イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ: トスカーナ州

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次の部屋です。


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第6室になります。


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部屋の半分は彩釉テラコッタの展示です。


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アンドレア・デッラ・ロッビア(フィレンツェ、1435‐1525)の「フォンテカステッロの祭壇」


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父なる神と天使たち


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ご誕生


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マギの礼拝


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アンドレア・デッラ・ロッビアの「受胎告知する大天使」


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アンドレア・デッラ・ロッビアの「受胎告知される聖母」


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アンドレア・デッラ・ロッビアの「洗礼者聖ジョヴァンニ」


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ジョヴァンニ・デッラ・ロッビア(フィレンツェ、1459‐1529)の「救世主」


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アンドレア・デッラ・ロッビアの「聖母子と聖シモーネと聖タッデオ」


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アンドレア・デッラ・ロッビアと工房の「聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖アンティリア」


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フィレンツェの無名造形家の「救世主キリスト」(16世紀後半)


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ジョヴァンニ・アントニオ・ラッポーリ(アレッツォ、1492‐1552)の「鞭打ちされたキリスト」


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作品がなく額縁だけ


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詳細不明の磔刑


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次の展示室と言いたいところですが、ここも第6室です。


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カラヴァッジョ(ミラノ、1571‐ポルト・エルコレ、1610)に帰属する「男の肖像」


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近年行われた作品の詳細鑑定によってカラヴァッジョの帰属作品とされました。
また、この肖像画は、カラヴァッジョのパトロンだったシピオーネ・カッファレッリ・ボルゲーゼの可能性があるとされてます。


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この作品の意味が分かりません。


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上記作品の説明プレートです。


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ドメニコ・ベッカフーミ(モンテアペルティ、1486‐シエナ、1551)の「聖アグネス・セーニ」(1507)


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本が展示されてます。


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見れば分かるということで、説明プレートは不要のようです。


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ヨーロッパ人の手書き、筆記体が苦手です。


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中学1年で習った筆記体は何だったのかと思います。


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ホテルの受付で貰った、筆記体で書かれたパスワードが分からなくて、再び受付に行ったことが何度もあります。


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クリスティアーノ・バンティ(サンタ・クローチェ・スッラルノ、1821‐モンテ・ムルーロ、1904)の「ドメニコの才能を発見するロレンツォ・ベッカフーミ」(1848)


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階上に向かいました。


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15世紀中頃のフィレンツェの無名彫刻家の「磔刑」


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ラニエーリ・ロッシ(モンテプルチャーノ、1853‐1881記録)の「少年」


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ラニエーリ・ロッシの「プラート門」


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ラニエーリ・ロッシの「エルベ広場」


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ラニエーリ・ロッシの「サン・ビアージョ寺院の内部」


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ラニエーリ・ロッシの「サン・ビアージョ寺院の内部」


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ラニエーリ・ロッシの「サンタ・マリア・デイ・セルヴィ門」


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イタリアーノ・ゼッキ(トスカーナ?、19世紀後半存在)の「モンテプルチャーノ要塞」


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ラニエーリ・ロッシの「サン・フランチェスコ教会の内部」


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ラニエーリ・ロッシの「ベッラルミーノ広場の中庭」


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ピエトロ・デッラ・ヴァッレ(リヴォルノ、1838‐1876記録)の「モンテプルチャーノ要塞」
(つづく)

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ここから絵画館の展示です。


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トッマーゾ・ガッツァッリーニ(リヴォルノ、1790‐フィレンツェ、1853)の「タッキナルディの子供の死」
タッキナルディの意味が分かりません。


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ヴィンチェンツォ・ルチーニ(ミラノ?、19世紀前半活動)の「テノール歌手ナポレオーネ・モリアーニの肖像」(1839)


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アントニオ・チゼーリ(ロンコ、1821‐フィレンツェ、1891)の「悲しみの聖母」


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19世紀のイタリアの無名画家の「祈る女性」


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19世紀のトスカーナの無名画家の作品です。


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画題の意味が分かりません。


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トッマーゾ・ガッツァッリーニの「変容の研究」


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トッマーゾ・ガッツァッリーニの「素晴らしい夜」


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この辺から古い作品の展示になります。


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Maestro di Badia a Isola (シエナ、13世紀末‐14世紀初め活動)に帰属する「聖母子と2天使」


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マルガリート・ダレッツォ(アレッツォ、13世紀に活動)の「聖フランチェスコ」


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14世紀前半のシエナの木工工房の「手箱」


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サンタゴスティーノ教会の楽譜(14世紀第2四半世紀)


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サンタゴスティーノ教会の楽譜(14世紀第2四半世紀)


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見易い展示です。


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ルーカ・ディ・トンメ(シエナ、1336‐1389記録)の「磔刑」(1389)


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14世紀のピサの無名画家の「聖フランチェスコ」(14世紀前半)


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ヤコポ・ディ・ミーノ・デル・ペッリッチャイオ(シエナ、1342‐1389記録)の「聖母戴冠と音楽天使たち」


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14世紀末のシエナ派無名画家(クリストフォロ・ディ・ビンドッチョ?)の「聖母子と3聖人」


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15世紀初めのトスカーナの無名画家の「聖母子と聖フランチェスコと司教聖人」


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ビッチ・ディ・ロレンツォ(フィレンツェ、1373‐1452)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚と聖フランチェスコと洗礼者聖ジョヴァンニと聖ドメニコ」


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サーノ・ディ・ピエトロ(シエナ、1406‐1481)の「聖母子」


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マエストロ・ディ・ピオⅡ(15世紀後半活動)の「玉座の聖母子と天使たち(大理石)」(1462c)


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べンヴェヌート・ディ・ジョヴァンニ(シエナ、1436‐1518?)に帰属する「羊飼いの礼拝」


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ロ・スパダリーノ(ローマ、1585‐1653)の「悔悛のマグダラのマリア」


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ルーカ・シニョレッリ(コルトーナ、1450c‐1523)の「聖母子」(1493‐95)


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14世紀前半のフィレンツェの細密画家の「グラドゥアーレ」


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14世紀前半のフィレンツェの細密画家の「交唱聖歌集」


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フィリッポ・リッピ工房とフランチェスコ・ボッティチーニ(フィレンツェ、1446‐1497)に帰属する「磔刑」


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観光客がかなりいたと思いますが、美術館に入館する人は殆どいなかったと思います。


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ラッファエッリーノ・デル・ガルボ工房の「聖母子」(15世紀初め)


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15世紀末のフィレンツェの無名画家の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


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16世紀後半のフィレンツェの無名画家の「聖母子と聖ジョヴァンニーノと聖エリザベッタ」


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ジョヴァンニ・アントニオ・ラッポーリ(アレッツォ、1492‐1552)の「無原罪の御宿リの寓意と聖人たち(聖二コラ、聖フランチェスコ、聖エリザベッタ、聖ジローラモ、洗礼者聖ジョヴァンニ)」(1545)


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ジョヴァンニ・アントニオ・ソリアーニ工房の「玉座の聖母子と2天使と聖ジョヴァンニーノ」(16世紀初め)


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ポリドーロ・ダ・ランチャーノ(ランチャーノ、1514‐ヴェネツィア、1585)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」


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フィレンツェの無名画家の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(16世紀末‐17世紀初め)
アンドレア・デル・サルトの模倣画でしょう。


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ロ・スキアヴォーネ(ザーラ、1510/1515c-ヴェネツィア、1563)の「楽園追放」
(つづく)

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グランデ広場から延びるリッチ通り沿いに市立美術館があります。


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14世紀に建設されたパラッツォ・ネーリ・オルセッリに市立美術館が置かれてます。


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この建物に市立美術館がオープンしたのは1957年でした。


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内部は考古学部門と絵画部門の2つに分かれてます。


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初めは考古学部門の展示です。


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モンテプルチャーノとその周辺で発掘されたものや、教会などの柱頭などが展示されてます。



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墓石(紀元前9世紀頃)


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Museo Civicoの定番と言うべき展示品です。


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発掘された地方によって壺などは違うのでしょうが、何処のものでも同じに見えてしまいます。


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何処のものでもほぼ同じ、同類項で括ることが出来ますね。


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本音を言わせていただくならば興味なしです。


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如何にも得意げに展示している所が微笑ましく感じます。


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このコーナーは骨壺の展示です。


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紀元前3世紀末の骨壺


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紀元前2世紀初めの骨壺


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紀元前2世紀のテラコッタ製骨壺


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テラコッタ製骨壺(紀元前2世紀)


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テラコッタ製骨壺(紀元前2世紀初め)


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テラコッタ製骨壺(紀元前2世紀)


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下の階に下りました。


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次の展示コーナーです。


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第2室


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詳細不明の紋章


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教皇マルチェッロ2世チェルビーニの胸像(1555)


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石棺
骨壺と石棺の違いがよく分かりません。


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碑文(1277)


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碑文断片(1648)


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紋章(16世紀)


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紋章(16世紀)


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紋章(15‐16世紀)


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紋章(17世紀)


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フランチェスキ家の紋章(17世紀)


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フランチェスキ家の紋章(17世紀)


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紋章(14‐15世紀)


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金属加工品の展示


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第4室


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柱頭(13世紀)


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柱頭(14世紀)


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鐘(1331)


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鐘(1556)


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柱頭(14世紀)


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聖ルーカと聖マッテオのシンボル断片(12‐13世紀)


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柱頭(16世紀)


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カンディード・ソルビーニ(モンテプルチャーノ、19世紀後半活動)の「プリミチェリオ・フランチェスコの肖像」(1869)
全く唐突にこの肖像画が展示されてます。その意味合いが理解不能でした。


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順路に従って階上に戻ります。
(つづく)

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次は町の中心のグランデ広場に向かいました。


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その前に必見の聖母子のモザイクを見るのを忘れてはいけません。


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これです。シエナ派風の聖母子です。


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この道を上りきったところが広場です。


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振り返ると、どのくらいの坂を上ってきたのか、それがよく分かります。


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市庁舎が見えてきました。


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グランデ広場


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市庁舎の塔に上ることが出来ますが、体力温存を考え、この日は上るのを控えました。


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ドゥオーモ


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拝観しました。残念だったのは主祭壇画が修復作業中だったことでした。しかし、作業自体を見ることが出来て、有意義でした。


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ドゥオーモについて、後で詳しく取り上げる予定です。


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外に出たら酷暑!


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右端の建物はPalazzo Contucciです。


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Palazzo del Popolo、Palazzo Nobili Tarugi


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今度はPalazzo Ricciの庭からの眺望を楽しみました。


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ここからの眺望が見事です。


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雲一つない快晴


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サン・ビアージョ教会


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墓地


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Palazzo Ricci


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ここで夏に行われるコンサートの案内


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Palazzo Ricciの向かいに市立美術館があります。


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市立美術館です。


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入館しました。


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市立美術館について、別に改めて詳しく取り上げます。


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カラヴァッジョの帰属作品の肖像画


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外に出たら、午後2時過ぎでした。


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急がないと昼食の営業時間が終わってしまいます。


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サン・フランチェスコ教会が閉まっていてホッとしました。滅多に開かない教会なので、扉が開いていたら困っていました。昼食を犠牲にして拝観を優先したと思います。


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大急ぎで道を下りました。


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足腰が鍛えられます。


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この建物のファサードをゆっくり見たいところですが、お腹が空いては何もできません。


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あのお店を目指しました。


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どうやら間に合いました。


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しかし、問題が・・・・・


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女性一人でやっているお店で、料理は全て手作り、給仕も兼任。


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昼食に用意したものは大体売り切れて、残り物しか出せないとの由。


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ワインも戴きましたが撮り忘れ。


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(つづく)

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街町村歩き、散歩シリーズを動画アップで済ませようと考え、動画も撮ってあります。
しかし、ブログの統一性や継続性を考えると、その実行に中々踏み切れません。動画を流して終わりにした方が楽ですけど。


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サッカーの話題に脱線します。


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イタリアは、今度のワールドカップに出場できません。
最新のFIFAランキング(2017年12月21日発表のもの、この記事を書いているのが12月下旬なので最新という訳です)によれば、イタリアは14位ですから、普通ならば出場するのが自然です。ヨーロッパはレベルが高いので、1敗が命取りになります。
我が日本は57位。レベルが低いアジアなので出場できますが、もし日本がヨーロッパに属していたら大変です。


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イタリアのワールドカップ予選落ちは国内リーグのレベルダウンと関係があると思います。
1980‐1995年頃、セリエAは明らかに世界最強リーグでした。
プラティニ、マラドーナ、オランダ3人組、ドイツ3人組、ロナウド、ジダンなどのスター外国人選手がいました。
セリエAの魅力が徐々に薄れたのは、恐らく外国人、イタリア人のスター選手の流出でしょうね。


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セリエAが世界最強時代だった頃のイタリアの経済状態と、ジダンがレアルに移籍した頃のイタリアの経済状態を比較すると、それほど大きな違いがなかったと思います。ジダンの移籍を機に、スペインリーグが力を発揮するようになったと思いますが、スペインの経済状態は低成長のまま。この辺がよく分かりません。
イタリアに頑張って欲しい。
しかし、セリエAの試合は見ていて面白くないですね。


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セリエAの凋落を決定的にしたのは、ユヴェントスがセリエC1に降格となった、例の2006年に発覚した八百長ですね。
それまでTVで熱心に試合を見ていた私でしたが、八百長事件以来、セリエA=馬鹿馬鹿しい、と思うようになりました。それ以来、イタリアに行っても実際に試合を見ることは皆無になりました。


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この辺の景観が大好きです。


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遠くに見えているのはトラズィメーノ湖です。


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絶景が楽しめる、このお店でお茶にしました。


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一休み後、元のメインの道に戻りました。


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写真右のお店が健在でした。


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以前と全く変わりがありません。


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これに見とれてしまって、何のお店だったのか覚えていません。多分、靴屋?


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写真右のお店が気に入ってます。後で昼食を食べました。


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このお店です。


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ジェズ教会が見えてきました。


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1691年創建、1712年に完成したバロック様式の建物です。


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奉献式は1716年に執り行われました。


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イエズス会の紋章が付いてます。


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バロック式の内部です。


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内部のほぼ中央の左右に翼廊があります。つまりギリシャ十字形をしています。


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右翼廊


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長年に渡る雨漏りによって崩落寸前だったクーポラは、1988年に大修復が行われたそうです。


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左翼廊の礼拝堂


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アントニオ・コッリの「聖グレゴリオの奇跡」(1697)
アントニオはアンドレア・ポッツォの弟子です。


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右翼廊


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主祭壇


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後陣のフレスコ画はアントニオ・コッリの作品です。


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詳細不明


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詳細不明


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詳細不明


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主祭壇画も詳細不明です。


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祭壇前から見た出入口


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外に出ました。


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ヴィッコロ・サリンベーニ


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このパラッツォは有名だったと思いますが、名称を失念。


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気温が上がってきました。


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このような道が有難かった!


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(つづく)

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次はサンタ・ルチア教会です。
教会巡りは疲れるので、加齢とともに億劫になってきてます。それでもサンタ・ルチア教会は気になっていることがあるので行くことにしました。


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チェントロの小高いところに教会があります。


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鐘楼が見えてます。


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前の写真を撮ったのはこの建物です。


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32‐33度はあったと思いますが、まだ大丈夫でした。


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右の道を進みました。


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町角の聖母子


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昔と比べたら日本酒が断然美味しくなりました。
剣菱の下請けで有名だった埼玉の文楽が下請け専門工場を灘に設けた頃が日本酒が不味い時期でした。当時、奇妙に甘ったるい日本酒に嫌気がさしてワイン党に転じました。
日本酒党に再転向したのは、昭和55年頃だったと思います。


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イタリアでは専らワインです。日本では専ら日本酒です。


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写真正面は、イッポリート・スカルツァ設計の「ロッジャ・デル・グラーノ」(16世紀)


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この坂を上ったところにサンタ・ルチア教会があります。


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ちょっと前まではワインも日本酒も辛口一辺倒でしたが、今は甘口志向に変わりました。その転向は酒量に関係しているのではないかと思います。


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教会の建物が見えてきました。


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道路の坂下から見えてきた建物はサンタ・ルチア教会ではありません。
旗が掲げられた建物は幼稚園です。この教会の名前が分かりませんが、現在は宗教活動を停止していると思います。
写真右横がサンタ・ルチア教会です。


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サンタ・ルチア教会です。


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半ば朽ち果てた案内板


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12世紀に創建されたロマネスク様式の建物が初代です。17世紀半ばにそれを取り壊し、フラミニオ・デル・トゥルコの設計施工監督によって1653年に完成した二代目の建物が現在の姿です。


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後期マニエリスムとローマ・バロックの融合形式の建築物です。


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17世紀に建築されてから一度も大掛かりな修復を経ず現在に至ってます。


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薄汚れ感が強く、そのため古い建物と錯覚します。


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聖人の彫刻があったと思われる壁龕です。


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柱頭も古そうに見えます。


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ああ、やっぱり、このままか・・・・・
中央礼拝堂の祭壇画が取り外されたままでした。


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サンタ・ルチア教会の主祭壇を飾っていたのはルーカ・シニョレッリの「聖母子」です。
この作品を目当てに、この教会に来ていました。
もう6,7年前になるかも知れませんが、取り外され、現在はモンテプルチャーノ市立美術館で展示されてます。


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作品の盗難防止や維持管理、修復などを考えると、傑作や有名画家の作品などが美術館に移されるのは仕方がないと思います。
しかし、美術館に移されてから暫く経っても、このように主祭壇画がカラの状態が続いているのは如何なことかと思います。
信者さんが祭壇を拝んでも、これでは格好がつきません。
シニョレッリの複製画や他の祭壇画を入れるべきと思います。


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天井


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単廊式ですが、左右に小さな翼廊があります。


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ギリシャ十字形と言うには翼廊が短か過ぎです。


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オルガンと聖歌隊席がファサード裏にあります。


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詳細不明


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トスカーナの無名彫刻家の「聖セバスティアーノ」(18世紀)


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トスカーナの無名彫刻家の「聖ロッコ」(18世紀)


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左翼廊の礼拝堂


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ガエターノ・ペルビニャーニの「聖母子と4聖人」


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トスカーナの無名彫刻家の「聖マルコ」(18世紀)


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トスカーナの無名彫刻家の「福音書記者聖ジョヴァンニ」(18世紀)


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右翼廊の礼拝堂


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トスカーナの無名彫刻家の「聖ルーカ」(18世紀)


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トスカーナの無名彫刻家の「聖マッテオ」


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詳細不明


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詳細不明


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詳細不明


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トスカーナの無名彫刻家の「聖アグネス」


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シニョレッリ作品の後釜の祭壇画に興味があって訪れましたが、見事に期待外れに終わりました。


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(つづく)

モンテプルチャーノは、人口14,033人(2016年12月31日現在)のトスカーナ州シエナ県にあるコムーネです。
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この日、午前6時過ぎのヴィテルボ・ポルタ・フィオレンティーノ駅からローマ・テルミニ駅行きの普通列車に乗車しました。


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車内はがら空きでした。


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この駅で乗り換えです。


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ローマ・テルミニ駅発フィレンツェ行きのRVに乗りました。


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この列車も空いてました。


006
キウージ駅で下車しました。


007
キウージ駅前の広場です。
モンテプルチャーノ駅行きのバスの時間までちょっと時間がありましたが、駅近くに教会がなく時間潰しに少々困りました。


005
バスに乗車。


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乗車約1時間ほどでモンテプルチャーノのバスターミナルに到着。
サンタグネス教会を横目で見ながら、先ず、この日のお宿に向かいました。


