イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 記事は一日に一つアップしています。記事の見方ですが、例えば「ボルゲーゼ美術館の展示作品(その4)」は2017年10月20日にアップしました。各記事にカレンダーが表示されてますが、カレンダー上の2017年10月21日をクリックして頂ければ「ボルゲーゼ美術館の展示作品(その5)」になります。(その3)は2017年10月20日となります。 BY:シニョレッリ

カテゴリ: ヴェネト州

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聖ビアージョ?


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カンポサンピエトロのサン・ビアージョ教区教会にありました。


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トンマーゾ・ダ・モデナ(モデナ、1326-1379)の「聖オルソラの物語」(1355-58c)のフレスコ画が展示されてます。


116
トレヴィーゾのサンタ・マルゲリータ・デリ・エレミターニ教会です。
「聖オルソラの物語」のフレスコ画は、この教会にありました。


117
現在は、教会活動を停止しています。
トンマーゾ・ダ・モデナは、トレヴィーゾに少なくても10年滞在しました。その間、幾つかの教会でフレスコ画などを制作しました。


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サントルソラ礼拝堂にあったフレスコ画は、11場面に分割されて展示されてますが、その展示は聖オルソラの物語の順番通りになっていません。
「大使に結婚申し入れを渡すイングランド王」
イングランド王は、ブルターニョ王の娘オルソラを息子の嫁に迎えようとして、大使を派遣して、その申し入れ文書をブルターニョ王に渡すように命じます。


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この場面がサントルソラ礼拝堂の何処にあったのかを示してます。


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イングランド王からの文書を読むブルターニョ王


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聖オルソラの船出


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ローマに到着して教皇に歓迎される聖オルソラ


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教皇チアリ―コの夢


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教皇帽を放棄する教皇


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聖オルソラの母との別れ


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この人がここから去りません。


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話す、話す、話す


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お手上げです。私が観ているのは当然気が付いてます。それでも立ち止まってます。呆れました。


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イングランド王の息子、王子の洗礼
聖オルソラと結婚するために異教を放棄してキリスト教の洗礼を受ける王子です。


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栄光の聖オルソラ(写真再掲)


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ローマへの巡礼(写真再掲)


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聖オルソラの殉教(写真再掲)


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キオストロ回廊に出ました。


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回廊の壁に描かれたフレスコ画を見ます。


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墓石の展示


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外に出ます。


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絵画部門の展示室が未整備のようで、見ることが出来た作品が相当限定されました。それが残念でした。


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柱廊のフレスコ画を見ます。


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これです。


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非常に充実した市立美術館です。
(おわり)

旧サンタ・カテリーナ教会の続きです。
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磔刑の礼拝堂です。


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サンタ・カテリーナ教会にあった、この教会オリジナルのフレスコ画です。


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トリッティコ(1352)


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トレヴィーゾのサン・パオロ修道院にありました。


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永遠なる父(1525-50c)


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何処にあったのか、は不明のようです。


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磔刑像(14世紀末-15世紀初頭)


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サン・テオニスト教会にありました。


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小作品が展示されてます。


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象牙細工の磔刑像です。


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「聖人たち」(14世紀後半-15世紀初頭)
左端はアレッサンドリアの聖カテリーナです。


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聖ルチア


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詳細不知


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聖アガタ


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天井


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三位一体


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受胎告知


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アレッサンドリアの聖カテリーナ


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14世紀後半のフレスコ画


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騙し絵


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ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ(ファブリアーノ、1370-ローマ、1427)の「聖母子と聖マルゲリータ」(1412)
何処にあったのか、分からないようです。


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聖母子と四聖人
サンタ・カテリーナ教会にあったフレスコ画です。


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磔刑(1450-55c)


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ダーリオ・ダ・トレヴィーゾ(ポルデノーネ?、1420c-コネリアーノ、1498)の作品は、トレヴィーゾのサンタ・マルゲリータ・デリ・エレミターニ教会にありました。


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磔刑


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天井


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詳細不知


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聖ビアージョ


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(つづく)

100
絵画、彫刻部門です。


101
ロレンツォ・ロット(ヴェネツィア、1480c-ロレート、1556/1557)の「ドメニコ会修道士の肖像」


102
パリス・ボルドン(トレヴィーゾ、1500-ヴェネツィア、1571)の「玉座の聖母子と聖ジョヴァンニ・バッティスタと聖ジローラモ」


103
パリス・ボルドン(トレヴィーゾ、1500-ヴェネツィア、1571)の「キリストの復活」


104
ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1430-1516)の「聖母子」


105
ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ(ファブリアーノ、1370-ローマ、1427)の「聖母子と聖マルゲリータ」(1412)
現在は旧サンタ・カテリーナ教会で展示されてます。


106
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1488/1490-ヴェネツィア、1576)の「スペロ―ネ・スぺローニの肖像」(1544)


107
フランチェスコ・アイエツ(ヴェネツィア、1791-ミラノ、1882)の「家族の肖像」(1807)


108
ジャンドメニコ・ティエポロ(ヴェネツィア、1727-1804)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの説教」


109
ロザルバ・カッリエーラ(ヴェネツィア、1673-1757)の「女性の肖像」(1720-21c)
ロザルバ・カッリエーラは、パステルによる肖像画を得意にした女流画家です。


110
ロザルバ・カッリエーラ(ヴェネツィア、1673-1757)の「若い女性の肖像」(1720-21)


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旧サンタ・カテリーナ教会の中に入りました。


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旧サンタ・カテリーナ教会の構造図


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「サン・マルコの有翼のライオン」(15世紀)


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「磔刑像」(15世紀初め-中頃)


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旧教会内にあるフレスコ画は、元々サンタ・カテリーナ教会にあったものと、他の教会にあったものを剥離して移設されたものが混在しているので、注意が必要です。


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「受胎告知される聖母」


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詳細不知


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トレヴィーゾにあったサンタ・マルゲリータ・デリ・エレミターニ教会にあったトンマーゾ・ダ・モデナ(モデナ、1326-1379)のフレスコ画「聖オルソラの物語」(1355-58c)が展示の中心です。


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相当イタミがあるフレスコ画です。


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トレヴィーゾのサンタ・マルゲリータ・デリ・エレミターニ教会のサントルソラ礼拝堂にあったフレスコ画です。


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「最後の審判」


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トレヴィーゾのサン・バルトロメオ教会にあったフレスコ画です。


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サンタ・カテリーナ教会のフレスコ画(14世紀)


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柱のフレスコ画(14世紀)はサンタ・カテリーナ教会に元々あったものです。


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ここでも剥離フレスコ画が展示されてますが、サンタ・カテリーナ教会サントルソラ礼拝堂にあったものです。


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トンマーゾ・ダ・モデナ(モデナ、1326-1379)の「玉座の聖母子」(1355-57c)


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「栄光の聖オルソラ」


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(つづく)

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引き続き考古学部門の展示です。


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ローマ時代の肖像頭像です。


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有名な皇帝頭像もあります。


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皇帝ネロ


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女神フォルトゥーナ像(2-3世紀)


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女性の頭像(3世紀中頃)


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若きマルクス・アウレリウスの頭像(130-138c)


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男の頭像(2世紀)


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ローマ時代の「ヴィーナス」


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ローマ時代のボウル


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モザイク(2-3世紀)


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モザイク(3世紀)


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モザイク(3世紀)


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モザイク(3世紀)


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モザイク(2世紀中頃)


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ローマ時代の副葬品


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ローマ時代の副葬品


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副葬品(1世紀)


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副葬品(1世紀)


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副葬品(1世紀)


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ローマ時代のガラス製品


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墓碑(1世紀)


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墓石(1世紀)


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墓石(1世紀)


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墓石(1世紀)


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ローマ時代のランプ


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ローマ時代のランプ


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ローマ時代のランプ


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碑文(1世紀)


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ローマ時代のブロンズ製品


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解放奴隷の墓(1世紀)


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ローマ時代のガラス製品


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これで考古学部門を終わります。
(つづく)

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引き続き考古学部門の展示です。


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ローマ時代のモザイク


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(つづく)

134
カルロ・アルベルト通りの突き当りにサンタ・カテリーナ教会修道院があります。


137
サンタ・カテリーナ教会です。1772年に閉鎖されてから宗教活動が再開されることがない旧教会です。


136
こちらはサンタ・カテリーナ修道院だった建物です。


138
サンタ・カテリーナ教会修道院が建っている場所に、1283年からトレヴィーゾのシニョーリを務めるダ・カミーノ家の宮殿が建っていました。


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1306年、ダ・カミーノ家当主がその長男に宮殿内で殺害され、その長男も宮殿のロッジャで反乱軍によって暗殺され、ダ・カミ―ロ家はトレヴィーゾから追放されました。
追放後、ダ・カミ―ロ宮殿は放置され、荒廃しましました。


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1346年、マリアの下僕托鉢修道会が修道院建設を当時のポデスタに願い出ました。ポデスタは、荒廃したダ・カミーノ宮殿の土地と建物を与えました。
宮殿だった建物の一部を利用して、1346年、修道院と教会の建設が開始されました。


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1348年、ペスト禍によって建設工事が中断しましたが。ペストの流行が落ち着くと工事が再開され、15世紀初頭に完成しました。
当初は、サンタ・マリア修道院教会と呼ばれていましたが、後にサンタ・カテリーナ教会修道院と改称されました。


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1772年、修道院抑圧政策によってサンタ・カテリーナ教会修道院は閉鎖され、ヴェネツィア共和国の国有財産となりました。同年、競売が行われ、ベルフィオーレのフランチェスコ会三次尼僧の所有となりました。修道院抑圧政策で修道士を追放したにも拘らず、尼僧に落札させたのは矛盾のように思えます。


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1806年、ナポレオンの抑圧令によって、サンタ・カテリーナ教会修道院の建物はフランス軍に接収されて、軍事施設に転用されました。フランス軍の撤退後も国有の軍事施設として継続使用され、その状態は第二次世界大戦の終戦まで続きました。


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1944年4月7日と1945年3月10日の、ドイツ軍によるトレヴィーゾ空爆の際、修道院教会の建物は爆撃を受けて大きな被害を受けました。
戦後になっても建物の修復は未着手のまま放置されました。


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1974年、サンタ・カテリーナ修道院教会の建物に市立美術館の設置が決定されましたが、資金難のために建物の修復が中々進捗しませんでした。


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修復が済んだ建物の一部を使用して、市立美術館が2003年に部分開館しました。本格的な開館は2015年のことでした。
現在も建物の修復工事が継続されており、美術館は更に拡大されることになってます。


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修道院のファサード


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市立美術館の入り口です。


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月曜日が休館ですが、月曜以外は開館するものの毎日昼休みがあります。


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サンタ・カテリーナ修道院教会の鐘楼です。


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後陣


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修復が少し進んだ後陣


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サンタ・カテリーナ教会ファサードの隣にあるCappella degli Innocentiのファサードです。


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Cappella degli Innocentiファサード上部にあるモノグラム


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サンタ・カテリーナ教会の構造図


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美術館の扉が開きました。


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入館します。


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美術館は、考古学部門、絵画彫刻部門、サンタ・カテリーナ教会の三部門構成です。


154
入館すると先ずキオストロ回廊に出ます。


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長期間、軍事用に転用され、第二次世界大戦における二度の爆撃を受けたので、20世紀後半に復元された回廊です。


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それでもフレスコ画が僅かに残されてます。


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回廊の壁のフレスコ画断片


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回廊を経由して展示室に向かいます。


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現代抽象画が回廊にありました。


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現代抽象画は特別展示であって、常設ではないと思います。


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この日は階上で展示されていました。


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考古学部門から見て回りました。


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石器時代の展示


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青銅器


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鉄器


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(つづく)

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Palazzo dei Trecentoです。


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この日、食のフェスタが開催中でした。


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ヴェネツィア領だったことを示す「有翼の獅子像」


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次はサン・フランチェスコ修道院教会です。


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サン・フランチェスコ修道院教会の鐘楼です。


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サン・フランチェスコ修道院教会です。


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1216年、聖フランチェスコ(アッシジ、1182-1226)から派遣された修道士たちがトレヴィーゾに到着しました。すぐに定住して修道院を建てることが許され、聖母に捧げられた小さな修道院と礼拝堂が、現在の場所に建設されました。


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しかし、信者や修道士希望者が増える一方になり、建設されたばかりの聖母に捧げられた修道院と礼拝堂は手狭になってしまいました。


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教会のファサード
従来の建物が取り壊され、1231年から修道院と教会の建設が始まり、1270年完成した建物が現在の姿の原形となってます。


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1797年、フランス軍によって修道士が追放され、建物は接収されて兵舎に転用されました。


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フランス軍の撤退後、1806年、今度はイタリア王国の所有となり、イタリア王国軍の軍馬の厩舎として使用されることになりました。その際、修道院の回廊が半分破壊されたそうです。


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1920年頃から修復工事が行われ、1926年の工事完了を待って再び宗教活動が再開されました。少し新しく見える箇所は、修復された部分です。


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聖フランチェスコのブロンズ像が置かれてます。


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聖フランチェスコのブロンズ像は、ロベルト・クレメシーニ(ロヴィーゴ、1944-)の作品です。


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キオストロ


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キオストロ回廊


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1920年台に修復されました。


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回廊の壁は綺麗に塗装されてます。


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フレスコ画の痕跡すらもないようです。


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美術的な見所は全くないキオストロ回廊です。


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二廊式、ゴシック様式の内部です。


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美術的な見所が多い教会です。


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T字形の後陣、二廊式の珍しい構造をしています。


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制作者不明の「パドヴァの聖アントニオ」


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ピエトロ・アリギエーリの墓
ピエトロはダンテの弟です。


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アルヴィーゼ・ヴィヴァリーニ(ヴェネツィア、1446-1502)の「聖会話」(1480)


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ヴィットーレ・カルパッチョ(ヴェネツィア、1465-1520)の「聖ジョアッキーノと聖アンナの邂逅」


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次は市立美術館です。


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サン・レオナルド教会を通り過ぎます。


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この日、水量が多く、流れが急でした。


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水車が動いていました。


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水車の目的が分かりません。


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動いていないことが多かったと思います。


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魚市場が営業中でした。


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写真右の道を進みます。


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突き当りが市立美術館が置かれているサンタ・カテリーナ教会修道院です。


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美術館の入り口です。


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入館しました。


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キリがないので、この辺で終わりにしましょう。
(トレヴィ―ゾの街歩き おわり)

168
サンタ・マリア・マッジョーレ広場にやってきました。


170
サンタ・マリア・マッジョーレ教会です。


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この場所に1世紀から3世紀に建設されたエジプトの女神イシスを祀る異教の寺院がありましたが、キリスト教が国教となるに伴い、初期キリスト教会に転用されました。


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899年、マジャール人の侵攻によって初期キリスト教会は、破壊されてので、11世紀に再建されました。


172
15世紀中頃、二代目の建物は経時劣化のため破壊され、三代目の建物が1473年に創建され、16世紀に完成しました。そのヴェネツィア式ゴシック様式の三代目の建物が現在の姿です。


174
左側壁です。


173
後陣


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19世紀の制作されたエッチングです。鐘楼が低いことが分かります。


171
ファサードよりもかなり高い現在の鐘楼です。時計塔にするために20世紀に鐘楼が改造されたのです。


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20世紀に追加された時計


169
美術的な見所は、トンマーゾ・ダ・モデナに帰属するフレスコ画でしょう。


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三廊式、ゴシック様式の内部です。


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マドンナ・グランデ礼拝堂です。


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礼拝堂の祭壇


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トンマーゾ・ダ・モデナ(モデナ、1326-1379)に帰属する「マドンナ・グランデ」


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マドンナ・グランデ礼拝堂の上にもフレスコ画があります。


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15世紀のフレスコ画


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他にも見所が沢山あります。


175
古そうな建物にフレスコ画があります。


176
かなり出来が良い「聖母子」ですが、制作者や制作された時期などが分かりません。


177
洪水の心配がありそうですが・・・・・


178
水位が低い場所が大部分です。


179
ホテルに戻りました。


001
トレヴィーゾの城壁です。


001
ホテルの部屋からの眺めです。


002


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この日は快晴でした。


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トレヴィーゾの紋章が壁にあります。


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非常に心地よい日でした。


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見慣れた光景です。


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サン・マルティーノ・ウルバーノ教会です。ラ・スペツィア大聖堂の小型版の建物に見えます。


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街の中心に向かいます。


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ポポロ通りです。


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マリオ・デル・モナコ像を見ます。


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イタリアの名オペラ歌手マリオ・デル・モナコ(ガエータ、1915-メストレ、1982)像です。


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フィレンツェ生まれとされていたマリオですが、後にマリオ自身がガエータ生まれと言ったそうです。晩年、腎臓を患ったモナコはトレヴィーゾ郊外の別荘で腎透析などの治療を受けていましたが、心臓発作を起こし、メストレの病院に運ばれて、そこで没したのです。


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トレヴィーゾのシンボル、時計塔です。


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(つづく)

127
次は市立美術館です。


133
カルロ・アルベルト通りを進みます。


134
通りの突き当りがトレヴィーゾ市立美術館です。


137
サンタ・カテリーナ教会修道院だった建物が市立美術館になってます。


153
入館しました。


154
旧修道院のキオストロ


P2490226
美術館は、考古学部門、絵画・彫刻部門、教会のフレスコ画の三部門構成です。


p1320561
ジョヴァンニ・ベッリーニの「聖母子」


P2490273
サンタ・カテリーナ教会の建物です。


156
キオストロ回廊
市立美術館については、項を改めて詳しく取り上げます。


136
外に出ました。


135
市立美術館の周囲を見て回ります。


140
旧サンタ・カテリーナ教会の後陣です。


141
サンタ・カテリーナ教会後陣前は広場になってます。


143
ジャコモ・マッテオッティ広場です。


142
街の中心に向かう通りです。


144
写っている鐘楼は、サンタ・カテリーナ教会修道院のものです。


145
サン・トンマーゾ門です。


146
1516年、市域の拡大によって新たに築かれた城壁の門として建てられました。


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門の名称は、門の直ぐ傍にあった、今は破壊されて存在しないサン・トンマーゾ・ベケット教会に因んでます。


147
サンタ・マリ・マッダレーナ教会です。


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13世紀に建設された元の建物は城壁外にありましたが、16世紀初頭、市域の拡大に伴って新しい城壁が築かれることになりました。元の建物は、新城壁に当たる場所にあったので、破壊されることになりました。


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その代わりに城壁内の現在の場所に新しい建物が建設されることになりました。


148
1576年に完成した二代目の建物が現在の外観です。1588年に奉献式が執り行われました。16世紀末に修道院が併設されました。
1772年、教会修道院はウルスリン(尼僧)の所有となりました。修道院は1810年に閉鎖され、修道院だった建物は2012年まで養老院として使用されていました。
1925年、教区教会になりました。


149
ファサードの聖マリア・マッダレーナのフレスコ画(17世紀)


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単廊式、ラテン十字形の内部です。


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後陣左の祭壇画は、カルレット・カリアーリ(ヴェネツィア、1570-1596)の「磔刑」
カルレット・カリアーリは、パオロ・カリアーリ通称パオロ・ヴェロネーゼの息子です。


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Presbiterio


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左側壁


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ファサード裏にオルガンがあります。


150
夕方になってきました。


161
古い建物が建ち並んでいる一角です。


162


163
一旦、川に出ました。


164
次はサン・ガエターノ教会です。


165
サン・ガエターノ教会です。


166
13世紀に創建されたロマネスク様式の教会でしたが、1509年に再建されました。


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現在は、宗教活動を休止しているようです。コンサートや展示会などの会場に転用されてます。


167
(つづく)

引き続きドゥオーモです。
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美術的に必見のCappella del Malchiostroです。


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ティツィアーノの祭壇画とポルデノーネのフレスコ画で有名です。


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トゥッリオ・ロンバルド(ヴェネツィア、?-1532)とアントニオ・ロンバルド(ヴェネツィア、1458-フェッラーラ、1516)兄弟(トゥッリオが兄です)によって1520年に造られた礼拝堂です。


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祭壇画は、ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(ピエーヴェ・ディ・カードレ、1488/1490-ヴェネツィア、1576)の「受胎告知」(1519-20)です。


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後ろで顔を見せているのは礼拝堂の発注者でしょうか?


