イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 記事は一日に一つアップしています。記事の見方ですが、例えば「ボルゲーゼ美術館の展示作品(その4)」は2017年10月20日にアップしました。各記事にカレンダーが表示されてますが、カレンダー上の2017年10月21日をクリックして頂ければ「ボルゲーゼ美術館の展示作品(その5)」になります。(その3)は2017年10月20日となります。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:ロンバルディア州 > ブレーシャ

P2450876後編は新ドゥオーモ、サンタ・マリア・アッスンタ大聖堂です。


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旧ドゥオーモは、その周囲の地表の高さが経年と共に徐々に高くなることに伴い、16世紀後半には、その床の高さは地表よりも一段低い場所となってしまい、雨水の流入や高湿度の問題が深刻となったので、新しいドゥオーモの建物建設が検討されるようになりました。


029
そうして、新ドゥオーモの建設が1603年に決定され、1604年に初期キリスト教のバジリカが建っていた現在地に創建されました。
しかし、1630年にブレーシャで大流行したペストによる経済的な困窮と人口減少によって、工事が中断されてしまいました。17世紀末に漸く工事が再開されましたが、中々進捗しませんでした。


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18世紀にファサードの建設が始まり、1825年に完成しました。1825年のファサードの完成を持って、新ドゥオーモの建設が漸く終了したのです。


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高さ80mのクーポラは19世にに完成しました。


030
ファサードの入り口扉上の彫刻は、アントニオ・カレガリ(ブレーシャ、1699‐1777)の「アンジェロ・マリア・ケリーニ枢機卿の胸像」
ブレーシャ司教を務めたアンジェロ・マリア・ケリーニ枢機卿(ヴェネツィア、1680‐ブレーシャ、1755)は、進捗しなかった新ドゥオーモの建設に尽力しました。


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建築様式としては、後期バロック様式と新古典様式の折衷と考えられてます。


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三廊式、ギリシャ十字形の堂内です。


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左側壁


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右側廊


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彫刻の装飾が目を引きます。


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クーポラ


035
クーポラ周囲の彫刻は、カレガリ一族とジョヴァンニ・バッティスタ・カルボーニ(ブレーシャ、1729‐1790)によって制作されました。


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聖マルコと聖マッテオの彫刻は、ジョヴァンニ・バッティスタ・カルボーニ(ブレーシャ、1729‐1790)によるものです。


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聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタと聖ルーカは、カルガリ一族の作品です。


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ジョヴァンニ・アントニオ・エマヌエリ(ブレーシャ、1816‐ミラノ、1894)の「カルロ・ドメニコ・フェラーリ司教(ブレーシャ、1769‐1846)の墓」(1855)


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クラウディオ・ボッタ(マネルビオ、1891‐ミラノ、1958)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの銅像」


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ジローラモ・ロマーニ通称ロマニーノ(ブレーシャ、1484c‐1566c)の3作品、左から「聖母の誕生」、「聖母の結婚」、「ご訪問」です。


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左側の礼拝堂です。


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ジャコモ・ゾボーリ(モデナ、1681‐ローマ、1767)の「キリストの昇天」(1735)


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ジュゼッペ・ヌヴォローネ(サン・ジミニャーノ、1619‐1703)の「天上の聖母子と聖人たち」(1679)


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ジュゼッペ・ヌヴォローネ(サン・ジミニャーノ、1619‐1703)の「聖母の誕生」


039
左側廊突き当りの礼拝堂です。


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1548/1550-1628)の「聖母被昇天と聖カルロと聖フランチェスコ」


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中央礼拝堂です。


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主祭壇画は、ジャコモ・ゾボーリ(モデナ、1681-ローマ、1767)の「聖母被昇天」(1735)


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ガスパーロ・カイラーノ(ミラノ?、1489以前生まれ-ブレーシャ?、1517以前没)の「聖アポッロニオの墓碑」(1508-10)


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右側廊


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仕切りの前に移動しました。


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右側廊突き当りの礼拝堂です。


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ルイージ・バジレッティ(ブレーシャ、1780-1859)の「子供に天国への道を示す守護天使」


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サンティッシモ・サクラメント礼拝堂です。


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アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)の「イサクの犠牲」


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右側第1礼拝堂です。


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フランチェスコ・ジョルフィーノ(ヴェローナ、15世紀後半-16世紀前半)の「磔刑像」(1502)


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詳細不明


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ガエターノ・マッテオ・モンティ(ラヴェンナ、1776-ミラノ、1847)の「カブリオ・マリア・ナバ司教(バルザーノ、1758-ブレーシャ、1831)の墓」
カブリオはブレーシャ司教でした。


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外に出ました。
(おわり)

前編は旧ドゥオーモです。
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ブレーシャのドゥオーモ広場です。


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写真手前の丸い建物が旧ドゥオーモ、その先にある建物が新ドゥオーモです。


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ロトンダとも言われる旧ドゥオーモ、ドゥオーモ・ヴェッキオです。


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この場所には、ローマ時代の紀元前1世紀に建てられた公衆浴場がありましたが、その遺跡の上に、恐らく6世紀に建てられた初期キリスト教会が前身です。6世紀に建設された柱や床は、旧ドゥオーモのクリプタに一部残ってます。


019
最初の建物は8世紀の火災によって消失し、直ぐに再建されましたが、10世紀に取り壊されました。
現在の建物は、10世紀に創建されたものがクリプタとして残されてます。1095年のブレーシャ大火災によって大きな被害を受けたとされてます。16世紀末の大改修後の姿が現在の旧ドゥオーモとなってます。


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堂内に入ると分かりますが、聖堂内の床は、地表から一段低い場所にあります。聖堂内の床の高さは10世紀頃の地表と同じ高さにありました。
地表からの流水の侵入と湿気の問題が経年とともに徐々に深刻化するようになり、16世紀末に新ドゥオーモの建設が検討されるようになり、旧ドゥオーモの隣の場所に新ドゥオーモの建設工事が1604年に始まったのです。


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出入り口


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中に入りました。信者席がある床が、10世紀頃の地表の高さとほぼ同じとされてます。16世紀末の大改修工事によって、信者席よりも一段高い場所に礼拝堂が設けられるようになりました。


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円形のロトンダの天井


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ブレーシャ司教聖アポッロニオ像(13世紀)


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アンジェロ・ガンディーノ(ブレーシャ、1560‐1631)の「子供に天国への道を示す守護天使」(1605‐06)


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中央礼拝堂は工事中でした。


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観たい作品があるのですが、これではどうにもなりません。


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工事前は観ることが出来ました。


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主祭壇画も修復中でした。


9
仕方がないので、外部サイトから拝借した主祭壇画の写真を載せておきます。
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c‐1554)の「聖母被昇天」(1524‐26)


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かなり大掛かりな修復工事です。


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ローマ時代の公衆浴場のモザイク(紀元前1世紀)を見ることが出来ます。


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サンティッシモ・サクラメント礼拝堂の扉が閉まっていましたが、柵の間にカメラを入れて写真を撮りました。


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中央は、パオロ・カイリーナ・イル・ヴェッキオ(ブレーシャ、1420/1430-1486)の「キリストの鞭打ち」
左は、アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)の「聖マルコ」
右は、モレットの「聖ルーカ」


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サンティッシモ・サクラモンテ礼拝堂のフレスコ画は、ジローラモ・ロマーニ通称ロマニーノ(ブレーシャ、1484c-1566c)によって描かれました。


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アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)の「エリアを慰める天使」


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アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)の「信者たちの寄宿舎の復活祭」


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右翼廊の礼拝堂の祭壇画です。
フランチェスコ・マッフェイ(ヴィチェンツァ、1605c-パドヴァ、1660)の「ドミナトーレ司教とパオロ司教とアナスタショ司教の遺体の移送」(1656)


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右翼廊の礼拝堂のフレスコ画は、トンマーゾ・サンドリーニ(ブレーシャ、1580-1630)とフランチェスコ・ジューニョ(ブレーシャ、1577-マントヴァ、1621)によって描かれました。


