イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 記事は一日に一つアップしています。記事の見方ですが、例えば「ボルゲーゼ美術館の展示作品(その4)」は2017年10月20日にアップしました。各記事にカレンダーが表示されてますが、カレンダー上の2017年10月21日をクリックして頂ければ「ボルゲーゼ美術館の展示作品(その5)」になります。(その3)は2017年10月20日となります。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:トスカーナ州 > モンテプルチャーノ

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2017年6月、モンテプルチャーノに行くことにしたのは、モンテプルチャーノ要塞でレオナルド・ダ・ヴィンチ特別展が開催予定だったからでした。
モンテプルチャーノで開催されていれば、超人気のレオナルド展は何処で開催されても何時も長蛇の列で入館するのもやっとの状態ですが、それを脱して、ゆっくりと見ることが出来るだろうとの読みです。


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レオナルド展はFortezza Mediceaで開催されました。
要塞はサン・ドナート門と一体化した構造をしています。


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1261年、シエナ共和国によって建設された要塞です。
シエナとフィレンツェの間で長年に渡る抗争において、この要塞は重要でしたが、その結果、要塞は何度も破壊され、その度に再建という歴史を繰り返しました。
15世紀になると、モンテプルチャーノはフィレンツェ領となり、フィレンツェの建築家アントニオ・ダ・サンガッロ・イル・ヴェッキオの設計によって拡張再建されました。


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要塞の入り口
現在の要塞の姿は1885年から20世紀初頭にかけて行われた大規模修復後のものです。


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現在、要塞は色々な用途に使用されてます。


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かなり新しく見える外観です。


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現在、アメリカ・ジョージア州のケネソー州立大学の夏季セミナーなどの学舎としても使用されているようです。(ピンとこないなあ、アメリカの大学が何でわざわざモンテプルチャーノ要塞でやるの???)


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庭園


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私の目論見通りでした。ゆっくりと見ることが出来ました。
実は、私が中で見ている間、他の入館者がゼロだったのです。これにはビックリでした。この特別展を東京でやったら、入館者が殺到して大変だったことでしょう。


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切符売り場とブック・ショップ


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展示内容は予想通りでした。


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手稿とそれに描かれているアイデア図に基づいて作られた模型が展示の中心です。


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でも、何処かで見たことがある・・・・・


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紀元前4‐3世紀の馬像
ロレンツォ・デイ・メディチのコレクション


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上の模型写真の説明板
道理で見たことがある・・・・・
何のことはない、フィレンツェのガリレオ博物館からの出張展示が中心の特別展だったのです。


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日本でも展示されていたような・・・・


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完成した絵画作品が極端少ないレオナルドですから、彼の特別展となると、手稿と模型になるのは仕方がありません。


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絵画や彫刻の傑作は何度鑑賞してもその度に感激しますが、手稿と模型では何度見ても良いとは思わない。


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独り占めで見ることが出来たのが良かった。


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正直なところ、新鮮味に欠ける展示でした。


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特別展自体への私の事前調査不足が露呈した入館となりました。


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入館者が少ないことも納得です。


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この特別展の開催中、貸し出したガリレオ博物館は何を展示していたのか、気になりました。(最近、調べたところ、ガリレオ博物館では展示が変わったようで、レオナルドのこの種の展示は常設展示から外されてます)


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それにしても、この人気薄は理解できません。


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楽しい時間でした。


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展示はまだまだ続きます。


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レオナルド展の紹介はこのくらいで終わりにしましょう。


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中にワイン試飲ができる場所があります。


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当日、他の展示が行われていました。


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1階がレオナルド・ダ・ヴィンチ展で、2階が現代アートの特別展でした。


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2階の展示室の入り口です。


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この画家の作品はイマイチでした。


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上と同じ画家の作品


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この画家の作品が印象に残りました。


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誰もいないと思いきや、画商の人がいました。


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この作品を見ていたら、買わないかと言われました。€3500
単に見ているだけ、と丁重にお断りしました。


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レオナルド展はやはり良かった、来た甲斐がありました。


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他の入館者の姿が見えなかったのが非常に意外でした。
(おわり)

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城壁の外を少し歩きましたが、面白い点が皆無でした。


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城壁内に戻り、サンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会に向かいました。


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ファリーネ門の二重になっている所の片側にロッジャがあり、ロッジャの上が民家になってます。門は町の公共物の筈ですが、何時しか民有となったのでしょう。


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ポリツィア―ナ通りに入りました。


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16世紀に建設されたCasa del Poliziano


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この辺は古い建物が立ち並んでます。


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ここでおやつのワインを飲みました。実はトイレ休憩がしたかったのですが、この町にはバールが少ないので、已む無く一杯やってトイレを借りたのです。


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一息入れて城壁沿いの道を進みました。


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門を潜ったわけでもないにも拘らず、この辺は既に城壁外です。


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そもそも城壁自体がこの辺ではありません。


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サンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会が見えてきましたが、遠目でも扉が閉まっていることが分かりました。前回、訪れた時は葬儀中だったので拝観どころではありませんでした。二連敗!!
この教会は拝観したかったので残念でした。


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現存するモンテプルチャーノにある教会の中で最古と言われてます。教会の確実な記録は、1200年に奉献式が執り行われたことなので、12世紀末頃の建設でしょう。


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創建時の鐘楼は落雷で崩落したそうです。18世紀に再建された鐘楼が現在のものです。


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中に注目すべき芸術作品が数点残されてます。


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そのうちの一つ、14世紀のシエナ派無名画家の「聖母子」
作品画像は外部サイトから拝借させて頂きました。


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ファサードのルネッタ上にフレスコ画があったと思いますが、その痕跡すら認められません。


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1701年から1717年に大修復が行われたそうです。


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教会の建物の一部がカンティーナになってます。


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サン・ドナート通り


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この先に門があります。


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サン・ドナート門です。


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門を潜りました。


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次は要塞です。


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1261年、シエナ共和国によって建設されたFortezza Mediceaです。シエナとフィレンツェの抗争で、数度、破壊と再建を繰り返した歴史があります。
現在の姿は、1885年に行われた大規模な修復工事後のものです。


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要塞の入り口


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入口にある聖母子のモザイク


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現在、要塞はカンティーナや各種展示場として利用されている他、アメリカ・ジョージア州のKennesaw State大学の学舎として使用されてます。


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市立博物館が置かれているかと思いましたが、そのようなものはありません。