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033
「聖リベラーレ」を除いて、Cappella del Malchiostroのフレスコ画はポルデノーネの作品(1519)です。


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ジョヴァンニ・アントニオ・デ・サッキス通称イル・ポルデノーネ(ポルデノーネ、1483-フェッラーラ、1539)の「アウグストゥスの夢」(1519)
クーポラの、この部分のフレスコ画は、1944年4月7日のドイツ軍の爆撃によって被害を受けました。


034
写真右が「聖リベラーレ」のフレスコ画です。ポルデノーネの作品ではありません。


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ポンポニオ・アマルテオ(モッタ・ディ・リヴェンツァ、1505‐サン・ヴィトー・アル・タリアメント、1588)の「聖リベラーレ」
ポンポニオの妻は、ポルデノーネの娘です。その関係で、ポンポニオによって描かれたのでしょう。
そうは言っても、ポンポニオ・アマルテオは、生涯に5人の女性を妻帯したと言われ、相当な浮気者だったようです。なお、ポルデノーネの娘は、ポンポニオの二番目の妻でした。


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ジョヴァンニ・アントニオ・デ・サッキス通称イル・ポルデノーネ(ポルデノーネ、1483‐フェッラーラ、1539)の「聖パオロ」(1519)


035
ジョヴァンニ・アントニオ・デ・サッキス通称イル・ポルデノーネ(ポルデノーネ、1483‐フェッラーラ、1539)の「マギの礼拝」(1519)


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036
ジョヴァンニ・アントニオ・デ・サッキス通称イル・ポルデノーネ(ポルデノーネ、1483‐フェッラーラ、1539)の「ご訪問」(1519)


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ジョヴァンニ・アントニオ・デ・サッキス通称イル・ポルデノーネ(ポルデノーネ、1483‐フェッラーラ、1539)の「聖ピエトロ」(1519)


031
サンティッシモ・サクラメント礼拝堂です。


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043
ドゥオーモ広場に面して建っている建物です。


111
面白い形をした南瓜が並んでます。


112


116
ロマネスク様式の歴史的建造物です。


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1276年から1277年に建設されたLoggia del Cavalieriです。


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1944年4月7日、ドイツ軍の爆撃を受けたので、戦後に修復されました。


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ロッジャの中に入ります。


118
展示場、コンサート会場などに利用されてます。


117
中に入っても特に見所がなさそうです。


119
次はサン・レオナルド教会です。


121
サン・レオナルド広場です。


120
サン・レオナルド広場に面して建つサン・レオナルド教会です。サンタ・リータ教会とも呼ばれてます。


123
現在地には、サン・レオナルド病院がありましたが、病院付属の礼拝堂が前身です。礼拝堂から規模拡大されてサン・レオナルド教会になりました。サン・レオナルド教会は、1330年の文書に初めてその存在が記載されました。


122
1657年に再建された建物が現在の姿の原形となってますが、ファサードは20世紀に新造された新しいものです。


124
「水の都」、「小さなヴェネツィア」と呼ばれているトレヴィーゾです。


125
水車があります。


126
魚市場です。


128
閉店時間が早い魚市場です。


129
流れが速く、水量が多い川です。


130


132


131
(つづく)

引き続きドゥオーモです。
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クリプタから本堂に戻ります。


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新しい建物ですが、美術的に見所が多い大聖堂です。


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クーポラ


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左側壁にオルガンがあります。


028
1915年に制作された比較的新しいオルガンです。


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現在のオルガンは四代目となるものです。


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扉があります。


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扉がありますが、使用されていないようです。


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ロマネスク様式の二代目の建物時代の入り口扉で、15世紀に制作されたものが聖堂内に保存されてます。


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入口扉上のルネッタが見所です。


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ルネッタの「ピエタのキリスト」(13世紀)


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Altare del Beato Enrico da Bolzano


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ベアート・エンリコ・ダ・ボルツァーノの墓


032
祭壇画の詳細が分かりません。


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Cappella della Madonnaを見ます。


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制作された時代が異なる彫刻があります。


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フェルディナンド・ストゥフレッサー(ドイツ、1855-1926)の「聖母子」(19世紀)


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ヴェネツィア派逸名彫刻家作「聖リベラーレ」(16世紀後半)


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アレッサンドロ・ヴィットリア(トレント、1525-ヴェネツィア、1608)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」(1570)


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ロレンツォ・ブレーニョ(オステノ、1475/1485-ヴェネツィア、1523)の「ご訪問」


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Altare dei Santi della Diocesi di Treviso


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ピオ10世のブロンズ像(1954)


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Pala d'Altare di Safet Zec
祭壇画の詳細が分かりません。


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Altare del Beato Andrea Giacinto Longhin


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詳細不知


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Cappella Santa Guistina


027
サンタ・ジュスティーナ礼拝堂の祭壇画


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フランチェスコ・ビッソロ(トレヴィーゾ、1470/1472-ヴェネツィア、1554)の「聖ジュスティ―ナと聖ジョヴァンニ・バッティスタとアレッサンドリアの聖カテリーナ」(1530)


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Cappella dell'AnnunziataにあるMonumento di Vescovo Castellano Salomone(1322)
この礼拝堂に4点の祭壇画があります。


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パリス・ボルドン(トレヴィーゾ、1500-ヴェネツィア、1571)の「羊飼いの礼拝」(1550c)


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パリス・ボルドン(トレヴィーゾ、1500-ヴェネツィア、1571)の「聖ロレンツォと四聖人」(1562)


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p1320534
ジローラモ・ダ・トレヴィーゾ・イル・ヴェッキオ(トレヴィーゾ、1451-1497)の「花の聖母」(1487)


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ドメニコ・カプリオーロ(ヴェネツィア、1494-トレヴィーゾ、1528)の「聖母被昇天」


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フランチェスコ・ドミニーチの「トレヴィーゾのドゥオーモ(ロマネスク様式の建物時代)」


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パリス・ボルドン(トレヴィーゾ、1500-ヴェネツィア、1571)の「キリストの物語」


p1320541


p1320539
(つづく)

020
次はドゥオーモです。


071
ドゥオーモにやってきましたが、ファサード側に回ります。


044
ドゥオーモ広場です。


042
広場に面して建つサン・ピエトロ・アポストロ大聖堂 Cattedrale di San Pietro Apostolo、トレヴィーゾ司教区の司教座教会です。


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現在、ドゥオーモが建っている場所は、ローマ時代、寺院、劇場、幾つかの浴場があった街の中心地でした。


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6世紀頃、現在地に建てられた初期キリスト教会が前身です。


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初期キリスト教会は、11世紀初めに取り壊され、11世紀から12世紀にかけてロマネスク様式の二代目の建物が再建されました。
しかし、18世紀初め、経時劣化が進み建物が荒廃したので、18世紀中頃に作家で政治家であり外交官だったアンドレア・メンモ(ヴェネツィア、1729-1793)などを中心とする人々からドゥオーモ再建が建議され、物理学者、建築、数学者、音楽理論家だったジョルダーノ・リッカティ(カステルフランコ・ヴェネト、1709-トレヴィーゾ、1790)の企画立案に基づき、新古典様式建築家ジャンアントニオ・セルヴァ(ヴェネツィア、1751-1819)によって、1760年から1782年にかけて建設された新古典様式の三代目の建物が現在の姿の原形となってます。
現在のファサードは、建築家フランチェスコ・ボンベン(トレヴィーゾ、1801-1875)とガスパーレ・ペトロヴィチによって1836年に建設されました。


p1320485
1944年4月7日、ドイツ軍の爆撃を受け大きな被害を受けたので、戦後に大修復されました。


046
ファサードに向かって左に教会のような古い建物があります。


023
このロマネスク様式の建物は、ドゥオーモの洗礼堂です。サン・ジョヴァンニ洗礼堂は13世紀に建設されました。


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サン・ジョヴァンニ洗礼堂の後方に鐘楼があります。


022
鐘楼は時計塔を兼ねてます。


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トレヴィーゾは長らくヴェネツィア領でしたが、ヴェネツィア支配下の時代、この鐘楼はヴェネツィアのサン・マルコ寺院の鐘楼よりも、規模や装飾の点で、下にしないといけないという規制を受けていました。


024
左外壁です。


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クーポラ


021
二代目の建物の一部が現存しています。


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ファサードの左右にライオン像があります。


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ファサードに向かって左側のライオン像


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ファサードに向かって右側のライオン像


045
拝観します。


025
聖堂内に入りました。


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三廊式、ラテン十字形、新古典様式の内部です。


026
主祭壇とPresbiterio


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ピエトロ・ロンバルド(カローナ、1435c-ヴェネツィア、1515)の「祭壇」


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アッリンゴ・ダ・ボルツァーノの墓(14世紀)


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Presbiterioは立ち入り禁止でした。


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マリオ・ルデッリ(チニセッロ・バルサモ、1938-)の「聖書台」(1999)


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Presbiterio左側壁にあるビアージョ・ビアゲッティ(ポルト・レカナーティ、1897-マチェラータ、1948)の「ピオ10世の黙示録」(1914-15)


038
クリプタに入りました。


039
現存する大聖堂の中で、最古の部分がクリプタと言われてます。


040
11世紀から12世紀に建設されたクリプタです。


041
現在のクリプタは、15世紀に行われた改造後のものです。


p1320500
聖リベラーレの聖遺物(1403)


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ミストロリゴ司教の墓


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クリプタの所々にフレスコ画の断片が残されてます。


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フレスコ画の最古のものは13世紀から14世紀に遡ります。


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比較的新しいフレスコ画は、ヴェネツィア派逸名画家によって16世紀に制作されました。


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(つづく)

引き続き旧サン・ニコロ修道院の聖堂参事会室に描かれたドメニコ会修道士たちの肖像画です。
トンマーゾ・ダ・モデナ(モデナ、1326-1379)と、トンマーゾの弟子と協力者によって1352年に描かれました。
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Matteo Orsini


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Guglielmo Anglico


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Tommaso Anglico


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Nicolo di Rouen


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Gualtiero Winterbourne


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Nicolo Alberti


p1320470
Nicolo Boccasino


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Ugo di Billom


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Latino Malabranca


p1320473
Roberto Kilwardby


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Pietro di Tarantasia


p1320475
Annibaldo Annibaldi


p1320476
Ugo da San Caro


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Benedetto XI


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Innocenzo V


094
旧サン・ニコロ修道院の建物にIstituto Diocesano di Musicaがあります。


019
何か食べなくては。


P2490199
時間的に昼食を食べないと夕食まで持ちませんが、それ程お腹が空いていなかった。


P2490200
手軽に食べるため、日本語が通じない奇妙なお店に入りました。


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トレヴィーゾで初めて寿司もどきを食べました。


083
ビールで流し込んだ昼食でした。


084
柱廊を歩きました。


082
日差しが出てきました。


081
古い建物ですが、特に名前がないようです。


080
Monumento Ai Caduti di Tutte Le Guerre 戦争記念碑です。


p1320479
コンペで制作者が選ばれ、1926年から1931年に造られました。
第一次世界大戦の戦争記念碑です。


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第二次世界大戦の爆撃によって大被害を受けたので、戦後の復元されました。


079
シーレ川とソーレ川の合流点です。


078
Piazza Tretin


077
Piazza San Vito


076
Palazzo dei Trecento


074
再び街の中心にやってきました。


073


075


072
ベネトンの事務所です。


109
先ほどと同じ場所に来てしまいました。


110
サント・ステファノ教会です。


p1320481
サント・ステファノ教会の存在は、1000年頃の記録に初めて記載されたそうです。


115
二代目の建物が16世紀に倒壊してしまいました。


114
現在の建物は、1738年から1744年に建設されたものですが、第二次世界大戦の爆撃によって甚大な被害を受け、戦後に修復され、更に2011年から2012年にかけて行われた修復後のものです。


113
ファサードの聖ジョヴァンニ・バッティスタ像
(つづく)

p1320426
トンマーゾ・ダ・モデナ(モデナ、1326-1379)の「聖ジローラモ」


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トンマーゾ・ダ・モデナ派逸名画家作「大天使聖ミケーレ」(14世紀中頃)


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トンマーゾ・ダ・モデナ(モデナ、1326-1379)の「聖アグネス」


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制作者情報不知の「子供」


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オルガン


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ベアータ・ヴェルジネ礼拝堂


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ダニエル・ヴァン・デン・ダイク(アントワープ、1610-マントヴァ、1670)の「十字架を持つ聖ドメニコとシモン・デ・モントフォルト」


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教会から外に出て、隣の旧修道院に行きます。


092
修道院の入り口です。
1221年創建の修道院は、1810年にナポレオンの抑圧令によって閉鎖されました。修道院だった建物は、1812年から神学校に転用され現在に至ってます。


095
神学校 Seminario Vescovile Maggioreの入り口です。


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旧修道院に入ります。


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入口扉上の紋章


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修道院のキオストロ回廊


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キオストロ回廊の壁にある日時計
修道院の聖堂参事会室のフレスコ画が必見です。


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聖堂参事会室 Sala del Capitoloです。


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部屋の壁にフレスコ画が描かれてます。


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修道士たちが描かれてます。


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トンマーゾ・ダ・モデナ(モデナ、1326-1379)と、トンマーゾの弟子や協力者によって、1352年に制作された40人のドメニコ会修道士の肖像画です。
肖像画の下に名前が書かれているので、誰の肖像画なのか、全て分かってます。


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Giordano di Sassonia


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Raimondo de Penafort


p1320444
Giovanni di Sassonia


p1320445
Alberto Magno


p1320446
Giovanni da Schio


p1320447
Isnardo da Chiampo


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Gualtiero d'Alemagna


p1320449
Pietro Sendre


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Pelagio di Spagna


p1320451
Bernardo di Traversers


p1320452
Vincenzo da Beauvais


p1320453
Ambrogio da Siena


p1320454
Giacomo da Venezia


p1320455
Agostino di Trau


p1320456
Pietro de la Palude


p1320457
Maurizio d'Ungheria


p1320458
Guido Maramaldi


p1320459
Giovanni de Molendini


p1320460
Gerardo da Limoges


p1320461
Tommaso de Molendini


p1320462
Bonifacio da Pisa


p1320463
Guglielmo di Bayonne
(つづく)

101
この小川はボッテニガと呼ばれているようです。


102
この辺は街の西方に当たります。


103
小魚が泳ぎ、鳥が沢山います。


104
Via Lungo Sileに面して建つ、非常に目立つ建物です。民家のようです。


096
次はサン・ニコロ教区教会です。


105
サン・ニコロ教区教会です。


085
ファサード側に回ります。


087
1221年、Frati Domenicaniの修道士たちがトレヴィーゾに現れ、街の南西部に当たる城壁内の土地(現在の場所)が与えられました。


091
与えられた土地に聖二コラに捧げられた礼拝堂がありましたが、その礼拝堂が修道士たちの活動拠点になりました。


p1320402
直ぐに修道院と教会の建設が決まりました。
13世紀第2四半世紀に創建され、1282年奉献式が執り行われたので、それ以前に一応の完成を見たようです。


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ニッコロ・ディ・ボッカッショ、後の第194代教皇ベネデット11世(トレヴィーゾ、1240-ペルージャ、1304 教皇在位:1303-1304)が1257年から7年間、このサン・ニコロ修道院で修業した記録が残されているので、1257年頃にはゴシック様式の建物は一応完成したとされてます。


p1320404
奉献式時点の建物は、縦49メートル、横14メートルの大きなものでした。


106
後陣です。


107
13世紀末まで拡張工事が行われ、ほぼ現在の規模の大きさになりました。


108
鐘楼


093
現在の建物の大きさは、長さ88メートル、高さ33.35メートル、幅27.5メートル、左右の翼廊全長38.32メートルです。


086
よく見ると新しそうに見える外観です。


090
1944年、ドイツ軍の爆撃を受け、大部分が崩落するなど大きな被害を受けてしまいました。そのため、戦後に修復、復元されたので新しく見えるのです。


089
美術的な見所が豊富です。


p1320403
ファサード側の扉は閉まっていることが多いようです。


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通常、左側壁の入り口が開きます。


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三廊式、ラテン十字形、ゴシック様式の内部です。


p1320411
ゴシック様式の天井は、戦後に復元されたものです。


p1320408Presbiterio


p1320410
主祭壇画です。


p1320409
ジョヴァンニ・ジローラモ・サヴォルド(ブレーシャ、1480-ヴェネツィア、1548)の「聖会話」(1521)


p1320412
オルガンよりも、その下にあるフレスコ画の方に興味があります。


p1320413


p13209423
作品帰属が分かりません(私が分からないという意味です)。


p1320414
その横に大きな聖クリストフォロのフレスコがあります。


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アントニオ・ダ・トレヴィーゾの「聖クリストフォロ」(1410)


p1320415
アンドレア・ダ・ムラーノ(ムラーノ、1462-カステルフランコ・ヴェネト、1512)の「聖母子と聖ピエトロと聖パオロ」(1510)


p1320416
ロザリオ礼拝堂


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p1320418
トンマーゾ・ダ・モデナ(モデナ、1326-1379)の「聖ジローラモ」


p1320419
トンマーゾ・ダ・モデナ(モデナ、1326-1379)の「聖アグネスと聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


p1320420
トンマーゾ・ダ・モデナ(モデナ、1326-1379)の「聖ニコロ」


p1320421


p1320422
右側廊


p1320425
制作者情報不知の「聖痕を受ける聖フランチェスコ」
(つづく)

サンタグネス教区教会の続きです。
061
単廊式、ラテン十字形、新古典様式の内部です。


060
1729年に施されたスタッコ彫刻による装飾が目立ちます。


p1320380
Presbiterio左


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Presbiterio右


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主祭壇画と聖歌隊席


063
主祭壇画は、オッタヴィオ・コッキ(トスカーナ、17世紀中頃活動)の「四十聖人の殉教」


p1320383
左側壁の礼拝堂です。


064
逸名画家作「救世主」(20世紀)


p1320384
右側壁の礼拝堂です。


065
ジュリオ・エットーレ・エルラー(オデルツォ、1876-トレヴィーゾ、1964)の「聖母子」


p1320385
右側壁の礼拝堂です。


062
ジョヴァンニ・アントニオ・デ・ピエリ通称ロ・ゾッポ(ヴェネツィア、1671-1751)の「聖アグネスの殉教」


p1320386
左側壁の礼拝堂の祭壇画は、フランチェスコ・フェデーリ通称イル・マッジョット(ヴェネツィア、1738-1805)の「女性を解放する聖ウバルド」


p1320387
詳細不知


p1320388
外に出て、道路を挟んで教会の向かいにあるMuseoに行きます。


057
Musei Luigi Bailoです。


055
この時は、大改修工事待ちで長期休館中でした。


056
現在は、大改修されて近代美術館になってます。


p1320389
このように一新されました。


p1320390
Museo Civico Luigi Bailoです。綺麗に改修されたのは、建物の半分だけです。資金不足のため、完成の目途が立たないようです。


p1320391
近代美術館(Museo Civico Luigi Bailo)の中庭


p1320392
修道院だった建物です。


p1320393
19世紀の作品が展示の中心です。


p1320394
ルイージ・セレーナ(モンテベッル―ナ、1855-トレヴィーゾ、1911)の「花市場」(1880-82)


p1320395
ルイージ・セレーナ(モンテベッル―ナ、1855-トレヴィーゾ、1911)の「禁じられた果実の物語」(1897)
ルイージ・セレーナは、ヴェネツィア・リアリズムの画家です。


p1320396
ルイージ・セレーナ(モンテベッル―ナ、1855-トレヴィーゾ、1911)の「農家の日常」


p1320397
ルイージ・セレーナ(モンテベッル―ナ、1855-トレヴィーゾ、1911)の「幸福な時代」(1884-86)


p1320398
ルイージ・セレーナ(モンテベッル―ナ、1855-トレヴィーゾ、1911)の「自画像」


p1320399
彫刻の展示です。


p1320400
古そうに見えますが、19世紀の作品です。


p1320401
トレヴィーゾは、美術館や博物館の整備拡充に注力しています。


066
城壁上の遊歩道に出ます。


067
写真左が城壁です。


068
遊歩道が設けられてます。


069
城壁は高くありません。


070
街のあちこちに水が流れてます。


097
城壁外に出ました。


098
綺麗な水です。


100


099
(つづく)