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フランチェスコ・マッフェイの作品


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フランチェスコ・マッフェイの作品


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クーポラのフレスコ画は、トンマーゾ・サンドリーニ(ブレーシャ、1580-1630)とフランチェスコ・ジューニョ(ブレーシャ、1577-マントヴァ、1621)によって描かれました。


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サンタ・クローチ礼拝堂の扉が閉まっていました。


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この奥にドメニコ・デ・ドミニーチ葬儀モニュメントがありますが、これではどうにもなりません。
サンタ・クローチ礼拝堂の祭壇画を外部サイトから拝借した写真で載せておきましょう。


11
アントニオ・ガンディーノ(ブレーシャ、1560-1631)の「バビエーラのナーモの寄付」(1605-06)


12
グラツィオ・コッサリ(オルツィヌオーヴィ、1563-ブレーシャ、1629)の「子スタンティンへの十字架の幻影」(1605)


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ステンダリオがあります。


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詳細不明


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アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)と弟子による「アブラハムとメルキゼデクの出会い」


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クリプタに進みます。


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6世紀の柱などが一部残されてます。


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大部分が8-9世紀に建設されたものです。


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一旦外に出ました。次は新ドゥオーモです。
(つづく)

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駅近くからチェントロ・ストーリコに向かうCorso Martiri della Libertaです。


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Corso Martiri della Libertaに面して建つサンタ・マリア・デイ・ミラーコリ教会です。


155
1480年から1484年にかけて、ブレーシャではペストが大流行して、多くの犠牲者を出しました。


153
ペストに苦しんでいた市民は、この場所にあった建物の壁に描かれた聖母子のフレスコ画が奇跡的なご利益があるとの評判が立ち、そのフレスコ画を崇拝するようになりました。


154
1486年、ブレーシャの教会関係者は深い信仰を集めることになったフレスコ画がある場所に教会を建設することを決め、フレスコ画ある建物の買収交渉を開始しました。


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ルドヴィーコ・ベレッタの設計によって1487年創建、1490年に完成したルネサンス様式のサンタ・マリア・デイ・ミラーコリ教会です。


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この教会の見所は何といってもファサードです。


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柱廊を含むファサードの設計は、ジョヴァンニ・アントニオ・アマデオ(パヴィア、1447c‐ミラノ、1522)によるものです。
ジョヴァンニ・アントニオ・アマデオの代表作は、ベルガモのコッレオーニ礼拝堂でしょう。


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ファサードの彫刻もジョヴァンニ・アントニオ・アマデオの作品です。


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第二次世界大戦の爆撃によって大きな被害を受けた教会ですが、ファサードだけは奇跡的に罹災を免れました。


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ファサード以外の部分は、爆撃によって大きな被害を受けたので、戦後に大修復されました。


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中に入りました。


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三廊式、ルネサンス様式の内部です。


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右側壁


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教会の構造図


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ペスト治癒の信仰を集めた聖母子のフレスコ画の写真


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主祭壇


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主祭壇に置かれたペスト治癒の信仰を集めた聖母子(15世紀)


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後陣


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クーポラ


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爆撃を免れた建設当時のオリジナルの場所


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左側廊


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左側廊から見た中央礼拝堂


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右側廊


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祭壇画を見て行きます。


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グラツィオ・コッサ―リ(オルツィヌオーヴィ、1563‐1629)の「聖母の浄化」(1594)


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ピエトロ・マローネ(ブレーシャ、1548c‐1603)の「聖母被昇天」


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オッタヴィオ・アミゴーニ(ブレーシャ、1606‐1661以降没)の「無原罪の御宿リ」(1646)


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エンリコ・アルブリッチ(ヴィルミノーレ・ディ・スカルヴェ、1714‐1775)の「天国のカギを聖ピエトロに託すキリスト」(1754)


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エンリコ・アルブリッチ(ヴィルミノーレ・ディ・スカルヴェ、1714‐1775)の「ライ病の回復」


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パオロ・コスタの「磔刑」(1618)


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詳細不明


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詳細不明


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詳細不明


P2450767
詳細不明


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中央礼拝堂の左側壁に2点の祭壇画があります。


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トンマーゾ・ボーナ(ブレーシャ、1548‐1614)の「聖母の誕生」


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ピエトロ・マリア・バニャトーレ(ブレーシャ、1548c‐1627c)の「受胎告知」(1592)


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エンリコ・アルブリッチ(ヴィルミノーレ・ディ・スカルヴェ、1714‐1775)の「聖二コラの死」


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ジュゼッペ・ファッリ(ブレーシャ、1697‐1772)の「我に触れるな」


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詳細不明


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ジュゼッペ・アリアッジ(ブレーシャ、1825‐1906)の「モレット作『聖母子と聖二コラ』の複製画」
モレットの作品は、元々この場所にありました。参考までにモレットの作品画像を載せておきましょう。


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アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c‐1554)の「聖母子とバーリの聖二コラ」(1539)
現在、この作品はブレーシャのトージオ・マルティネンゴ美術館にあります。


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美術的に見所が豊富な教会です。


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外に出ました。

引き続き休館中のトージオ・マルティネンゴ絵画館の所蔵作品の臨時展示です。
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ジローラモ・ロマーニ通称ロマニーノ(ブレーシャ、1484/1487-1560)の「ご誕生」(1545c)


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トージオ・マルティネンゴ美術館の作品がこのように置かれていました。このような部屋が2部屋ありました。
この部屋は立ち入り禁止です。


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アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)の「天上の聖母子と聖ジョヴァンニーノと地上の4聖人(聖ベネデット、聖パテーリオ、聖エウフェミア、聖ジュスティーナ)」(1527c)


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アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)の「聖母子とバーリの聖二コラ」(1539)


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次の展示コーナーです。


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Stendario Caprioli (1604)


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ピエトロ・リッチ(ルッカ、1606-ウーディネ、1675)の「騎乗のトマーゾ・カプリオーリの肖像」(1649c)


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ジャコモ・チェルーティ通称ピトッケット(ミラノ、1698-1767)の「姉妹の肖像」(1720-25c)


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アントニオ・パーリア(ブレーシャ、1680c-1747)の「紳士の肖像」(1720-30c)


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アントニオ・パーリア(ブレーシャ、1680c-1747)の「紳士の肖像」(1720-30c)


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ジャコモ・チェルーティ通称ピトッケット(ミラノ、1698-1767)の「若い紳士の肖像」(1760c)


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モンス・モンターニャ(アンヴェルサ、1608c-パリ、1660)の「時化」(1635-45c)


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アントニオ・ラーショ(ブレーシャ、1677-1695c活動)の「春」(1685-95c)
ジュゼッペ・アルチンボルドの作品が思い出されます。


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アントニオ・ラーショ(ブレーシャ、1677-1695c活動)の「秋」(1685-95c)


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アントニオ・ラーショ(ブレーシャ、1677-1695c活動)の「夏」(1685-95c)


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アントニオ・ラーショ(ブレーシャ、1677-1695c活動)の「冬」(1685-95c)


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次の展示コーナーです。


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臨時展示の最終コーナーです。


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ジャコモ・チェルーティ通称ピトッケット(ミラノ、1698-1767)の「ポーター」(1730-34c)


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ジャコモ・チェルーティ通称ピトッケット(ミラノ、1698-1767)の「洗濯女」(1720-25c)


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ジャコモ・チェルーティ通称ピトッケット(ミラノ、1698-1767)の「二人の乞食」(1730-34c)


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ジャコモ・チェルーティ通称ピトッケット(ミラノ、1698-1767)の「森の中の出会い」(1730-35c)


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ジャコモ・チェルーティ通称ピトッケット(ミラノ、1698-1767)の「紡績女」(1730-34c)


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ジャコモ・チェルーティ通称ピトッケット(ミラノ、1698-1767)の「賭博の諍い」(1730-35c)


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アントニオ・チフロンディ(クルソーネ、1656-ブレーシャ、1730)の「砂時計を持つ老人」(1717c)