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楽しみだったレオナルド・ダ・ヴィンチ展に入りました。


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要塞については、項を改めて詳しく触れることにします。


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外に出ました。


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このフレスコ画は見逃せません。書斎の聖ジローラモ


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この道を真っすぐ進めばグランデ広場に出ます。


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その前に、こちらのMuseoに入館しました。


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拷問博物館なので、ここで紹介するのは内容的に止めておいた方が良さそうです。


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グランデ広場


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広場の隅にある井戸


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モンテプルチャーノに来るのは、この時が最後になりそうです。


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バスターミナルからプラート門への坂が辛くなりました。


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(おわり)

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サン・フランチェスコ教会の下の道です。


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「聖母子」を見つけました。


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これです。


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パオリーノ通りを進み、サン・フランチェスコ門に向かいました。


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門が見えてきました。


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門に向かう道の左側は崖上になっているので、そこからの眺めが中々のものです。


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サン・フランチェスコ門を潜りました。


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サン・フランチェスコ教会は、この日も閉まっていました。


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教会の横は城壁の上になっているので、そこからの眺望が楽しめます。


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サン・フランチェスコ広場からの景観


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教会横のポッジョ―ロ通りを進みました。


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坂道を下りました。


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写真左の木立の中に無原罪の聖母の彫刻があります。


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これです。


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町の南西方向に向かってます。


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コスタレッラ通り


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ここにも聖母子がありました。


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この辺は丘陵の下に当たります。


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坂道を更に下ります。


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Vicolo dello Sdrucciolo


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町中の聖母子が多い。


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Palazzo Bracci Testasecca


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写真左の建物は裁判所です。


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16世紀に建設されたPalazzo Salimbeni


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写真左の建物は16世紀に建設されたPalazzo Carletti Nerazziniです。


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この辺の建物は古いものが多いようです。


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太陽が高くなるとともに気温が急に上がってきました。


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この先を左折して城壁に向かいました。


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城壁の上からの景観が見事です。


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城壁沿いの道に面して建っている民家です。


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ここには前日にも来ました。


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この聖母子のモザイクが目印なので、前日にも来たことが分かりました。


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ファリーネ通りに入って門に向かいます。


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ファリーネ門です。


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門の横に教会があります。


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現在はカンティーナに転用されている旧教会です。


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門の上は民家として使用されているようです。


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門に描かれたフレスコ画


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門は二重になってます。


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誰でしょうか?門の壁にあります。


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城壁の外に出ました。


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(つづく)

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モンテプルチャーノの中心グランデ広場です。


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ドゥオーモはグランデ広場に面して建ってます。


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モンテプルチャーノ=キウージ=ピエンツァ司教区の司教座教会、Cattedrale di Santa Maria Assuntaです。


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イッポリート・スカルツァの設計によって、1594年創建、1680年に完成したルネサンス様式の建物です。奉献式は1712年に執り行われました。


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鐘楼は前の建物にあったものです。


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設計段階ではファサードは大理石で覆われることになってましたが、資金難のため未完成のまま放置され現在に至ってます。


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入口扉上ルネッタもフレスコ画が描かれることなく現在に至ってます。


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荒々しく粗野な感じがします。


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粗壁のままです。


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中に入りました。


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ありゃ!一番の見どころが・・・・・



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主祭壇


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主祭壇画は修復作業が行われていました。
祭壇画を見ることが出来ず残念でしたが、修復作業を目前でつぶさに見ることは滅多にない機会なので、暫く見ていました。


Assumption-of-the-virgin__Taddeo_di_Bartolo
タッデオ・ディ・バルトロ(シエナ、1362c‐1422)の「聖母被昇天のモンテプルチャーノ・ドゥオーモの多翼祭壇画」(1401)
修復作業が行われていた作品画像です。外部サイトから拝借しました。


Taddeo_di_Bartolo_self-portrait
多翼祭壇画の昇天した聖母の棺の前に描かれているのは、タッデオ・ディ・バルトロの自画像と言われてます。
(外部サイトから拝借)


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以前に撮った写真


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三廊式、ラテン十字形、ルネサンス様式の内部です。


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左右の側廊に礼拝堂が設けられてます。


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左側廊


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内陣の中央から見た右側廊方向


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右側廊


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装飾が殆どない、すっきりした天井


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出入口の両端に墓があります。


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制作者不明の「フランチェスコ・ピエンディベーニ司教(1435年没)の墓」


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ミケロッツォ・ディ・バルトロメオの「バルトロメオ・アラガッツィの墓」
バルトロメオ・アラガッツィは教皇マルティーノ5世の秘書長だったそうです。


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ベネデット・ディ・マイアーノの模倣者による「聖水盤」


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聖水盤の上部にある浮彫もベネデット・ディ・マイアーノの模倣者による作品です。


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アンドレア・デッラ・ロッビアの「ジーリの祭壇」(1512)


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ルネッタの受胎告知


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聖人たち


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16世紀の無名彫刻家の「聖ピエトロ」


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16世紀の無名彫刻家の「洗礼者聖ジョヴァンニ」


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かなり多くの祭壇画や彫刻がありますが、それらの多くが詳細不明です。


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詳細不明


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詳細不明


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Michael Koeck (Innsbruck, 1760- Roma, 1825)の「最後の晩餐」



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ラッファエッロ・ヴァンニ(1595‐1673)の「大天使ミケーレと聖フランチェスコ・サヴェーリオ」


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詳細不明


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ジュゼッペ・ロイウーティの「慈愛の聖母」(1898)


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教会の方では制作者等の詳細が分かっていると思います。


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以下、詳細不明の作品ばかりです。


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説教壇


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出入口


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外に出ました。
(おわり)

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この日、午前中はモンテプルチャーノで過ごし、昼過ぎのバスで次の目的地ブオンコンヴェントに向かう予定でした。


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朝から営業しているエノテカが多い。


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午前中の主な予定は、要塞で開催中のレオナルド・ダ・ヴィンチ展を見ることでした。旅行前にネット調べたところ、かなりユニークな展示であることが分かり楽しみにしてました。


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16世紀に建設されたPalazzo Avignonesi


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フィオリータ通りに入りました。


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この町でモンテプルチャーノ・ダブルッツォを売っていました。アブルッツォ州産のワインをわざわざ売っているのはモンテプルチャーノの名前が付いているからでしょうね。


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裏通りに入りましたが、特に見所がありません。


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Spalto della Muraに出ます。


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視界が大きく開けている場所です。ここからの見事な景色を楽しみました。


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遠くに湖が見えます。


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ドゥオーモの鐘楼、市庁舎の塔などが見えます。


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まだ午前9時ころです。


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次は町の北側にある城壁沿いの道です。


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壁の目立たない聖母子


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この先にサンタゴスティーノ教会があります。


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Palazzo Tarugi?