002
前泊地はブレーシャでした。


004
ヴェネツィア・メストレで乗り換えます。


P2490399
トリエステ行きRVは空いてました。


002
トレヴィーゾ駅に到着しました。


P2490397
トレヴィーゾ駅の駅舎です。
トレヴィーゾは、人口85,760人(2019年12月31日現在)のヴェネト州トレヴィーゾ県の県都です。ベネトンを始めとしてイタリア主要企業数社が本社を置く、財政豊かで安全な街として知られてます。また、ティラミス発祥の地として有名です。


p1320369
駅前のホテルにチェックインしました。


005
ホテル前に置かれた石造りの椅子です。


006
街歩きに出発しました。


007
トレヴィーゾは、Fontanassiと呼ばれる多くの泉が湧く水資源が豊富なことで知られてます。


008
旧市街をシーレ川と、その支流ソーレ川が流れ、運河もあって、風光明媚な街です。


009
シーレ川に架かるサン・マルティーノ橋を渡って旧市街に入ります。実は、この旅のお宿も城壁の外にあるように見えますが城壁内にあります。


010
サン・マルティーノ・ウルバーノ教会です。
6世紀半ばに創建された、トレヴィーゾで最古の教会の一つでした。現在の建物は1960年から1970年に建設された三代目となるものです。


p1320370
外観と同様に、内部も斬新的でついていけません。


011
駅から延びるローマ通りです。


012
ローマ通りの突き当りを右折してポポロ大通りに出ました。


013
広場に見えないのですが、ボルサ広場と呼ばれてます。旧市街の中心シニョーリ広場に向かいます。


014
ポポロ大通りを左折して、9月20日通りに入りました。


015
旧市街の中心シニョーリ広場です。


016
Palazzo dei Trecentoです。


p1320371
Palazzo della Ragioneとも呼ばれてます。


p1320372
市の様々な会議を行うために1185年頃に建設されました。


p1320373
Palazzo dei Trecentoに隣接した建物は、刑務所として1268年に建設されました。


p1320374
その後、裁判所や市民のための集会所として使用されました。


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20世紀初頭に時計塔が追加されました。


p1320376
1944年4月7日、ドイツ軍の爆撃を受け、大きな被害を受けました。


018
戦後に大修復工事が行われ蘇りました。現在は市議会の議場になっている他、市の様々な用途に使用されてます。


017
この日はシニョーリ広場で青空市が開市されていました。


047
市立博物館に向かいました。


048
市立博物館です。この時は休館中でした。


049
フレスコ装飾された歴史的建造物です。この建物ですが、最近、やる気が失せているので調べる気がありません。ブログを書くのは自己満足感からですから。


050
ベアート・エンリコ教会です。この日も開いていませんでした。


051
サン・○○教会は普通ですが、ベアート・○○教会は珍しいと思います。


p1320377
1835年に建設されました。


052
サン・リベラーレ通りです。


053
サンタグネス教会(聖アグネス教会)にやってきました。


058
1268年の記録に、この教会の存在が初めて記載されました。


p1320378
アンドレア・パニョッシン(トレヴィーゾ、1576c-1642c)によって1613年に二代目の建物が完成しました。


054
19世紀に教区教会になりました。


059
中に入りました。


p1320379
(つづく)

P2820057
次の部屋です。


P2820059
Cerchia del "Maestro delle Mezza Figure"の「祈るキリスト」(1530‐50c)


P2820061
Cerchia del "Maestro delle Mezza Figure"の「祈る聖母」(1530‐50c)


P2820064
フランチェスコ・セガーラ(パドヴァ、1535c‐1592)の「寓意像」


P2820067
フランドルの逸名画家作「マギの礼拝」(16世紀)


P2820070
フランドルの逸名画家作「神殿奉献」(16世紀)


P2820072
ブリュッセルのタペストリ工房作「ダヴィデ」(16世紀前半)


P2820077
製作者情報不詳の「ロヒール・ファン・デア・ウェイデン作『十字架降下』のコピー画」(1500‐10c)


P2820081
Cherchia di Albreght Altdorferの「聖ジョヴァンニ・バッティスタの斬首」(16世紀前半)


P2820083
ヴェネトの逸名画家作「磔刑」(15世紀後半)


P2820087
Maestro degli Anni 40の「女性の肖像」(1530‐40c)


P2820089
次の部屋です。


P2820090
ジローラモ・テッサーリ通称ダル・サント(パドヴァ、1509‐1561消息)の「磔刑のポリッティコ」


P2820091
十字架降下と聖ベネデットと聖ジュスティーナと予言者ブスティと永遠なる父


P2820095
ジローラモ・ダ・ロマーノ通称ロマニーノ(ブレーシャ、1484/1487-1560)の「聖母子と聖人たち」


P2820098
ジローラモ・ダ・ロマーノ通称ロマニーノ(ブレーシャ、1484/1487-1560)の「最後の晩餐」


P2820101
ステファノ・ダッラルツェーレ(パドヴァ、1540-1575消息)の「聖ピエトロ」


P2820104
ステファノ・ダッラルツェーレ(パドヴァ、1540-1575消息)の「聖パオロ」


P2820106
ドメニコ・カンパニョーラ(ヴェネツィア、1500?-パドヴァ、1564)の「永遠なる父」


P2820110
ステファノ・ダッラルツェーレ(パドヴァ、1540-1575消息)の「羊飼いの礼拝」


P2820112
ステファノ・ダッラルツェーレ(パドヴァ、1540-1575消息)の「天上の聖母子と聖アントニオ・アバーテと聖バルバラと聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


P2820116
ルドヴィーコ・フィウミチェッリ(1527から消息-トレヴィーゾ、1581没)の「聖母子と聖人たち(聖プロスドチモ、聖ジュスティーナ、聖アントニオ、聖ダニエーレ)」


P2820119
ヤコポ・ロブスティ通称ティントレット(ヴェネツィア、1519-1594)の「磔刑」


P2820121
ヤコポ・ロブスティ通称ティントレット(ヴェネツィア、1519-1594)の「シモーネ邸の晩餐」


P2820124
パオロ・カリアーリ通称ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528-ヴェネツィア、1588)の「聖プリモと聖フェリチャーノの殉教」


P2820127
パオロ・カリアーリ通称ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528-ヴェネツィア、1588)の「聖ジュスティーナの殉教」


P2820131
ドメニコ・カンパニョーラ(ヴェネツィア、1500?-パドヴァ、1564)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの斬首と永遠なる父」


P2820133
ヤコポ・ティントレット工房作「聖霊降臨」(1570-80c)


P2820136
ヤコポ・ロブスティ通称ティントレット(ヴェネツィア、1519-1594)の「男の肖像」


P2820140
ルカ・ロンギ(ラヴェンナ、1507-1580)の「聖ジュスティーナ」


P2820142
ランベルト・スストリス(アムステルダム、1515-ヴェネツィア、1595c)の「磔刑」


P2820145
ランベルト・スストリス(アムステルダム、1515-ヴェネツィア、1595c)の「カルヴァリオへの上り」


P2820148
会議室の展示です。


P2820150
ランベルト・スストリス(アムステルダム、1515-ヴェネツィア、1595c)の「ツボを持つ女」


P2820152
ランベルト・スストリス(アムステルダム、1515-ヴェネツィア、1595c)の「本を読む老人」


P2820154
パオロ・カリアーリ通称ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528-ヴェネツィア、1588)の「最後の晩餐」


P2820158
パオロ・カリアーリ通称ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528-ヴェネツィア、1588)の「磔刑」


P2820161
ヤコポ・ダ・ポンテ通称バッサーノ(バッサーノ、1512c-1592)の「聖パオロの説教」


P2820164
レアンドロ・ダ・ポンテ通称バッサーノ(バッサーノ、1557-ヴェネツィア、1622)の「羊飼いの知らせ」


P2820168
ステファノ・ダッラルツェーレ(パドヴァ、1540-1575消息)の「磔刑」


P2820171
ドメニコ・カンパニョーラ(ヴェネツィア、1500?-パドヴァ、1564)と弟子の「キリストの復活」


P2820173
ジャンバッティスタ・ツェロッティ(ヴェローナ、1526-マントヴァ、1578)の「受胎告知」


P2820176
ヤコポ・ネグレッティ通称パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア,1549-1628) の「ヤコポ・ソランツォとジョヴァンニ・ソランツォの祝福」


P2820180
ジローラモ・ダ・ポンテ通称バッサーノ(バッサーノ、1566-ヴェネツィア、1621)の「羊飼いの礼拝」


P2820183
フランチェスコ・アポッロドーロ通称イル・ポッチャ(パドヴァ、1532‐1612)の「聖母子と聖二コラと聖ジュぜっぺとニッコロ・ヴィッソーニ司祭とジュスティアーノ・ジュストティニアニーニ司祭」


P2820186
ヤコポ・ネグレッティ通称パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1548c‐1628)の「少女の訪問にお返しを贈る聖フランチェスカ・ロマーナ」


P2820190
ヤコポ・ネグレッティ通称パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1548c‐1628)の「寓意的3人」


P2820193
ヤコポ・ネグレッティ通称パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1548c‐1628)の「磔刑」


P2820195
ダーリオ・ヴァロターリ(ヴェローナ、1539‐パドヴァ、1596)の「この人を見よ」


P2820199
ダーリオ・ヴァロターリ(ヴェローナ、1539‐パドヴァ、1596)の「聖母子とアレッサンドリアの聖カテリーナと聖ルチアを前にする聖ジュスティーナとベネデット会修道士」


P2820202
フランチェスコ・アポッロドーロ通称イル・ポッチャ(パドヴァ、1532‐1612)の「作曲家コスタンツォ・ポルタの肖像」
これで終わりです。
ここは展示室番号表示がないので、順路が分かりません。この時は閉鎖されている部屋がかなりあったと思います。


P2820204
雨が降り始めました。


P2820207
(おわり)

P2810951次は旧修道院1階(日本の2階)の回廊の展示です。


P2810952
回廊のニッチに描かれたフレスコ画(詳細不明)


P2810954
ヴェネトの逸名画家作「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(16世紀初め)


P2810957
逸名画家作「ジョヴァンニ・ベッリーニ作『死せるキリストと聖母と聖ジョヴァンニ・バッティスタ』の複製画」(16世紀初め)


P2810960
バルトロメオ・ヴェネト(ヴェネツィア、1502‐1530消息)の「聖母子」


P2810962
ジローラモ・ダ・サンタクローチェ(ヴェネツィア、1503‐1556消息)の「三位一体と聖ジャコモと聖ジローラモ」


P2810966
ジローラモ・ダ・サンタクローチェ工房の「瞑想の聖ジローラモ」


P2810968
フランチェスコ・リッツォ・ダ・サンタクローチェ(ヴェネツィア、1505‐1545)の「聖母子と聖シメオーネとアレッサンドリアの聖カテリーナ?」


P2810972
ジローラモ・ダ・サンタクローチェ(ヴェネツィア、1503‐1556消息)の「聖ジローラモ」


P2810975
ジローラモ・ダ・サンタクローチェ(ヴェネツィア、1503‐1556消息)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


P2810978
アントネッロ・ダ・メッシーナ工房作「聖母子とアレッサンドリアの聖カテリーナ?と聖ドロテア」


P2810982
ボッカッチョ・ボッカッチーニ(フェラーラ?、1466以前‐クレモナ、1525)の「聖母子」


P2810984
アンドレア・プレヴィターリ(ブレンバト・ソプラ?、1470/1480-ベルガモ、1528)の「聖母子と信者」


P2810988
ベルナルド・ゼナレ(トレヴィーリオ、1460/1465-ミラノ、1526)の「受難のシンボルと3天使」


P2810991
アルベルティーノ・ピアッツァ(ローディ、1490-1528c)の「キリストと聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタと聖ピエトロ」


P2810994
ベルナルディーノ・ルイーニ(ルイーノ?、1480c-1532)の「聖母子と聖ピエトロとアレッサンドリアの聖カテリーナと聖ルチアと聖パオロと2信者」


P2810997
マルコ・パルメッツァーノ(フォルリ、1459c-1539)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」


P2810999
マルコ・パルメッツァーノ(フォルリ、1459c-1539)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


P2820004
ニッコロ・デ・バルバリ(ヴェネツィア、16世紀前半活動)またはヴェネトの逸名画家作「キリストの逮捕」


P2820006
バルトロメオ・アンマナーティ(セッティニャーノ、1511‐フィレンツェ、1592)の「イルカとネプチューン」


P2820008
アントニオ・ミネッリ(パドヴァ、1465c-ヴェネツィア、1529)の「聖バルトロメオ」


P2820010
アンドレア・ブリオスコ通称イル・リッチョ(トレント、1460-パドヴァ、1532)の「嘆きの聖母」


P2820012
アンドレア・ブリオスコ通称イル・リッチョ(トレント、1460-パドヴァ、1532)の「嘆きの聖母」


P2820014
アンドレア・ブリオスコ通称イル・リッチョ(トレント、1460-パドヴァ、1532)の「聖母の首」


P2820016
ジョヴァンニ・デ・フォンドゥーリ(クレマ、1420/1430-パドヴァ、1497以降没)の「聖ピエトロ」


P2820019
ジョヴァンニ・デ・フォンドゥーリ(クレマ、1420/1430-パドヴァ、1497以降没)と工房の「イエス・キリスト」


P2820021
ジョヴァンニ・デ・フォンドゥーリ(クレマ、1420/1430-パドヴァ、1497以降没)と工房の「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」


P2820023
ジョヴァンニ・ミネッロ(パドヴァ、1440c-1528)の「碑紋を支える2天使」


P2820025
グイド・マッツォーニ(モデナ、1450c-1518)の「死せるキリストへの哀悼」


P2820026
聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ


P2820029
聖マリア・マッダレーナ


P2820031
死せるキリスト


P2820033
グイド・マッツォーニ(モデナ、1450c-1518)の「サロメのマリア」


P2820036
ドメニコ・カンパニョーラ(ヴェネツィア、1500c-パドヴァ、1564)の「聖母子と聖人たち(聖マルコ、聖ルチア、聖ジュスティーナ、聖プロスドチーモ、パドヴァの聖アントニオ、聖ダニエーレ、2聖人(特定困難))」


P2820040
ジャンピエトロ・シルヴィオ(?、1485c-ヴェネツィア、1551)の「十字架降下」


P2820043
ジャンピエトロ・シルヴィオ(?、1485c-ヴェネツィア、1551)の「玉座の聖母子と聖ジュスティーナと聖ベネデット」


P2820045
ドメニコ・カンパニョーラ(ヴェネツィア、1500c?-パドヴァ、1564)の「女性の肖像」


P2820049
ロッコ・マルコーニ(トレヴィーゾ、1470/1475-ヴェネツィア、1528以前没)の「祈るキリスト」


P2820051
セバスティアーノ・フロリジェリオ(コネリアーノ、1500/1505-チヴィダーレ?、1550)の「聖セバスティアーノ」


P2820054
セバスティアーノ・フロリジェリオ(コネリアーノ、1500/1505-チヴィダーレ?、1550)の「聖ロッコ」
(つづく)

P2810894
引き続き15世紀の作品です。


P2810838
ドナテッロ工房作「聖母子」(1450c)


P2810840
アントニオ・ロッセッリーノ工房作「聖母子」(1460-70c)


P2810844
バルトロメオ・ベッラーノ工房作「ピエタ」(15世紀第3四半世紀)


P2810846
フランチェスコ・スクゥァルチョーネ(パドヴァ、1394/1397-1468)の「ラザーラのポリッティコ」


P2810848
聖ジローラモ


P2810851
聖ジュスティーナ、聖ジョヴァンニ・バッティスタ


P2810852
聖アントニオ・アバーテ、聖ルチア


P2810856
フランチェスコ・デイ・フランチェスキ(ヴェネツィア、1443-1468記録)の「聖ピエトロのポリッティコ」


P2810858
玉座の聖ピエトロ


P2810859
クスピデ:磔刑、受胎告知


P2810861
聖フランチェスコ、聖マリア・マッダレーナ


P2810863
聖キアーラ、聖人


P2810865
聖ジョヴァンニ・バッティスタ、聖パオロ


P2810867
大天使聖ミケーレ、聖クリストフォロ


P2810870
バルトロメオ・ベッラーノ工房作「死せるキリストを支える2天使」(1456以降)


P2810872
ジョヴァンニ・ドゥクノヴィッチ通称イル・ダルマータ(トラウ、1440-?、1509以降没)の「聖母子」


P2810874
トゥッリオ・ロンバルド(ヴェネツィア、1458/1461c-1532c)の「女性の頭像」


P2810877
ピエトロ・ロンバルド(カローナ、1435c-ヴェネツィア、1515)の「女性の頭像」


P2810880
ヴェネトの逸名画家作「聖母子」(15世紀)


P2810883
ヤコポ・パリサーティ・ダ・モンタニャーナ(モンタニャーナ、1440-パドヴァ、1499)の「聖母子」


P2810886
パドヴァの逸名画家作「慈悲の聖母と信者たちと聖ジャコモ・マッジョーレと聖クリストフォロとベアート・フィリッポ・ベニッツィと聖ジローラモ」(15世紀第3四半世紀)


P2810889
ピエトロ・ロンバルド工房作「聖母子」(1480-1500c)


P2810891
ヴェネトの逸名画家作「聖ジローラモ」(15世紀第3四半世紀)


P2810895
ヴェネトの逸名画家作「聖母子」(16世紀初め)


P2810899
ロレンツォ・コスタ(フェラーラ、1460-マントヴァ、1535)の「アルゴー船の乗組員たちの航海」


P2810901
ヴィチーノ・ダ・フェラーラ(フェラーラ、15世紀後半活動)の「聖ジャコモ・ミノーレ」


P2810903


P2810907
ヴェネトの逸名画家作「聖母の死」(1500-10c)


P2810909
ヴィットーレ・カルパッチョ周辺の逸名画家作「村を通過する兵士たち」


P2810912
ラッザーロ・バスティアーニ周辺の逸名画家作「聖母子」(1480-90c)


P2810915
ラッザーロ・バスティアーニ(ヴェネツィア、1449-1512消息)の「聖母子」


P2810918
ラッザーロ・バスティアーニ(ヴェネツィア、1449-1512消息)の「受胎告知する大天使ガブリエーレ」


P2810922
ラッザーロ・バスティアーニ(ヴェネツィア、1449-1512消息)の「大天使聖ミケーレ」


P2810924
ジョヴァンニ・マンスエーティ(ヴェネツィア、1485-1526/1527消息)の「聖母被昇天」


P2810977
ヴェネトの逸名画家作「聖母子」(15世紀末ー16世紀初め)


P2810931
フィリッポ・マッツォーラ(パルマ、1460c-1505)の「聖母子」


P2810934
アルヴィーゼ・ヴィヴァリーニ(ヴェネツィア、1452/1453-1505)の「帽子を被った男の肖像」


P2810936
ピエトロ・パオロ・アガビティ(サッソフェッラート、1470c-クプラモンターナ、1540c)の「聖母子と聖ピエトロと聖セバスティアーノ」


P2810940
フランチェスコ・ダイ・リブリ(ヴェローナ、1450c-1508まで記録)の「マギの礼拝」


P2810943
ヤコポ・ダ・ヴァレンツァ(1485-1509消息)の「聖母子」


P2810946
プロスペーロ・ピアツォーラ(1472-1521消息)?の「聖母子と聖ジョヴァンニ・バッティスタと聖ジローラモ」


P2810949
ジョヴァンニ・ベッリーニ工房作「聖母子と聖ジョヴァンニ・バッティスタ」(1510-20c)
(つづく)

P2810720
次の展示コーナーです。


P2810722
グアリエント(パドヴァ、1336‐1367記録)の「救世主」


P2810727
ヴェネツィアの逸名彫刻家作「受胎告知される聖母」(14世紀第1四半世紀)


P2810729
ヴェネツィアの逸名彫刻家作「受胎告知される聖母」(14世紀第2四半世紀)


P2810733
ヴェネトの逸名画家作「社の天使」(14世紀後半)


P2810737
リナルディーノ・ディ・フランチャ(パドヴァ、1379‐1401活動)の「聖母子」


P2810738
ヴェネツィアの逸名彫刻家作「聖母子」(14世紀第2四半世紀)


P2810740
ヴェネトの逸名彫刻家、恐らくベルナルディーノ・ディ・ピエトロ・ディ・フランチャの作品と思われる「カッラーラのステファノ司教」(1402)


P2810742
通路のような展示コーナーから右横の部屋に入りました。


P2810758
この部屋の絵画は、グアリエント(パドヴァ、1336‐1367記録)の「レッジャ・カッラレーゼ礼拝堂の装飾」です。


P2810756


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P2810747


P2810752


P2810761
元の展示コーナーに戻りました。
ヴェネトの逸名画家作「聖アゴスティーノ」(15世紀初め)


P2810763
ヴェネトの逸名彫刻家作「福音書記者?」(14世紀末)


P2810765
ピエルパオロ・エ・ヤコベッロ・デッレ・マセーネの「聖クリストフォロと聖パオロのタベルナコロ」(1500‐10c)


P2810768
Maestro dell'incoronazione della Vergineの「聖母子」(14世紀前半)


P2810770
ロレンツォ・ヴェネツィアーノ(1356‐1379消息)の「玉座の聖母子」


P2810774
ジョヴァンニ・ダ・ボローニャ(ヴェネツィアとトレヴィーゾ、1337‐1389記録)の「聖クリストフォロ」


P2810776
ジュスト・デ・メナブロイ(?、14世紀中ごろ生まれ‐パドヴァ、1391)の「ベアート・ペッレグリーノ」


P2810778


P2810780
次の部屋です。


P2810782
チロルの逸名彫刻家作「聖母子」(1440‐49c)


P2810784
チロルの逸名彫刻家作「大天使聖ミケーレ」(1440‐49c)


P2810787
ヤコベッロ・デル・フィオーレ(ヴェネツィア、1370c-1439)の「磔刑」


P2810791
チェンニーノ・チェンニーニ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザ生まれ、パドヴァで1398‐1400記録)の「ウミルタの聖母と聖ジローラモと聖アントニオ・アバーテ」


P2810794
フランコ・フランドル工房作「Storia di Jourdain de Blayeのタペストり」(1380‐85c)


P2810796
逸名画家作「カッラーラのフランチェスコ・イル・ヴェッキオの肖像」(15世紀中ごろ)


P2810800
ミケーレ・ジャンボノ(ヴェネツィア、1420‐1462記録)の「殉教した司教聖人」


P2810802
チロルの逸名彫刻家作「天使」(1440‐49c)