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アントニオ・チフロンディ(クルソーネ、1656-ブレーシャ、1730)の「雪中の老人」(1717c)
臨時展示は以上でしたが、トージオ・マルティネンゴ美術館の主な作品が展示されていませんでした。その中の幾つかの作品画像を載せておきましょう。尚、作品画像は外部サイトから拝借しました。


1
ヴィンチェンツォ・フォッパ(バニョーロ・メッラ、1430-ブレーシャ、1515)の「玉座の聖母子と聖ファウスティーノと聖ジョヴィタ」


2
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)の「聖霊降臨」(1543)


3
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)の「羊飼いの礼拝」


4
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)の「羊飼いの礼拝」


5
シモーネ・カンタリーニ(ペーザロ、1612-ヴェローナ、1648)の「ロザリオの聖母」


6
Maestro Parotoの「チェンモのポリッティコ」(1447)


7
フランチェスコ・アイエツ(ヴェネツィア、1791-ミラノ、1882)の「エサウとヤコブの邂逅」(1844)


8
フランチェスコ・アイエツ(ヴェネツィア、1791-ミラノ、1882)の「パルガの難民」(1831)
こんなところでしょうか。


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サンタ・ジュリア博物館の出口です。


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外に出ました。


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(おわり)

引き続き休館中のトージオ・マルティネンゴ絵画館の所蔵作品の臨時展示です。
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ラファエッロ・サンツィオ(ウルビーノ、1483‐ローマ、1520)の「天使」(1501)


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久し振りに見ることが出来ました。


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ラファエッロ・サンツィオ(ウルビーノ、1483‐ローマ、1520)の「祈るキリスト」(1505‐06c)


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次の展示コーナーです。


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進行方向左側は肖像画ばかりです。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・モローニ(アルビーノ、1520c‐ベルガモ、1579)の「司法官の肖像」(1560)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・モローニ(アルビーノ、1520c‐ベルガモ、1579)の「紳士の肖像」(1560)


P2460655
ピエトロ・マリア・バニャトーレ(オルツィヌオーヴィ、1548c‐ブレーシャ、1629)の「鎧を着た男の肖像」(1596)


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ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1519‐1594)の「60歳の男の肖像」(1575c)


P2460660
ベルテル・トルバルセン(コペンハーゲン、1779‐1884)の「ガニュメーデース(鷲に化けたゼウスに攫われる美少年」(1815)


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ロレンツォ・ロット(ヴェネツィア、1480c‐ロレート、1566)の「羊飼いの礼拝」(1530)


P2460667
ベルナルディーノ・ダ・アーゾラ(ヴェネツィア、1526記録)?の「机の前の22歳の男の肖像」(1520)


P2460670
ガスパーレ・ランディ(ピアチェンツァ、1756‐1830)の「鷲に化けたゼウスに酒を注ぐへーべー(ゼウスとエラの娘)」(1790)


P2460672
次の展示コーナーです。


P2460673


P2460675
パオロ・ヴェネツィアーノ(ヴェネツィア、1333‐1358記録)の「4聖人(聖ジョヴァンニ・バッティスタ、聖アンブロージョ?、聖アゴスティーノ?、聖パオロ」


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ブレーシャ?の逸名画家作「竜を退治する聖ジョルジョ」(1460‐65c)


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ヴェネト?の工芸家作「聖体顕示台」(15世紀末)


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ヴェネトの工芸家作「聖体容器」(15世紀前半)


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北イタリアの”Prima Bottega delle storia di Susanna"作「スザンナの物語付き婚礼用鍵箱」(1425‐50c)


P2460687
ブレーシャの工芸家作「Pace detta di Rodengo」(15世紀末)


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ブレーシャの工芸家とヴェネトの工房作「十字架」(15世紀末)


P2460692
次の展示コーナーです。


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ベルナルディーノ・リチーニオ(ヴェネツィア、1485/1489-1550c)の「羊飼いの礼拝」(1530c)


P2460698
カッリスト・ピアッツァ(ローディ、1500c-1561/1562)の「聖ステファノとフィレンツェの聖アントニーノの幼きキリストへの崇拝」(1524)


P2460701
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)の「受難のキリストと天使」(1550c)


P2460705
ジョヴァンニ・ジローラモ・サヴォルド(ブレーシャ、1480c-1548以降没)の「羊飼いの礼拝」(1540)


P2460708
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)の「エマオの晩餐」(1527c)


P2460711
ジローラモ・ロマーニ通称ロマニーノ(ブレーシャ、1484/1487-1560)の「十字架を担ぐキリスト」(1545c)


P2460714
ジローラモ・ロマーニ通称ロマニーノ(ブレーシャ、1484/1487-1560)の「悔悛の聖ジローラモ」(1516-17c)


P2460717
ジョヴァンニ・ジローラモ・サヴォルド(ブレーシャ、1480c-1548以降没)の「フルートを持つ男の肖像」(1525c)


P2460720
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)の「手紙を持つ男の肖像」(1538c)


P2460723
ラッタンツィオ・ガンバラ(ブレーシャ、1530c-1574)の「アポロとプット」(1557)


P2460726
ラッタンツィオ・ガンバラ(ブレーシャ、1530c-1574)の「ケーレス(農事・豊穣の女神)」(1556-58c)


P2460728
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)の「預言者」(1525c)


P2460731
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)の「預言者」(1525c)


P2460734
ヴィンチェンツォ・チヴェルキオ(クレマ、1470c-1544)、フランチェスコ・ナポレターノ(?、?-ヴェネツィア、1501)、ロンバルドの逸名画家による「トレンティーノの聖二コラのポリッティコ」(1495-1500c)
パネルによって制作者が異なります。


P2460736
ロンバルドの逸名画家作のピエタ


P2460738
ヴィンチェンツォ・チヴェルキオのトレンティーノの聖二コラ


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ヴィンチェンツォ・チヴェルキオとフランチェスコ・ナポレターノの聖セバスティアーノ


P2460742
ヴィンチェンツォ・チヴェルキオの聖ロッコ
(つづく)

引き続きIl Coro delle Monacheです。
P2460572
十字架昇架


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天井


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P2460576
磔刑


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受胎告知する大天使


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受胎告知される聖母


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聖バルトロメオと聖ルイージ


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P2460586
十字架降下


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祭壇


P2460588
既述のように、Il Coro delle Monacheのフレスコ画は、フロリアーノ・フェルモ―ラ(ブレーシャ、1478c‐1528)、パオロ・ダ・カイリーナ・イル・ジョーヴァネ(ブレーシャ、1485c‐1545c)、その他の逸名画家、工房の画家などによって制作されました。


P2460590
この人を見よ


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ユディト


P2460595


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竜を退治する聖ジョルジョ


P2460598



P2460600
キリストの復活


P2460601
聖母子と聖アンナ


P2460602
パドヴァの聖アントニオ


P2460603


P2460604


P2460606
我に触れるな


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聖痕を受ける聖フランチェスコ


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聖トンマーゾの不信


P2460611


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P2460613
アントニオ・マンジャカヴァッリ(コモ、15世紀後半生まれ‐ブレーシャ、16世紀前半没)の「ニコロ・オルシーニの墓碑」(1500‐10c)


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復活したキリスト


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P2460619


P2460620


P2460621
マルティネンゴの廟をもう一度見て次に進みました。


P2460622
建物の修復工事のため、休館中のトージオ・マルティネンゴ絵画館の所蔵作品が臨時展示されていました。


P2460623
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「エレオノーラ・デステの肖像」(1819)


P2460625


P2460626
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット別称モレット・ダ・ブレーシャ(ブレーシャ、1498c‐1544)の「サロメに扮した貴婦人の肖像」(1537c)


P2460629
ラファエッロ・サンツィオ工房の「聖母子」(1520‐30c)


P2460632


P2460635
フランチェスコ・デ・ライボリーニ通称フランチェスコ・フランチャ(ボローニャ、1447c‐1517)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1500‐05c)
(つづく)

