磔刑像」(1761)


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アドリアーノ・ハフナーの「燭台」(1761)


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アドリアーノ・ハフナーの「燭台」(1761)


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チーロ・フェッリ(ローマ、1634/1635-1689)の「モーゼ」(1653)


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17世紀中頃のシエナの逸名彫刻家作「サン・ファコンドの聖ジョヴァンニ」


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17世紀中頃のシエナの逸名彫刻家作「トレンティーノの聖二コラ」


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次は第2室です。


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聖職者の衣装などが展示されてます。


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通路にエッチング作品が展示されます。


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P2290483
(つづく)

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リヴェッリーノ門です。


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門を潜りました。
門の外は絶景ポイントになってます。


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門の外は急坂になっており、門との距離が短すぎて、門の写真をうまく撮ることが出来ません。


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門の前で撮ったリヴェッリーノ通り


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城壁沿いの通りを進みました。


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ヴァルドラッカ通り


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見えているのはサン・ジミニャーノ?


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ソーレ門の方に向かいました。


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ヴァルドラッカ通りです。


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ソーレ門


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ソーレ門外に出ました。


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ソーレ門外からリヴェッリーノ門が見えます。


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左の道を進みました。


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これで大体チェントロを一周したことになります。


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カステッロ通り


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振り返ってソーレ門方向を見ました。


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リヴェッリーノ門が見えました。


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同じ所をぐるぐると回ってしまいます。


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違った道を通ったつもりでしたが・・・・・


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直ぐに城壁沿いの道に戻ってしまいます。


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先ほどと同じ場所に出てしまいました。


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それだけ狭いということです、仕方ありません。


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ボッカッチョ通り


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ソーレ門


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サンティッシマ・アンヌンツィアータ広場


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振出しに戻ってしまいました。


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彩釉テラコッタがあります。


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あとは何処を歩いてもほぼ同じ景色となります。


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ホテルに戻って一休みしました。
(おわり)

P2290623
次はMuseo d'Arte Sacraです。


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美術館は教区教会の隣にあります。


P2290405
旧Convento degli Agostinianiだった建物に美術館が置かれてます。


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入館しました。


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この美術館については、項を改めて詳しく触れる予定です。


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旧修道院のキオストロ回廊


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美術館から外に出て、一旦城壁外に出ました。


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旧修道院の建物


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城壁兼用の建物が並んでます。


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城壁の外に出ても見どころが全くないので、直ぐに城壁内に戻りました。


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ボッカッチョ通りに戻りました。


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次はプレトリオ宮です。


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Vicolo dell'Osteriaです。道草したいと思いましたが、ぐっと堪えました。


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歩いても、主要な見所間が目の鼻の先の距離なので運動になりません。


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未だ教区教会の後陣ですから。


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12世紀の終わりに建設されたプレトリオ宮です。


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プレトリオ宮は、市立博物館になってます。この時間は昼休み中でしたが、後程入館しました。面倒なので、入館した時の写真を載せておきましょう。


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市立博物館については、後日項を改めて詳しく触れることにします。


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市立博物館から外に出ました。
プレトリオ宮のロッジャ前からボッカッチョ通りの方向を撮った写真です。


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次はリヴェッリーノ門です。


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サンティ・トッマーゾ・エ・プロスペロ教会です。宗教活動を停止した旧教会ですが、現在、建物は市所有となっており、市立博物館の一部になってます。
しかし、公開される日が限られているのか、この日も扉が閉まっていました。(市立博物館になってから、教会への入り口は身廊となってます。身廊側の出入り口は通りに面してません)


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Via Rivellino


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この先を下れば門に出ます。


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門が見えてます。
道の左は城壁で、大きく視界が広がってます。


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遠くに見えた町は何処でしょうか?


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トスカーナ名物の糸杉


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(つづく)

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ホテル併設のレストランがありますが、そうやらホテルと別の経営になったようです。


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今、気が付きましたが、2014年には壁にツタが絡まっていたのですね。


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ツタが絡まった外壁の方が風情がありますね。


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狭い旧市街の目抜き通りジョヴァンニ・ボッカッチョ通りです。


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ホテル横のVia della Renaを歩くことにしました。


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この付近は最も新しい建物で築500年だそうです。日本の家屋と比べると、その耐久性の長さに、ただただ恐れ入るよりありません


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もう突き当りです。その下は城壁の崖です。


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Via Fondaccioに入れば、直ぐに広場に出ます。


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サンティッシマ・アンヌンツィアータ広場です。


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広場の先は城壁の崖に出ます。


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13世紀に建設されたPalazzo Stiozzi Ridolfiです。


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実はちょっと一周しただけです。広場からホテルまで、たった15mくらい?ですから。


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この建物は非公開です。


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騙し絵の窓です。


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小さな旧市街なので、半日もあれば全部を見ることが出来ます。しかし、夕暮、夜、朝の風情を満喫するには1泊するのが良いと思います。