P2810804
チロルの逸名彫刻家作「天使」(1440‐49c)


P2810807
Maestro di Roncaiette(ヴェネツィアとパドヴァで14世紀末から15世紀初め活動)の「聖母子と聖人たちと信者たち」


P2810809
次の部屋です。


P2810811
パドヴァの逸名画家作「聖マルティーノ」(15世紀中ごろ)


P2810813
フランチェスコ・スクゥァルチョーネ(パドヴァ、1394/1397-1468)?の「聖母子」


P2810816
ニコロ・バロンチェッリ(フィレンツェ、?-フェラーラ、1453)の「聖アローの奇跡」


P2810819
ヤコポ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1424-1470/1471消息)の「リンボのキリストの降下」


P2810823
アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1430c-マントヴァ、1506)の「優しさの聖母」(1491)


P2810825
パドヴァの逸名画家作「砂漠の聖ジョヴァンニ・バッティスタの説教」(15世紀)


P2810829
パドヴァの逸名画家作「聖セバスティアーノの殉教のフレスコ断片」(1480-90c)


P2810832
パドヴァの逸名画家作「聖セバスティアーノの殉教のフレスコ断片」(1480-90c)


P2810835
ドナテッロ工房作「聖母子」(1450c)
(つづく)

P2810592
マルコ・リベリ(ローマ、1644c-ヴェネツィア、1700c)の「愛」


P2810595
ボローニャの逸名画家作「建築物の景観」(18世紀末)


P2810597
アントニオ・ディツィアーニ(ヴェネツィア、1737‐1797)の「滝のある風景」


P2810600
アントニオ・ディツィアーニ(ヴェネツィア、1737‐1797)の「冬の風景」


P2810604
アントニオ・ディツィアーニ(ヴェネツィア、1737‐1797)の「焚火の風景」


P2810606
アントニオ・ディツィアーニ(ヴェネツィア、1737‐1797)の「池がある風景」


P2810609
次の部屋です。


P2810610


P2810611
ルカ・ジョルダーノ(ナポリ、1632‐1705)の「デモクリトス(古代ギリシャの哲学者)」


P2810615
ルカ・ジョルダーノ(ナポリ、1632‐1705)の「ヨブ」


P2810618
ルカ・ジョルダーノ(ナポリ、1632‐1705)の「アルキメデス?」


P2810621
ルカ・ジョルダーノ(ナポリ、1632‐1705)の「エウクレイデス(古代ギリシャの数学者、天文学者)」


P2810624
ジャンバッティスタ・ランゲッティ(ジェノヴァ、1635‐ヴェネツィア、1676)の「マルクス・ポルキウス・カト・ウティケンシス(小カト)の死」


P2810627
ヨハン・カール・ロス(ミュンヘン、1632‐ヴェネツィア、1698)の「ヤコブの祝福」


P2810630
南イタリアの逸名画家作「哲学者」(17世紀前半)


P2810633
南イタリアの逸名画家作「兵士」(17世紀前半)


P2810635
シモーネ・ブレンターナ(ヴェネツィア、1656‐ヴェローナ、1742)の「ディオゲネス(古代ギリシャの哲学者)」


P2810638
ヴェネトの逸名画家作「ディオゲネス」(17世紀後半)


P2810641
4点の作品が展示されてます。


P2810643
マッテオ・ギドーニ通称マッテオ・ディ・ピトッキ(フィレンツェ、1626-パドヴァ、1689)の「盲目の乞食」


P2810645
マッテオ・ギドーニ通称マッテオ・ディ・ピトッキ(フィレンツェ、1626-パドヴァ、1689)の「母と子供」


P2810649
マッテオ・ギドーニ通称マッテオ・ディ・ピトッキ(フィレンツェ、1626-パドヴァ、1689)の「びっこの乞食」


P2810651
マッテオ・ギドーニ通称マッテオ・ディ・ピトッキ(フィレンツェ、1626-パドヴァ、1689)の「旅人」


P2810654
セバスティアーノ・ボンベッリ(ウーディネ、1635‐ヴェネツィア、1719)の「紳士の肖像」


P2810657
ジュリオ・チレッロ(パドヴァ、1633‐1709)の「シルヴィオ・カポディリスタ伯爵の肖像」


P2810660
アントニオ・バレストラ(ヴェローナ、1666‐1740)?の「男の肖像」


P2810663
アントニオ・ザンキ(エステ、1631‐ヴェネツィア、1722)の「楽園のアダムとイヴ?」


P2810666
ジローラモ・フォラボスコ(ヴェネツィア、1605-パドヴァ、1679)の「聖マリア・マッダレーナ」


P2810670
フランチェスコ・ソリメーナ(カナーレ・ディ・セリーノ、1657‐バッラ・ディ・ナポリ、1747)の「玉座の聖母と聖人たち」


P2810673
ジローラモ・ペッレグリーニ(ローマ、1624c-ヴぇんつぃあ、1700以降没)の「ヴィーナスとアモーレとプシケ」


P2810675
ヴェネトの逸名画家作「聖母」(17世紀末ー18世紀初め)


P2810677
次の部屋です。


P2810678


P2810680
ヨハン・アントニオ・エイスマン(サリスブルゴ、1604‐ヴェネツィア、1698)の「海港がある風景」


P2810682
ローザ・ダ・ティヴォリ周辺の逸名画家作「風景」(17世紀)


P2810685
ルカ・カルレヴァリス(ウーディネ、1663‐ヴェネツィア、1730)の「遺跡がある風景」


P2810689
バルトロメオ・ペドン(ヴェネツィア、1665‐1733)の「冬の風景」


P2810692
ヤコブ・ファン・デル・ケルクホーフェン(アムステルダム、1640‐ヴェネツィア、1712c)の「狩猟の成果」


P2810694
この博物館で最重要とされている部屋でしょう。


P2810696
ジョット・ディ・ボンドーネの「永遠なる父」


P2810699
ジョット・ディ・ボンドーネの「彩色磔刑像」


P2810702
その裏面です。


P2810703
ヴェネトの逸名画家作「聖母と聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」(13世紀末ー14世紀初め)


P2810719
ピエトロ・ダ・リミニ(1324‐1339消息)の剥離フレスコ画が展示されてます。


P2810716
残念ながら保存状態が良いとは言えません。


P2810711


P2810710


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P2810707


P2810706
(つづく)

P2810476
フランチェスコ・ジェッシ(ボローニャ、1588‐1649)?の「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」


P2810479
製作者情報不詳の「ジョヴァンニ・ランフランコ作『天上の聖アグネス』の複製画」


P2810482
ジネヴラ・カントフォリ(ボローニャ、1618‐1672)の「クレオパトラ」


P2810485
ジネブラ・カントフォリ(ボローニャ、1618‐1672)の「東洋風の装いの若い女性」


P2810487
ジネブラ・カントフォリ(ボローニャ、1618‐1672)の「ターバンを巻いた女」


P2810490
ジネブラ・カントフォリ(ボローニャ、1618‐1672)の「ソフォニスバ」


P2810493
ハンス・ロッテンハンマー(ミュンヘン、1563‐アウクスブルク、1625)の「ヘラクレスとオンファレ」


P2810497
ニッコロ・レニエーリ(モブージュ、1591‐ヴェネツィア、1667)の「ダヴィデ」


P2810499
ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581‐ヴェネツィア、1644)の「サロメ」


P2810502
ニッコロ・レニエーリ(モブージュ、1591‐ヴェネツィア、1667)の「ソフォニスバ」


P2810506
アントニオ・トリヴァ(レッジョ・エミリア、1626‐ゼンドリング、バイエルン、1699)の「カリタ・ロマーナ」


P2810509
不明(説明プレート欠落)


P2810511
フランスの逸名画家作「幼児の肖像」


P2810514
ジェイコブ・フェルディナンド・フート(アントウェルペン、1639‐パリ、1689)の「修道院長の肖像」


P2810517
廊下に出ました。


P2810518
しかし、廊下の作品を見るのは後回しにした方が良いでしょう。


P2810519
廊下の手前奥に見逃せない部屋があるのです。


P2810520
見逃せないというのは、ティントレットの部屋です。


P2810523
ヤコポ・ロブスティ通称ティントレット(ヴェネツィア、1519‐1594)の「I Cercopi mutati in seimmie」


P2810526
ヤコポ・ロブスティ通称ティントレットの「アポロとマルシア」


P2810529
ヤコポ・ロブスティ通称ティントレット(ヴェネツィア、1519‐1594)の「デウカリオーンとピュラー」


P2810532
ヤコポ・ロブスティ通称ティントレット(ヴェネツィア、1519‐1594)の「アキーレ?」


P2810535
ヤコポ・ロブスティ通称ティントレット(ヴェネツィア、1519‐1594)の「パリデの判決」


P2810538
ヤコポ・ロブスティ通称ティントレット(ヴェネツィア、1519‐1594)の「ヨブとセメレー」


P2810541
ヤコポ・ロブスティ通称ティントレット(ヴェネツィア、1519‐1594)の「アドーネの死」


P2810544
ヤコポ・ロブスティ通称ティントレット(ヴェネツィア、1519‐1594)の「ヴィーナスとアドーネ」


P2810546
廊下に戻りました。


P2810547
窓側はブロンズ細工などが展示されてます。


P2810548


P2810549
壁側には絵画が展示されてます。


P2810551
キアーラ・ヴァロターリ(パドヴァ、1584‐1663以降没)の「アンゾラ・ムネギナの肖像」


P2810553


P2810554
キアーラ・ヴァロターリ(パドヴァ、1584‐1663)の「レモンを持つ少女」


P2810557
ジローラモ・フォラボスコ(パドヴァ、1604/1605-1679)の「聖家族と聖ピエトロ」


P2810560
ピエトロ・ムットーニ通称デッラ・ヴェッキア(ヴェネツィア、1603-1678)の「ダヴィデ」


P2810564
ピエトロ・ムットーニ通称デッラ・ヴェッキア(ヴェネツィア、1603-1678)の「聖トンマーゾの不信」


P2810567
ピエトロ・ムットーニ通称デッラ・ヴェッキア(ヴェネツィア、1603-1678)の「若い兵士」


P2810570
フランチェスコ・マッフェイ(ヴィチェンツァ、1605c-パドヴァ、1660)の「息子と一緒のヴィチェンツァ執政長官アルヴィーゼ・フォスカリーニの至福」


P2810572


P2810573
ジュリオ・カルピオーニ(ヴェネツィア、1613-ヴィチェンツァ、1678)の「ナルキッソスを占うテイレシアース」


P2810577
ジュリオ・カルピオーニ(ヴェネツィア、1613-ヴィチェンツァ、1678)の「レアンドロの死」


P2810579
ジュリオ・カルピオーニ(ヴェネツィア、1613-ヴィチェンツァ、1678)の「バッカス祭」


P2810582
ジュリオ・カルピオーニ(ヴェネツィア、1613-ヴィチェンツァ、1678)の「ヴィーナスの水浴」


P2810585
ピエトロ・リッチ(ルッカ、1605-ウーディネ、1675)の「ウラニア」


P2810588
ピエトロ・リベリ(パドヴァ、1614-ヴェネツィア、1687)の「武装したミネルヴァ」
(つづく)

P2810352
次の部屋です。


P2810353
フランチェスコ・ダ・ポンテ通称フランチェスコ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1548/1549-ヴェネツィア、1592)の「聖ジローラモ」


P2810357
レアンドロ・バッサーノ周囲の逸名画家作「紳士の肖像」


P2810359
レアンドロ・ダ・ポンテ(バッサーノ・デル・グラッパ、1557-ヴェネツィア、1622)の「アンドレア・ブリジェリオの肖像」


P2810362
レアンドロ・ダ・ポンテ通称レアンドロ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1557-ヴェネツィア、1622)の「ジョヴァンニ・ドルフィン枢機卿の肖像」


P2810365
ジローラモ・ダ・ポンテ通称ジローラモ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1566-ヴェネツィア、1621)の「聖母子」


P2810368
フランチェスコ・アポッロドーロ通称イル・ポッチャ(ヴェネツィア、1531c-パドヴァ、1612)の「男の肖像」


P2810371
ドメニコ・ティントレット(ヴェネツィア、1560-1635)?の「若い男の肖像」


P2810374
ドメニコ・ティントレット(ヴェネツィア、1560-1635)の「ミケーレ家の上院議員の肖像」


P2810377
ヤコポ・ティントレット派逸名画家作「ズアーネ・ベンボの肖像」


P2810380
ヴェネトの逸名画家作「女の肖像」


P2810382


P2810384
次の部屋です。


P2810385
部屋番号表示がないので、系統立って見ることが難しいと思います。


P2810386
ヴェネト=ロンバルドの逸名画家作「カレンタリオ家紳士の肖像」(16世紀後半)


P2810389
ヴェネトの逸名画家作「紳士の肖像」(16世紀末ー17世紀初め)


P2810393
ヴェネトの逸名画家作「十字架を担ぐキリスト」(16世紀末)


P2810396
逸名画家作「ヤコポ・リゴッツィ作『この人を見よ』の複製画」


P2810399
ティツィアーノ派逸名画家作「聖職者の肖像」(16世紀後半)


P2810402
アンドレア・ミキエーリ通称イル・ヴィチェンティーノ(ヴィチェンツァ、1542-ヴェネツィア、1617)の「パリデの判決」


P2810404
アンドレア・ミキエーリ通称イル・ヴィチェンティーノ(ヴィチェンツァ、1542-ヴェネツィア、1617)の「リアとラケル」


P2810407
部屋のフレスコ画断片


P2810409
パオロ・カリアーリ通称パオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528-ヴェネツィア、1588)の「マッダレーナと天使」


P2810412
ヤコポ・ネグレッティ通称パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544-1628)の「聖母子」


P2810415
ヤコポ・ネグレッティ通称パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544-1628)の「聖クリスティーナ」


P2810418
ジローラモ・フォルニ(ヴィチェンツァ、1558-1610消息)の「淑女とその息子の肖像」


P2810420
逸名画家作「紳士の肖像」(16世紀後半)


P2810423
ヴェネト=フランドルの逸名画家作「水の救い主モーゼ」(16世紀末)


P2810426
ルドヴィーコ・トエプト通称イル・ポッツォセッラート(アンヴェルサ、1550c-トレヴィーゾ、1604c)の「ピュラモスとティスベ(ギリシャ神話)」


P2810429
トスカーナの逸名画家作「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」(16世紀前半)


P2810433
ジュゼッペ・カレッティ(クレモナ、1598c-フェラーラ、1660c)の「画家」


P2810435
ヴェネト=フランドルの逸名画家作「聖パオロの墜落」(16-17世紀)


P2810438
9点の肖像画


P2810440


P2810441
アレッサンドロ・トゥルキ通称ロルベット(オルベット)(ヴェローナ、1578-1649)の「キリストの鞭打ち」


P2810444
ヴェネトの逸名画家作「受胎告知」(17世紀初め)


P2810447
ピエトロ・ダミーニ(カステルフランコ・ヴェネト、1592-パドヴァ、1631)の「十字架降下」


P2810450
アレッサンドロ・ヴァロターリ通称イル・パドヴァニーノ(パドヴァ、1588-ヴェネツィア、1648)の「トビオーロと大天使ラッファエーレ」


P2810453
アレッサンドロ・ヴァロターリ通称イル・パドヴァニーノ(パドヴァ、1588-ヴェネツィア、1648)の「自画像」


P2810456
パドヴァニーノ周辺の逸名画家作「サロメ」


P2810460
パドヴァニーノ工房作「女性の肖像」


P2810464
ボローニャの逸名画家作「悔悛のマッダレーナ」


P2810467
ジョヴァンニ・バッティスタ・サルヴィ通称イル・サッソフェッラート(サッソフェッラート、1609-ローマ、1685)の「枢機卿の肖像」


P2810470
フランチェスコ・アルバーニ(ボローニャ、1578-1660)の「自画像」


P2810472
ボローニャの逸名画家作「聖フランチェスコ」(17世紀)
(つづく)

P2810128
ベッリーニ派逸名画家作「聖母子とアレッサンドリアの聖カテリーナと聖ジョヴァンニ・バッティスタと信者」(1500‐10c)


P2810131
マルコ・バサイーティ(ヴェネツィア、1470c‐1530)の「幼きキリストを崇拝する聖母と聖ピエトロと聖リベラーレ」


P2810134
ベッリーニ派逸名画家作「十字架降下」(16世紀初め)


P2810138
ジローラモ・モチェット(ムラーノ、1448c‐1531)の「アレッサンドリアの聖カテリーナ」


P2810141
フランチェスコ・モローネ(ヴェローナ、1471c‐1529)の「聖母子」


P2810144
ジローラモ・ディ・ステファノ・ダレマーニャ通称ヴィチェンティーノ(ヴェネト、16世紀初め活動)の「紳士の肖像」


P2810146
アントニオ・マリア・ダ・カルピ(15世紀末‐16世紀初め活動)の「聖母子」


P2810150
フランチェスコ・ディ・シモーネ・ダ・サンタクローチェ(サンタクローチェ、1440/1445-ヴェネツィア、1508)の「聖アガタ」


P2810152
サンタクローチェ周囲の逸名画家作「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(16世紀初め)


P2810155
フランチェスコ・ディ・シモーネ・ダ・サンタクローチェ(サンタクローチェ、1440/1445-ヴェネツィア、1508)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノと天使たちと父なる神」


P2810159
フランチェスコ・ディ・シモーネ・ダ・サンタクローチェ(サンタクローチェ、1440/1445-ヴェネツィア、1508)の「聖母戴冠」


P2810161
ニッコロ・デ・バルバリ(ヴェネツィア、16世紀前半活動)の「聖家族とアレッサンドリアの聖カテリーナと聖ジメオーネ」


P2810164
ルカ・アントニオ・ブサーティ(パルマ、1470生まれ-ヴェネツィア、1518-1539記録)の「聖母子とバーリの聖二コラとトロサの聖ルドヴィーコと信者」


P2810168
次の部屋です。


P2810170
ジョルジョーネ(カステルフランコ・ヴェネト、1477/1478-ヴェネツィア、1510)の「レダと白鳥」


P2810172
ジョルジョーネ(カステルフランコ・ヴェネト、1477/1478-ヴェネツィア、1510)の「のどかな田舎」


P2810175
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1485/1490-ヴェネツィア、1576)の「アドニスの誕生」、「エリシトン(ギリシャ神話)の死」


P2810178
逸名画家作「十字架を担ぐキリスト」(16世紀初め)


P2810181
逸名画家作「ドメニコ会修道士の肖像」(16世紀前半)


P2810184
フランチェスコ・トルビード通称イル・モーロ(ヴェネツィア、1482-ヴェローナ、1562)の「男の肖像」


P2810187
ヴェネトの逸名画家作「男の肖像」(1520-30c)


P2810191
ヴェネトの逸名画家作「Gli influssi del pianeta Saturno sulle attivita degli uomini」


P2810194
ヴェネトの逸名画家作「Gli influssi del pianeta Giove sulle attivita degli uomoni」


P2810197
ボニファツィオ・デ・ピターティ(ヴェローナ、1487c-ヴェネツィア、1553)?の「羊飼いの礼拝」


P2810200
ボニファツィオ・デ・ピターティ(ヴェローナ、1487c-ヴェネツィア、1553)?の「聖母子と聖人たち」


P2810203
フランチェスコ・ヴェチェッリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1475-1559/1560c)の「聖母子と聖ジローラモと司教聖人」


P2810206
ボニファツィオ・デ・ピターティ(ヴェローナ、1487c-ヴェネツィア、1553)?の「聖家族」


P2810209
ヤコポ・ネグレッティ通称パルマ・イル・ヴェッキオ(セリナルタ、1480-ヴェネツィア、1528)の「聖母子と2信者」


P2810212
ボッカッチョ・ボッカッチーニ(フェラーラ、1467-クレモナ、1525)の「聖母子と聖ルチアとアレッサンドリアの聖カテリーナ」


P2810323
ここでスクロヴェーニ礼拝堂の予約時間が迫ってきました。


P2810220
礼拝堂の中に入りました。


P2810326
エレミターニ博物館に戻りました。


P2810327
次の部屋です。


P2810328
詳細不明の剥離フレスコ


P2810330
ベネデット・カリアーリ(ヴェローナ、1538-ヴェネツィア、1598)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノと聖フランチェスコ」


P2810332
パオロ・ヴェロネーゼ工房の「キリストとゼベダイの妻」


P2810336
ダーリオ・ヴァロターリ(ヴェローナ、1542/1543-パドヴァ、1596/1597)の「高位聖職者の肖像」


P2810339
ヴェネトの逸名画家作「アンドレア・スキアヴォーネ作『キリストの鞭打ち』の複製画」(16世紀後半)


P2810341
モーディ・ディ・メルドーラ通称スキアヴォーネの「ヴィーナスとアドニス」(16世紀後半)


P2810346
ヴェネトの逸名画家作「ジュゼッペ兄弟のエジプトへの旅」、「ファラオの夢を説明するジュゼッペ」(16世紀前半)


