イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 記事は一日に一つアップしています。記事の見方ですが、例えば「ボルゲーゼ美術館の展示作品(その4)」は2017年10月20日にアップしました。各記事にカレンダーが表示されてますが、カレンダー上の2017年10月21日をクリックして頂ければ「ボルゲーゼ美術館の展示作品(その5)」になります。(その3)は2017年10月20日となります。 BY:シニョレッリ

カテゴリ: 教会巡り

クリプタから内陣に戻りました。
P2360131
主祭壇


P2360134
ジュンタ・ピサーノの影響を受けたウンブリアの逸名画家作「彩色磔刑像」(1255‐65)


P2360135
後陣


P2360137
後陣に入ることが出来ません。


176
詳細不明


175
詳細不明


P2360136
アンジェロ・モレッティ―ニ(ペルージャ、1799‐1877)のオルガン


P2360138
右側廊


P2360143
後陣右の礼拝堂


P2360144
詳細不明


P2360145
ジャン二コラ・ディ・パオロ(ペルージャ、1478‐1544)の「聖母子と2聖人の祭壇画」


P2360147
ルネッタの死せるキリストとニコデモとアリマテアのジュゼッペ


P2360149
玉座の聖母子とアレッサンドリアの聖カテリーナと聖ロッコ


P2360153
ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ通称ロ・スパーニャ(スペイン、1450‐スポレート、1528)の「三位一体」(1515‐25)


P2360156


P2360159
キリストの洗礼


161
受胎告知


163


P2360160


P2360162
ロ・スパーニャ?のフレスコ画


P2360163
詳細不明


P2360164
右側廊


P2360166


P2360168
右側廊天井


P2360169
詳細不明


P2360170
14世紀のウンブリアの逸名彫刻家による柱頭


P2360171


P2360172
詳細不明


159


177


P2360173
外に出ました。
(おわり)

P2360076
次はクリプタです。


P2360075
幸いにも開いていました。


P2360077
13世紀のクリプタは、大聖堂付属美術館のような取り扱いがされてます。


P2360079
クリプタは有料(€2)です。


P2360078
中に入りました。


P2360080
初代の建物の柱などが展示されてます。尚、現在の建物は二代目。


P2360082
更に階段を下ります。


P2360083
クリプタです。


P2360084
クリプタが有料になってから信者の姿を見かけたことがありません。


P2360085
クリプタの祭壇


P2360087
「聖母子”Sedes Sapientiae"」(12世紀)
トーディのサンタ・マリア・イン・カムッチャ教会にありましたが、2004年にこの場所に移されました。
有名な作品です。


209
念のため、サンタ・マリア・イン・カムッチャ教会の写真を再掲しておきます。


P2360092
詳細不明


P2360094
ドゥオーモのファサードの壁龕にあった彫刻です。これがクリプタの最大の見所です。


P2360097
ジョヴァンニ・ピサーノ(ピサ、1250c‐1315c)に帰属する「聖母子」(1270‐1350)
ジョヴァンニ・ピサーノ工房やジョヴァンニ・ピサーノ派逸名彫刻家の作品説もあります。


P2360099
ジョヴァンニ・ピサーノ(ピサ、1250c‐1315c)に帰属する「司教を導く天使」(1270‐1350)
ジョヴァンニ・ピサーノ工房やジョヴァンニ・ピサーノ派逸名彫刻家による作品説があります。


P2360100
ルベウス Rubeus(ウンブリア、13世紀活動)に帰属する「聖女」


P2360102


P2360103
詳細不明


P2360104
詳細不明


P2360107
詳細不明


P2360108
階段を上ります。


P2360109
墓石が並んでます。


P2360110
聖杯


P2360111


P2360112


P2360113


P2360114


P2360115


P2360116


P2360117


P2360118
燭台


P2360119


P2360120
「受胎告知」(17世紀)


P2360122
「この人を見よ」(17世紀)


P2360125
詳細不明


P2360126
更に進みます。


P2360130
これしかない。


P2360127
”付属美術館”はこれで終わりです。
(つづく)

336
トーディの町の中心ポポロ広場です。


P2360028
ポポロ広場の北端に建つトーディ大聖堂 Concattedrale di Santissima Annunziataです。
以前、トーディは独立した司教区だったので、トーディのドゥオーモは司教座教会でしたが、1986年に司教区再編によって、オルヴィエート=トーディ司教区に再編され、司教座はオルヴィエート大聖堂に置かれるようになったことから、トーディ・ドゥオーモはConcattedraleに格下げとなりました。


P2360030
この場所に、1150年以前に受胎告知に捧げられた教会の存在の記録が残されていますが、1190年に発生した火災によって消失崩落したので、再建されることになりました。
12世紀末に再建工事が開始され、14世紀に完成しました。その後、数回改修が行われたものの、小規模だったので、ファサードを除いて14世紀完成時のロマネスク・ゴシック様式の姿を現在もほぼ留めているとされてます。


145
13世紀の鐘楼が今でも残ってます。


P2360035
13世紀に建設されたファサードは、数回改造されましたが、16世紀初めに行われた最後の改造後の姿が現在のものとなってます。


P2360031
1515年から1523年にかけて制作されたバラ窓ですが、19世紀に修復されました。


P2360033
1517年から1523年に制作された、向かって左の窓


P2360032
向かって右の窓


P2360042
ファサード中央扉の装飾


P2360047
中央扉上ルネッタ
ここにはフレスコ画があったと思います。


P2360048
柱頭扉の木彫り彫刻は、アントニオ・ベンチヴェッニ(ペーザロとウルビーノで、1476、1518‐1530)活動記録)によって1521年に制作されました。


P2360049


P2360050


P2360046
ファサードの大理石柱の彫刻


P2360051


P2360036
左右の扉上ルネッタにもフレスコ画の痕跡さえもありません。


P2360037
紋章が幾つかあります。


P2360038
これらの紋章は、教皇、ファルネーゼ家のものです。


P2360040
ファルネーゼ家の紋章


P2360041


P2360043


P2360044


P2360045


P2360055
聖堂内に入りました。


P2360056
四廊式、ラテン十字形の内部です。


P2360057
右側に2つの廊下があります。


P2360059
壁、柱にフレスコ画がありません。
元々なかったのか、その辺が不明です。


151
木組みの天井


P2360060
左側廊から見て行きます。


P2360061


180
左側壁に5点の絵画が架かってます。


179


P2360073
5点の絵画は、16世紀末から17世紀初めにかけてのトーディ司教アンジェロ・チェージが注文したものです。


P2360063
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562‐1645)の「聖母子と3聖人(聖アンブロージョ、聖アンドレア、聖ロッコ)」(1597‐99)


P2360066
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562‐1645)の「無原罪の聖母と3聖人(聖ジャコモ・アポストロ、聖ジローラモ、聖トンマーゾ司教)」(1597‐99)


P2360068
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562‐1645)の「3聖人(聖二コラ、聖セバスティアーノ、大天使聖ミケーレ)」(1597‐99)


P2360069
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562‐1645)の「聖パオロの回心と聖ルーカ・エヴァンジェリスタと聖イジ―ディオ」(1597‐99)


P2360072
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562‐1645)の「3聖人(聖ルチア、聖マリア・マッダレーナ、聖レスティトゥータ」(1597‐99)


P2360074
詳細不明


P2360140
ファサードの裏にフレスコ画が描かれてます。


152
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562-1645)の「最後の審判」(1596)
ミケランジェロの「最後の審判」に触発されて制作されたと言われてます。


P2360142
(つづく)

P2360613
Cappella del Santissima Crocefisso


P2360614
15世紀のウンブリアの逸名画家作「パドヴァの聖アントニオ」


P2360616
14世紀前半のウンブリアの逸名画家作「ヘロデの饗宴」(1340c)


074


075
聖ジョヴァンニ・バッティスタの寺院への出現


P2360617


P2360620
次はロレートの聖母礼拝堂です。


P2360621
逸名画家作「マギの礼拝」(14世紀)


P2360624
逸名画家による14世紀のフレスコ画


079
後陣


P2360630
アントニオ・マッフェイ・ダ・グッビオ(グッビオ、1554から活動記録‐1601没)の「聖フォルトゥナート像」(1590)


P2360626
後陣の祭壇画
詳細不明の「磔刑」


P2360628
中央礼拝堂の祭壇


P2360631
聖人たちが描かれてますが、制作者や制作時期等が不明です。


P2360633
説教壇


081
ヤコポーネの墓がクリプタにあります。


082
ヤコポーネ・ダ・トーディ(トーディ、1236c‐コッラッツォーネ、1306)の墓
ヤコポーネは聖職者でしたが、中世の詩人として有名です。


083


P2360635
クリプタから内陣に戻りました。
Cappella Gregoriana


P2360636
アンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)の「聖母戴冠」


P2360638
二コラ・ヴァッヌッチョの「玉座の聖母子と聖人たち」(14世紀)


P2360640
二コラ・ヴァッヌッチョの「2聖人」(14世紀)


P2360642
次はアンヌンツィアータ礼拝堂です。


P2360643
17世紀のローマの逸名彫刻家によるスタッコ彫刻「マギの礼拝」


P2360644
17世紀のローマの逸名彫刻家によるスタッコ彫刻「羊飼いの礼拝」


087
次はパドヴァの聖アントニオ礼拝堂です。


P2360647
制作者不明の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(16世紀)
ラファエッロの影響を受けた?


P2360648
ジョッテスキ画家によるフレスコ画(14世紀)


P2360649
ジョッテスキ画家によるフレスコ画(14世紀)


P2360650


P2360651


P2360654
聖フランチェスコ礼拝堂の祭壇画「ロザリオの聖母」(詳細不明)


P2360656
次は大天使聖ミケーレ礼拝堂です。


P2360657
トンマーゾ・ディ・クリストフォロ通称マゾリーノ・ダ・パニカーレ(パニカーレ、1383‐フィレンツェ、1447)の「聖母子」(1432)


104
礼拝堂の中に入ることが出来ません。


100


101


106


107


108
詳細不明


110
詳細不明


P2360632
主祭壇前から見た出入口方向


P2350999
外に出ました。
(おわり)

P2350972
丘上に築かれた町トーディの最高地点に建つサン・フォルトゥナート教会がよく目立ちます。


P2350980
エトルリア時代のアクロポリスの区域にある教会です。


P2360011
この場所に初期キリスト教会があったとされてますが、その記録がないようです。その後、再建されましたが、創建時が不明とされます。再建されたロマネスク様式の教会は、1088年に聖フォルトゥナートに奉献された記録が残されてます。


P2360590
1198年、聖カッシアーノの祭壇を奉献するために、教皇インノチェンツォ3世がこの教会を訪れた記録が残されてます。


P2360589
1292年、ロマネスク様式からゴシック様式の建物に改造するための工事が開始されましたが、1348年のペスト禍によって工事が一旦中断されたものの、城壁の門を出入りする品物への2%課税しての資金調達によって、1405年に工事が再開しました。


057
ファサード下部は1436年に完成したものの、近隣のオルヴィエートなどとの戦いによって資金不足に陥り、結局、ファサード工事が再開されることなく、その上部は未完成のまま現在に至ってます。


P2360001
中央扉左側の彫刻


P2360003
中央扉右の彫刻


P2360004


P2360005


055
入口の左右にライオン像が置かれてます。


P2360006
エトルリア時代のライオン像と言われてます。


058
右側のライオン像


P2350998


P2350996


P2350997


056
ファサードの中央扉左右に受胎告知の彫刻があります。


P2350994
受胎告知する大天使


P2350995
受胎告知される聖母


P2360007
左扉上ルネッタ上のフレスコ画の痕跡


P2360002
中央扉上ルネッタにフレスコ画があったと思いますが、その痕跡さえもありません。向かって右扉上ルネッタのフレスコ画も全く残ってません。


059


P2350989


P2360585
チェントロ・ストーリコからは中々見えない鐘楼です。


P2360591
拝観します。


P2360592
中に入りました。


P2360593
三廊式、ゴシック様式の内部です。


P2360594
左右に合わせて13の礼拝堂が設けられてます。


P2360595


P2360596
左側廊


P2360597
左側壁の礼拝堂から見て行きます。


P2360598
聖母被昇天の礼拝堂です。


P2360599
聖母被昇天礼拝堂の装飾全てはアンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)によって1641年から1643年頃にかけて行われてました。


064


065


066


067


068


P2360601
アンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)の「聖母被昇天」


P2360604
受胎告知


P2360605
天上の聖家族


P2360606
聖パオロ


P2360608
キリストの神殿奉献


P2360610
聖母の神殿奉献


P2360612
聖ピエトロ
(つづく)

P1540514
メッシーナのドゥオーモ、Basilica Cattedrale Metropolitana della Madonna della Letteraです。


P1540437
メッシーナ=リパーリ=サンタ・ルチア・デル・メーラ大司教区の大司教座が置かれている教会です。
1947年、当時の教皇ピオ12世によってBasilica Minoreに昇格しました。


P1540511
紀元前7世初め、この場所にTempio di Nettunoがあった記録があり、後に初期キリスト教会に転用されたとされてます。
教会独自の建物は530年に建設されました。アラブによって支配された約200年間はモスクに転用されました。
その後、地震、火災、落雷などによって幾度となく被害受けた建物は、再建、修復を繰り返した歴史があります。


P1540507
1908年12月28日の夜に起きたメッシーナ地震の最初の大きな揺れによって、完全に崩壊してしまい、震災の後に再建された建物がほぼ現在の姿となってます。
1943年6月13日、連合国の空襲によって大きな被害を受けてしまい、戦後に修復された後の姿を現在見ることが出来るのです。
ファサードは、彫刻や外壁、モザイクなどの殆どは失われたオリジナルの忠実な複製となってます。


P1540439
高さ60mの鐘楼は、1908年の大震災によって倒壊してしまい、その後にオリジナルの形に再建されたものです。
マルティーノ・モンタニーニ・ディ・バルトロメオ通称マルティーノ・ダ・フィレンツェ(フィレンツェ、1505‐1562)によって再建された鐘楼が現在の姿の原形です。
1559年、再建された鐘楼は落雷と落雷による火災によって消失してしまい、1564年に再建されました。
その後、1693年、1783年、1863年の地震によって大きな被害を受け、大修復されました。


P1540676
鐘楼の時計は、1933年、Ungerer di Strasburgoによって作られました。


P1540449
時計は天文時計、からくり時計から成ってます。


P1540677


P1540678


P1540684


P1540685


P1540440
ゴシック様式の入り口横彫刻のオリジナルは、アントニオ・バボッチョ・ダ・ピペルノ(プリヴェルノ、1351‐1435)の作品(1412)です。1908年の大震災後に制作されたオリジナルの忠実な複製です。


P1540441
同断


P1540442
中央扉上ルネッタの彫刻は、ジョヴァン・バッティスタ・マッツォ―ロ(カッラーラ、?‐1550)の「聖母子」(1534)の、1908年の大震災後に制作された複製です。
その背後に描かれたフレスコ画は、レッテリオ・スッバ(メッシーナ、1787‐1868)によって大震災後に制作されました。フレスコ画のオリジナルは、ポリドーロ・カルダーラ・ダ・カラヴァッジョ通称ポリドーロ・ダ・カラヴァッジョ(カラヴァッジョ、1499/1500c-メッシーナ、1543c)によって描かれました。


P1540443
聖母戴冠を含む彫刻のオリジナルは、ピエトロ・ダ・ボニターテ(ロンバルディア、15世紀生まれ‐シチリア、16世紀没)によって1464年から1477年に制作されました。現在のものは、オリジナルの忠実な複製彫刻です。


P1540444


P1540445


P1540446
右扉上ルネッタのオリジナルは、ポリドーロ・ダ・カラヴァッジョによって制作されました。


P1540447


P1540448


P1540450
中に入りました。


P1540452
ごく一部を除いて、1908年の大震災後に、倒壊前の姿を忠実に再現再建された内部です。


P1540451
縦92m、横30.5mの大きさです。


P1540453
内陣の高さは25mあります。


P1540454
1908年の大震災後のモザイク


P1540458
主祭壇


P1540459
中央礼拝堂と後陣
主祭壇の聖母子は14世紀のものです。


P1540456
中央礼拝堂後陣のモザイク「万能のキリスト」は、14世紀制作のオリジナルを忠実に再現したもので、ジュリオ・アリスティーデ・サルトリオ(ローマ、1860-1932)によって1930年に制作されました。


P1540457
説教壇


P1540484
右側廊


P1540464
後陣右にある聖プラチド礼拝堂です。


P1540466
インノチェンツォ・マンガーニ(フィレンツェ、1606-パル三、1678)の「チブレオ」(17世紀)


P1540470


P1540465
復元されたモザイク


P1540468



P1540467
後陣右の礼拝堂は修復工事中でした。


P1540475
復元された柱頭


P1540474
左右の側壁にニッチがあり、それぞれのニッチに彫刻が置かれてます。
全ての彫刻は、1908年の大震災の後に、20世紀前半の彫刻家によってオリジナルの形に復元されたものです。
これは、ニコロ・リケーロの「被昇天の聖母」


P1540476
「聖パオロ」
ニッチの彫刻全てのオリジナルの制作者、複製彫刻の制作者が分かってますが、ここでは省略します。


P1540478
「聖ジャコモ・マッジョーレ」


P1540479
「聖トッマーゾ」


P1540480
「聖ジャコモ・ミノーレ」


P1540481
「聖マッテオ」


P1540482
「聖タッデオ」


P1540483
「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


P1540485
以上は右側壁ニッチの彫刻でした。
左側壁ニッチに移ります。


P1540489
左側廊


P1540492
「聖ヴィットリオ・デ・アンジェリカ」
右側壁の他ニッチの彫刻は省略します。


P1540460
外に出ます。


P1540436
(おわり)

P1230704
ベネデット・アンテラミの彫刻があるアーチの下に16のニッチ(壁龕)があります。


P1230709
16のニッチのうち、13のニッチにフレスコ画が描かれてます。あとの3つのニッチが扉となってます。
ニッチに描かれたフレスコ画を見て行きます。これらのフレスコ画は13世紀から15世紀に制作されたものですが、作品帰属がはっきりしないものが多いようです。


P1230720
Maestro del 1302 (エミリアで14世紀前半活動)の「ジェラルド・ビアンキ司教のニッチ」


P2610431


P2610433
Maestro del 1302 (エミリアで14世紀前半活動)の「玉座の聖母子と天使と聖ジョヴァンニ・バッティスタとジェラルド・ビアンキ司教」


P1230724
次のニッチです。


P2610407


P2610409
ブオナミコ・ディ・マルティーノ通称ブッファルマッコ(フィレンツェ、1290c‐1340)の「竜を退治する聖ジョルジョ」(1330‐36)


P2610410
ブオナミコ・ディ・マルティーノ通称ブッファルマッコ(フィレンツェ、1290c‐1340)の「キリストの洗礼」、「聖ジョヴァン・バッティスタの斬首」(1330‐36)


P1230713
次のニッチです。


P2610459


P2610461
ベルトリーノ・ダ・ピアチェンツァの「玉座の聖母子と聖人たち」(14世紀)


P2610463
ベルトリーノ・ダ・ピアチェンツァのフレスコ画(14世紀)


P1230716
次のニッチです。


P2610455


P2610456
ニッコロ・ダ・レッジョの「玉座の聖母子と2聖人」(14世紀)


P1230718
祭壇


P1230719
祭壇の後にあるニッチです。


P2610437


P2610439
エセクトリ・デッラ・ヴォルタの「キリストの洗礼


P2610440
エセクトリ・デッラ・ヴォルタの「聖母子と4聖人」


P1230721


P1230722
次のニッチです。


P2610415


P2610417
14世紀のエミリアの逸名画家作「聖母戴冠」、「聖人たち」


P2610419
14世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P1230725
次のニッチです。


P2610398


P2610399
14世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P2610401


P2610403


P2610405


P1230726
次のニッチです。


P2610392


P2610394
15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P2610396
15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P1230727
次のニッチです。


P2610478


P2610480
14世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P2610481
14世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P1230728
次のニッチです。


P2610381


P2610382
14世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P1230729
次のニッチです。


P2610468


P2610470
15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P2610472
15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P1230716
次のニッチです。


P2610454


P2610456
15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P1230717
次のニッチです。


P2610446


P2610449
15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P2610451
15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P2610425
これで大体見終わりました。


P1230327
(おわり)

P2610360
洗礼堂の中に入りました。


P1230712
7,8年前に、ここで実際に洗礼式が行われているのを見ました。観光客を立ちリ禁止して洗礼式が行われると聞いたことがありますが、その辺はどうなっているのでしょうか。