引き続きサン・サルヴァトーレ聖堂です。
P2460517
サン・ジョヴァンニ礼拝堂の前に展示コーナーが設けられて礼拝堂の中に入ることが出来ません。


P2460518
サン・ジョヴァンニ礼拝堂のフレスコ画は、Maestro Milaneseの「聖ジョヴァンニ・バッティスタの物語」(14世紀後半)です。


P2460519
逆光です。


P2460520
保存状態が良くありません。


P2460521
サン・サルヴァトーレ聖堂右側のフレスコ画(12世紀)


P2460522
サン・サルヴァトーレ聖堂の出入り口です。この先にIl Coro delle Monacheがあります。


P2460523
出入り口の上部


P2460524
出入り口の壁に描かれたフレスコ画の制作者の帰属がよく分かっていないようです。


P2460525
パオロ・ダ・カイリーナ・イル・ジョーヴァネ工房作説があります。


P2460526
ブレーシャの逸名画家作説もあるようです。


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P2460528
Maestro Milaneseのフレスコ


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シノピエ


P2460530
パオロ・ダ・カイリーナ・イル・ジョーヴァネ(ブレーシャ、1485c‐1545c)の「キリストの鞭打ち」(1527)


P2460531
サン・サルヴァトーレ聖堂の正面入り口手前にある、15世紀後半に建設されたIl Coro delle Monache(修道女の合唱隊席)です。


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マルティネンゴの霊廟


P2460532
Il Coro delle Monacheの最大の見所とされてます。


P2460534
ベルナルディーノ・ダッレ・クローチ(パルマ、1450c‐ブレーシャ、1528/1530)とガスパーロ・カイラーノ(ミラノ?、1489以前生まれ-ブレーシャ?、1517以前没)のベルナルディーノ・マルティネンゴ・ディ・パテルネッロの霊廟(1503-1516)


P2460535
Il Coro delle Monacheの壁の殆どがフレスコ画で覆われてます。


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ルネサンス期に描かれたフレスコ画です。


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最後の晩餐


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天使


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弟子の足を洗うキリスト


P2460540
フレスコ画の制作には、多くの画家が参加したと言われてます。


P2460542
制作した画家のうち、名前が分かっているのは、フロリアーノ・フェルモ―ラ(ブレーシャ、1478c-1528)とパオロ・ダ・カイリーナ・イル・ジョーヴァネ(ブレーシャ、1485c-1545c)です。


P2460543
その他にブレーシャ、ミラノ、ロンバルディアの逸名画家や地元の工房がフレスコ画の制作に参加したとされてます。


P2460545
キリストの逮捕


P2460546
しかし、私には各場面の作品帰属が分かりません。


P2460541
誰の墓でしょうか?


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博物館の方は作品帰属が分かっていると思います。


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P2460551
カイアファの前のキリスト


P2460554
キリストの鞭打ち


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P2460557
大天使ミケーレ


P2460559
大天使ラッファエーレとトビアス


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カルヴァリオへの上り


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制作者不明の「聖パテリオの聖櫃」(1478c)


P2460566
荊刑のキリスト


P2460568
この人を見よ


P2460570
キリストの判決
(つづく)

P2460450
次に進みます。


P2460451
sagratoは前庭、教会正面の柱廊、教会の墓地という意味ですが、この場合は柱廊にあるフレスコ画と考えた方が良いと思います。


P2460453
聖マリア・マッダレーナ(14世紀中頃)
サン・サルヴァトーレ教会にありました。


P2460456
ルネッタの聖母子と2聖人、大天使ガブリエーレ、大天使ラッファエーレ、聖ジュリア(12世紀末)
サン・サルヴァトーレ教会にありました。


P2460458
聖ピエトロと聖パオロ(14世紀後半)
サン・サルヴァトーレ教会にありました。


P2460460
順路に従って進みました。


P2460461
ローマ時代の遺跡から発掘された石棚をサン・サルヴァトーレ教会の鐘楼用資材として使用しました。


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大天使聖ミケーレ(14世紀中頃)


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サン・サルヴァトーレ聖堂の構造変遷の説明


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サン・サルヴァトーレ聖堂に入りました。


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左側廊


P2460467
右側廊


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天井


P2460470
サントビツィオ礼拝堂です。


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サントビツィオ礼拝堂のフレスコ画は、ジローラモ・ロマーニ通称ロマニーノ(ブレーシャ、1484c‐1566c)によって1526‐1527年に制作されました。


P2460472
フレスコ画のテーマは聖オビツィオの物語です。


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サントビツィオ礼拝堂の天井


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柱頭


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柱頭


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次はサン・サルヴァトーレ聖堂の聖母の礼拝堂です。


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エジプトへの逃避
聖母の礼拝堂のフレスコ画は、パオロ・ダ・カイリーナ・イル・ジョーヴァネ(ブレーシャ、1485c‐1545c)によって1527年から制作が開始されました。


P2460480
フレスコ画のテーマは聖母の物語です。


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磔刑


P2460484
聖母の結婚


P2460485
聖母の教育


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聖家族と聖ジョヴァンニーノ


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P2460491
永遠の父


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P2460495
聖母子


P2460496
授乳の聖母


P2460498


P2460500


P2460501


P2460502


P2460503
音楽天使たち


P2460504
無原罪の御宿リ


P2460505
聖母子


P2460506
マギの礼拝


P2460508
マギの礼拝


P2460509
聖母の誕生


P2460510
ご訪問


P2460511
聖母の神殿奉献


P2460512
ご誕生


P2460513


P2460514


P2460515


P2460516
(つづく)

P2460372
次はサンタ・ジュリア博物館の地から発掘されたものです。


P2460373
プブリコ・アントニオ・カッリスティオーネへのモニュメント(2‐3世紀)
サンタ・ジュリア博物館の場所から発掘されました。


P2460374
プブリコ・アントニオ・カッリスティオーネへのモニュメント(2‐3世紀)


P2460376
サンタ・ジュリア博物館の地下遺跡からの発掘物(2世紀)


P2460377
サンタ・ジュリア博物館の地下遺跡からの発掘物(2世紀)


P2460379
サンタ・ジュリア博物館の地下遺跡からの発掘物(2世紀)


P2460380
サンタ・ジュリア博物館の地下遺跡からの発掘物(2世紀)


P2460381
サーティロとメナーディの彫刻がある石棺正面断片(2世紀中頃)
サンタ・ジュリア修道院の遺跡から発掘されたものです。


P2460383
結婚した男女の彫刻がある石棺正面(4世紀初め)
サンタ・ジュリア修道院の遺跡から発掘されました。


P2460385
モザイク(2世紀)
サンタ・ジュリア修道院の北にある遺跡から発掘されました。
次からはサンタ・ジュリア博物館とは違う場所で発掘されたものです。


P2460387
座った男の彫像(1世紀初め)
ブレーシャのスパルティ・サン・マルコ通り下の遺跡から発掘されました。


P2460389
死者の名前が入ったモザイクの墓石(1‐2世紀)
ブレーシャのクレモナ門から出土しました。


P2460390
ブレーシャの遺跡からの発掘物


P2460391
ブレーシャの遺跡からの発掘物


P2460392
聖書のエピソードの彫刻がある石棺(4世紀中頃)
ブレーシャのサンタンジェロ・メリーチ教会の遺跡から発掘されました。


P2460394
聖書のシーンの彫刻がある石棺(4世紀)
サンタ・ジュリア修道院にありました。


P2460397
ブレーシャの遺跡からの発掘物


P2460398
天使のフレスコ(13世紀末)
ブレーシャのブロレットにありました。


P2460401
2司教聖人(13世紀末)
ブレーシャのブロレットにありました。


P2460403
聖クリストフォロ(13世紀末)
ブレーシャのブロレットにありました。


P2460405
ライオン像(13世紀前半)
ブレーシャのサンタゴスティーノ教会にありました。


P2460407
ヴェネトの逸名彫刻家作「天使の胸像」(15世紀初め)


P2460409
聖ファウスティーノ(13世紀中頃)
ブレーシャのピーレ門にありました。


P2460411
「嘆きの聖母と聖人」(13世紀後半)


