付属美術館の続きです。

ジュゼッペ・ベッツオーリ(フィレンツェ、1784‐1855)の「聖母被昇天」

フィレンツェ派画家の「カルヴァリオへの登り」(14世紀末‐15世紀初頭)

ゲラルド・スタルニーナ(フィレンツェ、1354c‐1413)に帰属する「ラザロの蘇生」

アンドレア・デル・カスターニョのサークルの「聖トッマーゾ・アポストロの殉教」(15世紀前半)

ロレンツォ・モナコ(フィレンツェ、1370c‐1425)に帰属する「壺の聖母」(1405‐10)

フィレンツェの無名画家の「聖母子と聖人たちと受胎告知のタベルナコロ」(15世紀末)




ロレンツォ・モナコ派画家の「洗礼者聖ジョヴァンニ」(14世紀末‐15世紀初頭)

フィレンツェ派画家の「聖母子のシノピエ」(15世紀初頭)

フィレンツェ派画家の素描(15世紀)

アンドレア・デル・カスターニョのサークルの「横たわるアルベルト・デリ・アルベルティ枢機卿」(1445c)

礼拝堂ですね。

リッポ・ディ・ベニヴィエーニ(フィレンツェ、1296‐1327活動)の「磔刑像」(14世紀初頭)

フランチェスコ・ディ・ミケーレ(フィレンツェ、1375‐1400c活動)のフレスコ画(1387)

フランチェスコ・ディ・ミケーレのフレスコ画

アンドレア・デッラ・ロッビア(フィレンツェ、1435‐1525)に帰属する彩釉テラコッタ(1475c)

上のテラコッタに組み入れられた作品です。
トスカーナの無名画家の「ご誕生」(16世紀前半)

ベネデット・ブリオーニの「聖母子」(15世紀末)

詳細不明

アンドレア・デッラ・ロッビアの「ピエタのキリストと2天使」(1480‐90c)

ジョヴァンニ・デッラ・ロッビア(フィレンツェ、146901529)の「聖フランチェスコ」(15世紀末)

ジョヴァンニ・デッラ・ロッビアの「本を手にする聖人」(15世紀末)

ピエトロ・ネッリ(フィレンツェ、1365‐1419記録)の「聖母子」(1390‐95c)

ジョヴァンニ・ディ・ターナ・フェイ(ボルゴ・サン・ロレンツォ。1384‐1419活動)の「聖母子」(1405‐10)

ジョットの「悲痛の聖母」(1305‐10)

フィレンツェの無名画家の「聖母子と聖人たち」(17世紀末)

フィレンツェの無名画家の「聖マッテオと2天使」(16世紀)

タッデオ・ガッディの「死せるキリストへの哀悼」(1345c)

ヤコポ・リゴッツィの「弟子たちに施しを与える聖フランチェスコ」(1600c)

アレッソ・バルドヴィネッティ(フィレンツェ、1425‐1499)に帰属する「聖人教皇」(15世紀末)

アレッソ・バルドヴィネッティに帰属する「磔刑」(15世紀末)

アレッソ・バルドヴィネッティに帰属する「3聖人」(15世紀末)

ジョットに帰属する「3聖人」

タッデオ・ガッディの「聖人」(1320‐40c)

旧食堂にやって来ました。

フレスコ画が目に飛び込んできます。

タッデオ・ガッディの代表作であるフレスコ画は1355年頃描かれました。

「最後の晩餐」

「神聖な物語の木」

「聖痕を受ける聖フランチェスコ」と「トローサの聖ルドヴィーコ」

「孤独の聖ベネデット」と「ファリサイ人とキリストの晩餐」

詳細不明のフレスコ画断片

オルカーニャ?

オルカーニャの「聖母子」

ジョヴァンニ・デル・ビオンドに帰属するフレスコ画

アンドレア・ディ・ジュスト(1400c‐1450)に帰属する「十字架を担ぐキリスト」

マーゾ・ディ・バンコの「聖母戴冠」(14世紀前半)

アンドレア・ディ・ジュストの「磔刑」(15世紀前半)

立ち去る前にもう一度見ました。

外に出れば、その先にパッツィ家礼拝堂があります。

これで終わりです。
と、その時はそう思ったのですが、こうして写真を整理してみると見逃した作品や写真を撮り忘れた作品が意外に多いことが分かりました。

バッチョ・バンディネッリの「Dio Padre seduto」

この先が出口です。

外に出る前にこちらを見学。

ここも凄いです。納骨堂です。

疲れてしまって、誰の墓なのか未確認のまま見学を止めました。

キリがないです。

普通の美術館以上の作品を誇る聖堂です。

(おわり)