P2610376
洗礼盤


P2610362
クーポラは、16本のコストローネ(肋材)から成る傘状になってます。


P2610363
クーポラの全面がフレスコ画で覆われてます。


P2610368
フレスコ画は、6つの同心円から成っており、テーマ毎に1つの同心円のフレスコ画が描かれてます。


P2610370
中心に近い赤色の同心円は、永遠の愛の赤い空を表現しているそうです。


P2610372
クーポラの中心から2番目の同心円に菱形が描かれてます。その菱形の中に星が描かれていて、その星はエルサレム上空に輝いているものとされてます。


P2610485
中心から3番目の同心円には、16本のコストローネで分けられた16の壁面に、12人の使途と4人の福音書記者が描かれてます。


P2610486
4番目の同心円には、キリストが描かれ、その左に聖母、キリストの右に聖ジョヴァンニ・バッティスタ、その他の壁面に13人の預言者が描かれてます。


P2610487
5番目の同心円には、聖ジョヴァン・バッティスタの生涯が12場面と4人の聖人が描かれてます。


P2610489
6番目の同心円には、アブラモ、自然の4要素(水、空気、土、火)、春夏秋冬の四季、聖母の生涯のエピソードが描かれてます。


P2610493
クーポラのフレスコ画は、グリスポロ・ディ・パルマ(パルマ、13世紀活動)とグリスポロ工房によって13世紀末に制作されました。


P1230737
フレスコ画の全場面の写真を撮ろうと思いましたが、見上げるのが辛くて直ぐに断念しました。


P1230731
上ばかり見ていると首が痛くなるし、やがて気持ち悪くなりました。


P1230732


P1230736


P1230742
制作するのが大変だったことでしょう。


P1230743


P1230745


P1230746


P1230749


P1230710


P2610494
クーポラのフレスコ画はこのくらいで終わりにします。


P2610490
クーポラのフレスコ画の下に2層からなるギャラリーがあります。


P2610491
ギャラリーに何もないところが多いですが、ここに彫刻が置かれていたそうです。


P1230705
彫刻が置かれている場所があります。これらの彫刻は貴重な傑作とされてます。


P2610373
これらの彫刻を順を追って紹介しましょう。


P2610453
ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の傑作です。一部、アンテラミ工房の手が入っていると推察されてます。
左から、1月 水瓶座、2月 魚座


P2610421
左から3月 牡羊座、4月 牡牛座、5月 双子座


P2610423
ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の作品


P2610427
左の彫像は詳細不明です。
その右は、ベネデット・アンテラミの6月 蟹座、7月 獅子座


P2610435
左から8月 乙女座、真ん中は詳細不明、その右は9月 天秤座


P2610443
左から10月 蠍座、11月 射手座、12月 山羊座


P1230738


P1230711


P2610406
ギャラリーの説教壇


P1230706
3つの扉上ルネッタに彫刻があります。


P2610413
ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)と工房の「エジプトへの逃避」


P2610465
ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)と工房の「キリストの寺院への出現」


P2610389


P2610390
ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)と工房の「アルピコルドを弾くダヴィデ」
(つづく)

P2600395
次はパルマ大聖堂の洗礼堂 Battistero di San Giovanniです。


P2600396
12世紀後半から13世紀前半に活動した彫刻家であり、建築家でもあったベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の設計によって、1196年に創建され、1216年に一応の完成をみたゴシック様式の建物で、最終的な完成は1270年とされてます。
ロマネスク様式からゴシック様式へと変わる過渡期におけるゴシック様式の建物です。


P2600830
八角形、五連窓の四層構造の上にブランド・アーチを持つ、高さ35mの建物です。


P1230320
ブラインド・アーチの上に8本の尖塔がありますが、高さと形状は不均一となってます。


P1230324
先ず、外側の彫刻などを見て行きます。


P2610358
入口扉が3つありますが、正面扉 Portale della Madonnaから見て行きました。


P2610500
Portale della Madonna上ルネッタの彫刻は、ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の「マギの礼拝」です。


P2610502
正面扉の柱


P1230680


P1230681


P2610503
正面扉、向かって右側の柱


P1230682


P1230684


P1230685


P1230686


P2610504
柱頭


P2610505
ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)と工房による彫刻


P2610506
ゾオーフォロ(zooforo 人獣帯状装飾)と呼ばれている彫刻が75あります。


P2610507
ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1210c)と工房によってズオーフォロが作られました。


P2610508
柱頭


P2610509
殆どがオリジナルのものです。


P2610510


P1230689


P2610511
柱頭


P2610512
Zooforo


P2610513


P2610514
Portale del Giudizio上ルネッタは、ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の「最後の審判」


P2610515
Portale del Giudizioの左


P2610516
Portale del Giudizioの右


P2610517


P2610518
人獣帯状装飾


P2610519


P2610520
Zooforo


P2610521


P2610523
3つ目の扉Portale delle Vitaです。


P2610522
ルネッタの彫刻は、ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の「バラハムの伝説」


P2610524


P2610525


P2610526


P2610527


P2610528


P2610529


P2610530
横を見ました。


P2610531


P2610532


P2610533


P2610534
外側は大体見たようです。


P1230674
(つづく)

引き続き交差ヴォールトのナヴァータに描かれたフレスコ画です。
P2600748
主祭壇から内陣二番目の交差ヴォールトから再開します。


P2600750
旧約聖書からの場面が描かれてます。


P2600751
クゥアドリーフォラ(四連窓)の上部はキリストの物語が描かれてます。


P2600753
四連窓の下部は聖人たちと予言者が描かれてます。


P2600755
交差ヴォールト天井のフレスコ画は、アレッサンドロ・マッツォーラ・べドリ(パルマ、1533‐1608)によって1571年から1574年に制作されたものです。


P2600756
逆光です。


P2600757
キリストの昇天


P2600759


P2600761
次です。


P2600763
ナヴァータのフレスコ画は、ラッタンツィオ・ガンバラ(ブレーシャ、1530‐1574)が、ベルナルディーノ・ガッティ通称イル・ソジャロ(パヴィア、1495/1496-クレモナ、1576)の協力を得て制作されました。


P2600765
イル・ソジャロの協力の詳細については分かりません。


P2600767


P2600768
次です。


P2600769


P2600771
最後の晩餐


P2600772


P2600774
次です。


P2600775


P2600778
十字架昇架


P2600779


P2600781
次です。


P2600783


P2600784
キリストの復活


P2600787
これでナヴァータのフレスコ画は終わりです。


P2600788
中央礼拝堂をもう一度見ました。


P2600789
次はファサードの裏の壁に描かれたフレスコ画です。


P2600790
ラッタンツィオ・ガンバラ(ブレーシャ、1530-1574)の「キリストの昇天」


P2600792
カルロ・カルヴィとグイド・モンタナーリのステンドグラス(1954)
従来のステンドグラス経時劣化によって欠落したので、1954年に新たに制作されたものです。


P2600793


P2600796


P2600798


P2600799


P2600800


P2600801


P2600803


P2600805


P2600806


P2600809
これで終わりですが、コンソルツィオ礼拝堂のクリストフォロ・カセッリの作品がなかったように思います。


1
見当たらなかったクリストフォロ・カセッリ通称イル・テンペレッロ(パルマ、1460c‐1521)の「玉座の聖母子と聖イラーリオと聖ジョヴァンニ・バッティスタと音楽天使」(1499)
(外部サイトから作品画像を拝借しました)


P2600831
外に出ました。

P2600689
ベルニエーリ礼拝堂の中に入って拝観したかったのですが、鉄扉が閉まっていました。


P2600687
鉄格子の間からカメラを入れて写真を撮りました。


P2600692
チーマ・ダ・コネリアーノの領域(Ambito)の「ご訪問」(15末‐16世紀初頭)
Ambito di Tizianoと書かれている作品をティツィアーノの作品と間違えないようにしましょう。P2600702



P2600693
フレスコ画は、バルトリーノ・デ・グロッシ(パルマ、15世紀初頭に活動)によって描かれました。


P2600694
「聖セバスティアーノの物語」


P2600695
15世紀末のパルマの逸名彫刻家作「聖ジローラモ・ベルニエーリの聖櫃」


P2600697
右側廊


P2600698
右側廊交差ヴォールト天井のフレスコ画は、アレッサンドロ・マッツォーラ・べドリ(パルマ、1533‐1608)によって1571年から1574年に制作されました。


P2600699
次は、交差ヴォールトのナヴァータ上に描かれたフレスコ画を左ナヴァータから見て行きましょう。


P2600700
ファサードに近い方から主祭壇の方に向かって順番に見て行きます。


P2600701
交差ヴォールト天井のフレスコ画はアレッサンドロ・マッツォーラ・べドリ(パルマ、1533‐1608)によって描かれました。


P2600702
ナヴァータのフレスコ画は、ラッタンツィオ・ガンバラ(ブレーシャ、1530‐1608)がベルナルディーノ・ガッティ通称イル・ソジャロ(パヴィア、1495/1496-クレモナ、1576)の協力を得て、1567年から1573年に制作されました。


P2600703
受胎告知


P2600704


P2600705
上段が旧約聖書、中段がキリストの物語、下段が預言者、聖人たちとなってます。


P2600706


P2600709
羊飼いの礼拝


P2600711


P2600712
パオロ・フローニの「説教壇」(1613)


P2600713


P2600714


P2600715
クゥアドリーフォラ(四連窓 quadrifora)の上部は割礼


P2600718
クゥアドリーフォラの下部


P2600719
次です。


P2600720


P2600722
嬰児虐殺


P2600724


P2600726
次です。


P2600728


P2600729
博士たちとの問答


P2600732


P2600733
次です。


P2600736
キリストの洗礼


P2600737


P2600739
オルガン


P2600740
中央礼拝堂と後陣


P2600741
フレスコ画は、ジローラモ・マッツォーラ・ベドリの「最後の審判」(1538‐44)
アルベルト・ディ・モンフェオーロ・ダ・カッラーラの聖体容器(1486‐88)


P2600743
交差ヴォールト・ナヴァータの右側のフレスコ画に移ります。


P2600744


P2600746
寺院からの商人たちの追放


P2600747
(つづく)

P2600610
チェントーニ礼拝堂です。


P2600612
逆光です。


P2600614
チェントーニ礼拝堂の祭壇画は、アレッサンドロ・アラルディ(パルマ、1460c‐1528)の「玉座の聖母子と聖アントニオ・アバーテと聖パオロと寄進者ルドヴィーコ・チェントーニ」(1516)です。


P2600616
フランチェスコ・マリア・ロンダ―ニ(パルマ、1490‐1550)の「磔刑」(153‐31)


P2600622
詳細不明


P2600623
詳細不明


P2600625
フランチェスコ・マリア・ロンダ―ニ(パルマ、1490‐1550)の「キリストの受難」(1530‐31)


P2600628


P2600630


P2600631


P2600619
天井のフレスコ画もフランチェスコ・マリア・ロンダ―ニ(パルマ、1490‐1550)によって1530‐31年に制作されました。


P2600633
次の礼拝堂です。


P2600635
Cappella del Comuneです。


P2600640
コムーネ礼拝堂の祭壇画は、ミケランジェロ・アンセルミ(パルマ、1491c‐ルッカ、1555c)の「聖母子と聖セバスティアーノと聖ロッコと聖オラーリオと聖ビアージョ」(1526c)です。


P2600642
詳細不明


P2600643
コムーネ礼拝堂の壁一面にフレスコ画が描かれてます。


P2600644
バルトリーノ・デ・グロッシ(パルマで15世紀初めから中頃活動)と工房に帰属する「聖セバスティアーノと聖ファビアーノの生涯のエピソード」(1450c)


P2600645
こちらの壁は聖ファビアーノの物語でしょうか?


P2600647


P2600649


P2600650


P2600651


P2600652


P2600653
聖セバスティアーノ


P2600654
こちらの壁は聖セバスティアーノの物語でしょう。


P2600656


P2600657


P2600659


P2600661


P2600664


P2600666
聖ロッコ?


P2600667
カドゥーティ礼拝堂です。今日ではバイアルディ礼拝堂と呼ばれることが多いようです。


P2600667
扉が閉まっていますが、見どころが乏しいので、その理由が分かりません。


P2600671
古いフレスコ画が落剝したので、その残渣を塗り潰し、20世紀に新たに制作されたフレスコ画です。


P2600670
ビアージョ・ビアゲッティによって1920年に制作されたフレスコ画


P2600673
ビアージョ・ビアゲッティと言う画家は全く知りません。


P2600674
サン・マルティーノ礼拝堂です。


P2600676
この礼拝堂の装飾も新しい。


P2600677
礼拝堂の壁全面にフレスコ画が描かれてます。


P2600678
ジローラモ・マニャーニのフレスコ画(1881‐82)


P2600680
18世紀末から19世紀初めにパルマで活動した逸名彫刻家作「聖ジュゼッペと幼きキリスト」(18世紀末)


P2600683


P2600684


P2600686
(つづく)

P2600549
右翼廊のサン・パオロ礼拝堂です。


P2600552
オラツィオ・サマッチーニ(フィデンツァ、1770‐パルマ、1845)による天井装飾です。


P2600551
サン・パオロ礼拝堂のフレスコ画は、ポンポニオ・アレグリ(コレッジョ、1521‐パルマ、1845)の「シナイ山のモーゼ」(1560‐62)


P2600558
大聖堂で買い求めたガイドブックがあるので、作品帰属を書くのが容易です。


P2600559
アントニオ・プレシャーニの「聖パオロの回心」
サン・パオロ礼拝堂の祭壇画です。


P2600562
詳細不明


P2600564
詳細不明


P2600565
次はマドンナ・デッレ・ネ―ヴェ礼拝堂です。


P2600566
カティーノのフレスコ画は、クリストフォロ・カセッリ(パルマ、1460‐1521)の「父なる神」(1505‐06)


P2600567
金が使われてます。


P2600568
詳細不明の「無原罪の聖母」


P2600569
クリストフォロ・カセッリ(パルマ、1460‐1521)の「死せるキリストを支える2天使」(1507)


P2600571
バルトロメオ・モンティーニの墓碑


P2600572
この上にチーマ・ダ・コネリアーノの「玉座の聖母子と聖人たち」がありましたが、取り外され、現在はピロッタ宮殿のパルマ国立美術館にあります。


P2600573
バルトロメオ・モンティーニの墓(1507)


P2600574


P2600576
エルコーレ・プロカッチーニ・イル・ヴェッキオ(ボローニャ、1515‐1595)の「兵士」(1560‐62)


P2600577
お目当ての作品です。
パルマ大聖堂で必見の作品を1点挙げるとすれば、これになると思います。


P2600578


P2600579
ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の「十字架降下」(1178)


P2600581
日光が変に当たって、作品が見難くて困りました。


P2600588


P2600583


P2600584


P2600585


P2600587


P2600589


P2600590
傑作は何度見ても見飽きることがありません。


P2600591


P2600594


P2600595
右側廊の柱頭


P2600596



P2600597
サンタガタ礼拝堂の扉が閉まっていました。


P2600600
鉄格子の間にカメラを入れて写真を撮りました。


P2600601
サンタガタ礼拝堂の祭壇を飾るベルナルド・ガッティ通称イル・ソジャロ(パヴィア、1495/1496-クレモナ、1576)の「磔刑と聖マリア・マッダレーナと聖アガタとウベルティの聖ベルナルドと天使」(1566-74)
ベルナルド・ガッティの代表作です。彼の代表作がパルマ大聖堂にあることはあまり知られていないと思います。


P2600598
サンタガタ礼拝堂のフレスコ画は、セバスティアーノ・ガレオッティ(フィレンツェ、1675-モンドヴィ、1746)とペッレグリーノ・スパッジャーリ(ミラノ、1728-1750記録)の二人によって、1717年から1719年に制作されました。


P2600604
フレスコ画のテーマは「天上の聖ジョヴァンニ・アバーテ」


P2600605
ジョヴァンニ・フランチェスコ・カリッシーミ家の墓」(1520-47)


P2600606
詳細不明


P2600607
詳細不明


P2600608
かなり傷んでます。


P2600609
聖水盤
(つづく)

クリプタの続きです。
P2600479
詳細不明


P2600480
ベルトリーノ・デ・グロッシ(パルマ、1425‐1462記録)工房によって描かれたフレスコ画


P2600481
クリプタの礼拝堂


P2600482
クリプタの礼拝堂


P2600483
ジローラモ・マッツォーラ・ベドリ(ヴィアダーナ、1500‐1569)の「ウベルティの聖ベルナルディーノの墓」(1544)


P2600484
クリプタの拝観が終わりました。


P2600485
内陣に戻りました。


P2600486
左側の礼拝堂を見て回りました。


P2600488
ガスパーレ・トラヴェルシ(ナポリ、1732c‐1769)の「磔刑と聖人たち」(1753)


P2600489
左翼廊天井


P2600490
詳細不明


P2600491
左翼廊の礼拝堂を見ます。


P2600492


P2600493
これがあると助かります。


P2600497
アッスンタ礼拝堂です。


P2600498
アッスンタ礼拝堂のフレスコ画は、ミケランジェロ・アンセルミ(パルマ、1492‐ルッカ、1554)によって1548年に制作されました。


P2600499
ミケランジェロ・アンセルミのフレスコ画


P2600500
同断


P2600506
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティンティ(パルマ、1558‐1617)の「聖母被昇天」(1589‐91)


P2600507
次はサン・フェルモ礼拝堂です。


P2600512
アントニオ・パシーニ(フィデンツァ、1770‐パルマ、1845)の「キリストの埋葬」(1815)


P2600509
サン・フェルモ礼拝堂のフレスコ画です。
オラツィオ・サマッチーニ(ボローニャ、1532‐1577)の「モーゼの奇跡」(1570‐76)


P2600514
サン・フェルモ礼拝堂にある彫刻(詳細不明)


P2600516
サン・フェルモ礼拝堂にある彫刻(詳細不明)


P2600518
説教壇


P2600520
クーポラ


P2600521
クーポラのフレスコ画が傑作として有名です。


P2600522
四隅は4福音書記者


P2600545
アントニオ・アッレグリ・ダ・コレッジョ通称コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「聖母被昇天」(1526‐30)


P2600543
コレッジョの代表作です。


P2600528
制作は危険と隣り合わせでしょうね。


P2600523
次は後陣の礼拝堂です。


P2600534


P2600536


P2600526
ジローラモ・マッツォーラ・ベドリ(ヴィアダーナ、1500‐1569)の「最後の審判」(1538‐44)


P2600538


P2600527
ジローラモ・マッツォーラ・ベドリによるフレスコ画


P2600524
アントニオ・ギデッティの祭壇の装飾彫刻(1766)


P2600537


P2600539
詳細不明


P2600530
後陣の礼拝堂


P2600531


P2600532
中央礼拝堂前から見た出入口方向


P2600533


P2600541
オルガン


P2600540
青銅製の祭壇(12‐13世紀)
(つづく)

P2600413
サン・セヴェーレ礼拝堂です。


P2600415
詳細不明


P2600417
ガスパーレ・トラヴェルシ(ナポリ、1732c‐1769)の「天使たちと聖人たちと磔刑」


P2600419
ガスパーレ・トラヴェルシ(ナポリ、1732c‐1769)の「聖ルチアと聖アグネスと聖アポッロニア」


P2600422
ガスパーレ・トラヴェルシ(ナポリ、1732c‐1769)の「聖パスクゥアーレ・バイロン」


P2600424
詳細不明


P2600426
ガスパーレ・トラヴェルシ(ナポリ、1732c‐1769)の「聖痕を受ける聖フランチェスコ」


P2600427
詳細不明


P2600428
扉が閉まっていたサン・マルティーノ礼拝堂です。


P2600429
鉄柵の間にカメラを入れて写真を撮りました。


P2600432
16世紀後半のパルマの逸名画家作「聖母子」(16世紀第3四半世紀)


P2600434
サン・マルティーノ礼拝堂の天井フレスコ画です。


P2600435
サン・マルティーノ礼拝堂のフレスコ画は、セバスティアーノ・ガレオッティ(フィレンツェ、1675‐モンドヴィ、1719)によって1719年に描かれました。


P2600436
セバスティアーノ・ガレオッティの「天上の聖母と天使たち」(1719)


P2600437


P2600439


P2600440
ピエル・ルイージ・パッラヴィンチーノの「威厳の聖母と天使たち」(1966)


P2600441
1423年から1426年に建設されたヴァレーリ礼拝堂です。
扉が閉まっていました。


P2600444
この礼拝堂は壁一面に描かれたフレスコ画が必見ですが、鉄扉が邪魔して写真がうまく撮れません。


P2600435
鉄格子にカメラを入れて写真を撮りました。


P2600445
ベルトリーノ・デ・グロッシ(パルマ、1425‐1462記録)と工房によって制作されたフレスコ画です。ジョヴァンニ・ダ・モデナのスタイルで描かれたそうです。


P2600446
フレスコ画のテーマは、この礼拝堂の注文主であるクリストフォロ・ヴァレーリの家族とキリストの物語となってます。


P2600447
クリストフォロ・ヴァレーリはパルマの有力政治家でしたが、政争に敗れてパルマから追放されてしまいました。追放後に彼の家族を思って、このフレスコ画を注文したそうです。


P2600448


P2600450


P2600451


P2600452
制作者情報不詳の「磔刑像」(15世紀)