P2460414
次はサン・バルナバ修道院にあったものの展示です。


P2460415
左がジョヴァンニ・ダ・ロマッツォの墓石(1334)
右は不明の墓石(14世紀)
サン・バルナバ教会にありました。


P2460417
バルナルド・マッジへのモニュメント(1309‐17)
サン・バルナバ教会にありました。


P2460419
石棚(13世紀末‐14世紀初め)
サン・バルナバ教会にありました。


P2460424
次はブレーシャのサンタ・カテリーナ修道院にあったものの展示です。


P2460422
天上の聖母(15世紀前半)
サンタ・カテリーナ修道院にありました。


P2460425
テラモン(1300‐10c)
サンタ・カテリーナ教会にありました。


P2460427
ブレーシャの逸名画家作「玉座の聖母子」(1320‐30)
サンタ・カテリーナ教会にありました。


P2460430
アレッサンドリアの聖カテリーナの議論(1330c)
サンタ・カテリーナ教会にありました。


P2460432
次の展示室です。


P2460433
ブレーシャのベネデット会レノ修道院にあったものの展示です。


P2460434
聖人の頭像付きの石棚(14世紀)
レノ修道院にありました。


P2460436
助祭の頭像付き石棚(14世紀初め)
レノ修道院にありました。


P2460438
レノ修道院の柱頭(14世紀末‐15世紀初め)


P2460440
レノ修道院の柱頭(13世紀後半)


P2460441
レノ修道院のルネッタ(12世紀末‐13世紀初め)


P2460443
レノ教会入り口扉上のルネッタ(12世紀後半)


P2460445
次はサンティ・コズマ・エ・ダミアーノ修道院にあったものの展示です。


P2460446
腕木(1298‐1302)
ブレーシャのサンティ・コズマ・エ・ダミアーノ修道院にありました。


P2460448
聖水盤(12世紀後半)
ブレーシャのサンティ・コズマ・エ・ダミアーノ修道院にありました。
(つづく)

引き続きDomus dell'Ortagliaです。
P2460302
ドムスのモザイクがある部屋が残されてます。


P2460303
2世紀頃に制作されたモザイクです。


P2460304


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Domus dell'Ortagliaの別の部屋です。


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ブロンズの偶像(紀元前4‐3世紀)


P2460310
床の装飾


P2460311


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床のモザイク


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トイレ


P2460314


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部屋の大きさが分かるように、対比のための女性像が置かれてます。


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P2460321
これでDomus dell'Ortagliaを一周したことになります。


P2460323
次はブレーシャの遺跡から発掘されたものの展示です。


P2460324
柱などの装飾断片(1世紀後半)
ブレーシャのサンティ・カッシアーノ・エ・イッポリート教会の遺跡にありました。


P2460326
男の彫像(2世紀後半)
サンティ・カッシアーノ・エ・イッポリート教会の遺跡から発掘されました。


P2460328
女性の彫像断片(2世紀前半)
ブレーシャのサンティ・カッシアーノ・エ・イッポリート教会の遺跡から発掘されました。


P2460330
紀元前4世紀頃のブロンズ像


P2460331
サンタ・ジュリア博物館下の遺跡から発掘された床


P2460333
ブレーシャのサンタンジェロ・メリーチ通り下の遺跡から発掘されたモザイク(1世紀末‐2世紀初め)


P2460334
ブレーシャのサンタンジェロ・メリーチ通り下の遺跡から発掘されたモザイク(1世紀末‐2世紀初め)


P2460336
ブレーシャのアレアルド・アレアルディ通り下の遺跡から発掘されたモザイク(3‐4世紀)


P2460338
ブレーシャのセッテントリナーレ通り下の遺跡から発掘されたモザイク(紀元前1世紀末‐1世紀初め)


P2460340
ブレーシャのテバルド・グルサート通り下の遺跡から発掘されたモザイク(1世紀後半)


P2460342
ブレーシャのサン・ドメニコ通り下の遺跡から発掘されたモザイク(1世紀)


P2460344
ブレーシャの旧サント・スピリト修道院の遺跡から発掘されたモザイク(1世紀中頃)


P2460346
男の頭像(紀元前2世紀中頃)
ブレーシャのトリエステ通りの遺跡から発掘されました。


P2460348
女性の彫像断片(1‐2世紀)
ブレーシャのマジェンタ通り下の遺跡から発掘されました。


P2460350
ブレーシャのゲツィオ・カリーニ通り下の遺跡から発掘されたモザイク(2世紀末‐3世紀初め)


P2460352
黒像式陶器


P2460355
サーティロの頭像(2世紀初め)


P2460357
男の頭像(2世紀)


P2460360
旧サントスピりと修道院の遺跡から発掘されたモザイク(1世紀末)


P2460362
サン・ロッキーノ通りのドムスのモザイク(1世紀末)


P2460363
サン・ロッキーノ通りのドムスのモザイク(1世紀末)


P2460364
サン・ロッキーノ通りのドムスのモザイク(1世紀末)


P2460366
サン・ロッキーノ通りのドムスのモザイク(1世紀末)


P2460368
サン・ロッキーノ通り下遺跡のモザイク(2世紀)


P2460370
サン・ロッキーノ通り下遺跡のモザイク(2世紀)
(つづく)

P2460240
見て回り易いように展示が工夫されてます。


P2460241
アウグストゥス家の男の頭像(紀元前1世紀末‐1世紀初め)


P2460243
アウグストゥス家の男の頭像(紀元前1世紀末‐1世紀初め)


P2460244
石棺(1世紀)


P2460245
柱頭断片(紀元前1世紀前半)
サンタ・ジュリア博物館の土地から発掘されました。


P2460247
次の展示室です。


P2460248


P2460249
フレスコ断片(紀元前1世紀前半)


P2460251
大理石装飾断片(紀元前1世紀前半)


P2460253
建築物装飾断片(紀元前1世紀前半)


P2460257
女性の頭像(紀元前1世紀中頃)


P2460261
次はカピトリーノ神殿からの発掘物です。


P2460259
紀元前1世紀に建設されたカピトリーノ神殿の模型です。


P2460263


P2460262


P2460264


P2460265
有名なブロンズ像


P2460266
翼がある勝利の女神像(紀元前2世紀頃)


P2460267
北イタリアの工房で制作されたとされてます。カピトリーニ神殿から発掘されました。


P2460270
次の部屋です。


P2460271
ローマ劇場からの発掘物の展示です。


P2460272
柱頭断片(2‐3世紀)


P2460274
ジュピターの頭像(1世紀後半)


P2460276
サーティロの頭像(1世紀後半)


P2460278
女性の頭像がある柱頭(2世紀末‐3世紀初め)


P2460280
キューピッドの頭像がある柱頭(2世紀末‐3世紀初め)


P2460282
戦士と勝利の女神がある柱頭(2世紀末‐3世紀初め)


P2460284
フォロだった場所からの発掘物です。


P2460286
フォロの柱(1世紀中頃)


P2460287
装飾されたフォロの壁(1世紀前半)


P2460288
フォロの柱頭(1世紀後半)


P2460290
次はDomus dell'Ortagliaです。


P2460292
ドムス


P2460293
ドムスの壁


P2460294
ドムス中央のブロンズ像(紀元前4世紀‐3世紀)


P2460295
ドムスの建材(2‐3世紀)


P2460296
ドムスから発掘されたもの(2‐3世紀)


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ドムスのモザイクがバラバラになったもの


P2460298


P2460299


P2460300
ドムスから発掘されたもの(2‐3世紀)


P2460301
ドムスからの発掘物(2‐3世紀)
(つづく)

P2460191
ブレーシャのサン・ドメニコ修道院の柱頭(17世紀初め)


P2460192
ブレーシャのサン・ドメニコ修道院の柱頭(17世紀初め)


P2460194


P2460195
順路に従って進みました。


P2460196
考古学部門でも興味がある部分とそうでない部分があります。


P2460197


P2460188


P2460199
土器のかけらを見てもちっとも面白くありません。


P2460200


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P2460202
退屈な展示です。


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P2460225
この辺は興味が湧きません。


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P2460236


P2460237


P2460238


P2460239
(つづく)

P2460123
引き続きサンタ・マリア・イン・ソラーリオ礼拝堂の上堂です。


P2460120
上堂の壁の殆どがフレスコ画で覆われてます。


P2460119
天井


P2460124
上堂のフレスコ画は、ブレーシャの画家フロリアーノ・フェッラモ―ラ(ブレーシャ、1478c‐1528)によって1513年から1524年に制作されました。


P2460126


P2460128
磔刑


P2460130


P2460132


P2460134
聖母子と4聖人


P2460135


P2460137


P2460138
アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚


P2460140
無原罪の聖母


P2460142


P2460145


P2460146
聖霊降臨


P2460147
聖ベネデット


P2460149


P2460150


P2460152
聖グレゴリオ・マーニョ


P2460153
カルヴァリオへの上り


P2460155
聖アントニオ


P2460158
聖ジローラモ


P2460161


P2460162
この部分はフロリアーノ・フェッラモーラの作品ではないように思います?