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城壁に囲まれている町の中で、路上駐車している車がない通りは非常に珍しい。


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こちら側には時計が見えませんが時計塔です。


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聖家族のテラコッタ


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前日よりも空が青かった。


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先ほどは城壁の南端、次に行くところは城壁の北端ですから、町の中心部を横切ることになります。


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見慣れた通りです。


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この町で歴史的に重要な建物です。


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この銘板が事実を伝えてます。


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時計塔


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ライヴドアのブログサイトでは、アクセスの多い順に並べる人気ランキングがあります。私のブログは「ヨーロッパ」に属してます。
面白い話題とは皆無、美術館で展示されている作品写真中心のブログなので、人気ランキングとは無縁の存在です。


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その中で面白いのは、「ヨーロッパ」の人気ランキングの上位にあるのが、更新が殆どされていないブログサイトが結構あることです。


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更新が殆ど行われていないサイトに毎日アクセスする不思議さよ。


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サンタ・ルチア教会の横を通り抜けます。


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城壁の北端に来ました。


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ここも絶景ポイントです。


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城壁沿いの道を西に向かって進みました。


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(つづく)

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暑いし酩酊気味なのでホテルに戻って一休みすることにしました。


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ワンちゃんだって給水が必要です。


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イタリアではよく見かけます。


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日差しが多少傾きましたが、気温は上昇したまま。


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あのタベルナコロの彫刻は見逃せない。


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これです。


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この日、観光客がかなりいたと思いますが、私が市立美術館の入館中に人影を見ることがありませんでした。美術好きは全体から見えれば少数派に属します。


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Palazzo Venturi


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サンタゴスティーノ教会


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ホテルに戻りました。


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ベランダ付きの部屋でした。


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ベランダからの眺め
日陰のベランダは風が通って気持ちよく、直ぐに眠くなりました。微睡んだのもつかの間、耳元に蚊の羽音が。寝椅子に横になる前に、虫除け薬を塗ったのですが、気が付いた時には足と腕の二か所刺されていました。
私の集蚊力は抜群ですが、ここでも、その力をいかんなく発揮しました。
イタリアの蚊は強力で、日本の蚊よりも刺された後が酷くなります。
部屋にVapeがあったので、蚊が多いことが分かりました。持参のVapeとホテルのVapeの二つをつけました。
イタリアの旅ではVape持参が必須です。真冬でもフィレンツェ、シエナなどのホテルでは蚊が沢山います。


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已む無く再び外へ。


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サンタグネス教会に行くことにしました。
プラート門を潜って城壁外に出ます。


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城壁外に出て、振り返ればサンタゴスティーノ教会が見えます。


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サンタグネス教会の扉が開いてました。


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この教会は、僅か13歳で殉教した聖アグネス(291‐304)と、この教会の修道院で奉仕活動を行った聖アグネス(1268‐1317)の二人に奉献しています。後者の聖アグネスは、前者の聖アグネスと区別するために聖アグネス・セーニ・ダ・モンテプルチャーノと呼ばれてます。


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1306年創建の小さな教会が現在の建物の後陣先にありましたが、それが前身です。17世紀に建物の拡大と大改装が始められ、1700年に完成した建物が現在の姿です。


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左右に小さな翼廊がある、ラテン十字形、単廊式、バロック様式の内部です。


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地味な装飾の天井


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主祭壇


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彫刻の下に聖アグネス・セーニの遺体が収められてます。
祭壇画などを見ていきましょう。


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ラッファエッロ・ヴァンニ(シエナ、1590c‐1673)の「聖母の誕生」


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ジョヴァンニ・ダ・サン・ジョヴァンニ(サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノ、1592‐フィレンツェ、1636)の「聖ビアージョの殉教」


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詳細不明


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ニッコロ・ベッティ―(フィレンツェ、1550‐1617)の「羊飼いの礼拝」


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チェルキア・ディ・ジョヴァンニ・ディ・パオロ(シエナ、1417‐1482)の「聖母子」


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17世紀後半のフィレンツェ派無名画家の「聖母子とセアグネス・セーニとリマの聖ローザ」(1670)


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フランチェスコ・クラッディ派無名画家の「聖母戴冠」(16世紀末)


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シエナ派無名画家の「聖母子」(15世紀)


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ベルナルド・リーボの「聖アグネス・セーニと天使」(1702)
ベルナルドはアンドレア・ポッツォの高弟でした。


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詳細不明


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祭壇前から見た出入口


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サンタガタ聖域である教区教会でもあるらしい。


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部屋のベランダから見た日の出前の風景


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翌朝の日の出


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湖がくっきりと見えました。


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この日も暑くなりそう。


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朝は蚊がいませんでした。何故だろう?


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朝の太陽が心地よかった。


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2日目の散歩に出発。


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私の部屋のベランダです。


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(つづく)

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フランチェスコ・ブリーナ工房の「エレオノーラ・カルチャ・ディ・トレードの肖像」(16世紀後半)


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サンティ・ディ・ティート(ボルゴ・サン・セポルクロ、1536‐フィレンツェ、1603)の「騎士サント・ステファノの肖像」


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サンティ・ディ・ティートの「ハンカチを持った男の肖像」


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ジョヴァンニ・マリア・ブッテーリ(フィレンツェ、1536‐1606生存記録)に帰属する「女性と子供の肖像」


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Franz Pourbus il Giovane (Anversa, 1569- Parigi, 1622)の工房の「マルタ騎士の肖像」


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アレッサンドロ・アッローリ工房の「子供の肖像」


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16世紀後半のヴェネトの無名画家の「ティツィアーノ作『教皇ジュリオ2世の肖像』のコピー画」


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ドメニコ・ベッカフーミ(ソヴィチッレ、1484c‐シエナ、1551)の「聖アゴスティーノ」(1511‐12)
両面に描かれてます。
シエナ国立美術館の所蔵作品です。