ジュゼッペ・ベッツオーリ(フィレンツェ、1784‐1855)の「聖母被昇天」

フィレンツェ派画家の「カルヴァリオへの登り」(14世紀末‐15世紀初頭)

ゲラルド・スタルニーナ(フィレンツェ、1354c‐1413)に帰属する「ラザロの蘇生」

アンドレア・デル・カスターニョのサークルの「聖トッマーゾ・アポストロの殉教」(15世紀前半)

ロレンツォ・モナコ(フィレンツェ、1370c‐1425)に帰属する「壺の聖母」(1405‐10)

フィレンツェの無名画家の「聖母子と聖人たちと受胎告知のタベルナコロ」(15世紀末)




ロレンツォ・モナコ派画家の「洗礼者聖ジョヴァンニ」(14世紀末‐15世紀初頭)

フィレンツェ派画家の「聖母子のシノピエ」(15世紀初頭)

フィレンツェ派画家の素描(15世紀)

アンドレア・デル・カスターニョのサークルの「横たわるアルベルト・デリ・アルベルティ枢機卿」(1445c)

礼拝堂ですね。

リッポ・ディ・ベニヴィエーニ(フィレンツェ、1296‐1327活動)の「磔刑像」(14世紀初頭)

フランチェスコ・ディ・ミケーレ(フィレンツェ、1375‐1400c活動)のフレスコ画(1387)

フランチェスコ・ディ・ミケーレのフレスコ画

アンドレア・デッラ・ロッビア(フィレンツェ、1435‐1525)に帰属する彩釉テラコッタ(1475c)

上のテラコッタに組み入れられた作品です。
トスカーナの無名画家の「ご誕生」(16世紀前半)

ベネデット・ブリオーニの「聖母子」(15世紀末)

詳細不明

アンドレア・デッラ・ロッビアの「ピエタのキリストと2天使」(1480‐90c)

ジョヴァンニ・デッラ・ロッビア(フィレンツェ、146901529)の「聖フランチェスコ」(15世紀末)

ジョヴァンニ・デッラ・ロッビアの「本を手にする聖人」(15世紀末)

ピエトロ・ネッリ(フィレンツェ、1365‐1419記録)の「聖母子」(1390‐95c)

ジョヴァンニ・ディ・ターナ・フェイ(ボルゴ・サン・ロレンツォ。1384‐1419活動)の「聖母子」(1405‐10)

ジョットの「悲痛の聖母」(1305‐10)

フィレンツェの無名画家の「聖母子と聖人たち」(17世紀末)

フィレンツェの無名画家の「聖マッテオと2天使」(16世紀)

タッデオ・ガッディの「死せるキリストへの哀悼」(1345c)

ヤコポ・リゴッツィの「弟子たちに施しを与える聖フランチェスコ」(1600c)

アレッソ・バルドヴィネッティ(フィレンツェ、1425‐1499)に帰属する「聖人教皇」(15世紀末)

アレッソ・バルドヴィネッティに帰属する「磔刑」(15世紀末)

アレッソ・バルドヴィネッティに帰属する「3聖人」(15世紀末)

ジョットに帰属する「3聖人」

タッデオ・ガッディの「聖人」(1320‐40c)

旧食堂にやって来ました。

フレスコ画が目に飛び込んできます。

タッデオ・ガッディの代表作であるフレスコ画は1355年頃描かれました。

「最後の晩餐」

「神聖な物語の木」

「聖痕を受ける聖フランチェスコ」と「トローサの聖ルドヴィーコ」

「孤独の聖ベネデット」と「ファリサイ人とキリストの晩餐」

詳細不明のフレスコ画断片

オルカーニャ?

オルカーニャの「聖母子」

ジョヴァンニ・デル・ビオンドに帰属するフレスコ画

アンドレア・ディ・ジュスト(1400c‐1450)に帰属する「十字架を担ぐキリスト」

マーゾ・ディ・バンコの「聖母戴冠」(14世紀前半)

アンドレア・ディ・ジュストの「磔刑」(15世紀前半)

立ち去る前にもう一度見ました。

外に出れば、その先にパッツィ家礼拝堂があります。

これで終わりです。
と、その時はそう思ったのですが、こうして写真を整理してみると見逃した作品や写真を撮り忘れた作品が意外に多いことが分かりました。

バッチョ・バンディネッリの「Dio Padre seduto」

この先が出口です。

外に出る前にこちらを見学。

ここも凄いです。納骨堂です。

疲れてしまって、誰の墓なのか未確認のまま見学を止めました。

キリがないです。

普通の美術館以上の作品を誇る聖堂です。

(おわり)