イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ: ピエモンテ州

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Museo Civicoが休館日と分かったので、教会巡りに集中することにしました。


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Piazza Caduti per la Libertaを通り過ぎます。


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次はサン・ジョヴァンニ・デコッラート教会です。


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ブラの街歩きを書くに当たって、ブラと検索するとブラジャーばかり。この塔は分かってますが、「Torre di Bra」と検索するとTorre di Oro(これもブラジャー)が出てきます。


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この時計塔の建物は、これから行くサン・ジョヴァンニ・デコッラート教会の鐘楼です。


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駅からホテルに向かった時、カヴール通りの突き当りにあった教会がサン・ジョヴァンニ・デコッラートです。


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decollatoは、打ち首する decollareの派生語です。サン・ジョヴァンニ・デコッラート教会は、斬首された聖ジョヴァンニ・バッティスタ(洗礼者聖ヨハネ)に奉献しています。


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教会は、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りに面してます。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りです。教会は、この先、モッファ通りとの交差点に直ぐ先にあります。


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Via Moffa di Lisio


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サン・ジョヴァンニ・デコッラート教会です。


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1588年、慈悲の同信会Compagnia della Misericordia、またはBattuti Neriが設立されました。設立された同信会によって、1591年に建設された教会です。


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囚人と死刑を宣告された人々を支援し、死刑執行された人々を埋葬する役割を果たすために同信会が設立されたのです。


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バットゥーティ・ネリ教会とも呼ばれてます。非常にシンプルな構造をしています。


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中に入りました。


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単廊式、ラテン十字形の内部です。


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外観と比べて内部が少し華美な装飾が施されているのは、死刑となった人々とその家族への、せめてもの、はなむけからと言われてます。


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身廊天井


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主祭壇


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後陣の装飾は、建築家で画家でもあり、彫刻家だったジョヴェナーレ・ボエット(フォッサーノ、1604-1678)の作品です。


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フレスコ装飾もジョヴェナーレ・ボエット(フォッサーノ、1604-1678)によるものです。


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主祭壇画は「聖ジョヴァンニ・バッティスタの斬首」


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ジャン・クラレット(ブリュッセル?、1599-サヴィリアーノ、1678)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの斬首」


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詳細不知


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704-1793)の「磔刑像を崇める聖ドメニコ」


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704-1793)の「天上の聖母子と聖女」


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アゴスティーノ・コットレンゴ(ブラ、1794-1853)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの誕生」


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アゴスティーノ・コットレンゴ(ブラ、1704-1793)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの弁明」


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アゴスティーノ・コットレンゴ(ブラ、1794-1853)の「キリストの洗礼」


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アゴスティーノ・コットレンゴ(ブラ、1794-1853)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの説教」


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詳細不知


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ジョヴェナーレ・ボエット(フォッサーノ、1604-1678)の天井フレスコ画


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詳細不知


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詳細不知


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祭壇前から見た出入口方向


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祭壇に一礼してから外に出ます。


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外に出ました。
(つづく)

サンタンドレア・アポストロ教区教会の続きです。
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Cappella della Compagnia della Presentazioneです。


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ジャン・クラレット(ブリュッセル?、1599-サヴィリアーノ、1678)の「聖母の神殿奉献」


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ファサード裏の作品を見ます。


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制作者情報不知の「キリストの洗礼」


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詳細不知


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この礼拝堂については分かりません。


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詳細不知


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ロザリオの礼拝堂です。


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ジャン・クラレット(ブリュッセル?、1599-サヴィリアーノ、1678)の「聖母子と聖ドメニコとシエナの聖カテリーナ」


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詳細不知


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出口に向かいます。


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もう一度教会内を一望しました。


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外に出ました。


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サンタンドレア・アポストロ教区教会の周りを見て回ります。


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広場にブロンズ像のモニュメントがあります。


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制作者不知の「聖ジュゼッペ・ベネデット・コットレンゴ(ブラ、1786-キエーリ、1842)のモニュメント」


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Palazzo Mathisです。ここに観光案内所があります。


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ベルナルド・アントニオ・ヴィット―ネ(トリノ、1704-1770)の設計によって建設されたPalazzo Garroneです。


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広場で二本の道路が合体します。


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市庁舎の壁にあるフレスコ画を見ます。


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紋章と日時計が描かれてます。


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Stemma Sabaudo


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日時計とブラの紋章


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日時計とブラの紋章


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市立博物館に向かいます。


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市立博物館として一般公開されているPalazzo Traversaです。


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15世紀半ばに建設されたPalazzo Traversaです。


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開館日の筈でしたが扉が閉まったままでした。


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休館日でした。扉が閉まっていたのは当然です。


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ガックリ、気が抜けました。


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校外学習の集団を除けば、一日当たりの平均入館者は0.7人なので、休館日が多いのは当然です。


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この建物にも日時計があります。


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日時計が多いブラです。


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入口扉上の「受胎告知される聖母」


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仕方がないので、Palazzo Traversaを見ました。


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(つづく)

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次は、Piazza Caduti per la Libertaに面して建つサンタンドレア・アポストロ教区教会です。


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ブラは、トリノ大司教区に属してます。
地元ではドゥオーモと呼んでいないようですが、ブラでは最も格式が高く最重要の教会です。


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サヴォイア公爵カルロ・エマヌエーレ2世・ディ・サヴォイアがジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(ナポリ、1598-ローマ、1683)に設計を依頼し、ベルニーニの設計に基づきサヴォイア家のお抱え建築家カミッロ・グアリーノ・グアリーニ(モデナ、1624-ミラノ、1683)によって1672年から1687年に建設されたバロック様式の教会です。


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公式的には、以上の通りですが、実際にはベルニーニの関与は設計のアイデア程度だったようです。


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ファサードにコリント式列柱を用い、後の新古典様式の萌芽となる建物として、建築史上、高く評価されてます。


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実は、建設されてから1816年まではサンティッシモ・サクラメント教会と呼ばれており、教区教会ではなかったのです。


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1884年に完成したファサード
サンタンドレア・アポストロ教区教会は、元々別の場所の丘上にありましたが、19世紀初頭に安全ではないと判断されて破壊されることになったのです。
それを受けて、1816年、教区教会の機能をサンティッシモ・サクラメント教会に移すとともに、教会の名称も現称に変更したのです。


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ファサードの彫刻(18世紀中頃)


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18世紀中頃に制作された彫刻


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柱頭


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後陣と鐘楼


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バロック様式の後陣と鐘楼


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側壁にある聖心像は、恐らく改称前にあった彫刻でしょう。


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外部、内部の聖アンドレアに関する装飾は、1816年以降に付け加えられたか、描き改められたものです。


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中に入りました。


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単廊式、ラテン十字形、バロック様式の内部です。


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現在でも豪奢な装飾が施されてますが、1795年、ナポレオン軍から閉鎖を命じられ、教会の建物はフランス軍倉庫に転用されましたが、その際、多くの装飾品がフランスに持ち去られましたが、戻されることなく現在に至ってます。


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天井の装飾


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クーポラのフレスコ画は、パオロ・ガイダーノ(ポイリーン、1861-トリノ、1915)の「聖アンドレアの栄光」(1893)
四隅の聖人は、ルイージ・ヴォッカ(トリノ、1778-1854)によって描かれました。


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主祭壇とPresbiterioを見ます。


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磔刑像(16世紀)は、破壊された、以前のサンタンドレア・アポストロ教区教会にありましたが、1816年にこの場所に移設されました。


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磔刑像の後にある彫刻は、ダヴィデ・カランドラ(トリノ、1856-1915)の「聖アンドレアの殉教」です。


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Presbiterioの彫刻は、ダヴィデ・カランドラ(トリノ、1856-1915)の作品です。


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アントニオ・ロアージオ(バルディネート、1809-モンド―ヴィ、1886)の「聖アンドレア」


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アントニオ・ロアージオ(バルディネート、1809-モンド―ヴィ、1886)の「バーリの聖二コラ」


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主祭壇右側壁にある祭壇画は、ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704-1793)の「聖アンドレアの捕縛」です。


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主祭壇左側壁の祭壇画は、ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704-1793)の「聖アンドレアの奇跡」です。


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カルミネ礼拝堂です。
聖母子の彫刻はアントニオ・ロアージオ(バルディネート、1809-モンド―ヴィ、1886)の作品です。


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18世紀の逸名画家作「磔刑」


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アントニオ・ロアージオ(バルディネート、1809-モンド―ヴィ、1886)の「カルミネの聖母」


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次は、サン・セバスティアーノ礼拝堂です。


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クラウディオ・フランチェスコ・ボーモント(トリノ、1694-1766)の「聖セバスティアーノの殉教」(1761)


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704-1793)の「聖ヴィットリア」


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704-1793)の「聖ロッコ」


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704-1793)の「公正の寓意」


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704-1793)の「賢慮の寓意」


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制作者不知の「信義の寓意」


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制作者不知の「希望の寓意」
(つづく)

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季節は真夏でした。


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この年のイタリアはかなり涼しかったと思います。


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青空市で販売している衣料の品質はどうなんでしょうか。日本の青空市は安かろう、悪かろうでしたが。


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多くの中国人が青空市に進出しています。逞しいと思います。


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上の道Corso Cottolengoです。


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Corso Cottolengoの下にある道がCorso Garibaldiです。


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この辺が街の中心でしょうか?


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鐘楼はサンティッシマ・トリニータ教会のものです。


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振り返るとサンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会が見えました。


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9月20日広場


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写真右はCasa Cottolengoです。


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正面奥の教会はサンタンドレア教区教会です。


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Corso Cottolengoは、Corso Garibaldiよりも2,3メートル高い位置にあります。


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この日のお宿が見えます。


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高さが異なる二本の道が平行しているのが珍しいと思いました。


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サンタンドレア教区教会前の広場で、二本の道路は同じ高さになります。


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Casa Cottolengoです。


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聖ジュゼッペ・ベネデット・コットレンゴ(ブラ、1786-キエーリ、1842)が誕生した家です。


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Casa Cottolengoは、Museo Cottolengoとして一般公開されてますが、この聖人には興味がないのでパスしました。


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次はCasa Cottolengoの隣にある建物です。


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写真右がサンティッシマ・トリニータ教会、写真左がCasa Cottolengoです。


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写真手前の日時計がある建物は、サンティッシマ・トリニータ同信会です。


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日時計


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サンティッシマ・トリニータ教会です。


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別名”Battuti Bianchi"としても知られてます。


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最初の建物は13世紀に建設されました。現在の建物は、三位一体同信会によって1618年に再建された二代目となるものです。


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平日は開かないようです。


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ファサードの彫刻とフレスコ画を見ます。


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壁龕に彫刻がありますが、詳しいことが分かりません。


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セバスティアーノ・タリッコ(ケラスコ、1641-トリノ、1710)の「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」


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セバスティアーノ・タリッコ(ケラスコ、1641-トリノ、1710)の「聖人」


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このフレスコ画の意味合いが分かりません。目玉?


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目玉のフレスコ画が非常に印象に残ります。


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教会に左隣の建物に注目です。


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騙し絵の窓


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Piazza Caduti per la Liberta


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ブラの市庁舎 Palazzo Comunaleです。


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13世紀頃に建設されましたが、1744年に建築家ベルナルド・アントニオ・ヴィット―ネ(トリノ、1704-1770)の設計によって改造されました。現在の姿は、その改造後のものです。
(つづく)

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前泊地トリノから普通列車でブラに向かいました。


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定時にブラ駅に到着しました。


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ブラは、人口29,852人(2019年12月31日現在)のピエモンテ州クーネオ県にあるコムーネです。


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ブラ駅の駅舎です。


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駅前広場です。


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駅前にある公園です。


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この日のお宿に向かいます。


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駅前から旧市街の入り口に通じるカヴール通りです。


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ブラの歴史は非常に古く、先史時代から人の居住が遺跡からの発掘物によって確認されてます。


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ブラは、スローフード運動の発祥地として、また、その本拠地として有名です。スローフード運動の意味合いがよく分からないので、ブラであれこれ食べて、その本質を見極めたいと思ってブラに来た次第です。


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カヴール通りの突き当りに教会がありますが、その辺りは旧市街になると思います。ブラには城壁がないので、旧市街の範囲がよく分かりません。
元々城壁があって、都市計画などのために城壁が取り壊されたのか、初めから城壁が築かれなかったのか、その辺の事情が私にはよく分かりません。


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サン・ジョヴァンニ・デコッラート教会です。扉が開いていましたが、拝観せずにホテルに向かいました。ブラの教会は、比較的開いている所が多いので、焦って拝観する必要がありません。尤も芸術的に優れた祭壇画や彫刻が少ないこともあります。


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バルトロメオ・ジャンノリオ通りを通って、ホテルがあるガリバルディ通りに向かいました。


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ガリバルディ通りです。


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青空市が開市されてました。


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右の方に進みます。


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小高い所にサンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会があります。


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この日のお宿は、道を隔ててサンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会の向かいにあります。


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この日のお宿です。レストラン兼ホテルです。


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ホテル前の通りから、今通ってきたガリバルディ通りを撮った写真です。


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チェックインを済ませて、街歩きに出発しました。


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ガリバルディ通りの先は見所がなさそうと判断しました。実は、この先、約1.5㎞に分離集落ポッレンツォがあるのですが・・・・・そちらの方は取り敢えず後回し。


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ガリバルディ通りを戻れば、街の中心ですが、そちらに向かう前にやることがあります。


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ホテルの向かいにあるサンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会の拝観です。


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ブラチーズの名産地としても有名なブラです。


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階段を上り、9月20日広場を見下ろします。


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ホテルの隣にスローフード・インターナショナルがあります。


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さて、教会です。


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横に広がった楕円形のバロック様式のサンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会です。


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フランチェスコ修道会の一つであるFrati Minori Osservantiが1742年から1752年に建設しました。


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1795年、サヴォイア家によって徴収され、塩貯蔵庫に転用されましたが、ナポレオンの侵攻によってフランス軍に接収され兵舎として利用されました。ナポレオンの失脚後、再びサヴォイア家が弾薬庫、倉庫として使用しました。


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その後、個人に転売されました。
20世紀初頭、建物はカプチン会の所有となり、修復されて、1906年にカプチン会の教会として宗教活動が再開され現在に至ってます。


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ファサード前の十字架


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毎日開く教会なので拝観し易いと思います。


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中に入りました。


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楕円形の天井です。
天井のフレスコ画は、ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704-1793)の作品です。


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祭壇に向かって左側の壁


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右側壁


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主祭壇とPresbiterio


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ユニークな岩窟の聖母礼拝堂


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制作者情報不知の「聖心」


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704-1793)のフレスコ画


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制作者情報不知の「聖ジュゼッペの死」


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704-1793)の「無原罪の聖母と聖フランチェスコ」


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704-1793)のフレスコ画


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Presbiterioに立ち入ることが可能です。


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Presbiterioのフレスコ画


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詳細不知


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作品帰属が明確になっている祭壇画があります。


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ルイージ・モルガーリ(トリノ、1857-1935)の「貧者に施しをする聖母」


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彫刻に見えるように描かれた騙し絵


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詳細不知


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704-1793)のフレスコ画


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制作者情報不知の「聖痕を受けるシエナの聖カテリーナ」


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制作者情報不知の「聖痕を受ける聖フランチェスコ」


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制作者情報不知の「パドヴァの聖アントニオ」


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主祭壇前から見た出入口


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外に出ました。
(つづく)

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カステッロ広場に向かいます。


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街角の聖母子を発見しました。


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カステッロ広場にやってきました。


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写真右奥の建物はTeatoro Municipaleです。


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17世紀初頭、カステッロの城壁に面する現在地に劇場が建設されました。


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しかし、最初の建物は構造的に運営上の問題が深刻となり、1697年に閉鎖されてしまいました。
最初の建物が取り壊され、木造で1703年に再建されました。


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ところが、地元の貴族たちから木造ではみすぼらしい等の不満が沸騰したので、スポレートの修道院長で建築家のアゴスティーノ・ヴィットーリに劇場建設が委嘱され、アゴスティーノ・ヴィットーリの設計によって1780年から1786年に三代目となる建物が建設されました。
三代目の劇場で1791年に初演を迎えました。
1861年、劇場は地元の貴族から市当局に売却され、市有となりましたが、管理上の問題から上演出来ず、100年以上も閉鎖されたままでした。
大掛かりな修復工事が行われ、1990年に漸く再上演に漕ぎつけることが出来、現在に至ってます。


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カザーレ・モンフェッラート城、Castello dei  Paleologiです。


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この場所には、10世紀末の記録に、その存在が記された要塞がありました。要塞の建設時期はそれ以前と思われてますが、具体的には分かってません。


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モンフェッラート侯爵ジョヴァンニ2世・パレオロゴ(カザーレ、1321-ヴォルピアノ、1372)は、1352年、要塞を増強拡大させ城にしました。


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城の増強整備は、後継のモンフェッラート侯爵グリエルモ8世パレオロゴ(カザーレ・モンフェッラート、1420-1483)とモンフェッラート侯爵ボニファチョ4世パレオロゴ(カザーレ・モンフェッラート、1512-1530)に引き継がれ、15世紀中頃から16世紀前半にかけて工事が行われました。


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1559年、カザーレ・モンフェッラートは、マントヴァのゴンザーガ家領となりました。
ゴンザーガ家は、防衛上、この城の必要性はないとしながらも、塔と城壁を追加させるとともに、宮殿として整備させ、。マントヴァ公爵家の離宮として使用されるようになりました。


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ゴンザーガ家の衰退によって、1708年、カザーレ・モンフェッラートは、ゴンザーガ家からサヴォイア家領となりました。1710年から城はサヴォイア家の兵舎として使用されるようになりました。


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1856年、都市整備の一環から市場を新たに作るために、城の一部が取り壊されました。


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更にカステッロ広場を造るために、城の一部が取り壊されました。


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城はかなり荒廃しています。一般公開されていますが、この日はダメでした。


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本丸しか残されていないようです。


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カステッロの庭だった部分です。


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鐘楼はParrocchia di Sant' Ilarioのものです。


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広場に面して教会が建ってます。


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バロック様式の建物の教会です。


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写真左は市の塔です。


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サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会です。


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サンタ・カテリーナ教会とも呼ばれてます。


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1718年から1726年に建設されたギリシャ十字形、バロック様式の教会です。
1726年に奉献されました。


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この教会ファサードの後方に教会に隣接する1700年に建設されたドメニコ会のシエナのサンタ・カテリーナ修道院があり、修道院修道女によって教会が一部運営されたので、別名サンタ・カテリーナ教会と呼ばれた所以です。


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カステッロ広場を後にします。


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広場から見えた市の塔


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サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の横、Via Alessandriaに入りました。


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サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会に隣接して修道院だった建物が建ってます。


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ドメニコ会のサンタ・カテリーナ・ダ・シエナ修道院だった建物です。


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修道院は16世紀に建設されました。
旧修道院の先がサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会です。
修道院は、ナポレオンの抑圧令によって18世紀末に閉鎖され、1867年から修道院だった建物はEnte Municipale Convitto Trevisoが使用するようになりました。


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アレッサンドリア通りを更に進みます。


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写真右は、15世紀に建設されたPalazzo Vittaです。Natta d' Alfiano侯爵夫人の住居でした。


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観たいと思っていた観光先の殆どが閉まっていたし、午後にも開かないことが分かりました。


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臨時休館ならばHPに記載されるべきと思う私ですが、イタリアではHPの更新をしないことが多いのです。こんなことにめげてはイタリアの旅はやっていられません。


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6月28日でした。


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ローマ通りを進みます。


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通りの先はサンタ・クローチェ教会です。


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1344年に建設された後期ゴシック様式のサンタ・クローチェ教会です。


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未完成のファサードは、1748年にフランチェスコ・オッタヴィオ・マニョカヴァッリの設計によって一旦工事が開始されたものの、結局未完成に終わりました。


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1950年頃、宗教活動が停止され、その後の改造を工事を経て、1994年に教会だった建物はショッピングセンターに生まれ変わりました。


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左側壁に店舗が設けられてます。


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教会の建物は総じて地震に強くないのですが、大丈夫でしょうか?