P2250935
裏面の「聖ガルガーノ」


P2250937
ドメニコ・ベッカフーミの「ピエタのキリスト」(1511‐12)
両面に描かれてます。
シエナの国立美術館の所蔵作品です。


P2250939
裏面の「聖パオロ」


P2250942
ジョヴァン・バッティスタ・ナルディーニ(フィエゾレ、1537c‐フィレンツェ、1591)の「ベアータ・カテリーナ・デイ・リッチ」


P2250945
モンス・モンターニャの「時化」(17世紀前半)


P2250947
まだ続きます。


P2250949
ドメニコ・ベッカフーミの「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1511)
ペルージャの個人蔵の作品です。特別展への貸し出しです。


P2250952
ドメニコ・ベッカフーミの「ヴィーナスと2キューピッド」(1513c)
シエナのモンテ・ディ・パスキ財団の所蔵作品です。特別展への貸し出しです。


P2250955
ドメニコ・ベッカフーミの「聖母子」(1514)
シエナ国立美術館の所蔵作品です。


P2250958
フラ・バルトロメオ(プラート、1472‐フィレンツェ、1517)の「エジプトへの逃避途中の休息」(1505‐06)


P2250961
ジローラモ・ジェンガ(ウルビーノ、1476c‐1551)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」((1513c)
シエナ国立美術館の所蔵作品です。


P2250964
アンドレア・デル・ブレーシャニーノ(シエナ、1506から記録‐フィレンツェ、1525まで記録)の「聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖ジローラモ」(1510c)
ブオンコンヴェント市立美術館の所蔵作品です。


P2250966
ローマ・スタイルの北欧無名画家の「ローマ遺跡の風景」(16世紀中頃)


P2250969
19世紀中頃のイタリアの無名画家の「湖の風景」(19世紀中頃)


P2250971
モンス・モンターニャの「時化」


P2250973
ナポリの無名画家、またはガスパーレ・ロペス?の「花、壺などの静物画」(17世紀末‐18世紀初め)


P2250975
ロレンツォ・ディ・マリアーノ通称マッリーナ(シエナ、1476‐1534)の「チーロの首とトルニリス」(1510‐15c)
シエナのチーギ・サラチーニ・コレクションの所蔵作品


P2250978
制作者不明の「ジローラモ・ディ・ジョヴァンニ・デル・パッキア作『聖母子と天使たち』のコピー画」


P2250980
フランチェスコ・バッサーノ工房の「富者の饗宴」(16世紀末)



P2250982
クリストフォロ・ムナーリ(レッジョ・エミリア、1667‐ピサ、1720)の「楽器などがある静物画」


P2250985
ローマの無名画家の「悔悛のマグダラのマリア」(17世紀後半)


P2250990
次の部屋です。


P2250988
第11室


P2250991
大部分の作品に説明プレートがありません。


P2250987
詳細不明


P2250993
詳細不明


P2250994
ピエトロ・パオロ・ルーベンス工房の「バテシバの水浴」(17世紀)


P2250996
詳細不明


P2250999
常設展示では、ルーカ・シニョレッリ、カラヴァッジョの帰属作品、ソドマの作品が秀逸でした。
特別展では、個人蔵の、初めて見ることが出来た作品に心惹かれました。


P2260001
(おわり)

P2250837
シエナ派画家の特別展が開催されていました。


P2250838
第8室になります。


P2250842
ジョヴァンニ・バルドゥッチ(フィレンツェ、1560‐1631以降没)の「若者の洗礼」


P2250845
17世紀のヴェネトの無名画家の「ラザロの蘇生」(17世紀後半)


P2250840
詳細不明


P2250847
イタリアの無名画家の「カルロ・チニャーニ作『La Carita』の複製画」(17世紀初め)


P2250851
コジモ・ガンベルッチ(フィレンツェ、1560c‐1621)の「聖チェチリア」


P2250854
ヴェネトの無名画家の「盲目の娘の治癒」(17世紀後半)
この辺の展示は特別展と無関係です。


P2250857
フェッラーラの無名画家の「エジプトへの逃避途中の休息」(16世紀後半)


P2250860
フランチェスコ・ボッティ(フィレンツェ、1640‐1710)の「ソフォニスバ」


P2250863
16世紀のフィレンツェの無名画家の「祈るキリスト」(16世紀後半)


P2250866
ドメニコ・ベッカフーミ(ソヴィチッレ、1484c‐シエナ、1551)の「大天使聖ミケーレ」(1503c)
何処かで何度も見た作品だなあ、と思っていたらシエナ国立美術館の所蔵作品でした。この特別展のために貸し出されていたのです。


P2250868
上の作品の裏面です。


P2250871
ジローラモ・ディ・ジョヴァンニ・デル・パッキア(シエナ、1477c‐1530c)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノと2天使」(1505‐10)


P2250873
ジローラモ・ディ・ジョヴァンニ・デル・パッキアの「Fortezza」(1505c)
シエナ国立美術館の所蔵作品


P2250876
ジローラモ・ディ・ジョヴァンニ・デル・パッキアの「Carita」(1505c)
シエナ国立美術館の所蔵作品


P2250879
ソドマ(ヴェルチェッリ、1477‐シエナ、1549)の「愛の寓意」(1504c)
シエナのチーギ・サラチーニ・コレクションから貸し出された作品です。


P2250883
ドメニコ・ベッカフーミの「ユディト」(1506‐07)
チーギ・サラチーニ・コレクションの所蔵作品


P2250885
ドメニコ・ベッカフーミの「アルテミジア」(1506‐07)
チーギ・サラチーニ・コレクションの所蔵作品


P2250888
ドメニコ・ベッカフーミの「クレオパトラ」(1506‐07)
チーギ・サラチーニ・コレクションの所蔵作品


P2250889
ドメニコ・ベッカフーミの「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1508c)
フィレンツェの個人蔵
シエナ国立美術館の所蔵作品です。


P2250892
フィレンツェの無名画家,またはリヴィーオ・メフス(1630c‐1691)?の「羊飼いの知らせ」


P2250896
18世紀のイタリアの無名画家の「カルロ・チニャーニ作『ヴィーナスとアモーレ』のコピー画」(18世紀初め)