P2600453
他の信者がいなかったので、クリプタに入ることにしました。信者以外は立ち入りが禁止されてます。


P2600454
クリプタです。


P2600455
規模の大きなクリプタです。


P2600457
クリプタの礼拝堂の祭壇画、フレスコ画などを見て回りました。


P2600458
ミケランジェロ・アンセルミ(パルマ、1492‐ルッカ、1554)の「家族に顕現する聖アグネス」(1526)


P2600460
次のクリプタ礼拝堂です。


P2600463
アレッサンドロ・アラルディ(パルマ、1460c‐1528)の「聖母の結婚」(1519)


P2600465
クリプタの壁にフレスコ画の断片が残されてます。


P2600464
ベルトリーノ・デ・グロッシ工房によって制作されたフレスコ画


P2600466


P2600467
クリプタにある礼拝堂です。


P2600468
詳細不明のフレスコ画


P2600470
アントニオ・バレストラ(ヴェローナ、1666‐1740)の「聖イラーリオ」(1733)


P2600471
詳細不明


P2600472
詳細不明


P2600474
ベルトリーノ・デ・グロッシ工房によって制作されたフレスコ画


P2600478
同断


P2600476
(つづく)

今回は、ロマネスク様式建築物の代表作の一つであり、ルネサンス様式の内部装飾が見所のパルマ大聖堂です。
P2610357
ドゥオーモ通りからドゥオーモ広場に向かいました。


P2600395
ドゥオーモ広場にやってきました。


P2600397
パルマ大聖堂、Cattedrale di Santa Maria Assuntaです。1834年、教皇グレゴリオ16世によってBasilica Minoreに格付けされました。


P2600813
現在のドゥオーモが建っている場所に既に初期キリスト教会がありました。
9世紀頃、パルマ司教だったグイボルド(?、820c‐パルマ、895)司教は、初期キリスト教会を取り壊し、その上に新しい建物の建設を決め、新しい建物の奉献式が890年に行われました。
しかし、1055年、または1058年に起きた火災によって、建物が消失してしまったので、1061年頃から再建作業が開始されました。二代目の建物の奉献式が、1106年、第160代教皇パスクゥアーレ2世(ブレダ、1050c‐ローマ、1118)によって執り行われました。


P2600814
その後、地震に見舞われ、途中修復工事が行われた結果、二代目の建物は当初予定よりも遅れて1170年頃に一応完成しました。


P2600812
現在の姿の原形は、13世紀のものです。


P2600826
高さ63mのゴシック様式の鐘楼は、オビッツィオ・サンヴィターレの設計によって、1284年から1294年に再建された二代目のものです。


P1230330
鐘楼は、ご覧のように長い間、修復工事が行われていました。
2009年10月21日の深夜から翌22日の未明にかけて、パルマは大雷雨に見舞われ、その際の落雷によって鐘楼は火災が発生して大きな被害を受けてしまいました。そのため、修復工事が行われ、2015年9月19日に工事が完了するまで、ご覧のような状態の姿だったのです。


P1230334
鐘楼の横に洗礼堂が建ってます。


P2600396
洗礼堂は、ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の設計によって1196年から1216年頃に建設されました。
洗礼堂については、別に取り上げることにします。


P2600815
ジャンボノ・ダ・ビッソーニのプロテュルムのライオン(1281)


P2600819
ライオン像は左右で一対です。


P2600817
ロマネスクの彫刻


P2600818


P2600820
柱頭の彫刻


P2600821


P2600822


P2600824


P2600825


P2600829


P1230348


P1230345


P1230342
ルチーノ・ピアンキーノの門(1491)


P1230351


P1230352



P1230354
聖堂内に入りました。


P2600399
三廊式、ラテン十字形、ルネサンス様式の内部です。


P2600400
右側廊方向


P2600401
天井


P2600402
聖堂内の構造図


P2600403
これがあると助かります。


P2600404


P2600405
アレッサンドロ・アラルディ(パルマ、1460c‐1528)の「聖家族とドメニコ・ダ・イーモラ司教」(1496)


P2600406
礼拝堂を順番に見て行きます。


P2600407
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「ご訪問」


P2600409
見所が豊富です。


P2600410
詳細不明


P2600411
左側廊


P2600412
(つづく)

P1900601
フランチェスコ・スコット(ジェノヴァ、1750c‐1826)の「磔刑」


P1900603
ジュゼッペ・イーゾラ(ジェノヴァ、1808‐1893)の磔刑礼拝堂の天井フレスコ画


P1900610
ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581‐ヴェネツィア、1644)の祭壇画


P1900615
以上が左側廊の礼拝堂です。


P1900616
中央礼拝堂前から見た出入口方向です。


P1900617
中央礼拝堂と後陣


P1900618
後陣のフレスコ画は、ジュリオ・ベンソ(ぺーヴェ・ディ・テーコ、1592‐1668)の「受胎告知」、「聖母被昇天」


P1900619


P1900621


P1900623


P1900622
クーポラのフレスコ画は、ジョヴァンニ・アンドレア・アンサルド(ヴォルトリ、1584‐ジェノヴァ、1638)によって描かれました。


P1900620
ジャコモ・アンドレア・ポンソネッリ(マッサ、1654‐ジェノヴァ、1735)の「磔刑像」


P1900624
中央礼拝堂の左右の側壁に祭壇画があります。


P1900626
左側壁は、ジョヴァンニ・バッティスタ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1603‐パロディ・リグーレ、1684c)の「キリストの寺院への出現」


P1900628
右側壁は、ジョヴァンニ・バッティスタ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1603‐パロディ・リグーレ、1684c)の「キリストの博士たちとの問答」


P1900631
中央礼拝堂のイコン


P1900633
中央礼拝堂のイコン


P1900635
ロレートの聖母の礼拝堂です。


P1900636
レオナルド・ミラーノ(コモ、1577‐ジェノヴァ、1637)の「ロレートの聖母」


P1900639
ジョヴァンニ・バッティスタ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1603‐パロディ・リグーレ、1684c)の「ポルタの聖サルヴァトーレの奇跡」


P1900641
ジョヴァンニ・アンドレア・アンサルド(ヴォルトリ、1584‐ジェノヴァ、1638)の右側廊クーポラのフレスコ画


P1900646
トマーゾ・クレリーチ(ジェノヴァ、1636‐1657)の「三大天使」


P1900649
トマーゾ・クレリーチ(ジェノヴァ、1636‐1657)の「聖ドメニコ・ソリアーノの行為」


P1900652
パドヴァの聖アントニオ礼拝堂の祭壇画は、トマーゾ・オルソリーノ(ランポニオ、1587‐ジェノヴァ、1675)の「パドヴァの聖アントニオ」


P1900653
ジャコモ・ポルタ(?、?‐ジェノヴァ、1662)の「祭壇」


P1900655
右側廊


P1900656
ジョヴァンニ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1584‐ミラノ、1631)によって描かれた右側廊天井のフレスコ画


P1900657
同断


P1900660
ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1628‐1703)の「受胎告知」(1679)


P1900664
アンドレア・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1626‐1697)の「ご訪問」


P1900666
アンドレア・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1626‐1697)の「聖母の寺院への出現」


P1900667
説教壇


P1900668


P1900671
ジョヴァンニ・バッティスタ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1603‐1684)の「アルカンターラの聖ピエトロ」


P1900675
アンドレア・マリア・ピオラ(ジェノヴァ、1654‐1715)の「聖母子と聖グレゴリオと聖オルソラ」


P1900677
ダニエーレ・クレスピ(ボスコ・アルシツィオ、1600‐ミラノ、1630)の「聖ジョヴァンナ」


P1900682
ジョヴァンニ・ベルナルド・カルボーネ(ジェノヴァ、1614‐1683)の「十字架の前で祈るフランスの聖ルイ9世」


P1900684
クラウディオ・フランチェスコ・ボーモン(トリノ、1694‐1766)の「聖ルイ9世の寄進」


P1900686
クラウディオ・フランチェスコ・ボーモン(トリノ、1694‐1766)の「ペスト患者と聖ルイ9世」


P1900687
ドメニコ・フィアセッラ(サルザーナ、1589‐ジェノヴァ、1669)の天井フレスコ画


P1900688


P1900689


P1900691
サン・ジョヴァンニ・バッティスタ礼拝堂です。


P1900692
詳細不明


P1900693
祭壇(詳細不明)


P1900696
ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1628‐1703)の「磔刑の前の聖ドメニコ」


P1900698
シモーネ・パッラビーノ(ジェノヴァ、1575c‐ミラノ、1620c)の「聖ディエゴの奇跡」


P1900703
17世紀中頃の逸名画家作「聖ボナヴェントゥーラの奇跡」


P1900705
ドメニコ・ピオラの追随者作「聖霊降臨」


P1900709
ジョヴァンニ・アンドレア・デ・フェラーリ(ジェノヴァ、1598‐1669)の「アガルとイスマエーレ」


P1900712
グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568‐1625)の「聖フランチェスコの誕生」


P1900714
ジョヴァンニ・バッティスタ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1603‐1684)の礼拝堂天井のフレスコ画


P1900715
カルロ―ネ一族、ピオラ一族など画家一家の作品が多くて、作品を特定させるのが大変でした。


P1900716
ブログの書き手として時間が相当かかった記事でした。


P1900721
外に出ました。
(おわり)

P1900508
ジェノヴァのバルビ通りの先に教会の建物があります。


P1900511
Piazza del Nunziataに面して建つ教会です。


P1900732
Basilica di Santissima Annunziata del Vastato
ジェノヴァに、2つの受胎告知教会があるので、区別するためにdel Vastatoが付けられて呼称されてます。


P1900516
この場所には、1228年に建てられた小さなサンタ・マリア・デル・プラート教会修道院がありましたが、1508年、教会修道院の建物はフランチェスコ会修道士の所有に変更されました。
フランチェスコ会は、譲渡された建物を取り壊し、その上に新しい建物の建設を決め、1520年に創建されましたが資金難のため、1537年に工事が中断され、シンプルで小さな建物のまま、活動していました。
1582年、工事が再開されましたが、資金難のため工事は遅々として進みませんでした。1591年、ロメッリーニ家が資金を負担することになり、彫刻家でもあり建築家であるタッデオ・カルロ―ネ(ローヴィオ、1543‐ジェノヴァ、1615)の工事監督によって、工事が再開され1615年に完成しました。


P1900734
新古典様式のファサードはジョヴァンニ・バッティスタ・レナスコとカルロ・バラビーノの設計、工事監督によるものです。


P1900725
身廊外観


P1900735
鐘楼がファサードの左右に二本設けられてます。


P1900722
第二次世界大戦の爆撃によって、大きな被害を受け、戦後に大修復された建物です。


P1900519
お布施を依頼してます。


P1900520
聖堂内に入りました。


P1900521
三廊式、バロック様式の内部です。


P1900522
縦54m×横33mの聖堂です。


P1900523
装飾が地味なのは柱くらいです。


P1900525
身廊天井のフレスコ画は、ジョヴァンニ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1584‐ミラノ、1631)とジョヴァンニ・バッティスタ・カルローネ(ジェノヴァ、1603‐パロディ・リグーレ、1684c)によって描かれました。


P1900526
場面毎に二人のうち誰によって描かれたのか特定されているそうです。


P1900688
その辺は、私にはあまり興味がありません。


P1900527
左側廊


P1900528
左右の側廊天井にもフレスコ画が描かれてます。


P1900529
左側廊にある礼拝堂から見て行きました。


P1900535
ジョヴァンニ・バッティスタ・カルローネ(ジェノヴァ、1603‐パロディ・リグーレ、1684c)の「聖クレメンテの殉教」
サン・クレメンテ礼拝堂の中央祭壇画です。


P1900537
ジョヴァンニ・バッティスタ・カルローネ(ジェノヴァ、1603‐パロディ・リグーレ、1684c)の「聖クレメンテの殉教」
サン・クレメンテ礼拝堂の右側壁にあります。


P1900540
ジョヴァンニ・バッティスタ・カルローネ(ジェノヴァ、1603‐パロディ・リグーレ、1684c)の「聖クレメンテの苦痛」
サン・クレメンテ礼拝堂の左側壁にあります。


P1900546
左側廊第2礼拝堂です。


P1900545
ジョヴァンニ・バッティスタ・パッジ(ジェノヴァ、1554‐1627)の「聖キアーラの変容」


P1900551
ジョヴァンニ・バッティスタ・カルローネ(ジェノヴァ、1603‐パロディ・リグーレ、1684c)の「洗礼する聖フランチェスコ・ソラーノ」


P1900555


P1900556


P1900560
クリスチャン・ラクロワ(フランス人、ジェノヴァで17世紀後半活動)の「磔刑」


P1900562
ルーカ・カンビアーソ(モネーリア、1527‐スペイン、エル・エスコリアル、1585)の「磔刑」


P1900568
ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1627‐1703)の「無原罪の聖母」


P1900570
左側廊天井のフレスコ画はジョヴァンニ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1584‐ミラノ、1631)の作品です。


P1900574
ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1627‐1703)の「天上の聖母子と聖ディエゴ」


P1900576
左第5礼拝堂の天井フレスコ画はドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1627‐1703)によって描かれました。


P1900578
ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1627‐1703)の「聖ディエゴの説教」


P1900582
ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1627‐1703)の「フィリッポ2世の病気の息子を治す聖ディエゴ」


P1900583
左第6礼拝堂です。


P1900586
「聖フランチェスコ」(18世紀)


P1900587
左第6礼拝堂の天井フレスコ画はジョアッキーノ・アッセレート(ジェノヴァ、1600‐1649)の「聖母被昇天」


P1900591
左翼廊のクーポラ


P1900594
レオナルド・ミラーノ(コモ、1577‐ジェノヴァ、1637)の「聖母子と聖人たち」


P1900596
ルチアーノ・ボルツォーネ(ジェノヴァ、1590‐1645)の「聖母子と聖人たち」
(つづく)

P1900292
ジェノヴァのサン・ロレンツォ通りです。


P1900298
ドゥオーモの後方、Piazza Matteottiに面して建つジェズ教会です。


P1900454
ジェノヴァにおけるイエズス会の本拠地教会ですが、その名称はChiesa del Gesu e dei Santi Ambrogio e Andreaと言います。


P1900453
この地に6世紀頃に建設されたサンティ・アンブロージョ・エ・アンドレア教会がありましたが、宗教改革に危機感を抱いたジェノヴァ大司教区は、1552年、教会をイエズス会に譲渡、宗教活動をイエズス会に委ねました。
建物が再建されることになり、イエズス会信者で画家でもあり建築家でもあったジュゼッペ・ヴァレリアーニ(またはヴァレリアーノ)(ラクイラ、1526‐ナポリ、1596)の設計によって、1589年創建、1606年に完成したバロック様式の建物が現在見ることが出来る姿となってます。1598年に献堂式が行われました。


P1900461
クーポラと鐘楼


P1900307
ファサードにイエズス会の紋章があります。


P1900306
ミケーレ・ラモーニノ(ヴェラッツェ、1821‐ジェノヴァ、1881)の「聖アンブロージョ」


P1900309
ミケーレ・ラモーニノ(ヴァラッツェ、1821‐ジェノヴァ、1881)の「聖アンドレア」


P1900308


P1900310
開いていたので拝観しました。


P1900312
三廊式、バロック様式の内部です。


P1900314
左側廊方向


P1900315
右側廊方向


P1900313
反宗教改革旗印のイエズス会教会らしい派手な装飾が特徴です。


P1900360
中央礼拝堂(主祭壇)


P1900364
主祭壇画は、ピーテル・パウル・ルーベンス(ドイツ、ジーゲン、1577‐ベルギー、アンヴェルサ、1640)の「割礼」(1608)


P1900365
ジュゼッペ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1599‐1624活動記録)の「聖パオロ」


P1900368
ジュゼッペ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1599‐1624活動記録)の「聖ピエトロ」


P1900371
ジョヴァンニ・バッティスタ・メラーノ(ジェノヴァ、1632‐ピアチェンツァ、1698)の「嬰児虐殺」(1661)


P1900372


P1900374
ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1627‐1703)の「エジプトへの逃避」


P1900317
ジョヴァンニ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1584‐ミラノ、1631)のクーポラのフレスコ画(1624c)


P1900318
このフレスコ画もジョヴァンニ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1584‐ミラノ、1631)によって1624年頃に描かれました。


P1900324
アンドレア・ポッツォ(トレント、1642‐ウィーン、1709)の「聖フランチェスコ・ボルジャ」


P1900330
ドメニコ・パッシニャーノ(タヴァルネッレ・ヴァル・ディ・ぺーザ、1559‐フィレンツェ、1638)の「キリストの洗礼」


P1900335
ピーテル・パウル・ルーベンス(ドイツ、ジーゲン、1577‐ベルギー、アンヴェルサ、1640)の「聖イグナツィオの奇跡」


P1900339


P1900337
装飾過多ですね。


P1900343
ジョヴァンニ・バッティスタ・パッジ(ジェノヴァ、1554‐1627)の「聖ステファノの殉教」


P1900346
サン・フランチェスコ・サヴェーリオ礼拝堂


P1900348
ドメニコ・グラッシの「聖フランチェスコ・サヴェーリオの説教」


P1900352
ドメニコ・フィアセッラ(サルザーナ、1589‐ジェノヴァ、1669)の「聖フランチェスコ・サヴェーリオの物語」


P1900354
ドメニコ・フィアセッラ(サルザーナ、1589‐ジェノヴァ、1669)の「聖フランチェスコ・サヴェーリオの物語」


P1900345
礼拝堂天井もドメニコ・フィアセッラ(サルザーナ、1589‐ジェノヴァ、1669)の「聖フランチェスコ・サヴェーリオの物語」です。


P1900376
説教壇


P1900379
説教壇


P1900385
グイド・レーニ(ボローニャ、1575‐1642)の「聖母被昇天」


P1900388
反射を避けて撮ってみました。


P1900390
アンドレア・ポッツォ(トレント、1642‐ウィーン、1709)の「無原罪の御宿リ」


P1900395
見所豊富です。


P1900399
オルガン


P1900402
シモン・ヴーエ(パリ、1590‐1649)の「磔刑」


P1900405
詳細不明


P1900407
ジョヴァンニ・アンドレア・デ・フェラーリ(ジェノヴァ、1598‐1669)の「テオドシス帝と聖アンブロージョ」


P1900409
派手派手です。


P1900411
美術ファンにとっては非常に見所が多いと思います。


P1900412


P1900421


P1900428
マッティア・トラヴェルソ(ジェノヴァ、1885‐1956)の「聖心」


P1900429
ベルナルド・ストロッツィの作品を探しましたが見つかりませんでした。


P1900430
外に出ました。

P1900089
右側廊


P1900090
右側廊


P1900093
後陣右側にあるノストラ・シニョーラ礼拝堂です。


P1900096
フェデリーコ・バロッチ(ウルビーノ、1535‐1612)の「磔刑」


P1900101
ロレンツォ・デ・フェラーリ(ジェノヴァ、1680‐1744)の「玉座の聖母子と聖スタニスラオと聖フランチェスコ・ボルジャ」


P1900104
天井のフレスコ画はジョヴァンニ・アンドレア・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1584/1590-ミラノ、1630)の「聖セバスティアーノの説教」


P1900102
これは有り難い。


P1900108
大理石の祭壇は、カルロ・バラビーノ(ジェノヴァ、1768-1835)とイグナツィオ・ペスキエーラ(ジェノヴァ、1777-1839)の「天使たち」(1830)


P1900107
15世紀の逸名画家作「聖母子」


P1900109
ステンドグラスも見事です。


P1900111
「聖母被昇天」(19世紀)


P1900114


P1900116
グイド・ガレッティ(ロンドン、1893-ジェノヴァ、1977)の「幼きキリストと聖ジュゼッペ」


P1900119
ガエターノ・プレヴィアーティ(フェラーラ、1852-ラヴァ―ニャ、1930)の「聖母被昇天」(1905)


P1900128
扉上ルネッタのフレスコ画


P1900131
Maestro Costantinopolitano di San Salvatore in Choraの「聖母子と2聖人と2天使」(1312c)


P1900134
有名な彫刻です。


P1900141
15世紀の逸名彫刻家作「磔刑」


P1900140
パオロ・ジローラモ・ピオラ(ジェノヴァ、1666-1724)の「天上のキリストと聖ジローラモと聖マリア・マッダレーナと聖人」


P1900147
ルーカ・カンビアーソ(モネーリア、1527-エル・エスコリアル、1585)の「聖ゴッタルド」


P1900153
入口扉上のフレスコ画


P1900152


P1900149
Maestro Costantinopolitano di San Salvatore in Choraの「玉座のキリストと聖人たち」(1312c)


P1900170
詳細不明


P1900173
詳細不明


P1900179
サン・ジョヴァンニ礼拝堂


P1900178
クーポラ


P1900181
ドメニコ・ガジーニ・ダ・ビッソーネ(ビッソーネ、15世紀後半活動)と弟子のエリア・ガジーニの「祭壇」


P1900190
ドメニコ・ガジーニ・ダ・ビッソーネ(ビッソーネ、15世紀後半活動)とエリア・ガジーニの「聖ジョヴァンニ・バッティスタの生涯」


P1900185
アンドレア・コンドゥッチ通称イル・サンソヴィーノ(モンテ・サン・サヴィーノ、1467c-1529)の「聖母子」


P1900194
Museoに行きます。


P1900195
Museoの入り口


P1900196


P1900197
高価でしょうね。


P1900198


P1900199


P1900200


P1900201


P1900202
芸術性はあまり感じません。


P1900205


P1900206
聖堂内に戻り、後陣左のレルカーリ礼拝堂の拝観です。


P1900210
礼拝堂祭壇


P1900211
ジャン・ジャコモ・デッラ・ポルタとグリエルモ・デッラ・ポルタとニコロ・ダ・コルテの「サンティ・ピエトロ・エ・パオロの祭壇」(1533-37)


P1900212
ガスパーレ・フォルラーニのオルガンのカヴァー絵(1554-55)


P1900221
天井のフレスコ画は、ジョヴァンニ・バッティスタ・カステッロ通称イル・ベルガマスコ(カステッロ・ガンディーノ、1509-マドリッド、1569)の「聖母戴冠」(1564)と「聖母被昇天」(1564)


P1900223
詳細不明


P1900240
外に出ました。
(おわり)

P1900272
見応えがあるファサードです。


P1900278


P1900280
ファサードの彫刻の作品帰属について、聖堂内に説明プレートがあります。


P1900165
これです。


P1900166
これがあるので助かります。


P1900282
次は身廊外観です。


P1900283
鐘楼を横から見たところです。


P1900284
サン・ロレンツォ通り側の出入り口


P1900285


P1900286


P1900287


P1900288


P1900289


P1900290


P1900053
ファサード側の向かって右の出入り口が開いていたので、聖堂内に入ります。


P1900054
三廊式、ラテン十字形、ロマネスク様式の内部です。


P1900055
左側廊方向


P1900059
左側廊


P1900060
左側廊からの眺め


P1900061
左側廊上部


P1900066


P1900161


P1900056
右側廊方向


P1900144
右側廊


P1900145
右側廊からの眺め


P1900162


P1900057
天井
第二次世界大戦中の1941年2月9日、イギリス軍の爆撃によって、聖堂身廊天井が破壊され、天井のフレスコ画の殆どが落剝してしまいました。その後、天井は修復されましたが、僅かに残っていたフレスコは白く塗り潰されました。


P1900058
ジョルジョ・フィエスキの墓


P1900062
ジョヴァンニ・アンドレア・アンサンド(ヴォルトリ、1584‐ジェノヴァ、1638)によって、オルガンカヴァーとして描かれた「聖ロレンツォ」


P1900067


P1900071
ジョヴァンニ・バッティスタ・パッジ(ジェノヴァ、1554‐1627)に帰属する「受胎告知」


P1900072
ジョヴァンニ・ガジーニ(パレルモ、1470c‐?、?)の「ジョルジョ・フィエスキの墓碑」


P1900074
中央礼拝堂と後陣は修復作業中でした。


P1900076
後陣のフレスコ画、彫刻、ステンドグラスなどをゆっくり見たかった!