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城壁外からサンタゴスティーノ教会が見えました。


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旧市街の入り口プラート門です。門の横にカラヴァッジョの帰属作品とされる肖像画の写真が出ていました。


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門のタベルナコロに描かれたフレスコ画が光線の具合で殆ど見えません。


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プラート門近くにある、ここがこの日のお宿です。モンテプルチャーノに来れば必ず泊まることにしています。他のお宿に泊まったことがないので、比較が出来ませんが満足しています。


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併設のレストランも美味しい。
唯一、困るのはエレベーターがないこと。


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お宿前のサヴォナローラ広場に立つライオン像


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チェックインを済ませて、町歩きに出発しました。
ここはワインで有名なので、自戒を心に言い聞かせました。
朝ごはんのワイン、10時のおやつのワイン、お昼のワイン、午後のおやつのワイン、晩餐のワイン。もう年ですから、それは無理と言うもの。
数年前までやっていました。モンテプルチャーノ、ピエンツァ、モンタルチーノと3日続けて、それをやったら肝臓の下辺りが痛くなってきたのを覚えてます。


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目抜き通りのグラッチャーノ・デル・コルソ通りです。


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サンタゴスティーノ教会です。観光で生きている町なので、日中は開いています。


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1285年創建のロマネスク様式の建物が初代です。15世紀にフィレンツェの建築家ミケロッツォ・ディ・バルトロメオ(1396‐1472)の設計監督によって改築されました。
その二代目の建物は、1784年から1791年にかけて大掛かりな修復工事が行われました。その際、特にファサード上部に多くの手が加えられました。現在の姿は二代目の建物の修復後のものです。


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ルネッタの彫刻「聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖アゴスティーノ」(15世紀)はミケロッツォの作品です。
ニコロ・ダンドレイアの作品説もあるようです。


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その上のトンドの部分にフレスコ画があったそうですが、全く残っていません。


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壁龕には彫刻があったと思います。


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扉周辺の彫刻は15世紀のものです。


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翼廊がない単廊式の内部です。18世紀末に行われた大掛かりな修復のせいで、かなり新しく見えます。


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左右の側壁に礼拝堂が設けられてます。


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観光客がいました。


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後陣にオルガンと聖歌隊席があります。


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フェデリーコ・フィオーリ通称イル・バッロッチョ(1528‐1612)の「チントラの聖母」


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18世紀の無名彫刻家の「聖ピエトロ」


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チェーザレ・ネッビア・ダ・オルヴィエート(1534‐1614)の「キリストの昇天」(1585)


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詳細不明


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フェデリーコ・フィオーリ通称イル・バッロッチョの「チントラの聖母と聖人たち」


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詳細不明


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制作者不明の「聖アウグストゥス」(18世紀)


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ロレンツォ・ディ・クレディ’1459‐1537)の「磔刑と聖母とマグダラのマリア」


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主祭壇


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地味な装飾の後陣


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ドナテッロ(1386‐1466)に帰属する磔刑像


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次は礼拝堂に入ります。


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プレセピオがあります。


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右側壁の礼拝堂に戻りました。


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ポマランチョ(1552‐1626)の「ピエタのキリストを支える2天使」


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詳細不明


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ベアート・バルトロメオの墓


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ジョヴァンニ・ディ・パオロ・ダ・シエナ(1403c‐1482)の「トレンティーノの聖二コラ」
私にはシエナの聖ベルナルディーノに見えますが・・・・・


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アレッサンドロ・アッローリ(1535‐1607)の「ラザロの蘇生」


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詳細不明


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アンドレア・デッラ・ロッビアの彩釉テラコッタの「洗礼者聖ジョヴァンニ」
私には本物には見えませんが・・・・・


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外に出ます。


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(つづく)

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気になっているお店が見えてきました。


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ここです。


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料理学校ですが、食材も販売しているようです。
前回の旅で、この前を通ったら美味しそうな匂いがしたので、学校の入り口で中を覗いたところ、今出来たばかりだから良かったら食べていきませんか、と声をかけられたのです。


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もう6時近くですが、日差しが強かった。


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普段ならば、6時近くにもなれば人出が多くなるはずですが、夏至近くは夜が遅くなるようで、人の姿がまばらでした。


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Piazza Baios


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次はサンタ・カテリーナ教会です。


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先ほどは市立美術館に急ぐため、拝観しなかった教会です。


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サンタ・カテリーナ教会です。


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教会の扉は何時も閉まってます。


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サンタ・カテリーナ教会の横にあるのはOratorio della Compagnia della Croceです。オラトリオの扉が開いてますが、サンタ・カテリーナ教会へはオラトリオから入ることになってます。


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ロマネスク様式の構造をしてますが、18世紀の修復の際、現在の形に変更されました。


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新しいものに見える磔刑像


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アレッサンドリアの聖カテリーナ


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美術的に必見の作品はありません。


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フィレンツェの無名画家の「玉座の聖母子と4聖人」(18世紀)


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ベルナルディーノ・メイの「天上の聖母子と4聖人」


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次はオラトリオです。


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祭壇のテラコッタが有名です。


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ザッカリア・サッキの「死せるキリストへの哀悼」


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天井はクーポラに見えるようにした騙し絵です。


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外に出ました。


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共同洗濯場を横で見ながら先に進みました。


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17世紀に建設されたPalazzo Apolloni


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市庁舎


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次はドゥオーモです。


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カステッロ通り


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ドゥオーモにやってきました。
今度はゆっくりと拝観します。


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フィリッポ・タルキアーニの「キリストの復活」


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ジョヴァンニ・オダッツィの「天上の聖母子と2聖人」


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バルトロメオ・キアーリの「聖母被昇天」


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オッタヴィオ・ヴァンニーニの「最後の晩餐」


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ジョヴァンニ・パオロ・メイキオッリの「授乳の聖母」


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右翼廊


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ルティリオ・マネッティの「ご誕生」


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ピエトロ・タッカ作の祭壇


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説教壇


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アストルフォ・ペトラッツィの「聖家族」


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フランチェスコ・ナジーニの「聖パオロの回心」


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フランチェスコ・ナジーニの「聖パオロの逆さ磔」


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ヴィンチェンツォ・ダンディーニの「マギの礼拝」


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詳細不明


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詳細不明


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外に出ました。


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アルタで見たかった所には大体行ったようです。


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バッサに下りることにしました。


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使用中止のエレベーター


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日が傾いたのと、下り坂なので楽でした。


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急坂です。


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バッサに下りました。
夕方にサンタゴスティーノ教会を拝観しましたが、それは省略します。


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(おわり)

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次の展示室です。
この部屋ではサン・ピエトロ女学校にあった作品が展示されてます。


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ジャンボローニャのサークルに属するフィレンツェの無名彫刻家の「洗礼者聖ジョヴァンニの首」(17世紀初め)


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17世紀の無名画家の「聖テレーザ?」


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17世紀の無名画家の「聖フランチェスコ・サヴェーリオ」


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17世紀前半の無名画家の「獄中からの聖ピエトロの解放」


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ドン・ジョヴァン・ピエトロ・ベニーニ(フィレンツェ、1676‐1737まで生存確認)の「祈るキリスト」(18世紀第2四半世紀)


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デッラ・ロッビア工房の「この人を見よ」(16世紀第1四半世紀)


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マリオ・バラッシ(フィレンツェ、1604‐1667)の「聖チェチリア」(1630‐40c)


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17世紀の無名画家の「聖ドナート司教?」(1677)


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17世紀末のトスカーナの工房作の「祭壇前飾り」


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アントニオ・プッチネッリ(カステルフランコ・ディ・ソット、1822‐フィレンツェ、1897)の「聖母被昇天と聖ピエトロと聖アゴスティーノ」(1859)


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次の部屋です。


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この部屋が最終展示室だったと思います。


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ジョヴァン・パオロ・メルキオッリ(ローマ、1664‐1745)の「ヴェロニカ」(1690‐1700c)


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フィレンツェの無名画家?の「聖フィリッポ・ネリに顕現する聖母子」(17世紀末)


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17世紀末のトスカーナの無名画家の「聖母子と2教皇聖人」


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バルトロメオ・カヴァロッツィ(ヴィテルボ、1590c‐ローマ、1625)の「大天使聖ミケーレとアンティオキアの聖イグナツィオ」(1610‐20c)


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ジョヴァン・バッティスタ・パッジ(ジェノヴァ、1554‐1627)の「嬰児虐殺」(1604以前)


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トスカーナの無名画家の「聖ロレンツォの殉教」(1620‐40c)


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ドン・ジョヴァン・ピエトロ・ベニーニの「パオラの聖フランチェスコ」(1717)


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ピエル・ダンディーニ(フィレンツェ、1646‐1712)の「大天使ミケーレ」(17世紀後半‐18世紀初頭)


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ヴァレリオ・スパーダ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザ、1613‐フィレンツェ、1688)の「ヴィーナスの庭園」(1661)
エッチングです。


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ヴァレリオ・スパーダの「フィレンツェ・プラート門近くの景観(エッチング)」(1650c)


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ヴァレリオ・スパーダの作品(エッチング)


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ヴァレリオ・スパーダの作品(エッチング)


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これで終わりのようです。


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旧修道院のキオストロ回廊だった?


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回廊の壁にあったもの


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この美術館の最高作品を一つ挙げるとすれば、Maestro di Badia a Isolaの「マエスタ」にします。
勿論、高名なところではセーニャ・ディ・ボナヴェントゥーラの「聖母子」が断然良かったと思いました。


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地元の画家の作品にも感銘を受けました。特にコッレ・ディ・ヴァル・デルザの市長で画家でもあったアントニオ・サルヴェッティの作品が興味深いものがありました。


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(おわり)

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次の展示室です。


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この部屋はアントニオ・サルヴェッティの作品が並べられてます。


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アントニオ・サルヴェッティは画家、彫刻家でしたが、コッレ・ディ・ヴァル・デルザの市長を務めたり、サンタゴスティーノ教会の鐘楼を設計するなどしました。


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Museo Civicoとなっている展示室とMuseo Diocesanoとなっている展示室が混在しています。


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アントニオ・サルヴェッティ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザ、1854‐1931)の「聖グレゴリオと聖アルベルトに顕現する聖母」(1889)


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アントニオ・サルヴェッティの「私の父モデストの肖像」(1895)


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アントニオ・サルヴェッティの「服喪の女性」(1880‐90c)


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17世紀の木工職人親方の「箪笥」


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アントニオ・サルヴェッティの「自画像」(1925)


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アントニオ・サルヴェッティの「読書する女性」(1911)


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アントニオ・サルヴェッティの「ポンチーナと呼ばれるアルフォンザ・パッツァ―リの肖像」(1923)


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アントニオ・サルヴェッティの「読書」(1894)


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アントニオ・サルヴェッティの「花と花瓶」(1919)


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アントニオ・サルヴェッティの「魚の静物画」(1931)


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アントニオ・サルヴェッティの「林の中」(1892‐93)


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アントニオ・サルヴェッティの「カモーニカ谷のパスパルド」(1889)


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アントニオ・サルヴェッティの「エルザ」(1890)


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アントニオ・サルヴェッティの「サピア要塞」


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アントニオ・サルヴェッティの「エルザの夏」(1894)


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アントニオ・サルヴェッティの「犬」(1916)


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アントニオ・サルヴェッティの「女の頭」


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次の部屋です。


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エンリコ・カメニス(コモ、1866‐コッレ・ディ・ヴァル・デルザ、1904)の「コッレ・ディ・ヴァル・デルザの風景」(19世紀末‐20世紀初頭)


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フェッルッチョ・マンガネッリ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザ、1883‐1968)の「公園」(1914)


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ニッコロ・カッニッチ(フィレンツェ、1846‐1906)の「日没」(19世紀末‐20世紀初頭)


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17世紀のトスカーナ工房作「小キャビネット」


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ヴィットリオ・メオーニ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザ、1859‐1937)の「薄暮」


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17世紀のトスカーナ工房制作の「小キャビネット」


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ヴィットリオ・メオーニの「コッレ・ディ・ヴァル・デルザの風景」


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ヴィットリオ・メオーニの「アベトーネ」
アベトーネは地名(トスカーナのコムーネ)です。


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アントニオ・プッチネッリ(カステルフランコ・ディ・ソット、1822‐フィレンツェ、1897)の「男の肖像」(1880‐90)


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アダモ・ルケリーニ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザ、1881‐1920以前没)の「父の肖像」(1914)
写真のように見えますが油彩画です。


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ミーノ・マッカーリ(シエナ、1898‐ローマ、1989)の「トスカーナの町」(1924)
トスカーナの町が画題となってますが、コッレ・ディ・ヴァル・デルザです。
ブラウン・インク画です。


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ミーノ・マッカーリの「風景」(1923)


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ミーノ・マッカーリの「我妻アンナ」(1947)
エッチングです。


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次の部屋です。


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ここから現代画の展示です。


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有名画家の作品が2点ありますが私の趣味から外れます。


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ルネサンス期にはレオナルド・ダ・ヴィンチの作品さえも現代画だった訳で、現代画を毛嫌いしてはいけないと思うのですが・・・・・


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現代画が好きな方にお任せします。


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(つづく)

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アストルフォ・ペトラッツィ(シエナ、1580‐1653)の「羊飼いの礼拝」(17世紀第4四半世紀)


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セバスティアーノ・フォッリ(シエナ、1569‐1621)の「慈悲の聖母」(1605)


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ステファノ・ヴォルピ(シエナ、1606から活動記録‐1642没)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(1600‐10c)


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フランチェスコ・バルタリーニ(シエナ、1569‐1609)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1600‐10c)


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展示作品の制作年代を示している?


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レジナルド・ビランチーニ(ぺーシャ、1820‐フィレンツェ、1907)の「アルノルフォ・ディ・カンビオ像」


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17世紀前半のフィレンツェの無名画家のロレンツォ・ウシンバルディ執政官の肖像」(1620‐30c)


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ロレンツォ・ガンベライ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザで17世紀初めに活動)の「ウシンバルド・ウシンバルディ司教の肖像」(1600‐10c)


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ロレンツォ・ガンベライの「ピエトロ・ウシンバルディ司教の肖像」(1610c)


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フェリーチェ・パルマ(マッサ、1583‐1625)の「ロレンツォ・ウシンバルディの胸像」(1610‐20c)


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トスカーナの無名彫刻家の「トスカーナのレオポルド2世像」(1830c)


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ジュゼッペ・アントニオ・ファッブリーニ(フィレンツェ、1748‐1795まで生存確認)の「ピエトロ・レオポルド大公の肖像」(1770‐80c)


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この表示はあてになりません。


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ジュゼッペ・アントニオ・ファッブリーニの「マリア・ルイザ・ボルボーネ大公夫人の肖像」’1770‐80c)


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アストルフォ・ペトラッツィの「コジモ・デッラ・ゲラルデスカ司教の肖像」(1730c)


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こんな古帽子を展示するなんて・・・・・


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19世紀末の無名彫刻家の「ステファノ・マッソン像」


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アントニオ・サルヴェッティ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザ、1854‐1931)の「自画像」(1925)


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ティート・サッロッキ(シエナ、1824‐1900)の「ピエトロ・ビンビ像」(1888)


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ミーノ・マッカーリ(シエナ、1898‐ローマ、1989)の「自画像」(1947)


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オットーネ・ローザイ(フィレンツェ、1895‐イヴレア、1957)の「ロマーノ・ビレンキの肖像」(1957)


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Walter Fusi (Udine, 1924- Colle di Val d'Elsa, 2013) の「自画像」(1953)


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展示方法に戸惑います。


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トスカーナの無名彫刻家の「天使」(17世紀前半)


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15世紀のトスカーナの無名彫刻家の「聖母子」


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ローマの無名画家の「悪魔を退治する大天使聖ミケーレ」(17世紀末)


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ローマの無名画家の「福音書記者聖ジョヴァンニ」(17世紀末)


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ニッコロ・ベッティ(フィレンツェ、1571‐1617)の「磔刑のキリストとマグダラのマリア」(1590‐1600c)


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ジョヴァンニ・ブリーニ(フィレンツェ、1559から生存記録‐ピサ、1599)の「聖母子」(1580c)


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アンニーバレ・マッツゥオーリ(シエナ、1663‐1743)の「受難物を持つ天使たち」(17世紀末‐18世紀初頭)


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アレッサンドロ・カソラーニ(メンサーノ、1552/1553-シエナ、1607)の「洗礼者聖ジョヴァンニ」(1603)


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オッタヴィオ・ヴァンニーニ(フィレンツェ、1585‐1666)の「聖バルトロメオ」(1610c)


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シモーネ・ピニョーニのサークルの「聖母被昇天」(17世紀中頃)


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トスカーナの無名彫刻家の「天使」(17世紀前半)


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聖具類


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アントニオ・サルヴェッティ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザ、1854‐1931)の「聖グレゴリオと聖アルベルトに顕現する聖母」(1890)


P2300988
ジェンナーロ・ランディ(トスカーナで18世紀末‐19世紀初頭活動)の「コッレ・ディ・ヴァル・デルザのドゥオーモを加護する聖母」(1800)


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アントニオ・ダ・コッレ(サン・ジミニャーノ、1469から記録)の「木製キャビネット」(15世紀中頃)


P2300993
聖具類


P2300996
ロ・スパダリーノ(ローマ、1585‐1651/1653)の「コスタンティーノ帝を洗礼する聖シルヴェストロ」(1640‐50c)


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フランチェスコ・ロッセッリ(フィレンツェ、1570‐1608記録)の「聖礼典の議論」(1584)
(つづく)

P2300726
ジョヴァンニ・マリア・トロサーニの「ピエタのキリストと福音書記者聖ジョヴァンニとアレッサンドリアの聖カテリーナと聖バルトロメオとマグダラのマリア」(1537)


P2300730
ジローラモ・ジェンガ(ウルビーノ、1476c‐1551)の「聖母子」(1500‐10c)


P2300736
ジョヴァンニ・マリア・トロサーニの「マギの礼拝」(1522)


P2300740
ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノの「聖母子」(1470‐90c)


P2300740
グイドッチョ・コッツァレッリ(シエナ、1450‐1516)の「聖母子と聖セバスティアーノとシエナの聖ベルナルディーノ」(1490‐1500c)


P2300747
ヴェントゥーラ・ディ・モーロ(フィレンツェ、1416‐1446存在確認)の「パドゥーレ(ポッジボンジ)のサン・ミケーレ教会の祭壇画」(1420‐30c)


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祈る父なる神


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受胎告知する大天使


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受胎告知される聖母


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聖母子


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聖クレメンテ教皇


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聖バルトロメオ


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上から聖ジャコモ・マッジョーレ、聖フィーナ


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上から聖ピエトロ・マルティーレ、聖マルゲリータ


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15世紀中頃の金工家による「聖杯と聖体皿」


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プセウド・アンブロージョ・ディ・バルデーゼ(フィレンツェで15世紀初めに活動)の「チェッダ(ポッジボンジ)のサン・ピエトロ教会のトリッティコ」(1410‐20c)


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聖母子と二寄進者


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聖フランチェスコと聖ピエトロ


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聖パオロと聖アゴスティーノ


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次の部屋です。


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非常に見易い展示です。


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Maestro di Badia a Isola (シエナ、13世紀末‐14世紀初め活動)の「マエスタ」(1290‐1300c)


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6世紀の金属加工工房の「ガロニャーノの宝物」(銀製)(6世紀)


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15世紀の工房作
コッレ・ディ・ヴァル・デルザのドゥオーモにありました。


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マルコ・ロマーノ(13世紀末‐14世紀初めに活動)の「磔刑」