P2810349
パリス・ボルドン(トレヴィーゾ、1500-ヴェネツィア、1571)の「キリストと聖母の邂逅」
(つづく)

P2810050
旧エレミターニ修道院の建物の中に入りました。


P2810071
最初は考古学部門です。


P2810049
詳細不明


P2810051
女性の彫像(3世紀)
アクイレイアの遺跡から発掘されました。


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大理石の柱(紀元前1世紀)
アクイレイアの遺跡から発掘されました。


P2810055
女性の頭像(2世紀後半)
ミラ(ヴェネト)の遺跡から発掘されました。


P2810057
詳細不明


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アクイレイアの遺跡から発掘されたモザイク


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イタリアの考古学部門の展示は何処も大体同じです。


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次は絵画部門です。


P2810075
Collezione Emo Capodilista


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胸像に何の説明もありませんが、恐らく、このコレクションの収集主であるEmo Capodilistaの胸像?と思うのですが・・・・・


P2810108


P2810078
ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1430c‐1516)の「若い上院議員の肖像」


P2810080
ヤコポ・パリサーティ・ダ・モンタニャーナ(モンタニャーナ1440/1443c-パドヴァ、1499)の「聖アガタと聖フランチェスコと聖ジローラモ」


P2810083
クレタ=ヴェネツィアのイコン画家作「死せるキリストへの哀悼」(16世紀)


P2810086
クレタ=ヴェネツィアのイコン画家作「聖母子」(16世紀)


P2810089
ミケーレ・ジャンボノ(ヴェネツィア、1420-1462消息)の「聖アゴスティーノ」


P2810093
ミケーレ・ジャンボノ(ヴェネツィア、1420-1462消息)の「死せるキリスト」


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ミケーレ・ジャンボノ(ヴェネツィア、1420-1462消息)の「聖グレゴリオ・マーニョ」


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マンテーニャの追随者作「キリストの復活」(16世紀初め)


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フランチェスコ・ビアンキ・フェラーリ(モデナ、1460c-1510)の「聖母子」


P2810105
ヴィンチェンツォ・ダ・トレヴィーゾ通称ダッレ・デストレ(トレヴィーゾ、1488c-1543記録)の「キリストの神殿奉献」


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ベッリーニ派逸名画家作「聖母子」(16世紀初め)


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ベッリーニ派逸名画家作「キリストの神殿奉献」


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次の部屋です。


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ピエトロ・ダ・メッシーナ(15世紀末-1530没)?の「聖母子」


P2810119
ロッコ・マルコーニ(ヴェネツィア、1504から記録-1529没)の「聖家族と聖オルソラ」


P2810123
ヴェネトの逸名画家作「財務執政官の肖像」(1510-20c)


P2810125
ルカ・アントニオ・ブサーティ(ヴェネト、1510-1539活動)の「聖母子と聖ジローラモと聖マルゲリータ」
(つづく)

P2800629
スクロヴェーニ礼拝堂とパドヴァ市立エレミターニ博物館の切符は一緒に販売されてます。


P2800631
エレミターニ博物館は毎週月曜日が休館ですが、スクロヴェーニ礼拝堂は月曜日も拝観出来ます。つまり、火曜日から日曜日までは、スクロヴェーニ礼拝堂とエレミターニ博物館の共通券のみが販売されてます。


P2800632
エレミターニ修道院だった建物が博物館として利用されてます。旧修道院には2つのキオストロがありますが、こちらは第1中庭です。第1中庭回廊に彫刻が展示されてます。


P2800634
フラ・ドナート・ダ・ブルジネの墓石(1424)


P2800637
ロレダン家の紋章


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パドヴァのカピターノ、アンドレア・マーニョの紋章(1522)


P2800640
モロシ―ニ・デッラ・スバッラ家の紋章(15世紀)


P2800643
カポディヴァッカ家の紋章付き柱頭(15世紀)


P2800645
大学の紋章(15世紀)


P2800647
ヤコポ・ダル・サントの墓碑(1422)


P2800649
ユダヤ人のフィオリーナの墓碑(15世紀)


P2800650
ユダヤ人ジャコッベの娘ウージの墓碑(15世紀)


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帯状装飾断片(16世紀)


P2800654
ヴェネツィアの紋章(16世紀)


P2800655
サン・マルコの紋章(16世紀)


P2800657
ドナー・デッラ・ロゼ家の紋章


P2800659
ジュリアーノ・グラデニーゴに献じる碑文(1518)


P2800661
三角小間断片(16世紀)


P2800662
コンタリーニ司祭とバルバリゴ司祭の碑文


P2800665
ベルナルディーノ・ダウリ・ドットの碑文(1581)


P2800666
碑文(1583)


P2800668
ユースティティア(正義の女神)(16世紀)


P2800670
トレヴィ―ジ家の紋章(16世紀)


P2800673
ゼッキ家の紋章(16世紀)


P2800674
カペッロ家の紋章(16世紀)


P2800676
紋章(16世紀)


P2800677
墓石断片(14世紀前半)


P2800680
帯状装飾断片(16‐17世紀)


P2800682
碑文(1614)


P2800683
帯状装飾断片(15世紀)


P2460859
石棺(1481)


P2460861
スカラリ家の紋章がある柱頭(15世紀)


P2460863
サングイナッチ家の紋章付き柱頭(15世紀)


P2460867
ナーニ家とモロシ―ニ家の紋章がある碑文(1422)


P2460869
マリピエロ家の紋章(15世紀)


P2460871
碑文(15世紀)


P2460876
サヴィオーリ家の紋章付き石棺


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碑文付き墓石(14世紀)


P2460879
石棺(1376)


P2460881
石棺(14世紀末)


P2460884
石棺(1376)


P2460845


P2460872
(つづく)

P2800918
Cappella Ovetariです。


P2800917
礼拝堂のフレスコ画は1944年の米英軍の爆撃によって破壊崩落してしまいました。破壊された断片を集めて再構成・修復されたのです。


P2800923
アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)の「聖母被昇天」(1453‐57)


P2800921
詳細不明
マンテーニャの「聖母被昇天」の下台


P2800925
Cappella Ovetariのフレスコ画は、アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)、アンスイノ・ダ・フォルリ(パドヴァ、15世紀活動)、ボーノ・ダ・フェラーラ(パドヴァ、1451活動記録)の3人による「聖クリストフォロの物語」
このフレスコ画の制作については、資金難による注文主とマンテーニャのトラブルがあって、途中でマンテーニャが制作から降りてしまい、アンスイノ・ダ・フォルリとボーノ・ダ・フェラーラが参画するようになったようです。


P2800926
最上段はマンテーニャの作品です。


P2800928
ボーノ・ダ・フェラーラ(パドヴァ、1451活動記録)の「子供と聖クリストフォロ」


P2800929
アンスイノ・ダ・フォルリ(パドヴァ、15世紀活動)の「聖クリストフォロの説教」


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アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)の「聖クリストフォロの殉教と遺体の移送」


P2800930
アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)の「聖クリストフォロの遺体の移送」


P2800934
Cappella Ovetariのフレスコ画、アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)の「聖ジャコモの物語」


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フレスコ画があったと思われる壁龕


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聖水盤


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P2800948
中央礼拝堂前から見たファサード裏側方向


P2800950
この礼拝堂の名称が分かりません。


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アルティキエーロ・ダ・ゼ―ヴィオ(ゼ―ヴィオ、1330c‐ヴェローナ、1390c)の「キリストの鞭打ち」


P2800954
この礼拝堂の名称が分かりません。


P2800953
礼拝堂の祭壇


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アルティキエーロ・ダ・ゼ―ヴィオ(ゼ―ヴィオ、1330c‐ヴェローナ、1390c)の「玉座の聖母子」


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礼拝堂の右壁の作品(詳細不明)


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横長の作品です。


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パオロ・ヴェネトの墓


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次の礼拝堂です。


P2800969
詳細不明の磔刑像


P2800970
制作者不明の「三位一体と聖アンドレアと2信者」


P2800973
詳細不明


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P2800975


P2800976


P2800978
詳細不明


P2800979
次の礼拝堂です。


P2800980
詳細不明


P2800985
フレスコ断片が残されてます。


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Cappella Cortellieriの扉が閉まっていました。


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鉄格子の間からカメラを入れて撮りました。


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ジュスト・デ・メナブロイ(フィレンツェ、1330c‐パドヴァ、1390c)の「聖人たち」のフレスコ断片


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ジュスト・デ・メナブロイ(フィレンツェ、1330c‐パドヴァ、1390c)のフレスコ断片


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マドンナ・デル・ブオン・コンシーリオ(1467)


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詳細不明


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次の礼拝堂です。


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制作者不明の「黄金門での聖ジョアッキーノと聖アンナの邂逅」


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アンドリオーロ・ディ・サンティ別名アンドリオーロ・ダ・ヴェネツィア(ヴェネツィア、1320c‐1375c)とボニーノ・ダ・カルピオーネ(ロンバルド、1357‐1397活動)の「ウンベルティーノ・ダ・カッラーラの墓碑」(1345-51c)
19世紀初めに破壊されたサンタゴスティーノ教会にあったものです。


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外に出る前に、もう一度中央礼拝堂を見ました。


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外に出ました。


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(おわり)

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内陣中央に進みました。


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左側壁にマルコ・マントヴァの霊廟があります。


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右側に大きな礼拝堂があります。


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左側壁にフレスコ画が僅かに残ってます。


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ジュスト・デ・メナブロイ(フィレンツェ、1330c‐パドヴァ、1390c)の作品の可能性があるとされる「磔刑」のフレスコ断片(14世紀)


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バルトロメオ・アンマンナティ(フィレンツェ、1511‐1592)の「マルコ・マントヴァ・べナビデスの霊廟」
マルコ・マントヴァ・べナビデス(パドヴァ、1489‐1582)は、パドヴァ大学で学んだ法律家で、同大学で教授を務めたほか美術品や古代文書の収集家としても有名です。


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詳細不明


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アントニオ・ガンバラの墓碑


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左壁の時計


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詳細不明


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後陣左にあるCappella Sanguinacciです。
サングィナッチ家の家族礼拝堂です。


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アンドリオーロ・デ・サンクティスの「聖母子」
彫刻の聖母子の後のフレスコ画は、ヤコポ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、1355‐1443)の作品とされてます。


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パオロ・ディ・ヤコベッロ・マセーネ(ヴェネツィア、1350c‐1409)の「イラーリオ・サングィナッチの墓」


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サングィナッチ礼拝堂左壁のフレスコ画は、ジュスト・デ・メナブロイ(フィレンツェ、1330c‐パドヴァ、1390c)によって1373年頃制作されました。


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ジュスト・デ・メナブロイ(フィレンツェ、1330c‐パドヴァ、1390c)のフレスコ画


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サングィナッチ礼拝堂の右側壁にもフレスコ画があります。


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Maestoro del coro Scrovegni によるフレスコ画


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中央礼拝堂、Cappella Maggioreです。


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中央礼拝堂の祭壇、所謂主祭壇です。


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アルティキエーロ・ダ・ゼ―ヴィオ(ゼ―ヴィオ、1330c‐ヴェローナ、1390c)とニッコロ・セミテコロ(ヴェネツィア、14世紀活動)の「彩色磔刑像」(1370)
ニッコロ・セミテコロはジョッテスキ画家でした。


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中央礼拝堂の左側壁です。


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ここではニコレット・セミテコロになってます。


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グアリエント・ディ・アルポ(ピエーヴェ・ディ・サッコ、1310‐1370)とニッコロ・セミテコロ(ヴェネツィア、14世紀活動)によるフレスコ画です。
ニッコロ・セミテコロは、グアリエント・ディ・アルポの助手の役目を果たしたようです。


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フレスコ画のテーマは、「聖ジャコモ、聖フィリッポ、聖アゴスティーノの物語」です。


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中央礼拝堂の右側壁です。


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グアリエント・ディ・アルポ(ピエーヴェ・ディ・サッコ、1310‐1370)の「聖母戴冠」


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後陣右の礼拝堂


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アルティキエーロ・ダ・ゼ―ヴィオ(ゼ―ヴィオ、1330c‐ヴェローナ、1390c)に帰属するフレスコ画


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ドット礼拝堂です。


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詳細不明


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フランチェスコ・ドットの墓碑


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右側の礼拝堂
(つづく)

P2800628
エレミターニ教会、Chiesa degli Eremitaniです。


P2800810
エレミターニ教会のファサードです。
正式名称は、サンティ・フィリッポ・エ・ジャコモ・ミノーレ教会と言います。
エレミターニ教会の別称は、建築家フラ・ジョヴァンニ・デリ・エレミターニの設計によって建設されたので、建築家の名前に由来すると思われます。


011
エレミターニ教会の前身は、アレーナの敷地であった現在地にあったサンタ・マリア・デリ・カリタ教会とされてますが、その教会の詳細は殆ど分かっていないとされてます。


012
パドヴァ市の公費負担に基づき、建築家フラ・ジョヴァンニ・デリ・エレミターニの設計によって、1276年創建、1306年頃に完成した教会です。


P2800626
教会のファサードに向かって左側にあるのが併設された修道院の建物です。


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修道院だった建物は、現在、パドヴァ市立エレミターニ博物館として使用されてます。


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こちらも修道院だった建物です。


P2800689
1806年、エレミターニ教会修道院は、ナポレオンの教会抑圧令によって閉鎖されてしまいました。
1808年、教会の方は宗教活動が再開されましたが、修道院は宗教活動が再開されることなく兵舎に転用されました。修道院の方は、その後一度も宗教活動が再開されることなく現在に至ってます。


P2800813
ファサードの右側にある「トレンティーノの聖二コラ像」


085
ファサードに柱廊玄関があるのが特徴です。


015
右身廊の外観が少し新しく見えます。これは当然で、1944年3月11日、第二次世界大戦の米英軍の爆撃を受け、教会のファサード、天井、後陣が分bん的に破壊、教会内の2つの礼拝堂が完全に破壊されてしまいました。
少し新しく見えるのは、破壊箇所が戦後に修復されたからです。


3
爆撃によって破壊された教会です。



5
外部サイトから写真を拝借しました。
天井が完全に崩落したことが分かります。


019
南側、右身廊側に扉があります。


020
右身廊側扉の装飾は、ニコロ・バロンチェッリ(フィレンツェ、?‐フェラーラ、1453)によるものです。


016
第二次世界大戦の爆撃によって破壊され、戦後に修復された箇所。


017
後陣も戦後に大修復されました。


018
どの部分がオリジナルなのか、を考えながら拝観すると良いと思います。


P2800812
ファサード側に戻りました。


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ファサードの扉から中に入って拝観します。


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やはり少し新しく見えます。


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戦後に、元の姿に忠実に修復されたそうです。


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右側壁方向


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戦後に再建された天井


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ペトラルカの墓碑とヤコポ2世・ダ・カッラーラの墓


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ヤコポ2世・ダ・カッラーラは、パドヴァのシニョーレで1350年に没しました。


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制作者は、アンドリオーロ・デ・サンティ別名アンドリオーロ・ダ・ヴェネツィア(ヴェネツィア、1320c‐1375c)、14世紀中頃のヴェネツィアの逸名彫刻家2人、ボニーノ・ダ・カンピオーネ(ロンバルド、1357‐1397活動記録)です。


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ヤコポ2世・ダ・カッラーラの墓は、サンタゴスティーノ教会にありましたが、戦後に行われたエレミターニ教会の大修復工事の際、ここに移されたものです。


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Ave Regina Caelorum


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ステファノ・ダ・フェラーラ(フェラーラ、1357‐1397活動)の聖母子


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彫刻等の作品帰属が不明です。


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洗礼盤


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Ave Regina Caelorum


P2800851
(つづく)

438
次はサンタ・マリア・デル・カルミネ聖堂です。


439
14世紀に創建された教会ですが、現在の建物はロレンツォ・ダ・ボローニャ(15世紀前半‐1508?)の設計によって16‐20世紀に再建された二代目のものですが、初代の建物の一部を利用して建設されました。


444
1960年、当時の教皇ジョヴァンニ23世によってBasilica Minoreに格付けされました。


443
1335年の創建以来、2回の地震、そして第1次と第2次の世界大戦による爆撃、さらに1800年、新教皇就任時の花火が燃え移り消失するなど、大きな被害を5回受けた歴史があります。


319
ファサード前のペトラルカ広場に立っている像は、ペトラルカのものです。ペトラルカは、その生涯の終わり近くの1367年にパドヴァに移住して、1374年に没するまでパドヴァで過ごしました。


440
聖堂内に入ったらミサ中でした。


442
単廊式、ラテン十字形、バロック様式の内部です。


441
祭壇画、フレスコ画などが沢山あります。


446
ミサ中なので、拝観を遠慮しました。


447
初代の建物にあった祭壇画などは市立美術館で見ることが出来ます。


477
一旦外に出て、隣接するScuola del Carmineを見ることにしました。カルミネ聖堂のファサードに向かって右側にあります。


475
Scuola del Carmineの入り口です。
当初、ここは洗礼堂になっていましたが、現在はカルミネ聖堂の礼拝堂となってます。


474
Scuola del Carmineの中に入りました。


473
壁の殆どはフレスコ画に覆われてます。



472
美術ファンにとっては絶好の楽しめる空間です。


449
祭壇


467
彫刻家アンドレア・トッレセッレ(18世紀前半活動)の代表作とも言える大理石の祭壇(1739)です。


468
大理石祭壇の中の聖母子は、ジローラモ・テッサーリ別名ジローラモ・デル・サント(パドヴァ、1480‐1561)によって描かれました。


450
ジローラモ・テッサーリ別名ジローラモ・デル・サント(パドヴァ、1480‐1561)の「聖母被昇天」(1530)


453
ドメニコ・カンパニョーラ(ヴェネツィア、1500‐パドヴァ、1564)の「黄金門での聖ジョアッキーノと聖アンナの邂逅」(1520)


455
ジュリオ・カンパニョーラ(パドヴァ、1482c‐ヴェネツィア、1515c)の「聖母の神殿奉献」(1505‐07)
ジュリオ・カンパニョーラの養子がドメニコ・カンパニョーラです。


456
ジュリオ・カンパニョーラ(パドヴァ、1482c‐ヴェネツィア、1515c)の「聖母の誕生」(1505‐07)


459
ジローラモ・テッサーリ別名ジローラモ・デル・サント(パドヴァ、1480‐1561)の「マギの礼拝」(1530)


460
ジローラモ・テッサーリ別名ジローラモ・デル・サント(パドヴァ、1480‐1561)の「エジプトへの逃避」(1530)


461
ジュリオ・カンパニョーラ(パドヴァ、1482c‐ヴェネツィア、1515c)の「寺院内の聖母の暮らし」(1505‐07)


462
ジローラモ・テッサーリ別名ジローラモ・デル・サント(パドヴァ、1480‐1561)の「博士たちとの問答」(1530)


463
ジローラモ・テッサーリ別名ジローラモ・デル・サント(パドヴァ、1480‐1561)の「聖霊降臨」(1530)


464
ジローラモ・テッサーリ別名ジローラモ・デル・サント(パドヴァ、1480‐1561)の「聖母の死」(1530)


465


466


480
外に出ました。


481
今回の旅におけるパドヴァの予定は大体終わりです。


P2820209
例によってスクロヴェーニ礼拝堂付近をぶらぶら歩きです。


P2820207
今回が私にとってのパドヴァの最終になるでしょう。


P2820210
何事も終わりがあるというものです。


P2810042
名残尽きません。


P2810040
ホテルに戻って、預けていた荷物を受け取って駅に向かいました。


P2820212


P2820213
乗車予定の列車が遅れてます。


P2820214
パドヴァを後にしました。
(おわり)

378
スクロヴェーニ礼拝堂とエレミターニ市立美術館を見てから、2つの教会に行きます。


379
今迄で何処に最も多く行ったのか、と質問されたら、私の場合、スクロヴェーニ礼拝堂になります。一回15分の時間制限があるので、心行くまで鑑賞するとなると一回のパドヴァの旅で3回以上入らないと満ち足りた気分になりません。


381
Palazzo Moroni


382
先ずはサンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会です。


383
この辺の通りの名称は?
ローマ通り?、ウンベルト1世通り?
同じ道なのに、ブロックによって3回も通りの名称が変わる場合があって、混乱してしまいます。


384
サンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会に到着しました。


387
1372年創建、完成が1390年のゴシック様式の教会です。
19世紀に大掛かりな修復が行われましたが、創建時の姿を今もほぼ留めていると言われてます。


388
1510年に追加建設されたロッジャは、バルトロメオ・カンポロンゴの寄託によるものから、カンポロンゴのロッジャと呼ばれてます。


386
教会の入り口です。


389
中に入ったら葬儀のミサの真っ最中でした。参列者の大部分は平服でした。イタリアでは喪服を着て葬儀に出る人は少数派のようです。
流石に葬儀のミサ中に祭壇画などを見て回るのは不謹慎です。


393
所が外に出ようとしたら、葬儀が終わったのです。


402
ロッジャで最後の別れが行われたようで、葬儀の参列者は全員教会の外に出て、教会内には急に誰もいなくなったのです。


403
縦57m、横17mの単廊式、ゴシック様式の内部です。
左側壁側にカンポロンゴのロッジャがあります。


404
壁面の殆どがフレスコ画で覆われていましたが、経時劣化によって落剝が進んで、19世紀に行われた大掛かりな修復工事の際に一部を除いて塗り潰されたそうです。


405
Altale dell'Addolorata (1703-10)


427
聖母子の彫刻が非常に有名です。リナルディーノ・ディ・フランチャの作品(1379‐85)です。


420
主祭壇
後陣に置かれている祭壇画は、ルカ・フェラーリ通称ルカ・ディ・レッジョ(レッジョ・エミリア、1605‐パドヴァ、1654)の「セルヴィ教会の創設者に顕現する聖母」(1637)です。


421
ダーリオ・ヴァロターリ・イル・ヴェッキオ(ヴェローナ、1539‐1596)の「磔刑」


422
ドナテッロ(フィレンツェ、1386‐1466)の「十字架の奇跡」(1442‐45)ですが、肝心の磔刑像がありません。


429
教会のパンフレット


433
磔刑のキリスト像は修復のために取り外された?