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最後の望みは市立博物館ですが、日が悪いので、多分臨時休館だろうと諦めていました。


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19世紀に建設されたPalazzo Gaspardoneです。


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中庭に入ってみました。


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現在、Governatoreになってます。


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写真右の建物が市立博物館です。


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15世紀末に建設されたサンタ・クローチェ修道院だった建物です。


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旧修道院の建物が市立博物館になってます。


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この日は何故か休館でした。


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城、美術館、博物館などが全てダメでした。


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これでは何もやることがありません。


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夕方にも城。美術館、博物館、教会などに行きましたが、状況は変わらずでした。


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仕方がないので、ホテルで体を休めることにしました。
(おわり)

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サン・ドメニコ教会を横に見ながら、ジョヴァンニ・ランツァ通りを進みます。


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写真右は賃貸・分譲アパートです。


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塔がある建物が見えますが、後で行きます。


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サン・ドメニコ教会修道院の周りを巡ります。


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17世紀中頃に建設されたPalazzo Morelliです。


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先ほどの塔が見えました。


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塔がある建物はPalazzo Morelliであることが分かりました。


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Palazzo Morelliにロッジャがあります。


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ロッジャに入ってみました。


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ランツァ通りに戻りました。


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Via Saletta


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Palazzo Morelliの塔が見えます。


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同じ所を行ったり来たり。


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市の塔に行ってみる。


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昼食を食べた店が通りの突き当りに見えてます。


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次は市の塔です。


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市の塔です。


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高さが60mあります。


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11世紀に防御用の見張り塔として築かれました。16世紀初めにほぼ現在の姿の原形となりました。その後、経時劣化や修復のため、16世紀初めの姿と少し違う形になりましたが、1920年に行われた修復の際に16世紀初めの姿に復元されました。


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市の塔がサント・ステファノ教会の鐘楼と間違える人が少なからずいらっしゃいます。


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次は、そのサント・ステファノ教会です。


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サント・ステファノ広場にやってきました。
写真左がサント・ステファノ教会です。


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これを撮っておくと、後で行う写真整理に役立ちます。


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写真右の建物は、Palazzo Ricci di Cenesetoです。


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Palazzo Ricci di Cereseto前から見たサント・ステファノ広場です。


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サント・ステファノ教会です。


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市の塔が教会の鐘楼のように見えると思います。


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写真右の建物の上に顔を覗かせているのが、サント・ステファノ教会の鐘楼です。


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サント・ステファノ教会の最初の建物は11世紀に遡るとされてます。現在の建物は17世紀に再建された二代目となるもので、1661年に奉献されました。


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この時間は教会の扉が閉まってます。


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サント・ステファノ広場に面した、このお店はお勧めです。


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サント・ステファノ広場に立つのは、彫刻家ベネデット・カッチャトーリ(カッラーラ、1795-1871)の「ルイージ・カニーナのモニュメント」です。
ルイージ・カニーナ(カザーレ・モンフェッラート、1795-フィレンツェ、1856)は、地元出身の考古学者、建築家です。


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中にイル・モンカルヴォなどの祭壇画があります。


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サント・ステファノ広場を後にします。


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次はクリスティアーナ・エヴァンジェリカ教会です。次を右折して小道に入ります。


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Vicolo Giovanni Carottoです。


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ここから10mと出ています。


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写真左の建物が教会のような・・・・・


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如何にも教会の入り口のように見えましたが・・・・・


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アーチがありますが・・・・・


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アーチの上の装飾


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アーチに教会の入り口があります。


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クリスティアーナ・エヴァンジェリカ教会です。


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アーチを潜りました。


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鐘楼があります。教会の形がよく分かりません。


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(つづく)

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サン・ドメニコ教会の側面入り口に向かいます。


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写真右の建物がサン・ドメニコ教会の側面です。


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側面の扉も閉まっていました。


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結局、サン・ドメニコ教会に入れないことになりました。


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側面ファサードの丸窓


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側面ファサードの入り口


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サン・ドメニコ教会の後陣


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鐘楼


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サン・ドメニコ教会の側面入り口向かいに教会があります。


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サン・ピエトロ・マルティーレ教会です。


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聖リータにも奉献しているので、サンタ・リータ教会とも呼ばれてます。


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鐘楼が見えます。
1503年の刻印がある煉瓦が建物に使用されているので、創建は1503年、またはそれ以前とされてます。
1515年のカザーレ・モンフェッラートの文書に、サン・ピエトロ・マルティーレ教会が初めて記載されてます。


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中に入りました。


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単廊式です。


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右側壁


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天井


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フレスコ画で一杯です。


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主祭壇


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フレスコ画のテーマは聖ピエトロ・マルティーレの物語です。


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後陣左のフレスコ画


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詳細不知の「磔刑像」


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フレスコ画は18世紀に描かれたようですが、制作者などが分かりません。


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主祭壇前から見た出入口方向です。


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外に出ました。


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サン・ドメニコ界隈を後にしました。


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Via Giovanni Lanzaに出ました。


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かなりの賑わいを見せている通りです。


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前夜に大食いしたので、胃の調子があまり良くなかったけれど、昼食に何か食べないと夜まで持ちません。


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お手軽に済ませることに。


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食欲がなかったので、これで十分過ぎるほど。


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コッパ広場です。


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ジョヴァンニ・ランツァ通りに面して教会が建ってます。


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サン・ジュゼッペ教会です。


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(つづく)

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次はサン・ピエトロ教会です。写真の通りの突き当りに教会があります。


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サン・ピエトロ教会です。


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正式名はChiesa della Confraternita di San Pietro Apostoloと言います。


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サン・ピエトロ同信会が建築家フランチェスコ・ガッロ(モンド―ヴィ、1672-1750)に注文して、ガッロの設計によって1726年から1739年にかけて建設されました。


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フランチェスコ・ガッロは、教会建築が得意で、50以上の教会の設計を行ったことで知られてます。


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扉が閉まってましたが、それは予想通りでした。


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Via Paleologi


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次はサン・ドメニコ教会です。


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サン・ドメニコ教会は、次を右折します。ドゥオーモの西方にあります。


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通りの突き当りにあるのがサン・ドメニコ教会です。


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サン・ドメニコ広場に出ます。


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Confraternita dei Nobiliの本拠であり、カザーレ・モンフェッラートでは、ドゥオーモに次いで重要な教会とされてます。


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モンフェッラート侯爵グリエルモ8世・パレオロゴ(カザーレ・モンフェッラート、1420-1483)によって1472年に創建されました。グリエルモ8世の死後、建設工事はグリエルモ8世の弟ボニファチョ3世に引き継がれ、1506年に完成しました。


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1506年、併設の修道院が建設され、Padri Domenicaniに託されました。


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1513年、奉献式が執り行われました。


6
ファサードのポータルが見所です。


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バルトロメオ・スアルディ通称ブラマンティーノ(ミラノ、1456-1530)によって1510年に装飾されたファサード・ポータルです。


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丸窓


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バルトロメオ・スアルディ通称ブラマンティーノの「聖母子とボニファチョ・パレオロゴ一族」(1510c)


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入り口横の、バルトロメオ・スアルディ通称ブラマンティーノ(ミラノ、1456-1530)の「シエナの聖カテリーナ」(1510c)


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入り口横にある、バルトロメオ・スアルディ通称ブラマンティーノ(ミラノ、1456-1530)の「聖ドメニコ」(1510c)


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サン・ドメニコ教会の左横にミゼリコルディア教会がありますが、後で見ることにしました。


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サン・ドメニコ修道院回廊に入りました。


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1506年に建設されました。
Confraternita dei Nobiliの支援を受けて、非常に豊かな修道院でした。


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ナポレオンの抑圧令によって活動が停止された旧修道院となってます。


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修道院のキオストロ回廊に僅かにフレスコ画が残されてます。


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劣化が著しく、何が描かれていたのか、全く分かりません。


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回廊の壁ルネッタ上にフレスコ画があったとされてます。


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高さ40mの鐘楼


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今度はミゼリコルディア教会です。


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1527年3月25日、Compagnia della Misericordiaが設立されましたが、その活動拠点としてサンタ・マリア・ディ・ピアッツァ教会(マッツイーニ広場にあります)が選ばれました。


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その後、自前の教会を持ちたい、との希望から資金集めが行われ、ミラノの建築家フランチェスコ・マリア・リキーノ(リキーニ)(ミラノ、1584-1658)の設計によって1611年に建設されたミゼリコルディア教会です。


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ファサードの装飾は、ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィスカルドの「慈悲の聖母」(1617)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィスカルドの作品


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィスカルドの作品


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サン・ドメニコ広場


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活動を停止した旧教会です。


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(つづく)

ドゥオーモ付属美術館の続きです。
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司教杖(18世紀)


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大理石棺(18世紀第4四半世紀)


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17世紀のカザーレ・モンフェッラートの逸名画家作「合奏」


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ドゥオーモ本堂外にある礼拝堂です。


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礼拝堂天井


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礼拝堂の聖職者席と十字架


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聖職者席上方の彫刻


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ジョルジョ・アルベリーニ通称ジョルジョ・ダ・カザーレ(アレッさんソリア、1567-カザーレ・モンフェッラート、1626)の「聖母子と聖ベルナルディーノと聖カルロ・ボッロメオ」(1610)


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ジョルジョ・アルベリーニの作品が数点あります。尚、ジョルジョ・アルベリーニは、グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568-モンカルヴォ、1625)の協力者でした。


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ピエル・アントニオ・セッラの「キリストと大人たち」(17世紀)


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ピエル・アントニオ・セッラの「キリストの証言」(18世紀前半)


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ピエル・アントニオ・セッラの「ゲッセマネ園のキリスト」(18世紀前半)


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聖具類


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純銀製


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ガウデンツィオ・フェラーリ(ヴァルドゥッジャ、1475/1480-ミラノ、1546)の「キリストの洗礼」(1534)


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ジョルジョ・アルベリーニ通称ジョルジョ・ダ・カザーレ(アレッサンドリア、1567-カザーレ・モンフェッラート、1626)の「聖ルチア」


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ジョルジョ・アルベリーニ通称ジョルジョ・ダ・カザーレ(アレッサンドリア、1567-カザーレ・モンフェッラート、1626)の「聖エヴァージョ」(1615)


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ジョルジョ・アルベリーニ通称ジョルジョ・ダ・カザーレ(アレッサンドリア、1567-カザーレ・モンフェッラート、1626)の「聖ロレンツォ」(1615)


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ジョルジョ・アルベリーニ通称ジョルジョ・ダ・カザーレ(アレッサンドリア、1567-カザーレ・モンフェッラート、1626)の「聖バルトロメオ」(1615)


P1280610
ジョルジョ・アルベリーニ通称ジョルジョ・ダ・カザーレ(アレッサンドリア、1567-カザーレ・モンフェッラート、1626)の「聖プロイエント」(1615)


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ヴェネツィア製のピオ5世の式服(16世紀末)
第225代教皇ピオ5世(ボスコ・マレンゴ、1504-ローマ、1572 在位:1566-1572)


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ピエモンテの逸名画家作「聖母子と聖人たち」(1628)


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エヴァンジェリスタ・マルティノッティ(カザーレ・モンフェッラート、1634-1694)の「キリストの洗礼」(17世紀後半)
エヴァンジェリスタ・マルティノッティは、サルヴァトール・ローザの弟子です。


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ジョルジョ・アルベリーニ通称ジョルジョ・ダ・カザーレ(アレッサンドリア、1567-カザーレ・モンフェッラート、1626)の「聖オルソラ」


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驚きました。聖堂内から入ることが出来なかったCappella di Sant' Evasioに付属美術館から入れるようになっていました。


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18世紀のものです。


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聖エヴァージョ礼拝堂の装飾は、その殆どが18世紀のものです。


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礼拝堂天井のフレスコ画


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礼拝堂の祭壇


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外に出ました。


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(つづく)

今回はドゥオーモの続きとドゥオーモ付属美術館です。
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説教壇


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制作者情報不知の「Vergine della Consolata」(17世紀)


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聖ジュゼッペの祭壇です。


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18世紀の逸名画家作「聖エヴァーショに顕現する幼きキリストと聖ジュゼッペ」


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サン・ロレンツォ礼拝堂です。


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ステファノ・ボッティネッリ・ダ・ヴィッジュ―の「聖ロレンツォと聖エヴァーショと聖ナターレ」(18世紀)


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Cappella di Sant' Evasioは閉まっていました。


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グラツィエの聖母礼拝堂


5
アゴスティーノ・ブスティ通称イル・バンバイア(ブスト・アルシツィオ、1483c-ミラノ、1548)の「聖母子と聖アントニオ・アバーテと聖ベルナルディーノ」


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グラツィエの聖母礼拝堂天井の装飾


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Narthexへの入り口


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Cappella di Sant' Agata e Sant Apollonia


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グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568-モンカルヴォ、1625)の追随者作「聖アガタと聖アポッロニア」


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Cappella di Santa Lucia


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グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568-モンカルヴォ、1625)の追随者作「聖ルチアと聖人たち」


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Cappella della Madonna di Fatima


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Narthexに出ます。


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外に出ました。


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左側壁の後陣方向に向かいます。


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ドゥオーモ付属美術館の入り口です。


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写真左の建物が美術館になってます。


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司教館の一部が美術館になってます。


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ドゥオーモ内部はアゴスティーノ・ブスティ通称イル・バンバイアの彫刻を除いて見所が余りありません。美術ファンの不満を癒す一助になりそうなのが付属美術館と言えるかも知れません。


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入館無料です。土日は常時開館してますが、平日の開館は不定期と思っていた方が良いでしょう。原則は、夏場は月~金開館、冬季は平日閉館となってますが、夏季の平日に開館しているとは限りません。


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入館しました。
12世紀の逸名彫刻家作「聖人」
聖人は、聖エヴァーショの可能性があるとされてます。


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16世紀のフランスの逸名彫刻家作「ランゴバルド王リュートバルド像」
リュートバルド王(690c-744)は、8世紀中頃にカザーレ・モンフェッラート大聖堂の前身であるサン・ロレンツォ教会を建設しました。


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16世紀のフランスの逸名彫刻家作「テオドリンダ像」
テオドリンダもサン・ロレンツォ教会建立に尽力しました。


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14世紀前半のロンバルディアの逸名彫刻家作「アレッサンドリアの聖カテリーナ像」
14世紀前半から17世前半までカザーレ・モンフェッラート大聖堂のファサードに置かれていました。


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12世紀のモザイク
カザーレ・モンフェッラート大聖堂の内陣床にありました。


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12世紀のモザイク


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ロンバルドの逸名彫刻家作「磔刑像」(1450-60)


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12世紀のモザイク「魚屋」


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12世紀のモザイク


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12世紀のモザイク「男とイノシシ」


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創建時の床にあったモザイクです。


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(つづく)

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写真左はPalazzo dei Credito Italianoです。


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マッツィーニ広場からドゥオーモに向かいます。


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Torre Civicaが見えてます。


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高さ60mのTorre Civicaの歴史は古く、11世紀に遡るそうです。現在の姿は、1731年と1780年に行われた修復後の姿ですが、その2回の修復後に改造されたので、1920年に2回の修復後の姿に復元されたそうです。


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ドゥオーモ通りに入った途端、その突き当りにドゥオーモが見えます。


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現在、ドゥオーモが建っている場所には紀元後1世紀に建設されたユーピテル神殿がありましたが、8世紀前半、ロンゴバルド王リュートプランド Liutprando(?、690c-パヴィア?、744)がユーピテル神殿の廃墟の上に建設した小さなサン・ロレンツォ教会が前身とされてます。


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11世紀になると建物が劣化したので、再建されることになり、11世紀後半に創建され、12世紀初頭に完成したロマネスク様式の建物が現在の姿の原形となってます。


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1107年、第160代教皇パスクゥアーレ2世(ブレーダ、1050c-ローマ、1118 在位:1099-1118)によって献堂式が執り行われ、その際、聖エヴァーショ(アスティ司教)に奉献されました。


1
1215年、所謂ヴェルチェッリ戦争で、ミラノ・アスティ、アレッサンドリア、ヴェルチェッリの同盟軍の攻撃によって、カザーレ・モンフェッラートの街は大きな被害を受けましたが、その際、この教会の後陣が破壊され、13世紀中頃に元の後陣の近い形に復元されました。


2
非対称の、高さの異なる二本の鐘楼が特徴です。
1474年、カザーレ・モンフェッラートは単独の独立した司教区に昇格しましたが、それに伴い、本教会に司教座が置かれました。司教座教会への昇格後、ロマネスク様式で増築され現在の規模になりました。


3
15世紀に増築されたロマネスク様式の建物は、17世紀にバロック様式に改造されました。
また、1857年から1861年に行われた修復工事によって、現在のネオ・ロマネスク様式に改修されました。


4
現在のファサードは、1857年から1861年にかけて再建されました。


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外側壁


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側壁側入り口扉上ルネッタの彫刻


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ファサード側の入り口から中に入ります。


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ファーサード側入り口扉上ルネッタの彫刻


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中に入ると、Narthex(アトリウム)に出ます。


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6、7世紀のバジリカ様式の教会ではNarthexが良く見られますが、11世紀以降に建造された教会ではNarthexは非常に珍しい。


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Narthexが新しく見えるのは、1995年から2007年に行われた改装工事の際、オリジナルの形に新造復元されたからです。Narthexを経由して聖堂内に入ります。


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Narthexから聖堂内部への入り口


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聖堂内部に入りました。


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五廊式、ラテン十字形、ロマネスク様式(ロマネスク・リバイバル)の内部です。


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左右にそれぞれ2つの側廊があります。


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かなり複雑な形をしています。


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増築、改造、改修、復元されたので、中を一見しただけではオリジナルの構造が想像できません。


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右側廊


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左側廊


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中央身廊天井


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クーポラの装飾


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Presbiterioの磔刑像(12世紀)
この磔刑像はアレッサンドリア大聖堂にありましたが、傭兵隊長ボニファチョ・カーネ通称ファチーノ・カ―ネ・ダ・カザーレ(カザーレ・モンフェッラート、1360-パヴィア、1412)が1403年にアレッサンドリア大聖堂から取り外して、この聖堂に持ち込んだものです。


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19世紀のステンドグラス


P1280501
Presbiterioのネオ・ゴシック様式のフレスコ画とモザイクは、コンスタンティーノ・セレーノ(カザーレ・モンフェッラート、1829-トリノ、1893)の作品です。


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コンスタンティーノ・セレーノ(カザーレ・モンフェッラート、1829-トリノ、1893)の「エマオの晩餐」(1884)
(つづく)

P1280412
道を挟んで、市庁舎の向かいに教会があります。


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サン・パオロ・デイ・バルナビティ教会です。


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ミラノの建築家ロレンツォ・ビナゴ(ミラノ、1554-1629)の設計、工事監督によって1568年創建、1595年に完成しました。1594年に奉献されました。


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ウンベルト・コッポによって18世紀後半に改造されました。


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ファサードの彫刻


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中にグリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォの祭壇画があります。


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日曜日の午前中だったので、日曜朝のミサが終わってゆっくり拝見できることを期待していました。


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ところが扉が閉まっていました。


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カヴール通りを進みます。


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市庁舎の一部として使用されている建物です。


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市庁舎なので、日曜日には扉が固く閉じられてます。


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18世紀に建設されたPalazzo Magnocavalliです。


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これがあると助かります。


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Palazzo Magnocavalliの向かいにある、18世紀後半に建設されたCasa Alleanzaです。


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使用されてない部屋が多い?