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ステファノ・ヴォルピ(シエナ、16060から記録‐1642没)の「聖母」(1630‐50c)


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ステファノ・ヴォルピの「福音書記者聖ジョヴァンニ」(1630‐50c)


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チェンニーノ・チェンニーニ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザ、14世紀末‐15世紀初頭活動)の「聖母の誕生」


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セーニャ・ディ・ボナヴェントゥーラ(シエナ、1298‐1311存在確認)の「聖母子」(1310‐20c)


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次の部屋です。


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バキアッカ(ボルゴ・サン・ロレンツォ、1494‐フィレンツェ、1557)の「聖二コラと聖セバスティアーノと聖ロッコ」(1540‐60c)


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カルロ・ポルテッリ(ローロ・ジュッフェンナ、1538から活動記録‐フィレンツェ、1574c)に帰属する「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」(1560‐80c)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ナルディーニ(フィエーゾレ、1537c‐フィレンツェ、1591)の「ピエタのキリストと聖人たち(福音書記者聖ジョヴァンニ、マグダラのマリア、聖フランチェスコ、アレッサンドリアの聖カテリーナ、ウンゲリアの聖エリザベッタ)」(1578)


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アルカンジェロ・サリンベーニ(シエナ、1561から記録‐1580没)の「受胎告知」(1574)


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ドナート・マスカーニ通称フラ・アルセーニオ(フィレンツェ、1579‐1636)の「ロザリオの聖母」(1599)


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イル・ポッピ(ぽっぴ、1544c‐フィレンツェ、1597)の「トスカーナ大公の紋章」(1580‐90c)


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16世紀末のフィレンツェの無名画家の「コッレ・ディ・ヴァル・デルザの町を祝福する聖ジュゼッペ」


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シモーネ・フェッリ・ダ・ポッジボンジ(1568から存在記録、トスカーナで1600以降没)の「聖母子と聖人たち」
(1581)


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16世紀末のフィレンツェの無名画家の「コッレ・ディ・ヴァル・デルザの町を洗礼する聖マルツィア―レ」


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チゴリ(チゴリ、1559‐ローマ、1613)の「十字架降下」(1599‐1600)


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シモーネ・フェッリ・ダ・ポッジボンジに帰属する「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」
シエナ国立絵画館にありました。


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フランチェスコ・ロッセッリ(フィレンツェ、1570‐1608記録)の「2つの椅子」(16世紀第4四半世紀)


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16世紀末のトスカーナの無名彫刻家の「グロテスクなマスク」


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ベルナルディーノ・メイ(シエナ、1612‐ローマ、1676)の「受胎告知」(1640‐50c)


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17世紀中頃のシエナの無名画家の「受胎告知」
(つづく)

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Via Graccoです。Porta Nuovaが見えてますが、その手前に市立美術館があります。


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写真左の建物が美術館です。
Museo San Pietro Civico e Diocesanoが正式名称ですが、長くなるので簡単に市立美術館とさせて頂きました。


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美術館となっている建物は旧サン・ピエトロ教会・修道院でした。


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旧サン・ピエトロ教会です。
この美術館の新設オープンを私が知ったのは2017年春でした。どうしても見たかったので、2017年6月の旅程に組み入れました。


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以前、市立美術館はドゥオーモ近くのプリオーリ宮に置かれていました。


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今でも壁にMuseo Civicoと記されてます。3年前、入館するためにここに来た時、無断?休館となっていたので変に思っていました。


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美術館の入り口


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建物自体は古いですが、外観も内装も真新しくなりました。


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切符売り場


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以前と比べれば雲泥の差で、格段に整備充実した美術館になりました。


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しかし、変わらないのが入館者の少なさです。この日、他の入館者の姿を見かけませんでした。
相当な費用をかけて充実した美術館に一新された訳ですが、それが入館者増には繋がっていないようで心配になります。


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最初の展示室です。
なお展示室番号の表示はありません。


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14世紀の工房作?の「泉の頭部」


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コッレ・ディ・ヴァル・デルザのサン・サルヴァトーレ教区教会にあった柱頭が展示されてます。


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コッレの工房作{柱頭」(12世紀)
以下同じです。


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次の部屋です。
Walter Fusiのコレクションが展示されてます。


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現代でも普通の作品は良いのですが、抽象的なものは苦手です。


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「現代の普通の作品」とは何ぞやですが・・・・・


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抽象画への価値観が共有できません。


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抽象画を展示する部屋が幾つかあり、忍耐強く見て回りましたが、展示作品の紹介は省略させていただきます。


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次の部屋です。


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作家でジャーナリストだったロマーノ・ビアンキが個人収集した収集物が展示されてます。


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蔵書が展示されてます。


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古い絵画はありません。


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抽象画が殆どなかったのが救いでした。


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この部屋もロマーノ・ビアンキの収集物の展示です。


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この部屋には抽象的な作品がありました。


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セミナー室になっているようです。


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この部屋も興味薄です。


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外は酷暑でしたが、展示室内は冷房が効いて快適でした。


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しかし、入館者は私一人ですから過分過ぎるおもてなしでした。


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文化に対する姿勢に頭が下がります。


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1階の展示室紹介はこのぐらいで終わりにします。


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2階に向かいました。


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新築の建物のように見え、修道院だったとはとても思えません。


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2階も広大です。


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何も展示されていない部屋が幾つかりました。将来、さらに展示が増える可能性が高いと思います。


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Museo Diocesanoに入りました。


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2階最初の展示室です。


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天井


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ニッコロ・ディ・セル・ソッツォ(シエナ、1320‐1363存在確認)の「聖母子」(1335‐1365)
この作品は、以前、フィレンツェのウフィツィ美術館にありました。


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ルーカ・ディ・トンメ(シエナ、1355‐1389存在確認)の「聖母子」(1370‐90c)


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ロレンツォ・ディ・ビッチ(フィレンツェ、1370‐1427存在確認)の「聖母子と聖人たち(聖ロレンツォ、洗礼者聖ジョヴァンニ、聖アントニオ・アバーテ、聖ニッコロ)」(1480‐90c)


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ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノ(フィレンツェ、1444/1445-1497まで記録)の「聖母子と聖人たち」(1470‐1500c)


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ジョヴァンニ・マリア・トレサーニ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザで16世紀前半に活動)の「寺院への出現」(1510‐20c)
(つづく)

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写真左はPalazzo Luci


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この建物の後にBastione di Sapiaがあります。


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これです。


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Palazzo Campana


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旧市街の中でこの辺は特に古い方になります。


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パラッツォのアーチを潜ります。


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アーチを出たところから通りの名称がVia Campanaに変わります。


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振り返って見たPalazzo Campana


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Palazzoの歴史などを書いても自己満足に終わりそうなので止めておきましょう。


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陸橋から見えるサン・フランチェスコ教会修道院です。


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この通りにバスが走ってます。


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写真右の旗が掲げられている建物はPalazzo Comunaleです。


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フィレンツェの支配下だったことを示すメディチ家の紋章があります。


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Municipio


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写真右の建物はPalazzo Ceramelli


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現在、ホテルになってます。
アルタに泊まるなら、このホテルがお勧めですが、アルタへのエレベーターが故障中の時は困るでしょうね。


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ホテル横はカテリーナ広場です。


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広場に昔使用されていた共同洗濯場があります。


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サンタ・カテリーナ教会が開いていましたがパス。


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写真右はPalazzo Alessi


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日陰が有難かった!


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市立美術館はもう直ぐです。


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Piazza Baios


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左側の道を進みました。


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写真右は旧サン・ロレンツォ病院


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市立美術館 Museo San Pietro Civico e Diocesanoに着きました。


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旧サン・ピエトロ教会修道院の建物を美術館に改造したので、美術館の名称にサン・ピエトロが付けられているのです。


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美術館について、明日から項を改めて詳しく触れます。


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新装開館ですね。


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外に出ました。


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城壁の先端Porta Nuovaです。


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門を潜って城壁外に出ました。


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堅固な城壁です。


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城壁外は見所がないので、直ぐに城壁内に戻りました。


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同じ道を通って元に戻るのは気が利かない限りですが、他の選択肢がありません。


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(つづく)

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アルタを縦貫するカステッロ通りです。


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見えているのはサンタ・マリア・イン・カノーニカ教会です。


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教会の前のカノーニカ広場


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塔のような建物はアルノルフォ・ディ・カンビオの生家です。


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生家の前にあるアルノルフォ・ディ・カンビオ像


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扉が開いていたので拝観することに。


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1183年の文書にこの教会の存在が記されており、それ以前の創建とされてます。


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美術的に数点の見どころがあります。


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ファサードのルネッタ上にフレスコ画があったと思いますが、その痕跡さえもありません。


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単廊式、ロマネスク様式の内部です。


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左側壁


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右側壁


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アレッソ・ディ・ベノッツォ(フィレンツェ、1473‐1528)の「聖アントニオ・アバーテ」(15世紀)
アレッソはベノッツォ・ゴッツォリの息子です。ベノッツォには他にジローラモとフランチェスコの息子がおり、息子3人と共にフレスコ画などを制作しました。


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詳細不明


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詳細不明


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ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノ(フィレンツェ、1444/1445-1497以降没)の「祈る父なる神」(15世紀)


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主祭壇画はピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノの作品(15世紀)です。


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「聖母子と聖人たち(洗礼者聖ジョヴァンニ、聖ロレンツォ、聖マルコ、聖二コラ)」


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美術館に移設せずに、教会のオリジナルの場所で見ることが出来て良かったと思いました。


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夏の間、日中この教会は開いているようです。


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この道を下れば城壁沿いの道に出ますが、道草はしません。


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写真左はプリオーリ宮です。


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スグラフィート装飾の壁


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プリオーリ宮に観光案内所があるので、地図を頂戴するとともに移転した市立美術館の開館時間を確認しました。


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以前、市立美術館はこの建物に置かれていましたが、別の建物に移転することになり、長期間閉鎖されていました。


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街角の聖母子


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見えてきた鐘楼はドゥオーモのものです。


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ドゥオーモの扉が開いていたので簡単に拝観することに。


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三廊式の内部です。


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中堅画家たちの作品があります。


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ジョヴァンニ・オダッティ(ローマ、1663‐1731)の「聖母の結婚」


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フィリッポ・タルキアーニ(フィレンツェ、1576‐1645)の「キリストの復活」


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ディフェーボ・ブルバリーニ(シエナ、1619‐1680)の「我に触れるな」


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ディフェーボ・ブルバリーニの「聖トッマーゾの不信」


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市立美術館に早く行きたいので・・・・・


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帰りに時間があれば再び拝観することにしました。


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何事も優先順位をつけて行動することが肝心です。


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ドゥオーモ広場


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暑くて大変でした。


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この道を真っすぐ進めば美術館に出ます。


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(つづく)

コッレ・ディ・ヴァル・デルザ Colle di Val d'Elsa は、人口21,604人(2017年6月30日現在)のトスカーナ州シエナ県にあるコムーネで、近年ではクリスタル・ガラス工芸品の生産が盛んです。(世界の15%を生産)
町の名称はエルザ渓谷の丘と言う意味で、町の近くにエルザ川が流れています。
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バスターミナルに到着しました。
フィレンツェ~シエナ線、シエナ~サンジミニャーノ線などのバス路線の途中にあるので、比較的簡単に行くことが出来ます。


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町はバスターミナルがある平地のバッサと高台のアルタに分かれてます。


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バッサの中心アルノルフォ・ディ・カンビオ広場です。


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広場中央にある噴水が涼しげに見えました。しかし、この日の正午過ぎの気温は37,38度くらいあったと思われます。
2017年6月のイタリアは猛暑で、旅行中に40度超えの日も数日ありました。


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先ずバッサにある、この日のお宿に向かいました。


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雲一つない快晴で、夏至近くの日差しが強烈でした。


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見所が多い町にも拘わらず観光客の姿をあまり見ることがないのが不思議です。


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町の主要産業の生産品などを展示するMuseo del Cristalloの向かいにあるホテルがこの日のお宿です。


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2年前もこのホテルに泊まりました。


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昼食時です。


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前回も入ったこのお店にしました。


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暑いのでビールを飲みましたが写真がない!


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お腹が満たされたので町歩きに出発です。


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Via del Fossi


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サンタゴスティーノ教会の後陣


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1305年に創建されたゴシック様式の教会です。


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サンタゴスティーノ広場


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この日の夜、拝観しました。


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昔神学校だった建物?


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アルタに行きますが、ホテルにチェックインとした時、アルタへのエレベーターが故障と聞かされヘナヘナとなりました。


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昼食を食べれば元気が出るだろうと思ったのですが・・・・・


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その元気でアルタまで徒歩で上ろうとしたのですが、元気が出ません。何せ猛暑ですから。
でも仕方がありません。


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アルタへのバスがありますが、午後1時から3時まで1本しかありません。


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ガリバルディ通り


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バッサとアルタの高低差はどのくらいでしょうか?


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この先にエレベーターがあるのですが・・・・・


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大回りをして城壁沿いを上ることになります。


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この道を上りました。


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振り返りました。
かなりの坂を上ってきたことが分かります。


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灼熱の太陽の下、地元の人が足取りも軽やかにスイスイと坂を上っていきました。


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暑かった!


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城壁です。


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エレベーターが見えてきました。


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これが動いていたらなあ。


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汗びっしょり


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アルタの入り口です。
体力を温存したかったのですが、ママになりません。


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Torre del Arnolfo di Cambio


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(つづく)

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カステルフィオレンティーノのテスタフェッラータ通りです。教会が見えますが、その後ろに美術館があります。


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この写真では、サン・カルロ・ボッロメオ教会の手前に煉瓦造りの建物が写っていますが、その建物が美術館です。


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ベノッツォ・ゴッツォリ美術館です。


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15世紀第4四半世紀にベノッツォは、カステルフィオレンティーナにある2つのタベルナコロにフレスコ画を制作しましたが、そのフレスコ画を展示するために造られた建物です。
タベルナコロとは一般的に壁龕と言う意味ですが、各たる定義がない曖昧語に近くて困ります。
ここではタベルナコロ自体は新しく作られたもので、オリジナルのタベルナコロからフレスコ画を剥離分離して、新造のタベルナコロに貼り付けたものです。


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入館しました。
1階には、切符売り場と「ご訪問のタベルナコロ」が置かれてます。また、1階の壁に「ご訪問のタベルナコロ」のシノピエ(フレスコ画の下絵)が展示されてます。


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入館するとベノッツォ・ゴッツォリ像があることに気付きます。


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このテラコッタ像は、ベノッツォの自画像を基にして作られたものでしょう。


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ベノッツォの代表作は、フィレンツェのメディチ・リカルディ宮殿に描いた「マギの礼拝」になると思いますが、その画面に自画像を描いたのです。
この写真左に描かれた人々の上から2列目の赤い帽子を被った男がベノッツォの自画像です。


800px-Cappella_dei_magi,_primo_autoritratto_di_benozzo_gozzoli
赤い帽子に自分の名前を描き込んでます。
ベノッツォ・ゴッツォリ(サンティラーリオ・ア・コロンバーノ、1421c‐ピストイア、1497)は、ベアート・アンジェリコの弟子兼協力者でした。


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背の高いタベルナコロが目立ちますが、これが「ご訪問のタベルナコロ」です。


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この写真は2階から見た「ご訪問のタベルナコロ」です。背の高いことが分かります。


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タベルナコロの大きさ(高さも)はこの模型を見ればお分かりになると思います。


Castelfiorentino,Tabernacolo_Visitazione
1491年に制作された「ご訪問のタベルナコロ」は、エルサ川傍にある、この写真の建物にありました。
タベルナコロはかなりの落剝部分がありますが、エルサ川の氾濫によるものと推察されてます。


38053_027
フレスコ画はこのように剝がされて移されました。
では、「ご訪問のタベルナコロ」を紹介しましょう。


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外壁の裏側です。


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「聖ジョアッキーノ(ヨアキム)と聖アンナの金門の出会い」


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その下は落剝してしまって、何が描かれていたのか分かりません。


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外壁裏側の左


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外壁裏側の右


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外壁左側壁の「聖母の誕生」


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外壁右側壁の「聖ジョアッキーノへの天使のお告げ」
天使が落剝欠損しています。


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内壁上部の「栄光のキリストと四福音書記者」


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内壁正面の「神殿から追放される聖ジョアッキーノ」


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内壁下部は落剝してますが「聖母子と聖人たち」でしょう。


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内壁のアーチ左は福音書記者と教会博士


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内壁のアーチ右も福音書記者と教会博士です。


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正面外壁の左側


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正面外壁の右側
こうして見ていくと「ご訪問」は落剝して何処にあったのか見ただけでは分かりません。


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2階に向かいました。


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2階から「ご訪問のタベルナコロ」を見ました。


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次は「マドンナ・デル・トッセのタベルナコロ」です。こちらのタベルナコロは2階にありますが、「ご訪問のタベルナコロ」よりはかなり小さいです。


Castelfiorentino,_Tabernacolo_Tosse
元々タベルナコロだけがカステルフィオレンティーノからカステル・ヌオーヴォ・デルサに向かう道の途中にぽつんと建っていましたが、後に建て増しされて祈祷所になりました。タベルナコロはこの建物の中にありました。


38050_008_300
Museo BEGOのHPから写真を拝借したので、鮮明な写真ではありません。


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模型です。


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外壁にフレスコ画はありません。


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1484年に描かれましたが、祈祷所内にある礼拝堂の感じがするタベルナコロです。


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正面の「玉座の聖母子と4聖人」


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その上部は「キリストと四福音書記者」


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左側壁の「聖母の死」


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右側壁の「聖母被昇天」


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開口部アーチの聖人たちのメダイオン


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次は3階です。


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ベノッツォ・ゴッツォリ関連などの現代作品が展示されてます。


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P2290222
3階で2つのタベルナコロに関するビデオを見ることが出来ます。


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P2290229
1階に戻り、最後に展示されているシノピエ(フレスコ画の下絵)を見ました。


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P2290146
代表作とは言いかねるフレスコ画ですが、弟子を引き連れて、このような小さな町にある路傍のタベルナコロを制作したわけで、そのこと自体が非常に興味深く、律儀で真面目だったゴッツォリの性格が垣間見えて非常に微笑ましく覚えました。


P2290258
外に出ました。
(おわり)

P2280988
Maestro di Sant'Jacopo a Mucciana の「聖母子」(15世紀初め)


P2280992
次の展示コーナーです。


P2280993
逆光です。


P2280998
マリアーノ・ダントニオ・ロマネッリ(シエナで14世紀に活動)に帰属する「受胎告知する大天使」


P2280994
マリアーノ・ダントニオ・ロマネッリの「受胎告知される聖母」


P2290002
Maestro della Nativita Johnson (ドメニコ・ディ・ザノービ?)の「聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖クイリーコ」(1470‐80c)


P2290005
15世紀から16世紀のフィレンツェの無名画家の「十字架降下」(16世紀第1四半世紀)


P2290008
アレッソ・ディ・ベノッツォ(フィレンツェ、1473‐1528)の「ご訪問と聖ヤコポと聖ステファノ」(16世紀初め)


P2290011
これは不思議な作品です。一見、普通の多翼祭壇画です。


P1450587
フランチェスコ・グラナッチ(フィレンツェ、1469‐1543)の「玉座の聖母子と聖フランチェスコと聖セバスティアーノ」(1510‐20c)


P2290013
裾絵は、アンニーバレ・ガッティ(フォルリ、1827‐フィレンツェ、1909)によって1850年代末に制作されたものです。上と下では全然時代が異なります。
聖セバスティアーノの殉教


P2290015
受胎告知


P2290017
聖フランチェスコ


P2290021
フィレンツェの無名画家の「聖母子と聖ヴェルディアーナと聖マルティーノ?」(16世紀?)
こうして見ていくと聖ヴェルディアーナのアトリビュートは蛇のようです。


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16世紀のフィレンツェの無名画家の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(16世紀中頃)


P2290026
16世紀のフィレンツェの無名画家の「磔刑」(1533)


P2290030
ジュリアーノ・カステッラーニ通称イル・ソッラツィーノ(フィレンツェ、1470c‐ピサ、1543)の「聖マカーリオと聖セバスティアーノ」(1510‐20c)


P2290033
トスカーナの無名画家(ラッファエッロ・ピッチネッリ?)の「聖母子と聖ジローラモと聖ヴェルディアーナ」(16世紀第1四半世紀)


P2290035
次の部屋です。


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興味がない展示です。


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フィレンツェで17世紀に生産された織物


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P2290043
詳細不明


P2290045


P2290049
階段の下で鐘が展示されてます。


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トスカーナの職人作(1692)


P2290052
トスカーナの職人作(1648)


P2290054
トスカーナの職人作(14世紀)


P2290056
トスカーナの職人作(15世紀)


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次は2階の展示です。


P2290059
聖具類と絵画が展示されてます。


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宝石、金銀が使用されてます。


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この種の展示は正直退屈です。


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高価そうですね、イクラデスカ?


