イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 記事は一日に一つアップしています。記事の見方ですが、例えば「ボルゲーゼ美術館の展示作品(その4)」は2017年10月20日にアップしました。各記事にカレンダーが表示されてますが、カレンダー上の2017年10月21日をクリックして頂ければ「ボルゲーゼ美術館の展示作品(その5)」になります。(その3)は2017年10月20日となります。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:教会巡り > ブレーシャ、新旧ドゥオーモ

P2450876後編は新ドゥオーモ、サンタ・マリア・アッスンタ大聖堂です。


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旧ドゥオーモは、その周囲の地表の高さが経年と共に徐々に高くなることに伴い、16世紀後半には、その床の高さは地表よりも一段低い場所となってしまい、雨水の流入や高湿度の問題が深刻となったので、新しいドゥオーモの建物建設が検討されるようになりました。


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そうして、新ドゥオーモの建設が1603年に決定され、1604年に初期キリスト教のバジリカが建っていた現在地に創建されました。
しかし、1630年にブレーシャで大流行したペストによる経済的な困窮と人口減少によって、工事が中断されてしまいました。17世紀末に漸く工事が再開されましたが、中々進捗しませんでした。


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18世紀にファサードの建設が始まり、1825年に完成しました。1825年のファサードの完成を持って、新ドゥオーモの建設が漸く終了したのです。


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高さ80mのクーポラは19世にに完成しました。


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ファサードの入り口扉上の彫刻は、アントニオ・カレガリ(ブレーシャ、1699‐1777)の「アンジェロ・マリア・ケリーニ枢機卿の胸像」
ブレーシャ司教を務めたアンジェロ・マリア・ケリーニ枢機卿(ヴェネツィア、1680‐ブレーシャ、1755)は、進捗しなかった新ドゥオーモの建設に尽力しました。


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建築様式としては、後期バロック様式と新古典様式の折衷と考えられてます。


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三廊式、ギリシャ十字形の堂内です。


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左側壁


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右側廊


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彫刻の装飾が目を引きます。


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クーポラ


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クーポラ周囲の彫刻は、カレガリ一族とジョヴァンニ・バッティスタ・カルボーニ(ブレーシャ、1729‐1790)によって制作されました。


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聖マルコと聖マッテオの彫刻は、ジョヴァンニ・バッティスタ・カルボーニ(ブレーシャ、1729‐1790)によるものです。


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聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタと聖ルーカは、カルガリ一族の作品です。


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ジョヴァンニ・アントニオ・エマヌエリ(ブレーシャ、1816‐ミラノ、1894)の「カルロ・ドメニコ・フェラーリ司教(ブレーシャ、1769‐1846)の墓」(1855)


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クラウディオ・ボッタ(マネルビオ、1891‐ミラノ、1958)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの銅像」


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ジローラモ・ロマーニ通称ロマニーノ(ブレーシャ、1484c‐1566c)の3作品、左から「聖母の誕生」、「聖母の結婚」、「ご訪問」です。


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左側の礼拝堂です。


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ジャコモ・ゾボーリ(モデナ、1681‐ローマ、1767)の「キリストの昇天」(1735)


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ジュゼッペ・ヌヴォローネ(サン・ジミニャーノ、1619‐1703)の「天上の聖母子と聖人たち」(1679)


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ジュゼッペ・ヌヴォローネ(サン・ジミニャーノ、1619‐1703)の「聖母の誕生」


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左側廊突き当りの礼拝堂です。


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1548/1550-1628)の「聖母被昇天と聖カルロと聖フランチェスコ」


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中央礼拝堂です。


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主祭壇画は、ジャコモ・ゾボーリ(モデナ、1681-ローマ、1767)の「聖母被昇天」(1735)


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ガスパーロ・カイラーノ(ミラノ?、1489以前生まれ-ブレーシャ?、1517以前没)の「聖アポッロニオの墓碑」(1508-10)


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右側廊


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仕切りの前に移動しました。


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右側廊突き当りの礼拝堂です。


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ルイージ・バジレッティ(ブレーシャ、1780-1859)の「子供に天国への道を示す守護天使」


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サンティッシモ・サクラメント礼拝堂です。


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アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)の「イサクの犠牲」


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右側第1礼拝堂です。


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フランチェスコ・ジョルフィーノ(ヴェローナ、15世紀後半-16世紀前半)の「磔刑像」(1502)


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詳細不明


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ガエターノ・マッテオ・モンティ(ラヴェンナ、1776-ミラノ、1847)の「カブリオ・マリア・ナバ司教(バルザーノ、1758-ブレーシャ、1831)の墓」
カブリオはブレーシャ司教でした。


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外に出ました。
(おわり)