435
ヤコポ・パリサーティ・ダ・モンタニャーナ(モンタニャーナ、1440/1443-パドヴァ、1499)の「ピエタ」


391
ジローラモ・テッサーリ別名ジローラモ・デル・サント(パドヴァ、1480-1561)の「聖母子と4聖人(聖ロッコ、聖アントニオ、聖ジョアッキーノ、聖アンナ)」


394
マッテオ・ギドーニ(フィレンツェ、1626-パドヴァ、1700)の「La Vergine salva un condannato alla ruota」


397
ルイ・ドリニー(パリ、1654-ヴェローナ、1742)の「聖霊降臨」


396
ピエトロ・ダミーニ(カステルフランコ・ヴェネト、1592-パドヴァ、1631)のフレスコ画


400
ルイ・ヴェルナンサル(パリ、1689c-1749)の「聖母の教育」


406
14世紀末のフレスコ画


407
15世紀の受胎告知


408
アレッサンドロ・マガンツァ(ヴィチェンツァ、1556-1630)の「聖エジーディオ・アバーテ」


412
ルイ・ヴェルナンサル(イタリア名ルドヴィーコ・ヴェルナンサル)(パリ、1689c-1749)の「聖ペッレグリーノ・ラツィオージの奇跡」(1727)


413
詳細不明


415
詳細不明


416


419


423
詳細不明のフレスコ画


424
24時間制時計のフレスコ


425
詳細不明


436
外に出ました。


437
(つづく)

380
さて、次はドゥオーモ本体です。


377
現在の建物は3代目のものです。


381
313年のミラノ勅令後に建てられた初期キリスト教会が前身です。しかし、その建物は、1117年の大地震によって倒壊してしまい、再建されたロマネスク様式の建物が2代目ですが、2代目の建物は経時劣化によって荒廃が進んだので、16世紀前半に2代目の建物を取り壊し、その上に新しい建物の建設が決定されました。
そうして、1551年創建、1754年に完成したルネサンス様式の3代目の建物が現在の姿です。


368
鐘楼は、紀元前49年建設のムニキピウムの遺構の上に建てられてます
ラテン語でMunicipium、イタリア語でMunicipioとは、ローマ皇帝または元老院から自治を認められた都市国家の形態の一つです。


382
聖堂内に入りました。


385
3廊式、ラテン十字形、ルネサンス様式の内部です。


384
装飾が少なく、すっきりした感じがします。
礼拝堂の祭壇画などを見て回ります。


386
ディオニシオ・ガルディーニ(パドヴァ、1929‐2013)の「教皇聖ピオ10世」


388
アレッサンドロ・ガルヴァーノ(パドヴァ、18世紀活動)の「聖ロレンツォの殉教」


389
フェリーチェ・キエレギンの「聖ロレンツォ・ジュスティニアーニ」(1788)


391
パドヴァニーノ?の作品


394
パドヴァニーノ?の作品


396
Cappella Sacro Cuore


397
有名な奇跡の聖母ですが・・・・・・


398
残念ながら、14世紀に制作された複製画です。


399
ルカ・フェラーリ(レッジョ・エミリア、1605‐パドヴァ、1654)の「聖母被昇天」


401
フランチェスコ・ザハレッラ枢機卿の墓


402
グレゴリオ・ラッザリーニ(ヴェネツィア、1655‐ヴィッラボーナ・ヴェロネーゼ、1730)の「聖母戴冠」


405
フランチェスコ・ザネッラ(パドヴァ、1637‐1717)の「マギの礼拝」


406
Sacrestia dei Canonici


407
ジャン・ラウー(モンペリエ、1677‐パリ、1734)の「ご訪問」


408
ジャン・ラウー(モンペリエ、1677‐パリ、1734)の「受胎告知」


410
詳細不明


411
主祭壇と後陣


413
ジョヴァンニ・アントニオ・ペッレグリーニ(ヴェネツィア、1675‐1741)の「聖母子と聖ジュゼッペと聖チェザレオ」


414


417
Altare di San Gregorio Barbarigo
祭壇画は、ピエトロ・ダミーニ(カステルフランコ・ヴェネト、1592‐パドヴァ、1631)の「聖ジローラモ」


419
Cappella della Madonna dei Cechi
フランチェスコ・スクゥアルチョーネ(パドヴァ、1397‐1468)の「チェコの聖母」


420
外に出ました。


421
ドゥオーモ広場に面して建つPalazzo del Monte dei Pieta


422
この日の予定は終わりました。


424
パドヴァでお馴染みの場所を経て、駅前のホテルに戻ることにしました。


425


426


428


429


430


433


434


435


436


437


438
(つづく)

328
歴史的建造物です。


330
ダンテ通りにあります。


329
1383年以前に建設されたCasa Rielloです。1383年に大修復された記録が残っており、それ以前に建てられたことが確実となってます。


331
柱廊上ルネッタにフレスコ画があります。


332
サン・ニコロ広場にやってきました。


333
広場に面して建つサン・ニコロ教会です。


335
10世紀頃に創建され、14世紀に完成しました。


361
17‐18世紀に行われた修復の際、中世の外観が変更されました。現在の姿は、その修復後のものではありません。


334
バロック様式の遺産の大部分を除去するために1966年から1971年に行われた再修復後の姿が現在の外観です。


363
鐘楼は19世紀に大修復されました。


337
中に入りました。


339
三廊式、ロマネスク様式の内部です。


338
左右非対称で、右側に翼廊がありますが、左側には翼廊がありません。


342
ジェラルディーノ・ダ・レッジョの「磔刑と聖ジョヴァンニ・バッティスタの物語」(1353‐1379)


345
ヤコポ・パリサーティ・ダ・モンタニャーナ(モンタニャーナ、1440‐パドヴァ、1499)に帰属する「玉座の聖母子と2聖人(聖リベラーレと特定できない聖人)」


348
ジャンドメニコ・ティエポロ(ヴェネツィア、1727‐1804)の「聖家族と聖フランチェスカ・ロマーナと聖エウロシャと聖女」(1777)


350
詳細不明


352


353


354


356


357


358


359


360


336
外に出ました。


362


364
サン・ニコロ教会では、残念ながらジョヴァンニ・ダ・ピサの作品を見逃したようです。
次はドゥオーモです。


365
ドゥオーモの後陣に出ました。


366
Basilica Cattedrale di Santa Maria Assunta


367
4世紀頃創建の古い教会です。現在の建物は、1522年に創建され、1754年に一応の完成を見た(今なお未完成)、恐らく4代目となるものです。


369


370


374
要塞のような造りの司教館


372


376
ドゥオーモのファサード側に出ました。


379
先ず洗礼堂を見ることにしました。当時,中は写真不可だったので写真がありません。


5s
外部サイトから拝借した、洗礼堂内の壁に描かれたフレスコ画の作品画像を載せておきます。


3s
ジュスト・デ・メナブロイ(フィレンツェ、1320/1330c-パドヴァ、1390/1391c)によって1375年から1376年に制作されたフレスコ画です。


2s


4s


1s


375
(つづく)

166
サンタ・ジュスティーナ聖堂です。
304年、パドヴァの聖ジュスティーナが殉教しましたが、彼女の墓に跡地に6世頃に建設された教会が前身です。
現在の建物は、1501年創建、1606年に奉献された3代目となるものです。
257代教皇ピオ10世(在位:1903‐1914年)によってBasilica Monoreに格付けされました。


171
聖堂内に入りました。


173
縦118.5m、横幅82mのイタリアで7番目に大きい教会です。


172
三廊式、ラテン十字形の内部です。
祭壇画を見て行きました。


176
ガスパーレ・ディツィアーニ(ベッルーノ、1689‐ヴェネツィア、1767)の「聖パオロの回心」


174
パオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528‐ヴェネツィア、1588)の「聖パオロの回心」


177
ピエトロ・リベリ(パドヴァ、1605‐ヴェネツィア、1687)の「光悦の聖ジェルトルデ」(1677‐78)


180
ヨハン・カール・ロート通称イル・カルロット(モナコ・ディ・バヴィエラ、1632‐ヴェネツィア、1698)の「聖ジェラルド・サグレドの殉教」(1678)


183
ルカ・ジョルダーノ(ナポリ、1634‐1705)の「聖スコラスティカの死」(1674)


187
ヤコポ・パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1549‐1628)の「聖ベネデットと聖プラチドと聖マウロ」(1618)


192
アントニオ・バレストラ(ヴェローナ、1666‐1740)の「聖コズマと聖ダミアーノと天使」


193
ジョヴァンニ・バッティスタ・ビッソーニ(パドヴァ、1576‐1636)の「使徒たちの使命」


196
詳細不明


198
Il Corridoio dei Martiri


200
ピエトロ・ダミーニ(カステルフランコ・ヴェネト、1592‐パドヴァ、1631)の「殉教者の井戸の発見」


203
ジャコモ・チェルーティ(ミラノ、1698‐1767)によって描かれたフレスコ画


202
詳細不明


204
さながら小美術館のような聖堂です。


205


207


208


210
主祭壇
主祭壇画はパオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528‐ヴェネツィア、1588)の「聖ジュスティーナの殉教」(1572)


212
サン・ジュリアーノ礼拝堂


213
サン・ジュリアーノ礼拝堂天井のフレスコ画(詳細不明)


214
アントニオ・バレストラ(ヴェローナ、1666‐1740)の「聖コズマと聖ダミアーノの殉教」(1718)


217
セバスティアーノ・ガルヴァーノ(パドヴァ、16世紀末活動)の「嬰児虐殺」


220
バレンティン・ルフェーブル(ブリュッセル、1642‐ヴェネツィア、1682)の「聖マウロ」(1673)


223
ルカ・ジョルダーノ(ナポリ、1634‐1705)の「聖プラチドの殉教」(1676)


226
アントニオ・ザンキ(エステ、1631‐ヴェネツィア、1722)の「聖ダニエーレの殉教」(1677)


227
カルロ・チニャ―リ?の作品


231
セバスティアーノ・リッチ(ベッルーノ、1659‐ヴェネツィア、1734)の「聖グレゴリオ・マーニョ」(1700c)


234
カルロ・カリアーリ(ヴェローナ、1570‐1596活動)の「小聖ジャコモの殉教」(16世紀末)
キリがないので祭壇画の紹介はこの辺にしておきましょう。


165
外に出ました。


315
カルミネ教会に行くことにしました。


314
池のような川


316


317
川沿いの道を鐘楼を目印に進みました。


318
残念! カルミネ教会は閉まっていました。


319
ファサード前に立つペトラルカ像


321
拝観は後日の楽しみということで先を急ぎました。


323
ファサード前を流れるバッキリオーネ川


324
川に架かる橋の先に、13世紀に建設されたモリーノ門があります。


325
橋の中央にある聖母子像


326
モリーノ門を潜って旧城壁内に入りました。


327
古い建物が点在しています。
(つづく)

127
パドヴァ大学は、ボローニャ大学に次いでイタリアで2番目に古い大学だそうです。


128
サン・フランチェスコ通りには、余り見所がありません。


129
ということで、広場に戻ってきました。


130
ラジョーネ宮を挟んで2つの広場があります。


131


132


134


136
11世紀に創建されたサン・カンツィアーノ教会です。現在の建物は、1595年から1617年にかけて再建された二代目のものです。


138
次はサンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会です。


139
ローマ通りを南に向かって進みます。


140
写真右の柱廊はサンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会のものです。


141
サンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会のファサードが面した道は道幅が狭いので、ファサードの写真がうまく撮れません。


156
身廊横の柱廊です。


155



145
中に入ったらミサ中でした。


152
ミサの邪魔をしてはいけないので、拝観は後日に延期しました。


157
この辺で通りの名称がローマ通りからウンベルト1世通りに変わります。


158
1466年に建設された、ゴシック様式のCasa Olizignaniです。


159
ウンベルト1世通りを進むと塔が見えてきました。


160
12世紀に建設された、高さ35mのカポディリスタの塔です。要塞の役目をしていました。


161
Palazzo Capodilista


162
プラート・デッラ・ヴァッレに出ました。


163
プラート・デッラ・ヴァッレに面して建つPalazzo Liberty


237
プラート・デッラ・ヴァッレの堀


238
パドヴァで最も大きな教会であるサンタントニオ聖堂です。


239
生憎修復工事中でした。


243
ロマネスク・ゴシック様式の建物です。


240
拝観しましたが、聖堂内は写真不可でした。


1
サンタントニオ聖堂内にあるステファノ・ダ・フェッラーラの「ピラストロの聖母」(作品画像は外部サイトから拝借しました)


241
ファサードの横前に有名なガッタメラータ像があります。


244
ドナテッロの代表作です。


245
次はサン・ジョルジョ礼拝堂とサンタントニオ同信組合です。


247
ティツィアーノなどの傑作があるので、美術的には必見です。


248
中に入りましたが、ここも写真不可でした。


2
サンタントニオ同信組合にあるティツィアーノの「母の無罪を話す乳児」(作品画像は外部サイトから拝借しました)


249
スクロヴェーニ礼拝堂が写真OKになったのだから、サンタントニオ聖堂なども写真OKとなってもおかしくないと思いました。


250
次はサンタ・ジュスティーナ教会です。


251
南の方に戻りました。


236


164
サンタ・ジュスティーナ教会です。


167
サンタ・ジュスティーナ教会はプラート・デッラ・ヴァッレに面して建ってます。


168


170
サンタ・ジュスティーナ教会は写真OKです。


169
(つづく)

005
翌朝です。


006
例によって先ずスクロヴェーニ礼拝堂です。1回15分の制限時間内で満足できないので、その辺は仕方ない。


008
バッキリオーネ川の流れは緩やかです。


009
スクロヴェーニ礼拝堂と市立博物館の切符を分けて売って欲しい。


010
スクロヴェーニ礼拝堂と市立博物館の切符がセットになっているので、1日にスクロヴェーニ礼拝堂に数回拝観しようとすると、どうしても市立博物館の切符が重複、無駄になってしまいます。


011
次はエレミターニ教会です。


012
サンティ・フィリッポ・エ・ジャコモ教会とも呼ばれてます。


015
身廊側の扉が早く開く筈ですが、何故か閉まったままでした。


016
この教会が閉まったままとは考えられないので、暫時時間潰しです。


017
古い教会ですが、第二次世界大戦で爆撃され、大きな被害を受けたので、戦後に大修復された箇所が多い建物です。後陣は特に爆撃に被害が大きかったそうです。


019
戻ったら扉が開いていました。


020


022
拝観しました。


024
エレミターニ教会については、項を改めて詳しく触れる予定です。


082
古いフレスコ画が残されてます。


048


062


086
ファサード側の扉から外に出ました。


100
久し振りに旧市街に行ってみます。


101
見所が豊富な街ですが、スクロヴェーニ礼拝堂と市立博物館に時間がとられて、旧市街に来ることは少ないのです。


103
12世紀以前に建てられ、1286年に修復されたPorta Altinateです。


104
門の彫刻


106
Porta Altinateを潜りました。


105
中世の頃の城壁内に入りました。


107
夕方になるにつれ、人出が多くなってきました。


108
市庁舎に行ってみます。


109
特にやることがないので、単に歩いているだけでした。


110


111


112
Palazzo Moroni、現市庁舎です。


113


114
Torre degli Anziani


115
エルベ広場


116
ラジョーネ宮


118


119


120
シニョーリ広場


122


123
Loggia del Consiglio


124
Torre dell'Orologio


125
有翼のライオン像
(つづく)

P1950651
パドヴァは、人口211,007人(2018年11月30日現在)のヴェネト州パドヴァ県の県都です。


P1950650
パドヴァ駅に到着しました。


P1950611
駅舎と広い駅前広場


P1950609
この日のお宿は駅前のここです。前泊地がヴィチェンツァだったので、朝早い時間の到着でした。


P1950610
私にとってのパドヴァは、スクロヴェーニ礼拝堂に尽きます。そのため、旧市街に足を向けることが少ないので、交通便利な駅前ホテルがピッタリです。


P1950612
大きな荷物をホテルのフロントに預け、身軽になって早速スクロヴェーニ礼拝堂に向かいました。


440
駅前から旧市街に向かう路面電車がありますが、これが面白い。こんなに広い軌間の電車は勿論ありません。


441
路面電車の線路が1本なのです。車体の中央に1本の線路の上を走行する鉄輪があり、その左右にタイヤがあって、タイヤは道路の上を走るのです。


P1950615
ジュゼッペ・ガリバルディ大通り


P1950618
バッキリオーネ川の先に見えるのはカルミネ教会です。


P1950619
大学生の多くはトラムやバスに乗って学舎に向かうので、この辺を歩いている人はそんなに多くありません。


P1950620
ジュゼッペ・ガリバルディ像


P1950645
イタリア統一の英傑像は、北イタリアでは普通ですが、シチリアでは少ないのです。


P1950621
写真左にスクロヴェーニ礼拝堂があります。


P1950623
今回の旅でもやってきました。


P1950625
朝が早いので、観光客の姿は殆どありません。


P1950638
切符は予約制になってますが、朝早く来ると予約なしで切符を買うことが出来ます。


P1950627


P1950631


P1950632


P1950633
この日の最初の回の拝観者は私を含めて僅か4人でした。


P1950634
これだけ少ないと15分の予定が10分ほど延長してくれるかも知れないと淡い期待を抱いていましたが、次はグループ客が一杯来てしまい、15分で終わってしまいました。


P1950643
この日の午後の切符を予約していました。


P1950639
エレミターニ教会の拝観は翌日にすることにしました。


P2800642
次は市立博物館です。


P2800654
質と量の点で、市立博物館としては第一級の存在です。


P2800670


P2810072


P2810077
ジョヴァンニ・ベッリーニの作品


P2810172
ジョルジョーネ


P2810699
ジョット・ディ・ボンドーネ


P2810823
アンドレア・マンテーニャ


P2820118
ヤコポ・ティントレット


P2820125
パオロ・ヴェロネーゼ


P2820193
パルマ・イル・ジョーヴァネ


P2810549
見応えがあります。


P2810384
スクロヴェーニ礼拝堂の予約時間待ちのために入館する人が多いようですが、それでは勿体ないと思います。


P1950646
疲れました。


P1950647
一日目はこれで終わりです。


P1950648
(つづく)

P2800704
第13場面はここにあります。


P2800793
第13場面:聖母マリアのもとに大天使ガブリエーレを遣わす神


P2810279
第14場面:聖母マリアに受胎告知する大天使ガブリエーレ


P2810313


P2800790
第15場面:大天使ガブリエーレから受胎告知される聖母マリア


P2810303


P2810305
第16場面:ご訪問


P2800710
第17場面:キリストのご誕生


P2800717
第18場面:マギの礼拝


P2800724
第19場面:キリストの神殿奉献


P2800734
第20場面:エジプトへの逃避


P2800740
第21場面:嬰児虐殺


P2800752
第22場面:教会博士との問答


P2800758
第23場面:キリストの洗礼


P2800764
第24場面:カナの結婚


P2800769
第25場面:ラザロの蘇生


P2800776
第26場面:キリストのエルサレム入城


P2800782
第27場面:寺院からの商人たちの追放


P2800786
第28場面:ユダの裏切り


P2800784
第29場面:最後の晩餐


P2800719
第30場面:弟子の足を洗うキリスト


P2800726
第31場面:ユダの接吻


P2800736
第32場面:カイファの前のキリスト


P2800742
第33場面:キリストの嘲笑


P2800754
第34場面:カルヴァリオへの上り


P2800760
第35場面:磔刑


P2800766
第36場面:嘆き


P2800772
第37場面:我に触れるな


P2800778
第38場面:キリストの昇天


P2800784
第39場面:聖霊降臨


P2810297
次は最下段に描かれた悪徳と美徳の寓意画です。


2
慎重
どうしたことか、「慎重」を撮り忘れてしまいました。仕方がないので、写真が解禁になった直後に携帯電話で撮った写真をアップしました。


P2810226



P2810230
禁酒


P2810236
正義


P2810240
信仰


P2810243
慈悲


P2810246
希望
以上が美徳の寓意でした。以下は悪徳の寓意です。


P2810249
絶望


P2810256
羨望


P2810259
不貞


P2810263
不公平


P2810266
怒り


P2810269
Scostanza
Scostanzaの適当な日本語訳が思い浮かびません。


P2810273
愚かさ


P2810285
以上が全場面の紹介です。


P2810217
外に出ました。
梯子または脚立を使って、高い場所にある場面を正面から撮った全場面の写真がネットに載ってます。それにも拘らず、私の写真を敢えて載せたのは単に自己満足からで、他に何の意味もありません。自分のブログにアップさせる写真は、自分で撮った写真に限りたいと思ってます。(稀に例外がありますが)


