2015年11月19日夜、閉館間近のカステルヴェッキオ美術館に3人組の盗賊が押し入り、17点の作品が盗まれました。盗まれた作品の殆どは傑作でしたが、他の傑作を差し置いてティントレット周辺の画家、ドメニコ・ティントレット工房の作品を含むティントレット父子関連の8作品が盗難にあったので、犯人はティントレットの熱狂的なファンだろう、そして17点の作品は多分戻らないだろうと思っていました。
ところが、2016年3月15日、この盗難に関与したとして15人が逮捕されたことから、17点の作品もいずれ戻るかも知れないとの光明が出てきました。
2016年5月6日、盗まれた全17作品がウクライナのオデッサ近郊で発見されたのです。やれやれ、安心しました。
さて、盗まれた作品ですが、盗まれた期間、美術館では、以下の写真のように、精巧な作品写真が展示されていました。
ハンス・デ・ジョード(オランダ、ハーグ、1630‐ウィーン、1662以降没)の「港の風景」
臙脂色の地に作品写真が貼られ、作品写真の下にOpera trafugata il 19/11/2015と記されてました。
ジョヴァン・フランチェスコ・カロート(ヴェローナ、1480‐1555c)の「若きベネデット会修道士」
盗難にあって美術館はどうなっているだろうと心配になって、訪れた時に撮った写真です。
ノーフラッシュならば写真が解禁になって以来、館内の係員や警備員の数が著しく少なくなりましたが、この時は各展示室に係員が常駐している上に、私の行く先に警備員が付いてくる有様で、その変わりように驚きました。
ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518‐1594)の「授乳の聖母」
trafugataはtrafugare(盗み出すの意味)の活用語です。
ドメニコ・ティントレット(ヴェネツィア、1560‐1635)の「ヴェネツィア海軍提督の肖像」
ヤコポ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1396‐1470c)の「砂漠の聖ジローラモ」
この作品写真の下にOpera trafugata il 19/11/2015の記載がありません。記載がなくても臙脂色の地があれば、盗難作品の写真と分かるようにしたものと思われます。
アントニオ・ピサーノ通称ピサネッロ(ピサ、1395‐ナポリ、1455c)の「ウズラの聖母」
この作品写真の下にもOpera trafugata il 19/11/2015の記載がありませんが、臙脂色の地が使用されていました。
盗難に遭った全17作品の写真の写真をアップしても無意味なので、この辺で止めておきましょう。
盗まれた作品が全部戻ったとの報道に接して、非常に嬉しかったのですが、今後は何時行っても見ることが出来るとの安心感から、急いでいくこともあるまいと思ってしまい、久し振りのカステルヴェッキオ美術館となりました。
城門上のフレスコ画
中庭に小さな池があります。
池に2羽の鴨がいました。もう1羽は池の端にいたので、写真に写ってません。
入館しました。
ピサネッロの作品は無事に戻って、何事もなかったかのように展示されていました。
ピーテル・パウル・ルーベンス(ドイツ、ジーゲン、1577‐ベルギー、アントウェルペン、1640)の「貴婦人の肖像」
これも盗難にあった作品です。
アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)の「聖家族と聖女」
作品が痛むことなく戻されていました。
盗まれたカロートの2作品も無事でした。
ジョヴァン・フランチェスコ・カロート(ヴェローナ、1480‐1555c)の「子供の絵を持つ少年の肖像」
一度見たら忘れられない作品です。これが盗まれたと聞いた時には落胆しました。
ジョヴァン・フランチェスコ・カロート(ヴェローナ、1480‐1555c)の「若きドメニコ会修道士」
無事に戻ったのを自分の目で確認できたので、安心して初めから見て行きました。
14世紀のトスカーナの逸名彫刻家作「聖母子」
14世紀のヴェローナの逸名彫刻家作「聖ジョルジョ?」
14世紀のヴェネトの逸名彫刻家作「悲しみの聖母」
彫刻の次に絵画の展示になります。
作品が制作された時代順に展示されてます。
13世紀末のヴェローナの逸名画家作「授乳の聖母」
Maestro della Madonna della Misericordia (14世紀後半活動)の「聖グレゴリオと聖バルトロメオ」
アルティキエーロ・ダ・ゼ―ヴィオ(ゼ―ヴィオ、1330c‐ヴェローナ、1390c)の枠組みの「ボイのポリッティコ」
ミケーレ・パンノニオ(ハンガリー、1400‐フェラーラ、1464c)の「聖母子」
ミケーレ・ジャンボノ(ヴェネツィア、1400c‐1462c)の「授乳の聖母」
ステファノ・ディ・ジョヴァンニ通称イル・サセッタ(シエナ、1392‐1450)またはミケリーノ・ダ・ベソッツォ(ベソッツォ、1370c‐1455c)の「バラ園の聖母」
ジョヴァンニ・バディーレ(ヴェローナ、1379‐1451)の「聖母子」
ヤコポ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1396‐1470c)の「磔刑」
カルロ・クリヴェッリ(ヴェネツィア、1430/1437-マルケ、1495c)の「受難の聖母」
ジュリオ・ライボリーニ通称イル・フランチャ(ボローニャ、1486c‐1557)?の「受胎告知」
ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1432c‐1516)の「聖母子」
ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1432c‐1516)の「聖母子」
マルカントニオ・バッセッティ(ヴェローナ、1586‐1630)
楽しかった、嬉しかった。
(おわり)
ところが、2016年3月15日、この盗難に関与したとして15人が逮捕されたことから、17点の作品もいずれ戻るかも知れないとの光明が出てきました。
2016年5月6日、盗まれた全17作品がウクライナのオデッサ近郊で発見されたのです。やれやれ、安心しました。
さて、盗まれた作品ですが、盗まれた期間、美術館では、以下の写真のように、精巧な作品写真が展示されていました。
ハンス・デ・ジョード(オランダ、ハーグ、1630‐ウィーン、1662以降没)の「港の風景」
臙脂色の地に作品写真が貼られ、作品写真の下にOpera trafugata il 19/11/2015と記されてました。
ジョヴァン・フランチェスコ・カロート(ヴェローナ、1480‐1555c)の「若きベネデット会修道士」
盗難にあって美術館はどうなっているだろうと心配になって、訪れた時に撮った写真です。
ノーフラッシュならば写真が解禁になって以来、館内の係員や警備員の数が著しく少なくなりましたが、この時は各展示室に係員が常駐している上に、私の行く先に警備員が付いてくる有様で、その変わりように驚きました。
ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518‐1594)の「授乳の聖母」
trafugataはtrafugare(盗み出すの意味)の活用語です。
ドメニコ・ティントレット(ヴェネツィア、1560‐1635)の「ヴェネツィア海軍提督の肖像」
ヤコポ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1396‐1470c)の「砂漠の聖ジローラモ」
この作品写真の下にOpera trafugata il 19/11/2015の記載がありません。記載がなくても臙脂色の地があれば、盗難作品の写真と分かるようにしたものと思われます。
アントニオ・ピサーノ通称ピサネッロ(ピサ、1395‐ナポリ、1455c)の「ウズラの聖母」
この作品写真の下にもOpera trafugata il 19/11/2015の記載がありませんが、臙脂色の地が使用されていました。
盗難に遭った全17作品の写真の写真をアップしても無意味なので、この辺で止めておきましょう。
盗まれた作品が全部戻ったとの報道に接して、非常に嬉しかったのですが、今後は何時行っても見ることが出来るとの安心感から、急いでいくこともあるまいと思ってしまい、久し振りのカステルヴェッキオ美術館となりました。
城門上のフレスコ画
中庭に小さな池があります。
池に2羽の鴨がいました。もう1羽は池の端にいたので、写真に写ってません。
入館しました。
ピサネッロの作品は無事に戻って、何事もなかったかのように展示されていました。
ピーテル・パウル・ルーベンス(ドイツ、ジーゲン、1577‐ベルギー、アントウェルペン、1640)の「貴婦人の肖像」
これも盗難にあった作品です。
アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)の「聖家族と聖女」
作品が痛むことなく戻されていました。
盗まれたカロートの2作品も無事でした。
ジョヴァン・フランチェスコ・カロート(ヴェローナ、1480‐1555c)の「子供の絵を持つ少年の肖像」
一度見たら忘れられない作品です。これが盗まれたと聞いた時には落胆しました。
ジョヴァン・フランチェスコ・カロート(ヴェローナ、1480‐1555c)の「若きドメニコ会修道士」
無事に戻ったのを自分の目で確認できたので、安心して初めから見て行きました。
14世紀のトスカーナの逸名彫刻家作「聖母子」
14世紀のヴェローナの逸名彫刻家作「聖ジョルジョ?」
14世紀のヴェネトの逸名彫刻家作「悲しみの聖母」
彫刻の次に絵画の展示になります。
作品が制作された時代順に展示されてます。
13世紀末のヴェローナの逸名画家作「授乳の聖母」
Maestro della Madonna della Misericordia (14世紀後半活動)の「聖グレゴリオと聖バルトロメオ」
アルティキエーロ・ダ・ゼ―ヴィオ(ゼ―ヴィオ、1330c‐ヴェローナ、1390c)の枠組みの「ボイのポリッティコ」
ミケーレ・パンノニオ(ハンガリー、1400‐フェラーラ、1464c)の「聖母子」
ミケーレ・ジャンボノ(ヴェネツィア、1400c‐1462c)の「授乳の聖母」
ステファノ・ディ・ジョヴァンニ通称イル・サセッタ(シエナ、1392‐1450)またはミケリーノ・ダ・ベソッツォ(ベソッツォ、1370c‐1455c)の「バラ園の聖母」
ジョヴァンニ・バディーレ(ヴェローナ、1379‐1451)の「聖母子」
ヤコポ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1396‐1470c)の「磔刑」
カルロ・クリヴェッリ(ヴェネツィア、1430/1437-マルケ、1495c)の「受難の聖母」
ジュリオ・ライボリーニ通称イル・フランチャ(ボローニャ、1486c‐1557)?の「受胎告知」
ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1432c‐1516)の「聖母子」
ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1432c‐1516)の「聖母子」
マルカントニオ・バッセッティ(ヴェローナ、1586‐1630)
楽しかった、嬉しかった。
(おわり)