P2460165
聖アガタの殉教


P2460167
聖女(誰でしょうか?)の殉教


P2460168


P2460171


P2460172
エジプトへの逃避


P2460174
聖痕を受ける聖フランチェスコ


P2460176


P2460177
サンタ・マリア・イン・ソラーリオ礼拝堂はこれで終わりです。


P2460181
サンタ・マリア・イン・ソラーリオ礼拝堂から回廊に出ました。


P2460184
回廊から見たサン・サルヴァトーレ教会です。


P2460182


P2460180


P2460187
ここから次に進みます。


P2460185
入り口前にある彫刻(詳細不明)


P2460188


P2460189
ローマ時代の遺跡


P2460190
(つづく)

P2460064
次の部屋です。


P2460065
第8室になります。


P2460066
8‐9世紀の碑文


P2460067
15世紀後半のロンバルドの逸名画家作「天使」(15世紀)
サン・サルヴァトーレ教会にありました。


P2460070
15‐16世紀の陶器


P2460063
15‐16世紀の陶器


P2460071
15世紀前半のロンバルドの逸名画家作「聖母子と聖アントニオ・アバーテ」(15世紀)
サン・サルヴァトーレ教会にありました。


P2460074
次の部屋です。


P2460075
第9室になります。


P2460076
装飾付き墓石板断片(2‐3世紀)
サン・サルヴァトーレ教会床にありました。


P2460078
石棺断片(2‐3世紀)


P2460080
石棺断片(3世紀中頃―4世紀初め)
サン・サルヴァトーレ・エ・サンタ・ジュリア修道院床にありました。


P2460082
石棺正面(3世紀)
サン・サルヴァトーレ教会床にありました。


P2460084
石棺正面(3‐4世紀)
サン・サルヴァトーレ・エ・サンタ・ジュリア修道院床にありました。


P2460086
柱断片
サン・サルヴァトーレ教会にありました。


P2460088
マルケリヌスの葬儀碑文(3世紀)
サン・サルヴァトーレ教会床にありました。


P2460090
石棺側面(2‐3世紀)
サン・サルヴァトーレ教会床にありました。


P2460092
次の部屋です。


P2460093
第10室


P2460094
シーレーノス(森の神)の頭像(2世紀)
サン・サルヴァトーレ・エ・サンタ・ジュリア修道院床下にありました。


P2460097
第11室


P2460098
石棺正面(2‐3世紀)
サン・サルヴァトーレ教会床下にありました。


P2460100
石棺正面(2‐3世紀)
サン・サルヴァトーレ教会床下にありました。


P2460102
一旦修道院回廊に出て、サンタ・マリア・イン・ソラーリオ礼拝堂に向かいます。


P2460103
修道院の建物です。


P2460104


P2460105
次はサンタ・マリア・イン・ソラーリオ礼拝堂です。


P2460106
礼拝堂の入り口です。


P2460107
サンタ・マリア・イン・ソラーリオ礼拝堂は、上下の二重構造で、こちらは下礼拝堂です。


P2460108
帯状装飾(2‐3世紀)
サン・サルヴァトーレ・エ・サンタ・ジュリア修道院床下にありました。


P2460111
石柱(12世紀)


P2460112
石柱(12世紀)


P2460113
必見とされているものです。


P2460114
象牙製の聖遺物箱(4世紀後半)
サン・サルヴァトーレ・エ・サンタ・ジュリア修道院にありました。


P2460116
サンタ・マリア・イン・ソラーリオ礼拝堂の上堂に行きます。


P2460117
階段を上ります。


P2460118
サンタ・マリア・イン・ソラーリオ礼拝堂の上堂です。


P2460121
説明プレート


P2460178
必見とされている「デジデリオの十字架」(8世紀末)です。


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P2460122
デジデリオの十字架の裏面
(つづく)

P2450994
Via dei Museiを通って、カピトリーノ神殿からサンタ・ジュリア博物館に向かいました。


P2450995
直ぐに博物館の西端に出ます。旧サンタ・ジュリア教会のファサードが見えます。


P2450996
写真左が博物館の一部となっている建物です。


P2450997
ロンゴバルド王デジデリオが753年に建てたベネデット会のサンタ・ジュリア修道院、ローマ時代のドムスの上に9世紀に建てられたサン・サルヴァトーレ教会、ロマネスク様式のサンタ・マリア・イン・ソラリオ礼拝堂、1593年から1599年に建設されたサンタ・ジュリア教会などを含む約14,000㎡の広大な博物館です。


P2450998
1998年にオープンしたサンタ・ジュリア博物館は世界遺産に登録されてます。


P2460001
博物館の入り口です。
2016年の年間入館者は145,347人でした。


P2460002


P2460003
切符売り場


P2460004
ローマ時代のドムスから発掘された遺跡


P2460006
この場所は切符売り場があるロビーです。


P2460007


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場違いな感じがする自動車が置かれてます。


P2460008
ここから展示室に入ります。


P2460012


P2460010
制作者不詳の「聖ベネデット」(15世紀前半)


P2460015
ジョヴァンニ・カッラ(1619‐1677生存確認)の「磔刑の聖ジュリア」(17世紀)


P2460017
最初の部屋です。


P2460018
第1室


P2460019


P2460020
フレスコによる帯状装飾断片(8世紀後半)
サン・サルヴァトーレ教会の横第二礼拝堂にありました。


P2460022
十字架装飾断片(9世紀)
サン・サルヴァトーレ・エ・サンタ・ジュリア修道院にありました。


P2460024
装飾仕切り(8世紀)
サン・サルヴァトーレ・エ・サンタ・ジュリア修道院にありました。


P2460027
墓石断片(9世紀)
サン・サルヴァトーレ・エ・サンタ・ジュリア修道院にありました。


P2460029


P2460030
小円柱(8世紀)
サン・サルヴァトーレ・エ・サンタ・ジュリア修道院にありました。


P2460033
柱頭付き小円柱2本(8世紀)
サン・サルヴァトーレ・エ・サンタ・ジュリア修道院にありました。


P2460032
第3室


P2460036
男の胸像断片(9世紀初め)
サン・サルヴァトーレ教会のクリプタにありました。


P2460039
聖母子(9世紀前半)


P2460041
聖母子(9世紀前半)


P2460043
次の部屋です。


P2460044
第4室


P2460045
フレスコ断片(10‐12世紀)
サン・サルヴァトーレ教会にありました。


P2460048
柱頭付き小円柱(12世紀)
サン・サルヴァトーレ教会のクリプタにありました。


P2460054
次の部屋です。


P2460055
第5室


P2460050
フレスコ断片(12世紀)
サン・サルヴァトーレ教会にありました。


P2460052
フレスコ断片(12世紀)
サン・サルヴァトーレ教会にありました。


P2460056
第6室


P2460057
15世紀のロンバルドの逸名彫刻家作「聖母子(テラコッタ)」
サンタ・ジュリア修道院にありました。


P2460059
第7室


P2460061
15世紀前半のロンバルドの逸名画家のフレスコ断片
サン・サルヴァトーレ教会にありました。
(つづく)