P2810323
(おわり)

P2810233
内陣の右側壁が見て行きます。


P2810243
悪徳と美徳の寓意画がモノクロで14場面描かれてます。


P2810241
フレスコ画のテーマは、聖母の物語とキリストの生涯の物語です。


P2810245
聖母の物語には、聖母の両親である聖ジョアッキーノ(ヨアキム)と聖アンナのエピソードが含まれてます。


P2810220
ファサードの裏の壁、つまり西側の壁に最後の審判があります。


P2810287
ジョットが36‐38歳だった頃、礼拝堂のフレスコ画制作に従事したとされてます。


P2480313
キリストと12使徒


P2800747


P2800748


P2480330
フレスコ画の注文者であるエンリコ・デリ・スクロヴェーニが最後の審判の中に描き込まれてます。


P2800744
お分かりになるでしょうか?
スクロヴェーニ礼拝堂が描かれているので直ぐに分かります。


P2810247
写真左端下がエンリコ・デリ・スクロヴェーニで、スクロヴェーニ礼拝堂を捧げる姿として表現されてます。


P2480331
徳の寓意


P2480332
悪徳の寓意


P2810299
天井


P2810248
最後の審判に向かって右壁、つまり祭壇に向かって左側壁のフレスコ画に移ります。


P2810251
側壁のフレスコ画は、4段に描かれてます。


P2810254
最上段は、聖母の両親のエピソードを含む聖母の物語が描かれてます。


P2810261
上から2段目と3段目はキリストの物語が描かれてます。


P2480302
最下段に悪徳と美徳の寓意画が描かれてます。


P2810264


P2810268


P2810272


P2810280
左側壁に礼拝堂があります。


P2810282
この祭壇画の制作者などの詳細が分かりません。


P2810223


P2800732
15‐20分の限られた時間内にどのように観るのか、が課題でしょう。


P2480336
ジョットには約40人の弟子や協力者がいて、ジョットと共にフレスコ画の制作に当たったとされてます。


P2480353
このような箇所は、弟子や協力者によって描かれたと思います。


P2480357


P2480358
それでは、各場面を順番通り見て行くことにします。
最初は聖ジョアッキーノ(ヨアキム)の物語です。


P2800708
第1場面:聖ジョアッキーノ(ヨアキム)の神殿からの追放


P2800716
第2場面:羊飼いに身を寄せる聖ジョアッキーノ(ヨアキム)


P2800722
第3場面:聖アンナへの受胎告知


P2800731
第4場面:神に子羊を捧げる聖ジョアッキーノ(ヨアキム)


P2800737
第5場面:聖ジョアッキーノ(ヨアキム)の夢


P2800743
第6場面:黄金門での聖ジョアッキーノ(ヨアキム)と聖アンナの邂逅


P2800750
第7場面:聖母の誕生


P2800756
第8場面:聖母の神殿奉献


P2800762
第9場面:聖母の婿選び


P2800767
第10場面:聖母の求婚者の祈り


P2800774
第11場面:聖母の結婚


P2800780
第12場面:聖母の結婚の行列
(つづく)

P2800625
スクロヴェーニ礼拝堂の内部のフレスコ画や彫刻は何時行っても変わりません。2019年4月とわざわざ書くまでもありませんが、気分の問題で2019年4月としました。
アレーナ市民公園は立ち入り禁止になっていました。


P2800804
礼拝堂のファサードの方に近付くことが出来ません。




P2800806
公園の扉の金網の間にカメラを入れて撮った写真です。


P2800630
本物志向なので、大塚美術館に行くことは絶対にないと思います。


093
2018年5月のことですが、このところ何回も訪れて、切符売り場の係員が私の顔を覚えていたのか、切符を買おうとすると、私が何も言わないうちにRidotto Scuoleの切符を渡してくれて、€5と言うではありませんか!
ビックリしました。何がどうなったのか、サッパリ分かりませんが、それ以降、切符売り場で渡される切符はRidotto Scuoleとなりました。
普通のRidottoは€8、一般は€13だったと思います。


P2800692
パドヴァに行けば、スクロヴェーニ礼拝堂に3回拝観することにしているので、定期券の変形?扱いでRidotto Scuoleになったかも知れません。


P2800693
入口の前で暫く待機します。


P2800692
少し早く行くと、空きがあれば、指定時間の前に中に入ることが出来ます。


P2800694
この日は、指定時間の前の回に入りました。


P2810218
例によって、ここでビデオを見ます。


P2800697
高校生の一行と一緒でした。


P2800696
ビデオを真面目に見ておくと、拝観の手助けになります。


P2800697
これからアップする写真は、6回に分けて拝観した時に撮ったものです。1回の拝観時間が僅か15‐20分なので、フレスコ画や彫刻などを鑑賞しながら、全部の場面の写真を撮ることは不可能との理由からです。


P2800727
礼拝堂内に入りました。


P2800699
先ずは祭壇と後陣から見て行きます。


P2800698
礼拝堂で宗教行事が行われることがないことから、普通の祭壇とは随分違った印象を受けます。


P2800795
ジョヴァンニ・ピサーノ(ピサ、1248/1250c-シエナ、1315c)の「聖母子と2天使」


P2810291
ジョヴァンニ・ピサーノの彫刻の後にあるのは、エンリコ・デリ・スクロヴェーニ(ヴェネツィア、?-1336)の墓です。


1
ジョヴァンニ・ピサーノ(ピサ、1248/1250c-シエナ、1315c)の「エンリコ・デリ・スクロヴェーニ像」


P2800701
後陣の天井のフレスコ


P2480295
後陣に目を向ける人が少ないように思います。


P2800794
後陣正面の壁


P2800700
後陣左側壁


P2800802
ジョット・ディ・ボンドーネ(フィレンツェ、1266/1267-1337c)の「聖母の死」(1305c)
スクロヴェーニ礼拝堂のフレスコ画は、ジョット・ディ・ボンドーネによって1305年頃に描かれました。


P2800801
後陣右側壁


P2810219
左右の側壁に聖職者席が設けられてます。


P2800702
後陣への立ち入りが禁止されているので、側壁に描かれたフレスコ画の写真はこのような状態になってしまいます。


P2480293


P2800797
聖母被昇天と聖母戴冠


P2800798
聖母の遺体の移送


P2800704
次はヴォルタです。


P2810301


P2810284
最上段は、全能者ハリストス(キリスト)


P2800793


P2810274


P2810283


P2810306
この場面の解釈が問題です。


P2800789
純潔の象徴とされるユリの花を大天使が手にしていれば、受胎告知となりますが、何も描かれていません。大天使が棕櫚を手にしていれば、聖母に対して死のお告げをする大天使となります。
受胎告知の場合、大天使はガブリエーレとなり、聖母への死のお告げをする大天使はミケーレとなります。


P2800791
受胎告知を受ける聖母、死のお告げを受ける聖母のどちらでしょうか?


P2810303
聖母の物語がテーマになっているので、私は受胎告知だと思います。


P2800787
ヴォルタ左の「ユダの裏切り」


P2810310


P2810305
ヴォルタ右の「ご訪問」


P2810300
天井


P2810227
どのような順番で見て行ったら良いのか、迷う所です。


P2810229
(つづく)

098
壁にフレスコ装飾が施された家です。


099
小雨が降り続いていました。


100
サンタ・マリア・イン・コッレ教区教会の鐘楼と城壁です。


102
Palazzo Sturmに向かいます。


104
途中に教会がありました。


108
18世紀に建設されたマドンナ・デル・パトロチニオ教会です。


107
教会左横のアーチを潜って中庭に入りました。特に見所無し。


109
小さな街なので、同じ場所を行ったり来たり。


110


111
モンテ・ヴェッキオ広場


112
Palazzo Sturmにやってきました。


123
この建物にバッサーノ焼のMuseoが2つあります。


113
Palazzo Sturmの庭からのブレンタ川の景観が一見に値します。


114
Palazzo Sturmの庭から見たヴェッキオ橋(コぺルト橋)


115


119
Museoは開いていましたが、セラミックの類にはあまり興味が湧かないので入館しませんでした。


124
Via Schiavonetti


125
写真右を川の方に下りました。


126
上流方向


128
下流方向


130
城壁と監視塔


131
Tempio Ossario


133
Tempio Ossarioは大体閉まってます。


134


152
ヴィットリア橋にやってきました。


155
ヴィットリア橋からの景観


160
流れがかなり速かった。


157


159
屋根付きのヴェッキオ橋に行くことにしました。


165
少し歩く必要があります。


168
ヴェッキオ橋はもう直ぐです。


174
ヴェッキオ橋の入り口です。


175
パヴィアにも屋根付き橋があります。


177
橋の入り口の2つのアーチの間にある壁に描かれたフレスコ画です。


178
橋を渡ります。


181
ヴェッキオ橋からの景観


183
ヴィットリア橋


187
上流方向


192
カステッロが良く見えました。


194
橋を渡り切り、対岸の通りに出ました。


196
Palazzo Bonaguro


195
バールで一息入れました。


197
元に戻ることにしました。


202
対岸のヴェッキオ橋の入り口です。


203


206
橋を渡りました。


209
キリがないので、この辺にしましょう。


216
(おわり)

008
城壁外にある、1603年創建のサン・ボナヴェントゥーラ教会です。


006
19世紀に行われた修復の際、祭壇画が取り外されて市立美術館に移されたので、美術的には見所がありません。扉が閉まっていましたが、拝観出来なくて残念とは思いませんでした。


010
城壁内のダンテ通りに入りました。


011
天気が悪いせいか、人出が少ないようです。


012
観光案内所でパンフレットを頂戴しました。


013
観光案内所から外に出ると雨でした。


018
イタリアでは雨男なので、雨に降られるのは仕方ありません。


019
ここはサン・フランチェスコ教会の裏手になります。


020
塔が見えてますが、ガリバルディ広場にある市の塔です。


022
一旦左折して寄り道しましたが、見所がなさそうだったので直ぐに引き返しました。


025
サン・フランチェスコ教会の横を進みました。


027
ガリバルディ広場


026
Fontana Bonaguro


028
暇潰しのために教会に行ってみることにしました。


032
柱廊付きのファサードです。


035
中には入りませんでした。


037


034
この時間、美術館は未だ開いてません。


040
市の塔


067
この建物Casa Contaruzzi Danieliを境に広場の名称が変わります。


068
リベルタ広場です。写真正面の建物はCasa Navarrini Wipfingerです。


069
時計があるLoggia di Podesta


070
市庁舎


071
この広場が街の中心です。


072


073
リベルタ広場に立つ、この街の守護聖人聖バッセット像です。


074
ヴェネツィア領だったことを示すサン・マルコの有翼のライオン像


076
城の方に向かいました。


078
取り敢えずMuseo degli Alpiniに入館するつもりでした。


079
モンテ・ヴェッキオ広場


080
地図を見ないで適当に歩きましたが、道を間違えていないようです。


081
写真左の店で白アスパラガスを食べたことがあります。


083
ホテルに戻ってトイレ休憩をしました。


084
998年創建のサンタ・マリア・イン・コッレ教区教会です。


086
Castello degli Ezzelini


085
Museoは開いていませんでした。


087
Museoだけではなく、教区教会、城の全ての扉が閉まっていました。


088
こんなことは頻繁にあるので仕方ありません。


089
観光客が少ないと、このようなことはよく起こります。


090
結局、川と橋、美術館以外に見所が殆どないことが分かりました。


091
ブレンタ川が見えました。


093
コぺルト橋


094
(つづく)

第9室の続きです。
P2770661
ピエトロ・ロイ(サンドリーゴ、1819‐ヴェネツィア、1896)の「ジュゼッピ―ナ・ムッツァレッリ伯爵夫人の肖像」


P2770666
アレッサンドロ・ミレージ(ヴェネツィア、1856‐1945)の「男の肖像」(1929)


P2770669
アレッサンドロ・ミレージ(ヴェネツィア、1856‐1945)の「死間近の父の肖像」(1876)


P2770671
アレッサンドロ・ミレージ(ヴェネツィア、1856‐1945)の「ジョヴァンニ・フェッラーリの肖像」(1901)


P2770674
アレッサンドロ・ミレージ(ヴェネツィア、1856‐1945)の「ジュゼッペ・ロレンツォ―ニ教授の肖像」(1899)


P2770676
アントニオ・ゾーナ(ガンバラーレ・ディ・ミラ、1814‐ローマ、1892)の「ジュスティにアーノ・ヴァンツォ・メルカンテの肖像」(1885)


P2770679
アンジェロ・バレストラ(バッサーノ・デル・グラッパ、1803‐ローマ、1881)の「ジュゼッペ・ボンバルディーニの肖像」(1867)


P2770682
ダニーロ・アンドレオーゼの「パオロ・マリア・トゥアの胸像」


P2770684
ジュリオ・カルリーニ(ヴェネツィア、1826‐1887)の「ヴェネツィアのPonte del Paradisoを渡る行列」


P2770690
ノエ・ボルディニョン(カステルフランコ・ヴェネト、1841‐サン・ゼノーネ・デリ・エッゼリーニ、1920)の「少女の肖像」


P2770688
ジャコモ・マンツォーニ(パドヴァ、1840‐1912)の「女性の肖像」


P2770693
ルイージ・ノロ(フジ―ナ、1850‐ヴェネツィア、1918)の「少女の肖像」(1918)


P2770694
ルイージ・ノロ(フジ―ナ、1850‐ヴェネツィア、1918)の「女の子の肖像」(1880)


P2770697
アントニオ・パオレッティ(ヴェネツィア、1833‐1913)の「ティ―ナ・ディ・ロレンツォの肖像」(1894)


P2770700
ジュゼッペ・コスタンティーニ(サン・パオロ・ベイシート、1844‐1894)の「ジョヴァンナ・スコラーリの肖像」


P2770701
ジャコモ・グロッソ(カンビアーノ、1860‐トリノ、1938)の「男の肖像」(1893)


P2770704
ジャコモ・グロッソ(カンビアーノ、1860‐トリノ、1938)の「女性の肖像」


P2770706
次の部屋です。


P2770707
美術館の最終展示室、第10室です。


P2770708
リーナ・ロッソ(ヴェネツィア、1888‐1975)の「風景」(1925)


P2770712
エルネスト・ロマッツィ(ヴェローナ、1905‐ヴィチェンツァ、1985)の「出会い」


P2770715
ペトロ・ロヴェルシ(ファエンツァ、1908‐バッサーノ・デル・グラッパ、1997)の「バッサーノの風景」(1950)


P2770718
ミランダ・ヴィソーナ(サン・マルティーノ・ディ・ルパーリ、1912‐バッサーノ・デル・グラッパ、1988)の「母性」(1938)


P2770720
テオドーロ・ヴォルフ・フェッラーリ(ヴェネツィア、1878‐サン・ゼノーネ・デリ・エッゼリーニ、1945)の「バッサーノ山」(1920c)


P2770724
ボルトロ・サッキ(ヴェネツィア、1892‐バッサーノ・デル・グラッパ、1978)の「Le ortiche」(1920)


P2770726
フィオーレ・ブルストリン・ザッカリアン(ピエーヴェ・ディ・サッコ、1901‐ローマ、1995)の「ヴェネツィアの風景」(1920c)


P2770729
詳細不明の彫刻


P2770731
ボルトロ・サッキ(ヴェネツィア、1892‐バッサーノ・デル・グラッパ、1978)の「母の肖像」


P2770733
ボルトロ・サッキ(ヴェネツィア、1892‐バッサーノ・デル・グラッパ、1978)の「Angeli di pietra」(1922)


P2770737
ボルトロ・サッキ(ヴェネツィア、1892‐バッサーノ・デル・グラッパ、1978)の「Campo della Maddalena」(1934)


P2770740
ボルトロ・サッキ(ヴェネツィア、1892‐バッサーノ・デル・グラッパ、1978)の「La casa gotica」(1936)


P2770742
階段に出ます。


P2770743
これで終わりです。


P2770744
バッサーノ一族の作品が印象に残る美術館です。


P2770745
よく整備された立派な美術館です。


P2770746
最後にキオストロ回廊に残されたフレスコ画を見ます。


P2770747
フレスコ画は殆ど残ってません。


P2770748
回廊の壁のルネッタの全てにフレスコ画があったとされてます。


P2770752
外に出ます。


P2770759
(おわり)

引き続き第7室です。
P2770573
アントニオ・マリノーニ(バッサーノ・デル・グラッパ、1796‐1871)の「パレルモの魚市場」


P2770576
アントニオ・マリノーニ(バッサーノ・デル・グラッパ、1796‐1871)の「イスキア港のカステッロ・アラゴネーゼの風景」


P2770578
アントニオ・マリノーニ(バッサーノ・デル・グラッパ、1796‐1871)の「ティヴォリのヴェスタ神殿の滝」


P2770580
アントニオ・マリノーニ(バッサーノ・デル・グラッパ、1796‐1871)の「ネーミ湖」


P2770584
フランス・ヴェルヴロエ(ベルギー、1795‐ヴェネツィア、1872)の「ナポリのサン・ジャコモ・デリ・スパニョーリ教会の入り口」(1872)


P2770586
マルティン・ヴェルスタッペン(アンヴェルサ、1773‐ローマ、1853)の「川と家畜がいる風景」(1852)


P2770589
アントニオ・ベルナーティ(バッサーノ・デル・グラッパ、1792‐パドヴァ、1873)の「ポーラのアレーナ」(1849)


P2770591
ジョヴァンニ・ブサート(ヴィチェンツァ、1806‐1886)の「画家アントニオ・ベルナーティの肖像」(1873)


P2770595
アンジェロ・バレストラ(バッサーノ・デル・グラッパ、1803‐ローマ、1881)の「ザッカリア・ブリチート閣下の肖像」


P2770598
アイエツの作品が取り外されていました。


P2770600
ジョヴァンニ・マルティーノ・デ・ボーニ(ヴェネツィア、1753‐ローマ、1810)の「ジュゼッペ・ボンバルディーニの肖像」(1801)


P2770603
フランチェスコ・アントニボン(ノーヴェ、1809‐1883)の「自画像」(1839c)


P2770605
アンジェロ・バレストラ(バッサーノ・デル・グラッパ、1803‐ローマ、1881)の「ジャンバッティスタ・ロベルティの肖像」(1835)


P2770609
マッシモ・ダゼリオ(トリノ、1798‐1866)に帰属する「城、羊飼いがいる渓流の風景」


P2770611
次の部屋です。


P2770612
部屋の番号表示がありませんが、展示室の前後から判断すると第8室になると思います。


P2770613
展示されている衣装の説明がありません。


P2770614


P2770615


P2770616


P2770617


P2770618
次の部屋です。


P2770619
第9室になります。


P2770620
アントニオ・ブランキ(カッソーら、1848‐ヴィチェンツァ、1900)の「トゲ」


P2770623
アントニオ・ゾーナ(ガンバラーレ・ディ・ミラ、1814‐ローマ、1892)の「ティツィアーノと若きパオロ・ヴェロネーゼの邂逅」


P2770628
フランチェスコ・アントニボン(ノーヴェ、1809‐1883)の「Ezzelino siede in corte di giustizia」


P2770630
ピエトロ・メネガッティ(モルヴェ―ナ、1809‐ヴェネツィア、1848)の「ラグエッロ邸でのトビトの出発」


P2770634
カルロ・グルバクス(ヴェネツィア、1801‐1870)の「スキアヴォー二岸」


P2770636
カルロ・グルバクス(ヴェネツィア、1801‐1870)の「スキアヴォー二岸」


P2770639
カルロ・グルバクス(ヴェネツィア、1801‐1870)の「海」


P2770642
カルロ・グルバクス(ヴェネツィア、1801‐1870)の「時化」


P2770645
カルロ・グルバクス(ヴェネツィア、1801‐1870)の「Le Zattere dei Gesuati」


P2770646
カルロ・グルバクス(ヴェネツィア、1801‐1870)の「大運河」


P2770650
アデオダート・マラテスタ(モデナ、1806‐1891)の「彫刻家アントニオ・ボーサの肖像」(1839)


P2770653
フランチェスコ・ファッチ・ネグラーティ(バッサーノ・デル・グラッパ、1810‐1839)の「修道院長ジュゼッペ・ペニネッティの肖像」(1835)