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18世紀に建設された貴族の館、Palazzo Trevilleです。


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Palazzo Trevilleは、現在高級アパートになってます。


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高級アパートになっている、19世紀前半に建設されたPalazzo Arditiです。


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Via Mameli


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次はサン・ミケーレ教会です。


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街角の聖母子を発見しました。


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これです。


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Via San Evasioに面して建っているサン・ミケーレ教会です。


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Confraternita dei Nobiliによって16世紀初めに建設されたサン・ミケーレ教会です。


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ファサードに3大天使の彫刻が置かれてます。


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大大天使聖ミケーレ


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大天使ラッファエーレとトビオーロ


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大天使ガブリエーレ


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写真左はサン・ミケーレ修道院だった建物です。


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中にイル・モンカルヴォの祭壇画が6点あるのですが、扉が閉まっていました。仕方がないので、外部サイトから拝借した祭壇画を載せておきます。


2
グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568-モンカルヴォ、1625)の「竜を退治する聖ミケーレ」


3
グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568-モンカルヴォ、1625)の「ご誕生」


4
ジョヴァンニ・アントニオ・カッサーノ(パヴィア、16世紀後半-17世紀初め活動)のクーポラのフレスコ画(1597)


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ベルノッティ広場です。
広場に立つのは、ウルバーノ・ラッタッツィ(アレッサンドリア、1808-フロジノーネ、1873)像です。
ウルバーノ・ラッタッツィはイタリア統一で活躍した政治家です。


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旧裁判所の建物です。


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ベルノッティ広場は都市開発の対象になっているので、今後、姿が大幅に変わりそうです。


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一見教会風の建物がありますが、詳細不明です。


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ラッタッツィ広場を通り過ぎます。


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街の中心の広場に向かいます。


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マッツィーニ広場にやってきました。


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マッツィーニ広場がカザーレ・モンフェッラートの中心です。


P1280453市の塔 Torre Civicaが見えてます。


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広場の中心に立つのは、カルロ・アルベルト・ディ・サヴォイア(トリノ、1798-ポルトガル、ポルト、1849)のモニュメントです。
カルロ・アルベルトはヴィットリオ・エマヌエーレ2世の父です。


P1280456


P1280454
(つづく)

カザーレ・モンフェッラートは、人口33,637人(2019年12月31日現在)のピエモンテ州アレッサンドリア県にあるコムーネです。
P1280368
アレッサンドリア駅始発の普通列車に乗ってカザーレ・モンフェッラート駅に向かいました。


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ほぼ定時にカザーレ・モンフェッラート駅に到着しました。


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ポー川南岸のモンフェッラート丘陵に位置し、古くからワイン醸造で有名です。美術的に見所が多い街と言えるでしょう。


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広い駅前広場


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カザーレ・モンフェッラート駅の駅舎です。


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駅前広場の噴水


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この日のお宿に向かいました。


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翌朝の出発が早いので、駅前のホテルに予約していましたが、この旅の出発前に工事のため休業するので、他のホテルに予約を振り替えたいとの連絡があったので、旧市街にあるホテルに泊まることになりました。


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鉄道駅から旧市街に通じる道です。


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Viale Bistolfi


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ジョヴァンニ・ランツァ(カザーレ・モンフェッラート、1810-ローマ、1882)像です。
ジョヴァンニ・ランツァは、カヴールやガリバルディほど知られてませんが、イタリア統一戦争で活躍した地元出身の英雄です。統一後、文部大臣を務め、イタリアの教育行政確立に尽力しました。


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カヴール通りに入りました。この日のお宿は、この通りにあります。


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写真左が、この日のお宿です。


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チェックインを済ませて外出しました。ホテルに向かう途中、余り写真を撮っていなかったので。駅方向に少し戻って、ビストルフィ通りとカヴール通りの交差点から街歩きを開始しました。


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城壁が残ってませんが、この辺から旧市街になるのでしょう。


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写真左は修道院だった建物です。


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中に入ってみます。


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非常に荒廃した建物です。


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警察署です。


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修道院は17世紀中頃に閉鎖されました。


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サンタゴスティーノ教会修道院だった建物です。


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フレスコ画の痕跡


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サンタゴスティーノ教会修道院の建物は、その後取り壊されたようです。


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修復費用が膨大なので、取り壊して新築した方が経費がかからない?


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警察署の外に出ます。


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カヴール通りです。


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この日のお宿が見えてます。


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ホテルを通り過ぎます。


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更に進んで、市立博物館に行きます。


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市立博物館は市庁舎内にあります。


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旗が掲げられている建物が市庁舎です。


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18世紀に建設されたPalazzo Gozani di San Giorgioです。


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中に入りました。


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この日は日曜日だったので、市庁舎は閉まってます。


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しかし、博物館は日曜日開館、の筈でした。


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Palazzoの中庭


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博物館は閉まっていました。何故?


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ガックリ。何時ものイタリア流をやられてしまいました。


P1280406
フレスコで装飾されてます。


P1280409
折角来たのに、突発的休館には困りました。この辺の所は、イタリアではよくあることで、どうにもなりません。


P1280408
外に出ます。


P1280411
この当時、市立博物館は、金土日の週末だけの開館でした。開館日に合わせて旅程を組んだのが無駄になりました。トホホ
(つづく)

P1330298
奇抜な構造のサン・ミケーレ・アルカンジェロ教会でした。


P1330259
サン・ジョルジョ・マルティーレ教会とサン・ミケーレ・アルカンジェロ教会の構造的境界が外から見てもよく分かりません。


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2つの教会がある高台から下に下ります。


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サン・ジョルジョ通りを進みます。


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高台に来た時と同じ道を通るのは芸がありませんが、他の道が無さそうなので仕方がありません。


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ヴィスカ通りです。


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緩やかな下り坂になってます。


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写真中央の建物にフレスコ画があるのを発見!


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無原罪の聖母と天使?


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フレスコ下部に二人の男が横たわっているように見え、その意味が分からない!


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この道の先にウンベルト1世広場があります。


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昼休みの時間なので人出が少ないようです。


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この塔の名前が分かりません。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りです。


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道の先にウンベルト1世門が見えてます。


P1330356
ウンベルト1世広場に戻ってきました。


P1330349
イタリアらしい構造物


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ウンベルト1世の門を見ることにしました。


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門の彫刻


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門横に置かれている聖母子像


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アーチの壁


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アーチの天井


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アーチ天井に描かれたフレスコ画


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門前から振り返って見たヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りです。


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ウンベルト1世門を潜ります。


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ウンベルト1世門を潜り、サン・フィリッポ・ネリ教会前に出ます。


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1664年から1673年に建設されたサン・フィリッポ・ネリ教会です。


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ファサードに置かれている聖人像


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サン・フィリッポ・ネリ教会は閉まったままでした。


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サン・フィリッポ・ネリ教会の隣は、フィリッピ―ニ修道院だった建物で、1950年までトリノの神学校として使用されていました。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りを更に進みます。


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この紋章は? 私には分かりません。


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建物の壁にフレスコ画を発見!


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これです。


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キエーリの案内板です。これとほぼ同じものを市庁舎で頂戴しました。


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サン・ドメニコ教会です。


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聖ドメニコがキエーリに訪問した際に建設した修道院が前身とされてますが、聖ドメニコがキエーリに来たことは事実ですが、修道院建設云々は伝説とされているようです。


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1326年に創建され、1381年に完成し、1388年に奉献されました。


P1330386
教会建設以前に修道院が建設されましたが、ナポレオンの抑圧令によって活動を停止しました。ナポレオンの失脚後、修道院の活動が再開されたものの、1855年に再び活動を停止して現在に至ってます。


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教会は修復改造を数度経て、17世紀に現在の姿になりました。


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ファサードのルネッタ上にフレスコ画があったと思います。


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サン・ドメニコ教会の鐘楼


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サン・ドメニコ教会の後陣


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サンティ・ベルナルディーノ・エ・ロッコ教会のクーポラがサン・ドメニコ教会前から見えました。


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サン・レオナルド教会です。


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12世紀に建設されました。
キリがないので、この辺で終わりにしましょう。


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(おわり)

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サン・ジョルジョ・マルティーレ教会です。


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高い丘のこの場所は絶好の防御、監視拠点とされ、5世紀にRoccaが築かれました。やがてRoccaに小さな礼拝堂が設けられましたが、それが前身とされてます。


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Roccaは拡張整備され城になりましたが、キエーリの軍事的な重要性が失われるとともに城は荒廃してしまいました。
14世紀にRoccaの遺跡の上にゴシック様式のサン・ジョルジョ・マルティーレ教会が建設されました。1412年の火災によって最初の建物は崩落消失してしまったので、1442年に再建されました。


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ベルナルド・アントニオ・ヴィット―ネ(トリノ、1704‐1770)の設計、建築監督によって1752年に建設されたファサードです。


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鐘楼は11‐12世紀に建設された城の塔を転用したものですが、1676年に現在の姿に改造されました。
サン・ジョルジョ・マルティーレ教会は美術作品が多いことで知られてますが、平日は扉が閉まっているので、中に入ることが出来ませんでした。
外部サイトから作品画像を拝借して、この教会の作品を紹介することにします。


5
グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568‐モンカルヴォ、1625)の「聖母子と聖人たち(聖ジョルジョ、聖グリエルモ、聖ロッコ、聖セバスティアーノ)」(1601c)


6
グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568‐モンカルヴォ、1625)の「キリストの復活」(1605)


7
18世紀の逸名画家作「聖ジュゼッペと聖人たち」(18世紀前半)


8
アゴスティーノ・マルキ―ジョの「聖ジョルジョ。マルティーレ」(18世紀中頃)


9
逸名画家作「バルトロメ・エステバン・ムリーリョ作『磔刑と聖フランチェスコ』のコピー画」(20世紀初め)


10
ジョヴァンニ・クローショ(ヴェルチェッリ、1583‐キエーリ、1625)の「聖母子と聖人たち」(1619)


11
オルソラ・マッダレーナ・カッチャ(モンカルヴォ、1596‐1676)の「聖家族と嬰児虐殺」(1630c)


12
逸名画家作「大天使聖ミケーレ」(17世紀後半)


13
逸名画家作「コッレッジョ作『羊飼いの礼拝』のコピー画」(20世紀)


14
逸名画家作「ジュゼペ・リベラ作『この人を見よ』のコピー画」(20世紀)


15
ジョヴァンニ・マリア・モントゥーの「荊刑のキリスト」(1824)
グイド・レーニのコピー画と思います。


16
アントニオ・アンドリエッリの「無原罪の御宿リ」(17世紀後半)


17
逸名画家作「聖母子」(17世紀)


18
逸名画家作「聖ロッコ」(17世紀)


19
逸名画家作「磔刑と聖フランチェスコ」(1700)


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写真正面の建物に付属美術館があるようです。


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付属美術館は滅多に開館しないようです。


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ファサードに向かって右横にアーチがあります。


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アーチを潜ります。


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アーチのほぼ中間にサン・ミケーレ・アルカンジェロ教会があります。


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写真左にサン・ミケーレ・アルカンジェロ教会の入り口があります。


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サン・ミケーレ・アルカンジェロ教会の扉が開いてました。


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中に入りました。
サン・ジョルジョ・マルティーレ教会のファサードと後陣の高さがかなり違うので、その間の空間を利用して15世紀初めに建設されたサン・ミケーレ・アルカンジェロ教会です。


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フレスコ画で覆われてます。


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逸名画家によって描かれた「大天使の物語」(17世紀後半)


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「大天使の物語」


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「聖母子」のイコン


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「聖家族」のイコン


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グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568‐モンカルヴォ、1625)の「聖母子と大天使聖ミケーレと聖ジョルジョ」(1605)


20


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「祈るキリスト」のイコン


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「聖母子」のイコン


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アントニオ・アンドリエットに帰属する「聖母の誕生」(17世紀後半)


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逸名画家による「大天使聖ミケーレ」(17世紀後半)


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アントニオ・アンドリエットに帰属する「ご訪問」、「聖母被昇天」


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逸名画家作「大天使聖ミケーレ」(1639)


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逸名画家作「聖ルイージ・ゴンザーガ」(18世紀)


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逸名画家作「大天使聖ミケーレ」(17世紀後半)


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詳細不知


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逸名画家作「聖母被昇天」(18世紀)


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アントニオ・アンドリエットに帰属する「聖母の結婚」(17世紀後半)


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アントニオ・アンドリエットに帰属する「聖母の神殿奉献」(17世紀後半)


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アントニオ・アンドリエットに帰属する「無原罪の御宿リ」(17世紀後半)


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15世紀の磔刑像


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祭壇をもう一度見てから外に出ます。


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外に出ました。
(つづく)

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街角の「受胎告知」


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次は、街の高地にあるサン・ジョルジョ・マルティーレ教会です。


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一旦、ドゥオーモ広場に向かいます。


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昼食を食べたウンベルト1世広場からサン・ジョルジョ・マルティレ教会に行くには、ドゥオーモを経由した方が近道になるからです。


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写真左は参事会教会(ドゥオーモ)の修道院だった建物です。


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市庁舎で頂戴した地図を照らし合わせて、この建物しかないようです。


P1330229
これがあったので、探していた建物であることが確認されました。


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ドゥオーモのオラトリオとは、到底思えない、普通の建物です。18世紀に建設されましたが、私にはその経緯が全く分かりません。


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ドゥオーモの鐘楼です。


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バルボ通りを進みます。


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フレスコで装飾された建物があります。


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19世紀に建設されたモーリ家です。


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フレスコ画については全く知りません。


P1330232
写真ほぼ中央の桃色っぽい建物に聖母子があります。


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これです、聖母子の浮彫。


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昼食のビール、ワイン、水が効きました、早くもここでトイレ休憩です。水分の追加はどうかと思いましたが、已む無く量が少ないエスプレッソを一飲み。


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矢印に従って左折します。


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左折した理由は写真右の建物です。


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15世紀に建設されたPalazzo Ceppiです。


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15世紀中頃に描かれたジョヴァンニ・ファンティーニのフレスコ画が中にあります。


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Palazzo Ceppiの中は幾つかに区切られて、アパートになっているので中に入ることが出来ません。緩やかな坂道を上ります。


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振り返るとドゥオーモのクーポラが見えました。


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坂の上にサン・ジョルジョ・マルティーレ教会があります。


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右折してサン・ジョルジョ通りを入ります。


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丘の麓を回りながら道が続いてます。


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サン・ジョルジョ通りを進みます。


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丘上には10世紀に建設された城がありました。


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やがて城は不要となり、荒廃してしまいました。


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城の遺跡の上に小さな信仰の場が作られました。


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サン・ジョルジョ・マルティーレ教会が見えてきました。


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振り返るとドゥオーモの鐘楼が見えました。


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教会前の広場に出ました。広場は丘上にあるので、街のパノラマが楽しめます。


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ドゥオーモの鐘楼が見えてます。


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遠くに川が見えます。


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(つづく)

P1330214
引き続きキエーリのドゥオーモです。


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ファサードの中央扉上ルネッタの聖母子です。
ここにあるのは複製彫刻で、オリジナルの聖母子はドゥオーモの洗礼堂内に置かれてます。


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15世紀に制作された彫刻による装飾


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ファサードの右扉上ルネッタ上のフレスコ画


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ファサードの左扉上ルネッタ上のフレスコ画


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洗礼堂です。


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15世紀に建設されたゴシック様式の洗礼堂です。


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ファサードに向かって右側に洗礼堂があります。


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洗礼堂の後方に鐘楼があります。


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高さが50mあります。


P1330190
鐘楼の下部に2つの日時計があります。


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鐘楼は1329年、1365年、1492年に建設されました。


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左側壁


1
内部の見所は一か所だけでしょう。


3
この礼拝堂の多翼祭壇画と天井フレスコ画です。


2
多翼祭壇画


4
フレスコ画


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右側壁向かいに病院があります。


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Ospedale Maggiore


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ドゥオーモ至近にもう一つ教会があります。


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写真右横に教会があります。


P1330216
サンタ・ルチア教会です。


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初代の建物は、ゴシック様式で15世紀中頃に建設されました。


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現在の建物はバロック様式で1763年に再建されたものです。


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19世紀に新古典様式に改造されました。


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ドゥオーモのファサードに向かって左側に修道院だった建物があります。


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昼食を食べなくては。


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ウンベルト1世広場に行けば適当な店があるだろうと思いました。


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本格的に食べるつもりはないけれど、それなりの食事をしたいと思いました。


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ウンベルト1世広場に戻りました。


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写真左の店にしました。


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外に出ました。


P1330199
(つづく)

P1330129
カヴール広場です。花壇の先に建っているのはサン・ベルナルディーノ教会です。


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カヴール広場の端に建っているのはサンタントニオ・アバーテ教会です。


P1330131
1445年に完成した巡礼者のためのゴシック様式のサンタントニオ・アバーテ礼拝堂が前身です。
礼拝堂の横にサンタントニオ修道会の修道院が建設され、礼拝堂は拡張され同修道会の所有の教会となりました。後にイエズス会の所有となり、1767年にイエズス会によって再建された二代目の建物が現在の姿です。教会は後にサン・フランチェスコ会の所有となり現在に至ってます。


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次は市庁舎に向かいます。


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写真左はサンタ・マリア・アウジリアトリーチェ教会ですが、後で見ることにして市庁舎へと急ぎました。


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歴史的建造物が建ち並ぶVia Palazzo di Cittaです。


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市庁舎の門です。


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市庁舎の敷地内に入りました。


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市庁舎のロッジャの壁ルネッタ上に描かれたフレスコ画を見ます。


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フレスコ画の制作者や制作された時代等の詳細が分かりません。


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キエーリ市の紋章


P1330139
キエーリの地図を頂戴してから市庁舎を後にしました。


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Palazzo Bruniです。


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17世紀に建設され、1993年に修復復元されました。


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Via Palazzo di Cittaに面して教会が建ってます。


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先ほど、見るのを後回しにしたサンタ・マリア・アウジリアトリーチェ教会、聖母扶助教会です。


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サンタ・マリア・アウジリアトリーチェ教会は、1896年に建設された新しい教会です。


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この場所にはサンタ・テレーザ教会があり、それが取り壊され、建物が再建された際に奉献する聖人が変更され、教会の名称も現称に改称されたのです。


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サンタ・マリア・アウジリアトリーチェ教会に隣接して建っている建物は旧サンタ・テレーザ修道院で、現在は学校として使用されてます。


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Via Palazzo di Cittaの先にも教会があります。


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オルファネッリ教会です。


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サンティッシマ・アンヌンツィアータ教会とも呼ばれてます。


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数千人の犠牲者を出した1630年のペスト禍後に、犠牲者の鎮魂のため、教会の建設が決定され、1726年から1726年に建設された教会兼孤児院です。ペストで両親を失った孤児を収容するために孤児院が創設されましたが、後には様々な理由によって孤児、或いは両親によって扶養されなくなった子供が収容されるようになりました。


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振り返って市役所方向のVia Palazzo di Cittaです。


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鐘楼が見えてきました。


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ドゥオーモの鐘楼です。


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ドゥオーモに行く前に突き当りに見えている建物を見ます。


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Via Palazzo di Cittaに面して建つPalazzo Tanaです。


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サンテ―ナのシニョーリ、エルコーレ・ターナが自身の住居として16世紀に建設したPalazzo Tanaです。


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Palazzo Tanaの最上階にイエズス会のサン・ルイージ・ゴンザーガ礼拝堂があります。


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Palazzo Tanaの入り口天井です。
現在、この建物は大学の学舎として使用されてます。


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この辺がキエーリの旧市街の中心でしょう。


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キエーリのドゥオーモ、サンタ・マリア・デッラ・スカラ参事会教会です。


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キエーリは、トリノ大司教区に属してます。


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ローマ時代に建設されたミネルヴァ神殿の遺跡の上に、4世紀から5世紀に建設された初期キリスト教のサンタ・マリア教会が前身です。


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1037年、ロマネスク様式で二代目の建物が再建されました。


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二代目の建物が老朽したので、1405年から1436年にかけてゴシック様式の三代目の建物が建設されましたが、その三代目の建物が現在の姿の原形です。1437年に奉献されました。


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その後、バロック様式に改造されました。


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現在の姿は19世紀後半に行われた改造後のもので、ファサードはゴシック様式に戻され、内部のバロック様式部分は新古典様式で改造されました。
(つづく)

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トリノ・ポルタ・ヌオーヴァ駅から普通列車に乗車してキエーリ駅に向かいました。


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定時にキエーリ駅に到着しました。


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キエーリ Chieriは、人口36,958人のピエモンテ州トリノ県にあるコムーネです。


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キエーリ駅の駅舎です。


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駅前広場


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駅から旧市街に向かいます。


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Corso Luigi Cibrario


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キエーリは、繊維産業で発展しましたが、20世紀に入ると年を追うごとに競争力を失い、没落してしまいました。