P1900078
ラッザーロ・ダヴァローネ(ジェノヴァ、1556‐1640)のフレスコ画(1622)


P1900088
ラッザーロ・タヴァローネ(ジェノヴァ、1556‐1640)の「最後の晩餐」


P1900091
後陣の彫刻を見たかったけれど、これではね。


P1900092
詳細不明


P1900075
説教壇


P1900080
校外学習の一行がやってきました。聖堂内に説明の声が良く響きます。
(つづく)

P1900033
ジェノヴァ市の中心サン・ロレンツォ通りです。


P1900037
サン・ロレンツォ通りを東に進むと、直ぐに大聖堂の鐘楼と、道の突き当りにあるジェズ教会が見えてきます。


P1900042
サン・ロレンツォ大司教座教会、Cattedrale Metropolitana di San Lorenzoです。
ジェノヴァ大司教区の大司教座が置かれています。


P1900270
3世紀中頃、この場所にキリスト教徒の墓地があり、信仰の場となっていました。5‐6世紀頃に教会が建設されましたが、それが現在の建物の前身です。
1007年、司教座が置かれ、Cattedraleに昇格しました。


P1900043
11世紀中頃、建物の老朽化と信者が多くなって手狭になったので、建物が再建されることになりました。
1098年に創建されたロマネスク様式の二代目の建物が、現在の姿の原形です。
1118年に奉献式が執り行われた後、1133年に大司教座が置かれるようになりました。


P1900274
1230年頃、ゴシック様式に改築されることになり、改築はファサードから始められ、ファサードは1307年から1312年の間に完成しました。


P1900228
白と黒の大理石による組み合わせ模様は、ジェノヴァ貴族の象徴とされていたものです。
ファサードの建築に従事した労働者はフランスから集められたそうです。


P1900268
当初、鐘楼はファサードの左右2本の建設が予定されていましたが、右だけが1552年に完成しました。高さが60mあります。
向かって左の鐘楼は、1477年にロッジャ部分まで建設が進みましたが、そのままで放置され未完成のまま、現在に至ってます。


P1900462
クーポラですが、1550年に工事が始められ、17世紀に完成しました。


P1900463
クーポラは暫く修復工事中です。


P1900229
ポータル上のフレスコ


P1900224
ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の作品(1210c)


P1900238
修復後のものでしょうね。


P1900225
1894年から1900年にかけて大規模な修復工事が行われました。


P1900226


P1900227


P1900231
ベネデット・アンテラミ、ベネデット・アンテラミ派彫刻家による作品


P1900232


P1900233


P1900234


P1900235


P1900236



P1900237
ファサードの左右にライオン像があります。
カルロ・ルバット(ジェノヴァ、1810‐1891)の「ライオン像(左)」(1840)


P1900259
カルロ・ルバット(ジェノヴァ、1810‐1891)の「ライオン像(右)」(1840)


P1900241
聖母子


P1900046


P1900047


P1900051
聖ロレンツォ


P1900052


P1900242
ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)またはベネデット・アンテラミ派彫刻家の「キリストと聖ロレンツォ」


P1900044


P1900244


P1900045
バラ窓


P1900245


P1900246


P1900247
扉横の彫刻


P1900248


P1900250
扉横の柱に施された彫刻


P1900251
柱下部


P1900252


P1900254


P1900255


P1900256
以上は中央扉の写真です。


P1900257
向かって右の扉です。


P1900258


P1900260
ベネデット・アンテラミの彫刻


P1900261


P1900263


P1900265
(つづく)

P1010043
見えているのは、モンタニャーナのドゥオーモです。


P1010230
旧市街の中心であるヴィットリオ・エマヌエーレ2世広場にドゥオーモが建ってます。


P1010097
Parrocchia di Santa Maria Assunta、パドヴァ司教区に属するモンタニャーナの教区教会です。


P1000962
1431年、クリストフォロ・ダ・ボルツァーノの設計によって創建され、後に建築家ロレンツォ・ダ・ボローニャ(ボローニャ、15世紀前半生まれ‐1508?没)に引き継がれて1502年に完成した後期ゴシック・ルネサンス様式の建物です。


P1010236
鐘楼は、ファサードの左右と中央の3か所にあります。独立した建物の鐘楼はありません。


P1010039
身廊外観


P1010131
後陣


P1010132
身廊側にも出入り口があります。


P1010237
ファサードの出入り口から中に入りました。


P1000964
単廊式、ラテン十字形、ルネサンス様式の内部です。


P1000966
左右の側壁に礼拝堂が設けられてます。


P1010065
美術的に見所が多い教会です。


P1010037
天井の装飾が地味です。


P1010239
中央礼拝堂と後陣


P1010240
調べましたが、フレスコ画の制作者が分かりません。教会の方では分かっていると思います。


P1010243
聖歌隊席上部


P1010244
後陣への立ち入りが禁止されてます。


P1010245
詳細不明の磔刑像


P1000998
主祭壇画はパオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528‐ヴェネツィア、1588)の「キリストの変容」


P1010253
次は、この町に来た目的であるジョルジョーネのフレスコ画を見ます。


P1010254
ファサード裏側出入り口の左右の壁にジョルジョーネの帰属フレスコ画があります。


P1010257
ジョルジョ・バルバレッリ・ダ・カステルフランコ通称ジョルジョーネ(カステルフランコ・ヴェネト、1477/1478-ヴェネツィア、1510)に帰属する「ダヴィデ」


P1010259
ジョルジョーネは、1510年、32-33歳の若さで、恐らく腺ペストで急死したことに加え、修行や作品制作の記録などが殆ど残っておらず、サロンで楽しむために特定のパトロンから直接注文を受けたようで、謎の多い画家とされてます。現存するジョルジョーネの真作は僅か6点とされ、それ以外のジョルジョーネの作品は後年の研究家、美術史家や鑑定人による帰属作品のようです。


P1010255
ジョルジョーネに帰属する「ユディト」


P1010256



P1010030
ジョヴァンニ・ボンコンシーリオ、別名マレスカルコ・ブオンコンシーリオ通称イル・マレスカルコ(モンテッキオ・マッジョーレ、1465c-1535/1537)の「キリストの復活」


P1000972
詳細不明


P1010246
落剝したフレスコ


P1010247
ジョヴァンニ・ボンコンシーリオ、別名マレスカルコ・ブオンコンシーリオ通称イル・マレスカルコの「玉座の聖母子と聖セバスティアーノと聖ロッコ」(1511)


P1000993


P1000995
ジョヴァンニ・ボンコンシーリオ、別名マレスカルコ・ブオンコンシーリオ通称イル・マレスカルコの「聖セバスティアーノの殉教」


P1000987
左翼廊礼拝堂


P1000988
ロレンツォ・ダ・ボローニャのフレスコ装飾


P1010005
サンタントニオ礼拝堂


P1010273
ボナッツァ工房作「パドヴァの聖アントニオ」(17世紀)


P1010006
ヤコポ・ダ・モンタニャーナのフレスコ画(15世紀)


P1010009
ヤコポ・ダ・モンタニャーナのフレスコ画(15世紀)


P1010011
後陣右のサン・ロレンツォ礼拝堂


P1010015
詳細不明


P1010016
詳細不明


P1010018
ジャコモ・ジャルディーニの「聖母とキリストの物語」(1658)


P1010268
大作です。


P1010260
アレッサンドリアの聖カテリーナ礼拝堂


P1010021
ジョヴァンニ・ボンコンシーリオ、別名マレスカルコ・ブオンコンシーリオ通称イル・マレスカルコの「アレッサンドリアの聖カテリーナ」


P1010023
ジョヴァンニ・ボンコンシーリオ、別名マレスカルコ・ブオンコンシーリオ通称イル・マレスカルコの「玉座の聖母子と聖人たち」


P1010026
オノフリオ・ガブリエーリの作品(1699‐1700)


P1000976
ジュリオ・デ・ロッシの「レパントの海戦」(1600‐10c)


P1000975


P1000978
バルトロメオ・チッタデッラの「天上の聖母子と聖人たち」


P1000979
ロザリオ礼拝堂


P1000981


P1000980
ジョヴァンニ・ボンコンシーリオ、別名マレスカルコ・ブオンコンシーリオ通称イル・マレスカルコのフレスコ画


P1000982


P1000984
バルトロメオ・チッタデッラの「ピオッジャの奇跡」(1695)


P1010252
じっくりと鑑賞できました。
(おわり)

P1660153
堂内に入りました。


P1660155
三廊式、ラテン十字形の内部です。


P1660990
左側廊


P1660992


P1660154


P1660993
右側廊


P1660995



P1660994
右側廊天井


P1660156
身廊中央の天井


P1660929


P1660157
中央礼拝堂と後陣


P1660933
ボッカッチョ・ボッカッチーノ(フェラーラ、1466以前‐クレモナ、1525)?のフレスコ


P1660935


P1660938
主祭壇画はベルナルディーノ・ガッティ通称イル・ソイアーロ(パヴィア、1495c‐クレモナ、1576)の「聖母被昇天」’1572)


P1660941
説教壇


P1660940
説教壇の彫刻


P1660944
ボッカッチョ・ボッカッチーノの「磔刑」


P1660948


P1660950
詳細不明のフレスコ


P1660952
詳細不明の聖母子


P1660956
詳細不明


P1660959
詳細不明


P1660962
詳細不明


P1660966
サン・ロッコ礼拝堂


P1660970
詳細不明


P1660972
Cappella delle Reliquie(1788)


P1660975
クレモナの金銀細工師のアンブロージョ・ポッツィとアゴスティーノ・サッキによる「銀の十字架」(1470‐78)


P1660977


P1660980
詳細不明


P1660982
聖オモボーノの聖遺物


P1660984


P1660987
詳細不明


P1660988
詳細不明


P1660996
身廊上アーチに描かれたフレスコ画
この部分はボッカッチョ・ボッカッチーノの作品


P1660999
この部分はジローラモ・ディ・ロマーノ通称イル・ロマニーノの作品です。


P1660163
ファサードの裏壁に描かれたフレスコ画を見ます。


P1660164
ポルデノーネの「磔刑」(1520‐21c)


P1660166
ベルナルディーノ・ガッティ通称イル・ソイアーロの「キリストの復活」(1529)


P1660168
ベルナルディーノ・ガッティ通称イル・ソイアーロ?の「嘆き」


P1660171
ポルデノーネの「聖母子と聖フィリッポと聖ジャコモと寄進者」(1522)


P1660176
サン・フェルモ礼拝堂


P1660178
ルーカ・カッタパーネ(16世紀活動)の「磔刑」(1593)


P1660181
ジェルヴァシオ・ガッティの「ご訪問」


P1660185
ジャコモ・ベルテージ(クレモナ、1643‐1710)の「磔刑」(17世紀後半)


P1660189
ジョヴァンニ・バッティスタ・トロッティ通称イル・マロッゾ(クレモナ、1555‐パルマ、1619)の「受胎告知」(1594)


P1660191
ジョヴァンニ・アンジェロ・ボッローニ(クレモナ、1684‐ミラノ、1772)の「天上の聖ベネデット」(1747)


P1660194
まだまだ沢山ありますが、この辺で終わりにします。


P2710925
(おわり)

P1660133
ソルフェリーノ通りからドゥオーモに行きました。


P1660137
Cattedrale di Santa Maria Assunta
クレモナ司教区の司教座教会です。


P1670005
現在のドゥオーモがある場所に、サント・ステファノ教会とサンタ・マリア教会の存在を記した10世紀の記録が残されてます。
2つの教会を取り壊して、その上に新たな教会を建設することになり、1107年8月26日に最初の土台石が置かれました。
建設途中の1117年1月3日に起きた大地震によって大被害を受けてしまいました。1129年に漸く建設工事が再開され、教会として使用できるようになった1190年に奉献式が執り行われました。


P1660913
その後も翼廊などの拡張工事やファサードの建設が続けられ、1491年に完成しました。


P1670007
先ずファサードの見学です。


P1670011
ファサード上部の4つのニッチは、アルベルト・マッフィオーリ・ダ・カッラーラ(北イタリアで15世紀後半活動)によって1491年に完成しました。


P1660140
ジャコモ・ポッラータ・ダ・コモによって13世紀に造られたバラ窓


P1670012


P1670013
小ポルティコの彫刻はトスカーナの彫刻家による「聖母子と聖イメリオと聖オモボーノ」(1310)


P1670014
正面ファサード入口柱


P1660144
ファサードが3つあるのです。


P1660145


P1660146


P1660147


P1660148


P1660149


P1670007
正面ファサードに向かって左にある塔は、トラッツォと呼ばれる鐘楼です。


P1660914
高さが112m12cmのトラッツォは、754年に創建され、1309年に完成しました。


P1660912
トラッツォの時計は、フランチェスコ・バッティスタ・ディヴィツィオーリとその息子ジョヴァンニの父子によって1583年から1588年に制作されました。


P1670003
正面ファサードの出入り口


P1660141
正面ファサードの出入り口左右にライオン像があります。


P1660142
ジョヴァンニ・ボーノ・ダ・ビッソーニの「ライオン像」(1280)


102


103


120
後陣


122


P1670019
北翼廊のファサード


P1670020


P1670016
北翼廊のファサード


P1670017
北翼廊の出入り口です。その左右にもライオン像があります。


P1670021
後陣の方から南翼廊のファサードの方に向かいました。


P1660197
南翼廊のファサード


P1660196
3つのファサードがあるのはクレモナ繁栄の証左です。


P1660199
写真左端に写っているのは洗礼堂です。


P1660198
洗礼堂のファサードは広場に面してます。


P1660195
洗礼堂の裏側


P1660201
洗礼堂の脇を通って広場に出ました。


P1660135
洗礼堂のファサード


104


126
クレモナですから、ドゥオーモ横にもストラディヴァリ像があります。


127
(つづく)

P2010527
Cappella Maggiore(中央礼拝堂)


P2010593
フィリッポ・リッピ(フィレンツェ、1406‐スポレート、1469)のフレスコ画で有名です。


P2010530
聖人たちのステンドグラス


P1140138
1452年、フィリッポ・リッピは、プラート大聖堂のCappella Maggioreのフレスコ画制作を依頼されました。


P2010590
1456年、フィリッポ・リッピは、プラートのサンタ・マルゲリータ女子修道院の礼拝堂付き司祭に任命されました。当時、リッピは、聖母とこの礼拝堂のフレスコ画サロメのモデルを探していましたが、サンタ・マリゲリータ女子修道院で修道女をしていたルクレツィア・ブーティが目に留まり、1457年には彼女を連れ出し、一緒になってしまったのです。


P2010591
やがて、二人の間にフィリッピーノが生まれます。そのことがフィレンツェ当局に密告され、大問題となりましたが、リッピがお気に入りの画家だったコジモ・デ・メディチが当時の教皇ピオ2世にとりなして二人を還俗させたのです。


P1140168
このサロメのモデルがルクレツィアです。
異時同図法によって、聖ジョバンニ・バッティスタの斬首、ヘロデの饗宴、聖ジョヴァンニ・バッティスタの首を母に差し出すサロメが同じ画面に描かれてます。


P1140164
フレスコ画のテーマは聖ジョヴァンニ・バッティスタの物語と聖ステファノの物語です。


P1140163
祭壇に向かって左側壁が聖ステファノ、右側壁が聖ジョヴァンニ・バッティスタとなってます。


P1140165
1464年に完成しました。


P2010539


P2010531


P2010533


P1140146
砂漠の聖ジョヴァンニ・バッティスタ


P2010545
聖ジョヴァンニ・バッティスタの誕生


P1140139
天井


P1140140


P1140154
聖ステファノの誕生


P1140157
シナゴーグの聖ステファノ


P1140159
聖ステファノの葬儀


P1140161


P1140162


P2010551


P2010553


P1140169
Cappella Manassei


P2010598


P2010560
Cappella Manasseiのフレスコ画は、15世紀のフィレンツェの逸名画家によって15世紀初め頃に制作されました。


P2010562
フレスコ画のテーマは、聖マルゲリータの物語と聖ジャコモの物語となってます。


P2010564


P2010566
天井


P2010568


P2010570


P2010572


P2010574


P2010576


P2010577


P2010600
Cappella Inghirami


P2010581


P2010583


P2010585
ベネデット・ダ・マイアーノ(マイアーノ、1442‐フィレンツェ、1497)の「インギラーミの墓」(1480c)


P2010586
ベネデット・ダ・マイアーノの聖母子


P2010588


P1140205


P1140206


P1140207


P1140208


P1140209


P1140210
詳細不明


P1140211


P1140214


P1140219


P1140222


P1140224


P1140242
一旦、聖堂の外に出て付属美術館に向かいました。
(おわり)

皆様、新年明けましておめでとうございます。
今年が良い年であることを祈ってます。
本年もどうぞ宜しくお願い致します。
P2680363
後陣への立ち入りは有料です。切符売り場が鐘楼の下にあります。


P2010476
大聖堂付属美術館との共通券になってます。


P1140226
切符を買って再び聖堂内に入りました。


P1140072
右側廊の先に後陣へのゲートが設けられてます。


P1140091
中央礼拝堂


P1140228
Cappella del Sacro Cinglo


P1140229
アーニョロ・ガッディ(フィレンツェ、1350c‐1396)の「チントラの聖母の物語」(1392‐95)


P1140230


P1140233



P1140079
別アングルからのCappella del Sacro Cingolo


P1140083
後陣に入ると、全体が見渡せません。


P1140085
全体像を見ておきます。


P1140086
フレスコ画の他に重要な見所があります。


P1140081
祭壇上にある彫刻が傑作です。


2
ジョヴァンニ・ピサーノ(ピサ、1250c‐1315c)の「聖母子」(1301)


P2010480
ベネデット・ダ・マイアーノ(マイアーノ、1442‐フィレンツェ、1497)の「オリーブの聖母」(1480)