P2770656
プラチド・ファブリス(ピエ―ヴェ・ダルパーゴ、1802‐ヴェネツィア、1859)の「アルフォンゾ・デンドリーニの肖像」


P2770659
ポンぺオ・マリーノ・モルメンティ(モッタ・ディ・リヴェンツァ、1819‐ヴェネツィア、1894)の「ヴェスパシアーノ・ムッツァレッリ伯爵の肖像」(1860c)
(つづく)

引き続きアントニオ・カノーヴァの作品が並ぶ第5室です。
P2770468
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1622)の「ニンフの踊り」(1795c)
以下5点の作品もアントニオ・カノーヴァのニンフの踊りです。


P2770471


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P2770480
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)のデッサン


P2770485
フランチェスコ・ロベルティ(バッサーノ・デル・グラッパ、1789‐1857)の「ピエトロ・ステッキ―ニの肖像」(1814c)


P2770488
ジョヴァンニ・マルティーノ・デ・ボーニ(ヴェネツィア、1753‐ローマ、1810)の「アントニオ・カノーヴァとジョヴァンニ・バッティスタ・サルトーリ・カノーヴァの肖像」(1809‐10c)


P2770491
ピエトロ・テネラーニ(トッラーノ・カッラレーゼ、1789‐1869)の「ジョヴァンニ・バッティスタ・サルトーリ・カノーヴァの彫像」(1853)


P2770494
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「妖精の頭像」(1789‐95c)


P2770501
次の部屋です。


P2770509
第6室です。


P2770500
展示されている作品が少ない展示室です。


P2770502
ポンぺオ・マルケージ(バッサーノ・デル・グラッパ、1774‐パドヴァ、1852)の「アバーテ・ジュゼッペ・バルビエーリの胸像」(1832)


P2770506
ジョヴァンニ・フォロ(バッサーノ・デル・グラッパ、1764‐ローマ、1826)の「自画像」(1794‐95c)


P2770510
アントニオ・パディーノの「首飾り」


P2770513
ジュゼッペ・グラセールの「耳飾り」


P2770516
スペインの逸名画家作「銀行家ジョゼフ・ワイスの肖像」(18世紀末‐19世紀初め)


P2770520
セバスティアーノ・ケミン(バッサーノ・デル・グラッパ、1755‐1812)の「彫刻家ジョヴァンニ・バレストラの肖像」(19世紀)


P2770523


P2770524


P2770525
次の部屋です。


P2770526
第7室になります。


P2770528
ロベルト・ロベルティ(バッサーノ・デル・グラッパ、1786‐1837)の「日没」


P2770531
ロベルト・ロベルティ(バッサーノ・デル・グラッパ、1786‐1837)の「バッサーノ・デル・グラッパのコぺルト橋」(1807)


P2770534
ロベルト・ロベルティ(バッサーノ・デル・グラッパ、1786‐1837)の「ヴァチカンの庭」


P2770536
ロベルト・ロベルティ(バッサーノ・デル・グラッパ、1786‐1837)の「ヴェネツィアのサン・マルコ広場」


P2770539
ロベルト・ロベルティ(バッサーノ・デル・グラッパ、1786‐1837)の「ヴェネツィアのサン・マルコ広場」


P2770542
ロベルト・ロベルティ(バッサーノ・デル・グラッパ、1786‐1837)の「ヴェネツィアのリアルト橋の風景」


P2770544
フランチェスコ・アントニボン(ノーヴェ、1809‐1883)の「アントニオ・マリノーニの肖像」(1841)


P2770546
アントニオ・マリノーニ(バッサーノ・デル・グラッパ、1796‐1871)の「凪の海の日没」


P2770550
アントニオ・マリノーニ(バッサーノ・デル・グラッパ、1796‐1871)の「アグロ・ロマーノの風景」


P2770552
アントニオ・マリノーニ(バッサーノ・デル・グラッパ、1796‐1871)の「バッサーノ・デル・グラッパの風景」


P2770554
アントニオ・マリノーニ(バッサーノ・デル・グラッパ、1796‐1871)の「バッサーノ・デル・グラッパの風景」


P2770556
アントニオ・マリノーニ(バッサーノ・デル・グラッパ、1796‐1871)の「バッサーノ・デル・グラッパの風景」


P2770560
アントニオ・マリノーニ(バッサーノ・デル・グラッパ、1796‐1871)の「森と川がある風景」


P2770564
アントニオ・マリノーニ(バッサーノ・デル・グラッパ、1796‐1871)の「滝がある風景」


P2770567
アントニオ・マリノーニ(バッサーノ・デル・グラッパ、1796‐1871)の「アリッチャ渓谷の風景」


P2770569
アントニオ・マリノーニ(バッサーノ・デル・グラッパ、1796‐1871)の「ネーミ湖の風景」


P2770571
アントニオ・マリノーニ(バッサーノ・デル・グラッパ、1796‐1871)の「ティボリの午後」
(つづく)

第5室の続きです。
P2770357
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「エリーザ・バチョッキの頭像」


P2770360
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「テルプシコラ(合唱、舞踊の女神)の頭像」(1808‐13c)


P2770363
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「ジュリエッテ・レカミエールの頭像」(1813)


P2770366
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「レオポルディーナ・エステルハーズィ・リヒテンシュタインの横顔」


P2770369
場違いな展示です。


P2770370
例によってアントニオ・リエッロ(マロ―スティカ、1958‐)の作品です。


P2770372
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「アテーナとアポロ」


P2770374
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「オーストリアのフランチェスコ1世の胸像」


P2770378
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「ナポレオンの胸像」


P2770381
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「デ・ハーロ伯爵夫人の死」(1805‐06)


P2770384
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「クリオの頭像」


P2770387
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「ナポレオンの母レティツィアの胸像」


P2770390
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の教皇ピオ7世の彫像」


P2770394
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「ニンフとアモーレ」(1805‐06c)


P2770397
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「ヴィットリオ・アルフィエーリの葬儀モニュメント」(1803)


P2770400
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「悲しみの女」(1808)


P2770403
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「泣く女」(1808)


P2770405
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「葬儀石碑」(1818‐20c)


P2770409
ジャンバッティスタ・バッシ(マッサ・ロンバルダ、1784‐ローマ、1852)の「ディアナとアクタイオン」(1812)


P2770412
ヘンドリック・フォーグ(アムステルダム、1766‐ローマ、1839)の「La valle arriccia」(1817)


P2770414
ジュゼッペ・デ・ファブリス(ノーヴェ、1790‐ローマ、1860)の「ヘクトールとアンドロマケの離別」


P2770417
沢山の彫刻があります。


P2770418
ジョヴァンニ・ヴォルパート(バッサーノ・デル・グラッパ、1735‐ローマ、1803)の「Centrotavola」


P2770420


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これは何でしょうか?


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ドメニコ・ペッレグリーニ(ガッリエッラ・ヴェネタ、1759‐ローマ、1840)の「聖セバスティアーノを介抱する聖エレーナ」(1838‐39c)


P2770432
アントン・ラファエル・メングス(チェコ、ウースチー、1728‐ローマ、1779)の「モーゼ」(18世紀)


P2770433
アントン・ラファエル・メングス(チェコ、ウースチー、1728‐ローマ、1779)の「聖ピエトロ」(18世紀)


P2770436
アントン・ラファエル・メングス(チェコ、ウースチー、1728‐ローマ、1779)の「物語と博物館の寓意」(18世紀)


P2770439
アントン・フォン・マロン(ウィーン、1733‐ローマ、1808)の「男の肖像」


P2770442
フランチェスコ・アントニボン(ノーヴェ、1809‐1883)の「ジョヴァンニ・ヴォルパートの肖像」(1840c)


P2770443
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「三美神」(1812)


P2770447
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「メドゥーサ」


P2770449
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「ジョージ・ワシントンの胸像」


P2770453
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「Mercato degli amorini」


P2770455
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「フランク・ニュートンの友人の葬儀モニュメント」(1785c)


P2770459
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「息子を射るヘラクレス」(1798)


P2770462


P2770463


P2770465
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「悔悛のマッダレーナ」
(つづく)

第4室の続きです。
P2770260
マッティア・ボルトローニ(ロヴィーゴ、1696‐ミラノ、1750)の「モーゼの発見」


P2770263
アントニオ・マリーニ(ヴェネツィア、1668‐1725)の「時化」


P2770266
アントニオ・マリーニ(ヴェネツィア、1668‐1725)の「時化」


P2770269
ジャンバッティスタ・マリオッティ(ヴェネツィア、1694‐1765)の「聖エロシャの殉教」


P2770272
コスタンティーノ・パスクゥアロット通称イル・コスタんティーニ(ヴィチェンツァ、18世紀前半活動)の「十字架降下」(1750‐60)


P2770274
アレッサンドロ・マニャースコ(ジェノヴァ、1667‐1749)の「修道士の葬儀」(1700c)


P2770277
アレッサンドロ・マニャースコ(ジェノヴァ、1667‐1749)の「用心棒」


P2770278
ジャンバッティスタ・ピアツェッタ(ヴェネツィア、1683‐1754)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


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P2770288
オラツィオ・マイナーリ(バッサーノ・デル・グラッパ、1643‐ヴィチェンツァ、1720)の「フローラ」


P2770290
オラツィオ・マイナーリ(バッサーノ・デル・グラッパ、1643‐ヴィチェンツァ、1720)の「ヘラクレス」


P2770291
オラツィオ・マイナーリ(バッサーノ・デル・グラッパ、1643‐ヴィチェンツァ、1720)の「愛」


P2770293
オラツィオ・マイナーリ(バッサーノ・デル・グラッパ、1643‐ヴィチェンツァ、1720)の「ペルセウス」


P2770295
オラツィオ・マイナーリ(バッサーノ・デル・グラッパ、1643‐ヴィチェンツァ、1720)の「男の胸像」


P2770296
オラツィオ・マイナーリ(バッサーノ・デル・グラッパ、1643‐ヴィチェンツァ、1720)の「羊飼いと牛」


P2770297
オラツィオ・マイナーリ(バッサーノ・デル・グラッパ、1643‐ヴィチェンツァ、1720)の「聖アントニオ」


P2770302
オラツィオ・マイナーリ(バッサーノ・デル・グラッパ、1643‐ヴィチェンツァ、1720)の「聖母子」(17世紀末‐18世紀初め)


P2770305
次の部屋です。


P2770306
アントニオ・カノーヴァの作品が展示されている第5室です。


P2770307
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「悲しみの2人の女」


P2770311
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「馬の頭像」


P2770313
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「オラツィオ・ネルソンの誕生」(1803‐06c)


P2770316
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「悔悛のマッダレーナ」(1795c)


P2770319
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「自彫像」(1812‐22c)


P2770324
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「ライオンの頭像」(1792)


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P2770328


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P2770329
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「ヴィーナス」(1812c)


P2770333
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「オラツィオ・ネルソンの葬儀モニュメント」


P2770332


P2770336
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「カロリーナ・ムラートの頭像」(1813以降)


P2770338
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「パーチェの頭像」


P2770342
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「タモッセーノの頭像」(1800c)


P2770345
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「男の頭像」


P2770348
突如アントニオ・リエッロ(マロ―スティカ、1958‐)の作品が出てきます。


P2770351
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「慈善の頭像」


P2770354
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「レオポルディーナの彫像」
(つづく)

第4室の続きです。
P2770132
ジュゼッペ・ツァイス(フォルノ・ディ・カナル・ダゴルド、1709‐トレヴィーゾ、1734)の「風景」


P2770135
マルコ・リッチ(ベッルーノ、1676‐ヴェネツィア、1730)の「滝がある風景」
Paesaggio con cascataと言う画題なので、滝がある風景としましたが、滝が描かれていないようです。


P2770137
フランチェスコ・ズッカレッリ(ピティリアーノ、1702‐フィレンツェ、1778)の「羊飼いがいる風景」


P2770147
ジャンアントニオ・グアルディ(ウィーン、1699‐ヴェネツィア、1760)の作品が4点あります。


P2770140
ジャンアントニオ・グアルディ(ウィーン、1699‐ヴェネツィア、1760)の「聖母の神殿奉献」


P2770142
ジャンアントニオ・グアルディ(ウィーン、1699‐ヴェネツィア、1760)の「天の恵みの落下の奇跡」


P2770144
ジャンアントニオ・グアルディ(ウィーン、1699‐ヴェネツィア、1760)の「受胎告知」


P2770146
ジャンアントニオ・グアルディ(ウィーン、1699‐ヴェネツィア、1760)の「キリストの昇天」


P2770150
レアンドロ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1557‐ヴェネツィア、1622)の「玉座の聖母子と聖フランチェスコと聖キアーラ」


P2770153
レアンドロ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1557‐ヴェネツィア、1622)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚と聖人たち」


P2770157
レアンドロ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1557‐ヴェネツィア、1622)の「玉座の聖母子と聖ジローラモと執政長官ジローラモ・スリアーノ」


P2770161
ヤコポ・アポッロニオ(バッサーノ・デル・グラッパ、1584‐1654)の「聖ボナヴェントゥーラ」


P2770164
アンドレア・ミケーリ通称イル・ヴィチェンティーノ(ヴィチェンツァ?、1542c‐1617c)の「聖なる三位一体と聖ピエトロと聖マルコ」


P2770166
ピエトロ・ダミーニ(カステルフランコ・ヴェネト、1592‐パドヴァ、1631)の「我に触れるな」


P2770171
ニコラス・レニエ(フランス、モブージュ、1588c‐ヴェネツィア、1667)の「聖セバスティアーノ」(1640‐50)


P2770173
17世紀中頃のボローニャの逸名画家作、またはジョヴァンニ・アンドレア・シラーニ(ボローニャ、1610‐1670)の作品説もある「磔刑」


P2770177
18世紀の逸名彫刻家作「磔刑像」


P2770182
アンドレア・ブルストロン(ベッルーノ、1662‐1732)に帰属する「磔刑像」


P2770187
ドイツの逸名彫刻家作「磔刑像」(17世紀末)


P2770189
ジャンバッティスタ・ヴォルパート(バッサーノ・デル・グラッパ、1633‐1706)の「自画像」


P2770194
18世紀の逸名彫刻家作「アトラース」


P2770196
18世紀の逸名彫刻家作「ヴィーナス」


P2770202
アルテミジア・ジェンティレスキ(ローマ、1593‐ナポリ、1652/1653)の「スザンナと長老たち」


P2770206
ジュリオ・カルピオーニ(ヴェネツィア又はヴィチェンツァ、1613c-ヴィチェンツァ、1678)の作品です。


P2770208
聖パオロ


P2770209
聖グレゴリオ・マーニョ


P2770213
ピエトロ・ムットーニ通称デッラ・ヴェッキア(ヴェネツィア又はヴィチェンツァ、1603-1678)の「ネプチューン」


P2770215
ヨハン・カール・ロス(ミュンヘン、1632-ヴェネツィア、1698)の「サムソンとデリラ」


P2770220
フランチェスコ・トリヴェッリ―ニ(バッサーノ・デル・グラッパ、1660-1733c)の「受胎告知」


P2770222
例によってアントニオ・リエッロ(マロスティカ、1958-)の作品です。


P2770224


P2770227
ヨハン・アントン・エイスマン(サリスブルゴ、1613c-ヴェネツィア、1700c)の「海港の風景」


P2770231
マッテオ・ストーム(ヴァル・がるでーな、1643-ヴェローナ、1702)の「戦闘」


P2770239
エルネスト・ダレート(ブリュッセル、?-ヴェネト、1694-1698活動)の「搾乳の風景」


P2770243
エルネスト・ダレート(ブリュッセル、?-ヴェネト、1694-1698活動)の「羊飼いと家畜がいる風景」


P2770244
エルネスト・ダレート(ブリュッセル、?-ヴェネト、1694-1698活動)の「羊飼いと家畜がいる風景」


P2770246
エルネスト・ダレート(ブリュッセル、?-ヴェネト、1694-1698活動)の「羊飼いと家畜がいる風景」


P2770249
エルネスト・ダレート(ブリュッセル、?-ヴェネト、1694-1698活動)の「羊飼いと家畜がいる風景」


P2770252
ヨハン・アントン・エイスマン(サリスブルゴ、1613c-ヴェネツィア、1700c)の「港がある風景」


P2770254
マッテオ・ストーム(ヴァル・ガルデーナ、1643-ヴェローナ、1702)の「戦闘」


P2770258
エルネスト・ダレート(ブリュッセル、?-ヴェネト、1694-1698活動)の「家畜市場の風景」
(つづく)

P2770015
第3室の続きです。


P2770016
ニコロ・セバスティアーノ・ディ・ロッカタリアータ(ヴェネツィア、1593‐1636活動)の「ヴィーナスとキューピッド」


P2770019
ニコロ・セバスティアーノ・ディ・ロッカタリアータ(ヴェネツィア、1593‐1636活動)の「マルテ」


P2770024
取り外されていた作品です。修復中や貸し出し中などの表示もなし。


P2770026
フランチェスコ・バッサーノ・イル・ジョーヴァネ(バッサーノ・デル・グラッパ、1549‐ヴェネツィア、1592)の「利己的な金持ち」


P2770029
レアンドロ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1557‐ヴェネツィア、1622)の「クリストフォロ・コンポステッラの肖像」(1582)


P2770032
レアンドロ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1557‐ヴェネツィア、1622)の「カルヴァリオへの上り」


P2770036
レアンドロ・バッサーノ工房の「聖ステファノの殉教」


P2770039
フランチェスコ・バッサーノ・イル・ジョーヴァネ(バッサーノ・デル・グラッパ、1549‐ヴェネツィア、1592)の「男の肖像」


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17世紀の逸名画家、ジャンバッティスタ・ダル・ポンテの作品の可能性もあるそうです。


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聖セバスティアーノ


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大天使聖ミケーレ


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ジローラモ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1566‐ヴェネツィア、1621)の「天上の聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタと信者ロドヴィーコ・タバリーノ」(16世紀末)


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ジローラモ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1566‐ヴェネツィア、1621)の「天上の聖母子と聖マルティーノと聖ルチア」


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ジローラモ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1566‐ヴェネツィア、1621)の「玉座の聖母子と聖セバスティアーノと聖ロッコ」


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レアンドロ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1577‐ヴェネツィア、1622)の「バッサーノ執政長官ニコロ・モチェニーゴ?とその息子に顕現する聖母子」


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レアンドロ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1577‐ヴェネツィア、1622)の「玉座の聖母子と聖クレメンテと聖バッシアーノと執政長官ロレンツォ・カッペラとその家族」(1590)


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レアンドロ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1577‐ヴェネツィア、1622)の「死せるキリストを支える2天使」


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フランチェスコ・バッサーノ・イル・ジョーヴァネ(バッサーノ・デル・グラッパ、1549‐ヴェネツィア、1592)の「羊飼いの礼拝」(1580‐85)


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フランチェスコ・バッサーノ・イル・ジョーヴァネ(バッサーノ・デル・グラッパ、1549‐ヴェネツィア、1592)の「最後の晩餐の下絵」


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フランチェスコ・バッサーノ・イル・ジョーヴァネ(バッサーノ・デル・グラッパ、1549‐ヴェネツィア、1592)の「園の祈り」(1580‐85)


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次の展示室です。


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第4室になります。


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展示作品がかなり多い部屋です。


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オラツィオ・マイナーリ(バッサーノ・デル・グラッパ、1643‐ヴィチェンツァ、1720)の「自彫像」


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アレッサンドロ・マニャースコ(ジェノヴァ、1667‐1749)の「フランチェスコ会修道院食堂」


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アレッサンドロ・ロンギ(ヴェネツィア、1733‐1813)の「バルトロメオ・フェッラチーナの肖像」


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1702‐1785)の「杖を持った羊飼い」


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1702‐1785)の「腰掛けた羊飼い」


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1702‐1785)の「羊飼いの女」


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1702‐1785)の「女羊飼いの胸」


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アレッサンドロ・マニャースコ(ジェノヴァ、1667‐1749)の「祈る聖アントニオ・アバーテがいる風景」


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ジャンドメニコ・ティエポロ(ヴェネツィア、1727‐1804)の「パオラの聖フランチェスコ」


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ヴェネトの逸名画家作、或いはジャンバッティスタ・クロサート(トレヴィーゾ、1668‐ヴェネツィア、1758)の「聖母子」(1720‐30c)


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ジャンドメニコ・ティエポロ(ヴェネツィア、1727‐1804)の「聖ジュゼッペ」


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ジャンバッティスタ・ティエポロ(ヴェネツィア、1696‐マドリッド、1770)の「割礼」(1725‐26c)


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18世紀のヴェネトの逸名画家作「聖家族」


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ミケランジェロ・ウンテルベルガー(カヴァレーゼ、1695‐ウィーン、1758)の「聖母子と大天使聖ミケーレと聖人たち」


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フランチェスコ・フォンテバッソ(ヴェネツィア、1707‐1769)の「キリストと姦通女」


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フランチェスコ・フォンテバッソ(ヴェネツィア、1707‐1769)の「モーゼの発見」


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18世紀前半のヴェネツィアの逸名画家作、或いはジローラモ・ブルサフェッロ(ヴェネツィア、1679‐1745)の作品かも知れない「キリストの神殿奉献」
(つづく)

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