014
1605年から1609年にかけて建設されたマドンナ・デル・リーノ教会です。


015
フレスコ画、祭壇画があって美術的に見所が多い教会ですが、扉が閉まっていました。


017
柱廊を通ってドゥオーモ広場に向かいました。


018
ドゥオーモ広場には青空市が立っていました。


019
自転車のシェア制度が盛んです。


020
広場の写真は撮ってあるので、青空市でも気になりません。


112
修復工事が終わらないトージオ・マルティネンゴ美術館です。


110
モレット広場です。


113
立像は、ドメニコ・ギドーニ(オスピタレット、1857‐ブレーシャ、1920)の「アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ロヴァート、1498c‐1564)像」(1898)
その下の座像は分かりません。


114
サンタンジェラ・メリーチ教会です。


117
6世紀の初期キリスト教会が前身です。現在の建物は16世紀に再建された三代目のものです。


115
開いていたので喜び勇んで歩を進めましたが、中の扉が閉まっていました。ティントレットの「変容」、フランチェスコ・バッサーノなどの作品があるので、観ることが出来なくて残念でした。


118
サンタレッサンドロ教会です。ここも閉まっていました。


120
5世紀の初期キリスト教会が前身です。バロック様式の原罪の建物は1769年に建設された四代目のものです。


091
サンタ・ジュリア博物館に入館しました。


082
この日は作品の写真を撮ることに専念しました。


082
やはり広くて大変でした。


084
2日連続して見たので、理解が深まりました。


096
Palazzo Cigola


095
1662年頃に建設されたPalazzo Cigolaです。


098
Palazzo Cigolaの中庭に入ってみました。


099
この辺は公園になってます。


100
12世紀創建ですが、18世紀に再建されたバロック様式のサンタ・マリア・イン・カルチェラ教会です。


101
モレット、ロマニーノなどの作品があるので、拝観したかった教会です。


102
開いている教会が少なくて参りました。


103
ルーカ・マレンツィオ音楽学校


105
ルーカ・マレンツィオ大楽学校の隣に教会があります。


104
1632年に建設されたバロック様式の旧サン・バルナーバ教会です。演奏会場、催事場などとして使用されてます。


106
サンテウフェミア教会です。


107
現在の建物は18世紀に再建された二代目のものです。この教会も閉まっていました。


109
教会巡りは効率が悪い。


121
何という教会でしょうか?


122
明らかに機能を停止した廃教会でしょう。


125
オペラ劇場、Teatro Grandeです。


129
この劇場に2回オペラを見ました。


130
Corso Zanardelli


131
地下鉄を利用せず歩き通しだったので疲れてきました。


132
この建物が分かりません。


139
1492年から1574年に建設されたPalazzo della Loggiaです。


133
現在、ブレーシャ市議会として使用されてます。


134


142
こちらの建物は、Palazzo della Loggiaの旧入り口です。


137
Torre dell'Orologio


141
Piazza della Loggia


138
ロッジャ広場に立つLa "Bell' Italia"


148
サンタガタ教会です。


150
サンタガタ教会も閉まっていました。


143
ホテルに戻ることにしました。


154
(おわり)

P2460001
世界遺産の市立サンタ・ジュリア博物館にやってきました。


P2460002
毎週月曜日が休館ですが、祝日の月曜日は開館しています。


P2460003
入館しました。


P2460005
博物館の展示対象と大きく異なる車の展示には戸惑いました。


P2460043
広大な博物館ですが、案内板が整備されているので見易いと思います。


P2460064
この日は鑑賞が主体で、写真を撮るのは翌日にしました。


P2460102
展示物が多く、建物自体も大きな見どころです。


P2460041
いたるところに美があるので、観て回るには相当な時間が必要です。


P2460466
博物館の敷地面積は、約14,000㎡に上るそうです。


P2460240
更に展示物を充実させる計画があるそうです。


P2460292
この博物館は体力勝負ですね。


P2460303
博物館は、ローマ時代の遺跡の上に建てられた教会、修道院から成っているので、それだけ展示の幅が広くなってます。


P2460533
博物館については、項を改めて詳しく触れることにします。


P2460268
「翼を持つ勝利の女神」(1世紀)


P2460178
「デジデリオ王の十字架」


P2460184


P2460625
休館中のトージオ・マルティネンゴ美術館の所蔵作品の一部が展示されていました。


P2460647
傑作とされている作品でも展示されていないものがかなりの数に上ります。


P2460642
それでもラファエッロの作品を久し振りに観ることが出来ました。


P2460637
再会できて嬉しかった!


P2460747
トージオ・マルティネンゴ美術館の所蔵作品が移されていました。この場所は立ち入り禁止です。


P2460819
外に出ました。


P2460821
すっかり日が傾いていました。


P2460822
来た時と同じ道を通ってホテルに戻ることにしました。


P2460823
博物館で立ち通しだったので、疲れてしまって、他の場所に行く気がしません。


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P2460836


005
翌日です。


004
壁にフレスコ装飾がある家


006
モレット通りにあるサントルソラ(聖オルソラ)教会です。1620年から1627年に建設されたバロック様式の教会です。


007
ファサードのフレスコ画は、ジョヴァンニ・マウロ・デッラーローヴェレ(1575‐1640)の「聖オルソラ」(17世紀)ですが、1748年に画家アントニオ・ドゥシ(ぺルティカ・バッサ、1726‐ブレーシャ、1776)によって大修復されました。
ジョヴァンニ・マウロ・デッラ・ローヴェレは、ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ(ボローニャ、1574‐ミラノ、1625)の弟子です。


008
サントルソラ教会の直ぐ傍、同じモレット通りにあるサンタ・クローチェ教会です。


009
1488年創建で、創建時はルネサンス様式の教会でしたが、後にバロック様式に改装されました。


010
メルカト広場にやってきました。
彫刻家ジョヴァンニ・アントニオ・ラブス(ブレーシャ、1806‐1857)の「Abbondanza(豊穣)像」があるFontana del Donegani


011
Palazzo Martinengo Palatini


012
パラッツォの中に入って見ました。


013
(つづく)

059
サンタ・ジュリア教会です。


078
1593年から1599年に建設されたルネサンス様式の教会です。1685年に奉献式が執り行われたそうです。


077
この教会の扉は何時も閉まってます。


076
1797年に活動を停止して、その後、宗教活動が一度も再開されることがありませんでした。1998年、サンタ・ジュリア博物館に編入され、現在、博物館の会議室として使用されてます。


075
次は、サンタ・ジュリア教会のファサードが面している同じ通りの坂上にあるサンティッシモ・コルポ・ディ・クリスト教会です。


060
1467年創建、1473年に完成したゴシック様式、イエズス会の教会です。


061
扉が閉まってますが、旧修道院のキオストロ回廊から教会内に入ることが出来ます。


062
キオストロ


063
残念ながら回廊のフレスコ画は残されてません。


073
サンティッシモ・コルポ・ディ・クリスト教会では長いので、地元では単にクリスト教会と呼ばれてます。


064
中に入りました。


065
壁の殆どがフレスコ画で覆われてます。


066
フレスコ画は、イエズス会の画家ベネデット・ダ・マローネ(ブレーシャ、1525c‐1579以降没)によって、1565年頃に描かれました。


069
ベネデット・ダ・マローネは、パオロと言う名前でしたが、イエズス会画家となり、、ベネデットと名前を改めたそうです。


070


071


072


067
ジローラモ・ロマーニ通称イル・ロマニーノ(ブレーシャ、1484c‐1566c)の「ご誕生」


068
詳細不明


074
お腹が空いたので、クリスト教会近くのレストランで昼食することに。


079


080


081


P2450973
次は、ブレーシャに来た主目的にサンタ・ジュリア博物館ですが、その前にローマ遺跡を見ることにしました。


P2450976
古代ローマ時代、この通りがメイン通りだったそうです。


P2450977
1554年に建設されたPalazzo Maggi di Gradella


P2450979
通りの先、明るくなっているところがフォロ広場です。


P2450983
フォロ広場


P2450980
73年、ヴェスパシアーノ帝によって建てられたカピトリーノ神殿です。


049


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こちらはテアトロ・ロマーノ


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P2450982
フォロ広場に面して建つサン・ゼーノ・アル・フォロ教会です。