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次はボッカッチョ博物館です。


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ボッカッチョの生地については、パリ、フィレンツェ、チェルタルドの三説があって、今なお明らかになってませんが、この建物に住み没したことから、博物館になってます。


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チェルタルドに来たならば、この博物館に一度は入館したいものです。


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博物館の入り口


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入館しました。


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ボッカッチョ博物館については、項を改めて詳しく触れることにします。


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博物館から塔に上ることが出来ます。


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塔からの眺め


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外に出ました。


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次は教区教会です。


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ボッカッチョ博物館から数メートルの距離に教会があります。


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サンティ・ヤコポ・エ・フィリッポ教区教会です。ボッカッチョの墓があります。


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12世紀後半、小さな村だったチェルタルドが今、見ることが出来る姿に要塞化されましたが、その際、一緒に建設されたロマネスク様式の教会です。
創建以来、何度も修復工事が行われましたが、小規模の修復に留まったので、今でもほぼ創建時の姿をとどめているそうです。


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単廊式、ロマネスク様式の内部です。


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左側壁


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木組みの梁の天井


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主祭壇と後陣


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後陣の「ペトロニャーノの磔刑像」(1240‐45)


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ジョヴァンニ・デッラ・ロッビアの工房の「タベルナコロ」(彩釉テラコッタ)


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詳細不明


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ジョヴァンニ・デッラ・ロッビア工房の「雪の聖母と聖バルトロメオと聖ドメニコ」(1520c)


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ジョヴァンニ・デッラ・ロッビア工房作のタベルナコロ


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ジョヴァンニ・フランチェスコ・ルスティチの「ジョヴァンニ・ボッカッチョ像」(1503)


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あのフレスコ画は見逃せません。


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メンモ・ディ・フィリップッチョ(シエナ、1250c‐サン・ジミニャーノ、1325c)の「玉座の聖母子と聖ヤコポと聖ピエトロ」(1315‐20c)
この作品はメンモの代表作であるだけでなく、初期シエナ派絵画を代表する傑作です。


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前には無かった祭壇画です。
フィレンツェの逸名画家作「祈るベアータ・ジュリア」


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ボッカッチョの墓


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出入口


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教会の外に出ました。
(つづく)

チェルタルドは、人口16,004人(2017年6月30日現在)のトスカーナ州フィレンツェ県にあるコムーネで、中世の詩人、散文作家であるジョヴァンニ・ボッカッチョ所縁の地として有名です。
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チェルタルド駅に到着しました。


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やや古風な感じがする駅舎です。


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チェルタルドの見所は丘上にあります。


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丘下には見所が殆どありません。


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しかし、そうは言っても一旦丘上に上ったら、帰る時以外に丘下に下りてくることはないと思い、丘下にあるドゥオーモと市庁舎くらいは見ておくことにしました。


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ドゥオーモです。


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広場に立っている「ジョヴァンニ・ボッカッチョ像」です。


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サン・トッマーゾ・アポストロ教会です。地元の人たちはドゥオーモと呼んでますが、教会の格付けは低いのです。


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丘上に聖トッマーゾに捧げる、サンティ・トッマーゾ・エ・プロスペロ教会がありましたが、丘上で不便なことと、建物の老朽化のため、丘下のこの地に新造されたのが、この教会です。
1840年創建、完成は1876年でした。奉献式は1885年に執り行われました。


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三廊式、新古典様式の内部です。


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左側廊方向


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右側廊方向


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装飾が殆どない、すっきりした天井です。


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主祭壇


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後陣のフレスコ画


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クーポラ


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14世紀に制作された磔刑像


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後陣の左右の側壁にトリッティコが置かれてます。


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古風な形式の祭壇画ですが、ブルーノ・ブラマンティによって1937年から1945年に制作された新しいトリッティコです。


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ブルーノ・ブラマンティのトリッティコ


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詳細不明


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ステンドグラスも詳細不明です。


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ブルーノ・ブラマンティのポリッティコ


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左側廊


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右側廊


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14世紀の磔刑像とブルーノ・ブラマンティの3作品が見所でしょう。


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ドゥオーモの隣に市庁舎があります。


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市庁舎前に催事場が設営中でした。


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丘下はこれで終わりです。


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丘上に向かいました。


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丘上に行くにはフニコラーレに乗るのが普通です。


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フニコラーレの丘下の駅です。


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丘下では観光客の姿を見かけませんでしたが、フニコラーレに先客がいました。


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チェルタルドに来たならば、泊まるのは丘上にあるホテルです。


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上ってきました。


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丘上のフニコラーレ駅


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丘上(アルトと呼ばれてます)の入り口アルベルティ門です。


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門を潜れば、中世の世界に足を踏み入れることになります。


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城壁内から見たアルベルティ門です。


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この日のお宿は、門から7,8mの道の左にあります。


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この日のお宿です。


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お勧めです。


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チェックインして部屋に入りました。部屋の窓からと写真です。(撮ったのは夕方です)