P2250899
バルトロメオ・バルビアーニ(モンテプルチャーノ、1614‐1642活動)の「洗礼者聖ジョヴァンニの斬首」


P2250901
ニコロ・ベッティ―(フィレンツェ、1571‐1617活動)の「聖キアーラ」


P2250906
18世紀のイタリアの無名画家の「コッレッジョ作『ニンフ』のコピー画」


P2250909
フランチェスコ・クッラディ(フィレンツェ、1570‐1661)の「聖フランチェスコ」


P2250912
アゴスティーノ・カッラッチ(ボローニャ、1557‐パルマ、1602)の「淑女の肖像」


P2250914
このコーナーは肖像画が多い。


P2250916
18世紀のイタリアの無名画家の「マグダラのマリア」
(つづく)

P2250739
次の部屋です。


P2250767
第6室になります。


P2250751
部屋の半分は彩釉テラコッタの展示です。


P2250752
アンドレア・デッラ・ロッビア(フィレンツェ、1435‐1525)の「フォンテカステッロの祭壇」


P2250755
父なる神と天使たち


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P2250757


P2250758
ご誕生


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P2250760
マギの礼拝


P2250761
アンドレア・デッラ・ロッビアの「受胎告知する大天使」


P2250762
アンドレア・デッラ・ロッビアの「受胎告知される聖母」


P2250769
アンドレア・デッラ・ロッビアの「洗礼者聖ジョヴァンニ」


P2250772
ジョヴァンニ・デッラ・ロッビア(フィレンツェ、1459‐1529)の「救世主」


P2250775
アンドレア・デッラ・ロッビアの「聖母子と聖シモーネと聖タッデオ」


P2250779
アンドレア・デッラ・ロッビアと工房の「聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖アンティリア」


P2250782
フィレンツェの無名造形家の「救世主キリスト」(16世紀後半)


P2250786
ジョヴァンニ・アントニオ・ラッポーリ(アレッツォ、1492‐1552)の「鞭打ちされたキリスト」


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作品がなく額縁だけ


P2250789
詳細不明の磔刑


P2250790
次の展示室と言いたいところですが、ここも第6室です。


P2250811


P2250793
カラヴァッジョ(ミラノ、1571‐ポルト・エルコレ、1610)に帰属する「男の肖像」


P2250799
近年行われた作品の詳細鑑定によってカラヴァッジョの帰属作品とされました。
また、この肖像画は、カラヴァッジョのパトロンだったシピオーネ・カッファレッリ・ボルゲーゼの可能性があるとされてます。


P2250802
この作品の意味が分かりません。


P2250803
上記作品の説明プレートです。


P2250796
ドメニコ・ベッカフーミ(モンテアペルティ、1486‐シエナ、1551)の「聖アグネス・セーニ」(1507)


P2250804
本が展示されてます。


P2250805


P2250806
見れば分かるということで、説明プレートは不要のようです。


P2250807


P2250808
ヨーロッパ人の手書き、筆記体が苦手です。


P2250809
中学1年で習った筆記体は何だったのかと思います。


P2250810
ホテルの受付で貰った、筆記体で書かれたパスワードが分からなくて、再び受付に行ったことが何度もあります。


P2250814
クリスティアーノ・バンティ(サンタ・クローチェ・スッラルノ、1821‐モンテ・ムルーロ、1904)の「ドメニコの才能を発見するロレンツォ・ベッカフーミ」(1848)


P2250817
階上に向かいました。


P2250818
15世紀中頃のフィレンツェの無名彫刻家の「磔刑」


P2250821
ラニエーリ・ロッシ(モンテプルチャーノ、1853‐1881記録)の「少年」


P2250824
ラニエーリ・ロッシの「プラート門」


P2250823
ラニエーリ・ロッシの「エルベ広場」


P2250826
ラニエーリ・ロッシの「サン・ビアージョ寺院の内部」


P2250827
ラニエーリ・ロッシの「サン・ビアージョ寺院の内部」


P2250829
ラニエーリ・ロッシの「サンタ・マリア・デイ・セルヴィ門」


P2250831
イタリアーノ・ゼッキ(トスカーナ?、19世紀後半存在)の「モンテプルチャーノ要塞」


P2250832
ラニエーリ・ロッシの「サン・フランチェスコ教会の内部」


P2250833
ラニエーリ・ロッシの「ベッラルミーノ広場の中庭」


P2250835
ピエトロ・デッラ・ヴァッレ(リヴォルノ、1838‐1876記録)の「モンテプルチャーノ要塞」
(つづく)

P2250632
ここから絵画館の展示です。


P2250634
トッマーゾ・ガッツァッリーニ(リヴォルノ、1790‐フィレンツェ、1853)の「タッキナルディの子供の死」
タッキナルディの意味が分かりません。


P2250636
ヴィンチェンツォ・ルチーニ(ミラノ?、19世紀前半活動)の「テノール歌手ナポレオーネ・モリアーニの肖像」(1839)


P2250638


P2250640
アントニオ・チゼーリ(ロンコ、1821‐フィレンツェ、1891)の「悲しみの聖母」


P2250642


P2250644
19世紀のイタリアの無名画家の「祈る女性」


P2250646
19世紀のトスカーナの無名画家の作品です。


P2250648
画題の意味が分かりません。


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トッマーゾ・ガッツァッリーニの「変容の研究」


P2250652
トッマーゾ・ガッツァッリーニの「素晴らしい夜」


P2250655
この辺から古い作品の展示になります。


P2250658
Maestro di Badia a Isola (シエナ、13世紀末‐14世紀初め活動)に帰属する「聖母子と2天使」


P2250661
マルガリート・ダレッツォ(アレッツォ、13世紀に活動)の「聖フランチェスコ」


P2250665
14世紀前半のシエナの木工工房の「手箱」


P2250667
サンタゴスティーノ教会の楽譜(14世紀第2四半世紀)


P2250669
サンタゴスティーノ教会の楽譜(14世紀第2四半世紀)


P2250671
見易い展示です。


P2250674
ルーカ・ディ・トンメ(シエナ、1336‐1389記録)の「磔刑」(1389)


P2250677
14世紀のピサの無名画家の「聖フランチェスコ」(14世紀前半)


P2250680
ヤコポ・ディ・ミーノ・デル・ペッリッチャイオ(シエナ、1342‐1389記録)の「聖母戴冠と音楽天使たち」


P2250684
14世紀末のシエナ派無名画家(クリストフォロ・ディ・ビンドッチョ?)の「聖母子と3聖人」


P2250687
15世紀初めのトスカーナの無名画家の「聖母子と聖フランチェスコと司教聖人」


P2250691
ビッチ・ディ・ロレンツォ(フィレンツェ、1373‐1452)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚と聖フランチェスコと洗礼者聖ジョヴァンニと聖ドメニコ」


