
教区教会の周りは、ヴィテルボで最古の地区と言われてます。

サンタ・マリア・ヌオーヴァ教区教会です。

ローマ時代にこの地に建設された異教の寺院がありましたが、380年の記録によって、その存在が確認されてます。確実な記録が残されてませんが、6世紀頃にその異教の寺院が初期キリスト教会に転用されたと推察されてます。その初期キリスト教会がこの教区教会の前身とされてます。

現在の教会の姿は、初期キリスト教会の建物を取り壊して、その上に1080年に創建され12世紀に完成したロマネスク様式の二代目の建物がその後3回に渡る補修工事によって若干変更されたものです。

17世紀、18世紀、20世紀の3回補修工事が行われましたが、幸いなことに大掛かりな修復は一度も行われず、マイナーチェンジの補修に留まり、12世紀完成の姿はほぼ現在も留めていると言われてます。

ファサードのルネッタ上のフレスコ画はその痕跡さえも残されていません。

ファサード横に説教壇があります。

1266年、教皇クレメンテ4世がこの説教壇から説教を行ったそうです。


日が当たっていた方が見易いでしょうか?

平日は開いている時間が長いので拝観しやすい教会です。

鐘楼と中庭


中に入ります。

三廊式、ロマネスク様式の内部です。

美術的には、ヴィテルボの数多くの教会の中で必見とされている教会です。

このように説明プレートが完備されてます。

貴重なフレスコ画が保存状態良く残されてます。

左側廊


左右の側廊に礼拝堂が設けられてます。

右側廊


木組みの梁の天井

中央通路

主祭壇

装飾がない後陣です。

磔刑像が置かれているだけです。
祭壇画、フレスコ画を見て回りました。

ヴィテルボ出身のジョヴァンニ・フランチェスコ・ザッキ・タヴァンツァラーノ通称ファンタスティコの「玉座の聖母子と聖バルトロメオと聖ロレンツォ」(1495‐1505c)

フランチェスコ・ザッキ・ディ・アントニオ通称バッレッタ・ディ・ヴィテルボの「磔刑と聖人たち」(15世紀)



トスカーナの無名画家の「モナルデスキ家のフレスコ画」(1293)
このフレスコ画が描かれた礼拝堂はヴィテルボの貴族モナルデスキ家の個人礼拝堂です。



サーノ・ディ・ピエトロの「聖母子と天使たち」(15世紀)

13世紀のローマの無名画家の「祈るキリストと聖母と福音書記者聖ジョヴァンニ」(13世紀前半)


カルロ・カネストラーリ(1922‐1988)の「ピエタのタベルナコロ」(1958)

詳細不明

制作者不詳の1320年に制作されたフレスコ画断片


玉座の聖母子と四聖人(14世紀)

バッレッタ・ディ・ヴィテルボの「玉座の聖母子と聖人たち」(15世紀)



ヴィテルボ出身のマッテオ・ジョヴァンネッティの「磔刑と聖人たち」(1340)



パストゥーラ・ディ・ヴィテルボ(1450‐1516ヴィテルボで活動記録)の「聖ジローラモと洗礼者聖ジョヴァンニと聖ロレンツォ」(15世紀末)

詳細不明

制作者不詳の「パドヴァの聖アントニオ」

20世紀の修復の際、新作された柱頭

古い柱頭が見当たりません。

創建時の柱頭がないか、熱心に探しました。

この壁に最後の晩餐のフレスコ画があったそうです。

聖水盤

外に出ます。

ドゥオーモよりも見所が多いと思います。

(おわり)