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町歩きに出かけました。
(つづく)

先ほど、自分のブログを見たら今日の更新がないので、ビックリしました。手違いがあって、5月4日分を飛ばしたようです。
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駅舎です。


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セスト・フィオレンティーノは、人口49,025人(2017年2月28日現在)のトスカーナ州フィレンツェ県にあるコムーネです。今から9000年以上前に人が住んでいたとされており、紀元前7世紀にエトルリア人の村があったと言われる古い歴史ある街です。


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城壁は全く残されていません。


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この辺は区画整理された新しい地区のようです。


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新しい家ばかりです。


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チェントロに向かいました。


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この街に来たのは二つの教会に行くためです。


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伝統的に社会主義政党が強い街として知られてます。


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その理由は定かではありませんが、この街の陶器産業の発展と関係しているのではないか、と私は思うのですが・・・・・


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1735年、カルロ・ジノーリ(1702‐1757)がヨーロッパで最初の”Porcellana Ginori"工場をセストに建て、所謂”Manifattura di Doccia"として大成功を収めました。


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19世紀後半になると、セストの多業種の職人や他の街から移住してきた労働者がRichard-Ginoriに就職し、技術を会得した労働者の多くが独立して自分の工房を構えるようになったそうです。


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そのような産業の発展によって、住民が社会主義に徐々に傾倒するようになったと思います。


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チェントロが見つからない。


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地図を見ましたが、自分がいる場所が分かりません。


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6月の暑い日だったので汗が吹き出しました。


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教会が見つかりません。


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参ったなあ、地図に、このどぶ川(小川?)が載っていない!


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どうしても見つかりません。


3
行きたかったのは、この教会です。(写真は外部サイトから拝借)
サンタ・マリア・ア・クリント教会です。中に2点の傑作があります。


1
スピネッロ・アレティーノのトリッティコ


2
Maestro di Madonna Strausの「受胎告知」


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この辺で地図上の自分の位置が漸く分かりました。


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教区教会のすぐ近くにいたのです。


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道をかなり間違えていたことが分かりました。


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鐘楼が見えました。


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セスト・フィオレンティーノのドゥオーモ、サン・マルティーノ教区教会です。


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868年奉献ですが、現在のロマネスク様式の建物は13世紀に再建された二代目のものです。


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ファサード前の柱廊は16世紀に付け加えられたそうです。鐘楼は数度建て替えられたそうです。


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デッラ・ロッビア風の「聖母子」は、19世紀にジノーリ工場で制作されました。


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三廊式、ロマネスク様式の内部です。


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左側廊方向


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右側廊方向


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木組みの梁の天井


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中央祭壇
素晴らしい磔刑像が見ものです。


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アーニョロ・ガッディ(フィレンツェ、1350c‐1396)の「彩色磔刑像」


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ジノーリ工場作?


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フレスコ画が残されてます。


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制作者不明のようです。


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詳細不明


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ジノーリ工場作のデッラ・ロッビア風「受胎告知」(19世紀)


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比較的大きな礼拝堂


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先程とは描かれた時代が異なるフレスコ画でしょう。


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木製の彩色聖母子像


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P2190587
ジノーリ工場作のデッラ・ロッビア風の3聖人(19世紀)


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ジノーリ工場作のデッラ・ロッビア風聖母子(19世紀)


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アレサンドロ・アローリ?の「受胎告知」


P2190602


P2190603


P2190605
ギルランダイオ工房作?


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ギルランダイオ工房作


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来た甲斐がありました。


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外に出ました。


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傑作ですね。


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戻ってサンタ・マリア・ア・クィント教会に行く気がしません。


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駅に行って、フィレンツェに戻ることにしました。


P2190626
ホームで列車を待っていると、蒸気機関車が走る音が聞こえました。


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列車はかなりのスピードでフィレンツェの方に去っていきました。


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フィレンツェSMN駅で先ほど見かけた機関車がいました。


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夏の間、シエナ~アシャーノ間を走る特別列車の試運転だったようです。


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先頭は時代物の電気機関車が牽引するようです。


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かなり古そうな客車
(おわり)

P2260366
2017年6月、モンテプルチャーノに行くことにしたのは、モンテプルチャーノ要塞でレオナルド・ダ・ヴィンチ特別展が開催予定だったからでした。
モンテプルチャーノで開催されていれば、超人気のレオナルド展は何処で開催されても何時も長蛇の列で入館するのもやっとの状態ですが、それを脱して、ゆっくりと見ることが出来るだろうとの読みです。


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レオナルド展はFortezza Mediceaで開催されました。
要塞はサン・ドナート門と一体化した構造をしています。


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1261年、シエナ共和国によって建設された要塞です。
シエナとフィレンツェの間で長年に渡る抗争において、この要塞は重要でしたが、その結果、要塞は何度も破壊され、その度に再建という歴史を繰り返しました。
15世紀になると、モンテプルチャーノはフィレンツェ領となり、フィレンツェの建築家アントニオ・ダ・サンガッロ・イル・ヴェッキオの設計によって拡張再建されました。


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要塞の入り口
現在の要塞の姿は1885年から20世紀初頭にかけて行われた大規模修復後のものです。


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現在、要塞は色々な用途に使用されてます。


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かなり新しく見える外観です。


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現在、アメリカ・ジョージア州のケネソー州立大学の夏季セミナーなどの学舎としても使用されているようです。(ピンとこないなあ、アメリカの大学が何でわざわざモンテプルチャーノ要塞でやるの???)