P2010482
詳細不明の「聖ステファノ」


P2010484
詳細不明の「授乳の聖母」
では、後陣の礼拝堂の拝観です。


P2010487
Cappella Vinaccesi


P2010488
13世紀の磔刑像


P2010489
Cappella Vinaccesiの壁は、フレスコ画で覆われてます。


P2010492
礼拝堂の全てのフレスコ画は、アレッサンドロ・フランキ(プラート、1838‐シエナ、1914)によって1872年から1876年に制作されました。


P2010493
フレスコ画のテーマは旧約聖書の物語です。


P2010495


P2010497


P2010499


P2010500


P2010502


P2010505


P2010506


P2010509


P2010510
Cappella dell'Assunta


P2010512


P1140118
Cappella dell'Assuntaの壁はフレスコ画で覆われてます。
パオロ・ウチェッロ(プラートヴェッキオ、1397‐フィレンツェ、1475)とアンドレア・ディ・ジュスト(フィレンツェ、1400c‐1450)によって、1435年から1436年に制作されたもので、聖母の物語と聖ステファノの物語がテーマとなってます。


P2010513
アンドレア・ディ・ジュストの「聖ステファノの遺体の発見」(1435‐36)


P2010516
パオロ・ウチェッロの「聖ステファノの殉教」


P2010517
パオロ・ウチェッロの「聖ステファノの議論」


P2010520
パオロ・ウチェッロによって描かれた天井のフレスコ画


P2010522
アンドレア・ディ・ジュストの「聖母の結婚」(1435‐36)


P2010524
パオロ・ウチェッロの「寺院への聖母の出現」(1435‐36)


P2010526
パオロ・ウチェッロの「聖母の誕生」(1435‐36)
(つづく)

P2010384
プラートのドゥオーモ広場です。


P2020226
Cattedrale di Santo Stefanoです。1996年、教皇ジョヴァンニ・パオロ2世によってBasilica Minoreに格付けされました。


P1140059
6世紀頃、この地に教会が存在したと伝えられているそうです。また、10世紀の記録にサント・ステファノ教区教会の存在が記されてます。


P1140062
現在の建物は12‐14世紀に再建されたものです。


P2020222
1456年に創建されたファサードです。


P1140065
ジュデッタ・ディ・コモの設計によって、13世紀に創建され1356年に完成した鐘楼です。


P1140243
アンドレア・デッラ・ロッビアによる彩釉テラコッタ


P2010416


P1140244
柱頭の装飾


P1140245


P1140250
説教壇


P1140254
ミケロッツォとドナテッロによって、1428‐1438年に制作された説教壇


P1140066
現在、この場所にあるのは複製で、本物はドゥオーモ付属美術館に移されてます。


P1140064


P1140252
身廊側にも出入り口があります。


P1140253


P1140256
後陣


P1140258


P1140257


P1140068
三廊式、ラテン十字形、ロマネスク・バロック様式の内部です。


P1140070
左側廊方向


P2010407
左側廊


P1140069
右側廊方向


P1140072
右側廊


P2010399
中央礼拝堂前から見た出入口


P2010398
詳細不明の「三位一体」


P2010401
アーニョロ・ガッディの「受胎告知」


P2010403
アーニョロ・ガッディの「聖母の寺院への出現」


P2010405
右側廊のフレスコ断片


P2010409
左側廊にあるシノピエ


P2010410


P2010412
ダヴィド・デル・ギルランダイオとリドルフォ・デル・ギルランダイオの「聖母被昇天」


P2010414
説教壇


P1140074


P1140075


P1140239
聖水盤


P1140241
ピエタのモニュメント


P1140225


P1140227
後陣への立ち入りは有料です。(付属美術館と共通)


P1140231


P1140212


P1140215





P1140076


P1140078


P1140079


P1140090


P1140091
中央礼拝堂


P1140095
シノピエ


P1140096
Fratelli da Maianoの「ピエタのキリストと聖母と聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」


P1140097
詳細不明の「授乳の聖母」

皆様、今年一年、本当に有難うございました。
来年もどうぞ宜しくお願い致します。
(つづく)

P1810455
モデナ旧市街の中心グランデ広場です。


P1810450
広場に面して、市庁舎とドゥオーモ後陣が並んで建ってます。


P2610594
モデナのドゥオーモ、Cattedrale Metropolitana di Santa Maria Assunta in Cielo e San Geminianoです。大司教座が置かれてます。


P2610592
グランデ広場に面しているのは身廊で、ファサードはCorso Duomoに面してます。


P2610586
1099年、当時のモデナ領主はカノッサの屈辱で有名なマチルダ Grancontessa Matilde di Canossaの同意と支援、それにモデナ市民の尽力によって創建され、1319年に完成したロマネスク様式の大聖堂です。奉献は、1184年に執り行われたそうです。


P2610587
ファサードの方に進みました。


P2610599
アンセルモ・ダ・カンピオーネとグリエルモ・ダ・モデナによる装飾で有名なファサードです。


P1070694
ファサードの中央扉左右に置かれたライオン像は、古代ローマ時代の彫刻と言われてます。


P1070696
ライオン像は創建時の土台掘削の際に発見されたそうです。


P1070698
ロマネスクの彫刻が見所とされてます。


P2610606


P2610611
ロマネスクの彫刻はそれほど好みではありません。


P2610607
目玉が大きいし、5頭身で不格好です。


P2610608
稚拙とも思えます。


P2610609
ミケランジェロ、ヤコポ・デッラ・クエルチャの方が断然良い!!!!!!


P2610610


P2610581
鐘楼(ギルランディーナ)


P2610582
後陣


P1070644
Porta Regia


P1070649
聖堂内に入りました。


P1070651
三廊式、ロマネスク様式の内部です。


P1070650
太陽光線の具合からすれば、美術鑑賞には午前10時頃が良いと思います。


P1070652


P1070663
フレスコ画を見に行きます。


P1070653
クリストフォロ・レンディナーラ?の作品(15世紀後半)


P1070654


P1070655
右側廊


P1070656


P1070657


P1070658


P1070659


P1070660
説教壇


P1070661


P1070664


P1070665


P1070666


P1070667
セラフィーノ・ダ・セラフィーニ(モデナ、1323‐1393)の「聖母戴冠のポリッティコ」


P1070669
聖母戴冠


P1070670
聖クリストフォロ、分かりません


P1070671


P1070673
クリストフォロ・ダ・レンディナーラの「聖マッテオ」(1477)


P1070675
クリストフォロ・ダ・レンディナーラの「聖ルーカ」(1477)


P1070677
クリストフォロ・ダ・レンディナーラの「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」(1477)


P1070679
クリストフォロ・ダ・レンディナーラの「聖マルコ」(1477)


P1070681


P1070682


P1070683


P1070684


P1070685


P1070686


P1070687


P1070689


P1070691


P1070692


P1070662
外に出ます。


P1070699
(おわり)

P2480660
コネリアーノ大聖堂、Parrocchia del Duomo di Santa Maria Annunziata e San Leonardoです。


P2480783
11世紀に建設された教区教会がカステッロにありましたが、丘上なので不便で手狭と言うことで、14世紀に教区教会をこの地に移すことが決定され、14世紀創建、16世紀に完成したロマネスク・ゴシック様式の教区教会です。奉献は1491年に執り行われました。


P2480785
ファサードの壁に描かれたフレスコ画とファサード前のロッジャが特徴です。


P2480786
ファサードのフレスコ画は、16世紀前半にフランチェスコ・ベッカルッツィ(コネリアーノ、1492/1493-1562)によって描かれました。フランチェスコはチーマ・ダ・コネリアーノの弟子です。


P2480787
フレスコ画のテーマは、このドゥオーモの名称の通りで、聖母マリアと聖レオナルドのエピソードです。


P2480788
日光と風雨に直接晒される環境にも拘らず、フレスコ画の保存状態はかなり良好と言えるでしょう。


P2480790


P2480777
ロッジャに入りました。


P2480778


P2480779
ロッジャの壁の一部にフレスコ画が残されてます。


P2480780
フランチェスコ・ベッカルッツィのフレスコ画


P2480795
柱頭


P2480796


P2480793
1497年に建設された鐘楼


P2480662
入口


091
入口扉上ルネッタのフレスコ画もフランチェスコ・ベッカルッツィによって描かれました。


089


P2480664
三廊式、ロマネスク・ゴシック様式の内部です。


P2480665
左側廊方向


P2480684
左側廊


P2480685
一部の壁を除いて白く塗り潰された?


P2480666
右側廊方向


P2480725
右側廊


P2480726


P2480667
天井


P2480668
天井の装飾


P2480669
主祭壇


P2480673
主祭壇画は、チーマ・ダ・コネリアーノ(コネリアーノ、1459/1460-1518)の「玉座の聖母子と聖人たち(洗礼者聖ジョヴァンニ、バーリの聖二コラ、アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖アポロニア、聖フランチェスコ、聖ピエトロ)と音楽天使たち」(1492)


P2480713
後陣に入って撮った写真


309
パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544‐1628)と弟子による「アレッサンドリアの聖カテリーナの洗礼」(1585c)


P2480682
フランチェスコ・フリジメリーカ・イル・ヴェッキオ(カンポサンピエトロ、1570c‐ベッルーノ、1651以降没)の「キリストの洗礼」


P2480686


P2480690
ジョバッタ・カレール(カヴァリエール・ディ・モッタ・ディ・リヴェンツァ、1800‐1868)の「キリストの洗礼」


P2480692


P2480694
ジャコモ・コッレート・ディ・アルテン(コネリアーノで15世紀末活動)とデシデリオ・ダ・フェルトレ(1467‐1493活動記録)の「聖ステファノ」


P2480699
17世紀末の逸名画家作「聖セバスティアーノを治癒介抱する女たち」


P2480701


P2480703
制作者情報なしの「天使」


P2480706
イル・ポッツォセッラ―ト(アンヴェルサ、1550c‐トレヴィーゾ、1604/1605)の「受胎告知」


301
16世紀末のヴェネトの逸名画家作「割礼」


P2480739
フランチェスコ・べカルッツィ(コネリアーノ、1492/1493-1562)の「聖痕を受ける聖フランチェスコと聖人たち」


P2480743
ジュゼッペ・モドーロ(1913‐1987)の「パドヴァの聖アントニオとベアート・オンガロの邂逅」


P2480753


P2480756
ジャコモ・コッレート・ディ・アルテンとデシデリオ・ダ・フェルトレの「聖ロレンツォ」


P2480761
フランチェスコ・べカルッツィの「聖マルコと聖レオナルドとアレッサンドリアの聖カテリーナ」


P2480765
マルコ・カサグランデ(1804‐1880)の「聖レオナルド」(1858)


P2480768
制作者情報なしの「天使」


P2480770


P2480772


P2480775


P2480677
主祭壇前から見た出入口方向


P2480776
外に出ました。


171
1251年創建、1294年に完成したロマネスク様式のサンタゴスティーノ教会です。ファサードが新しく見えますが、それは18世紀に再建されたからです。


170
ファサードの横にあるのが修道院です。修復が何度も行われた修道院ですが、その外観は創建時の姿を今も留めていると言われてます。


172
案内に従って、先ずプレセーペを見ることにしました。


173
プレセーペは修道院に向かう廊下の一角にあります。


174
修道院の中庭


175
キオストロ回廊がありません。


176
鐘楼


177
プレセーペの入り口


178
1977年に造られたプレセーペですが、2003年に一部造り直されたそうです。


179


180


181


182


183


186
この扉からプレセーペから教会の中に入ることが出来ます。


187
単廊式、ロマネスク様式の内部です。


189
16世紀に8つのアーチによって天井を支える構造に改造されました。
祭壇画、フレスコ画を見て回りました。


191
制作者不詳の「聖セバスティアーノの殉教」


192
ヴィルジリオ・ヌッチ(グッビオ、1542/1545-1621)に帰属する「十字架降下」


195
オッタヴィアーノ・ネッリ(グッビオ、1375‐1444)と工房の「聖母子と聖人たち」


198
198
フェリーチェ・ダミアーノ(グッビオ、1530c‐1608)の「聖アゴスティーノの洗礼」(1594)


200
ジョヴァンニ・バッティスタ・ミケリーニ(グッビオ、1606/1613-1679)に帰属する「トレンティーノの聖二コラ」


202
オッタヴィアーノ・ネッリの「3聖人」


203


205
制作者不詳の「聖母子」
少し新しい作品のように思います。


206
ヴィルジリオ・ヌッチに帰属する「玉座の聖母子と聖アゴスティーノと聖フランチェスコと寄進者」


210
ヴィルジリオ・ヌッチの「井戸のサマリア女」


221
主祭壇と後陣


222
素晴らしい後陣のフレスコ画です。
オッタヴィアーノ・ネッリの「最後の審判」


220
中央礼拝堂のフレスコ画はオッタヴィアーノ・ネッリによって15世紀初頭に制作されました。


219
天井


218
フレスコ画のテーマは「聖アゴスティーノの生涯」です。


217
全26画面から成ってます。


216
216


215


214


212
教会内部のすべて壁にフレスコ画が描かれていたそうですが、残されているのはごく一部となってしまったそうです。


224
224
無名画家作「羊飼いの礼拝」(17世紀初め)


227
ヴィルジリオ・ヌッチに帰属する「聖母被昇天と聖人たち(聖ジローラモ、聖アゴスティーノ、聖モニカ、聖フランチェスコ」(16世紀)


230
中央の枠内は無名画家作「Madonna di Soccorso」(1485)
その周りの聖人はピエランジェロ・バジ―リ(グッビオ、1567から記録‐1604没)の作品と帰属されてます。


233
ジョヴァンニ・マリ・バルダッシーニ(グッビオ、1537から記録‐1601没)の「聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニとアレッサンドリアの聖カテリーナ」(1595)


236
フェリーチェ・ダミアーノの「磔刑」(1609)


240地元グッビオで活躍した画家たちの質の高い作品が光る教会です。
(おわり)

P2340443
グッビオのドゥオーモ、Cattedrale dei Santi Mariano e Giacomoです。


P2340449
ジョヴァンニ・ダ・グッビオの設計によって1194年に創建され、1229年に完成したロマネスク様式の建物でした。手狭になったので、14世紀前半に規模の拡大が決定され、1336年に拡大工事が着工され、1350年に完成したゴシック様式の建物が今の姿の原形です。


P2340448
その後、16世紀と18世紀に改造され後期バロック様式の建物に変身しましたが、1913年から1918年にかけて行われた修復工事によって先のゴシック様式に戻されました。しかし、18世紀に改造された後期バロック様式の姿を一部に留めてます。


P2340446
ファサードはピエトロ・ガブリレッリの設計によって1326年から1345年にかけて建造されました。


P2340444


P2340445


P2340447


P2340450
ドゥカーレ宮との間に距離があまりないので、ファサードの完全な写真を撮るのが難しい。


135
身廊外観


138
鐘楼


P2340824
開いていたので拝観しました。


P2340826
10本のアーチで天井を支える構造になってます。単廊式、ゴシック様式の内部です。


P2340827
左側壁


P2340828
右側壁


P2340829
天井


077
ヴィルジリオ・ヌッチ(グッビオ、1542/1545-1621)の「ユダの接吻」(1575)


080
ヴィルジリオ・ヌッチの「キリストの復活」(1588)


083
ヴィルジリオ・ヌッチの「聖パオロの回心」(1596)


086
ジュリアーノ・プレスッティ別称ジュリアーノ・ダ・ファーノ(ファーノ、1490‐アンコーナ、1554)の「ご誕生」(1513‐21)


087


088


091
ジュリアーノ・プレスッティの「マッダレーナの栄光」(1521)


092


093


096
シニバルド・イービ(ペルージャ、1475c‐1550c)の「玉座の聖母子と聖ウバルドと聖セバスティアーノ」(1507)


097


098


100
詳細不明


101
ベネデット・ヌッチ(グッビオ、1515‐1596以降没)の「聖ウバルド」


103
後陣への立ち入りが禁止されていました。


105


106


111
ヴィルジリオ・ヌッチの「受胎告知」(1618c)


114
ベネデット・ヌッチの「聖母子と聖人たち」(1571)


117
ドーノ・ドーニ(アッシジ、1500c‐1575)の「十字架を担ぐキリスト」(1564c)


120
ベネデット・ヌッチの「聖トッマーゾの不信」(1589)


123
フランチェスコ・アッレグリーニ(ローマ、1624‐1684)のフレスコ画


126
ドーノ・ドーニの「ピエタ」(16世紀)


130
ピエランジェロ・バジ―リ(グッビオ、1550以降生まれ‐1604)の「聖バルトロメオ」


133
ヴィルジリオ・ヌッチの「無原罪の御宿リ」(1584c)


139
(おわり)

P2600254
フィリッピーノ・リッピ(プラート、1457‐フィレンツェ、1504)の「獄中の聖ピエトロを訪れる聖パオロ」(1481‐82)
当初、ブランカッチ礼拝堂のフレスコ装飾はマゾリーノに依頼されましたが、1425年、マゾリーノはハンガリーに呼ばれ、1マゾリーノの助手だったマザッチョが残りの仕事を引き継ぎました。1427年若しくは1428年、マザッチョはマゾリーノと共にローマに赴きました。
ところがマザッチョはローマで急死してしまい、マゾリーノもブランカッチ礼拝堂の仕事に戻ることはせず、フレスコ画は未完のまま放置されたのです。
注文主のフェリーチェ・ブランカッチは反メディチでしたが、コジモ・ディ・メディチのフィレンツェ帰還によって、1436年に亡命を余儀なくされ、パトロン不在の状況ではフレスコ画どころではありませんでした。
1480年、ブランカッチ家は許されフィレンツェに戻りました。ブランカッチ礼拝堂のフレスコ画装飾の完成をフィリッピーノ・リッピに依頼したのです。


P2600261
この場面は当初マザッチョが描き、後にフィリッピーノ・リッピが完成させました。


P2600262
マザッチョとフィリッピーノ・リッピの「アンティオキアの王子を蘇生させる聖ピエトロ」(1424‐26、1489‐91)


P2600295


P2600296


P2600263
マザッチョの「司教座の聖ピエトロ」
異時同図法で描かれてます。


P2600278


P2600285
フィリッピーノ・リッピの「牢獄から解放される聖ピエトロ」(1482‐85)


P2600276
フィリッピーノ・リッピの「聖ピエトロの逆さ磔」


P2600262


P2600277
フィリッピーノ・リッピの「シモン・マグスと聖ピエトロと聖パオロ」


P2600298


P2600299
マゾリーノとマザッチョの画風は明らかに違います。


P2600302
どの場面を誰が描いたかを予習しておくと、実際にフレスコ画を見た時の鑑賞感が違うと思います。


P2600318
前と同じ通路を通ってブランカッチ礼拝堂を後にしました。
次はアレッサンドロ・アローリの「最後の晩餐」です。


P2600334
キオストロ回廊に「最後の晩餐」の部屋があります。


P2600337
ここです。
以前はこの部屋でブランカッチ礼拝堂の説明ヴィデオを見るようになっていましたが、ヴィデオ放映はなくなったようです。


P2600338


P2600333
アレッサンドロ・アローリの「最後の晩餐」(1582)


P2600327



P2600322


P2600325
猫が描かれてます。


P2600321


P2600324


P2600326


P2600328
旧食堂にある作品です。


P2600319


P2600343
次はキオストロ回廊の壁ルネッタに描かれたフレスコ画です。


P2600340
フレスコ画の保存状態はあまり良くない。


P2600341
これらのフレスコ画は、ジョヴァン・バッティスタ・ヴァンニ、ドメニコ・ベッティ―ニ、コジモ・ウリヴェッリ、ジョヴァン・バッティスタ・ギドーニなど7,8人の画家によって描かれたそうです。


P2600342
場面毎の制作者は分かっているようです。


P2600342


P2600339


P2600336


P2600335


P2600348


P2600347


P2600346


P2600345


P2600344
この辺は修復されたように思います。


P2600351
外に出ました。


P2600352
(おわり)

フィレンツェのサンタ・マリア・デル・カルミネ聖堂の右翼廊にあるのがブランカッチ礼拝堂です。ルネサンス美術幕開けの傑作があることで有名です。
サンタ・マリア・デル・カルミネ聖堂の続きとして書くのが良いと思いますが、敢えて礼拝堂を独立した記事として取り上げることにします。


P2600349
教会と修道院の配置図です。


P2600350
上の写真の10がブランカッチ礼拝堂です。


P2600240
修道院の方にある「ピエタ」


P2600241
ピエトロ・ネッリの「聖母から肩衣を受け取る聖シモーネ」


P2600243
ジュゼッペ・ファッブリーニの「パッツィの聖マリア・マッダレーナにヴェールを被せる聖母」


P2600244
この礼拝堂の横にブランカッチ礼拝堂があります。


P2600245
ブランカッチ礼拝堂です。
礼拝堂建築の歴史等についてはガイドブックなどにお任せをして、ここでは省略します。


P2600246
先に入場した人がいましたが、この人たちのガイドさんの説明が長くて、係員から注意されていました。


P2600247
礼拝堂の中に入るまで少し時間があったので、天井のフレスコ画を見ました。正面の壁、左右側壁のフレスコ画と比べると場違いな感じがします。


P2600248
ヴィンチェンツォ・メウッチ(フィレンツェ、1694‐1766)の「聖シモーネに肩衣を授与する聖母」(1746‐48)