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Via Cesare Battistiに入ります。


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Via Cesare Battistiには近代的なアパートが建ち並んでますが、この場所には元々繊維工場がありました。繊維産業の衰退によって工場が閉鎖されましたが、それらの工場を取り壊して、その跡地にアパートが建設されるとともに、道路が敷設されました。


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この辺は観光客には退屈極まりないと思いますが、肝心の観光客は殆どいません。


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駅から旧市街まで、かなり距離があります。


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写真左の若者が、私に向かってニーハオと挨拶してくれました。


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7月3日の暑い日でした。


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旧市街に行くのが意外大変で、炎天下、30分程歩いたので汗が吹き出しました。


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実は、この時、地図無しで歩いたので遠回りをしていたのです。


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個人住宅が多いエリアに入ってきました。


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古そうな建物を見かけるようになったので、そろそろ旧市街と思いました。


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旧市街のウンベルト1世広場です。


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L' Arco di Piazza Umberto Ⅰです。


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ウンベルト1世広場が現在のキエーリの中心地でしょう。


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キエーリは古代ローマ時代起源の街ですが、中世後期から繊維産業とワイン醸造で栄えました。繊維工場とワイン醸造所が城壁外に造られた関係で、広い城壁外に住宅が建てられました。城壁は拡張されなかったので、城壁外の市域が広くなったのです。


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カルロ・アルベルト通りです。こちらの街歩きは後回し。


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1580年に建設されたL' Arco di Piazza Umberto Ⅰは、1761年に倒壊したので、その後再建されました。
1837年に現在の姿にほぼ近い形状に改造され、1876年に時計が追加されました。何度も修復が繰り返されましたが、現在の姿は2001年から2002年にかけて行われた修復後のものです。
L' Arco di Piazza Umberto Ⅰを潜りました。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りに入りました。


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サン・フィリッポ・ネリ教会です。


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1664年から1673年に建設されましたが、ファサードは18世紀に完成しました。


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サン・フィリッポ・ネリ教会の扉が閉まっていました。


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キエーリには、15世紀から20世紀にかけてピエモンテで最も繁栄したユダヤ人コミュニティがありました。


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正午を過ぎたので、教会巡りをしても中に入ることが出来ません。


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Piazzetta della Meridiana


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世の先に進んでも見どころが無さそうだったので、門の方に戻ることにしました。


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門を潜って広場に戻ります。


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ウンベルト1世広場に戻りました。


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ウンベルト1世門を潜っても、通りの名称は変わらずヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りです。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りを北方向に進みます。


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通りの先に塔が見えてます。


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カヴール通りに向かいます。


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サン・ジョルジョ教会の鐘楼が見えました。


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突き当りに教会があります。


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サンタントニオ教会です。


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カヴール広場


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(つづく)

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1591年に建設されたCasa del Monte di Pietaです。


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フォッサーノに来た最大の目的がここでした。


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1905年に設立された銀行 Cassa di Risparmio di Fossano SpAの本社が使用してます。
銀行主導で設立された非営利団体Fondazione Cassa di Risparmio di Fossanoが所有するモンテ・ディ・ピエタコレクションが建物内で一般公開されてます。その他にフォッサーノやその近隣の教会から集められた作品やフォッサーノ市が所有する文書や遺跡などの展示されています。


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ガックリ、開いていませんでした。
銀行所有のコレクションを見るのは実に大変です。財団を移転させ、市立博物館にした方が良いと思いました。


1
ここで展示されている作品写真を掲載しておきます。(作品画像は財団のサイトから拝借しました)


2
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ベルゴニョーネの作品はないようです。


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モンテ・ディ・ピエタの博物館が閉まっていたので、特にやることがなくなりました。


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街一番の目抜き通りのローマ通りです。


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時間が余ってしまいました。仕方がないので、足の赴くままに適当に街歩きすることにしました。


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Piazza Beppe Manfredi


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ドゥオーモです。


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ガリバルディ通りの柱廊


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サン・パオロ通りに行くのは後回しにしました。


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ドゥオーモの後陣


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ガリバルディ通りを進みます。


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写真右は、18世紀に建設されたCasa di Marzoです。


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現在、小学校として建物が使用されてます。


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1861年3月27日通り Piazza 27 Marzo 1861です。通りの名称は歴史的事実に基づいてますが、地元の人は何と呼んでいるのか、不思議な広場名です。


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非常に興味深い広場です。


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広場に面して、17‐18世紀の建物が並んでますが、当時は路地に面して建ってました。


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写真右に塀が写ってますが、旧修道院の壁です。


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壁にフレスコ画があります。


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これを読んでよく分かりました。
旧サン・フランチェスコ修道院教会の壁です。


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修道院教会の建物が取り壊され、広場になりました。現在は、ごく一部の建物しか残されていない旧サン・フランチェスコ修道院教会です。


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はっきりと識別できるフレスコ画はこれだけですが、後世に描かれた比較的新しいものでしょう。


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1861年3月27日通りから見たCasa di Marzo、その先にあるドゥオーモです。


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サン・ジローラモ通りを進んでも見どころが無さそうです。


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バーヴァ・サン・パオロ通りを進みます。


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写真右奥の建物に注目です。


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Instituto Suore Domenicane 学校です。


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サン・ドメニコ教会の一部です。


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道に迷っても困るので、通って来た道を戻った方が良さそうです。


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暑くてへとへとです。


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観光客が殆どいない街です。


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鐘楼が見えたので、現在地が分かりホッとしました。


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ワインの集積地として発展したフォッサーノなので、夕食が楽しみです。


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夕食のレストランを探しました。


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市庁舎でフォッサーノの地図を頂戴しました。


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ローマ通りにあるレストランが良さそうでしたが、夕食は営業しないようでした。


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映画館だったと思います。


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明らかに教会の建物です。


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閉鎖された旧教会ですが、何という教会なのか分かりません。


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塔に上るためにカステッロに来ました。ところが、塔は修復工事のため、閉鎖されてました。


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サン・マルティーノ門です。


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門の聖母子のタベルナコロ


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サン・マルティーノ門を潜って城壁外に出ました。


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通りの突き当りが駅になります。キリがないので、この辺で終わりにします。
(おわり)

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付属美術館のような部屋です。聖具室でしょうか?


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ドメニコ・モッセッロの「聖母から幼きキリストを渡される聖ジョヴェナーレ」
この画家の名前を初めて聞きました。


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18世紀のピエモンテの逸名画家作「キリストの洗礼」


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ジョヴァンニ・クラレット(ブリュッセル?、1599‐サヴィリアーノ、1679)の「最後の晩餐」(1646)


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詳細不知の聖人たち


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ジョヴァンニ・クラレット(ブリュッセル?、1599‐サヴィリアーノ、1679)の「聖ジョヴェナーレに顕現する聖母子」(1646)


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詳細不知の聖人たち


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聖具室?の祭壇


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詳細不知の聖人たち


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紋章の意味合いが分かりません。檀家?の紋章


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Presbiterioに置かれたオルガン


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ジュリオ・ボエット(トリノ、1894‐1967)の「受胎告知」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ビスカッラ(ニッツァ、1790‐トリノ、1851)の「アレッサンドリアの聖カテリーナ」


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Cappella del Corpus Domini
マリオ・ルドヴィーコ・クゥアリーニ(キエーリ、1736‐トリノ、1800)制作の祭壇(1786‐90)


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ルイージ・ペトラッツィ(1802‐1845)の「父なる神とエマオの晩餐」(1831)


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Cappella del Corpus Dominiのフレスコ画


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Cappella di San Carlo Borromeo


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ドメニコ・モリナーリ(トリノ、1721‐1793)の「聖カルロ・ボッロメオに顕現する聖母子」(1790c)


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Cappella del Beato Giovenale Ancina


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ジュゼッペ・ロッリーニ(イントラ、1842‐トリノ、1904)の「ベアート・アンチーナの説教」(1890)


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Cappella della San Rocco e Santa Brigida


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バルトロメオ・キエッキオの「天上の聖母子と聖ロッコと聖ブリジーダ」(1846)
この制作者については全く知りません。


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ピエモンテの逸名彫刻家作「聖水盤」(1548)


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Cappella della San Rocco e Santa Brigidaの天井装飾


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Cappella della San Rocco e Santa Brigidaのフレスコ画


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Cappella del Beato Oddino Barotti


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Cappella del Beato Oddino Barottiの天井


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Cappella del Beato Oddino Barottiのフレスコ画


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Cappella del Beato Oddino Barottiの祭壇(1761‐62)


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ジョヴァンニ・コマンディの「キリストの復活とベアート・オッディーノ」


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詳細不知


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ロッコ・コマネッディ(1744‐1819)の「聖心」(1793)


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詳細不知


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Cappella di Beata Vergine


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Cappella di Beata Vergineの天井装飾


P1300646
Cappella di San Michele


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ロッコ・コマネッディ(1744‐1819)の「大天使聖ミケーレ」(1795)


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比較的新しい時代の作品ばかりで、私の好みから外れるドゥオーモです。


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外に出ました。
(つづく)

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サリーチェ広場は修復工事中でした。


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図書館だけではなく、博物館にしても良いのでは、と思いました。


P1300509
カステッロにはあまり見どころが無いので、他の場所に行くことにしました。


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カステッロ広場からドゥオーモの鐘楼が見えました。


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カヴール通りを東に進みます。


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フォッサーノは、ストゥール川に隣接する丘の上に築かれたので、大雨でも洪水から免れることが出来ました。ストゥール川沿いの市町村で大きな被害を受けた1994年の大洪水でも無事でした。


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写真右の建物は19世紀に建設されました。


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ムラトーリ通り


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カヴール通りからドゥオーモに向かいます。


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フォッサーノの起源は古く、紀元前800年頃に既に集落があったことが分かっているそうです。


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ドゥオーモです。


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道を挟んでドゥオーモの向かいに建つPalazzo Comunaleです。


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Palazzo Comunaleは、16世紀に建設されました。当時は塔がありましたが、17世紀末の火災によって消失してしまいました。
現在のPalazzo Comunaleは、1784年に行われた改築後の姿です。


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フォッサーノ司教区の司教座聖堂 Cattedrale e Basilica Minore di Santa Maria e San Giovenaleです。街の守護聖人聖ジョヴェナーレに捧げられてます。


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創建時が明確にされてませんが、現聖堂地下の遺跡発掘によって、原始的な後期ロマネスク様式の建物の存在が確認されてます。
13世紀に再建されました。


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新古典様式の三代目となる現在の建物は、建築家マリオ・ルドヴィーコ・クゥアリーニ(キエーリ、1736‐トリノ、1800)の設計によって、1778年から1791年に建設されました。


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鐘楼は、二代目の建物のもので、1395年から1420年に建設されました。


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ファサード前に白雪姫と7人の小人が置かれていましたが、その意味が分かりません。


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聖堂内に入りました。


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18‐19世紀の比較的新しい作品ばかりです。


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三廊式、ラテン十字形、新古典様式の内部です。


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左右の側廊、翼廊、後陣に全部で10の礼拝堂があります。


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多くの壁がフレスコ画で装飾されてます。


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左側廊


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左側廊天井


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右側廊


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右側廊天井


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後陣


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主祭壇とPresbiterio


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主祭壇画は、ジュゼッペ・ロセッティの「聖母被昇天」(1818)


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後陣のフレスコ画は、パオロ・エミリオ・モルガーリ(トリノ、1815‐1882)によって描かれました。


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パオロ・エミリオ・モルガーリ(トリノ、1815‐1882)の「聖母被昇天」


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クーポラのフレスコ画は、ルイージ・ハルトマンとダヴィデ・オルト―リによって1852年に制作されました。


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パオロ・エミリオ・モルガーリ(トリノ、1815‐1882)による後陣フレスコ画


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パオロ・エミリオ・モルガーリ(トリノ、1815‐1882)の「聖母戴冠」


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サン・ジョヴェナーレ礼拝堂です。


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サン・ジョヴェナーレ礼拝堂のフレスコ画(詳細不知)


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詳細不知


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ビスカッラ(ニッツァ、1790‐トリノ、1851)の「天上の聖母子と聖ジョヴェナーレ」(1837)


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マリオ・ルドヴィーコ・クゥアリーニキエーリ、1736-トリノ、1800)の礼拝堂祭壇(1786-90)
(つづく)

フォッサーノ Fossanoは、人口24,459人(2019年8月31日現在)のピエモンテ州クーネオ県にあるコムーネです。
P1300459
クーネオ駅です。


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クーネオ駅始発トリノ・ポルタ・ヌオーヴァ駅行の普通列車でフォッサーノに向かいます。


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車内は空いてました。


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乗車20分ほどでフォッサーノ駅に到着しました。


P1300463
フォッサーノに来た理由ですが、フォッサーノ出身のアンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ベルゴニョーネ(フォッサーノ、1453‐ミラノ、1522/1523)という画家をご存知でしょうか?
ミラノやその周辺の街、パヴィア修道院などで活動した画家です。昨日までボッビオのサン・コロンバーノ修道院教会をやりましたが、そこに作品を残したベルナルディーノ・ランツァーニ(サン・コロンバーノ・アル・ランブロ、1460-1530c)はベルゴニョーネの一番弟子でした。
ベルゴニョーネ所縁の作品があるのではないか、と思い、フォッサーノに来た訳です。
ご参考までにミラノ、ブレラ絵画館にあるベルゴニョーネの作品写真を4点載せてみます。


P2890385
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ベルゴニョーネ(フォッサーノ、1453-ミラノ、1522/1523)の「聖母子と音楽天使たち」(1488-94c)


P2890569
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ベルゴニョーネ(フォッサーノ、1453-ミラノ、1522/1523)の「羊飼いの礼拝」(1480-85)


P2890573
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ベルゴニョーネ(フォッサーノ、1453-ミラノ、1522/1523)の「聖母子とシエナの聖カテリーナとパヴィア修道院修道士」(1488-94)


P2890578
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ベルゴニョーネ(フォッサーノ、1453-ミラノ、1522/1523)の「聖母子」(1512-15)


P1300466
フォッサーノ駅の駅舎


P1300464
駅前広場


P1300465
駅前広場の噴水


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旧市街に向かいました。駅から旧市街の入り口あるカステッロまでは約400m、徒歩5分足らずで行けます。


P1300469
Corso Emanuele Filiberto


P1300470
強烈な日差しの6月30日の暑い日でした。


P1300471
この交差点を境に旧市街に向かう道路の名称が変わります。


P1300474
カヴール通りとなりました。


P1300472
街の東方に流れるストゥーラ・ディ・デモンテ川に注ぐ小川を越えます。


P1300475
カステッロが見えてきました。


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振り返って駅方向を撮った写真です。


P1300476
アカジャの王子の城 Castello dei Principe d' Acajaです。


P1300477
旧市街の高地にサヴォイア=アカイア家のフィリッポ1世(スーザ、1278-ピネローロ、1334)が建設させた城で、1324年に創建され、1332年に基本的な構造が完成しました。


P1300478
城壁内に入ってから城に入ります。


P1300479
サン・マルティーノ門です。


P1300482
市域が拡張されたフォッサーノの城壁は、1550年頃建設され、城壁周囲が約2,600mありました。城壁に4つの門が設けられましたが、現存するのはサン・マルティーノ門だけで、残りの3つの門は1850年頃に破壊されたそうです。また、その際、城壁も大部分が破壊されました。
サン・マルティーノ門が新しく見えるのは、2004年から2005年に大修復されたからです。


P1300483
サン・マルティーノ門はカステッロに隣接しています。


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サン・マルティーノ門を潜って城壁内に入ります。


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門の内側横にフレスコ画があります。


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ベルゴニョーネ作品の複製と思いましたが、全然違います。


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サルヴァトーレ・サチェルドーテ通り


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カヴール通りです。写真右はサリーチェ広場になります。


P1300487
1418年、サヴォイア=アカイア家は子孫が途絶え断絶してしまいました。それ以降、城はサヴォイア公爵家の所有となりました。


P1300492
城は15世紀に拡張整備され、幾つかの戦闘で難攻不落を誇りました。


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ミラノ公爵夫人ボナ・ディ・サヴォイア(アヴィリアーナ、1449-フォッサーノ、1503)が人生最後の未亡人生活を送った城でもあります。
ボナ・ディ・サヴォイアの夫は、ミラノのサント・ステファノ教会で暗殺された、ミラノ公爵ガレアッツォ・マリア・スフォルツァ(フェルモ、1444-ミラノ、1476)です。


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城の建物は、現在市立図書館として利用されてます。


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城への入り口に跳ね橋があったそうです。


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今はない、跳ね橋の下に空堀があります。


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中に入ります。


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中庭に出ました。


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夏至近くの日曜日に行われた祭りの旗が掲げられてました。


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フレスコ画でもあると思いましたが何もありません。


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図書館の入り口です。


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館内に入ったら、図書館利用者たちにジロッと凝視されてしまったので早々に退散。


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(つづく)

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旧サン・ジュゼッペ教会の続きです。


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鐘楼に上ります。


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1774年に完成した高さ64mの鐘楼です。


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エレベーターがないので、自分の足で上ります。


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この旧教会が博物館の扱いになっていることを知らない観光客が殆どのようで、何時も私一人です。鐘楼から見る絶景が楽しみです。


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鳩などの鳥の飛来防止のため、以前よりも金網の目が細かくなって、金網の間にカメラのレンズを入れて写真を撮ることが出来ないようになっていました。


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ドゥオーモ


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旧サン・フランチェスコ修道院


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カヴール通りの塔


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金網の写真ばかりでは詰まらないので、早々に退散しました。


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鐘楼の一部と教会の地下が博物館になってます。


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この時は、入館無料でしたが、今はどうでしょうか?