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庭園


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私の目論見通りでした。ゆっくりと見ることが出来ました。
実は、私が中で見ている間、他の入館者がゼロだったのです。これにはビックリでした。この特別展を東京でやったら、入館者が殺到して大変だったことでしょう。


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切符売り場とブック・ショップ


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展示内容は予想通りでした。


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手稿とそれに描かれているアイデア図に基づいて作られた模型が展示の中心です。


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でも、何処かで見たことがある・・・・・


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紀元前4‐3世紀の馬像
ロレンツォ・デイ・メディチのコレクション


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上の模型写真の説明板
道理で見たことがある・・・・・
何のことはない、フィレンツェのガリレオ博物館からの出張展示が中心の特別展だったのです。


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日本でも展示されていたような・・・・


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完成した絵画作品が極端少ないレオナルドですから、彼の特別展となると、手稿と模型になるのは仕方がありません。


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絵画や彫刻の傑作は何度鑑賞してもその度に感激しますが、手稿と模型では何度見ても良いとは思わない。


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独り占めで見ることが出来たのが良かった。


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正直なところ、新鮮味に欠ける展示でした。


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特別展自体への私の事前調査不足が露呈した入館となりました。


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入館者が少ないことも納得です。


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この特別展の開催中、貸し出したガリレオ博物館は何を展示していたのか、気になりました。(最近、調べたところ、ガリレオ博物館では展示が変わったようで、レオナルドのこの種の展示は常設展示から外されてます)


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それにしても、この人気薄は理解できません。


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楽しい時間でした。


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展示はまだまだ続きます。


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レオナルド展の紹介はこのくらいで終わりにしましょう。


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中にワイン試飲ができる場所があります。


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当日、他の展示が行われていました。


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1階がレオナルド・ダ・ヴィンチ展で、2階が現代アートの特別展でした。


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2階の展示室の入り口です。


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この画家の作品はイマイチでした。


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上と同じ画家の作品


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この画家の作品が印象に残りました。


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誰もいないと思いきや、画商の人がいました。


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この作品を見ていたら、買わないかと言われました。€3500
単に見ているだけ、と丁重にお断りしました。


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レオナルド展はやはり良かった、来た甲斐がありました。


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他の入館者の姿が見えなかったのが非常に意外でした。
(おわり)

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城壁の外を少し歩きましたが、面白い点が皆無でした。


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城壁内に戻り、サンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会に向かいました。


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ファリーネ門の二重になっている所の片側にロッジャがあり、ロッジャの上が民家になってます。門は町の公共物の筈ですが、何時しか民有となったのでしょう。


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ポリツィア―ナ通りに入りました。


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16世紀に建設されたCasa del Poliziano


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この辺は古い建物が立ち並んでます。


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ここでおやつのワインを飲みました。実はトイレ休憩がしたかったのですが、この町にはバールが少ないので、已む無く一杯やってトイレを借りたのです。


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一息入れて城壁沿いの道を進みました。


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門を潜ったわけでもないにも拘らず、この辺は既に城壁外です。


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そもそも城壁自体がこの辺ではありません。


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サンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会が見えてきましたが、遠目でも扉が閉まっていることが分かりました。前回、訪れた時は葬儀中だったので拝観どころではありませんでした。二連敗!!
この教会は拝観したかったので残念でした。


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現存するモンテプルチャーノにある教会の中で最古と言われてます。教会の確実な記録は、1200年に奉献式が執り行われたことなので、12世紀末頃の建設でしょう。


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創建時の鐘楼は落雷で崩落したそうです。18世紀に再建された鐘楼が現在のものです。


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中に注目すべき芸術作品が数点残されてます。


Madonna_della_Santoreggia
そのうちの一つ、14世紀のシエナ派無名画家の「聖母子」
作品画像は外部サイトから拝借させて頂きました。


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ファサードのルネッタ上にフレスコ画があったと思いますが、その痕跡すら認められません。


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1701年から1717年に大修復が行われたそうです。


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教会の建物の一部がカンティーナになってます。


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サン・ドナート通り


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この先に門があります。


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サン・ドナート門です。


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門を潜りました。


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次は要塞です。


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1261年、シエナ共和国によって建設されたFortezza Mediceaです。シエナとフィレンツェの抗争で、数度、破壊と再建を繰り返した歴史があります。
現在の姿は、1885年に行われた大規模な修復工事後のものです。