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16世紀のフィレンツェの無名画家の「聖イッポリートの殉教」(16世紀末)


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フランチェスコ・ボルドリーニ(トスカーナで17世紀前半活動)の「復活したキリストを崇める聖人たち」(17世紀前半)


P2290074
コジモ・ガンベルッチ(フィレンツェ、1580‐1621記録)の「聖バルトロメオの殉教」(16世紀末)


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16世紀のフィレンツェの無名画家の「聖ビアージョ」(16世紀末)


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アゴスティーノ・ヴェラチーニ(フィレンツェ、1689‐1762)の「父なる神」(1710‐30c)


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アゴスティーノ・ヴェラチーニの「受胎告知と聖プロスペロとアレッサンドリアの聖カテリーナ」(1710‐30c)


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受胎告知


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P2290095
アゴスティーノ・ヴェラチーニの「マグダラのマリアと聖アントニオ・アバーテとアルカンターラの聖ピエトロ」(1710‐30c)


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トスカーナの無名画家の「荊刑のキリスト」(16世紀末‐17世紀初め)


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トスカーナの職人作「書見台」(19世紀前半)
本は関係ありません。


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トスカーナの無名画家の「聖イラーリオ司教」(16世紀末‐17世紀初め)


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これで終わりです。
チマブーエ作とされる「聖母子」、タッデオ・ガッディの「聖母子と聖人たち」が良かったと思いました。


P2290111
外に出ました。
(おわり)

P2280903
カステルフィオレンティーノにあるサンタ・ヴェルディアーナ聖域です。


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ファサードの柱廊の向かって右に美術館があります。


P2280910
入館しました。


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第1室になります。


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切符売り場です。
カステルフィオレンティーノの教会などから集められた作品が展示の中心なので、美術館の実態はMuseo Diocesanoと考えても良いと思います。


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14世紀のシエナ派画家による「聖ヴェルディアーナ」
画面の両端に描かれた蛇が気になりますが、聖ヴェルディアーノのアトリビュート?


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コルソ・ディ・ブオーノ(フィレンツェ、1270‐1300c存在)の「彩色磔刑像」(13世紀末‐14世紀初め)


P2280916
これらの写真は以前には無かったような・・・・・


P2280917
フィレンツェの工房の「交唱聖歌集」(14世紀後半)


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Miniatore della Scuola degli Angeli の「交唱聖歌集」(14世紀後半)


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Maestro delle Effigi Domenicaneに帰属する「聖母子」(1330‐40c)


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ヤコポ・デル・カゼンティーノとMaestro delle Effigi Domenicaneに帰属する「交唱聖歌集」(14世紀前半)


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ヤコポ・デル・カゼンティーノとMaestro delle Effigi Domenicaneに帰属する「交唱聖歌集」(14世紀前半)


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チマブーエの「聖母子」(1285c)


P2280935
この作品の帰属について、ドゥッチョを筆頭に他の画家たちの作品説など色々な議論が行われましたが、現在ではチマブーエ作品説が有力とされているそうです。
ここでは帰属作品ではなく真作として展示されてます。


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パチーノ・ディ・ブオナグイダ工房の「交唱聖歌集」(14世紀前半)


P2280942
フィレンツェの工房の「交唱聖歌集」(14世紀前半)


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パチーノ・ディ・ブオナグイダ工房の「交唱聖歌集」(14世紀前半)


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フィレンツェの工房の「交唱聖歌集」(14世紀前半)


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フィレンツェの工房の「交唱聖歌集」(14世紀前半)


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ヤコポ・デル・カゼンティーノ(フィレンツェ、1369‐プラートヴェッキオ、1358)の「三聖人」(14世紀中頃)


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聖ヤコポ


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アレッサンドリアの聖カテリーナ


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福音書記者聖ジョヴァンニ


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チェンニ・ディ・フランチェスコ(フィレンツェ、1369‐1415活動)の「三位一体」(1400‐10c)


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タッデオ・ガッディ(フィレンツェ、1290c‐1366)の「玉座の聖母子と四聖人」(1330‐40c)


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玉座の聖母子


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福音書記者聖ジョヴァンニ、洗礼者聖ジョヴァンニ


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聖ザノービ、聖ヤコポ


P2280963
次の部屋です。


P2280965
部屋番号の表記はありません。


P2280964


P2280967
詳細不明


P2280968


P2280969


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Don Maurizio Volpiの「グラツィエの聖ヴェルディアーナ」(2015)
この作品にも二匹の蛇が描かれてます。


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16世紀のフィレンツェの無名彫刻家の「聖母子」(1520‐30c)


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トスカーナの無名彫刻家の「ベネデット・ダ・マイアーノ作『聖母子』の複製彫刻」


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15世紀のトスカーナの無名画家の「聖母子と聖人たち(聖アントニオ・アバーテ、聖ロレンツォ?、聖ピエトロ、聖バルトロメオ)」(1430‐40c)


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ロゼッロ・ディ・ヤコポ・フランキ(フィレンツェ、1377‐1456)の「聖母子」(1430年代末)


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Maestro della Madonna del 1399(ジョヴァンニ・ディ・ターノ・フェイ?)に帰属する「授乳の聖母」(1390c)


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ベルナルド・ディ・ステファノ・ロッセリ(フィレンツェ、1450‐1526)の「アレッサンドリアの聖カテリーナ」(1499以前)
(つづく)

P2280883
美術館があるサンタ・ヴェルディアーナ聖域に向かいました。


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Santuarioは道を下った城壁外にあります。


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サン・マルティーノ通り


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ポンぺオ・ネーリ通りに入りました。突き当りに小さな教会があります。


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サンタ・クローチェ祈祷所の前を右折しました。


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道を下った先が目的地です。


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見えてきた鐘楼はこれから行く聖域のものです。


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城壁です。カステルフィオレンティーナの城壁はその殆どが既に撤去されてます。


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聖域の建物が見えてきました。


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18世紀初めに建設された、バロック様式のSantuario di Santa Verdianaです。


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聖域の前は公園になってます。


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ファサード


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1805年に建設された鐘楼


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この地にあった家で最晩年を過ごしていた聖ヴェルディアーナは、1242年に没しました。


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ファサードの右側にMuseoが設けられてます。


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美術館の入り口


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土曜日の夕方と日曜日の午前中と夕方に開館してます。


P2280907
入館しました。
この美術館については、項を改めて触れる予定です。


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満足感一杯で外に出ました。


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活動を停止した?


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次はサン・フランチェスコ教会です。


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サン・フランチェスコ教会は公園の向こうにあります。


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1278年に完成したサン・フランチェスコ教会です。


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ロマネスク・ゴシック様式の外観です。


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教会内部は18世紀に行われた修復の際、バロック様式に改築されました。


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中に入ったらミサ中でした。


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ミサを邪魔するわけにはいきません。


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ファサードの紋章を見ただけで退散することにしました。


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日曜日の午前中にミサを行う教会が非常に多いと思います。


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次はMuseo BEGOです。


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サン・フランチェスコ教会の拝観がなくなったので、少々時間が余りました。


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ここで一服しました。


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次の交差点を右折します。


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カヴール広場


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ガリバルディ通りを少し進みます。


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次の道を左折します。


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マッテオッティ大通り


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戻ってきました。


P2290141
入館しました。


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この美術館については項を改めて触れる予定です。


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こうして4時間弱のカステルフィオレンティ―ノ遠足が終わりました。


P2290264
列車でチェルタルドに戻りました。
(おわり)

カステルフィオレンティーノは、人口17,337人(2017年6月30日現在)トスカーナ州フィレンツェ県にあるコムーネです。
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駅に到着しました。


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駅舎です。


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この日、2017年6月11日(日)はチェルタルドからの日帰り遠足でした。


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カステルフィオレンティーノはチェルタルドの隣駅で、乗車わずか6分ほどの短い旅です。


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この日の目的は、サンタ・ヴェルディアーナ美術館とベノッツォ・ゴッツォーリ美術館の2つに行くことでした。


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日曜日に来たのは、サンタ・ヴェルディアーナ美術館が週末しか開館しないからです。
ここは日曜日でも運行されるFSが通っているので、週末だけ開館の美術館などに比較的行き易いですが、これが公共交通機関がバスだけの町にある美術館となると非常に行き難くなります。土曜日のうちに日帰りするか、泊まるとなれば土日の2泊するか、その2者択一になるからです。小さな町で土日2泊は、時間が余り過ぎて辛いものがあります。


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Museo BEGOとはベノッツォ・ゴッツォーリ美術館のことです。
Benozzo Gozzoli だから、姓名の最初の2文字を取り、略してBEGOと言うわけです。私の好きなルーカ・シニョレッリならば、LUSIですか?
このように略すのはイタリアでは普通でしょうか? 
ラッファエッロ・サンツィオ=RASA、ミケランジェロ・メリージ(カラヴァッジョ)=MIME、ピンときませんが・・・・・


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Via Testaferrata


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斬新な建物がベゴ美術館です。開館まであと30分ほどありました。


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美術館の後ろにある、1885年に再建されたOratorio di San Carlo Borromeo です。


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日曜朝なので、人通りが少なかった。


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コルソ・マッテオッティ
Corsoですが、大通りにはとても見えません。


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モッツァ通り


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旧市街の中心に行ってみることにしました。


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中世の時代、カステルフィオレンティーナは城塞都市でしたが、その城塞の出入り口の一つであるポルタ・フィオレンティーナです。


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時計が故障してました。


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門を潜って旧市街に入りました。


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突き当りに教会があります。


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日曜日朝にも拘らず扉が閉まっていました。日曜朝のミサがないようです。


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Chiesaと書かれてますがCollegiataです。つまり、この町のドゥオーモです。


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鐘楼


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ファサード、ルネッタ上のフレスコ画


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市庁舎です。ここの時計も狂ってます。


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ポポロ広場


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この広場が旧市街の中心です。


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これは何でしょうか?


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アッタヴァンティ通り


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この先にサンティ・イッポリート・エ・ビアージョ教会がありますが、出来れば午前中に2つの美術館を見ておきたいので、道草は禁物です。


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だまし絵の窓


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(つづく)

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ジョヴァン・バッティスタ・ヴォルボーニ通称ロ・スカラブリーノ(ピストイア、1489‐1561)に帰属する「天上の聖母と聖ステファノとマグダラのマリアと聖オノフリオと聖バルバラと寄進者」(1530)
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


P2310850
トスカーナの無名画家の「聖母被昇天」(1600c)
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


P2310855
ヤコポ・キメンティ・ダ・エンポリ(フィレンツェ、1551‐1640)の「聖トッマーゾの不信」(1602c)
ヴィンチのサン・トッマーゾ祈祷所にありました。


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トスカーナの無名画家の「聖母とキリストの物語」(17世紀?)
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。
各画面を見ておきましょう。


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受胎告知


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ご訪問


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ご誕生


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割礼


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教会博士たちとの問答


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園の祈り


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キリストの鞭打ち


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嘲笑


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カルヴァリオへの途


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磔刑


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キリストの復活


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昇天


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聖体拝領


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聖母被昇天


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聖母戴冠


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次の部屋です。


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聖セバスティアーノのタベルナコロとボッティチーニ一族の作品があります。


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保護板に覆われている作品が必ずしも傑作とは限りません。


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クレテーゼ・ヴェネツィアーノのスタイルで描かれた「聖母子」(16世紀)


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フィレンツェ派無名画家の「バーリの聖二コラと修道女」(16世紀初め)
エンポリのサンタ・クローチェ修道院にありました。


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トスカーナの無名画家の「ヴェロニカ」(16世紀初め)


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ラッファエッロ・ボッティチーニ(フィレンツェ、1474‐1520活動記録)の裾絵?(1500‐10c)
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


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井戸のサマリア女


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寺院からの商人たちの追放


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キリストのエルサレム入城


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ラッファエッロ・ボッティチーニ(1446‐1498)に帰属する「洗礼者聖ジョヴァンニ」(1506c)
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


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硝子板に覆われてます。


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フランチェスコ・ボッティチーニ(1446‐1498)に帰属する「磔刑」
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


P2310921
16世紀初めのフィレンツェ派無名画家の「ディシプリナーティ会」
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


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フランチェスコ・ボッティチーニに帰属する「音楽天使たち」


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アントニオ・ロッセッリーノとフランチェスコ・ボッティチーニの「聖セバスティアーノのタベルナコロ」(1475‐80c)
大作です。
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


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聖セバスティアーノ像


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二大天使と寄進者


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裾絵は聖セバスティアーノの殉教


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P2310945
ラッファエッロ・ボッティチーニ(フィレンツェ、1474‐1520活動記録)の「聖ジローラモ」(1500c)
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


P2310948
ラッファエッロ・ボッティチーニに帰属する「聖アンドレア」
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


P2310945


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ラッファエッロ・ボッティチーニの「聖セバスティアーノ」(1500c)
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


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フランチェスコ・ボッティチーニの「受胎告知」
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


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展示室から1階(日本の2階)の柱廊に出ました。


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柱廊の壁に彩釉テラコッタがあります。


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ベネデット・ブリオーニ(1459/1460-1521)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノと二天使」
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


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アンドレア・デッラ・ロッビア工房の「アディマーリ家の盾」 
エンポリのサンタ・マリア・ア・リーパ教会にあった?


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ロッビア工房の「聖ロッコ」(1510‐20c)
エンポリのサンタ・マリア・ア・フィッビアーナ教会にありました。


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アンドレア・デッラ・ロッビアの「永遠なる父」
エンポリのサンタンドレア参事会教会サン・セバスティアーノ礼拝堂にありました。


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アンドレア・デッラ・ロッビア工房の額縁(16世紀初め)


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ベネデット・ブリオーニに帰属する「無原罪の御宿リと聖アンセルモと聖アンブロージョ」
エンポリのサンタ・マリア・ア・リーパ教会にありました。


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アンドレア・デッラ・ロッビア工房の「聖母子」(1518)


P2310982
ベネデット・ブリオーニ工房の「聖アンセルモと聖ロレンツォと聖ジュリアーノとヴィテルボの聖ローザと聖キアーラ」
エンポリのサンタ・マリア・ア・リーパ教会にありました。


P2310976


P2310977
これで終わりです。


P2310987
楽しい美術館でした。


P2310988
(おわり)

P2310719
ニッコロ・ディ・ピエトロ・ジェリーニ(フィレンツェ、1368‐1415活動)とロレンツォ・ディ・マルティーノ(フィレンツェ、1391‐1411記録)の「サンタンドレア参事会教会のポリッティコ」(1401c)
かなり欠落パネルがあります。


P2310717
聖マルタ、聖ステファノ、聖ザノービ


P2310715
聖ジローラモ、聖ルドヴィーコ、聖オルソラ


P2310721
裾絵の最後の晩餐


P2310723
キリストの逮捕


P2310724
キリストの埋葬


P2310727
次の部屋です。


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目線とほぼ平行の位置に作品が展示されてます。


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主にルネサンス期の絵画が展示されてます。


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多くの美術館と同じく、この日も入館者は私一人でした。


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ビッチ・ディ・ロレンツォ(フィレンツェ、1373‐1452)の「サンタンドレア参事会教会サン・ロレンツォ礼拝堂の祭壇画」(1423)
欠落したパネルがあります。


P2310733
玉座の聖母子と寄進者


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福音書記者聖ジョヴァンニと聖レオナルド


P2310739
Maestro di Borgo Alla Collina (15世紀前半活動)の「聖イーヴォと聖ラザッロ」(1420c)
エンポリのサンタンドレア参事会教会サン・イーヴォ礼拝堂にありました。
次のパネルも同じで、多翼祭壇画の一部と考えられてます。


P2310742
Maestro di Borgo Alla Collina の「洗礼者聖ジョヴァンニと聖アントニオ・アバーテ」(1420c)


P2310745
ロレンツォ・モナコ(シエナ、1370c‐フィレンツェ、1425)の「ウミルタの聖母と四聖人」(1404c)
エンポリのサン・ドンニーノ教会にありました。


P2310746
ウミルタの聖母


P2310748
聖ドンニーノと洗礼者聖ジョヴァンニ


P2310751
聖ピエトロと聖アントニオ・アバーテ


P2310753
フィリッポ・リッピ(フィレンツェ、1406c‐スポレート、1469)の「玉座の聖母子と大天使ミケーレと聖バルトロメオと聖アルベルト」(1430c)


P2310757


P2310759
ロレンツォ・モナコと工房、およびパオロ・スキアーヴォ(フィレンツェ、1397‐ピサ、1478)の「聖母子と四聖人」(1420c)
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


P2310761
玉座の聖母子


P2310763
福音書記者聖ジョヴァンニとアレッサンドリアの聖カテリーナ


P2310765
洗礼者聖ジョヴァンニと聖アゴスティーノ


P2310768
Maestro di Signa (15世紀に活動)の「聖母子と二天使」
エンポリのサンタ・クローチェ修道院にありました。


P2310773
Maestro di Signaの「聖アンサーノと聖アポッロニア」(15世紀前半)
エンポリのサント・ステファノ教会にありました。


P2310775
Maestro di Signa の「大天使ラッファエーレ」(15世紀前半)
エンポリのサント・ステファノ教会にありました。


P2310778
ロッセッロ・ディ・ヤコポ・フランキ工房の「ウミルタの聖母」(1430c)
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


P2310784
Maestro di Signa の「聖ロレンツォと聖ドンニーノ」、「聖ピエトロと聖パオロ」(15世紀前半)
エンポリのサン・ドンニーノ教会にありました。


P2310786
ロッセッロ・ディ・ヤコポ・フランキ(フィレンツェ、1377c‐1456)の「聖母子と四聖人」(1420‐30c)
エンポリ郊外のサン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ教区教会にありました。


P2310788
聖母子


P2310789
聖セバスティアーノと洗礼者聖ジョヴァンニ


P2310791
福音書記者聖ジョヴァンニと聖ドミティッラ


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救世主


P2310793
受胎告知する大天使


P2310795
受胎告知される聖母


P2310798
フランチェスコ・ディ・ヴァルダムブリーノ(1401‐1435活動記録)の「聖ステファノ」
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


P2310800
次の部屋です。


P2310802
15世紀から17世紀の作品が展示されてます。


P2310801


P2310804
ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノ(フィレンツェ、1474‐1497活動記録)に帰属する「聖母子」(1490c)