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前身のサンタントニオ教会だった部分


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ローマ時代の邸宅だった部分


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盗まれたピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の作品写真
盗まれた他の作品写真は残されていません。


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外に出ました。


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空が急に暗くなってきました。


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遠雷が聞こえてきました。


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ところが稲光と共に強烈な雷鳴が・・・・・ ビックリでした。


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雨が降ってきました。


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直ぐに雨が止みました。


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アルバにも寿司屋があります。日本人が握っている寿司屋は殆どなく、大半が中国、韓国などの東洋人が職人の寿司屋です。


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晴れてきたので中心街に戻りました。


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市庁舎


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市庁舎のロッジャ


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市庁舎内にマクリーノ・ダルバの「聖母戴冠」がありますが、見たことがありません。


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市庁舎のロッジャから見たドゥオーモ広場


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晴れて来たのは良いのですが、先ほど道路を濡らした俄雨が強烈な日差しで蒸発して、物凄い湿気でした。


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街角の聖母子


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Palazzo dei Conti Belli内に小さな美術館があります。


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休館でした。


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13世紀から15世紀に建設されたPalazzo Serralungaです。


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Palazzo Serralunga外壁のフレスコ画


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キリがないので、この辺で終わることにします。
(おわり)

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次はサン・ジュゼッペ教会です。


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写真右はサン・ジュゼッペ教会の一部です。


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鐘楼に上れると良いなあ、と思いながら、ファサード側に出ます。


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サン・ジュゼッペ教会の扉が開いていました。


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教会が建っている場所は、ローマ時代の邸宅の遺跡がありました。その遺跡の上に、13世紀第4四世紀に建設されたサンタントニオ教会が前身です。


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旧サンタントニオ教会を活動拠点にしていた巡礼者同信会は、17世紀前半、老朽化していた建物の再建を決めました。


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そうして1643年に創建され、1653年に完成したバロック胸式の建物が現在の姿の原形です。
1656年に献堂式が執り行われ、それを機に奉献する聖人が聖ジュゼッペに変更され、教会の名称も現称になりました。


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1859年と1939年の修復、改造を経て、現在の姿になりました。
巡礼者同信会の活動が1953年に停止され、それと共に教会としての機能も停止されました。1995年に建物の管理がアルバ市に移されるまで、建物は放置され、その間、貴重な絵画や彫刻が盗難に遭ってしまいました。
現在、教会はサン・ジュゼッペ文化センターに管理が委託され、博物館の扱いをされてます。


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1774年に完成した、高さ64mの鐘楼は一般公開され、上ることが出来ます。


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中に入りました。
単廊式、バロック様式の内部です。
多くの作品が盗まれてしまい、美術的に見るべき作品は数点しかありません。盗まれてしまった作品の代わりに、現代芸術家の作品が設置されてます。


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ヴィットーレ・デ・二コラ・ディ・ロカルノとカルロ・ポステルラによって、1720年に制作された天井フレスコ画


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「聖心を崇敬する聖ジュゼッペと聖ロッコ」(1720)


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主祭壇横の説教壇


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絵画とフレスコ画が多くあります。


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磔刑の礼拝堂


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クーポラ


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ミラノの逸名彫刻家作「磔刑像」(1709)
磔刑像の背後の絵画はガエターノ・ぺーシェ(ラ・スペツィア、1939‐)によって描かれました。
この磔刑像は、この教会にあったものではなく、元々の磔刑像は盗まれてしまったので、個人から寄付されたものです。その磔刑像にぺーシェの背景画が付け加えられました。


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制作者不明の「フランチェスコ・ピスト―ネ(ピエモンテ、17世紀活動)作『聖母子と聖人たち』のコピー画」


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出来が良いコピー画です。
オリジナルの作品は盗まれてしまいました。


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ガエターノ・ぺーシェ(ラ・スペツィア、1939‐)の「磔刑」


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サンティ・ジョヴァンニ・バッティスタ・エ・ルイージ・ゴンザーガ礼拝堂(1711‐1716)


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サンティ・ジョヴァンニ・バッティスタ・エ・ルイージ・ゴンザーガ礼拝堂天井の装飾


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シルヴィオ・ロッソ(クーネオ、1940‐)の「赤と金の祭壇画」(2009)
印象強烈な抽象的な祭壇画です。


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シルヴィオ・ロッソによるフレスコ画


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詳細不知


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Cappella Angelo Custode (1667-1691)
祭壇画は、カテリーナ・ベルゲーゼ(フォッサーノ、?‐)の「守護天使」


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カテリーナ・ベルゲーゼのフレスコ画


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Cappella dei Santi Pietro e Paolo


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マウリツィオ・リナウドの「十字架降下」


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エミリオ・プルノットの作品(2002)


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の「ご誕生」(1755)
オペルティの作品が4点盗まれたそうです。


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の「聖母の結婚」(1775)


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主祭壇


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セコンド・アントニオ・ボットの「聖ジュゼッペ」


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の「父なる神」(1755)


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ヴィットーレ・デ・二コラ・ディ・ロカルノとカルロ・ポステルラによる後陣フレスコ画(1720)


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後陣の左右の側壁に4点の現代宗教画と思われる作品がありますが、私には制作者等の詳細が分かりません。


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次はアンジェロ・プローリオの「キリストの生涯の物語」です。


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大作です。


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(つづく)

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Piazza Pertinaceに面して建つサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教区教会です。アルバの街にある教会のうち、美術的に最も見所豊富な教会と思います。


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中世初期、ロンゴバルド時代の7,8世紀に建設された教会です。
建物が13世紀前半に再建され、1229年の文書に初めて記載されてから、教会の存在が定期的に言及がなされています。


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1556年、隣接する修道院がアゴスティーノ兄弟修道会の所有となり、1557年に教会の向きが180度変更されました。従来の後陣が入り口に、従来のファサードが後陣になったのです。


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13世紀に建設された二代目の建物が劣化したので、1627年から1630年にかけて三代目となる建物が建設されました。現存している建物は、この三代目が原形となってます。
1801年、ナポレオンの抑圧令によって、教会と修道院は閉鎖され、その建物は倉庫に転用されました。


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1821年、教会の活動が再開されましたが、修道院は再開されることなく、20世紀前半に破壊されました。
教会の方は、1884年から1890年に建築家Cesare Fantazziniの設計によって、現在の外観と教会内部に大改造されました。


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ファサードの「キリストの洗礼」は、内部にある主祭壇画を模して1939年に制作されました。


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ファサードの「授乳の聖母」は、中にあるバルナバ・ダ・モデナの作品を模して制作されたものです。


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同じ広場にあるローマ寺院の遺跡に訪れる観光客がかなりいますが、この教会を拝観する人は殆どいないようです。美術ファンは少ないのです。


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中に入りました。


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単廊式、バロック様式の内部です。


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19世紀後半に行われた改造のため、かなり新しく見えます。


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天井は、Cesare Fantazziniの設計によって、1884年から1890年に張り替えられました。


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Cesare Fantazziniのデザインによる格子天井


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バルナバ・ダ・モデナ(モデナ、1328‐ジェノヴァ、1386)の「授乳の聖母」(1377)
破壊されたアルバのサン・フランチェスコ教会にありましたが、破壊された際、この教会に移設されました。


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二代目の建物にあったフレスコ画の痕跡


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サンタゴスティーノ礼拝堂です。
礼拝堂祭壇画は、ニコロ・フォルミカの「カスチャの聖リータ」(1941)
ニコロ・フォルミカという画家については全く知りません。


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サンタゴスティーノ礼拝堂天井の装飾


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マクリーノ・ダルバ(d' Alba)(アルバ、1460/1465c-1520c)の「幼きキリストを崇拝する聖母と聖ジュゼッペとトレンティーノの聖二コラと聖アゴスティーノと音楽天使」


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アルバにあったアゴスティーノ会のサンタ・マリア・デッラ・コンソラツィオーネ修道院に併設されていたサン・バルトロメオ教会にありましたが、修道院閉鎖に伴い、この教会に移設された作品です。


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ジョヴァンニ・ステファノ・ダネディ(ドーネダ)通称イル・モンタルト(トレヴィーリオ、1612-ミラノ、1690)の「砂漠の聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


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ジョヴァンニ・アントニオ・モリネーリ(サヴィリアーノ、1577-1631)に帰属する「エマオの晩餐」


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13世紀のロンバルディアの逸名画家作「三聖人」


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主祭壇画は、ジョヴァンニ・アントニオ・モリネーリ(サヴィリアーノ、1577-1631)の「キリストの洗礼」(1630c)


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後陣に掲げられた、パオロ・ガイダーノ(ポイリーノ、1861-トリノ、1916)の「聖母子とアヴィーラの聖テレーザとアッシジの聖フランチェスコ」(1887)


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ジュゼッペ・キアントーレ(クミアーノ、1747-トリノ、1824)の「聖ヤコブ」(1823)


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グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568-モンカルヴォ、1625)に帰属する「玉座の聖母子と2聖人」(16世紀後半)
従来、マクリーノ・ダルバ派逸名画家の作品とされてきましたが、近年の研究によってイル・モンカルヴォの帰属作品とされるようになりました。


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キリストの聖心の礼拝堂です。


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ヴィルジリオ・アウダーニャ(トリノ、1903-1995)の「キリストの洗礼」


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詳細不知


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詳細不知


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洗礼に使用される聖水井戸


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詳細不知


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教会内部を再見しました。


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ファサード裏にオルガンがあります。


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外に出ます。


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(つづく)

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次はサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会です。


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民家の壁にある、かなり古そうな天使の彫刻です。


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観光案内所でサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会は毎日開く教会と聞いたので、慌てる必要がありません。


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ここで困ったことが一つ。昼食のアルコールと冷たい水が効いて、要バールでのトイレ休憩。


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右折すればサン・ジュゼッペ教会に出ます。バールを探しましたが、意外にも見つからず。やはりドゥオーモ広場に戻れば何とかなると思いました。


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Casa Parrussaの塔が見えたので、通りの突き当りが中心街です。


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ドゥオーモ広場のバールで一休み。


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市庁舎


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カヴール通りからサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会に向かいました。


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通りから少し右に飛び出ている建物に塔があります。


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これです。


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13世紀の塔です。


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アルバの中心街で現存する塔は6本だそうです。


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中世に描かれた絵画に拠れば、20本以上の塔があったようです。


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14世紀に建設された市場だった建物です。


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この建物にも塔があったようです。


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中世の頃、建物の所有者の権力誇示のため、多くの塔が建設されましたが、勢力が衰えたり、失脚したりすると塔が破壊されたり、塔の高さを低くされたようです。


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Torre Parrussa


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カヴール通りを進み、次の交差点を左折すれば、サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会がある広場に出ます。


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Piazza Pertinaceです。


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広場に面して現代的なアパートが建ってます。


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観光客をかなり見かけます。


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サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会です。この後、拝観しましたが、サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会については、(その9)で纏めて取り上げます。


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Casa Marro


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特に名前が付いていない建物です。


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Tempio Romanoの遺跡です。


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寺院は、紀元前29年から紀元後14年に建設されたそうです。


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アルバで残されているローマ時代の遺跡はこれだけ?


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次はサン・フランチェスコ修道院です。


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サン・フランチェスコ修道院は街の北にあります。


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サン・フランチェスコ広場です。


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写真左がサン・フランチェスコ修道院だった建物です。


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18世紀末に修道院活動が停止され、その後、一度も活動が再開されることなく現在に至ってます。


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教会の建物は危険と判断されて現存してません。


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サン・フランチェスコ広場はアルバにおける中国人の拠点となってます。その中心が写真右のGRANATOの建物だそうです。


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中国人は順応力が高いので、イタリアは中国人に益々席捲されそうです。


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街の中心に戻ります。


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(つづく)

引き続きアルバのドゥオーモです。
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天使のモザイク(19世紀)


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サン・テオバルド礼拝堂です。


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サン・テオバルド礼拝堂の祭壇(1486‐1516)


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祭壇の彫刻は、アントニオ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、16世紀活動)と協力者による「聖母子と聖テオバルドと聖ロレンツォ」(1525)


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祭壇下の彫刻は、アントニオ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、16世紀活動)と協力者による「ピエタと受胎告知」(16世紀第1四半世紀)


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サン・テオバルド礼拝堂天井のフレスコ画は、ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「聖テオバルドの栄光」(1760)


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天井フレスコ画は、1999年から2000年に復元されたものです。
サン・テオバルド礼拝堂に4点の祭壇画があります。


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ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「聖母戴冠」(1761)


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ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「三位一体とアルバの街を守護する聖ロレンツォ」(1761)


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ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「聖テオバルドの奇跡」(1761)


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ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「包囲されたアルバの街を救助する聖人たち」(1761)


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次は中央礼拝堂です。


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中央礼拝堂天井


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ベルナルディーノ・フォッサーノ(フォッサ―ティ)・ダ・コドーニョの「祭壇」(1512)


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聖歌隊席もベルナルディーノ・フォッサーノ・ダ・コドーニョの作品です。


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クラウディオ・フランチェスコ・ボーモント(トリノ、1694‐1766)の「聖ロレンツォの栄光」(1766)


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「聖ロレンツォの物語」(1871)の白黒フレスコ画が4点あります。
4点ともルイージ・ケルビーノ・ハルトマン(キアヴェンナ、1810c‐トリノ、1884)


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「聖ロレンツォの物語」(1871)


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後陣のステンドグラス


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Presbiterioから見た出入口


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Presbiterioから見た左側廊


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Presbiterioから見た右側廊


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Presbiterioに上ることが出来て幸運でした。


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右側廊の礼拝堂を見ます。


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「天使のモザイク」(19世紀)


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後陣右側にあるサンティッシマ・サクラメント礼拝堂です。


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1642年から1656年に改造して出来たバロック様式の礼拝堂です。


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サンティッシマ・サクラメント礼拝堂の天井フレスコ画は、フランチェスコ・アントニオ・クニベルティ・ダ・サヴィリアーノ(1716‐1753)の「聖エリア」(1748)


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フランチェスコ・アントニオ・クニベルティ・ダ・サヴィリアーノ(1716‐1753)の「聖母子を崇拝する聖エリージョ」(1746)


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フランチェスコ・アントニオ・クニベルティ・ダ・サヴィリアーノ(1716‐1753)の「預言者エリセオ」


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フランチェスコ・アントニオ・クニベルティ・ダ・サヴィリアーノ(1716-1753)の「預言者エリアの奇跡」


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説教壇


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次は聖家族の礼拝堂です。


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聖家族の礼拝堂天井


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チェーザレ・ロッシの「三位一体と聖家族」(1875)


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「聖母子」(1826)
アルバのサン・ドメニコ教会から移設された作品です。


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「磔刑」(17世紀)
アルバのサン・ドメニコ教会から移設されたものです。


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マドンナ・デル・サクロクオーレ礼拝堂です。


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マドンナ・デル・サクロクオーレ礼拝堂の天井


P1310246
「聖心のマドンナ」(19世紀)


P1310248
アゴスティーノ・コットレンゴ(ブラ、1794‐1853)の「聖パレモネ・アバーテ」(1827)


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磔刑礼拝堂です。
「ブロンズの磔刑像」(19世紀)


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磔刑礼拝堂天井


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793/1794)の「聖ジュゼッペの死」


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704-1793/1794)の「聖母子と聖フィリッポ・ネリと聖グラート」


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詳細不知


P1310265
詳細不知


P1310244
ファサード裏にオルガンがあります。


P1310243
ルネサンス期以前の作品がなくてガックリでした。


P1310391
外に出ました。
(つづく)

P1310106
街の中心リソルジメント広場に面して建つドゥオーモです。アルバ司教区のサン・ロレンツォ司教座教会です。


P1310104
紀元1‐2世紀に建設された、ローマ時代の公共建物の遺跡の上に5世紀後半に建設された初期キリスト教会が前身です。6世紀初頭に書かれた初期キリスト教会の洗礼書が発見されているので、それは事実とされてます。
この教会についての公文書の記述としては、969年のオットー1世の文書及び998年のオットー3世の文書に言及されてます。
12世紀に拡大され、その際、ロマネスク様式の建物に改造されました。


P1310103
1483年、当時のアルバ司教が建物の危険性に懸念を示し、再建を決めました。拡大されたロマネスク様式の建物の一部を組み込んで、1486年創建、1517年に完成したゴシック様式の建物が現在の姿の原形です。


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1867年から二代目の建物の形状変更工事が行われました。現在のファサードは1878年に完成しました。


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後陣と鐘楼
鐘楼は、13世紀に建築され、1477年に現在の形状に改築されました。


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鐘楼に時計がついてます。


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右側外壁


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左側外壁


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ファサードを見ます。
1878年のネオ・ゴシック様式のファサードなので、見所が乏しいと言えると思います。


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ルイージ・コッキオ(ミラノ、19世紀後半活動)の「聖ロレンツォ」(1878)


P1310110
ファサードに四福音書記者の彫像があります。
カルロ・ドゥーシオの「聖ルカ」(1878)
牛は聖ルカのシンボルです。


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カルロ・ドゥーシオの「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」(1878)
鷲は福音書記者聖ヨハネのシンボルです。


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カルロ・ドゥーシオの「聖マルコ」(1878)
ライオンは聖マルコのシンボルです。


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カルロ・ドゥーシオの「聖マッテオ」(1878)
天使は聖マッテオのシンボルです。


P1310120
ファサード下にロッジャがあります。


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ファサードの左扉


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左扉上ルネッタの装飾


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中央扉上ルネッタの装飾


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中央扉の柱頭


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中央扉の柱頭


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柱廊出入り口の木製扉


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右扉


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中に入りました。


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三廊式、ラテン十字形の内部です。


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1867年から1874年にネオ・ゴシック様式に大幅に改築されました。


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左側廊


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左側廊から見た内陣


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右側廊


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右側廊から見た内陣


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身廊中央


P1310136
洗礼堂です。


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クラウディオ・フランチェスコ・ボーモント(トリノ、1694‐1766)に帰属する「キリストの洗礼」


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洗礼堂天井のフレスコ装飾


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ウーゴ・デッラピアーナ(アルバ、1975‐)の「洗礼盤」(1991)


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ロザリオの聖母の礼拝堂


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エンリコ・レッフォ(トリノ、1831‐1917)の「聖母子とグツマンの聖ドメニコとシエナの聖カテリーナ」(1888)


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セバスティアーノ・タリッコ(ケラスコ、1645‐トリノ、1710)に帰属する「聖母子を描く聖ルカ」


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ジョヴァンニ・ピッリの「嘆きの聖母」(1770)
ジョヴァンニ・ピッリの署名と日付入りの作品です。この画家は全く知りません。


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ロザリオの聖母の礼拝堂天井の装飾


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サン・ボ―ヴォ礼拝堂です。


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アンブロージョ・オリヴァ(トリノ、16世紀‐17世紀)の「聖アントニオ・アバーテ」(1591)


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アンブロージョ・オリヴァは、グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォの弟子です。


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詳細不知


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グリエルモ・ルセッロの「磔刑と聖ボ―ヴォと聖テオバルドと聖カルロ・ボッロメオと聖ロッコ」(1630)


P1310157
(つづく)

P1310091
順路を考えれば、旧サン・ドメニコ教会からドゥオーモに向かうのが自然ですが、正午を過ぎてドゥオーモの扉が閉まるので、昼食を食べることにしました。


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Via Coppaです。


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コッパ通りの突き当りがドゥオーモです。


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ドゥオーモの右側壁に出ました。


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ドゥオーモのファサードが面しているリソルジメント広場です。


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別名ドゥオーモ広場と呼ばれてます。暑い日の日差しが苦手な私ですが、イタリア人を含むヨーロッパ人は総じて日差しが大好きです。


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ドゥオーモの扉が未だ開いてましたが、12時半に閉まるので拝観は夕方にすることにしました。


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広場に面して観光案内所があります。


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この当時、観光案内所は、午前9時から午後5時まで、途中昼休み無しで開いていました。中に入って地図を買い求めました。(無料の地図は説明不足なので、有料地図にしました)


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市庁舎です。リソルジメント広場が街の中心です。


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写真右の塔のある建物は、Casa Sineoです。建物の歴史は古く、12世紀後半に遡るとされてます。


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市庁舎の先に(写真右)塔が見えますが、塔は今は現存しないサンタ・マリア・ディ・カサノヴァ修道院の鐘楼です。鐘楼を組み込んで建物が建設されました。


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塔がある建物はCasa Parrussaです。よく見ると、もう一本塔があります。


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ドゥオーモ近くの店で昼食を食べることにしました。


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写真手前の店を選びました。


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白トリュフはシーズンではないので、勧められた料理をそのまま選びました。


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近年、昼食でワインを1本空けることは滅多になくなりました。夕食ならばワイン1本が普通ですが、昼食では身体に堪えます。


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昼食を食べながら、時々見ていたドゥオーモの鐘楼です。


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屋外が暑かったので、冷房が効いている店内で食べれば良かった、と後悔。


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腹ごなしのブラブラ歩きに出発。


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昼過ぎのこの時間は、教会の殆どが閉まっているので、特にやることがありません。


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ドゥオーモの周囲を足の赴くままに歩きました。


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先ほど昼食を楽しんだ一角に再び来てしまいました。


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趣を変えて裏通りに入りました。


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開いている店は食堂くらいで、殆どの店は昼休み中。


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サン・ジュゼッペ教会に行ってみることに。その昔、鐘楼が解放されていたことがありました。


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Via Manzoni


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写真左奥の建物がサン・ジュゼッペ教会です。


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サン・ジュゼッペ教会です。


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ファサードの方に回ります。


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高い鐘楼が目立ちます。
13世紀第4四半世紀に遡るサンタントニオ教会が前身です。


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高さ64mあるそうです。


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少し大回りしないとファサードの方に出られません。


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サン・ジュゼッペ教会です。ファサード前の小さな広場にレストランが出ています。


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ローマ時代の邸宅の遺跡の上に建設された教会です。


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17世紀前半、旧サンタントニオ教会を活動拠点にしていた巡礼者同信会 Confraternita dei Pellegirinoが建物の再建を決めました。


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そうして、1643年に創建され、1653年に完成したバロック様式の二代目の建物です。1656年に献堂式が執り行われましたが、それを機に教会名称が現称に改称されました。


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観光案内所で確認したところ、夕方遅くに開くかも知れないとの事だったので、夕方に再訪することにしました。鐘楼にも上れるようです。


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ドゥオーモの鐘楼が見えました。


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Via Alerino Como


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(つづく)

その3に引き続きサン・ドメニコ教会です。
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後陣左の礼拝堂です。