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要塞の入り口


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入口にある聖母子のモザイク


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現在、要塞はカンティーナや各種展示場として利用されている他、アメリカ・ジョージア州のKennesaw State大学の学舎として使用されてます。


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市立博物館が置かれているかと思いましたが、そのようなものはありません。


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楽しみだったレオナルド・ダ・ヴィンチ展に入りました。


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要塞については、項を改めて詳しく触れることにします。


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外に出ました。


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このフレスコ画は見逃せません。書斎の聖ジローラモ


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この道を真っすぐ進めばグランデ広場に出ます。


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その前に、こちらのMuseoに入館しました。


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拷問博物館なので、ここで紹介するのは内容的に止めておいた方が良さそうです。


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グランデ広場


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広場の隅にある井戸


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モンテプルチャーノに来るのは、この時が最後になりそうです。


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バスターミナルからプラート門への坂が辛くなりました。


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(おわり)

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サン・フランチェスコ教会の下の道です。


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「聖母子」を見つけました。


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これです。


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パオリーノ通りを進み、サン・フランチェスコ門に向かいました。


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門が見えてきました。


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門に向かう道の左側は崖上になっているので、そこからの眺めが中々のものです。


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サン・フランチェスコ門を潜りました。


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サン・フランチェスコ教会は、この日も閉まっていました。


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教会の横は城壁の上になっているので、そこからの眺望が楽しめます。


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サン・フランチェスコ広場からの景観


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教会横のポッジョ―ロ通りを進みました。


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坂道を下りました。


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写真左の木立の中に無原罪の聖母の彫刻があります。


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これです。


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町の南西方向に向かってます。


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コスタレッラ通り


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ここにも聖母子がありました。


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この辺は丘陵の下に当たります。


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坂道を更に下ります。


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Vicolo dello Sdrucciolo


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町中の聖母子が多い。


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Palazzo Bracci Testasecca


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写真左の建物は裁判所です。


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16世紀に建設されたPalazzo Salimbeni


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写真左の建物は16世紀に建設されたPalazzo Carletti Nerazziniです。


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この辺の建物は古いものが多いようです。


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太陽が高くなるとともに気温が急に上がってきました。


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この先を左折して城壁に向かいました。


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城壁の上からの景観が見事です。


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城壁沿いの道に面して建っている民家です。


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ここには前日にも来ました。


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この聖母子のモザイクが目印なので、前日にも来たことが分かりました。


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ファリーネ通りに入って門に向かいます。


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ファリーネ門です。


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門の横に教会があります。


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現在はカンティーナに転用されている旧教会です。


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門の上は民家として使用されているようです。


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門に描かれたフレスコ画


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門は二重になってます。


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誰でしょうか?門の壁にあります。


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城壁の外に出ました。


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(つづく)

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モンテプルチャーノの中心グランデ広場です。


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ドゥオーモはグランデ広場に面して建ってます。


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モンテプルチャーノ=キウージ=ピエンツァ司教区の司教座教会、Cattedrale di Santa Maria Assuntaです。


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イッポリート・スカルツァの設計によって、1594年創建、1680年に完成したルネサンス様式の建物です。奉献式は1712年に執り行われました。


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鐘楼は前の建物にあったものです。


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設計段階ではファサードは大理石で覆われることになってましたが、資金難のため未完成のまま放置され現在に至ってます。


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入口扉上ルネッタもフレスコ画が描かれることなく現在に至ってます。


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荒々しく粗野な感じがします。


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粗壁のままです。


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中に入りました。


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ありゃ!一番の見どころが・・・・・



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主祭壇


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主祭壇画は修復作業が行われていました。
祭壇画を見ることが出来ず残念でしたが、修復作業を目前でつぶさに見ることは滅多にない機会なので、暫く見ていました。


Assumption-of-the-virgin__Taddeo_di_Bartolo
タッデオ・ディ・バルトロ(シエナ、1362c‐1422)の「聖母被昇天のモンテプルチャーノ・ドゥオーモの多翼祭壇画」(1401)
修復作業が行われていた作品画像です。外部サイトから拝借しました。


Taddeo_di_Bartolo_self-portrait
多翼祭壇画の昇天した聖母の棺の前に描かれているのは、タッデオ・ディ・バルトロの自画像と言われてます。
(外部サイトから拝借)


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以前に撮った写真


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三廊式、ラテン十字形、ルネサンス様式の内部です。


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左右の側廊に礼拝堂が設けられてます。


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左側廊


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内陣の中央から見た右側廊方向


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右側廊


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装飾が殆どない、すっきりした天井


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出入口の両端に墓があります。


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制作者不明の「フランチェスコ・ピエンディベーニ司教(1435年没)の墓」


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ミケロッツォ・ディ・バルトロメオの「バルトロメオ・アラガッツィの墓」
バルトロメオ・アラガッツィは教皇マルティーノ5世の秘書長だったそうです。