P2310807
コジモ・ロッセッリ(フィレンツェ、1439‐1507)に帰属する「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」(1500c)


P2310810
スオール・プラウティッラ・ネッリ(フィレンツェ、1523‐1588)に帰属する「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(1550c)


P2310814
ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノの「聖母子と聖マッテオ・アポストロと聖グリエルモ・エレミータと聖バルバラと聖セバスティアーノ」(1474c)
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


P2310816
ジョヴァンニ・アントニオ・ソリアーニ(フィレンツェ、1492‐1544)に帰属する「玉座の聖ビアージョ」
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


P2310818



P2310829
ヤコポ・デル・セッラーイオ(フィレンツェ、1442c‐1493)と工房の「聖母子と聖二コラと聖ピエトロ・マルティーレ」(1490c)


P2310832
ヤコポ・デル・セッラーイオに帰属する「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1470c)


P2310835
フランチェスコ・ボッティチーニ(フィレンツェ、1446‐1498)とラッファエッロ・ボッティチーニ(フィレンツェ、1474‐1520活動記録)の「秘跡のタベルナコロ」


P2310836
聖アンドレア


P2310839
洗礼者聖ジョヴァンニ


P2310840
裾絵


P2310843



P2310845
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。
(つづく)

P2310626
次は1階(日本の2階)の展示室です。


P2310627
ジュゼッペ・デル・モーロ(1718‐1781)の「サンタンドレア参事会教会の天井装飾計画」(1763c)


P2310629
トスカーナの彫刻家の「リッチ家紋章」(15世紀)
以下2点も同じです。


P2310631


P2310632


P2310634
ヴィンチェンツォ・ラーミ(1807‐1892)の「聖フィロメーナ」(1835)
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


P2310636
次の部屋です。


P2310637
2010年頃と比べると格段に鑑賞し易くなりました。


P2310638
14世紀から15世紀の作品が展示されてます。


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写真がOKになってから、保護板に覆われている作品が多くなりました。


P2310640
マリオット・ディ・ナルド(1394‐1424記録)の「聖母子」(1393)
パニャーナのサンタ・クリスティーナ教会にありました。


P2310643
チェンニ・ディ・フランチェスコ(1369‐1415c記録)の「アレッサンドリアの聖カテリーナと聖ルチアと聖女」


P2310647
ニッコロ・ディ・トッマーゾ(1343‐1376活動)に帰属する「磔刑」
エンポリのサンタ・クローチェ修道院にありました。


P2310650
14世紀後半のフィレンツェ派無名画家の「磔刑」


P2310653
チェンニ・ディ・フランチェスコの「聖アントニオ・アバーテと殉教聖人と聖オノフリオ」


P2310655
フィレンツェ派無名画家の「聖母と福音書記者聖ジョヴァンニ」(15世紀初め)
エンポリのサンタントニオ教会にありました。


P2310657
ピストイアの無名画家(Maestro del 1366?)の「聖母子と四聖人」(1320‐30c)


P2310662
モーゼ、ダヴィデ


P2310664
ソロモン、ジェレミア


P2310666
聖フランチェスコ、洗礼者聖ジョヴァンニ


P2310668
聖アンドレア、聖アントニオ・アバーテ
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


P2310671
ニッコロ・ディ・ピエトロ・ジェリーニ(フィレンツェ、1368‐1415活動)の「聖母子と四聖人」(1385c)
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。
各パネルを見てみましょう。


P2310673
聖母子


P2310675
受胎告知する大天使


P2310677
受胎告知される聖母


P2310679
聖アントニオ・アバーテ、洗礼者聖ジョヴァンニ


P2310681
聖グレゴリオ・マーニョ、聖レオナルド


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裾絵はアレッサンドリアの聖カテリーナ、聖レパラータ


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ピエタのキリスト


P2310686
聖バルバラ、聖マルゲリータ


P2310689
アーニョロ・ガッディ(フィレンツェ、1369‐1396活動)の「聖母子と四聖人」(1390c)
エンポリのサン・マーマンテ教会にありました。


P2310691
聖母子


P2310693
聖アントニオ・アバーテとアレッサンドリアの聖カテリーナ


P2310694
聖ジローラモと洗礼者聖ジョヴァンニ


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裾絵の聖ルチア、聖バルバラ


P2310699
聖母、ピエタのキリスト、マグダラのマリア


P2310700
2聖人(特定できません)


P2310704
アンブロージョ・ディ・バルデーゼ(フィレンツェ、1352‐1429)の「授乳の聖母と磔刑」(1380‐85c)
エンポリのサンタ・クローチェ修道院にありました。


P2310707
ロレンツォ・ディ・ビッチ(フィレンツェ、1350c‐1427)の「昇天した聖母からチントラを受け取る聖トッマーゾ」(1395‐1400)
エンポリのサント・ステファノ教会にありました。


P2310710
ロレンツォ・ディ・ビッチの「磔刑」(1399)
エンポリのサント・ステファノ教会にありました。


P2310712
フィレンツェ派無名画家の「十字架の奇跡」(15世紀初め)
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。
(つづく)

P2310391
エンポリのサンタンドレア参事会教会です。


P2310381
参事会教会にあった作品が展示の中心ですが、その他にエンポリとその周辺の教会やパラッツォから集められた作品などが展示されてます。


P2310378
美術館の入り口は、教会に向かって右側の奥にあります。


P2310536
入館するとキオストロがあります。


P2310537
キオストロを経由して展示室に向かいます。


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15世紀のトスカーナの無名彫刻家の「エンポリの紋章」
サンタンドレア参事会教会にありました。


P2310541
15世紀のトスカーナの無名彫刻家の「聖アンドレアの紋章」
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


P2310543
詳細不明


P2310546
Maestro Felice Fiorentino (17世紀前半に活動記録)の「天使」(1623)


P2310547



P2310549
次の部屋は、フレスコ画断片などが展示されてます。


P2310550
この美術館の展示作品の中で、最も有名な作品であるマゾリーノの「ピエタ」は、フィレンツェのストロッツィ宮に貸し出されていました。


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この美術館に何回も来てます。2014年10月に撮った写真を載せておきましょう。
マゾリーノの「ピエタのキリスト」


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P1450131


P2310552
18世紀のトスカーナの家具工房の「長椅子」
2017年6月に撮った作品写真を掲載していますが、マゾリーノの「ピエタのキリスト」の写真をアップするために2014年10月に撮った写真を見ていました。
展示作品や作品帰属が微妙に変わったことに気付きました。このような小さな美術館でも変化があることに驚きました。


P2310555
16世紀初めのフィレンツェ派無名画家の「授乳の聖母」
エンポリのサンタ・クローチェ修道院にありました。


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14世紀のフィレンツェ派無名画家のフレスコ断片


P2310559
14世紀のフィレンツェ派無名画家のフレスコ断片


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ベルナルド・ロッセッリーノ(セッティニャーノ、1409‐フィレンツェ、1464)の「洗礼盤」(1447)
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


P2310567
16世紀のフィレンツェ派無名画家の「2殉教聖人」
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


P2310571
ゲラルド・ディ・ヤコポ通称ロ・スタルニーナ(1387‐1413記録)の「聖アンドレアとシノピエ」(1409)
エンポリのサント・ステファノ教会にありました。


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ゲラルド・ディ・ヤコポ通称ロ・スタルニーナの「洗礼者聖ジョヴァンニと聖ピエトロ」(1409)
エンポリのサント・ステファノ教会にありました。


P2310576
フラ・パオリーノ・ダ・ピストイア(ピストイア、1488‐1547)の「聖母子」(1530c)
エンポリのCasa Santini にありました。


P2310578
次の部屋です。


P2310578
以前と比べると展示場所が変わっている作品が数点ありました。


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バッティスタ・ディ・ドナート(1536‐1557活動記録)の「聖水盤」(1557)


P2310585
トスカーナの無名彫刻家の「聖水盤」(1492‐1502)
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


P2310592


P2310587
ジョヴァンニ・バンディーニ(フィレンツェ、1540c‐1599)の「聖女」(1580c)
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


P2310590
ジュゼッペ・カンティーニ・ダ・ビッビエーナ通称イル・クオーコ(18世紀中頃活動)の「聖ロッコ」(1757)
エンポリのサン・ロッコ祈祷所にありました。


P2310595
フィレンツェ派無名彫刻家の「預言者」(17世紀前半)
エンポリのサンタンドレア参事会教会の洗礼堂にありました。


P2310597
フィレンツェ派無名彫刻家の「預言者」(17世紀前半)
エンポリのサンタンドレア参事会教会洗礼堂にありました。


P2310600
ベネデット・バリオーネ工房の「玉座の聖母子と四聖人(聖アンセルモ、聖フランチェスコ、聖ドメニコ、マグダラのマリア)」(1500‐10c)(テラコッタ)
エンポリのサンタ・マリア・ア・リーパ教会修道院にありました。


P2310603
ジョヴァンニ・ピサーノ(ピサ、1248c‐シエナ、1319c)の「聖母子」(1280c)
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


P2310605
ドイツの彫刻家の「磔刑像」(16世紀)


P2310606


P2310609
フィレンツェ派無名テラコッタ工芸家の「聖母子」(15世紀前半)
エンポリのサンタ・マリア・ア・ルーパ教会修道院にありました。


P2310612
トスカーナの家具工房の「物入れ」(17世紀初頭)
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


P2310615
ミーノ・ディ・フィエゾレ(フィエゾレ、1429‐1484)の「聖母子」(1470c)
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


P2310618
イギリス製の聖書台(1520)
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。


P2310621
ドン・ロムアルド・ダ・カンデーリ(15世紀中頃活動記録)とネーリ・ディ・ビッチ(フィレンツェ、1419‐1492)の「マグダラのマリア」(1455)
ヴィンチ村のサンタ・クローチェ教会にありました。


P2310624
フィレンツェ派の「聖母子と天使」(15世紀後半)
エンポリのサンタンドレア参事会教会にありました。
(つづく)

エンポリのサンタンドレア参事会教会の続きです。
P2310475
右翼廊の先にある礼拝堂に行きました。


P2310476
この礼拝堂です。


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有名な浮彫ですが、詳しいことを失念。


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フェルディナンド・フォスキのフレスコ画


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エジスト・フェローニの「チゴリ作『最後の晩餐』のコピー画」


P2310491
詳細不明


P2310494


P2310497
詳細不明


P2310498
内陣に戻りました。


P2310499
右側第4礼拝堂


P2310502
右第3礼拝堂


P2310505
詳細不明


P2310506
右第2礼拝堂


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天井のスタッコ装飾


P2310510
詳細不明


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Maestro Francescoに帰属する「聖アガタの殉教」


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右第1礼拝堂


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ドメニコ・デル・ポデスタによる天井フレスコ画


P2310517
詳細不明


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ドメニコ・デル・ポデスタの作品(1798)


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ドメニコ・デル・ポデスタの「アーモンドの奇跡」(1806)


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出入口の上にオルガンがあります。


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外に出ました。


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次は参事会教会付属美術館です。


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入館しました。


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キオストロを経由して展示室に向かいます。


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美術館については、後程詳しく取り上げます。


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傑作が数点あります。


P2310550
マゾリーノの作品はフィレンツェのストロッツィ宮に貸し出し中でした。


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次はマドンナ・デル・ポッツォ聖域です。


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Santuarioはローマ通りの外れにあります。


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美術館で鑑賞するうちに気温が上がって、この日も猛暑日になりました。


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マドンナ・デル・ポッツォ聖域です。


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この地は、城門の先の城壁外でしたが、12世紀の記録に教会の存在が記されています。その教会は1523年の火災によって消失しましたが、焼け跡のまま放置され荒地となってしまいました。
17世紀初めに、教会の再建が決まり、1621年、ブラマンテ様式を踏襲した建築家アンドレア・ボニタッリの設計によって再建された建物が現在の姿です。


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ファサードの前の柱廊が特徴です。


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単廊式、ラテン十字形、バロック様式の内部です。


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美術的な見どころは、2点の祭壇画です。


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主祭壇画は、制作者不明の「聖母子と聖ヤコポと聖アントニオ・アバーテ」(15世紀)


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消失した建物で、奇跡的に辛うじて残っていたのが、この祭壇画です。


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制作者不明の「聖母の教育」(18世紀)


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エンポリで見るべきものは大体見ました。


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酷暑と言うべき日だったので、早々に退散することにしました。


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駅に戻りました。


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シエナに戻ります。


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(おわり)

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サンタンドレア参事会教会です。
エンポリが単独司教区ならば、司教座教会になって当然ですが、エンポリはフィレンツェ大司教区に属してます。



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教会が5世紀半ばに設立された記録が残されてます。
1117年に創建され、1443年頃に完成したフィレンツェ式ロマネスク様式の建物が現在の姿の原形です。


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プラート産緑色大理石とカッラーラ産白色大理石を組み合わせたファサードが特徴です。


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1531年に参事会教会に昇格しました。


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1730年代、建物は風化が進み危険となったので、18世紀後半に大掛かりな修復工事が行われました。そのため、創建時のロマネスク様式の部分はファサードのごく一部に留まります。


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聖アンドレア


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洗礼者聖ジョヴァンニ


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入口扉の装飾


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拝観しました。


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単廊式、ラテン十字形、バロック様式の内部です。


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左右の側壁にそれぞれ5つの礼拝堂があります。


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右側壁


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天井


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聖水盤


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ラッファエッロ・ボッティチーニ(1477‐1520)の「救世主」


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左側最初の礼拝堂


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左側の2番目の礼拝堂


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左側第3礼拝堂


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左第4礼拝堂


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詳細不明


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左側の第5礼拝堂


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詳細不明


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後陣左側の礼拝堂


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ヤコポ・キメンティ・ダ・エンポリの「聖アンドレア」(1551‐60)


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ヤコポ・キメンティ・ダ・エンポリの「聖ジュゼッペ」


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次の礼拝堂です。


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ジュゼッペ・ロメイの「聖ジュゼッペの死」(1767)


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詳細不明


P2310453
詳細不明


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主祭壇


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主祭壇画は、ロレンツォ・ディ・ビッチ(1350‐1427)とビッチ・ディ・ロレンツォ(1373‐1452)の「トリッティコ」


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玉座の聖母子


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聖マルティーノと聖アンドレア


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聖アガタと洗礼者聖ジョヴァンニ


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裾絵


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中央の裾絵が欠落しています。


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後陣の木製磔刑像(14世紀)
(つづく)

エンポリ Empoli は、人口48,438人(2016年11月30日現在)のトスカーナ州フィレンツェ県にあるコムーネです。古代ローマ時代からフィレンツェとピサを繋ぐアルノ川の交易河港として栄え、8世紀頃に自治都市となりましたが、12世紀頃にはフィレンツェの支配下に置かれた歴史があります。
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この日(2017年6月)は、シエナからエンポリへの日帰り遠足です。


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シエナ発フィレンツェ行きの列車でエンポリ駅に到着しました。


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駅舎の時計が狂ってます。日本では考えられませんが、イタリアの駅の時計は信用できません。年間を通じて夏時間のままという駅も幾つかありますが、この駅よりもまだ増しというものです。


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駅前に立つのは。フェッルッチョ・ブゾーニ(エンポリ、1866‐ベルリン、1924)像です。大音楽家ブゾーニをご存知ではない方はいらっしゃらないと思いますが、エンポリが生んだ大作曲家で、天才ピアニストとして有名です。


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ブゾーニ像が駅の正面にあることが分かります。駅前広場やその街の中心広場に立っている胸像などに注目すると、その町が生んだ有名人や歴史が分かります。


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駅前から延びるローマ通り


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この日も暑くなりそう!


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左折してチェントロに向かいました。


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中世に築かれた城壁や城門は殆ど残っていません。


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エンポリの観光スポットは、サンタンドレア参事会教会と教会に付属する美術館ですが、私の日帰り遠足の目的もその2つに行くことです。


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ごく普通の家が立ち並んでます。


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レオナルド・ダ・ヴィンチの生地ヴィンチ村へのバスがエンポリから出ているので、観光客に意外に知られているそうです。


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セリエA、セリエBを行ったり来たりしているエンポリFCの本拠地でもあります。


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市役所を経由しました。


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Piazza del Popolo


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市庁舎


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1529年から1530年に建設されたPalazzo Pretorio del Podestaが市庁舎として使用されてます。


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広場に面した建物は16世紀に建設されたそうですが、新しく見えます。


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この辺から町の中心が始まります。


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最も賑わう通りです。


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写真左の建物は有名だったと思いますが失念しました。


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この建物にあった碑文


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開いていれば拝観したいサントステファノ教会ですが、この日も閉まっていました。旧教会になったようで、催事場やコンサート会場などに使用される時以外は開かないようです。


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入口扉上ルネッタに描かれたフレスコ画


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サントステファノ教会にある、カラヴァッジョ作品の比較的出来の良いコピー画があることで美術ファンに知られていますが、2年前のポスターが相変わらずありました。


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美術館に着きました。


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参事会教会の鐘楼


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美術館の入り口が開いていましたが、開館時間まで30分ほどあったので広場の見学と教会の拝観をすることにしました。


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こちらの入り口から教会内に入れますが、広場側から入ることにしました。


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ファリナータ広場


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正式名称が長いので、地元では単にファリナータ広場と呼ばれているようです。


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この広場がエンポリの中心です。


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サンタンドレア参事会教会


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Fontana delle Naiadi


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彫刻家Luigi Pampaloni通称Naiadiによって1828年に制作されたFontanaです。


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Museo Civicoは長期間閉鎖されたままのようです。


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(つづく)

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美術館と塔を十二分に楽しみ、今回の旅の目的を完遂しました。


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お腹が空きました。日中は混みあうので、少し早かったけれど昼食にしました。


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サン・ジミニャーノのワインは白なので、魚料理にしました。


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最初はビール


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サン・ジミニャーノでは珍しい魚料理


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何時も同じものを食べます。その理由は好きなものが好き、嫌いなものは嫌いだから。


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旅行中の野菜不足の備えです。


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水、ビール、ワインが効いて早くも公衆トイレのご厄介になりました。


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暑かった!


