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駅近くからチェントロ・ストーリコに向かうCorso Martiri della Libertaです。


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Corso Martiri della Libertaに面して建つサンタ・マリア・デイ・ミラーコリ教会です。


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1480年から1484年にかけて、ブレーシャではペストが大流行して、多くの犠牲者を出しました。


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ペストに苦しんでいた市民は、この場所にあった建物の壁に描かれた聖母子のフレスコ画が奇跡的なご利益があるとの評判が立ち、そのフレスコ画を崇拝するようになりました。


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1486年、ブレーシャの教会関係者は深い信仰を集めることになったフレスコ画がある場所に教会を建設することを決め、フレスコ画ある建物の買収交渉を開始しました。


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ルドヴィーコ・ベレッタの設計によって1487年創建、1490年に完成したルネサンス様式のサンタ・マリア・デイ・ミラーコリ教会です。


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この教会の見所は何といってもファサードです。


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柱廊を含むファサードの設計は、ジョヴァンニ・アントニオ・アマデオ(パヴィア、1447c‐ミラノ、1522)によるものです。
ジョヴァンニ・アントニオ・アマデオの代表作は、ベルガモのコッレオーニ礼拝堂でしょう。


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ファサードの彫刻もジョヴァンニ・アントニオ・アマデオの作品です。


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第二次世界大戦の爆撃によって大きな被害を受けた教会ですが、ファサードだけは奇跡的に罹災を免れました。


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ファサード以外の部分は、爆撃によって大きな被害を受けたので、戦後に大修復されました。


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中に入りました。


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三廊式、ルネサンス様式の内部です。


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右側壁


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教会の構造図


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ペスト治癒の信仰を集めた聖母子のフレスコ画の写真


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主祭壇


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主祭壇に置かれたペスト治癒の信仰を集めた聖母子(15世紀)


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後陣


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クーポラ


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爆撃を免れた建設当時のオリジナルの場所


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左側廊


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左側廊から見た中央礼拝堂


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右側廊


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祭壇画を見て行きます。


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グラツィオ・コッサ―リ(オルツィヌオーヴィ、1563‐1629)の「聖母の浄化」(1594)


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ピエトロ・マローネ(ブレーシャ、1548c‐1603)の「聖母被昇天」


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オッタヴィオ・アミゴーニ(ブレーシャ、1606‐1661以降没)の「無原罪の御宿リ」(1646)


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エンリコ・アルブリッチ(ヴィルミノーレ・ディ・スカルヴェ、1714‐1775)の「天国のカギを聖ピエトロに託すキリスト」(1754)


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エンリコ・アルブリッチ(ヴィルミノーレ・ディ・スカルヴェ、1714‐1775)の「ライ病の回復」


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パオロ・コスタの「磔刑」(1618)


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詳細不明


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詳細不明


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詳細不明


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詳細不明


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中央礼拝堂の左側壁に2点の祭壇画があります。


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トンマーゾ・ボーナ(ブレーシャ、1548‐1614)の「聖母の誕生」


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ピエトロ・マリア・バニャトーレ(ブレーシャ、1548c‐1627c)の「受胎告知」(1592)


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エンリコ・アルブリッチ(ヴィルミノーレ・ディ・スカルヴェ、1714‐1775)の「聖二コラの死」


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ジュゼッペ・ファッリ(ブレーシャ、1697‐1772)の「我に触れるな」


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詳細不明


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ジュゼッペ・アリアッジ(ブレーシャ、1825‐1906)の「モレット作『聖母子と聖二コラ』の複製画」
モレットの作品は、元々この場所にありました。参考までにモレットの作品画像を載せておきましょう。


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アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c‐1554)の「聖母子とバーリの聖二コラ」(1539)
現在、この作品はブレーシャのトージオ・マルティネンゴ美術館にあります。


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美術的に見所が豊富な教会です。


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外に出ました。