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ベネデット・ディ・マイアーノの模倣者による「聖水盤」


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聖水盤の上部にある浮彫もベネデット・ディ・マイアーノの模倣者による作品です。


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アンドレア・デッラ・ロッビアの「ジーリの祭壇」(1512)


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ルネッタの受胎告知


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聖人たち


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16世紀の無名彫刻家の「聖ピエトロ」


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16世紀の無名彫刻家の「洗礼者聖ジョヴァンニ」


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かなり多くの祭壇画や彫刻がありますが、それらの多くが詳細不明です。


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詳細不明


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詳細不明


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Michael Koeck (Innsbruck, 1760- Roma, 1825)の「最後の晩餐」



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ラッファエッロ・ヴァンニ(1595‐1673)の「大天使ミケーレと聖フランチェスコ・サヴェーリオ」


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詳細不明


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ジュゼッペ・ロイウーティの「慈愛の聖母」(1898)


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教会の方では制作者等の詳細が分かっていると思います。


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以下、詳細不明の作品ばかりです。


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説教壇


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出入口


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外に出ました。
(おわり)

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この日、午前中はモンテプルチャーノで過ごし、昼過ぎのバスで次の目的地ブオンコンヴェントに向かう予定でした。


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朝から営業しているエノテカが多い。


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午前中の主な予定は、要塞で開催中のレオナルド・ダ・ヴィンチ展を見ることでした。旅行前にネット調べたところ、かなりユニークな展示であることが分かり楽しみにしてました。


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16世紀に建設されたPalazzo Avignonesi


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フィオリータ通りに入りました。


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この町でモンテプルチャーノ・ダブルッツォを売っていました。アブルッツォ州産のワインをわざわざ売っているのはモンテプルチャーノの名前が付いているからでしょうね。


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裏通りに入りましたが、特に見所がありません。


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Spalto della Muraに出ます。


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視界が大きく開けている場所です。ここからの見事な景色を楽しみました。


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遠くに湖が見えます。


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ドゥオーモの鐘楼、市庁舎の塔などが見えます。


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まだ午前9時ころです。


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次は町の北側にある城壁沿いの道です。


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壁の目立たない聖母子


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この先にサンタゴスティーノ教会があります。


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Palazzo Tarugi?


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城壁に囲まれている町の中で、路上駐車している車がない通りは非常に珍しい。


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こちら側には時計が見えませんが時計塔です。


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聖家族のテラコッタ


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前日よりも空が青かった。


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先ほどは城壁の南端、次に行くところは城壁の北端ですから、町の中心部を横切ることになります。


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見慣れた通りです。


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この町で歴史的に重要な建物です。


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この銘板が事実を伝えてます。


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時計塔


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ライヴドアのブログサイトでは、アクセスの多い順に並べる人気ランキングがあります。私のブログは「ヨーロッパ」に属してます。
面白い話題とは皆無、美術館で展示されている作品写真中心のブログなので、人気ランキングとは無縁の存在です。


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その中で面白いのは、「ヨーロッパ」の人気ランキングの上位にあるのが、更新が殆どされていないブログサイトが結構あることです。


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更新が殆ど行われていないサイトに毎日アクセスする不思議さよ。


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サンタ・ルチア教会の横を通り抜けます。


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城壁の北端に来ました。


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ここも絶景ポイントです。


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城壁沿いの道を西に向かって進みました。


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(つづく)

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暑いし酩酊気味なのでホテルに戻って一休みすることにしました。


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ワンちゃんだって給水が必要です。


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イタリアではよく見かけます。


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日差しが多少傾きましたが、気温は上昇したまま。


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あのタベルナコロの彫刻は見逃せない。


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これです。


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この日、観光客がかなりいたと思いますが、私が市立美術館の入館中に人影を見ることがありませんでした。美術好きは全体から見えれば少数派に属します。


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Palazzo Venturi


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サンタゴスティーノ教会


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ホテルに戻りました。


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ベランダ付きの部屋でした。


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ベランダからの眺め
日陰のベランダは風が通って気持ちよく、直ぐに眠くなりました。微睡んだのもつかの間、耳元に蚊の羽音が。寝椅子に横になる前に、虫除け薬を塗ったのですが、気が付いた時には足と腕の二か所刺されていました。
私の集蚊力は抜群ですが、ここでも、その力をいかんなく発揮しました。
イタリアの蚊は強力で、日本の蚊よりも刺された後が酷くなります。
部屋にVapeがあったので、蚊が多いことが分かりました。持参のVapeとホテルのVapeの二つをつけました。
イタリアの旅ではVape持参が必須です。真冬でもフィレンツェ、シエナなどのホテルでは蚊が沢山います。


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已む無く再び外へ。


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サンタグネス教会に行くことにしました。
プラート門を潜って城壁外に出ます。


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城壁外に出て、振り返ればサンタゴスティーノ教会が見えます。