前編は旧ドゥオーモです。
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ブレーシャのドゥオーモ広場です。


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写真手前の丸い建物が旧ドゥオーモ、その先にある建物が新ドゥオーモです。


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ロトンダとも言われる旧ドゥオーモ、ドゥオーモ・ヴェッキオです。


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この場所には、ローマ時代の紀元前1世紀に建てられた公衆浴場がありましたが、その遺跡の上に、恐らく6世紀に建てられた初期キリスト教会が前身です。6世紀に建設された柱や床は、旧ドゥオーモのクリプタに一部残ってます。


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最初の建物は8世紀の火災によって消失し、直ぐに再建されましたが、10世紀に取り壊されました。
現在の建物は、10世紀に創建されたものがクリプタとして残されてます。1095年のブレーシャ大火災によって大きな被害を受けたとされてます。16世紀末の大改修後の姿が現在の旧ドゥオーモとなってます。


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堂内に入ると分かりますが、聖堂内の床は、地表から一段低い場所にあります。聖堂内の床の高さは10世紀頃の地表と同じ高さにありました。
地表からの流水の侵入と湿気の問題が経年とともに徐々に深刻化するようになり、16世紀末に新ドゥオーモの建設が検討されるようになり、旧ドゥオーモの隣の場所に新ドゥオーモの建設工事が1604年に始まったのです。


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出入り口


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中に入りました。信者席がある床が、10世紀頃の地表の高さとほぼ同じとされてます。16世紀末の大改修工事によって、信者席よりも一段高い場所に礼拝堂が設けられるようになりました。


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円形のロトンダの天井


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ブレーシャ司教聖アポッロニオ像(13世紀)


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アンジェロ・ガンディーノ(ブレーシャ、1560‐1631)の「子供に天国への道を示す守護天使」(1605‐06)


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中央礼拝堂は工事中でした。


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観たい作品があるのですが、これではどうにもなりません。


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工事前は観ることが出来ました。


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主祭壇画も修復中でした。


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仕方がないので、外部サイトから拝借した主祭壇画の写真を載せておきます。
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c‐1554)の「聖母被昇天」(1524‐26)


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かなり大掛かりな修復工事です。


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ローマ時代の公衆浴場のモザイク(紀元前1世紀)を見ることが出来ます。


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サンティッシモ・サクラメント礼拝堂の扉が閉まっていましたが、柵の間にカメラを入れて写真を撮りました。


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中央は、パオロ・カイリーナ・イル・ヴェッキオ(ブレーシャ、1420/1430-1486)の「キリストの鞭打ち」
左は、アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)の「聖マルコ」
右は、モレットの「聖ルーカ」


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サンティッシモ・サクラモンテ礼拝堂のフレスコ画は、ジローラモ・ロマーニ通称ロマニーノ(ブレーシャ、1484c-1566c)によって描かれました。


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アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)の「エリアを慰める天使」


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アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)の「信者たちの寄宿舎の復活祭」


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右翼廊の礼拝堂の祭壇画です。
フランチェスコ・マッフェイ(ヴィチェンツァ、1605c-パドヴァ、1660)の「ドミナトーレ司教とパオロ司教とアナスタショ司教の遺体の移送」(1656)


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右翼廊の礼拝堂のフレスコ画は、トンマーゾ・サンドリーニ(ブレーシャ、1580-1630)とフランチェスコ・ジューニョ(ブレーシャ、1577-マントヴァ、1621)によって描かれました。


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フランチェスコ・マッフェイの作品


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フランチェスコ・マッフェイの作品


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クーポラのフレスコ画は、トンマーゾ・サンドリーニ(ブレーシャ、1580-1630)とフランチェスコ・ジューニョ(ブレーシャ、1577-マントヴァ、1621)によって描かれました。


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サンタ・クローチ礼拝堂の扉が閉まっていました。


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この奥にドメニコ・デ・ドミニーチ葬儀モニュメントがありますが、これではどうにもなりません。
サンタ・クローチ礼拝堂の祭壇画を外部サイトから拝借した写真で載せておきましょう。


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アントニオ・ガンディーノ(ブレーシャ、1560-1631)の「バビエーラのナーモの寄付」(1605-06)


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グラツィオ・コッサリ(オルツィヌオーヴィ、1563-ブレーシャ、1629)の「子スタンティンへの十字架の幻影」(1605)


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ステンダリオがあります。


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詳細不明


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アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)と弟子による「アブラハムとメルキゼデクの出会い」


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クリプタに進みます。


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6世紀の柱などが一部残されてます。


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大部分が8-9世紀に建設されたものです。


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一旦外に出ました。次は新ドゥオーモです。
(つづく)

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