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昼過ぎには40度近くあったと思います。


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旅行というものは、時間を買っているようなものなので無駄にしたくなかった。その思いで街歩きを続けたのですが・・・・・


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暑さに強い人ばかりのようで。


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しかし、昼食前よりも一段と混雑してきました。


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日差しを避けて日陰を歩きました。


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皆さん、元気ですね。


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何とか頑張りましたが、酔い覚ましになりません、もう限界です。


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サン・ジョヴァンニ門が見えたところで引き返しました。


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ホテルに戻り、チェックインをしてから自室でひと眠り。


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目覚めたら夕方でした。サンタゴスティーノ教会だけは見逃すわけにはいきません。


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出入口は身廊側にあります。


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芸術作品の宝庫です。


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ドゥオーモよりも、こちらの方が好みです。


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この教会については、以前に詳しく触れました。


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キオストロ


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何度来ても良いものは良いです。


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(おわり)

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グロッサの塔から展示室に戻りました。


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次の部屋です。


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バルトロメオ・ネローニ通称イル・リッチョ(シエナ、1505c‐1571)の「聖母子と聖シジスモンドと聖ロッコ」(1540c)


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15世紀前半のフィレンツェの木工工房の「カッソーネ」


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サン・ジミニャーノの彫刻家と画家による「磔刑」(1520‐30c)


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今までの展示とは少し違ったものです。


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北イタリア(ミラノ?)の武具職人の「兵士用ヘルメット」(1390‐1400c)


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狩猟用ナイフ(16世紀末‐17世紀初頭)


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17世紀初め頃のサン・ジミニャーノの家具工房の「カッソーネ」


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マガーニャ(シエナで16世紀初め頃に活動)の「幼きキリストへの崇拝」(1510‐15c)
マガーニャは、ソドマやドメニコ・ベッカフーミのサークルに所属して活動していました。


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ピエトロ・トッリジャーノ(フィレンツェ、1472‐シヴィーリア、1528)の「聖グレゴリオ」(1496c)


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ピエトロ・トッリジャーノの「聖フィーナ」(1496c)


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次の部屋です。


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ダンテの間です。


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1300年、ダンテはフィレンツェ大使としてサン・ジミニャーノに訪れ、訴訟を提起したのですが、その際、この部屋に赴いたことに「ダンテの間」が由来しています。


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部屋の壁はフレスコ画で埋め尽くされてます。


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リッポ・メンミの「マエスタ」(1317)
どこかで見たような気がしませんか?
シエナのプッブリコ宮(市庁舎、シエナ市立美術館)に描かれたシモーネ・マルティーニの「マエスタ」(1312‐15)に非常に似ています。
リッポ・メンミは、シモーネ・マルティーニの義弟ですが、シモーネの追随者でした。シモーネの「マエスタ」の制作に協力したか、シモーネの「マエスタ」を見て、強い影響を受けて、この作品を制作したのでしょう。


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シエナ・プッブリコ宮のシモーネ・マルティーニの「マエスタ」(1312‐15)
ご参考までにシモーネの「マエスタ」の写真を載せておきましょう。


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リッポ・メンミの「マエスタ」に戻りましょう。


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ダンテ像


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「マエスタ」をもう一度見てから外に出ました。


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(おわり)

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Maestro di San Jacopo a Mucciana (フィレンツェで15世紀初めに活動)の「聖母子と二天使」(1405‐15c)


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15世紀の無名画家の「聖母子」


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次の部屋です。


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壁にフレスコ画が描かれてます。


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執政長官の部屋ですね。


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ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノの「聖母子」(1480‐90c)


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この部屋のフレスコ画の殆どは、メンモ・ディ・フィリップッチョ(シエナ、1288‐1324記録)によって描かれました。


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14世紀第2四半世紀のシエナの工芸工房の「結婚式の手箱」


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紋章が10点ほどあります。


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1450年代のシエナの工房の「教皇ピオ2世ピッコロミーニの紋章」(1458‐62)


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ベッチ家の紋章(15世紀末‐16世紀初め)


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次は廊下の壁に展示されている彫刻です。


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15世紀前半のトスカーナ工房制作の紋章


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16世紀末のトスカーナの工房による「執政長官グリエルモ・ディ・ジュリアーノ・ダ・ヴェッラッツァーノの紋章」(1599)


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詳細不明


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17世紀初めのトスカーナの工房の作品(1608)


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ベネデット・ダ・マイアーノ(マイアーノ、1442‐フィレンツェ、1497)の「ケルビーニ」(1478‐82)


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トスカーナの工房の作品(13世紀末‐14世紀初頭)


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サン・ジミニャーノのサンタ・ルチア教会の鐘(1487)


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15世紀前半のトスカーナの工房の作品


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14世紀前半のシエナの工房作の十字架


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トスカーナの工房作の彫刻(16世紀末‐17世紀初頭)


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トスカーナの工房作の彫刻(17世紀初め)


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次はグロッサの塔です。


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ここまで来たら上らないわけにはいきません。


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膝に負担がかかります。


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以前、急に鐘が鳴ったのでビックリしたことがありました。


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強烈な日差しでしたが、風が吹き抜けて暑さが吹き飛びました。


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今まで上った中で最も天気に恵まれたのが、この日でした。


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塔はかなり混雑していました。美術館の展示室よりも塔を目当てで入館した人が多かったみたい。


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(つづく)

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ロレンツォ・ディ・ニッコロ・ディ・マルティーノ(フィレンツェ、1391‐1411記録)の「聖バルトロメオとその生涯の物語」(1401)


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玉座の聖バルトロメオ


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聖母への死を告げる大天使ミケーレ


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死のお告げを受ける聖母
よく見ると受胎告知ではありませんね。


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聖バルトロメオの誕生


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聖バルトロメオの殉教


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聖バルトロメオの生涯については、不知なので、どの場面が描かれているのか分かりません。


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左端に描かれた聖人たち


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聖フィーナ


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右端の聖人たち


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アレッサンドリアの聖カテリーナ


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聖ルチア


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裾絵の聖クリストフォロ


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聖ジローラモ


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Maestro del 1419 (フィレンツェで15世紀第1四半世紀に活動)の「玉座の聖ジュリアーノと聖アントニオ・アバーテと聖マルティーノ」(1425‐27c)


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三位一体


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聖母への死のお告げをする大天使ミケーレ


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死のお告げを受ける聖母


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玉座の聖ジュリアーノ


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聖アントニオ・アバーテ


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聖マルティーノ


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左端の聖人たち


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右端の聖人たち


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ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノ(フィレンツェ、1444/1445-1497.迄活動記録)の「聖母子とと聖ジュストとアクイーノの聖トッマーゾ」(1477)


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ヴィンチェンツォ・タマーニ(サン・ジミニャーノ、1492‐1529迄記録)の「聖母子」


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次の部屋です。


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プセウド・アンブロージョ・ディデーゼ別名リッポ・ディ・アンドレア(フィレンツェで15世紀初めに活動)?の「聖母子と四聖人(バーリの聖二コラ、アレッサンドリアの聖カテリーナ、殉教聖人、聖アントニオ・アバーテ)」(1400‐10c)


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14世紀後半のシエナの工芸工房の「カッソーネ」


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タッデオ・ディ・バルトロ(シエナ、1362c‐1422)の「玉座の聖ジミニャーノとその生涯と奇跡の物語「(1401)
サン・ジミニャーノで最も大切されている作品です。


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ニッコロ・ディ・セル・ソッツォ(シエナ、1330年代から記録‐1363没)の「聖母被昇天と4聖人」(1340‐45)


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聖母被昇天


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聖ベネデット


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聖トッマーゾ


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聖バルトロメオ


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アレッサンドリアの聖カテリーナ
(つづく)

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13世紀後半のシエナ?派無名画家の「聖母子」


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セバスティアーノ・マイナルディ(フィレンツェ、1466‐1513)とビアージョ・ダントニオ(フィレンツェ、1446‐1506迄活動記録)の「聖母子と6聖人(聖アゴスティーノ、聖ジミニャーノ、マグダラのマリア、聖フィーノ?、洗礼者聖ジョヴァンニ、聖ジローラモ)」(1500‐05c)


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ドメニコ・ディ・ミケーレ(フィレンツェ、1417‐1491)の「玉座の聖母子と4聖人(聖グレゴリオ、洗礼者聖ジョヴァンニ、聖フランチェスコ、聖フィーノ)」(1463‐65c)


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ベネデット・ダ・マイアーノ(マイアーノ、1442‐フィレンツェ、1497)の「磔刑」(1488c)


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フィリッポ・リッピの「受胎告知」


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ピントゥリッキオ(ペルージャ、1454c‐シエナ、1513)の「被昇天の聖母と教皇聖グレゴリオ・マーニョと聖ベネデット」(1511)


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ベノッツォ・ゴッツォーリ(フィレンツェ、1420/1421-ピストイア、1497)の「聖アンドレアの祭壇画」(1466)


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聖母子と聖アンドレアと聖プロスペーロと二天使


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裾絵


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聖ジローラモ、聖母


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ピエタのキリスト、福音書記者聖ジョヴァンニ


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聖グリエルモ


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ベノッツォ・ゴッツォーリの「玉座の聖母子と4聖人(洗礼者聖ジョヴァンニ、マグダラのマリア、聖アゴスティーノ、聖マルタ)」(1466)


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ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノ(フィレンツェ、1444/1445-1497迄活動記録)の「聖母子と聖バルトロメオと聖アントニオ・アバーテと寄進者」(1490)


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メインパネル


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裾絵


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チェンノ・ディ・フランチェスコ・ディ・セル・チェンニ(フィレンツェ、1369以降記録‐1415没)の「聖母子と二天使」(1413c)


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グイド・ディ・グランツィアーノ(シエナで13世紀第4四半世紀活動)?の「聖母子と二聖人」(1280‐85c)


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コッポ・ディ・マルコヴァルド(フィレンツェ、1260‐1276記録)の「彩色磔刑像」(1255‐60c)


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次の部屋です。


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バルトロ・ディ・フレディ(シエナ、1353から活動記録‐1410没)の「八人の女の頭」(1360‐64)


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ロレンツォ・ディ・ニッコロ・ディ・マルティーノ(フィレンツェ、1391‐1411活動記録)の「聖グレゴリオと聖フィーノの生涯の物語」(1402)


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表裏両面に描かれてます。


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メンミ・ディ・フィリップッチョ(シエナ、1288‐1324記録)の「聖母子と8聖人(聖ピエトロ、福音書記者聖ジョヴァンニ、アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖アグネス、洗礼者聖ジョヴァンニ、聖ミケーレ、聖フランチェスコ、聖キアーラ)」(1305‐10c)


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アッツォ・ディ・マゼット(サン・ジミニャーノ、1289‐1297記録)の「磔刑」


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マリアーノ・ダーニョロ・ロマネッリ(1376‐1391活動記録)の「聖オルソーラ」(1380‐90c)


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次の部屋です。


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この部屋にも素晴らしい作品が並んでます。


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ヤコポ・ダ・フィレンツェの聖母子と四聖人(アレッサンドリアの聖カテリーナ、バーリの聖二コラ、トローサの聖ルドヴィーコ、聖ピエトロ・マルティーレ)」(1410‐13c)
ヤコポはチェンノ・ディ・フランチェスコ・セル・チェンニの協力者でした。


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ロレンツォ・ディ・ニッコロ・ディ・マルティーノ(フィレンツェ、1391‐1411記録)の「聖母子」(1402c)


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タッデオ・ディ・バルトロ(シエナ、1362c‐1422)の「サン・ジミニャーノ参事会教会の多翼祭壇画」(1393‐94)


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祈るキリスト


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聖母子


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聖ピエトロ、聖母への死のお告げ


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バーリの聖二コラ、聖クリストフォロ


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死のお告げを受ける聖母、聖パオロ


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福音書記者聖ジョヴァンニ、聖マルティーノ
(つづく)

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サン・ジミニャーノの中心ドゥオーモ広場です。


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広場に面して建つポポロ宮は、1288年に建設され、1323年に拡張され現在の姿の姿になりました。ポポロ宮は市庁舎が置かれていますが、1852年から市立美術館が併設されてます。


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ポポロ宮に隣接する、高さ54mのグロッサの塔です。
市立美術館は、シエナ派とフィレンツェ派絵画を展示する絵画館、ポポロ宮内の部屋、そしてグロッサの塔から成ってます。


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美術館には中庭の方から入ります。


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中庭


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中庭に面した建物壁に描かれたフレスコ画が見所です。


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14世紀後半のシエナ派無名画家によって描かれたフレスコ画


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モノクロのフレスコ画はヴィンチェンツォ・タマーニによって描かれました。


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ヴィンチェンツォ・タマーニのフレスコ画


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グロッサの塔の鐘


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詳細不明のフレスコ画


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紋章が描かれてます。


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中庭の井戸


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ソドマのフレスコ画


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美術館は階上にあります。


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階段途中の壁にもフレスコ画があります。


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14世紀後半のシエナ派無名画家の「三位一体」


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突き当りが美術館の入り口で、中に切符売り場があります。


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柱廊から撮りました。


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開館を待つ人が10人ほどいました。


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開館時間になりました。


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ここはポポロ宮内の礼拝堂です。


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作品が10点ほど展示されてます。


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ところが礼拝堂の中に入ることが出来ません。


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開いている入口扉から身を乗り出して作品を見るよりありません。


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作品写真を撮るのが大変でした。


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セバスティアーノ・マイナルディ(サン・ジミニャーノ、1466‐フィレンツェ、1513)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノと天使」(1490‐1500c)


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ネーリ・ディ・ビッチ(フィレンツェ、1418‐1492)の「聖母子」(1460‐70c)


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ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノ(フィレンツェ、1444/1445-1497)の「聖母子と聖フランチェスコと聖ドメニコ」(1497)


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セバスティアーノ・マイナルディの「聖母子と聖ジローラモと聖バルナルド」(1502)


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セバスティアーノ・マイナルディの「聖母子と二天使」(1502c)


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ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノの「三位一体」(1497)


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ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノの「磔刑像」


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ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノの「ピエタのキリスト」(1497)


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次の部屋です。


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質の高い作品が並んでます。


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リナルド・ダ・シエナ(シエナとサン・ジミニャーノで1270年台に活動)の「彩色磔刑像」(1280c)


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紋章の制作者が分かってます。


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(つづく)

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鐘楼があるので教会の建物と思いますが、地図を見ても教会が載ってません。


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裏道を歩きましたが、知らないうちにメインストリートのサン・マッテオ通りに出てしまいました。


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L'Arco della Cancelleria


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Arcoを潜ってドゥオーモに向かいました。目と鼻の先です。


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旗は夏至前後に行われる祭り用でしょう。


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ドゥオーモ広場


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ポポロ宮です。市庁舎ですが、この建物内に市立美術館があります。


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扉が開いてますが、日曜日の午前中は一般非公開となってます。


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午後に拝観しました。


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現存する14本のうち、最も高いグロッサの塔で、高さが54mあります。


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そろそろ美術館の開館時間です。


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先客がいました。


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市立美術館に入館しました。


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美術館については、後で詳しく触れる予定です。


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展示作品数は多いと言えませんが、珠玉の作品が幾つかあります。


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美術館からグロッサの塔に上ることが出来ます。


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何とか塔に上ることが出来ました。


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快晴だったので、塔からの絶景を楽しむことが出来ました。


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美術館は何度訪れてもその度に感激します。


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外に出ました。


P2300428
(つづく)

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バスでサン・ジミニャーノに向かいました。


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バスは定刻にマルティーリ・ディ・モンテマッジョ広場に到着しました。


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連日、快晴の猛暑が続いていましたが、この日も快晴でした。午前9時ころだったので、未だ涼しかった。


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城壁がごく一部を除いて原形のまま残ってます。


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サン・ジョヴァンニ門から城壁内に入ります。


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門を潜ってサン・ジョヴァンニ通りに入りました。


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先ず、この日のお宿に向かいました。


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この日のお宿はチステルナ広場に面して建ってます。


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この時期、日中は観光客で溢れていますが、日帰り客が殆どで泊まる人が意外にも少ないのです。


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その理由ですが、フィレンツェやシエナから日帰り観光出来る距離にあることと、宿泊設備が少ないことが挙げられると思います。


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これまでに多分10回ほど来ていると思います。


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何度も足を運ぶ理由は、町の雰囲気が好きだからです。


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ベッチのアーチ


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アーチを潜ればチステルナ広場に出ます。


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建物の前にテントが出てますが、そこがこの日のお宿です。


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到着時間が早すぎたので、荷物を預かって貰っただけでホテルを後にしました。


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富の象徴として競って建てられた塔で、全部で72本あったそうですが、現存するのは14本だけです。


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今回の目的は市立美術館の作品写真を撮ることでした。国立の博物館や美術館の写真解禁に合わせて、写真解禁とした市立の博物館・美術館も多かったのですが、サン・ジミニャーノ市立美術館は写真不可が続けられたのです。


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2016年の11月頃に写真がOKとなったことを知り、機会があれば2017年に訪れたいと思いました。それが実現したわけです。


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広場の名称の由来となった井戸です。


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勝手知ったる街なので、表通りを歩いてもつまらないので、観光客があまり訪れない場所を歩くことにしました。


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一本裏道に入ると観光客がいません。


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良い雰囲気で気に入ってます。


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実は市立美術館の開館まで少し時間があったので、暇つぶしに歩きました。


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この日は日曜日だったので、教会は日曜朝のミサが行われているので拝観を遠慮しました。


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日曜日は、バスが大幅減便となるので、観光客が少ないと予想して、わざわざ日曜日を選びました。


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(つづく)

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ソーレ通りです。


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写真右の建物に聖母子があります。


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これです。


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狭いチェントロなので、あちこち歩いただけでは時間が中々つぶれません。


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ホテルに戻ろうかと思いましたが、レストランの開店まで15分ほどなので、中途半端です。


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先ほど、ガリバルディ広場から潜ってきた門です。


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この記事がアップされる頃はイタリア旅行中です。


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実は、イタリアから帰国してまだ5日しか経ってません。


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このブログサイトの予約機能を使って、せっせせっせと書き貯めしています。


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道路が濡れてますが雨が降ったわけではありません。先ほど、清掃車が通ったのです。
2017年6月の旅行中は、連日40度前後の快晴でした。


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グリエルモ・マルコーニ通りです。


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このトンネルから通りの名称が変わります。


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旗がありますが、この日から10日後に行われる祭り用です。夏至前後の週末は、各コムーネのお祭り集中日です。


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オスクゥーラ広場です。見えているのは城壁です。


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自製の来年カレンダーに使用予定の写真。


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午後7時過ぎの日差しです。


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この門を潜って城壁外に出ました。


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宗教美術館の入館が目的だったのでチェントロに泊まりましたが、近くのアグリの方が変化に富んだ滞在になります。


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今度はこちらの門を潜りました。


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直ぐに同じところに出てしまいます。


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門が多い村です。


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同じ門ではありません。


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城壁外に出ても特に何もありません。


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城壁内に戻りました。


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レストランが開く時間になりました。


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この日は、アルベルゴ・ローマのレストランにしました。


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外の席の方が人気がありますが、暑いのでクーラーが効いた室内の席に座りました。


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外はまだ30度以上だったと思います。


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ホテルでもらった10%割引券が役立ちました。


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外の席はほぼ満席でした。


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まだ日が照っていました。


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午前3時起床の朝型人間なので、夏のヨーロッパの夜が遅いのが辛いのです。


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劇場が開いていて、オーケストラの演奏が聞こえてきました。


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芸術薫るブオンコンヴェントでした。


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午後9時前の日差しです。


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そろそろ寝る時刻です。


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教区教会は閉まっていました。


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この時計は動いてます。


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オラトリオ


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この美術館は非常に良かった!


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扉が少し開いていました。


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中に誰かいたようです。


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もう一回ここに来るのは無理でしょうね。


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ホテルに戻りました。


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(おわり)




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Porta Seneseです。シエナ門というわけです。


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門を潜って城壁外に出ました。


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村の全景です。


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南側の城壁の一部が取り除かれていましたが、それ以外の城壁は残されてます。


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城壁外を流れるオンブローネ川です。


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ブオンコンヴェントは、アルビア川渓谷にある村です。


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糸杉は遠くから見ると風情がありますが、近くで見ると意外に冴えません。


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トスカーナですね。


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チェントロに戻ります。


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ここは劇場です。


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見えて居る鐘楼は教区教会のものです。


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ガリバルディ広場です。


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広場の半分は駐車場になってます。


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この辺も劇場です。小さな村でもかなりの規模の劇場があることに感嘆します。


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もう夕方です。


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レストランが開く時間までぶらぶら歩きをしながら時間つぶしです。


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この門から城壁内に戻りました。


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空き地のベンチで夕涼みをしている方々が10数人いましたが、カメラを向けるのを控えました。


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日が沈むと急に涼しくなるイタリアですが、夏至近くで日没が遅いので涼しくなりません。


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この時間でも30度は超えていたと思います。


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外階段の建物は風情があります。


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(つづく)

ブオンコンヴェントは、人口3,173人(2015年12月31日現在)のトスカーナ州シエナ県にあるコムーネで、「イタリアで最も美しい村」の一つになってます。
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モンテプルチャーノのバスターミナルです。
この日は2017年6月9日で、猛暑日でした。


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モンテプルチャーノ13:45発ブオンコンヴェント行きのバスに乗車しました。


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終点のFS駅前でバスを降りました。


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FSのシエナ~グロッセート支線に駅があります。


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翌朝、鉄道でシエナに向かうので、駅の自販機で切符を買いました。


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先ず、この日のお宿に向かいました。


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ブオンコンヴェントに来た目的は美術館に行くことなので、駅近くのホテルを選びました。


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この日のお宿です。


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チェックインを済ませて、早速外に出ました。


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今年の6月は連日猛暑日が続き、午後の早い時間に外出するのは控えた方が良いと言われてました。美術館ならば大丈夫だろうと思って、道草せずに直接美術館に向かいました。


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城壁と一体化された建物です。小さなながらも城壁に囲まれた村です。


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チェントロを貫くローマ通りです。


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40度近い中を歩いている観光客がいました。(私も観光客ですが)


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写真左側のお店はまあまあのお味です。


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市庁舎(村役場?)