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サンタグネス教会の扉が開いてました。


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この教会は、僅か13歳で殉教した聖アグネス(291‐304)と、この教会の修道院で奉仕活動を行った聖アグネス(1268‐1317)の二人に奉献しています。後者の聖アグネスは、前者の聖アグネスと区別するために聖アグネス・セーニ・ダ・モンテプルチャーノと呼ばれてます。


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1306年創建の小さな教会が現在の建物の後陣先にありましたが、それが前身です。17世紀に建物の拡大と大改装が始められ、1700年に完成した建物が現在の姿です。


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左右に小さな翼廊がある、ラテン十字形、単廊式、バロック様式の内部です。


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地味な装飾の天井


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主祭壇


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彫刻の下に聖アグネス・セーニの遺体が収められてます。
祭壇画などを見ていきましょう。


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ラッファエッロ・ヴァンニ(シエナ、1590c‐1673)の「聖母の誕生」


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ジョヴァンニ・ダ・サン・ジョヴァンニ(サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノ、1592‐フィレンツェ、1636)の「聖ビアージョの殉教」


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詳細不明


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ニッコロ・ベッティ―(フィレンツェ、1550‐1617)の「羊飼いの礼拝」


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チェルキア・ディ・ジョヴァンニ・ディ・パオロ(シエナ、1417‐1482)の「聖母子」


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17世紀後半のフィレンツェ派無名画家の「聖母子とセアグネス・セーニとリマの聖ローザ」(1670)


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フランチェスコ・クラッディ派無名画家の「聖母戴冠」(16世紀末)


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シエナ派無名画家の「聖母子」(15世紀)


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ベルナルド・リーボの「聖アグネス・セーニと天使」(1702)
ベルナルドはアンドレア・ポッツォの高弟でした。


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詳細不明


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祭壇前から見た出入口


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サンタガタ聖域である教区教会でもあるらしい。


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部屋のベランダから見た日の出前の風景


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翌朝の日の出


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湖がくっきりと見えました。


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この日も暑くなりそう。


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朝は蚊がいませんでした。何故だろう?


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朝の太陽が心地よかった。


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2日目の散歩に出発。


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私の部屋のベランダです。


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(つづく)

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フランチェスコ・ブリーナ工房の「エレオノーラ・カルチャ・ディ・トレードの肖像」(16世紀後半)


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サンティ・ディ・ティート(ボルゴ・サン・セポルクロ、1536‐フィレンツェ、1603)の「騎士サント・ステファノの肖像」


P2250924
サンティ・ディ・ティートの「ハンカチを持った男の肖像」


P2250926
ジョヴァンニ・マリア・ブッテーリ(フィレンツェ、1536‐1606生存記録)に帰属する「女性と子供の肖像」


P2250928
Franz Pourbus il Giovane (Anversa, 1569- Parigi, 1622)の工房の「マルタ騎士の肖像」


P2250930
アレッサンドロ・アッローリ工房の「子供の肖像」


P2250932
16世紀後半のヴェネトの無名画家の「ティツィアーノ作『教皇ジュリオ2世の肖像』のコピー画」


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ドメニコ・ベッカフーミ(ソヴィチッレ、1484c‐シエナ、1551)の「聖アゴスティーノ」(1511‐12)
両面に描かれてます。
シエナ国立美術館の所蔵作品です。


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裏面の「聖ガルガーノ」


P2250937
ドメニコ・ベッカフーミの「ピエタのキリスト」(1511‐12)
両面に描かれてます。
シエナの国立美術館の所蔵作品です。


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裏面の「聖パオロ」


P2250942
ジョヴァン・バッティスタ・ナルディーニ(フィエゾレ、1537c‐フィレンツェ、1591)の「ベアータ・カテリーナ・デイ・リッチ」


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モンス・モンターニャの「時化」(17世紀前半)


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まだ続きます。


P2250949
ドメニコ・ベッカフーミの「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1511)
ペルージャの個人蔵の作品です。特別展への貸し出しです。


P2250952
ドメニコ・ベッカフーミの「ヴィーナスと2キューピッド」(1513c)
シエナのモンテ・ディ・パスキ財団の所蔵作品です。特別展への貸し出しです。


P2250955
ドメニコ・ベッカフーミの「聖母子」(1514)
シエナ国立美術館の所蔵作品です。


P2250958
フラ・バルトロメオ(プラート、1472‐フィレンツェ、1517)の「エジプトへの逃避途中の休息」(1505‐06)


P2250961
ジローラモ・ジェンガ(ウルビーノ、1476c‐1551)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」((1513c)
シエナ国立美術館の所蔵作品です。


P2250964
アンドレア・デル・ブレーシャニーノ(シエナ、1506から記録‐フィレンツェ、1525まで記録)の「聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖ジローラモ」(1510c)
ブオンコンヴェント市立美術館の所蔵作品です。