P2600279
マザッチョ、マゾリーノ、フィリッピーノ・リッピと時代が異なるヴィンチェンツォ・メウッチが描いたフレスコ画ですから、「お呼びじゃない」と感じるのは仕方がないと思います。


P2600280


P2600258
Maestoro della Madonna del Carmineの「ポポロの聖母」(1268)
サンタ・マリア・デル・カルミネ聖堂の創建時に制作され、1436年からブランカッチ礼拝堂のこの場所にあったとされてます。


P2600301
以前、コッポ・ディ・マルコヴァルドまたはMaestro della Sant'Agataの作品とされていたことがありました。


P2600278
フレスコ画の主題は「聖ピエトロの生涯」です。何処から見ていくか、少し迷いますが、「聖ピエトロの物語」とは直接関係がないアダムとイヴから見ていくことにしました。


P2600250
マゾリーノ・ダ・パニカーレ(パニカーレ、1383c‐フィレンツェ、1440c)の「アダムとイヴの誘惑」(1425)
マゾリーノとマザッチョが描いた場面を明確に区別するのは難しいとされてますが、ブランカッチ礼拝堂のブックショップで買い求めた説明本の記述に従って書くことにします。


P2600252
マザッチョ(サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノ、1401‐ローマ、1428)の「楽園からの追放」(1426‐27)


P2600259
「聖ピエトロの生涯」を順番通りに見ていきました。


P2600292
マザッチョの「銭の貢ぎ」(1425c)


P2600260
ルネサンス美術幕開けの傑作として有名です。


P2600267


P2600264
マゾリーノの「聖ピエトロの説教」(1424‐25)


P2600305


P2600309
マザッチョの「新改宗者の洗礼」(1425‐26c)


P2600281
この画面は異時同図法で描かれてます。


P2600300
マゾリーノの「足の悪い人を治す聖ピエトロ」


P2600316


P2600299
マゾリーノの「タビタを蘇生させる聖ピエトロ」


P2600275


P2600273


P2600271
マザッチョの「施しをする聖ピエトロ」


P2600266
マザッチョの「自分の影で病人を治す聖ピエトロ」
(つづく)

308
1268年創建、14世紀初めに完成したロマネスク・ゴシック様式の建物が今でも一部残ってます。


P2600231
1328年から拡張工事が行われ、1476年に完成し、修道院を併設する現在の規模の大きさになりました。


P2600230
17世紀に行われた改修の際、内部はバロック様式に改められましたが、ファサードは未完成のまま現在に至ってます。
1771年に起きた火災によって大きな被害を受けてしまい、1775年から1782年にかけて大修復工事が行われました。被害を受けなかったファサードやブランカッチ礼拝堂などの一部を除いて、現在の姿はその大修復工事後のものです。


309
また、第二次世界大戦の爆撃、1966年のアルノ川の氾濫によっても大きな被害を受けてしまいました。
1954年、当時の教皇ピオ12世によってBasilica Minoreに格付けされました。


310
単廊式、ラテン十字形、ロココ様式の内部です。


312
縦85m、横15mの長方形ですが、左右に翼廊があります。


311
ブランカッチ礼拝堂は右翼廊にあります。


314
アントニオ・グイデッティの「死せるキリストへの哀悼」(18世紀)


316
ベルナルド・モラルディの「聖アレッシオの葬儀」(1570c)


317
ジョルジョ・ヴァザーリの「磔刑」(1560)


320
アウレリオ・ローミの「ご訪問」(1595c)


322
制作者不明の「聖母子」


324
フィレンツェの無名画家作「トビアスと大天使」


327
詳細不明


342
ジョヴァンニ・マリア・ブッテーリの「息子を治すためにキリストに援助を頼む農民」


344
フランチェスコ・カンバッチーニの「ご誕生」(1782c)


346
ベルナルド・ポッチェッティの「受胎告知」(1601‐02)


347
グレゴリオ・パガーニの「マギの礼拝」(1603)


350
ドメニコ・スタージの天井フレスコ画


352
ジュゼッペ・ロメイのクーポラのフレスコ画


330



353
私の好みから若干外れる作品ばかりです。


340


329
コルシーニ礼拝堂


336
ブランカッチ礼拝堂


354
ブランカッチ礼拝堂に行くため、一旦外に出ました。


P2600233
ファサードの右横にブランカッチ礼拝堂に向かう入り口があります。


P2600234
キオストロ


P2600235
キオストロ回廊の作品は後で見ることにしました。


P2600236
切符売り場


P2600237
切符売り場上にある剥離フレスコ


P2600238
キオストロ回廊にあったフレスコ画でしょうか?


P2600239
ブランカッチ礼拝堂の入り口です。

P1790273
次はCappella dell'Annunciazioneです。


P1790274
アンドレア・オルカーニャと弟子による「磔刑」(1340‐47)


P1790277
アンドレア・オルカーニャと弟子の「ご誕生」(1340‐47)


P1790279
ここに礼拝堂が4つあります。


P1790281


P1790282
Cappella di Sant'Annaです。
ナルド・ディ・チョーネと弟子の「聖母の誕生」、「聖ドメニコ」


P1790284
ナルド・ディ・チョーネと弟子の「アクイーノの聖トッマーゾ」、「聖ジョアッキーノと聖アンナへの聖母誕生のお告げ」


P1790285
Cappella di Sant'Antonio Abateです。
フィレンツェの無名画家作「磔刑」(1337‐49)


P1790286
何が描かれているか判然としません。


P1790287
天井はかなり鮮明です。


P1790288
ナルド・ディ・チョーネの追随者の「聖ジュリアーノ」(14世紀後半)


P1790290
ジョヴァンニ・デッラ・ロッビアの「我に触れるな」(1498‐99)


P1790292
この壁にもフレスコ画があります。


P1790293
「ピエタのキリスト」


P1790294
誰の作品でしょうか?


P1790295


P1790297


P1790298


P1790299
Cappella Ubriachi


P1790300
オルカーニャと彼の工房による聖人たちです。


P1790301
聖人たちは、以前、中央礼拝堂にあったそうです。


P1790302
詳細不明


P1790303


P1790328
旧食堂です。現在は美術館の展示室になってます。



P1790304
食堂には最後の晩餐があることが多いようですが、ここにもあります。


P1790340
アレッサンドロ・アローリの「最後の晩餐」(1584)
この作品の制作者がフランチャビージョと言う説がありますが、フランチャビージョは1525年に没したので、この作品が描かれたとされる1584年にはこの世の人ではなかった訳ですが・・・・・
アレッサンドロ・アローリの「最後の晩餐」としては、フィレンツェのカルミネ教会旧食堂に描いたフレスコ画の方が有名です。


P2600331
ご参考までにアレッサンドロ・アローリの「最後の晩餐」のフレスコ画の写真を載せておきましょう。
サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂にはもう一つ「最後の晩餐」があった筈ですが、探したけれど見つかりませんでした。プラウティッラ・ネッリの作品です。彼女は確か修道女画家だったと思います。参考までに外部サイトから拝借した彼女の「最後の晩餐」の作品画像を載せておきます。


1280px-Plautilla_Nelli_-_The_Last_Supper_larger_version
その後の情報によれば、私が行った時、この「最後の晩餐」は修復作業中で非公開だったようです。


P1790329
パオロ・ウッチェロのフレスコ画


P1790330
この壁のフレスコ画は、アーニョ・ガッディ派画家によって「聖母子と4聖人」が先に描かれ、100年以上後になって、アレッサンドロ・アローリが「モーゼの物語」を描いたものです。


P1790307
先に描かれた聖母子と4聖人


P1790310
ベルナルド・ダッディの「玉座の聖母子と4聖人」(1344)


P1790333
玉座の聖母子


P1790335
聖ピエトロ、福音書記者聖ジョヴァンニ


P1790337
洗礼者聖ジョヴァンニ、聖マッテオ


P1790314
パオロ・ウッチェロの剥離フレスコ


P1790316


P1790317


P1790329


P1790319
詳細不明


P1790324
詳細不明


P1790341
緑のキオストロ回廊に戻りました。


P1790343
パオロ・ウッチェロのフレスコ画をゆっくりと鑑賞しました。


P1790344


P1790345
一旦壁から剥ぎ取って、後からこの場所に置いた剥離フレスコでしょう。


P1790346


P1790342
作品が他にも沢山ありますが、長くなるので、この辺で終わることにします。


P1790347
見応えがあると言うよりも見所が多過ぎです。


P1790348
外に出ました。


P1790350
この聖堂にあった傑作が美術館に移されてます。


P1790352
閉館時間を過ぎました。


P1790356
(おわり)

P2580928
次は右側廊第3祭壇です。


P2580931
ジョヴァンニ・バッティスタ・ナルディーニの「寺院へのキリストの出現」(1577)


P1780937
画面が光るので、少し別角度から撮りました。


P2580932
ステファノ・フィオレンティーノ(フィレンツェ、1310c‐1340c記録)の「アクイーノの聖トッマーゾ」


P2580933
オルカーニャの「寺院からの聖ジョアッキーノの追放」(上)、「黄金扉の邂逅」(1345)


P2580934
ナルド・ディ・チョーネの「ベアート・マウーロ」(1355‐60)


P1780923
次は右側廊第2祭壇です。


P2580936


P1780927
ジョヴァン・バッティスタ・ナルディーニの「ご誕生」(1573)


P1780930
ヴィンチェンツォ・ダンティの「ベアート・ジョヴァンニ・ダ・サレルノの墓碑」(1571)


P1780932
ベルナルド・ロッセッリーノの「ベアータ・ヴィラ―ナ・デッレ・ボッティ―の墓碑」(1451)


P1780895
次は右側廊第1祭壇です。


P1780896
ステファノ・リッチの「イッポリート・ヴェントゥーリの墓碑」(1817)


P1780898
ステファノ・リッチの「マリア・アンナ・テスタルド・ヴェントゥーリの墓碑」(1817)


P2580947
ジローラモ・マッキエッティの「聖ロレンツォの殉教」(1573)


P2580952
聖水盤(1302)


P1790122
見たいものは以上で大体見たようです。


P1780880
説明プレートが完備しています。


P2580729


P1790235
聖堂内からキオストロに出ました。


P2580957
キオストロが3つありますが、行ったのは「緑のキオストロ」です。


P1790236


P2580956


P2580959
キオストロ回廊のフレスコ画が見逃せません。


P1790237
フレスコ画の紹介をやっていると何時まで経っても終わらないので、二場面だけ紹介することにします。


P1790238
14世紀の無名画家作「ドメニコ会の樹」


6
パオロ・ウッチェロの「天国からの追放」(1430‐40c)


P1790239


P1790240
次は礼拝堂です。


P1790246
Cappelleone degli Spagnoli


P1790241
アンドレア・ディ・ボナイウートの「磔刑」(1365‐67)
ここの壁のフレスコ画はアンドレア・ディ・ボナイウートによって1365年から1567年に制作されました。


P1790243
「キリストの復活」


P1790244
「教会の戦いと勝利」


P1790248


P1790250


P1790252


P1790254
「アクイーノの聖トッマーゾの勝利」


P1790256


P1790257
「聖霊降臨」


P1790262


P1790265


P1790267


P1790268


P1790270


P1790272
(つづく)

P1790185
右翼廊第1礼拝堂、別名フィリッポ・ストロッツィ礼拝堂です。


P1790186
フレスコ画の修復中でした。


P1790187


P2580878
修復後に撮った写真があるので、それらを載せましょう。


P2580880



P2580882
祭壇の後にあるのは、ベネデット・ダ・マイアーノの「フィリッポ・ストロッツィの墓標」です。


P2580881
見所はフレスコ画ですが、礼拝堂の前にロープが張られていて、中に入ることが出来ないのでよく見えません。


P2580883
フィリッピーノ・リッピによって1489年から1502年にかけて制作されたフレスコ画です。


P2580884


P1790202
次は右翼廊第2礼拝堂、バルディ家礼拝堂です。


P2580888
ピエル・フランチェスコ・シルヴァーニの「祭壇」(1669)


P2580889
天井


P1790210
ピエル・ダンディーニの「天上の聖ドメニコ」(1708)


P1790204
ジョルジョ・ヴァザーリの「ロザリオの聖母」(1569)


P1790206
壁のフレスコ画は、プセウド・ダルマシオの「聖グレゴリオ・マーニョの生涯」です。


P1790207
聖グレゴリオ・マーニョについて殆ど知りません。


P1790211
生涯における何が描かれているか分からないので、単に見ているだけです。


P1790212


P1790213


P1790214


P1790215
ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャの「聖グレゴリオ・マーニョ」(1285c)


P1790219
右翼廊第3礼拝堂、別名ルチェッライ家礼拝堂です。


P1790225
この日は中に入ることが出来ませんでした。


P1790224
Maestro della Santa Ceciliaのフレスコ画(1310c)


P1790220
右は「嬰児虐殺」


P1790223
天井


1
ニーノ・ピサーノの「聖母子」


P2580899
礼拝堂の中に入れた時に撮った写真です。
ジュリアーノ・ブジャルディーニの「アレッサンドリアの聖カテリーナの殉教」(1530‐40c)


P2580901


P2580900
Maestro della Santa Ceciliaの「嬰児虐殺」(1310c)


P1790197
次は右翼廊の壁にある作品です。


P1790190
20世紀前半のイタリアの工芸家作「プレセピオ」


P1790193
フィレンツェの無名画家作「ジュゼッペ・コスタンティノーポリ」(1440c)


P1790194
ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャの弟子による「聖母子と2聖人」(1285c)


P2580907
こちらの写真の方が少しは鮮明?


P1790199
13世紀後半のフィレンツェの無名彫刻家作「アルドブランディ―ノ・カヴァルカンティの墓」(1280‐90)


P1790201
14世紀のフィレンツェの無名彫刻家作「テディーチェ・アリオッティの墓」(1336‐50c)


P2580728
次は右側廊の祭壇に移ります。


P1780994
右側廊第6祭壇です。


P2580910


P1780999
チェーザレ・ゾッキの「アゴスティーノ・バウーザの胸像」(1904)


P1790002
ロモーロ・ディ・タッデオ・ダ・フィエーゾレの「ジョヴァンニ・バッティスタ・リカソーリの墓碑」(1592‐95)


P2580914
ドイツの彫刻家作「磔刑像」(1320‐40)


P2580913
ヤコポ・リゴッツィの「子供を蘇生させる聖ライモンド」(1630‐23)


P1780984
右側廊第5祭壇です。


P2580915


P2580917
19世紀前半のフィレンツェの彫刻家作「コジモ・ロッシ・メイオッキの墓碑」(1820‐25)


P2580919
ヤコポ・コッピ通称イル・メーリオの「聖ヴィンチェンツォ・フェッレールの説教」(1573‐74)


P1780989
19世紀のフィレンツェの彫刻家作「ジュゼッペ・デル・ロッソの墓碑」(1820‐25)


P2580920
20世紀のイタリアの彫刻家作「ロザリオの聖母」(1938)


P1780972
右側廊第4祭壇です。


P2580921


P2580924
シルヴィオ・コルシーニの「トッマーゾ・ミネルベッティの墓碑」(1530)


P2580927
16世紀のフィレンツェの彫刻家作「ルッジェーロ・ミネルベッティの墓」(16世紀前半)


P2580926
ジョヴァンニ・バッティスタ・ナルディーニの「十字架降下」(1572)
(つづく)

P1790075鐘楼の礼拝堂のフレスコ「聖クリストフォロ」です。


P1790076
14世紀のフィレンツェの無名画家によって描かれましたが、それ以上の詳しいことが不明です。


P1790077
左側廊の最奥左壁に鐘楼の礼拝堂があります。


P1790078
写真を撮るのを忘れてしまいましたが、このフレスコ画の横に鐘楼に通じる螺旋階段があります。


P1790080
左翼廊第3礼拝堂、マントヴァのストロッツィ家礼拝堂です。
15世紀、ストロッツィ一族傍系がマントヴァに追放されましたが、追放されたストロッツィ家傍系個人礼拝堂なので、マントヴァのストロッツィ家礼拝堂と呼ばれてます。


P1790083
アンドレア・マンテーニャの「救世主と聖人たち」(1354‐57)


P1790086
救世主キリスト


P1790087
聖ミケーレ、アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖母、アクイーノの聖トッマーゾ


P1790096
聖ピエトロ、洗礼者聖ジョヴァンニ、聖人(不明)、聖パオロ


P1790089
プレデッラ


P1790092


P1790094


P1790100
マントヴァのストロッツィ家礼拝堂のフレスコ画は、主にナルド・ディ・チョーネによって1360年に制作されました。ナルドの助手としてニッコロ・ディ・トッマーゾが制作に参加したと伝えられてます。


P1790106
地獄


P1790108
天国


P1790110


P1790112
礼拝堂の前にロープが張られて礼拝堂内に立ち入ることが出来ません。


P1790101
天井のフレスコ画はジョヴァンニ・デル・ビオンドによって制作されました。


P1790114
14世紀後半のフィレンツェ派無名画家のフレスコ画


P1790116


P2580846
次は左翼廊第2礼拝堂、ガッディ家礼拝堂です。


P2580847
礼拝堂前にロープが張れて礼拝堂内に立ち入ることが出来ません


P2580850
天井のフレスコ画は、アレッサンドロ・アローリの「聖ジローラモの物語」(1577)


P2580852
ブロンズィーノの「アルチシナゴーゴの娘を復活させるキリスト」(1570‐72)


P1790117
次は左翼廊第1礼拝堂、ゴンディの礼拝堂です。


P1790118
ヴォルタのフレスコ画「福音書記者たち」(1270‐80)


P2580853
この礼拝堂の見所は磔刑像です。


P2580855
フィリッポ・ブルネッレスキの「磔刑像」(1410‐15)


P2580858
中央礼拝堂、カペラ・マッジョーレです。別名であるトルナブオーニ礼拝堂の方が通りが良いようです。


P2580859
見事な祭壇ですが、エンリコ・ロモーリのデザインによってエジスト・ロッシが1858年から1861年にかけて制作した比較的新しいものです。


P1790122
ドメニコ・ギルランダイオと工房によるフレスコ画(1858‐61)が秀逸です。フレスコ画のテーマは「聖母の物語」と「洗礼者聖ジョヴァンニの物語」です。


P1790124
磔刑像はジャンボローニャ作品説があるものの、特定には至っていないようです。


P1790160
一見の価値があるステンドグラス


P1790161
私にとって、聖堂に来る目的はトルナブオーニ礼拝堂に描かれた美女を見るためです。


P1790129
「ご訪問」
トルナブオーニ家の女性たちが描き込まれてます。


P1790127


P1790132


P2580864
ジョヴァンナ・トルナブオーニです。
彼女がルネサンス期における最高の美女でしょう。(個人的な意見です←宣伝でよく見かけます)


P2580865
彼女の肖像画が別にあります。


07tornab
ドメニコ・ギルランダイオの「ジョヴァンナ・トルナブオーニの肖像」(1488)
マドリッドの国立ティッセン・ボルネミッサ美術館にあります。
外部サイトから拝借した作品画像


P1790134
ザッカリアでの天使の知らせ


P1790137
名前の賦課


P1790140
キリストの洗礼


P1790142
ヘロデの饗宴


P1790144
洗礼者聖ジョヴァンニの説教


P1790146
洗礼者聖ジョヴァンニの誕生


P1790155
アクイーノの聖トッマーゾの殉教


P1790157
私にはこの場面が分かりません。


P1790159
寄進者フランチェスカ・ピッティ


P1790179
寄進者ジョヴァンニ・トルナブオーニ


P1790163
聖母の誕生


P1790165
寺院からのジョアッキーノの追放


P2580872
この場面の右端に注目です。


P2580874
こちらを見ている男がドメニコ・ギルランダイオの肖像と言われてます。


P1790167
聖母の寺院への出現


P1790169
聖母の結婚


P1790171
嬰児虐殺


P1790173
マギの礼拝


P1790175
聖母の死と聖母被昇天


P1790181
受胎告知


P1790183
聖ドメニコ


P1790184
聖母戴冠
(つづく)

P1780907
ファサードの裏壁にある作品の続きから始めます。


P1780905
ピエトロ・ディ・ミニアートの「受胎告知」(1366‐1450)
完成まで84年もかかって少し変に思ったので、調べたら本当でした。


P2580745
17世紀のフィレンツェの彫刻家作「ベルナルド・ヴェッキエッティの墓石」(1655c)


P2580746
19世紀後半のフィレンツェの彫刻家作「ピエトロ・クレリーの墓石」(1870c)


P2580747
フィレンツェの墓製造職人作「ミケランジェロ・ジャンネッティ・ディ・バルガの墓石」(18世紀末)
次は左側廊の礼拝堂を見ていきます。


P2580751
左側廊第1礼拝堂にあるサンティ・ディ・ティートの「ラザロの蘇生」(1576)


P2580748
ジュゼッペ・スぺドーロの「フランチェスコ・フォンターニの墓」(1821)