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礼拝堂の壁全面がフレスコ画で覆われていました。


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後陣左の礼拝堂の左側壁に描かれた「聖セバスティアーノの殉教」(15世紀第4四半世紀)


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ルネッタ上のフレスコ画断片(1310‐20c)


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「受胎告知」(14世紀末‐15世紀初頭)


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1310年から1320年頃に制作されたフレスコ画


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「聖人たち」(15世紀第4四半世紀)


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「アレッサンドリアの聖カテリーナの物語」(15世紀初頭)


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この日の翌日、演奏会が行われる予定でした。そのために座席が既に用意されていました。


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中央礼拝堂前から見た左側廊方向


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中央礼拝堂前から見た右側廊方向


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後陣右の礼拝堂です。
木彫りの「聖ドメニコ」(2000)


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「慈悲の聖母」(14‐15世紀)


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「祈る修道士」(14‐15世紀)


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詳細不知


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15世紀のフレスコ画


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1996年から1997年に修復された柱の白黒模様


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14‐15世紀のフレスコ


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右側壁のタベルナコロ(17‐18世紀)


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右側廊のタベルナコロ(17‐18世紀)


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右側廊のタベルナコロ(17‐18世紀)


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右側廊のタベルナコロ(17‐18世紀)
タベルナコロの祭壇画が取り外されています。


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ファサード裏に三翼祭壇画があります。


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詳細不知


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タベルナコロ(17‐18世紀)


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右側廊


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左側廊


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ステファノ・キアントーネの「キリストと聖ドメニコと天使」(1827)


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教会の模型


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「聖フィロメナ」(19世紀)


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柱に描かれたフレスコ画(1340c)


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レオナルド・ビストルフィの「嘆き」(1915c)


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最近修復された天井フレスコ


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レオナルド・ルビーノ(1871‐1954)に帰属する「磔刑像」(20世紀前半)


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14世紀のフレスコ画が修復の際、発見されました。


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出入口


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外に出ます。


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サン・ドメニコ教会はこれで終わりです。
(つづく)

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サン・ドメニコ教会のファサードに出ます。


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サン・ドメニコ教会です。
ロマネスク様式からゴシック様式に移行する過渡期の初期ゴシック様式の教会です。


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この場所はローマ時代の住宅の遺跡がありました。


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13世紀後半、ドメニコ会修道士に土地が与えられ、教会と修道院の建設が認可され、1292年に教会の建設工事が開始されました。


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その後、修道院が併設されました。
しかし、教会と修道院の建物は、資金不足のため、不完全な状態のままでした。
1440年、第207代教皇エウジェニオ4世(ヴェネツィア、1383‐ローマ、1447 教皇在位:1431‐1447)が資金調達の途を開き、直ぐに建設工事が再開され、教会と修道院の建物は1474年に完成しました。


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17世紀後半から18世紀初頭にかけて、修復と改造工事が行われましたが、内部の側廊の礼拝堂がバロック様式に大規模に改造されました。
1801年、ナポレオンの抑圧令によって教会修道院は閉鎖されてしまいました。
教会と修道院の建物は放置されました。修道院だった建物は、19世紀後半から20世紀初めにかけて破壊され現存しません。
教会の建物は、1930年頃から修復工事が開始されました。1975年から本格的な工事が行われるようになり、危険な箇所が撤去され、補強工事が行われるなど、閉鎖時とはかなり異なる部分があるようです。
1985年には、音楽学校の演奏会場にするために、音響増幅システムや照明設備などが導入されました。
現在、建物はアルバ市が所有しており、引き続き音楽学校の演奏会場として使用されている他、文化イベント会場になってます。


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右側壁


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古いフレスコ画などが内部にあります。


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後陣


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ファサードを見ます。


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1996年から1998年にファサードの修復が行われましたが、新しく見える箇所はその際、オリジナルに似せて新造されたのです。


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入口扉上ルネッタ上のフレスコ画「聖母子と聖ドメニコとシエナの聖カテリーナ」(16世紀)


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フレスコ画の下の浮彫は創建時のものです。


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1991年に復元されたArco Trilobo


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1991年に復元された柱


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15世紀の浮彫


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柱頭


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近年、催事が行われない日でも中に入ることが出来ようになりました。


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中に入りました。


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三廊式、ゴシック様式構造の内部です。


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左右の側廊にある礼拝堂は17‐18世紀に改造されました。


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内部はフレスコ画の宝庫です。


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天井の本格的な修復は未着手です。


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ベアータ・マルゲリータ・ディ・サヴォイア(フォッサーノ、1390‐カザーレ・モンフェッラート、1464)の指示によって1441年から1442年に描かれたフレスコ画


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アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖アポッロニア、聖アグネス、アンティオキアの聖マルゲリータ(1441‐42)


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この部分のフレスコ画もベアータ・マルゲリータ・ディ・サヴォイア(フォッサーノ、1390‐カザーレ・モンフェッラート、1464)の指示によって1441年から1442年に制作されました。


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演奏会場、催事場などに使用されているので、中央礼拝堂に祭壇がありません。


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18世紀に施された後陣の装飾


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ジョヴァンニ・ペロシーノ・ロンゴの「十字架降下」(1517)


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18世紀に施された後陣装飾


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20世紀後半に復元されたステンドグラス


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赤い部分に演奏会場用の装置が付けられるようです。


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シノピエ


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ジョヴァンニ・トゥルコットの「聖ドメニコと聖フランチェスコの邂逅」(1470c)


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15世紀末のフレスコ画


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15世紀に描かれたフレスコ画


P1300984
「ピエタ」(15世紀末)
(つづく)

P1300869
道を挟んで、サンタ・マリア・マッダレーナ教会の斜め前にサンティ・コズマ・エ・ダミアーノ教区教会があります。


P1300918
1163年の文書に、この教会の存在が初めて記録されました。


P1300871
最初の建物は、1573年に大修復、改造されました。


P1300872
現在の建物は、建築家カルロ・フランチェスコ・ランゴーネ(1721‐1788)の設計、工事監督によって1760年から1762年に建設されました。


P1300870
鐘楼は1780年から1786年に建設されました。


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中に入りました。


P1300875
単身廊です。


P1300874
右側壁


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フェデーレ・フィナティ(ジェルミニャーガ、1856‐アルバ、1942)によって、1921年に復元された装飾です。


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スタッコもフェデーレ・フィナティの作品です。


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主祭壇


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主祭壇画は、クラウディオ・フランチェスコ・ボーモント(トリノ、1694‐1766)の「受胎告知を崇める聖コズマと聖ダミアーノ」(1761)です。


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「聖母子」のイコン


P1300886
聖具室の入り口


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の「父なる神と聖家族と聖アンナと聖ジョアッキーノ」


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エミリオ・プルノットの「十字架降下」(1961)
エミリオ・プルノットについては全く知りません。


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詳細不知


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詳細不知


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フェデーレ・フィナティ?のフレスコ画


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主祭壇前から見た出入口方向


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外に出た。


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16世紀に再建されたPalazzo Mermetです。


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Via Luigi Paruzza


P1300923
Via Vincenzo Gioberti


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りを市庁舎方向に進みます。


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通りの先に鐘楼が見えます。
写真右に市立考古学博物館などの入り口があります。


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市立考古学博物館などの入り口です。


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リソルジメント広場です。見えている鐘楼は、サンタ・マリア・マッダレーナ教会のものです。


P1300930
広場を取り囲む建物は、旧サンタ・マリア・マッダレーナ修道院です。広場は修道院のキオストロです。


P1300931
この時間は休館でした。


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考古学博物館はあまり興味がないし、絵画の展示がないので、休館でも問題無しでした。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りに戻りました。


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サンタ・マリア・マッダレーナ修道院だった建物でしょう。


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Via Pietrino Belliにお勧めのレストランがあります。


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次の交差点を右折します。


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Via Mandelliに入りました。


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写真右は、サンタ・マリア・マッダレーナ修道院だった建物でしょう。
通りの突き当りはサン・ドメニコ教会です。


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サン・ドメニコ教会の後陣です。


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P1300942
(つづく)

アルバは、人口31,503人(2019年1月31日現在)のピエモンテ州クーネオ県にあるコムーネで、白トリュフとワインで有名です。
P1300814
前泊地はクーネオでした。


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クーネオ始発トリノ・ポルタ・ヌオーヴァ行きの普通列車は空いてました。


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途中のCavallermaggioreで乗り換えます。


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接続が5分しかなく、トリノ発アルバ行きの列車は定刻運転で、私が乗っていたトリノ行き列車が12分遅れていたので、イタリアのことだから接続は無理と覚悟していました。ところがアルバ行き列車が接続待ちをしてくれて、無事にアルバ行き列車に乗車することが出来ました。イタリアでは列車の接続待ちは稀で、何度か苦い経験をしました。


P1310676
何故かアルバ駅に定刻に到着しました。


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アルバ駅の駅舎です。


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先ず、この日のお宿に向かいました。


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Corso Fratelli Bandieraを進み、ホテルがあるローマ通りに行きます。


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鉄道駅から徒歩約5分で、この日のお宿に到着しました。レストランを併設しているホテルです。
このところ、専ら24時間フロント対応のホテルに泊まってます。B&Bなどアパート等では、鍵の受け渡し、鍵が開かない、電気が通電しない、エレベーターに閉じ込められた、トイレが流れない、シャワーのお湯が出ない等々の様々なトラブルに遭って、懲りました。


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チェックインを済ませてから外出しました。


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ローマ通りです。


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直ぐにサヴォーナ広場に着きました。


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昼前でしたが、既にワインを飲んでいる人がいました。


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7月1日は暑い日でした。アルバの夏は猛暑で有名です。


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サヴォーナ広場に立つ、アルトゥーロ・スタリアーノ(ナポリ、1867‐トリノ、1936)の「ジュゼッペ・コヴォーネ将軍のモニュメント」(1929)
ジュゼッペ・コヴォーネ将軍(アスティ、1825‐アルバ、1872)は、サヴォイア家の司令官でイタリア統一戦争で活躍しました。


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サヴォーナ広場からヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りに入ります。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りです。塔が目立ちます。


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ヨーロッパ系の観光客が多かった。


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Torre di Palazzo Mermet
16世紀に再建された建物の塔です。建物の土台はローマ時代の建造物のようです。


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マッダレーナ教会が見えてます。


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夏休み中なので、子供連れが多かった。


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サンタ・マリア・マッダレーナ教会です。


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1252年の記録に、この場所に存在した礼拝堂が記載されてます。
ベアータ・マルゲリータ・ディ・サヴォイア(フォッサーノ、1382/1390-カザーレ・モンフェッラート、1464)が1442年から修道院の建設を行い、1448年の完成を待って、建物をドメニコ会女子修道会に寄進して、サンタ・マリア・マッダレーナ修道院となりました。


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現在の建物は、カルロ・ジャチント・デッラ・ローヴェレ伯爵によって再建計画が推進され、起用された建築家ベルナルド・ヴィット―ネ(トリノ、1704-1770)によって、1731年創建、1749年に完成した後期バロック様式のものです。


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ファサードは、資金不足のため未完成のまま現在に至ってます。


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鐘楼は旧修道院の方にあります。


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中に入りました。


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楕円形、バロック様式の内部です。


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主祭壇を挟んで、左右に大きな聖職者席と礼拝堂があります。


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右側壁


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天井のフレスコ画は、ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690-1772)の「ベアータ・マルゲリータ・ディ・サヴォイアの賞揚」(1747-50)です。


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主祭壇


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主祭壇画は、ジョヴァンニ・バッティスタ・ビスカッラ(ニッツァ、1790-トリノ、1851)の「聖マリア・マッダレーナ」(1825)


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聖職者席です。
ピエモンテの彫刻家による磔刑像(16世紀)があります。


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聖職者席の天井フレスコ画は、ジャコモ・ラーパによって1734年に描かれました。
ジャコモ・ラーパという画家については全く知りません。


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詳細不知


P1300857
詳細不知


P1300860
詳細不知


P1300851
主祭壇前から見た出入口です。


P1300868
外に出ました。
(つづく)

P1340139
パレストロ通りの中ほど、写真左に広場があります。


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オッティネッティ広場です。広場の奥からパレストロ通り方向を写した写真です。


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広場の三方を囲んで建っているサンタ・キアーラ修道院だった建物です。


P1340143
旧サンタ・キアーラ修道院の建物にイヴレア市立美術館 Museo Civico "Pier Francesco Garda"があります。


P1340149
旧修道院の柱廊に入りました。


P1340150
市立美術館は他の建物にありましたが、ピエル・アレッサンドロ・ガルダが収集した日本関係を含む東洋美術部門などを含む展示拡大を目的に、旧サンタ・キアーラ修道院の建物に市立美術館が2014年1月にオープンしました。


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柱廊のルネッタ上に僅かに残されたフレスコ画がありますが、痛みが激しく、何が描かれていたのかさえ分からない状態です。


P1340159
ピエモンテの逸名彫刻家作「聖マリア・マッダレーナ」(15世紀末-16世紀初頭)
初めは絵画、彫刻部門です。展示の中核は、イヴレアの富豪ルチア・グエルパ(1908-2003)の遺言によってイヴレア市に寄贈されたクロッフ・コレクションです。


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木彫り像「聖母子」(詳細不明)


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フランドル出身のジョルジョ・コッリーノ(1499と1506に活動記録)の「マギの礼拝」(1493)


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逸名画家作「聖母戴冠」(14世紀)


P1340166
ジョヴァンニ・マルティーノ・スパンツォッティ(カザーレ・モンフェッラート、1455c-キヴァッソ、1526/1528)の「マギの礼拝」(15世紀末)


P1340169
ジョヴァンニ・マルティーノ・スパンツォッティ(カザーレ・モンフェッラート、1455c-キヴァッソ、1526/1528)の「玉座の聖母子」(15世紀末)


P1340171
逸名彫刻家作「ニコデモ」(15世紀末-16世紀初頭)


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ジョヴァンニ・デル・ビオンド(プラートヴェッキオ、1356-フィレンツェ、1399)の「磔刑」(14世紀後半)


P1340178
ネーリ・ディ・ビッチ(フィレンツェ、1419-1492)の「聖母子と2天使」(15世紀中頃)


P1340183
フランスのカラヴァッジェスキ逸名画家、またはニコラス・レニエ―ル(モブージュ、1591-ヴェネツィア、1667)の枠組み(Cerchia)による「聖セバスティアーノ」(17世紀中頃)


P1340186
ジョルジョ・デ・キリコ(ギリシャ、ヴォロス、1888-ローマ、1978)の「桃」
この美術館で人気が高い作品です。


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ここで展示されている絵画、彫刻を遺贈したルチア・グエルパ(1908-2003)の書斎です。彼女の家の書斎をここに移設したのです。


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逸名画家作「山小屋」(19世紀中頃)
作品左下にドメニコ・モレッリの署名があるので、かっては、ドメニコ・モレッリ(ナポリ、1823-1901)の帰属作品とされていましたが、否定されてます。(署名が偽物と断定されたそうです)


P1340191
フィリッポ・パリッツィ(ヴァスト、1818-ナポリ、1899)の「家畜」(19世紀第4四半世紀)


P1340195
アンニーバレ・カラッチ(ボローニャ、1560-ローマ、1609)の「男の肖像」(1590-1600)
アンニーバレ・カラッチの代表作の一つがここにあります。これを見るためにイヴレアに来るのです。


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エウジェニオ・ガイズ(トリノ、1861-1938)の「沼」(1920c)


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ジョヴァンニ・カッパ・レゴラ(トリノ、1887-ヴェルバニア、1980)の「風景画」(1927)


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フィラデルフォ・シーマ(レヴィリアーニ、1849-フィレンツェ、1923)の「傲慢」(1878c)


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次は東洋美術部門です。
ピエル・アレッサンドロ・ガルダ(イヴレア、1791‐サモーネ、1880)が収集した約500点の作品を、1874年にイヴレア市に寄贈しました。この美術館の名称の由来になってます。


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日本関係の展示作品をここで紹介しても、あまり意味がないと思います。


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東洋美術品約500点のうち、日本のものが大半を占めます。


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皮肉なことに、日本の美術品を見るならば、日本ではなく海外の方が充実していると思います。


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特にボストン美術館に行くと、日本人の日本文化、芸術に対する軽視を痛感させられます。


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次は考古学部門です。


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Museo Civicoの定番と言うべき展示物が続きます。何処のコムーネでもほぼ同じような展示物。


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フレスコ断片


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ローマ時代のモザイク断片


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外に出ました。

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雨が強くなってきたので、これ以上あちこち歩く気がしなくなりました。


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市立美術館の時計が止まっていました。イタリアでは、駅の時計が狂っていることがあります。


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天気が良ければ、モーツァルト音楽会館に行きたかったけれど断念。


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先ほど拝観したサン・サルヴァトーレ教会です。


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雨天にも拘らず、夕方になるに従って人出が増えてきました。


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街一番の目抜き通りのパレストロ通りです。


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通りの先にサントゥルデリーコ教会が見えてきました。


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サンタ・マルタ広場です。


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サンタ・マルタ広場に面して建っている旧サンタ・マルタ教会です。
15世紀後半に建設されたサンタ・マルタ祈祷所が前身です。現在の建物は16世紀末に再建された二代目です。
1975年、教会としての機能が停止され、イヴレア市の所有となりました。その後、内部が改修され、現在は会議室等に使用されてます。


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パレストロ通りを進みます。


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少し遠回りになりますが、この道を進めばドゥオーモに行くことが出来ます。


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時計は午後4時過ぎを示していましたが、冬時間のままの時計表示でした。7月4日なので、実際は午後5時過ぎでした。


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サントゥルデリーコ教会です。ここも既に拝観しました。


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来た時と同じ道を通るのは気が利かないけれど、雨が嫌なので、その辺は仕方ない。


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パレストロ通りを更に進みます。


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サンタ・クローチェ教会です。ファサードの3点の彫刻が見物です。


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1616年から1622年に建設されました。


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中にフレスコ画があります。


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ファサードのピエタ


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父なる神


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既に活動を停止した旧教会で、建物は市所有となっており、展示場、会議室などに利用されてます。


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パレストロ通りに戻りました。


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靴下はぐっしょりと濡れ、靴の中はぐしゃぐしゃでした。


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道を下ってカヴール通りに出ます。


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トンネルの中で、雨に濡れた服をハンカチで拭いましたが、焼け石に水の状態でした。


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カヴール通りを横切る地下道を通って、カヴール通りの川沿いの歩道に出ます。


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カヴール通りの川沿いの歩道です。


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歩道から見たドーラ・バルテア川です。


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歩道から見た市庁舎の時計塔


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川を渡れば、ホテルはもう直ぐです。


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サン・マウリツィオ教会の鐘楼が見えましたが、行く気が起きません。


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風がなかったのがせめても救いでした。雨に加えて強風では敵いません。


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水量を増して流れが速くなったドーラ・バルテア川です。


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この年は冷夏で、天気が悪かった。


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カヴール通りを少し進んで、左折してドーラ・バルテア川に架かる橋を渡ります。


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サン・マウリツィオ教会が見えてます。


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鉄道橋


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滝に来ました。


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サン・グラート教会の鐘楼です。


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橋を渡りました。


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駅に通じるCorso Costantino Nigraに入りました。


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雨で散々でしたが、ほぼ目的を果たした街歩きでした。


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泊まる必要がなかったかもしれません。


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ホテルに戻りました。
(おわり)

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次はサン・サルヴァトーレ教会です。


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カステッロとドゥオーモがあった旧市街高地から道を下ります。


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ホテル学校のフェルディナンド・プラートです。観光立国のイタリアでは、ホテル学校が人気です。


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Via Madre Antonia Vernaを進みます。


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サン・ジュゼッペ祈祷所です。それにしても現代的な建物なので、驚きます。


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更に道を下ります。


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突き当りを右折すると、直ぐに広場があります。


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Piazza del Teatro
広場の名称は劇場があるからです。


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イヴレア市立劇場です。


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1833年から1834年に建設されたTeatro Civico "Giuseppe Giacosa"です。


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この場所にサンタゴスティーノ修道院があったそうです。


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ファサードに描かれたイヴレアの紋章


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雨が降り続いてました。劇場の直ぐ傍にサン・サルヴァトーレ教会があります。


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サン・サルヴァトーレ教会です。


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15世紀後半に創建され、16世紀中頃に完成しました。奉献式は1582年に行われたそうです。


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道幅が狭いので、正面からのファサード全体の写真がうまく撮れません。


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毎日開くようです。


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中に入りました。


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単廊式、ラテン十字形、ルネサンス様式の内部です。


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雨天なので、薄暗い内部でした。


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天井にフレスコ画が描かれてます。


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主祭壇


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後陣にフレスコ画が描かれてます。


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主祭壇画は、17世紀のピエモンテの逸名画家による「受難のキリストと聖人たち」


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詳細不知
この教会の作品についての詳細が分かりません。


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ロレートの聖母礼拝堂


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詳細不知のステンドグラス


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詳細不知


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詳細不知


P1340122
詳細不知


P1340127
詳細不知


P1340132
詳細不知


P1340130
ファサード裏にオルガンがあります。


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外に出ました。


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次は市立美術館です。


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市立美術館がある広場です。写真左奥に市立美術館があります。


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市立美術館です。


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入館しました。


P1340165
市立美術館に付いては、項を改めて詳しく触れます。


P1340238
市立美術館から外に出たら、豪雨でした。
(つづく)

引き続きドゥオーモです。
P1340025
左側廊にある礼拝堂です。


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サン・サヴィーノ礼拝堂です。


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クラウディオ・フランチェスコ・ボーモント(トリノ、1694-1766)の「聖母子と聖サヴィーノと聖ベッソと聖テゴーロ」(18世紀)


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カルロ・フランチェスコ・コグロッシ(トレヴィーリオ、1749-1789)の「聖サヴィーノの殉教」


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サン・サヴィーノ礼拝堂の天井画は、カルロ・フランチェスコ・コグロッシ(トレヴィーリオ、1749-1789)の「昇天したキリスト」


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カルロ・フランチェスコ・コグロッシ(トレヴィーリオ、1749-1789)の「聖ベッソの殉教」


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制作者情報不知の「聖母被昇天」


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グイド・レーニ作品のコピー画でしょうね。


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詳細不知


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P1330998
ジョヴァンニ・パレッラ司教(1437-1479)の墓


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P1340004
制作者情報不知の「キリストの洗礼」(18世紀)


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旧洗礼盤?