P2250694
サーノ・ディ・ピエトロ(シエナ、1406‐1481)の「聖母子」


P2250697
マエストロ・ディ・ピオⅡ(15世紀後半活動)の「玉座の聖母子と天使たち(大理石)」(1462c)


P2250700
べンヴェヌート・ディ・ジョヴァンニ(シエナ、1436‐1518?)に帰属する「羊飼いの礼拝」


P2250704
ロ・スパダリーノ(ローマ、1585‐1653)の「悔悛のマグダラのマリア」


P2250708
ルーカ・シニョレッリ(コルトーナ、1450c‐1523)の「聖母子」(1493‐95)


P2250711
14世紀前半のフィレンツェの細密画家の「グラドゥアーレ」


P2250713
14世紀前半のフィレンツェの細密画家の「交唱聖歌集」


P2250716
フィリッポ・リッピ工房とフランチェスコ・ボッティチーニ(フィレンツェ、1446‐1497)に帰属する「磔刑」


P2250718
観光客がかなりいたと思いますが、美術館に入館する人は殆どいなかったと思います。


P2250727


P2250720
ラッファエッリーノ・デル・ガルボ工房の「聖母子」(15世紀初め)


P2250724
15世紀末のフィレンツェの無名画家の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


P2250729
16世紀後半のフィレンツェの無名画家の「聖母子と聖ジョヴァンニーノと聖エリザベッタ」


P2250732
ジョヴァンニ・アントニオ・ラッポーリ(アレッツォ、1492‐1552)の「無原罪の御宿リの寓意と聖人たち(聖二コラ、聖フランチェスコ、聖エリザベッタ、聖ジローラモ、洗礼者聖ジョヴァンニ)」(1545)


P2250737
ジョヴァンニ・アントニオ・ソリアーニ工房の「玉座の聖母子と2天使と聖ジョヴァンニーノ」(16世紀初め)


P2250743
ポリドーロ・ダ・ランチャーノ(ランチャーノ、1514‐ヴェネツィア、1585)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」


P2250746
フィレンツェの無名画家の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(16世紀末‐17世紀初め)
アンドレア・デル・サルトの模倣画でしょう。


P2250749
ロ・スキアヴォーネ(ザーラ、1510/1515c-ヴェネツィア、1563)の「楽園追放」
(つづく)

P2260647
グランデ広場から延びるリッチ通り沿いに市立美術館があります。


P2260648
14世紀に建設されたパラッツォ・ネーリ・オルセッリに市立美術館が置かれてます。


P2250558
この建物に市立美術館がオープンしたのは1957年でした。


P2250560
内部は考古学部門と絵画部門の2つに分かれてます。


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初めは考古学部門の展示です。


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モンテプルチャーノとその周辺で発掘されたものや、教会などの柱頭などが展示されてます。



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墓石(紀元前9世紀頃)


P2250563
Museo Civicoの定番と言うべき展示品です。


P2250564
発掘された地方によって壺などは違うのでしょうが、何処のものでも同じに見えてしまいます。


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何処のものでもほぼ同じ、同類項で括ることが出来ますね。


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本音を言わせていただくならば興味なしです。


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如何にも得意げに展示している所が微笑ましく感じます。


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このコーナーは骨壺の展示です。


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紀元前3世紀末の骨壺


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紀元前2世紀初めの骨壺


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紀元前2世紀のテラコッタ製骨壺


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テラコッタ製骨壺(紀元前2世紀)


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テラコッタ製骨壺(紀元前2世紀初め)


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テラコッタ製骨壺(紀元前2世紀)


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下の階に下りました。


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次の展示コーナーです。


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第2室


P2250585
詳細不明の紋章


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教皇マルチェッロ2世チェルビーニの胸像(1555)


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P2250591
石棺
骨壺と石棺の違いがよく分かりません。


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P2250592
碑文(1277)


P2250594
碑文断片(1648)


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紋章(16世紀)


P2250602
紋章(16世紀)


P2250604
紋章(15‐16世紀)


P2250606
紋章(17世紀)


P2250608
フランチェスキ家の紋章(17世紀)


P2250610
フランチェスキ家の紋章(17世紀)


P2250612
紋章(14‐15世紀)


P2250614


P2250615
金属加工品の展示


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第4室


P2250617
柱頭(13世紀)


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柱頭(14世紀)


P2250619
鐘(1331)


P2250621
鐘(1556)


P2250623
柱頭(14世紀)


P2250625
聖ルーカと聖マッテオのシンボル断片(12‐13世紀)


P2250627
柱頭(16世紀)


P2250629
カンディード・ソルビーニ(モンテプルチャーノ、19世紀後半活動)の「プリミチェリオ・フランチェスコの肖像」(1869)
全く唐突にこの肖像画が展示されてます。その意味合いが理解不能でした。


P2250631
順路に従って階上に戻ります。
(つづく)

P2250420
次は町の中心のグランデ広場に向かいました。


P2250421
その前に必見の聖母子のモザイクを見るのを忘れてはいけません。


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これです。シエナ派風の聖母子です。


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この道を上りきったところが広場です。


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振り返ると、どのくらいの坂を上ってきたのか、それがよく分かります。


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市庁舎が見えてきました。


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グランデ広場


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市庁舎の塔に上ることが出来ますが、体力温存を考え、この日は上るのを控えました。


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ドゥオーモ


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拝観しました。残念だったのは主祭壇画が修復作業中だったことでした。しかし、作業自体を見ることが出来て、有意義でした。


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ドゥオーモについて、後で詳しく取り上げる予定です。


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外に出たら酷暑!