051
12世紀に創建された教会で、現在の建物は18世紀に再建された二代目のものです。


P2450988
Palazzo Martinengo


P2450990
博物館に行きます。


P2450994
ローマ遺跡からサンタ・ジュリア博物館までは僅かな距離です。


P2450995
博物館の端に来ました。サンタ・ジュリア教会のファサードが写ってます。


P2450996
博物館の建物です。
(つづく)

P2450873
引き続きドゥオーモ広場です。


P2450927
ドゥオーモ広場にあるFontana della Minerva


P2450925
ドゥオーモ広場に面して建つ、ロマネスク・ゴシック様式の建物は、1187年から1280年に建設されたブロレットです。


P2450871
ブロレットに付属して、Torre del Pegol またはTorre del Popoloと呼ばれる、11世紀に建設された塔があります。


P2450926
ブロレットのファサードにLoggi della Gridaと呼ばれるバルコニーがありますが、バルコニーから市当局から市民への布告が行われたそうです。


P2450928
ブロレットの中庭に進みます。


P2450930
この扉から中に入ります。


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中庭への壁に描かれた「玉座の聖母子」のフレスコ画


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公正の女神の彫刻


P2450934
ブロレットの中庭です。


P2450935
この紋章が分かりません。


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1626年に建設されたロッジャ付きの建物


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中庭中央にあるFontana


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ブロレットの中庭からサンタ・マリア・デッラ・カリタ教会に向かいました。


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マッツィーニ通り側にあるブロレットの入り口です。


057
マッツィーニ通りからドゥオーモのクーポラが見えます。


P2450940
マルティーリ・ディ・ベルフィオーレ広場です。


P2450941
マルティーリ・ディ・ベルフィオーレ広場にあるのは、イタリア統一の三傑の一人「ジュゼッペ・マッツイーニ(ジェノヴァ、1805‐ピサ、1872)像」です。


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サンタ・マリア・デッラ・カリタ教会です。扉が開いていました。


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1640年に建設されたバロック様式の教会です。


P2450974
ファサードの彫刻が少し変に見えます。


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壁龕の彫刻に見えますが、実は壁龕に見せかけたフレスコ画です。
彫刻家アレッサンドロ・ガレガーリ(ブレーシャ、17世紀後半‐18世紀前半活動)と画家アントニオ・フェレッティの共作のフレスコ画です。


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壁龕の彫刻に模したフレスコ画


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ファサードの彫刻はアレッサンドロ・ガレガーリの作品です。


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アレッサンドロ・ガレガーリの彫刻


P2450946
中に入りました。


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円形のバロック様式の内部です。


P2450948
左側壁


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右側壁


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Maestro Parotoの「聖母子と聖人たちのポリッティコ」(1447)


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聖人たち: 聖シーロ、聖ジョヴァンニ・バッティスタ、聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ、聖ミケーレ、聖ステファノ、トローサの聖ロドヴィーコ、聖アポッロニア、聖アガタ


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出入口方向


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19世紀のオルガン


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右側の礼拝堂


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フランチェスコ・パーリア(ブレーシャ、1635‐1714)の「聖アントニオと聖セバスティアーノと聖ロッコ」(1670c)
フランチェスコ・パーリアはグエルチーノの弟子です。


P2450967
主祭壇


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主祭壇画は、制作者情報不明の「Madonna della Carita」のフレスコ画(15世紀)


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左側の礼拝堂


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アントニオ・ガンディーノ(ブレーシャ、1560‐1631)の「悔悛のマッダレーナ」(1620)


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マルカントニオ・フランチェスキーニ、ジュゼッペ・オルソーニ、ジャコモ・アントニオ・ボーニなど多くの画家たちによって描かれたフレスコ画です。


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ベルナルディーノ・ボーノ(ブレーシャ、?‐1774)の「聖母被昇天」(1729)


P2450970
ベルナルディーノ・ボーノ(ブレーシャ、?‐1774)の「聖母の神殿奉献」(1733)


P2450971
外に出ました。
(つづく)

ブレーシャは、人口198,096人(2018年11月30日現在)のロンバルディア州ブレーシャ県の県都です。
P2460840
鉄道でブレーシャ駅に到着しました。


002
古代ローマ時代から栄えた街で、見所が豊富ですが、意外にも観光客が少ないように思います。


002
ロンバルディアらしい煉瓦造りの駅舎です。


001
この街の見所は何といっても世界遺産のサンタ・ジュリア博物館でしょう。


003
この日のお宿に向かいます。と言っても駅前にあるのです。


P2450714
この日のお宿です。
ホテル予約サイトで予約したのですが、以前に数回泊まったホテルが何処のホテル予約サイトにも載ってなくて、已む無く予約しました。
来てみてビックリ! 以前と同じホテルですが、名称が違っていたのです。以前の名称はNHブレーシャホテルだったと思いますが、経営する会社が変わったのでしょう。


P2450713
チェックイン時間よりも早い到着でしたが、部屋に入ることが出来ました。


P2450715
早速街歩きに出発しました。


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実は、建物の修復工事のために休館中にトージオ・マルティネンゴ絵画館が再開館したら、すぐにでもブレーシャに来るつもりでしたが、2009年に休館になって以来、再開館の報が一向に聞こえてこないので、痺れを来してきたという訳です。2019年に再オープンするようですが、どうなることやら。


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ブレーシャに地下鉄が出来ました。チェントロ・ストーリコに行くには地下鉄が便利ですが、途中立ち寄る所があるので徒歩にしました。


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Corso Martiri della Liberta


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久し振りにサンタ・マリア・デル・ミラコリ教会に立ち寄りたかったのです。


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教会が見えてきました。


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1488年から1500年に建設されたサンタ・マリア・デル・ミラコリ教会です。


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見事な大理石彫刻のファサード


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中に入りました。


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ブレーシャ派画家たちの秀作が数点あります。


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美術的には、ブレーシャに於ける必見の教会でしょう。


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サンタ・マリア・デル・ミラコリ教会については、項を改めて詳しく触れることにします。


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外に出ました。


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第二次世界大戦の爆撃によって大きな被害を受けましたが、ファサードだけは奇跡的に破壊を免れました。


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この辺から通りの名称がフラテッリ・ポルチェッラ通りに変わります。イタリアに行き始めた頃、同じ通りが場所によって変わるのがピンときませんでしたが、イタリアでは通りの名称は日本の町名のようなものと考えれば良いと思うようになりました。


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それにしても交通量が多い通りです。一方通行ですが、道の両端が路駐です。


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ヴィットリア広場の入り口にやってきました。


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広場の入り口にあるサンタガタ教会です。6世紀か7世紀に、この地にあった初期キリスト教会が前身とされてます。現在の建物は16世紀に再建された3代目のものです。


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教会横の紳士?


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ヴィットリア広場です。ドゥオーモ(新)のクーポラが見えてます。


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時計塔の下を潜ってドゥオーモ広場へと進みました。


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ドゥオーモ広場です。


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パオロ6世広場とも呼ばれてます。


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Cattedrale di Santa Maria Assnta、新ドゥオーモです。


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1604年創建の新ドゥオーモです。この建物の横にロトンダと呼ばれる建物がありますが、新ドゥオーモが奉献される前は、ロトンダがドゥオーモでした。


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拝観しました。


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美術的に見所が豊富とは言えません。


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新ドゥオーモについては、項を改めて触れることにします。


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次はロトンダ、旧ドゥオーモ(ドゥオーモ・ヴェッキオ)です。


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旧ドゥオーモは必見ですが・・・・・


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中に入りました。


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主祭壇と後陣が工事中でした。


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主祭壇画も修復中でした。


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観たい礼拝堂が閉まってる!


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ここもダメ。


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不本意な拝観となってしまいましたが、項を改めて触れることにします。


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(つづく)

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