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詳細不知


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ピエモンテの逸名画家作「聖ジュゼッペの死」(18世紀)


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P1340018
詳細不知


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P1340023
制作者情報不知の「磔刑」


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ファサード裏にオルガンがあります。


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外に出ました。


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ドゥオーモ広場に面して、もう一つ教会があります。サン・二コラ・ディ・トレンティーノ教会です。


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次はカステッロです。写真左の塔がカステッロのものです。写真右の鐘楼はドゥオーモのものです。


P1340055
カステッロです。
アオスタ渓谷に通じる道路を支配するために戦略的防御機能を目的に、サヴォイア家のアメデオ6世(シャンベリー、1334-サント・ステファノ・ディ・カンポバッソ、1383)によって、1358年に創建され、アメデオ6世の死後の1395年に完成したカステッロです。


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高い塀に囲まれてます。


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サヴォイア家の邸宅として使用されていましたが、外国支配などにより徐々に戦略的機能を失い、17世紀には殆ど使用されなくなったそうです。
1700年から刑務所として使用されるようになりましたが、それに伴い高い塀が築かれました。刑務所が閉鎖されたのは1970年のことでした。


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4本の塔があります。


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現在、カステッロは国有資産となってますが、その運営管理はトリノ県に委託されてます。


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一般公開は、特別な機会に限定されており、通常はカステッロの中に入ることが出来ません。


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カステッロとドゥオーモは同じ標高に建ってます。


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司教館です。


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ドゥオーモ広場からの眺望です。


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写真左端は市庁舎の時計塔です。


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何処の教会の後陣と鐘楼でしょうか?


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雨は小康状態でした。


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(つづく)

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写真右がローマ劇場の遺跡です。


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劇場の壁だった場所です。


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一見しただけでは、劇場の遺跡とはとても思えません。


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紀元後1世紀に建設されたそうです。


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これだけ見ても劇場だったとは想像がつきません。


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劇場の土台、壁を組み込んだ建物が建ってます。


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次はドゥオーモです。


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一旦、道を下ります。


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長い階段を上ります。ドゥオーモは旧市街の最も高い場所にあります。ドゥオーモ近くにカステッロがあります。


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階段を上り切った先に門があり。その門を潜ればドゥオーモの身廊横に出ます。


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イヴレアのドゥオーモ、Cattedrale di Santa Maria Assuntaです。イヴレアには古くから司教座が置かれていました。


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左翼廊外壁にフレスコ画があります。


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日時計でしょうか?


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ファサード側に回ります。


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教会の歴史は古く、この場所にギリシャ神殿がありましたが、ローマ時代にギリシャ神殿の一部を利用して劇場が建設されました。
4世紀頃、ギリシャ神殿とローマ時代の劇場は初期キリスト教会に転用されました。その初期キリスト教会が現ドゥオーモの前身です。


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10世紀、当時の司教によって、建物を再建して規模拡大することが決められ、初期キリスト教会が取り壊されました。
そうして、969年に創建され、1005年に完成したロマネスク様式の二代目の建物が、現在のドゥオーモの原形となってます。


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再建された建物は、13世紀、15世紀、16世紀、18世紀の4回に渡って改修、改造が行われました。


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創建時のロマネスク様式のファサードは、1516年にブラマンテ・スタイルのルネサンス様式に改造されました。
現在の新古典様式のファサードは1854年の改造工事によるものです。


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ファサードの装飾を見て行きます。


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19世紀の柱頭


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イヴレアの守護聖人の聖サヴィーノ像


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受胎告知


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聖パオロ


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新しい物ばかりで魅力に欠けます。


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12世紀に建設された鐘楼です。


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扉が開いていたので拝観しました。


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中に入りました。


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三廊式、ラテン十字形、後期バロック様式の内部です。


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改修と改造の結果、古いものが殆ど残されていません。


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左側廊


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左側廊から信者席を見たところです。


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右側廊


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天井


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ピエモンテの逸名画家による身廊天井のフレスコ画(18世紀中頃)


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ピエモンテの逸名画家によるクーポラの装飾(18世紀中頃)


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主祭壇と後陣


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18世紀半ばに再制作された主祭壇


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主祭壇画は、カルロ・フランチェスコ・コグロッシ(トレヴィーリオ、1749-1789)の「聖母被昇天」


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後陣は立ち入り禁止なので、写真がうまく撮れません。これもカルロ・フランチェスコ・コグロッシ(トレヴィーリオ、1749-1789)の作品です。
(つづく)

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Piazza Ferruccio Nazionaleの端向こうに教会があります。


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Chiesa di Sant' Ulderico、聖ウルデリーコ教会です。


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971年に創建されましたが、完成後100年以内に取り壊されました。その理由は不明です。


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11世紀前半にロマネスク様式で再建されました。18世紀に現在の姿に改造されました。


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ファサードの右側が少し奇妙に見えると思います。
18世紀に行われた改造の際、11世紀前半に建設された鐘楼がファサードに組み込まれたのです。その際、鐘楼の上部はファサードの高さに合わせるべく切り取られたそうです。


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ファサード最上部の彫刻は、エンリコ・カルマッシ(ラ・スペツィア、1897-トリノ、1975)の「聖ウルデリーコ像」です。


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アリッツァート・ケッキーニの「救世主」(1973)


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この辺は18世紀のものです。


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組み込まれた鐘楼以外に古いものがありません。


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拝観します。


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中に入りました。


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単廊式です。18世紀にバロック様式に改造された内部です。


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フレスコ画、祭壇画がありますが、比較的新しいものが殆どです。


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主祭壇と後陣


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1766年に制作された主祭壇


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ジョヴァンニ・シルヴェストロ・ディ・モンタナ―ロ(モンタナ―ロ、1860-トリノ、1958)によって制作された後陣のフレスコ画


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ピエトロ・フィエッタ・ディ・イヴレア(イヴレア、1883-1960)によるクーポラのフレスコ画


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ジョヴァンニ・ストルノ―ネ(イヴレア、1848-1917)の原画による浮彫「聖ウルデリーコの奇跡」(1897)


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主祭壇は、ピエモンテの逸名画家作「三位一体と聖母と聖人たち」(18世紀)


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ジョヴァンニ・ストルノ―ネ(イヴレア、1848-1917)の「救世主」(1898)


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ジョヴァンニ・ストルノ―ネ(イヴレア、1848-1917)の「無原罪の聖母」(1898)


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セバスティアーノ・コンカ(ガエータ、1680-ナポリ、1764)の「ご誕生」


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18世紀前半のピエモンテの逸名画家作「聖フランチェスコ・ザビエルに顕現する聖母子」(1730c)


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ジョヴァンニ・ストルノ―ネ(イヴレア、1848-1917)の「聖母の教育」


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ジョヴァンニ・ストルノ―ネ(イヴレア、1848-1917)の「ご訪問」


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ファサード裏のステンドグラス


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主祭壇前から見た出入口方向


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外に出ました。


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パレストロ通りを進みます。


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次はローマ時代に建設されたローマ劇場の遺跡です。


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この道を真直ぐ進めばローマ劇場に出ます。


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(つづく)

イヴレアは、人口23,442人(2018年12月31日現在)のピエモンテ州トリノ県にあるコムーネで、ドーラ・バルテア川と5つの湖から成る絶景が見所です。
紀元前10世紀頃に遡る歴史ある街です。ローマ時代には、アルプスを越えて侵入する異民族に対する砦として発展しました。また、19世紀以降、オリベッティの城下町として有名です。
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キヴァッソ駅からイヴレア駅行普通列車でイヴレアに向かいました。


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車中はかなり空いてました。


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イヴレア駅に到着しました。


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イヴレア駅の駅舎です。キヴァッソからイヴレアへの列車は定時運転だったのですが、実はキヴァッソ到着が遅れて、予定していた列車に乗れず、一本遅い列車に乗ったのです。


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駅前広場です。


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列車の遅れで昼食を食べ損ねたので、駅横のビュッフェで簡単に済ませることにしました。


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仕方なくジャンクフードを食べました。お腹が空いてましたが、不味くて半分残してしまいました。


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Corso Costantino Nigraを通って、この日のお宿に向かいました。


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雨が降り続いてます。


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イヴレアの旧市街はドーラ・バルテア川の川向うにありますが、この日のお宿は川の手前にあります。
この時、雨はまだ小降りでした。


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この日のお宿が見えてきました。


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各国の国旗を掲げている建物が、この日のお宿です。レストランを併設しています。


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ホテルの自室から見たドーラ・バルテア川です。水量と川の流れの速さが異常です。


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イタリア人が好きそうな手のオブジェです。
ホテルの部屋で10分ほど過ごしてから街歩きに出発しました。


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旧市街に向かうべくCorso Costantino Nigraを進みました。


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突き当りを右折します。


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普通の道路に見えますが、ドーラ・バルテア川の橋です。


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橋の上から見たヴェッキオ橋です。


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ローマ時代の紀元前1世紀に架けられたヴェッキオ橋ですが、この辺は川幅が狭く、流れが急になってます。そのため、大水になると崩壊と再建を何度も繰り返された橋です。
今でも川幅が狭いのですが、1830年から川幅の拡幅工事が行われ、1840年頃に架けなおされたヴェッキオ橋が現在の姿です。


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ヴェッキオ橋の反対側に架かっている鉄道橋です。


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鉄道橋の先に旧市街があります。
写真の右方向に駅と、この日のホテルがあります。


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崖上にサン・マウリツィオ教会があります。


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崖の途中から滝が流れています。


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カヴール通りを市庁舎がある中心街に進みます。


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写っている鐘楼はサン・マウリツィオ教会のものです。


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元々、この辺の川幅が広いのですが、雨続きのため、川の中州の殆どが水中に没していました。


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7月初旬でしたが、雨天続きの冷夏でした。


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先ほど渡ってきたCorso Costantino Nigraの橋です。橋の名前が分かりません。
写っている鐘楼はサン・グラート教会のものです。


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ペッローネ広場です。


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広場の名称は、広場の中心にあるエットーレ・ペッローネ・ディ・サン・マルティーノ将軍(トリノ、1789-ノヴァーラ、1849)のモニュメントがあることに由来します。
エットーレ・ペッローネ将軍は政治家、愛国者でした。


P1330836
雨が強くなってきました。


P1330840
カヴール通りを進んで市庁舎がある広場に向かいました。時計塔が写ってますが、市庁舎の時計塔です。


P1330841
雨のため、靴下まで濡れてきました。


P1330842
写真右の緑地はフェッランド広場です。


P1330843
ピエトロ・ルーカ通りの先に教会がありますが、強雨のため拝観する気が失せました。


P1330845
市庁舎に近付くと何故か金融機関の建物が多くなってきます。


P1330847
振り返って撮った写真


P1330849
雨を避けて柱廊を進みました。柱廊が有難いと思いました。


P1330850
ピアーヴェ通りです。通りの先にTempio Valdeseがありますが、拝観する気力が湧きません。


P1330851
Piazza Ferruccio Nazionaleです。


P1330852
広場の名称は、1944年に、この広場で絞首刑されたパルチザンに由来するそうです。


P1330856
Piazza Ferruccio Nazionaleに面して市庁舎が建ってます。


P1330854
市庁舎が建っている場所にデブルゴ病院がありましたが、1750年頃には荒廃して使用されなくなっていました。その病院を取り壊して、1758年から1761年に建設された市庁舎です。


P1330914
(つづく)

P2880203
パオロ・アッリ(アスティ、1868-1939)の「レオネット・オットレンギの肖像」(19世紀第4四半世紀)
パオロ・アッリはミケランジェロ・ピッタトーレの弟子です。


P2880207
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「エリア・モイーゼ・クラヴァの肖像」(1863)


P2880210
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「エリア・モイーゼ・クラヴァの妻の肖像」(1865)


P2880212
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「ラッファエーレ・デベネデッティの肖像」(1867)


P2880215
次の部屋です。


P2880217
ジュゼッペ・マンツォーネ(アスティ、1887-トリノ、1983)の「パオリーナ・モンド・タリッコの肖像」(1915c)


P2880220
ジュゼッペ・マンツォーネ(アスティ、1887-トリノ、1983)の「女性の肖像」(1912)


P2880222
ジュゼッペ・マンツォーネ(アスティ、1887-トリノ、1983)の「年輩の男の肖像」(1914)


P2880226
ジュゼッペ・マンツォーネ(アスティ、1887-トリノ、1983)の「年輩の女性の肖像」(1915)


P2880228
レオナルド・ビストルフィ(カザーレ・モンフェッラート、1859-トリノ、1933)の「磔刑」(1901以降)


P2880231
ジュゼッペ・マンツォーネ(アスティ、1887-トリノ、1983)の「静物画」(1912)


P2880233
パオロ・アッリ(アスティ、1868-1939)の「ジュゼッペ・マンツォーネの肖像」(1906)


P2880235
ジュゼッペ・マンツォーネ(アスティ、1887-トリノ、1983)の「老婆の肖像」(1910)


P2880237
ジョヴァンニ・ロヴェーロ(アスティ、1885-サヴォーナ、1971)の「母と子供」(1912)


P2880239
ジョヴァンニ・ロヴェーロ(アスティ、1885-サヴォーナ、1971)の「若い女性と子供」(1910)


P2880241
ルイージ・オネッティ(1876-1968)の「リンダ・ロベッキ・オネッティの肖像」(1916)


P2880243
ルイージ・オネッティ(1876-1968)の「ジャチンタ・キオッティ・オネッティの肖像」(1914)


P2880245
アンドレア・ピスタリーノ(アレッサンドリア、1897-トリノ、1960)の「私の母」(1926c)


P2880247
中2階の展示室に向かいます。


P2880248
作品紹介を省略させて頂きます。


P2880249
作品紹介を省略させて頂きます。


P2880250
作品紹介を省略させて頂きます。


P1290396
カミッロ・プロカッチーニ(ボローニャ、1551-ミラノ、1629)の「キリストの洗礼」(1595-1600c)


P1290397
ジャコモ・パラヴィチーノ(チーヴォ、1660-ミラノ、1729)の「羊飼いの礼拝」


P1290398
パオロ・パガーニ(ヴァルソルダ、1665-ミラノ、1716)の「聖家族」(1705-10c)


P1290399
ジョヴァンニ・バッティスタ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1603-パローディ・リーグレ、1684)の「聖体拝領の勝利と聖チェチリア」


P1290400
ジョヴァンニ・パオロ・チェルヴェット(ジェノヴァ、1630-1657)の「三位一体と聖人たち」(1652c)


P1290401
ジョヴァンニ・バッティスタ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1603-パローディ・リーグレ、1684)の「聖体拝領の勝利と偶像崇拝」(1670-80)


P1290531
グリエルモ・カッチャ(モンタボーネ、1568-モンカルヴォ、1625)の「ロザリオの聖母」


P1290532
裾絵


P1290533


P1290534


P1290525
フラーヴィオ・エヴァン・マルティノッティ(モンテマーニョ、1636-1694)の「アヴィーラの聖テレーザと聖ジョヴァンニ・デッラ・クローチェ」(1680-85c)


P1290528
ジョヴァンニ・バルトロメオ・カラヴォーリア(トリノ、1615c-1691)の「聖家族と聖ジョアッキーノと聖アンナ」(1662-63)


P1290537
バルトロメオ・ペリッツァ(アスティ、1597-1622)の「ロザリオの聖母と聖人たちと信者たち」(1590-96c)


P1290540
バルトロメオ・ペリッツァ(アスティ、1597-1622)?の「使徒たちの問答」(1590-1600c)


P1290543
ジョヴァンニ・バルトロメオ・カラヴォーリア(トリノ、1615c-1691)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(1663-67)


P1290546
アンドレア・ポッツォ(トレント、1642-ウィーン、1709)の「聖フランチェスコ・ザヴィエルの死」(1675-76)


P1290549
ピエトロ・パオリーニ(ルッカ、1603-1681)の「オロパのベアータ・ヴェルジネと聖エレーナと聖エウセビオとジャコモ・ゴリア司教」(1650-52)


P1290423
ジョヴァンニ・カリアーニの「スザンナを弁護するダニエーレ」(1625-30c)


P1290426
ハンス・メムリンク(ゼ―リンゲンシュタット、1430-ブルージュ、1494)の「キリストの鞭打ち」
これで終わりです。


P2880252
外に出ました。
(おわり)

P2880105
ピエモンテの逸名画家作「塙の中のシュラウド」(18世紀前半)


P2880108
オクタヴィアヌス・モンフォルト(ピエモンテ、1646-1696消息)の「果物と野菜の静物画」(17世紀中頃)


P2880109
オクタヴィアヌス・モンフォルト(ピエモンテ、1646-1696消息)の「果物と花とロブスターの静物画」(17世紀中頃)


P2880112
オクタヴィアヌス・モンフォルト(ピエモンテ、1646-1696消息)の「果物と花の静物画」(17世紀中頃)


P2880113
オクタヴィアヌス・モンフォルト(ピエモンテ、1646-1696消息)の「果物と野菜とロブスターの静物画」(17世紀中頃)


P2880117
シピオーネ・チニャローリ(ミラノ、1715-トリノ、1766)の「湖の風景」(1740c)


P2880120
1階(日本の2階)は終わりです。2階(日本の3階)に向かいます。


P2880121
エレベーターに乗らず階段を上りました。


P2880122
中2階がありますが、この階段では中2階に行けないようです。


P2880123
かなり戸惑う展示室です。


P2880124
フランチェスコ・アイエツ(ヴェネツィア、1791-ミラノ、1882)の「ルツ」(1853以降)


P2880126
紙に描かれた水彩画です。


P2880129
ジョヴァンニ・ミリアーラ(アレッサンドリア、1785-ミラノ、1837)の「アスティ・ドゥオーモ側面の景観」(1830-40c)


P2880131
次の部屋です。
アスティが生んだ19世紀の天才画家ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の作品が展示されてます。