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右端の建物はPalazzo Contucciです。


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Palazzo del Popolo、Palazzo Nobili Tarugi


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今度はPalazzo Ricciの庭からの眺望を楽しみました。


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ここからの眺望が見事です。


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雲一つない快晴


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サン・ビアージョ教会


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墓地


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Palazzo Ricci


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ここで夏に行われるコンサートの案内


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Palazzo Ricciの向かいに市立美術館があります。


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市立美術館です。


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入館しました。


P2250718
市立美術館について、別に改めて詳しく取り上げます。


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カラヴァッジョの帰属作品の肖像画


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外に出たら、午後2時過ぎでした。


P2260001
急がないと昼食の営業時間が終わってしまいます。


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サン・フランチェスコ教会が閉まっていてホッとしました。滅多に開かない教会なので、扉が開いていたら困っていました。昼食を犠牲にして拝観を優先したと思います。


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大急ぎで道を下りました。


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足腰が鍛えられます。


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この建物のファサードをゆっくり見たいところですが、お腹が空いては何もできません。


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あのお店を目指しました。


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どうやら間に合いました。


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しかし、問題が・・・・・


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女性一人でやっているお店で、料理は全て手作り、給仕も兼任。


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昼食に用意したものは大体売り切れて、残り物しか出せないとの由。


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ワインも戴きましたが撮り忘れ。


P2260022
(つづく)

P2250352
街町村歩き、散歩シリーズを動画アップで済ませようと考え、動画も撮ってあります。
しかし、ブログの統一性や継続性を考えると、その実行に中々踏み切れません。動画を流して終わりにした方が楽ですけど。


P2250354
サッカーの話題に脱線します。


P2250355
イタリアは、今度のワールドカップに出場できません。
最新のFIFAランキング(2017年12月21日発表のもの、この記事を書いているのが12月下旬なので最新という訳です)によれば、イタリアは14位ですから、普通ならば出場するのが自然です。ヨーロッパはレベルが高いので、1敗が命取りになります。
我が日本は57位。レベルが低いアジアなので出場できますが、もし日本がヨーロッパに属していたら大変です。


P2250356
イタリアのワールドカップ予選落ちは国内リーグのレベルダウンと関係があると思います。
1980‐1995年頃、セリエAは明らかに世界最強リーグでした。
プラティニ、マラドーナ、オランダ3人組、ドイツ3人組、ロナウド、ジダンなどのスター外国人選手がいました。
セリエAの魅力が徐々に薄れたのは、恐らく外国人、イタリア人のスター選手の流出でしょうね。


P2250357
セリエAが世界最強時代だった頃のイタリアの経済状態と、ジダンがレアルに移籍した頃のイタリアの経済状態を比較すると、それほど大きな違いがなかったと思います。ジダンの移籍を機に、スペインリーグが力を発揮するようになったと思いますが、スペインの経済状態は低成長のまま。この辺がよく分かりません。
イタリアに頑張って欲しい。
しかし、セリエAの試合は見ていて面白くないですね。


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セリエAの凋落を決定的にしたのは、ユヴェントスがセリエC1に降格となった、例の2006年に発覚した八百長ですね。
それまでTVで熱心に試合を見ていた私でしたが、八百長事件以来、セリエA=馬鹿馬鹿しい、と思うようになりました。それ以来、イタリアに行っても実際に試合を見ることは皆無になりました。


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この辺の景観が大好きです。


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遠くに見えているのはトラズィメーノ湖です。


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絶景が楽しめる、このお店でお茶にしました。


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一休み後、元のメインの道に戻りました。


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写真右のお店が健在でした。


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以前と全く変わりがありません。


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これに見とれてしまって、何のお店だったのか覚えていません。多分、靴屋?


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写真右のお店が気に入ってます。後で昼食を食べました。


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このお店です。


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ジェズ教会が見えてきました。


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1691年創建、1712年に完成したバロック様式の建物です。


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奉献式は1716年に執り行われました。


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イエズス会の紋章が付いてます。


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バロック式の内部です。


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内部のほぼ中央の左右に翼廊があります。つまりギリシャ十字形をしています。


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右翼廊


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長年に渡る雨漏りによって崩落寸前だったクーポラは、1988年に大修復が行われたそうです。


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左翼廊の礼拝堂


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アントニオ・コッリの「聖グレゴリオの奇跡」(1697)
アントニオはアンドレア・ポッツォの弟子です。


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右翼廊


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主祭壇


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後陣のフレスコ画はアントニオ・コッリの作品です。


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詳細不明


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詳細不明


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詳細不明


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主祭壇画も詳細不明です。


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祭壇前から見た出入口


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外に出ました。


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ヴィッコロ・サリンベーニ


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このパラッツォは有名だったと思いますが、名称を失念。


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気温が上がってきました。


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このような道が有難かった!


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(つづく)

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次はサンタ・ルチア教会です。
教会巡りは疲れるので、加齢とともに億劫になってきてます。それでもサンタ・ルチア教会は気になっていることがあるので行くことにしました。


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チェントロの小高いところに教会があります。


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鐘楼が見えてます。


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前の写真を撮ったのはこの建物です。


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32‐33度はあったと思いますが、まだ大丈夫でした。


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右の道を進みました。


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町角の聖母子


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昔と比べたら日本酒が断然美味しくなりました。
剣菱の下請けで有名だった埼玉の文楽が下請け専門工場を灘に設けた頃が日本酒が不味い時期でした。当時、奇妙に甘ったるい日本酒に嫌気がさしてワイン党に転じました。
日本酒党に再転向したのは、昭和55年頃だったと思います。


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イタリアでは専らワインです。日本では専ら日本酒です。


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写真正面は、イッポリート・スカルツァ設計の「ロッジャ・デル・グラーノ」(16世紀)


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この坂を上ったところにサンタ・ルチア教会があります。


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ちょっと前まではワインも日本酒も辛口一辺倒でしたが、今は甘口志向に変わりました。その転向は酒量に関係しているのではないかと思います。


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教会の建物が見えてきました。


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道路の坂下から見えてきた建物はサンタ・ルチア教会ではありません。
旗が掲げられた建物は幼稚園です。この教会の名前が分かりませんが、現在は宗教活動を停止していると思います。
写真右横がサンタ・ルチア教会です。


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サンタ・ルチア教会です。


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半ば朽ち果てた案内板


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12世紀に創建されたロマネスク様式の建物が初代です。17世紀半ばにそれを取り壊し、フラミニオ・デル・トゥルコの設計施工監督によって1653年に完成した二代目の建物が現在の姿です。


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後期マニエリスムとローマ・バロックの融合形式の建築物です。


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17世紀に建築されてから一度も大掛かりな修復を経ず現在に至ってます。


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薄汚れ感が強く、そのため古い建物と錯覚します。


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聖人の彫刻があったと思われる壁龕です。


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柱頭も古そうに見えます。


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ああ、やっぱり、このままか・・・・・
中央礼拝堂の祭壇画が取り外されたままでした。