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壁に紋章がある建物はPalazzo Pretorioです。


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Torre del Palazzo Pretorio


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旗がある建物が美術館です。


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開いていたので安心しました。


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夏場の金土日に開館しています。


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Museo d'Arte Sacra della Val d'Arbiaです。
メールで開館日時を確認したら、珍しく返事が来たので、この開館日時に合わせて旅程を組みました。


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ここの展示は秀逸です。
展示作品数は多いと言えませんが、どの作品も鑑賞に値するものばかりです。


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この美術館については、後程、詳しく取り上げます。


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トスカーナの小美術館、恐るべしです。


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傑作の数々を堪能して外に出ました。
写真右側奥に教会があります。


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サンティ・ピエトロ・エ・パオロ教区教会です。


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1103年創建の古い教会ですが、現在の建物は1703年に建設された三代目のものです。


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1723年に完成した鐘楼です。


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拝観しました。


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三廊式、バロック様式の内部です。


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左側廊方向


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左側廊


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右側廊方向


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右側廊


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主祭壇


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後陣のステンドグラス


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ステファノ・ヴォルピ(シエナ、1594‐1630)の「ロザリオの奇跡と聖ドメニコとシエナの聖カテリーナ」
中央の欠落部分は聖母子だった可能性が高いと思います。


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シエナ派無名画家の「天上の聖母子と聖人たち」


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小礼拝堂


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シエナ派無名画家の「ピエタのキリスト」


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シエナ派無名画家の「最後の晩餐」


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ピエトロ・ディ・フランチェスコ・オリオーリ(シエナ、1458‐1496)の「玉座の聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖ピエトロと聖パオロと聖セバスティアーノ」


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前回とは違った形で展示されてます。


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マッテオ・ディ・ジョヴァンニ(ボルゴ・サン・セポルクロ、1430c‐シエナ、1497)の「玉座の聖母子と二天使」(1450c)


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二代目の建物にあったフレスコ画


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サーノ・ディ・ピエトロの「聖母戴冠」


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詳細不明


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祭壇前から見た出入口方向です。


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外に出ました。


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(つづく)


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シエナの無名画家の「玉座の聖母子」(14世紀末)


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ヴェッキエッタ工房の「聖アンドレア」(15世紀)


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ピエトロ・ディ・ドメニコ(シエナ、1457‐1502)の「ピエタのキリストと2聖人」


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アンドレア・ディ・ニッコロ(シエナ、1440‐1514c)の「ピエタのキリスト」(15世紀末)


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フィレンツェ派無名画家の「聖母子と聖オノフリオ」(15世紀後半)


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フィレンツェ派無名画家の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(15世紀)


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トスカーナの無名画家の「聖母子とシエナの聖カテリーナとアレッサンドリアの聖カテリーナ」(16世紀初め)


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チゴリの「ピエタ」(1599c)


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ジローラモ・ディ・べンヴェヌート(シエナ、1470‐1524)の「聖母子と聖ジローラモとシエナの聖ベルナルディーノ」(16世紀初め)


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ネロッチョ・ディ・バルトロメオ・ランディ工房の「聖母子とマグダラのマリアと聖ジローラモ」(15世紀末)


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サセッタ(シエナ、1423‐1450記録)の「聖母子」(1440‐50c)


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硝子板に反射するので別方向から撮ってみました。


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サーノ・ディ・ピエトロ(シエナ、1406‐1481)と工房の「聖母子」(15世紀後半)


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シエナの無名彫刻家の「聖フランチェスコ」(16世紀)


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トスカーナの無名彫刻家の「聖フランチェスコ」(16‐17世紀)


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バルトロメオ・ネローニ(シエナ、1505‐1571)の「ピエタ」
この作品を含めて四部作になってます。以下3点もバルトロメオの作品です。


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「聖ゲラルド」


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「祈る聖母」


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「聖フランチェスコ」


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17世紀の無名画家の「アンドレア・デル・サルト作『聖家族』のコピー画」


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16世紀のトスカーナの無名画家の「聖母子とシエナの聖カテリーナと聖ルチア」


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セバスティアーノ・フェッリ工房の「聖母子ととアレッサンドリアの聖カテリーナと聖カルロ・ボッロメオ」(17世紀前半)


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ジョヴァン・バッティスタ・パッジ(ジェノヴァ、1554‐1627)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」


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シエナの無名画家の「斬首された洗礼者聖ジョヴァンニの首」(17世紀末‐18世紀初め)
この作品を含めて四連画となってます。以下3点の写真も同じ画家の作品です。


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「砂漠の洗礼者聖ジョヴァンニ」


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「ピエタのキリスト」


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「聖母と四信者」


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17世紀の無名画家の「チゴリ作『聖ステファノの殉教』のコピー画」


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ジャチント・ジミニャーノ(ピストイア、1606‐ローマ、1681)の「カルミネの聖母と聖人たち」(1648)


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シエナの無名画家の「フランチェスコ・ヴァンニ作『シエナの聖カテリーナ』のコピー画」(17世紀)
以下3点も同じ画家によるフランチェスコ・ヴァンニ作品の複製画です。


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「大天使聖ミケーレ」


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「ピエタのキリスト」


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「聖母被昇天と二信者」


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シエナの無名画家の「ジャコッベを祝福するイサク」(17世紀末)


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制作者不明の「磔刑」(18世紀)


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小作品が数点あります。


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ジョヴァンニ・アントニオ・マッツォーリ(シエナ、1639‐1714)の「キリストの復活」(1692)


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トッマーゾ・レーディ(シエナ、1602‐1657)の「父なる神」(1648‐49)


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バルトロメオ・マッツォーリ(シエナ、1674‐1748)の「天使」(1708‐09)


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ジョヴァンニ・アントニオ・マッツォーリの「ケルビーニ」(1708‐09)


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法衣


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聖具類


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彩色楽譜


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考古学部門展示が混在しています。


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ライオン像は教会にあったものでしょう。


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場違いのような展示物です。


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アントニオ・サルヴェッティ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザ、1854‐1931)の「アントニオ・カンペッリの肖像」
アントニオ・カンペッリはこの博物館の館長です。


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制作者不明の「聖母子」(15‐16世紀)


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ロレンツォ・ディ・クリストファノ・ルスティーチ(シエナ、1596‐1638)の「磔刑」(1627)


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中々見応えがありました。


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(おわり)



P1050681グロッセートは、人口82,269人(2016年9月30日現在)のトスカーナ州グロッセート県の県都です。トスカーナ州南部とラツィオ州北西部の、いわゆるマレンマ地方の中心都市です。


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グロッセートのチェントロにあるサン・フランチェスコ教会です。


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サン・フランチェスコ教会の鐘楼と後陣です。写真右手前に写っている建物に博物館があります。


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神学校だった建物です。


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この建物が博物館です。


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簡単にマレンマ博物館と書きましたが、正式名称は御覧の通りです。マレンマ博物館の芸術部門と教区博物館は一体化して展示されています。


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紙に記されて開館時間が表示されてますが、このような場合、要注意です。紙にタイプしたものは、変更が簡単ですから。


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博物館が面している広場にある像は、13世紀の散文作家アンドレア・ダ・グロッセートのものです。


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入館しました。


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最初は考古学部門です。


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ヴォルテッラからキウージまでの遺跡からの発掘物が展示されてます。


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エトルリアの遺跡から発掘物が古いものからほぼ年代順に新しいものへと展示されてます。


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各地の博物館の考古学部門を見ているうちに、説明文を見なくても大体分かるようになってきました。


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彫刻断片


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エトルリア時代の壺


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エトルリア関係の紹介はこの辺で終わりにします。


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次はローマ時代のものです。


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ローマ時代のものも、古いものからほぼ年代順に展示されています。
誰の頭像か、特定されてません。(紀元前4世紀)


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ローマ時代の頭像(紀元前1世紀)


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特定されていない頭像


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誰なのか、特定されていません。(紀元前1世紀)


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ゲルマニクス?像(20‐50c)


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紀元前1世紀


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ローマ時代の住居


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古代ローマ時代と言っても、約800年の長さです。


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この博物館の考古学部門は非常に充実しています。


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絵画・彫刻部門の作品紹介に移ります。


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アレッサンドロ・カソラーリ(メンサーノ、1552‐シエナ、1606)の「磔刑」(1583)


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アストルフォ・ペトラッツィ(シエナ、1580‐1653)の「光悦の聖ジローラモ」


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17世紀の無名画家の「祈るキリスト」


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ベルナルディーノ・メイ(シエナ、1612‐ローマ、1676)の「聖チェチリア」


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16世紀末の無名画家の「この人を見よ」


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17世紀の無名画家の「悔悛の聖ジローラモ」


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17世紀の無名画家の「ドメニコ・ベッカフーミ作『悔悛の聖ジローラモ』のコピー画」


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左右の制作者が異なります。
向かって左は、Maestro dell'Osservanzaの「聖ジローラモ」(1450‐60c)
向かって右は、サーノ・ディ・ピエトロの「聖アントニオ・アバーテ」


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サンティ・ディ・ティートの「聖母子と聖エリザベッタと聖ジョヴァンニーノ」(1601)


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19世紀の無名画家の「聖ロレンツォ」


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ルイージ・カルツィ(ピストイア、1638‐ローマ、1721)の「聖ピオ5世」(1712)


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17世紀後半のシエナの無名画家の「キリストの鞭打ち」


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18世紀の無名画家の「羊飼いの礼拝」


P1050857
18世紀のボローニャ派無名画家の「アガルとイシマエル」


P1050859
18世紀のボローニャ派無名画家の「井戸のレベッカ」


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シエナの無名画家の「聖母子」(16世紀)


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17‐18世紀の無名画家の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


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17‐18世紀の無名画家の「マギの礼拝」


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16世紀の無名彫刻家の「受胎告知を受ける聖母」


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グイド・ダ・シエナと工房の「最後の審判」(13世紀)


P1050872
ウゴリーノ・ダ・ネーリオの「大天使聖ミケーレ」(14世紀)


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バルトロメオ・ブルガリーニ(シエナ、1337‐1378記録)の「玉座の聖母子」(1370c)


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シエナの無名画家の「磔刑」(14世紀前半)


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シモーネ・マルティーニ工房の「聖母子」(14世紀前半)


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シエナ派無名画家の「聖母子」(14世紀末‐15世紀初め)


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ジョヴァンニ・ディ・二コラに帰属する「聖母子」(14世紀)


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シエナの無名彫刻家の「磔刑」(15世紀初め)
(つづく)


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サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノのFS駅は、フィレンツェ~アレッツォ間のほぼ中間にあります。
ヴァルダルノのアルノ川の渓谷という意味です。


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駅から見える鐘楼とクーポラはドゥオーモのものです。


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サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノの教区教会、Basilica di Santa Maria delle Grazieです。地元の人はドゥオーモと呼んでます。


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1484年に完成したルネサンス様式の建物が原形ですが、1840年から1856年に行われた修復工事の際、新古典様式に改造されました。


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入口扉上ルネッタ上のテラコッタは、ジョヴァンニ・デッラ・ロッビアの「チントラの聖母」です。


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赤煉瓦造りのサン・ロレンツォ教会と聖堂の間に建っている建物が司祭館です。


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司祭館の建物内に美術館があります。


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展示作品数は少ないですが、ベアート・アンジェリコの素晴らしい「受胎告知」があるので、知る人ぞ知る美術館として美術ファンが訪れてます。


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毎週月曜日と火曜日が休館です。
昔、開館していると即断して火曜日に行って、徒労に終わったことがあります。


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展示室は、階上にあります。(イタリアの1階、日本の2階)


P1780100
展示室の入り口


P1770922
第1展示室です。展示室が5部屋あります。


P1770920
18世紀初めのフィレンツェの無名画家の「聖母子」


P1770924
マリオット・ディ・ナルド(1394‐1424活動記録)の「三位一体と聖母とマグダラのマリアと4聖人」


P1770925
中央パネル


P1770927
「福音書記者聖ジョヴァンニと洗礼者聖ジョヴァンニ」


P1770930
「聖マルコと聖アントニオ・アバーテ」


P1770934
ジョヴァンニ・デル・ビオンド(1356‐1398活動記録)の「祝福する神」


P1770938
ジョヴァンニ・デル・ビオンドの「死せるキリスト」


P1770941
マリオット・ディ・クリストファノ(1395‐1457)の「聖母子と聖人たちと寄進者」


P1770945
ジョヴァンニ・ディ・ピエモンテ(1456から記録)の「大天使ラッファエーレととビアス」


P1770954
パオロ・ディ・ステファノ・バダローニ通称パオロ・スキアーヴォ(1397‐1478)の「聖アンサーノ」


P1770958
パオロ・ディ・ステファノ・バダローニ通称パオロ・スキアーヴォの「音楽天使たち」


P1770960
手書きです。


P1770961
1712年から1734年の聖堂の記録です。


P1770967
こちらは1484年から1655年の聖堂の記録帳です。


P1770964
ナンニ・ディ・バルトロ(1419‐1451記録)の「聖ロレンツォ」


P1770970
ロ・スケッジャ(1406‐1486)の「聖母子」


P1770975
ロ・スケッジャの「音楽天使たち」


P1770977
パオロ・ディ・ステファノ・バダローニ通称パオロ・スキアーヴォの「聖ビアージョ」


P1770982
パオロ・ディ・ステファノ・バダローニ通称パオロ・スキアーヴォの「トラヤヌス帝の物語」(1430‐40c)


P1770989
マリオット・ディ・クリストファノ(1395c‐1457)の「キリストの受難と聖母と聖ルチア」


P1770993
15世紀のフィレンツェの無名画家の「パドヴァの聖アントニオと寄進者」


P1770998
ヤコポ・デル・セッラーイオ(1442‐1493)の「受胎告知」


P1780001
メインパネル


P1780003
裾絵


P1780006


P1780007


P1780010
ロ・スケッジャの「聖母子と聖人たち」


P1780016
ドメニコ・ディ・ミケリーノ(1417‐1491)の「聖母子と6聖人」


P1780019
聖具類の展示


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P1780022


P1780023


P1780024


P1780025
お目当ての作品です。


P1780026
ベアート・アンジェリコに帰属する「受胎告知」


P1780029
木組みの梁の天井


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P1780034
父なる神


P1780035


P1780038


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裾絵の聖母の結婚
裾絵の一部が欠落しています。


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ご訪問


P1780049
マギの礼拝


P1780051
寺院への出現


P1780054
聖母の死


P1780057
次の部屋です。


P1780060
グレゴリオ・パガーニ(1588‐1605)の「洗礼者聖ジョヴァンニ」、「聖ロレンツォ」


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祭壇前飾り(17世紀)


P1780067
マッテオ・ニゲッティとヤコポ・パゴリーニの「父なる神」(1597)


P1780073
ジョヴァンニ・ダ・サン・ジョヴァンニ(サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノ、1592‐フィレンツェ、1636)の「聖ジュゼッペと幼きキリスト」(1630)


P1780076
ジョヴァンニ・ダ・サン・ジョヴァンニの「洗礼者聖ジョヴァンニの斬首」


P1780080
17世紀末の無名彫刻家の「天使」


P1780086
グレゴリオ・パガーニとジョヴァンニ・ダ・サン・ジョヴァンニの「聖母の結婚」


P1780090
法衣


P1780091


P1780092


P1780094
フランチェスコ・モーリの「Residenza」(1797)


P1780098
外に出る前にもう一度見ました。


P1780099
来た甲斐がありました。


P1780179
サン・ドメニコ教会にあった作品も美術館で展示されてます。


P1780177
(おわり)

P2280529次は第16室です。


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ここから考古学博物館と教会美術館になります。


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ルイージ・モーギ(アシャーノ、1804‐フィレンツェ、1871)の「ジャンヌ・ダルク」


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紀元前4世紀の壺


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アシャーノの模型(紀元前4世紀頃)


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P2280537
次は第17室です。


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この美術館を代表する作品があります。


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Maestro dell'Osservanza の「聖母の誕生」(1437‐39)
サンタガタ教区教会にありました。


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聖母子


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聖母の死


P2280546
聖母の遺体の移送


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聖母の誕生


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部屋のフレスコ画の痕跡


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次は第19室です。


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考古学関係の展示に戻ります。


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金属製道具の展示


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王侯の墓


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次は第20室です。


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墓石(紀元前4世紀末)


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石像の一部(紀元前7世紀末‐紀元前6世紀初め)


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次は第21室です。


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古墳の模型


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説明板


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次は第22室です。


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モザイクの説明板があるだけです。


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階上に向かいました。


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次は第23室です。


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土器


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全部、墓です。


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次は第24室です。


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墓と土器


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次は第25室です。


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この部屋にも墓があります。


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次は第26室です。


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次は第28室です。


P2280655
フランチェスコ・ナシーニ(1611‐1695)の「司教聖人の死と救世主」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


P2280658
フランチェスコ・ナシーニの「司教聖人の殉教」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


P2280660
フランチェスコ・ナシーニの「聖ピエトロとペトロニッラ」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


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フランチェスコ・ナシーニの「アガルと天使」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。
これで終わりです。


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満足一杯で外に出ました。
(おわり)




P2280404
次は第9室です。


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部屋の境に描かれたフレスコ


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第9室です。


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第9室の天井


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詳細不明


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ジョヴァンニ・ピサーノ(ピサ、1245c‐シエナ、1314)の「磔刑像」
アシャーノのサンタゴスティーノ教会にありました。


P2280415
Famiglia Memmi の「聖母子と寄進者」(1310‐20c)
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


P2280419
セーニャ・ディ・ボナヴェントゥーラ(1298‐1327記録)の「聖母子」
アシャーノのサンタガタ参事会教会にありました。


P2280422
ジョヴァンニ・ディ・パオロとマッテオ・ディ・ジョヴァンニの「聖母被昇天」
アシャーノのサンタゴスティーノ教会にありました。


P2280424
中央


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聖アゴスティーノ


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大天使ミケーレ


P2280433
次は第10室です。


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P2280437
定番の楽譜展示


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P2280444
ピエトロ・ルッフォーロの「聖セバスティアーノ」(1450年代前半)
アシャーノのサンタ・クローチェ祈祷所にありました。


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部屋の境の壁に描かれたフレスコ画


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次は第11室です。


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陶器類の展示


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第11室の天井


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3階(イタリアの2階)に向かいました。


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次は第14室になります。


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聖具類などの展示


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P2280464
18世紀のシエナの無名彫刻家の「聖アガタ」
アシャーノのサンタガタ参事会教会にありました。


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シエナの無名工芸家の「聖体入れ」(1741)


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18世紀のシエナの工芸家の「聖体入れ」


P2280471
19世紀のシエナの工芸家の「聖体入れ」


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次は第15室です。


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講演室? セミナー室?