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ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「自画像」(1845c)


P2880134


P2880135
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「母の肖像」


P2880138
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「父セバスティアーノの肖像」(1852)


P2880140
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「寓意」(1848)


P2880144
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「静物画」(1850)


P2880148
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「バルバラ・グリエル三ネッティ・ポルチェッリの肖像」(1856)


P2880151
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「セバスティアーノ・ポルチェッリの肖像」(1856)


P2880154
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「フィリッポ・ブランビッラの肖像」(1860)


P2880157
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「カテリーナ・ベッカーロ・ブランビッラの肖像」(1860)


P2880160
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「ステファノ・ボスキエーロの肖像」(1873)


P2880163
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「ジュゼッペ・タリッコの肖像」(1895)


P2880166
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ・フェッラ―ロの肖像」(1880)


P2880168
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「マルチェッリ―ナ・ソルバ・マルティンの肖像」(1890)


P2880171
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「マリア・テルツゥオーロ・ヴォリオーロ」(1888)


P2880174
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「ジョヴァンニ・マッテオ・パルミエーロの肖像」(1879)


P2880177
ミケランジェロ・ピッタトーレの作品が続きます。


P2880179
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「トラステヴェレの男の肖像」(1853-55)


P2880182
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「聖ピエトロ」(1852-55)


P2880185
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「ジュゼッペ・ピコッティの肖像」(1859)


P2880188
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「ドメニカ・ジェルビの肖像」(1877)


P2880190
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「窓の女」(1870-80)


P2880194
ルドルフ・レーマン(1819-1905)の「ミケランジェロ・ピッタトーレの肖像」(1874)


P2880197
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「乞食としての自画像」(1894)


P2880199
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「Via Crucis」(19世紀末)


P2880200


P2880201
(つづく)

P2880006
次の部屋です。


P2880008
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の作品です。


P2880010
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の作品です。


P2880014
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の作品です。
題名は全部違いますが、私の目には同じ作品にしか見えないので、題名は省略です。


P2880016
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の作品です。
ブレませんね。


P2880005
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の作品です。
趣が多少違います。


P2880015
詳細不知


P2880018
ピエモンテ製の「輿」(18世紀後半)


P2880020
次の部屋です。


P2880022
制作者情報不知の天井のスタッコ彫刻とフレスコ画


P2880023
詳細不知


P2880026
詳細不知


P2880027
ピエモンテ製のテーブルと椅子(18世紀)


P2880030
オーガー・ルーカス(パリ、1685-1765)の「詩の寓意」


P2880033
オーガー・ルーカス(パリ、1685-1765)の「香り」


P2880040
ロンバルド製「整理箪笥」(18世紀第2四半世紀)


P2880038
アウグスト・ケルフルト(ドイツ、1696-ウィーン、1761)の「狩猟中の休息」


P2880042
アウグスト・ケルフルト(ドイツ、1696-ウィーン、1761)の「騎馬の婦人がいる風景」


P2880044
次の部屋です。


P2880046
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の「目の見える人」(1972-73)


P2880048
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の「Senza titolo」(1979)


P2880050
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の作品です。


P2880051
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の作品です。


P2880052
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の作品です。


P2880054
次は、Sala delle Grandi Tele 大きなキャンバス絵の間です。


P2880056
ロンバルドの逸名画家作「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」(17世紀後半)


P2880057
光るので角度を変えて撮ってみました。


P2880060
ピエトロ・ラヴェーリア(パリ、1625-アスティ、1675)とジョヴァンニ・アントニオ・ラヴェーリア(アスティ、1658-1710以降没)の「ブルボア川沿いのキリストと使徒たち」(1671c)
ジョヴァンニ・アントニオはピエトロの息子です。


P2880063
ジャン・カルロ・アリベルティ(カネッリ、1670-アスティ、1727)の「聖アンナと聖カルロ・ボッロメオと聖クリスティーナ」(1716-17)


P2880066
ロンバルドの逸名画家作「エジプトへの逃避途中の休息」(18世紀初め)


P2880070
ロンバルドの逸名画家作「聖ジュゼッペの死」(18世紀初め)


P2880072
オルソラ・マッダレーナ・カッチャ(モンカルヴォ、1600c-1676)の「救世主」(17世紀中頃)


P2880076
次の部屋です。


P2880077
Alcova (壁の奥に造った寝室)


P2880078
スタッコ彫刻(1684)


P2880081


P2880082


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P2880080
天井のフレスコ画は、アナクレート・ラレット(グラ―ナ、1874-アスティ、1950)の「愛によって戴冠したフローラ」(1939)


P2880084
逸名画家作「セレーネとエンディミオン」(17世紀後半)


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貴重品箱(17世紀後半)


P2880088
コルネリス・デ・ワール(アンヴェルサ、1592-ローマ、1667)工房作「狩猟中の休息」(17世紀第2四半世紀)


P2880091
ジェノヴァの逸名画家作「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(17世紀中頃)


P2880094
ジョヴァンニ・バッティスタ・カステッロ(ジェノヴァ、1547c-1639)の「キリストの洗礼」(1625)


P2880096
ヴェネトの逸名画家作「磔刑と聖マリア・マッダレーナ」(16世紀末)


P2880097


P2880100
クレタ=ヴェネツィアの逸名画家作「マギの礼拝」(18世紀)


P2880102
(つづく)

P2870926
次の部屋です。


P2870952
Sala dello Zodiaco


P2870928
天井のフレスコ画


P2870929
サルヴァトーレ・ビアンキ(ヴェラーテ、1653-1727)の「時間の寓意」


P2870930


P2870931
ピエモンテの工芸家と画家による「暖炉」(18世紀)


P2870936
ピエモンテ製「ソファー」(18世紀中頃)


P2870939
ピエモンテの逸名画家作「貴婦人の肖像」(18世紀第2四半世紀)


P2870941
ピエモンテの逸名画家作「貴婦人の肖像」(18世紀第2四半世紀)


P2870945
ピエモンテの逸名画家作「ビアージョ・アルファッショ・グリマルディ伯爵の肖像」(18世紀第1四半世紀)


P2870946
ピエモンテの逸名画家作「フランチェスカ・デ・リザランツゥの肖像」(18世紀第1四半世紀)


P2870951
ピエモンテの工芸家作「壁のテーブル」(17世紀末)


P2870953
マリア・ジョヴァンナ・バッティスタ・クレメンティ通称ラ・クレメンティ―ナ(トリノ、1692-1761)の「ジュゼッペ・ジョヴァンニ・アルファッショ・グリマルディ伯爵の肖像」(1745)


P2870957
マリア・ジョヴァンナ・バッティスタ・クレメンティ通称ラ・クレメンティ―ナ(トリノ、1692-1761)の「ヴィットリア・マリア・エリザベッタ・ガゼッリ・ディ・セルヴィの肖像」(1745)


P2870962
ヨハン・スターバス(アムステルダム、1679-ストックホルム、1724)の「騎乗のルイ14世」(17世紀末-18世紀初頭)


P2870965
フランドルの逸名画家作「ジョヴァンニ・バッティスタ・デ・リザランツゥの肖像」(17世紀初頭)


P2870967
次の部屋です。


P2870972
Galleria Mazzetti


P2870968
天井のフレスコ画


P2870969
ジュゼッペ・アントニオ・カッチョ―リ(ボローニャ、1672-1740)の「栄光のマゼッティ家」(1728)


P2870970
ジュゼッペ・アントニオ・カッチョ―リ(ボローニャ、1672-1740)の「ライオンが引く戦車に乗ったピエモンテ王子」(1728)


P2870971
詳細不知


P2870975
ピエモンテの逸名画家作「マリア・テレーザ・ディ・サヴォイアの肖像」(1817)


P2870977
ピエモンテの逸名画家作「マリア・ベアトリーチェ・ディ・サヴォイアの肖像」(1817以降)


P2870979
ピエモンテの逸名画家作「ヴィットリオ・エマヌエーレ1世の肖像」(1817以降)


P2870981
ピエモンテの逸名画家作「マリア・テレーザ・ディ・オーストリア・エステの肖像」(1817以降)


P2870982
制作者情報不知の「ジョヴァンニ・バッティスタ・マッゼッティ伯爵の胸像」


P2870984
次の部屋です。


P2870985
紋章の間


P2870986
1935年に描かれたアスティ県のコムーネの紋章


P2870987


P2870988
1937年、アスティ貯蓄銀行によって修復された装飾


P2870990
オッタヴィオ・バウッサーノ(アスティ、1898-1970)の「14世紀半ばのアスティ」


P2870992


P2870991


P2880001


P2880002
ヴァレリオ・カステッロの傑作が2点展示されてます。


P2870995
ヴァレリオ・カステッロ(ジェノヴァ、1624-1659)の「エレーナの強奪」(1650-59)


P2870998
ヴァレリオ・カステッロ(ジェノヴァ、1624-1659)の「ルクレツィアの死」(1650c)


P2880004
(つづく)

P2870837
次の部屋です。


P2870838
イタリア製婦人服(17世紀第3四半世紀)


P2870840
イタリア製燕尾服(1780-90)


P2870842


P2870843
ブリュッセル製綴れ織り布(16世紀中頃)


P2870846
次の部屋です。


P2870847
ボンツァニーゴの間です。
彫刻家、キャビネット制作者、象牙細工者、家具職人だったジュゼッペ・マリア・ボンツァニーゴ(アスティ、1745-トリノ、1820)が制作した作品が展示されている部屋です。


P2870849
ラッファエッロ作品コピーを組み込んだ記念碑(1808)


P2870851


P2870852


P2870853


P2870854


P2870855
次の部屋です。


P2870856
陶器の展示です。


P2870858


P2870860


P2870862
次はSala del Polittico di San Martino Alfieriです。
Maestro di San Martino Alfieriによって1503年から1504年に描かれた多翼祭壇画のパネルが展示されてます。多翼祭壇画は既に各パネルに分解されて、行方不明のパネルが数点あります。


P2870864
Maestro di San Martino Alfieriの「聖母戴冠」(1503-04)


P2870867
Maestro di San Martino Alfieriの「聖職者たちと信者たち」(1503-04)


P2870872
Maestro di San Martino Alfieriの「ご誕生」(1503-04)


P2870874
Maestro di San Martino Alfieriの「修道女たちと信者たち」(1503-04)


P2870880
Maestro di San Martino Alfieriの「受胎告知される聖母」(1503-04)


P2870882
Maestro di San Martino Alfieriの「ご訪問」(1503-04)


P2870883
Maestro di San Martino Alfieriの「一般の寄進者たち」(1503-04)


P2870886
Maestro di San Martino Alfieriの「聖母被昇天」(1503-04)


P2870890
次はSala dei Ritratti 肖像画の間です。


P2870891
床に置かれた敷布


P2870892
天井のスタッコ彫刻とフレスコ画


P2870893
制作者情報不知の「ヴィーナスとアモーレ」


P2870896
ピエモンテの逸名画家作「ジュゼッペ・アミーコ伯爵の肖像」(1730-40)


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ジョヴァンニ・エンリコ・ヴェイマー(ジェノヴァ、1665-1738)の「ジェノヴァ執政長官の肖像」(17世紀末-18世紀初頭)


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ピエモンテの職人作「鏡」(18世紀中頃)


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フランスの逸名画家作「ルイージ・カミッロ・ゴルティエーリ修道院長の肖像」(19世紀初頭)


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アデオダート・マラテスタ(モデナ、1806-1891)の「トンプソン卿の肖像」(1847)


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ソフィア・ジョルダーノ(トリノ、1778-1829)の「ジャチント・ヴィナイの肖像」(1813)


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ダヴィド・リヒター(ストックホルム、1662-ウィーン、1735)の「女性の肖像」(1720-30)


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ジョアッキーノ・アッセレート派逸名画家作「Nicolo Zoagliの肖像」(1640-49)


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ジェノヴァの逸名画家作「Vincenzo Zoagliの肖像」(17世紀中頃)
(つづく)

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歴史的建造物が建ち並ぶ、アスティ随一の目抜き通りCorso Vittorio Alfieriです。


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Torre dei Comentiniです。道を挟んで、塔の向かいにPalazzo Mazzettiがあります。


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写真右の建物がPalazzo Mazzettiです。


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Palazzo Mazzettiの端にアスティ市立美術館があります。


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Palazzo Mazzettiはアスティの貴族Mazzetti家によって1442年に建設された邸宅兼要塞です。


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Palazzo Mazzettiが建設された当時のアスティは政情不安定だったので、要塞の機能を備えた邸宅でしたが、時代を経るにつれて政情が徐々に安定するようになりました。それに伴い、Palazzoは堅固な構えが不必要となったので、17世紀に要塞機能が廃され、増設改修拡張されました。
現在の姿は、1751年に完了した増設改修拡張後のものです。


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市立美術館の入り口です。
1937年、建物はアスティ貯蓄銀行の所有となり、同銀行が修復工事を行いました。工事完了後の1940年、同銀行からの管理運営依頼に基づき、アスティ市立美術館がオープンしました。


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入館しました。


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美術館は中2階を含めて4フロアから成ってます。


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切符売り場近くの地上階に置かれた彫刻(詳細不知)


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階段を上ります。


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階段の踊り場に置かれた彫刻(詳細不知)


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階段の踊り場に置かれた彫刻(詳細不知)


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詳細不知


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展示室への入り口です。


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展示室に入室しました。


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アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の「布地」(1978)


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アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の「地図」(1985)


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アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の「地図」(1989)


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ジャコモ・グロッソ(トリノ、1860-1938)の「La Femme(毒婦?)」(1895)


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次の部屋です。


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ロレンツォ・デッレアーニ(ポッローネ、1840-トリノ、1908)の「巡礼」


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ジョヴァンニ・ミケーレ・グラネリ(トリノ、1708-1762)の「聖フィリッポ・ネリとカンタリーチェの聖フェリーチェの邂逅と大道芸人」(1754)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ピットーニ(ヴェネツィア、1687-1767)と工房の「聖バルトロメオの殉教」(1735以降)


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ジョヴァンニ・ミケーレ・グラネリ(トリノ、1708-1762)の「寺院から商人たちを追放するキリスト」(1756)


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ジョヴァンニ・ミケーレ・グラネリ(トリノ、1708-1762)の「カナの晩餐」(1756)


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次の部屋です。日本のものが展示されてます。


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江戸時代の鎧(18世紀末-19世紀初頭)


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明治時代の有田焼(19世紀末-20世紀初頭)


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明治時代の有田焼(19世紀末-20世紀初頭)


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ジュゼッペ・マンツォーニ(アスティ、1887-1983)の「海軍少将エンリコ・セコンド・グリエルミネッティの肖像」
この部屋の日本関係の展示作品は、この人が収集したもので、彼の遺言によってアスティ市に寄贈されたものです。


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日本のもの


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有田焼(18世紀)


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次の部屋です。


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フランチェスコ・フェリーチェ・プレデッジョ(トリノ、18世紀前半活動)の「シセラを殺すヤエル」


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ピエモンテの逸名画家作「ご訪問」(17世紀末-18世紀初頭)


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フランチェスコ・フェリーチェ・プレデッジョ(トリノ、18世紀前半活動)の「ホロフェルネスの首を持つユディト」


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ジョヴァンニ・フェリーチェ・ラメッリ(アスティ、1668-ローマ、1741)の「老人の肖像」(18世紀第1四半世紀)


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ピエトロ・ラヴェーリア(パリ、1625-アスティ、1675)の「リマの聖ローザと聖人たち」(17世紀後半)


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グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568?-モンカルヴォ、1625)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1609-15)
(つづく)

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昼食を食べた店があるローマ広場です。


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Torre dei Comentini


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写真右の建物はアスティ貯蓄銀行です。


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アスティの目抜き通りCorso Vittorio Alfieriです。


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夕方になると人出が急増するイタリアの街ですが、未だ午後4時過ぎなので混雑とは程遠い状態です。


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振り返って市立美術館の方向を撮った写真です。


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この日に開いている教会は少なそうなので、これ以上教会巡りをしても意味があるとは思えません。


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次を左折すればTorre Troyanaです。


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Teatro Comunale Vittorio Alfieri


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この日の公演はありません。


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ホテルに戻ることにしました。


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4年後、アスティに来ました。


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近頃、新たに(初めて)訪れるコムーネは皆無になりました。


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この日のお宿に向かいました。


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今回のお宿はカヴール通りに面した、写真右のホテルにしました。


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行く所は前回とほぼ同じで、塔と教会巡りと市立美術館が目的です。


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サン・パオロ広場です。写真左にサン・パオロ教区教会があります。


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サン・パオロ教区教会の扉が開いてました。早速拝観しました。


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既に紹介したので、拝観の様子は省略です。


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街の中心、サン・セコンド広場に向かいます。


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Torre dei Guttuari


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旧エルベ広場です。
16世紀、塔は約半分に切り取られましたが、1898年の現在の姿に復元されました。


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ギベルティ党のグットゥアーリ家が塔を含んだ邸宅を12世紀から13世紀に建設しました。邸宅は現存してません。


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街の中心、サン・セコンド広場です。


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赤地に白十字の旗が目立ちます。


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赤地に白十字はアスティの旗です。


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サン・セコンド参事会教会です。


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拝観しました。


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市庁舎


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次は市立美術館です。


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突き当りが目抜き通りのCorso Vittorio Alfieriです。


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Corso Vittorio Alfieriに出ました。少し進めば市立美術館です。


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Torre dei Comentiniの先が市立美術館です。


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ローマ広場


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市立美術館があるPalazzo Mazzettiです。


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入館しました。


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外に出ました。


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繰り返しになるので、この辺で止めておきましょう。


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(おわり)

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次はサン・ジュゼッペ聖域です。


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Via Giosue Carducciにある中学校です。


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サン・ジュゼッペ聖域があるカイローリ広場に向かいます。


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通りの先に教会の建物があります。


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Piazza Fratelli Cairoliです。


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Santuario Oblati di San Giuseppeです。


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1727年に、この地に建設された女子修道院教会が前身です。19世紀にネオ・ゴシック様式に再建された建物です。


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ファサードにある「幼きキリストを抱く聖ジュゼッペ」(19世紀)


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ファサードの入り口上ルネッタの装飾


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扉が閉まっていましたが、中に必見の作品がないので問題がありません。


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広場にあるウンベルト1世のモニュメント


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写真右にPalazzo Alfieriが見えます。


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通りの先に塔と教会が見えます。


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Torre Rossa とサンタ・カテリーナ教会です。


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塔は三層構造になっていて、最下層は紀元前1世紀に建設された城壁の監視塔です。真ん中の第二層は、10世紀に建設された初代のサン・セコンド教会の鐘楼として11世紀に追加されました。最上部の第三層は18世紀に増設されました。教会の建物は刑務所に転用され、塔は囚人たちの監視塔になりました。


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塔の高さは約24mあります。


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16角形、ロマネスク様式の塔です。


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サンタ・カテリーナ教会のファサードの方に回ります。


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写真左はサンタ・カテリーナ教会です。写真右の壁にフレスコ画があります。


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そのフレスコ画です。


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僅かに残されている城壁です。アスティの城壁は大部分が取り払われ、道路になってます。


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サンタ・カテリーナ教会です。


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サン・セコンド修道院教会が前身ですが、1732年に取り壊され、現在のバロック様式の建物は1766年から1773年に建設されました。


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1929年、フランチェスコ会の所有となりました。


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クーポラの高さは35mです。


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Corso Vittorio Alfieriを中心部に向かって進みます。


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写っている塔は(写真手前の)Torre Troyanaです。


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道路が濡れてますが雨が降ったのではなくて、散水清掃車が通ったからです。


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Torre dei Nattaです。


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写真正面の建物の右側に塔があります。


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写真右の塔です。


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13世紀に建設されたTorre De Deregibusです。


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高さ27mの塔です。


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アスティの貴族De Regibus家の邸宅の塔として建設されました。その邸宅は現存しません。


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Corso Vittorio Alfieriをローマ広場方向に進みます。


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振り返って撮った写真です。


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Torre Comentinaが見えます。


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写真左の建物はPalazzo Mazzettiです。


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この日の午前中に入館した市立美術館です。


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Stemma Comentina


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P1290913
(つづく)

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