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サンタ・ルチア教会の主祭壇を飾っていたのはルーカ・シニョレッリの「聖母子」です。
この作品を目当てに、この教会に来ていました。
もう6,7年前になるかも知れませんが、取り外され、現在はモンテプルチャーノ市立美術館で展示されてます。


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作品の盗難防止や維持管理、修復などを考えると、傑作や有名画家の作品などが美術館に移されるのは仕方がないと思います。
しかし、美術館に移されてから暫く経っても、このように主祭壇画がカラの状態が続いているのは如何なことかと思います。
信者さんが祭壇を拝んでも、これでは格好がつきません。
シニョレッリの複製画や他の祭壇画を入れるべきと思います。


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天井


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単廊式ですが、左右に小さな翼廊があります。


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ギリシャ十字形と言うには翼廊が短か過ぎです。


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オルガンと聖歌隊席がファサード裏にあります。


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詳細不明


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トスカーナの無名彫刻家の「聖セバスティアーノ」(18世紀)


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トスカーナの無名彫刻家の「聖ロッコ」(18世紀)


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左翼廊の礼拝堂


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ガエターノ・ペルビニャーニの「聖母子と4聖人」


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トスカーナの無名彫刻家の「聖マルコ」(18世紀)


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トスカーナの無名彫刻家の「福音書記者聖ジョヴァンニ」(18世紀)


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右翼廊の礼拝堂


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トスカーナの無名彫刻家の「聖ルーカ」(18世紀)


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トスカーナの無名彫刻家の「聖マッテオ」


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詳細不明


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詳細不明


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詳細不明


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トスカーナの無名彫刻家の「聖アグネス」


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シニョレッリ作品の後釜の祭壇画に興味があって訪れましたが、見事に期待外れに終わりました。


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(つづく)

モンテプルチャーノは、人口14,033人(2016年12月31日現在)のトスカーナ州シエナ県にあるコムーネです。
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この日、午前6時過ぎのヴィテルボ・ポルタ・フィオレンティーノ駅からローマ・テルミニ駅行きの普通列車に乗車しました。


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車内はがら空きでした。


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この駅で乗り換えです。


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ローマ・テルミニ駅発フィレンツェ行きのRVに乗りました。


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この列車も空いてました。


006
キウージ駅で下車しました。


007
キウージ駅前の広場です。
モンテプルチャーノ駅行きのバスの時間までちょっと時間がありましたが、駅近くに教会がなく時間潰しに少々困りました。


005
バスに乗車。


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乗車約1時間ほどでモンテプルチャーノのバスターミナルに到着。
サンタグネス教会を横目で見ながら、先ず、この日のお宿に向かいました。


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城壁外からサンタゴスティーノ教会が見えました。


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旧市街の入り口プラート門です。門の横にカラヴァッジョの帰属作品とされる肖像画の写真が出ていました。


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門のタベルナコロに描かれたフレスコ画が光線の具合で殆ど見えません。


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プラート門近くにある、ここがこの日のお宿です。モンテプルチャーノに来れば必ず泊まることにしています。他のお宿に泊まったことがないので、比較が出来ませんが満足しています。


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併設のレストランも美味しい。
唯一、困るのはエレベーターがないこと。


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お宿前のサヴォナローラ広場に立つライオン像


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チェックインを済ませて、町歩きに出発しました。
ここはワインで有名なので、自戒を心に言い聞かせました。
朝ごはんのワイン、10時のおやつのワイン、お昼のワイン、午後のおやつのワイン、晩餐のワイン。もう年ですから、それは無理と言うもの。
数年前までやっていました。モンテプルチャーノ、ピエンツァ、モンタルチーノと3日続けて、それをやったら肝臓の下辺りが痛くなってきたのを覚えてます。


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目抜き通りのグラッチャーノ・デル・コルソ通りです。


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サンタゴスティーノ教会です。観光で生きている町なので、日中は開いています。


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1285年創建のロマネスク様式の建物が初代です。15世紀にフィレンツェの建築家ミケロッツォ・ディ・バルトロメオ(1396‐1472)の設計監督によって改築されました。
その二代目の建物は、1784年から1791年にかけて大掛かりな修復工事が行われました。その際、特にファサード上部に多くの手が加えられました。現在の姿は二代目の建物の修復後のものです。


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ルネッタの彫刻「聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖アゴスティーノ」(15世紀)はミケロッツォの作品です。
ニコロ・ダンドレイアの作品説もあるようです。


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その上のトンドの部分にフレスコ画があったそうですが、全く残っていません。


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壁龕には彫刻があったと思います。


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扉周辺の彫刻は15世紀のものです。


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翼廊がない単廊式の内部です。18世紀末に行われた大掛かりな修復のせいで、かなり新しく見えます。


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左右の側壁に礼拝堂が設けられてます。


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観光客がいました。


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後陣にオルガンと聖歌隊席があります。


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フェデリーコ・フィオーリ通称イル・バッロッチョ(1528‐1612)の「チントラの聖母」


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18世紀の無名彫刻家の「聖ピエトロ」


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チェーザレ・ネッビア・ダ・オルヴィエート(1534‐1614)の「キリストの昇天」(1585)


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詳細不明


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フェデリーコ・フィオーリ通称イル・バッロッチョの「チントラの聖母と聖人たち」


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詳細不明


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制作者不明の「聖アウグストゥス」(18世紀)


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ロレンツォ・ディ・クレディ’1459‐1537)の「磔刑と聖母とマグダラのマリア」


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主祭壇


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地味な装飾の後陣


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ドナテッロ(1386‐1466)に帰属する磔刑像


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次は礼拝堂に入ります。


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プレセピオがあります。


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右側壁の礼拝堂に戻りました。


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ポマランチョ(1552‐1626)の「ピエタのキリストを支える2天使」


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詳細不明


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ベアート・バルトロメオの墓


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ジョヴァンニ・ディ・パオロ・ダ・シエナ(1403c‐1482)の「トレンティーノの聖二コラ」
私にはシエナの聖ベルナルディーノに見えますが・・・・・


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アレッサンドロ・アッローリ(1535‐1607)の「ラザロの蘇生」


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詳細不明


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アンドレア・デッラ・ロッビアの彩釉テラコッタの「洗礼者聖ジョヴァンニ」
私には本物には見えませんが・・・・・


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外に出ます。


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(つづく)

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