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ローマ・スタイルの北欧無名画家の「ローマ遺跡の風景」(16世紀中頃)


P2250969
19世紀中頃のイタリアの無名画家の「湖の風景」(19世紀中頃)


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モンス・モンターニャの「時化」


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ナポリの無名画家、またはガスパーレ・ロペス?の「花、壺などの静物画」(17世紀末‐18世紀初め)


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ロレンツォ・ディ・マリアーノ通称マッリーナ(シエナ、1476‐1534)の「チーロの首とトルニリス」(1510‐15c)
シエナのチーギ・サラチーニ・コレクションの所蔵作品


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制作者不明の「ジローラモ・ディ・ジョヴァンニ・デル・パッキア作『聖母子と天使たち』のコピー画」


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フランチェスコ・バッサーノ工房の「富者の饗宴」(16世紀末)



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クリストフォロ・ムナーリ(レッジョ・エミリア、1667‐ピサ、1720)の「楽器などがある静物画」


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ローマの無名画家の「悔悛のマグダラのマリア」(17世紀後半)


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次の部屋です。


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第11室


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大部分の作品に説明プレートがありません。


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詳細不明


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詳細不明


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ピエトロ・パオロ・ルーベンス工房の「バテシバの水浴」(17世紀)


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詳細不明


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常設展示では、ルーカ・シニョレッリ、カラヴァッジョの帰属作品、ソドマの作品が秀逸でした。
特別展では、個人蔵の、初めて見ることが出来た作品に心惹かれました。


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(おわり)

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シエナ派画家の特別展が開催されていました。


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第8室になります。


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ジョヴァンニ・バルドゥッチ(フィレンツェ、1560‐1631以降没)の「若者の洗礼」


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17世紀のヴェネトの無名画家の「ラザロの蘇生」(17世紀後半)


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詳細不明


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イタリアの無名画家の「カルロ・チニャーニ作『La Carita』の複製画」(17世紀初め)


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コジモ・ガンベルッチ(フィレンツェ、1560c‐1621)の「聖チェチリア」


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ヴェネトの無名画家の「盲目の娘の治癒」(17世紀後半)
この辺の展示は特別展と無関係です。


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フェッラーラの無名画家の「エジプトへの逃避途中の休息」(16世紀後半)


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フランチェスコ・ボッティ(フィレンツェ、1640‐1710)の「ソフォニスバ」


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16世紀のフィレンツェの無名画家の「祈るキリスト」(16世紀後半)


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ドメニコ・ベッカフーミ(ソヴィチッレ、1484c‐シエナ、1551)の「大天使聖ミケーレ」(1503c)
何処かで何度も見た作品だなあ、と思っていたらシエナ国立美術館の所蔵作品でした。この特別展のために貸し出されていたのです。


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上の作品の裏面です。


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ジローラモ・ディ・ジョヴァンニ・デル・パッキア(シエナ、1477c‐1530c)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノと2天使」(1505‐10)


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ジローラモ・ディ・ジョヴァンニ・デル・パッキアの「Fortezza」(1505c)
シエナ国立美術館の所蔵作品


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ジローラモ・ディ・ジョヴァンニ・デル・パッキアの「Carita」(1505c)
シエナ国立美術館の所蔵作品


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ソドマ(ヴェルチェッリ、1477‐シエナ、1549)の「愛の寓意」(1504c)
シエナのチーギ・サラチーニ・コレクションから貸し出された作品です。


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ドメニコ・ベッカフーミの「ユディト」(1506‐07)
チーギ・サラチーニ・コレクションの所蔵作品


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ドメニコ・ベッカフーミの「アルテミジア」(1506‐07)
チーギ・サラチーニ・コレクションの所蔵作品


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ドメニコ・ベッカフーミの「クレオパトラ」(1506‐07)
チーギ・サラチーニ・コレクションの所蔵作品


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ドメニコ・ベッカフーミの「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1508c)
フィレンツェの個人蔵
シエナ国立美術館の所蔵作品です。


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フィレンツェの無名画家,またはリヴィーオ・メフス(1630c‐1691)?の「羊飼いの知らせ」


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18世紀のイタリアの無名画家の「カルロ・チニャーニ作『ヴィーナスとアモーレ』のコピー画」(18世紀初め)


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バルトロメオ・バルビアーニ(モンテプルチャーノ、1614‐1642活動)の「洗礼者聖ジョヴァンニの斬首」


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ニコロ・ベッティ―(フィレンツェ、1571‐1617活動)の「聖キアーラ」


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18世紀のイタリアの無名画家の「コッレッジョ作『ニンフ』のコピー画」


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フランチェスコ・クッラディ(フィレンツェ、1570‐1661)の「聖フランチェスコ」


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アゴスティーノ・カッラッチ(ボローニャ、1557‐パルマ、1602)の「淑女の肖像」


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このコーナーは肖像画が多い。


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18世紀のイタリアの無名画家の「マグダラのマリア」
(つづく)

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