P2580754
アンドレア・フェルッチ、シルヴィオ・コシーニ、マーゾ・ボスコーリの「アントニオ・スロッツィの墓」(1524)


P2580756
左側廊第2礼拝堂にある、ネーリ・ディ・ビッチの「受胎告知」(1455)


P1780919
アレッサンドロ・アローリの作品は修復中でした。
最近撮った修復後の写真を載せましょう。


P2580758
アレッサンドロ・アローリの「井戸のサマリア女」(1575)


P1780943
左側廊第3礼拝堂です。


P1780947
マザッチョの「三位一体」(1424‐25)


P1780950
マザッチョのフレスコ画下部


P2580762
説教壇


P2580763
説教壇の彫刻はアンドレア・カヴァルカンティ通称イル・ブッジャーノの作品です。


P2580764
「ご誕生」


P2580765
「寺院への出現」


P2580766
「聖母被昇天」


P2580767


P1780951
非常に見どころが多い聖堂です。


P1780952
混乱してしまうので、順番通りに紹介しないといけないと思います。


P1780956


P1780959
左側廊の礼拝堂に戻ります。


P1780962
左側廊の第4礼拝堂、別名サンティ・コズマ・エ・ダミアーノの礼拝堂です。


P1780966
ジョルジョ・ヴァザーリの「キリストの復活」(1568)


P1780967
ダヴィド・デル・ギルランダイオと弟子による「聖ルチアと寄進者」(1494)


P1780969


P1790010
左側廊の第5礼拝堂です。
ドメニコ・アティッチャーティの「シエナの聖カテリーナのタベルナコロ」


P1790016
左側廊の第6礼拝堂にある、アレッサンドロ・アローリの「聖ジャチントの幻視」(1596)


P2580789
フィレンツェの彫刻家作「アンナ・パンドルフィーニの墓」(1802)


P2580791
次は左翼廊です。


P1790026


P1790019
フィレンツェ派画家作「聖母戴冠と聖人たち」(1335‐40c)


P1790025
フィレンツェ派画家作の「大時計」(18世紀)


P1790028
布に覆われているアレッシオ・ストロッツィの墓


P2580800
手すりの下に墓とフレスコ画があります。


P2580803


P2580801
アーニョロ・ガッディの「ピエタと聖人たち」(1375‐95)


P2580804


P2580799
ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ・デル・ティッチャの聖水盤(1443‐48)


P2580797
写真右端の入り口から聖具室に入りました。


P2580826
聖具室です。ここにブックショップがあります。


P2580813
ヤコポ・ヴィニャーリの「聖フランチェスコと聖ドメニコ」(1621‐22)


P2580815
マーゾ・ディ・バルトロメオの「磔刑」(1425‐50c)


P2580816
ヤコポ・ヴィニャーリの「聖ボナヴェントゥーラとアクイーノの聖トッマーゾ」


P2580817
ジョヴァンニ・デッラ・ロッビアの彩釉テラコッタ(1499)


P2580818


P2580821
ピエル・ダンディーニの「男を蘇生させる聖ヴィンチェンツォ・フェッレール」(1700‐10c)


P2580824
ジョルジョ・ヴァザーリの「磔刑」(1567)


P2580822
グエッリーノ・ヴェネツィアーニのキャビネット(1734)


P2580836
ジョヴァンニ・ストラダーノの「キリストの洗礼」(1572)


P2580837
セバスティアーノ・ディ・ジョヴァンニ・ディ・ピエロ・ヴィーニの「聖パオロの変容」(1575)


P2580827
ジョヴァン・バッティスタ・ペリーニの「受胎告知の祭壇画」(1693)


P2580828
(つづく)

P1780798
フィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅です。開設当時の駅舎は現在よりも聖堂近くにあり、元々その場所はサンタ・マリア・ノヴェッラ修道院の一部だったことが駅名の由来となっているそうです。


P1780797
駅広場を挟んで向かいにあるのがサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂です。


P1780799
拝観するにはファサード右のCimiteroに行かねばなりません。


P1780802
Via degli Avelli


P1780803
数あるフィレンツェの教会の中で、この聖堂は必訪と思います。


P1780805
壁龕に彫刻とフレスコ画があったと思いますが、その痕跡すらも残っていないようです。


P1780806
壁龕の下に紋章があります。


P1780807


P1780809
サンタ・マリア・ノヴェッラ広場


P1780813
広場に面して建つサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂です。


P1780818
1049年に創建され、1094年に奉献されたサンタ・マリア・デッレ・ヴィーニェ教会がこの地にありましたが、その教会が前身です。創建当時、この地は城壁外のブドウ畑だったそうです。
1219年、ボローニャからフィレンツェに来た12人のドメニコ会修道士がいましたが、1221年にサンタ・マリア・デッレ・ヴィーニェ教会を本拠地にすることが許可されました。


P2580962
1242年、フィレンツェのドメニコ会が規模拡大のため建物の再建を決め、13世紀中頃から建設工事が始められ、14世紀半ばに完成しました。
建設途中の1279年に奉献式が執り行われましたが、正式な奉献は1420年となりました。


P1780822
14世紀半ばの建物の完成時、ファサードは工事未着工でしたが、15世紀にルチェッライ家によってレオン・バッティスタ・アルベルティにファサードの建築が依頼され、アルベルティの設計によって白色と緑色の大理石を組み合わせた美しいファサードが1470年に完成しました。


P1780821


P1780820


P1780823
ファサードに3つの扉がありますが、扉上ルネッタにフレスコ画があります。


P1780833


P1780832


P1780836
私にはルネッタのフレスコ画の詳細が分かりません。


P1780824


P1780819
ファサードにも壁龕が設けられてます。


P1780825
壁龕の下に紋章があります。


P1780826


P1780827


P1780834


P1780837


P1780838


P1780828
柱頭


P1780829
扉横の柱の彫刻


P1780830


P1780841
一見庭に見えますが、Cimitero(墓地)です。ここに切符売り場があります。
2001年3月から拝観有料になりました。


P2580723
聖堂内部には墓地側から入ります。


P2580737
聖堂の構造図です。図の14が墓地です。


P1780842
三廊式、ゴシック様式の内部ですが、コジモ1世の命によりジョルジョ・ヴァザーリが1565年から1571年にかけて、内部の一部をルネサンス様式の改造しました。


P1780844
左右の側廊にそれぞれ6つの礼拝堂があります。


P1780843
全長99.2m、翼廊が最大61.54mあります。


P1780852
フィレンツェ式ゴシック様式とも言える独自性を感じさせる内部です。


P1780854
柱がアーチとクロス・ヴォールトを支えてます。


P1780853
中央礼拝堂の左右にそれぞれ3つの礼拝堂があります。


P1780846
ジョット・ディ・ボンドーネの「彩色磔刑像」(1290c)


P1780873
ジョットの「磔刑像」は、完成から1421年まで、現在の場所である身廊の最奥、高さ54mに置かれていましたが、1421年に取り外されてしまいました。2001年に元の場所に戻されたのです。


P1780875
身廊中央から見た中央礼拝堂


P1780877
左側廊方向


P1780876
右側廊方向


P1780879





P1780881
ファサード方向


P1780882





P1780884
説教壇


P1780886
ファサードのバラ窓裏にあるステンドグラスは、アンドレア・ディ・ボナイウーティの「聖母戴冠と天使たち」(1365‐67)


P1780888
ファサード裏扉上ルネッタ上のフレスコ画は、サンドロ・ボッティチェッリの「幼きキリストを崇拝する聖母」(1476‐78c)


P1780890


P1780892
サンティ・ディ・ティートの「受胎告知」(1603)
(つづく)

P2580628
Presbiterioの続きです。


P2580629
ジョヴァンニ・フェッティ(フィレンツェ、1355‐1386記録)の「聖母子」(1380c)


P2580631
ギルランダイオ派無名画家作「幼きキリストを崇拝する聖母と聖ジュリアーノと聖フランチェスコ」(16世紀初め)


P2580633
ラファエッリーノ・デル・ガルボ(ヴァリアーノ、1466‐フィレンツェ、1524)に帰属する「聖ロレンツォと聖ステファノと聖レオナルド」


P2580634


P2580636
クーポラのフレスコ画


P2580638
ヴィンチェンツォ・メウッチ(フィレンツェ、1694‐1766)の「栄光のフィレンツェの聖人たち」(1742)


P2580639


P2580640
ヴァレリオ・チオーリ(セッティニャーノ、1529‐フィレンツェ、1599)に帰属する「磔刑像」


P2580644


P2580645


P2580647
ジローラモ・マッキエッティの「マギの礼拝」をよく見たら作品の写真であることが分かりました。


P2580648
作品は同じフィレンツェのストロッツィ宮で開催中の特別展に貸し出されていました。


P2580649
ピエトロ・ダンディーニ(フィレンツェ、1646‐1712)の「磔刑」


P2580651
ミケーレ・トシーニ通称ミケーレ・ディ・リドルフォ・デル・ギルランダイオ(フィレンツェ、1503‐1577)の「聖母被昇天」


P2580656
ニッコロ・ラーピ(フィレンツェ、1667c‐1732)の「聖ロレンツォ」


P2580658
ロッソ・フィオレンティーノ(フィレンツェ、1495‐フォンテーヌブロー、1540)の「聖母の結婚」


P2580660
ヤコポ・キメンティ・ダ・エンポリ(フィレンツェ、1551‐1640)の「聖セバスティアーノの殉教」


P2580661
聖堂内部の拝観はこれで終わりです。


P2580643
キオストロの方に向かいました。


P2580665
一旦外に出てキオストロに行きました。


P2580667
キオストロ


P2580666
キオストロ回廊


P2580668


P2580669


P2580672
案内板に従って順番に見ていくことに。


P2580673


P2580676


P2580678
コジモ・イル・ヴェッキオの遺言によって、コジモの墓の隣にあるドナテッロの墓です。


P2580680
コジモ・イル・ヴェッキオの墓


P2580681


P2580682
コジモ・イル・ヴェッキオとヴェロッキオとの関係は、フィレンツェに行かれる方には常識ですから私の方から触れるのは止めておきます。


P2580686


P2580687


P2580688


P2580689


P2580690
以前は、これらの展示がなかったと思います。


P2580691


P2580692


P2580693


P2580694


P2580695


P2580696


P2580697
宝物庫です。


P2580698


P2580700
宝物庫の壁にあるフレスコ画


P2580702


P2580703


P2580705


P2580707


P2580708


P2580709
16世紀のフィレンツェの彫刻家作「聖ピエトロ」(1522)


P2580711


P2580712


P2580714
図書館は閉まっていました。


P2580716
拝観有料なので説明板などの整備がもう少し進むと良いと思いました。


P2580717
(おわり)

P1780289
4世紀頃に建設され、393年、フィレンツェの司教座教会として聖ロレンツォに奉献された記録がある初期キリスト教会が前身とされてます。


P1780290
その後、フィレンツェの司教座はサンタ・レパラータ聖堂(現在のフィレンツェ・ドゥオーモの前身)に移されてしまいました。
11世紀になると手狭になったので、1059年に拡張工事が行われ、ロマネスク様式の建物となり、1095年に再度奉献式が執り行われました。
15世紀初めに建物が更に手狭になったので、フィリッポ・ブルネッレスキの設計によって1418年、再度拡張工事が開始され、フィリッポの老齢化に伴いミケロッツォに引き継がれて、1461年に完成したルネサンス様式の建物が今日の姿の原形となってます。三度目となる奉献式は1461年に執り行われました。


P1780292
メディチ家出身の教皇レオ10世によってファサードのコンペが行われ、その結果、1518年にミケランジェロにファサード建設が委託され、ミケランジェロは木製模型を作成したものの工事には着手せず、ファサードは結局未完のまま現在に至ってます。


P1780286
歴代メディチ家の菩提寺です。


P1780287
メディチ家礼拝堂については既に取り上げたので、ここでは省略することにします。


P2580563
拝観は有料です。
三廊式、ラテン十字形、ルネサンス様式の内部です。


P2580564
左右の側壁に礼拝堂が設けられてます。


P2580567
左側廊


P2580568
観光客が多い季節なので、拝観する人たちが結構いました。


P2580565
説明プレートなどがないので、詳しいガイドブックが必要でしょう。


P2580652
右側廊
右翼廊への観光客の立ち入りが制限されていました。


P2580654
聖堂内でも行儀の悪い振る舞いをする方がチラホラ。写真左端のお二人はキャキャ言いながら戯れておりました。


P2580566
格子天井


P2580570
ピエトロ・マルケシ―ニ通称イル・オルトラニーノ(ピストイア、1652‐1757)の「聖マッテオの召集」(1739c)


P2580571
フランチェスコ・コンティ(フィレンツェ、1681‐1760)の「磔刑」(1709)


P2580575
19世紀後半のフィレンツェの画家作「玉座の聖母子と聖ロレンツォと聖ザノービ」(1877)


P2580578
「磔刑と2聖人」
木製磔刑は17世紀中頃にドイツで制作されたもの。2聖人はロレンツォ・リッピ(フィレンツェ1606‐1665)によって制作されました。


P2580580
ジョヴァン・アントニオ・ソリアーニ(フィレンツェ、1492‐1544)の「聖アカツィオと磔刑」


P2580581
ピエトロ・アンニゴーニ(ミラノ、1910‐フィレンツェ、1988)の「工房のキリストと聖ジュゼッペ」(1964)


P2580583
ベルガモのセラッシ兄弟作のオルガン(1864‐65)


P2580584
説教壇


P2580585
ドナテッロ(フィレンツェ、1386‐1466)の「説教壇」(1460)
説教壇は内陣の左右にあって、こちらは主祭壇に向かって左にあります。


P2580642
ドナテッロ作の説教壇ですが、こちらは主祭壇に向かって右側にある方です。


P2580586
アーニョロ・ブロンズィーノ(モンティチェッリ、1503‐フィレンツェ、1572)の「聖ロレンツォの殉教」(1565‐69)


P2580587


P2580589
左翼廊


P2580590
マルテッリ礼拝堂にある、この作品は有名です。


P2580592
フィリッポ・リッピの「マルテッリの受胎告知」(1440)


P2580594
リッピが描いたのはメインパネルの受胎告知で、プレデッラはリッピの弟子フランチェスコ・ペッセリーノによって描かれました。プレデッラのテーマは「聖ニッコロの物語」です。


P2580591
マルテッリ礼拝堂の「磔刑」(15世紀)
制作者は不明のようです。


P2580597
ジュゼッペ・二コラ・ナシーニ(カステル・デル・ピアーノ、1657‐シエナ、1736)の「聖ジローラモと天使」


P2580598
私には詳細が分かりません。


P2580599
次の礼拝堂です。


P2580600
フランチェスコ・コンティ(フィレンツェ、1606‐1665)の「聖母子と聖人たち(聖ロレンツォ、聖ザノービ、聖アンブロージョ)」(1714)


P2580601
次はPresbiterioです。


P2580602
ドメニコ・ギルランダイオ工房の「タッディの祭壇画」


P2580603
玉座の聖アントニオ・アバーテと聖ロレンツォと聖ジュリアーノ


P2580605
ジョヴァンニ・ドゥプレの記念碑


P2580607
「天使に支えられる聖フランチェスコ」
私には制作者が分かりません。


P2580609
私には制作者などの詳細が分かりません。


P2580612
聖堂の方では分かっていると思います。


P2580614
後陣右側


P2580615
礼拝堂の天井


P2580616
この辺のところが分かりません。


P2580617
写真だけ載せおきましょう。


P2580619


P2580620


P2580623


P2580625


P2580626


P2580627
(つづく)

P2570396
彫刻家としての、そして建築家としてのミケランジェロ・ブオナローティ(カプレーゼ、1475‐ローマ、1564)の最高傑作の一つが新聖具室でしょう。
世界芸術史上、最高の芸術家がミケランジェロでしょう。


P2570349
ヌムール公ジュリアーノ・デ・メディチ(フィレンツェ、1478‐1516)(ロレンツォ・イル・マニーフィコの三男)の墓碑


P2570352
ヌムール公ジュリアーノ・デ・メディチの彫像


P2570354



P2570356



P2570361
ウルビーノ公ロレンツォ・デ・メディチ(フィレンツェ、1492‐カレッジ、1519)(ピエル・イル・ファトゥオの息子)の墓碑
ピエル・イル・ファトゥオ(愚か者のピエロ)は、ロレンツォ・イル・マニーフィコの長男ですからウルビーノ公・ロレンツォ・デ・メディチはロレンツォ・イル・マニーフィコの孫という訳です。


P2570364
ウルビーノ公ロレンツォ・デ・メディチの彫像


P2570366
夕暮


P2570367



P2570371
ロレンツォ・イル・マニーフィコとジュリアーノ・デ・メディチの墓
ジュリアーノは、ロレンツォの弟で、パッツィ家の反乱の際、フィレンツェ・ドゥオーモ内で殺害されました。
新聖具室には、ロレンツォ・イル・マニーフィコとジュリアーノ・デ・メディチの墓碑を含めて4つの墓碑制作が予定されていましたが、ミケランジェロは元々この仕事が大嫌いで、フィレンツェの政治状況(ミケランジェロはフィレンツェ共和制側に立って戦ったが破れ、メディチ家支配が復活しましたが、新聖具室の制作に再び従事することを条件に反旗を翻した罪が許されたのです)が気に染まない上に、ローマから新しい仕事を依頼されたことから、ローマに去ってしまい、ロレンツォ・イル・マニーフィコとジュリアーノ・デ・メディチの墓碑制作は着手されませんでした。


P2570373
ミケランジェロの「メディチの聖母」


P2570374
ジョヴァン・アンジェロ・ダ・モントルソーリの「聖コズマ」


P2570377
ラファエッロ・ダ・モンテルーポの「聖ダミアーノ」


P2570385
詳細不明


P2570387
ミケランジェロの素描


P2570389
ミケランジェロの素描


P2570392


P2570393


P2570394


P2570395


P2570399
君主の礼拝堂に戻りました。


P2570400
かなり新しいクーポラのフレスコ画


P2570407
ピエトロ・ベンヴェヌーティ(アレッツォ、1769‐フィレンツェ、1844)によって1828年から1837年にかけて制作されたクーポラのフレスコ画です。


P2570402
主祭壇


P2570403
君主の礼拝堂に置かれた石棺は、全て中は空です。


P2570404
メディチ家の人々の遺体は聖堂のクリプタに安置されてます。


P2570405


P2570409
アレッサンドロ・アローリ(フィレンツェ、1535‐1607)の「フィレンツェの勝利の寓意」(1588‐89)


P2570412


P2570413


P2570414
フェリーチェ・パルマ(1583‐1625)の「悲しみの聖母」


P2570416
フェリーチェ・パルマの「聖ジョヴァンニ」


P2570418
ミケランジェロの傑作を観ることが出来て幸せでした。


P2570419
(おわり)

P2570422
フィレンツェのサン・ロレンツォ聖堂です。


P2570424
聖堂の後方にメディチ家礼拝堂があります。
メディチ家礼拝堂はサン・ロレンツォ聖堂の一部ですが、両方とも有料で、しかも別料金になっているので、このブログではそれぞれ別に取り上げることにします。


3
これは外部サイトから拝借したサン・ロレンツォ聖堂の構造平面図の写真です。
メディチ家礼拝堂とは、この図の2の新聖具室と3の君主の礼拝堂を合わせたものを指します。


P2580980
君主の礼拝堂です。
メディチ家礼拝堂建設の経緯等については、ここでは触れません。ガイドブックなどの記述にお任せしたいと思います。


P2570324
入口は君主の礼拝堂のここにあります。


P2570325
切符売り場から中に入ると「君主の礼拝堂」の下に出ます。


P2570326
16世紀のフィレンツェ派無名画家作「教皇ピオ5世によって戴冠されるトスカーナ大公コジモ1世」(16世紀末)
1569年3月5日にヴァティカンのシスティーナ礼拝堂で行われた戴冠の様子を描いた作品です。


P2570331
メディチ家系トスカーナ大公の家系図があります。
トスカーナ大公の初代コジモ1世から第7代大公のジャン・ガストーネまでメディチ家の大公が続きましたが、1737年にジャン・ガストーネが没すると、メディチ家は断絶してしまい、ジャン・ガストーネの遺言によってトスカーナ大公国はハプスブルク・ロートリンゲン家に継承されました。


P2570329
アルフォンゾ・ボニンセーニ(1910‐1994)の「アンナ・マリア・ルイーザ・デ・メディチ(1667‐1743)のブロンズ像」(1946)
アンナ・マリア・ルイーザはメディチ家最後の人となりましたが、フランチェスコ1世の娘マリア(マリー・ド・メディシス)がフランス王アンリ4世との間に生まれた娘たちがイギリス王、スペイン王に嫁いだことにより(二人の間に出来た息子がルイ13世)、メディチ家の血は現代のヨーロッパ王家にまで流れていると言われてます。