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P2280477
16世紀のシエナの工芸職人の「聖書台」(1565)


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18世紀のボローニャの無名画家の「聖ロレンツォの奇跡」(1723)
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


P2280484
フランチェスコ・ナシーニ(1611‐1695)の「磔刑」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


P2280490
アントニオ・モッラー(1592‐1632)の「ウンゲリアの聖エリザベッタ」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


P2280493
アントニオ・モッラーの「聖キアーラ」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


P2280497
ベルナルディーノ・メイ(シエナ、1610c‐ローマ、1676)の「磔刑」


P2280501
ルティリオ・マネッティ(シエナ、1571‐1639)の「カンタリーチェの聖フェリーチェの幻視」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


P2280504
シエナの無名彫刻家の「パドヴァの聖アントニオ」(16世紀末‐17世紀初め)
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


P2280508
17世紀の無名画家の「マギの礼拝」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


P2280512
セバスティアーノ・フォッリ(シエナ、1569‐1620)の「キリストの復活」


P2280516
17世紀初頭の無名画家の「ロザリオの聖母」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。
周囲にキリストの物語が描かれてます。


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ロザリオの聖母の周囲に描かれているものです。


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割礼


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ご誕生


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ご訪問


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受胎告知


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聖母戴冠


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園の祈り


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キリストの鞭打ち


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荊刑のキリスト


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カルヴァリオへの途


P2280528
磔刑
(つづく)

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次の部屋です。


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部屋の壁はフレスコ画で装飾されてます。


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この部屋に展示室番号がありません。


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この部屋に展示室番号がないのは、常設展示用ではないからでしょう。


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この部屋は特別展示用に使用されていると思います。


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2017年5月6日から2017年8月11日まで、他から貸し出しされた作品の展示を行っていました。


P2280296


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他からの出張展示作品を紹介しましょう。


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ルーカ・デッラ・ロッビア(とアンドレア・デッラ・ロッビア?)の「聖母子」(1460c)
アレッツォのフラテルニータ祈祷所から貸し出された作品です。


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ドメニコ・ディ・バルトロの「ウミルタの聖母」
シエナ国立絵画館の所有作品です。


P2280306
ドメニコ・ディ・バルトロの「被昇天の聖母」(1433)
シエナのリウニーティ財団の所有です。
この作品を見るのは初めてでした。


P2280309
ヤコポ・デッラ・クエルチャの「聖母子」
カステルヌオーヴァ・べラルデンガのサンタ・マリア教区教会から貸し出された作品です。


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思いがけず傑作をここで見ようとは!
幸運でした。ここに来るまで、この作品があることを知りませんでした。


P2280295
貸し出されたものではありません。


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シエナの無名彫刻家の「ベンシ家の紋章」
このパラッツォにあったものです。


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次は第7室です。


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常設展示に戻ります。


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天井


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マルティーノ・ディ・バルトロメオ(1389‐1434記録)の「受胎告知」
アシャーノのサンタガタ参事会教会にありました。


P2280324
15世紀前半のシエナの無名画家の「聖アントニオ・アバーテ」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


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パオロ・ディ・ジョヴァンニ・フェイ(シエナ、1344c‐1411)とタッデオ・ディ・バルトロ(シエナ、1362c‐1422)の「サンタガタのポリッティコ」
アシャーノのサンタガタ参事会教会にあった多翼祭壇画です。額縁は失われたようです。
この多翼祭壇画のうち、タッデオが描いたのは中央パネルの「聖母子と二天使」のみで、残りのパネルはパオロの作品です。


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タッデオ・ディ・バルトロの「聖母子と二天使」


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「四福音書記者」


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聖パオロ、洗礼者聖ジョヴァンニ


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聖アガタ、聖ピエトロ


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次は第8室です。


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入館者は週平均で10名ほどだそうです。


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天井


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フレスコの痕跡が残ってます。


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P2280345
ピエトロ・ディ・ジョヴァンニ・ダンブロージョ(シエナ、1409/1410-1448)の「羊飼いの礼拝と二聖人」
アシャーノのサンタガタ参事会教会にありました。


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羊飼いの礼拝


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聖アゴスティーノ


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聖ガルガーノ


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フランチェスコ・ディ・ヴァルダムブリーノ(シエナ、1401‐1435記録)の「受胎告知」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


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ペッレグリーノ・ディ・マリアーノ・ロッシーニ(1449‐1492記録、主にシエナで活動)の「聖母子と天使たち」


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聖ベルナルディーノ?とシエナの無名画家の「Nome di Gesu」


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マッテオ・ディ・ジョヴァンニ(ぼルゴ・サン・セポルクロ、1430c‐シエナ、1497)の「サンタゴスティーノのポリッティコ」
アシャーノのサンタゴスティーノ教会にありました。


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各パネルの紹介です。


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聖ジャコモ、聖アゴスティーノ


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聖ベルナルディーノ、聖マルゲリータ


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裾絵


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P2280401
(つづく)


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シエナの貴族バンディネッり家が住居として13世紀に建設したアシャーノのPalazzo Corboliです。


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20世紀後半までバンディネッり家が居住していましたが、アシャーノ市の所有となって市立美術館が置かれるようになりました。当初は、考古学博物館は別の場所にありましたが、現在はこの建物に移されて、美術館と一体化して展示されてます。
また、この建物内に観光案内所も設けられてます。
この女性は美術館の学芸員兼観光案内所係員です。


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美術館の入り口


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展示室は3フロアーに分かれており、全部で16室あります。
第1室は切符売り場になっていて、特筆すべき展示物がありません。
1階(イタリアの0階)の展示は実質的に第2室から始まり、Palazzo Corboliとバンディネッり家に関するものです。
そのような説明がされていますが、アシャーノの教会にあったフレスコ画も展示されていて、少々戸惑います。


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剥離フレスコ断片


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コルボーリ宮にあったもの


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コルボーリ宮に関する説明


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コルボーリ宮の模型


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1階壁龕のフレスコ


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見ただけではサッパリ分かりません。


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1階の展示は分かり難いと思いました。


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2階に向かいました。


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第4室です。


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16世紀のシエナの金工職人の「教会の鐘」(1595)
アシャーノのサンタ・クローチェ祈祷所にありました。


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16世紀第4四半世紀のシエナの無名彫刻家の「メディチ家の紋章」


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ウルバーノ・ダ・コルトーナ(コルトーナ、1426?‐シエナ、1504)の「狼」


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14世紀後半のシエナの金工職人の「十字架」
アシャーノのサンタゴスティーノ教会にありました。


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15世紀末のシエナの金工家の「十字架」


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陶器類の展示


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アントニオ・ギーニ(15世紀後半にシエナで活動)の「アシャーノのサン・ロレンツォ協会の聖水盤」(1482)


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フラ・ラッファエーレ・ダ・ブレーシャ(ブレーシャ、1479‐ローマ、1539)の「タベルナコロ」


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第4室のフレスコ断片


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次は第13室です。第5室から第12室はあるのですが、第4室の隣が第13室となっています。


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部屋に描かれたフレスコ画


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第13室はミーティングルームになってます。


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16世紀前半のシエナの無名彫刻家の「ゴルゴーン(ギリシャ神話に出てくる、見るものを石に変えてしまう怪物)」


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ガルガ家の紋章
Palazzo Corboliにありました。


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次は第5室です。


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奇妙な展示物です。
多翼祭壇画の額縁だけで、中身の絵画がありません。


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説明プレートがありました。
多翼祭壇画の額縁の制作者がフラ・ラッファエーレ・ダ・ブレーシャであることが分かりました。
部屋を見渡すと中身の絵画がありました。


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これがその中身です。
アンブロージョ・ロレンツェッティ(シエナ、1319‐1348記録)の多翼祭壇画
各パネルを見てみましょう。


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中央頭頂部の聖母子


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中央パネルの竜を退治する大天使ミケーレ


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聖バルトロメオ


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聖ベネデット


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福音書記者聖ジョヴァンニ


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トローサの聖ルドヴィーコ


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第5室の天井


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フレスコ装飾
(つづく)

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この道を進めば、先ほどまで楽しんだ美術館があります。


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道の突き当りがサンタゴスティーノ教会です。


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今度は扉が閉まっていました。


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教会の隣は旧修道院です。


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Torre della Mencia


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この建物も歴史的建造物ですが、名前を忘れました。


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時計塔の下にFontanaがあります。


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Fontana della Mencia


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こちらの道を進み、ガリバルディ広場に行きました。


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ガリバルディ広場に面して建つのは、旧裁判所と旧監獄だった建物です。


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マッテオッティ通りに戻りました。


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この建物も歴史的建造物です。


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あの建物の「聖母子」は見逃せません。


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別角度から撮らないとダメ。


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何とか撮れました。


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残るはサンタガタ参事会聖堂の拝観だけとなりました。


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前にも書きましたが、扉が閉まっているように見えますが、施錠されていません。


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毎日(夏季)、9時から19時まで開いています。扉を押せば中に入ることが出来ます。


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創建が11世紀、完成が13世紀のロマネスク・ゴシック様式の建物です。奉献式は1029年に執り行われました。
創建時から教区教会でしたが、1542年に参事会教会に格上げされ、さらに1991年にBasilica Minoreに格付けされました。
鐘楼は13世紀に建設されたものです。


P2280775
単廊式、ラテン十字形、ネオ・ロマネスク様式の内部です。
創建時はロマネスク様式の内部でしたが、13世紀の拡張工事の際、拡張部分はゴシック様式で建設されました。その後、数度に行われた修復によって、20世紀半ばまでバロック様式の内部となりました。
ところが、1955年の修復の際、創建時の姿に出来るだけ戻すという方針によって工事が行われ、現在の姿になりました。


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左側壁


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右側壁


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祭壇と後陣


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クーポラ


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ソドマの「玉座の聖母子と大天使ミケーレと大天使ラッファエーレと寄進者」(16世紀)


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フランチェスコ・ヴァンニの「聖母子と聖アガタとシエナの聖ベルナルディーノ」


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前回、ここに来たときは、制作されたのは1600年頃と表示されていました。


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ソドマの「ピエタ」(16世紀)


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17世紀のフィレンツェ派無名画家の「聖人たちに顕現する聖母」


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状態の悪いフレスコ画が残されてますが、詳細不明です。


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外に出ました。
サンタガタ聖堂横にあるサンタ・クローチェ祈祷所です。扉が閉まっていましたが、サンタガタ聖堂と同じく、施錠されていないと思って扉を強く押しましたが、びくともしませんでした。


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これでアシャーノの日帰り遠足は終わりです。


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駅に戻ります。


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来た時と同じ道を行くのは芸がありませんが、駅に向かう道は他にないので仕方がありません。


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まだまだ日差しがたっぷりです。


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シエナ行き列車に乗ってシエナに戻りました。
(おわり)

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城壁沿いの道を進みました。


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昨日、撮り貯めしていたBS日テレの「小さな村イタリア」のビデオを見たら、ウンブリアのカステルッチョでした。去年の地震で壊滅的な被害を受けた村です。天空の空とレンズ豆(豆類が大嫌いです)で有名な村で、一度は行きたいと考えて、行き方を検討したことがありますが、スポレートからノルチャにバスで向かい、ノルチャで乗り換えれば行けることが分かりました。しかし、バスの便が不便過ぎて、その時は行くのを断念しました。
村は鋭意修復中と思いますが、私が行けることはないと思います。


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フォンティ通り


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城壁が低くなっている所から城壁外を見ました。


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「小さな村イタリア」ですが、近ごろ種切れなのか、以前よりも面白さに欠けるようになったと思います。村に残っている住民が年寄りばかりということで、頑固爺さん、頑固婆さんの話ばかりで退屈です。
自分が年を取ると、他人の老人の話は聞きたくありません。世代交代は、私も含めて的確に順番通りに行われねばならないと痛感する今日この頃です。


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監視塔にお住まいの方がいます。


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次を左折します。


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前回の旅のローマからの便で、機内で60歳くらいの非常に品が良いご夫婦とご一緒になりました。お二人は日本の温泉旅館を回るのが趣味で、年に2,3回日本に来ているリピーターです。お二人が宿泊予定の旅館を教えてくれましたが、超有名の高級旅館ばかりで驚きました。
私がイタリアが好きで、度々旅をしているというと、イタリアよりも日本の方が断然よいと言ってました。日本人は親切で信頼がおけ、安全なので安心して旅ができると力説していました。
お二人はその物腰と身に着けているものから推察すれば、貴族だったかも知れません。
エコノミーの最低額入札でアップグレードすると、見かけるイタリア人の人種が違うような気がしました。


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アモス・カッシオーリ通りです。


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15世紀の建設された建物です。この辺が中世のころのアシャーノの中心地でした。


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写真左先がグラーノ広場です。


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Fontana di Piazza del Grano


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シエナなどで活躍した彫刻家アントニオ・ギニー作のFontana(1465)です。


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日照り続きと酷暑のため、水不足でしたが、水が流されていました。


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グラーノ広場です。


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アシャーノの繁栄の源となった穀物市場が開かれたのがグラーノ広場です。広場に面して建つ建物は、市場関係者と住居兼倉庫でした。


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Palazzo del Podesta


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執政官が居住していました。


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壁の紋章


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14世紀から16世紀までの300年間、穀物市場は大いに賑わいましたが、その取引の公正を監視するのが執政官の務めでした。


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プレトリオ宮とも呼ばれてます。


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現在は一般住居になってます。


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ポデスタ宮から見た広場の全景です。


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この通りを進みましたが・・・・


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直ぐにアモス・カッシオーリ通りに戻ってしまいました。


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この辺から通りの名称が変わります。


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(つづく)

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14世紀にバンディネッり家の邸宅として建設され、20世紀後半まで同家が居住していたPalazzo Corboliです。


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アシャーノ市立美術館としましたが、考古学博物館が併設されています。市立博物館とした方が良いかもしれません。


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素晴らしい作品が展示されてます。


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展示作品の数はそれほど多くありませんが、質の高い作品が光ります。
写真は、ヤコポ・デッラ・クエルチャの代表作「聖母子」


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市立美術館については、項を改めて詳しく触れることにします。
写真は、セーニャ・ディ・ボナヴェントゥーラの「聖母子」


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外に出ました。
隣接するサンタゴスティーノ教会の扉が開いていたので拝観することに。


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青の建物が13世紀に建設されたサンタゴスティーノ修道院です。


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修道院内教会が前身ですが、15世紀後半に拡張され、現在見る姿の原形となりました。


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ナポレオンのイタリア侵攻に伴い、宗教活動が停止されましたが、ナポレオンの没落後、一旦教会修道院の再開が図られたものの、修道士たちが離散したまま戻って来ず、結局、廃修道院教会となってしまい、私有化されました。
現在、教会は市当局の所有となっており、様々な展示が行われるほか、限定的な特別な宗教活動が行われてます。


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古いフレスコ画、磔刑像、祭壇画などが残されてます。


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フレスコ画の修復はあまり進んでいないように思います。


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マッテオ・ディ・ジョヴァンニの「聖母子」
これは複製画です。本物は先ほど見てきた市立美術館にあります。


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ジョヴァンニ・ピサーノの「磔刑像」
制作者不明とされてきた「磔刑像」ですが、近年の鑑定技術の進歩によって、ジョヴァンニ・ピサーノの作品と断定されました。


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ウルバーノ・ダ・コルトーナの「ジャコモ・スコッティの墓」(1470)


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シエナ派無名画家のフレスコ画


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保存状態が良い箇所があります。


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聖クリストフォロ


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教会から外に出ました。


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Porta Senese


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1342年から1352年に建造された城壁です。


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シエナ門を潜りました。


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シエナ門の外にアシャーノの案内図がありました。


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門から延びるのはVia del Garboで、この道を進めばシエナに出ます。


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一旦、城壁内に戻り、城壁沿いの道を進みました。


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もう夕方ですが、夏至間近なのでまだ日が高く、日影が欲しいところです。


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門がありました。門の下は駐車場になってます。


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城壁の外に出ました。


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細い道はモンテ・オリヴェート・マッジョーレまで続きてます。


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12世紀に築かれた監視塔は、その後、何度も補修が繰り返されました。


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城壁外は、これ以上見どころが特にないので、元の道に戻ることにしました。


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グラーノ広場に向かいました。
(つづく)

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駅に到着しました。
アシャーノは、人口7,113人(2016年11月30日現在)のトスカーナ州シエナ県にあるコムーネです。


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駅名は、アシャーノ=モンテ・オリヴェート・マッジョーレとなってます。この駅がモンテ・オリヴェート・マッジョーレの最寄り駅であることには違いありませんが、10㎞ほど離れてます。
ポッジ・ボンジからバスで行くサン・ジミニャーノですが、ポッジ・ボンジ=サン・ジミニャーノ駅があるのと同じです。


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駅舎


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チェントロに向かいました。
今回のアシャーノはシエナからの日帰り遠足でした。


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この日も猛暑日で40度近くあったと思います。


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アシャーノに来た目的は、美術館に行くことでした。午後の開館は午後3時半からでしたが、それまでに少し時間があったので、サン・フランチェスコ教会に行くことにしました。


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サン・フランチェスコ教会です。


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多分、教会としての機能は停止したと思います。


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ファサードのルネッタ上にフレスコ画の痕跡がありました。


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中のフレスコ画を見たいですが、その夢は叶わないと思います。


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中にあった祭壇画の秀作は、これから行く美術館で見ることが出来ます。


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美術館に向かうことにしました。


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ローマ通りに戻りました。


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美術館に行くのは、これで3回目ですが、写真解禁になってからは初めてです。アシャーノ市立美術館はシエナ派絵画の傑作、秀作が多いので、それらの写真を撮るのが目的です。


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塔が2本見えてます。


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近くに見える塔は、Casa del Fascioのもので、その後ろに見える塔は、サンタガタ参事会聖堂(アシャーノ・ドゥオーモ)の鐘楼です。


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1937年に建設されたCasa del Fascioは、その名の通り、この地域におけるイタリア・ファシスト党の本部でした。現在は警察署になってます。


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サンタガタ聖堂は城壁の一部になってます。


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チェントロに入りました。


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サンタガタ聖堂の扉が閉まっています。2015年頃から扉が閉まっていますが、日中の時間は扉を押せば開くようになりました。つまり、日中は施錠されていません。自由に拝観できます。
この扉を見て、諦めて立ち去る観光客がかなり多いと思います。


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聖堂の拝観を後回しにして、美術館に向かいました。


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Fonte della Pianellaは日照り続きのためか、水が止められていました。


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アシャーノのチェントロを貫くジャコモ・マッテオッティ通りです。


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サンタ・クローチェ祈祷所に行きたいところですが、道草は禁物。ぐっと堪えました。


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写真右は市庁舎です。


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ここで地図を頂戴しました。


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写真右の教会はサン・ベルナルディーノ教会です。


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一度も拝観したことがありません。


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1324年創建のマルタ騎士団所有の教会でしたが、現在は考古学博物館となったとのことですが、開館に至っていないようです。


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日陰を選んで歩きました。


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Torre della Mencia


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塔の下に来ました。


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そろそろ美術館の開館時間の3時半になります。


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坂を少し下れば美術館があります。


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水色っぽい建物は旧サンタゴスティーノ修道院です。


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サンタゴスティーノ教会は閉まっていました。


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帰りに拝観する予定でした。


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美術館が置かれているPalazzo Corboliです。


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観光案内所もこの建物内にあります。


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(つづく)

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