P2570332
聖具類が展示されてます。


P2570333
金銀で出来た高価なものばかりです。


P2570334
私にとっては重要な展示ではありません。


P2570335
適当に眺めただけで先を急ぎました。


P2570337
ミケランジェロの彫刻がある新聖具室に行くには、君主の礼拝堂を経由する必要があります。


P2570336
階段を上ります。


P2570338
君主の礼拝堂は修復工事中でした。


P2570339
この辺は後でゆっくり見ることにしました。


P2570341
高さ59mのクーポラ


P2570343
新聖具室に向かいました。


P2570344
新聖具室に行く途中にある彫刻は、シルヴィオ・コルシーニ(1495‐1547)の「軍事的トロフィー(未完)」(1534以前)です。
シルヴィオはミケランジェロの弟子です。新聖具室の建設を嫌々引き受けたミケランジェロの指示によって制作されたものですが、1534年ミケランジェロがフィレンツェを発ちローマに向かったことにより、シルヴィオもミケランジェロに従ってローマに赴くことになったので、そのまま未完で放置されました。
未完のトロフィーはもう一つあります。ミケランジェロが構想しながらも制作しなかった彫刻の両端に置かれる予定だったとされてます。


P2570346
シルヴィオ・コルシーニの「軍事的トロフィー(未完)」(1534以前)


P2570398
君主の礼拝堂の模型が置かれてます。


P2570397


P2570348
新聖具室です。


P2570382
説明板


P2570383


P2570380
祭壇です。
向かって右端の彫刻はシルヴィオ・コルシーニの作品、左端は18世紀にジローラモ・ティッチャーティによって制作されたものです。ブロンズの磔刑像はジャンボローニャの帰属作品とされてます。


P2570379
天井


P2570358
今日は時間がないので、この辺で終わることにします。ミケランジェロの彫刻については後編で触れることにします。


P2570360
(つづく)

P2260478
モンテプルチャーノの中心グランデ広場です。


P2260486
ドゥオーモはグランデ広場に面して建ってます。


P2260481
モンテプルチャーノ=キウージ=ピエンツァ司教区の司教座教会、Cattedrale di Santa Maria Assuntaです。


P2260489
イッポリート・スカルツァの設計によって、1594年創建、1680年に完成したルネサンス様式の建物です。奉献式は1712年に執り行われました。


P2250430
鐘楼は前の建物にあったものです。


P2250438
設計段階ではファサードは大理石で覆われることになってましたが、資金難のため未完成のまま放置され現在に至ってます。


P2250439
入口扉上ルネッタもフレスコ画が描かれることなく現在に至ってます。


P2250440
荒々しく粗野な感じがします。


P2250441
粗壁のままです。


P2260497
中に入りました。


P2260498
ありゃ!一番の見どころが・・・・・



P2260501
主祭壇


P2260501
主祭壇画は修復作業が行われていました。
祭壇画を見ることが出来ず残念でしたが、修復作業を目前でつぶさに見ることは滅多にない機会なので、暫く見ていました。


Assumption-of-the-virgin__Taddeo_di_Bartolo
タッデオ・ディ・バルトロ(シエナ、1362c‐1422)の「聖母被昇天のモンテプルチャーノ・ドゥオーモの多翼祭壇画」(1401)
修復作業が行われていた作品画像です。外部サイトから拝借しました。


Taddeo_di_Bartolo_self-portrait
多翼祭壇画の昇天した聖母の棺の前に描かれているのは、タッデオ・ディ・バルトロの自画像と言われてます。
(外部サイトから拝借)


138
以前に撮った写真


P2250450
三廊式、ラテン十字形、ルネサンス様式の内部です。


P2250451
左右の側廊に礼拝堂が設けられてます。


P2250459
左側廊


P2250460


P2250452
内陣の中央から見た右側廊方向


P2250535
右側廊


P2250536


P2250448
装飾が殆どない、すっきりした天井


P2250453
出入口の両端に墓があります。


P2250454
制作者不明の「フランチェスコ・ピエンディベーニ司教(1435年没)の墓」


P2250455
ミケロッツォ・ディ・バルトロメオの「バルトロメオ・アラガッツィの墓」
バルトロメオ・アラガッツィは教皇マルティーノ5世の秘書長だったそうです。


P2250456
ベネデット・ディ・マイアーノの模倣者による「聖水盤」


P2250458
聖水盤の上部にある浮彫もベネデット・ディ・マイアーノの模倣者による作品です。


P2250461
アンドレア・デッラ・ロッビアの「ジーリの祭壇」(1512)


P2250468
ルネッタの受胎告知


P2250469
聖人たち


P2250472


P2260510


P2260513
16世紀の無名彫刻家の「聖ピエトロ」


P2260514
16世紀の無名彫刻家の「洗礼者聖ジョヴァンニ」


P2250474
かなり多くの祭壇画や彫刻がありますが、それらの多くが詳細不明です。


P2250475


P2250478
詳細不明


P2250486
詳細不明


P2250488
Michael Koeck (Innsbruck, 1760- Roma, 1825)の「最後の晩餐」



P2250495
ラッファエッロ・ヴァンニ(1595‐1673)の「大天使ミケーレと聖フランチェスコ・サヴェーリオ」


P2250501
詳細不明


P2250504
ジュゼッペ・ロイウーティの「慈愛の聖母」(1898)


P2250506
教会の方では制作者等の詳細が分かっていると思います。


P2250518
以下、詳細不明の作品ばかりです。


P2250521


P2250527


P2250530


P2250531


P2250534


P2250538


P2250540


P2260594


P2260597


P2260567


P2260586


P2260646
説教壇


P2260506
出入口


P2260647
外に出ました。
(おわり)

P1380128
教区教会の周りは、ヴィテルボで最古の地区と言われてます。


P1380045
サンタ・マリア・ヌオーヴァ教区教会です。


P1380120
ローマ時代にこの地に建設された異教の寺院がありましたが、380年の記録によって、その存在が確認されてます。確実な記録が残されてませんが、6世紀頃にその異教の寺院が初期キリスト教会に転用されたと推察されてます。その初期キリスト教会がこの教区教会の前身とされてます。


P1380124
現在の教会の姿は、初期キリスト教会の建物を取り壊して、その上に1080年に創建され12世紀に完成したロマネスク様式の二代目の建物がその後3回に渡る補修工事によって若干変更されたものです。


P1380127
17世紀、18世紀、20世紀の3回補修工事が行われましたが、幸いなことに大掛かりな修復は一度も行われず、マイナーチェンジの補修に留まり、12世紀完成の姿はほぼ現在も留めていると言われてます。


P1380121
ファサードのルネッタ上のフレスコ画はその痕跡さえも残されていません。


P1380122
ファサード横に説教壇があります。


P1380123
1266年、教皇クレメンテ4世がこの説教壇から説教を行ったそうです。


P1390132


P1390137
日が当たっていた方が見易いでしょうか?


P1380117
平日は開いている時間が長いので拝観しやすい教会です。


800px-Il_chiostro__longobardo__(Viterbo)
鐘楼と中庭


P1390082


P1390081
中に入ります。


P1390083
三廊式、ロマネスク様式の内部です。


P1390102
美術的には、ヴィテルボの数多くの教会の中で必見とされている教会です。


P1390096
このように説明プレートが完備されてます。


P1390085
貴重なフレスコ画が保存状態良く残されてます。


P1380107
左側廊


P1380108


P1390084
左右の側廊に礼拝堂が設けられてます。


P1380109
右側廊


P1380110


P1380112
木組みの梁の天井


P1380111
中央通路


P1380072
主祭壇


P1380073
装飾がない後陣です。


P1380051
磔刑像が置かれているだけです。
祭壇画、フレスコ画を見て回りました。


P1380054
ヴィテルボ出身のジョヴァンニ・フランチェスコ・ザッキ・タヴァンツァラーノ通称ファンタスティコの「玉座の聖母子と聖バルトロメオと聖ロレンツォ」(1495‐1505c)


P1380058
フランチェスコ・ザッキ・ディ・アントニオ通称バッレッタ・ディ・ヴィテルボの「磔刑と聖人たち」(15世紀)


P1380059


P1380060



P1380062
トスカーナの無名画家の「モナルデスキ家のフレスコ画」(1293)
このフレスコ画が描かれた礼拝堂はヴィテルボの貴族モナルデスキ家の個人礼拝堂です。


P1380064


P1380065


P1380070
サーノ・ディ・ピエトロの「聖母子と天使たち」(15世紀)


P1380078
13世紀のローマの無名画家の「祈るキリストと聖母と福音書記者聖ジョヴァンニ」(13世紀前半)


P1380079


P1380081
カルロ・カネストラーリ(1922‐1988)の「ピエタのタベルナコロ」(1958)


P1380083
詳細不明


P1380085
制作者不詳の1320年に制作されたフレスコ画断片


P1380087


P1390098
玉座の聖母子と四聖人(14世紀)

P1380089
バッレッタ・ディ・ヴィテルボの「玉座の聖母子と聖人たち」(15世紀)


P1380091


P1380092


P1380094
ヴィテルボ出身のマッテオ・ジョヴァンネッティの「磔刑と聖人たち」(1340)


P1380096


P1380097


P1380101
パストゥーラ・ディ・ヴィテルボ(1450‐1516ヴィテルボで活動記録)の「聖ジローラモと洗礼者聖ジョヴァンニと聖ロレンツォ」(15世紀末)


P1380104
詳細不明


P1380105
制作者不詳の「パドヴァの聖アントニオ」


P1380113
20世紀の修復の際、新作された柱頭


P1380114
古い柱頭が見当たりません。


P1380115
創建時の柱頭がないか、熱心に探しました。


P1380116
この壁に最後の晩餐のフレスコ画があったそうです。


P1390093
聖水盤


P1380074
外に出ます。


P1380118
ドゥオーモよりも見所が多いと思います。


P1380131
(おわり)

P2240710
サン・ロレンツォ司教座教会です。


P2240713
丘上のこの地にエトルリア人によって建設されたヘラクレス神殿がありましたが、7世紀に神殿を初期キリスト教会に転用したのが、この聖堂の前身です。


P2240727
12世紀、初期キリスト教会だった建物を取り壊し、その上に新築されたロマネスク様式の建物が二代目です。二代目の建物の完成後の1192年、教皇チェレスティーノ3世によって司教座が置かれることになりました。
16世紀、フランチェスコ・ガンバラ枢機卿によって建物のファサードがルネサンス様式に改修されましたが、改修後の姿が現在に至ってます。


P2240729
この教会が有名なのは、13世紀に教皇庁が約30年間ヴィテルボに遷され、史上最長期間の教皇選出が行われて、コンクラーヴェと言う言葉を生んだからでしょう。
しかし、教皇庁が置かれた歴史があるにも拘らず教会としての格付けが低く、教皇ピオ12世によってBasilica Minoreに昇格したのが1940年でした。


P2240715
12世紀に建設された鐘楼がオリジナルの形で今も残されてます。


P2240716
ファサードに向かって右奥にある長い建物は1255年から1267年に建設された教皇の館 Palazzo dei Papiです。


P2240719
教皇の間に向かう階段です。


P2240717
奥の建物が司教館です。教皇庁が置かれていた時代、司教館に教皇庁がありました。


P2240732


P2240735
教皇がここにいた時代、ロッジャから教皇がお出になり一般信者に祝福を与えたとされてます。また、ロッジャの部分は天井があったそうですが、1325年に崩落してしまい、その後修復されずに天井なしの状態で現在に至ってます。


P2240731
階段を上ってロッジャに行きました。


P2240724
ロッジャからの景色


P2240725
ロッジャにあるフォンターナ


P2240733


P2240734


P2240736
ロッジャから聖堂に戻ります。


P2240738
扉上の彫刻


P2240739
この扉の彫刻は新しいものでしょうね。


P2240740
聖堂内に入ります。


P2240742
三廊式の内部です。12世紀の二代目建物の創建以降、修復、改修の歴史を物語るロマネスク様式、ルネサンス様式、バロック様式が折衷しています。


P2240743
左側廊方向


P2240744
右側廊方向


P2240745
木組みの梁の天井


P2240747
天井の木に文字や模様が書かれているそうですが、この写真では分かりませんね。


P2240817
床模様も見どころとされてます。


P1370857


P2240748
左側廊


P2240749


P2240750
柱頭も見どころです。


P2240751
側廊の天井も木組みです。


P2240755
入口扉横にあるフレスコ画


P1370796
12世紀の無名画家の「玉座の聖母子」


P1370793
ジローラモ・ダ・クレモナの「貧者を助ける聖ロレンツォ」(1472)


P1370799
無名画家の「聖セバスティアーノの殉教」(13世紀)


P1370801
無名画家の「聖母子」(13世紀)


P1370802
イル・パストゥーラの「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(16世紀)


P1370805
フランチェスコ・ダ・アンコーナの代表作「洗礼盤」(1470)


P1370807
マルコ・ベネフィアル(1684‐1764)の「聖ロレンツォの殉教」(18世紀前半)


P1370809
マルコ・ベネフィアルの「貧者に施しを与える聖ロレンツォ」(18世紀前半)


P1370824
マルコ・ベネフィアルの「聖コムニオーネを導く聖ロレンツォ」(18世紀)


P1370827
詳細不明の「ピエタ」


P1370829
無名画家の「ベアート・ジャコモ・ダ・ヴィテルボ」


P1370834
ローマの無名画家の「聖ジローラモ」


P1370837
カルロ・マラッタ(1625‐1713)の「貧者に施しをする聖ロレンツォ」


P1370842
ジローラモ・ダ・クレモナの「祈るキリストと聖人たち」(15世紀後半)


P1370846
ジョヴァン・フランチェスコ・ロマネッリの「聖家族と聖ベルナルディーノ」(17世紀中頃)


P1370848
ジョヴァン・フランチェスコ・ロマネッリの「聖クリストフォロ」


P1370851
ジョヴァン・フランチェスコ・ロマネッリの「聖ロッコ?」


P2240766
サンタ・ルチア礼拝堂


P2240768


P2240771
クーポラに見えるように描かれた騙し絵


P2240774
パオロ・グイドッティの「聖母子と聖ルチア」(17世紀初め)


P2240805
教皇庁が置かれていた時代の教皇の墓のようです。


P2240806


P2240808
次の礼拝堂です。
15世紀に描かれた聖ピエトロと聖パオロのフレスコ画


P2240815
12世紀の無名画家の「カルボナーラの聖母」


P2240811
横から撮ると光らない。


P2240819
主祭壇


P2240820
後陣


P2240837
次の礼拝堂です。


P2240838
礼拝堂のクーポラ


P2240841
ジョヴァンニ・マリア・モランディの「聖イラーリオと聖ヴァレンティーノ」


P2240843
フランチェスコ・フェルディナンドの「聖イラーリオの殉教」(1714)


P2240846
フランチェスコ・フェルディナンドの「聖ヴァレンティーノの殉教」(1714)


P2240858
右側廊


P2240870


P2240885
外に出ました。


P2240714
鐘楼の横に建つ建物は13世紀に建設されたヴァレンティーノ・デッラ・パニョッタ邸です。
(おわり)

P2480287
2017年10月、スクロヴェーニ礼拝堂は修復工事中でした。
ここには毎年行っているので、修復前の写真を載せましょう。


010
1303年創建、1305年に完成した礼拝堂です。建築の経緯についてはガイドブック載っているので、ここでは省略します。


P1950644
ここが有名なのは西洋美術史上最も重要とされているジョット・ディ・ボンドーネのフレスコ画があるからです。


P1950627
長らく礼拝堂内は写真厳禁とされてきましたが、2016年夏ころに写真OKになったことを知りました。
ジョットのフレスコ画の全場面は既に色々なサイトで公開されているので、わざわざ自分で写真を撮ることに然程の意味がないものの、単なる自己満足のためにジョットの傑作鑑賞を二の次にして写真を撮るために礼拝堂に行った次第です。


P2480288
礼拝堂への入口です。拝観は1回25人の定員制で、15‐20分の総入れ替えとなってます。15分になるか、20分になるのかは、当日の混雑状況によります。


P2480289
ここは文化財保護のため、ビデオを見ながら15分ほどここで待機して拝観者の微細塵と温度調整が行われます。


P2480290
内部に入りました。


P2480291
礼拝堂祭壇の彫刻は、ジョヴァンニ・ピサーノの「聖母子と2天使」
エンリコ・デッリ・スクロヴェーニの墓もあります。


P2480292
後陣


P2480293
フレスコ画のテーマは、「聖母の生涯」と「キリストの生涯」です。


P2480294
この日は1回だけの拝観でした。15‐20分では十分に鑑賞できないので、通常2回拝観することにしてましたが、この日は意外に混雑していて都合の良い時間に予約できませんでした。


P2480295
この日の拝観時間は15分だったと思います。


P2480296


P2480297


P2480298


P2480299


P2480300


P2480301


P2480302


P2480304


P2480305


P2480306


P2480308


P2480309
死せるキリストへの哀悼


P2480310
エジプトへの逃避


P2480311
寺院へのキリストの出現


P2480303
ファサード裏


P2480312
最後の審判


P2480313


P2480330


P2480331
徳の寓意


P2480332
悪徳の寓意


P2480314
嬰児虐殺


P2480315
磔刑


P2480316
キリストの洗礼


P2480317
博士たちとの問答


P2480318
カルヴァリオへの途


P2480319
聖母の誕生


P2480320


P2480321


P2480323


P2480324


P2480325


P2480326
キリストを謁見するカイファ


P2480327
キリストの鞭打ち


P2480328
ドーロ門の聖アンナと聖ジョアッキーノの邂逅


P2480329
ジョアッキーノの夢


P2480333
羨望


P2480334
ユダの接吻


P2480335
寺院への出現


P2480336
聖人たち


P2480337


P2480339
ラザロの蘇生


P2480340
我に触れるな


P2480341


P2480342
マギの礼拝
最上段画面の写真を撮るのが難しいですね。


P2480343
弟子の足を洗うキリスト


P2480344


P2480345
聖母の結婚


P2480346
キリストのエルサレム入城


P2480347
キリストの昇天


P2480348


P2480350
神殿清め


P2480351
聖霊降臨


P2480352
浮気


P2480353


P2480355
ご誕生


P2480356
最後の晩餐


P2480357
天井


P2480358
25人の定員制ですが、狭い場所にいるので、聖母の生涯、キリストの生涯に順番通りに写真を撮るのは難しいと思います。


P2480359
どうしても鑑賞してしまうので、一回の拝観で撮れる写真はこの辺が限界でしょうね。


P2480361
ジョアッキーノと羊飼い


P2480363
受胎告知される聖母


P2480369
カナの晩餐


P2480371
外に出されました。
(おわり)

P2310397
サンタンドレア参事会教会です。
エンポリが単独司教区ならば、司教座教会になって当然ですが、エンポリはフィレンツェ大司教区に属してます。



P2310400
教会が5世紀半ばに設立された記録が残されてます。
1117年に創建され、1443年頃に完成したフィレンツェ式ロマネスク様式の建物が現在の姿の原形です。


P2310403
プラート産緑色大理石とカッラーラ産白色大理石を組み合わせたファサードが特徴です。


P2310401
1531年に参事会教会に昇格しました。


P2310402
1730年代、建物は風化が進み危険となったので、18世紀後半に大掛かりな修復工事が行われました。そのため、創建時のロマネスク様式の部分はファサードのごく一部に留まります。


P2310405
聖アンドレア


P2310406
洗礼者聖ジョヴァンニ


P2310407
入口扉の装飾


P2310408


P2310404
拝観しました。


P2310410
単廊式、ラテン十字形、バロック様式の内部です。


P2310411
左右の側壁にそれぞれ5つの礼拝堂があります。


P2310412
右側壁


P2310414
天井


P2310415


P2310416
聖水盤


P2310417


P2310419
ラッファエッロ・ボッティチーニ(1477‐1520)の「救世主」


P2310421
左側最初の礼拝堂


P2310423
左側の2番目の礼拝堂


P2310424
左側第3礼拝堂


P2310426
左第4礼拝堂


P2310428
詳細不明


P2310429
左側の第5礼拝堂


P2310431
詳細不明


P2310432


P2310433


P2310435
後陣左側の礼拝堂


P2310438


P2310441
ヤコポ・キメンティ・ダ・エンポリの「聖アンドレア」(1551‐60)


P2310443
ヤコポ・キメンティ・ダ・エンポリの「聖ジュゼッペ」


P2310445
次の礼拝堂です。


P2310448
ジュゼッペ・ロメイの「聖ジュゼッペの死」(1767)


P2310450
詳細不明


P2310453
詳細不明


P2310457
主祭壇


P2310459
主祭壇画は、ロレンツォ・ディ・ビッチ(1350‐1427)とビッチ・ディ・ロレンツォ(1373‐1452)の「トリッティコ」


P2310460
玉座の聖母子


P2310463
聖マルティーノと聖アンドレア


P2310467
聖アガタと洗礼者聖ジョヴァンニ


P2310469
裾絵


P2310470
中央の裾絵が欠落しています。


P2310472


P2310474
後陣の木製磔刑像(14世紀)
(つづく)

↑このページのトップヘ