イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:美術館 > フォリーニョ市立美術館

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次の部屋です。
ローマ時代の碑文などが展示されてます。


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葬儀祭壇(1世紀)
Villa di Lodovico Jacobilliから発掘されました。


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執政官クナイウス・ドミニィウス・タルフの名誉モニュメント(1世紀中頃)
執政官はトラヤヌス帝の同僚でした。


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葬儀石碑(1世紀)


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ゲルマニクス・ユリウス・カエサルの名誉モニュメント
ゲルマニクス・ユリウス・カエサル(前5-19)は、紀元後19年に暗殺されました。


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Praesentia Priscaの墓石(1世紀)


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ミネルヴァ神殿の碑文断片(紀元前1世紀末)


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リヴィアの胸像(14-31)
リヴィアは、初代皇帝アウグストゥスの妻であり、第二代皇帝ティベリウスの母です。


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Caesia Sabinaの名誉石碑(1世紀末)


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名誉石碑(183)


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タンジールの聖マルケッルスの彫像台座(3世紀前半)


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タンジールの聖マルケッルスの彫像台座(3世紀前半)


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グナエウス・ポンペイウスの碑文
グナエウス・ポンペイウス(前106-前48)は、ガイウス・ユリウス・カエサルとマルクス・リキニウス・クラッススと第1回三頭政治を行いました。


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石棺断片(3世紀)


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石棺断片(3世紀)


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石棺断片(3世紀)


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ティケー像(ギリシャ神話の女神)(2世紀)


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女性の頭像(80c)


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組織のメンバーリスト(1-2世紀)


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Gnaeus Decimius Bibulusの葬儀石碑(1世紀)


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Veturia Rufaの葬儀石碑(1世紀)


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Lucius Castriciusの葬儀石碑(1世紀)


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ミゼリコルディア同信会献呈葬儀祭壇(1737)


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フォリーニョ市からのトティラ王への献辞碑(1672)


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カルロ・マリア・オルフィーニからのPublius Aelius Marcellusへの献辞碑(1733)


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Gaius Ancharius Verusへの献辞碑


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葬儀用石碑


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Fulcinius Trhioへの献辞碑


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考古学部門に進みます。


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フォリーニョとその周辺からの発掘物が展示されてます。


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女性の石棺(紀元前1世紀)


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骨壺(紀元前1世紀)


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中庭に出ました。
ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノと弟子、協力者によるフレスコ画、オッタヴィアーノ・ネッリによる礼拝堂のフレスコ画、ニッコロ・アルンノ、ピエル・アントニオ・メッツァストリスの作品などが見所の美術館でした。
素晴らしいのでお勧めです。


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(おわり)

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次の部屋です。


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部屋の壁にフレスコ画があります。


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フレスコ画の詳細について、私は知りません。美術館側は恐らく知っていると思います。


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部屋の天井


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作品に日差しが当たらないように展示されてます。


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部屋の所々に椅子が置かれてますが、座ることが出来ます。美術館や博物館の椅子には「座るな」の椅子がかなりあります。


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逸名画家作「玉座の聖母子」(15世紀後半)


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ウゴリーノ・ディ・ジスベルト(トッレ・デッル・コッレ・ディ・ベヴァーニャ、1452-1512消息)に帰属する「玉座の聖母子と大天使聖ミケーレと聖フランチェスコ」(15世紀後半)
Palazzo Monaldi Barnaboにありました。


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ウゴリーノ・ディ・ジスベルト(トッレ・デッル・コッレ・ディ・ベヴァーニャ、1452-1512消息)の「聖母子」(1491)
サンタ・カテリーナ教会にありました。


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ウゴリーノ・ディ・ジスベルト(トッレ・デッル・コッレ・ディ・ベヴァーニャ、1452-1512消息)に帰属する「ロレートの聖母とピエタ」(1494)
Casa di Leonello Leoniにありました。


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ウゴリーノ・ディ・ジスベルト(トッレ・デッル・コッレ・ディ・ベヴァーニャ、1452-1512消息)に帰属する「聖母と天使たち」
オスペダーレ・ヴェッキオ・ディ・サン・ジョヴァンニ教会にありました。


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ウゴリーノ・ディ・ジスベルト(トッレ・デッル・コッレ・ディ・ベヴァーニャ、1452-1512消息)の「聖母子」(1491)
サンタ・カテリーナ教会にありました。


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次の展示コーナーです。


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逸名画家作「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」(15世紀後半)
サン・ドメニコ教会にありました。


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アッシェンシドーニオ・スパッカ通称イル・ファンティーノ(ベヴァーニャ、1557-1646)の「フォリーニョの風景」(16世紀末)


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何処かで見たことがあると直ぐに思いました。でも、本物がここにある筈がないので、コピー画であることは明白です。
エンリコ・バルトロメイ(フォリーニョ、1818-1901)の「ラファエッロ・サンツィオ作『フォリーニョの聖母』(1511)のコピー画」(1838)
本来であれば、ラファエッロ作の本物はこの美術館にあるべきでした。本物はヴァティカン絵画館にありますが、ナポレオンと教皇庁がグルになっての結果(私はそう思ってます)でしょう。


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ヴァティカン絵画館で展示されているラファエッロの「フォリーニョの聖母」


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ラファエッロ・サンツィオ(ウルビーノ、1483-ローマ、1520)の「フォリーニョの聖母」(1511)
この作品は、教皇ジュリオ2世の秘書シジスモンド・デ・コンティが注文し、完成するとローマのサンタ・マリア・イン・アラコエリ聖堂の主祭壇に置かれました。
1565年、シジスモンドの孫アンナ・コンティは、深く信心していたフォリーニョのサンタンナ修道院(修道女になっていました)に「フォリーニョの聖母」を寄贈することにしました。同作品は修道院の教会であるサンタンナ教会の祭壇を飾ることになりました。それに因んで作品は「フォリーニョの聖母」と称されるようになりました。
1797年、「フォリーニョの聖母」はイタリアに侵攻したナポレオン軍によってパリに持ち去られ、ルーブル美術館で展示されるようになりました。ナポレオンの没落後、フランスに強奪された作品の返還交渉が行われ、「フォリーニョの聖母」はイタリアに返却されることになりましたが、当時の教皇ピオ7世の強い要求によって、1816年にヴァティカンに移されることになりました。
脱線はこのぐらいにしてフォリーニョ市立美術館の展示作品に戻ります。


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次の展示コーナーです。


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フェリチャーノ・デ・ムーティ―(フォリーニョ、15世紀末-16世紀初頭活動)の「玉座の聖母子と聖フランチェスコと聖ジョヴァンニーノとパドヴァの聖アントニオ」(16世紀前半)
サンタンナ・デッレ・コンテッサ教会にありました。


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17世紀のウンブリアの逸名彫刻家作「2天使」


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ロ・スパーニャの追随者作「ご誕生」(16世紀初頭)
オスペダーレ・ヴェッキオ・ディ・サン・ジョヴァンニ教会にありました。


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ベルナルディーノ・メッツァストリス(フォリーニョ、15世紀末-16世紀初頭活動)に帰属する「聖アミーコ」(1508)
オスペダーレ・ヴェッキオ・ディ・サン・ジョヴァンニ教会にありました。


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ラッタンツィオ・ディ・ニッコロ・ディ・リベラトーレ(フォリーニョ、1480-1527活動記録)の「聖アゴスティーノ」(16世紀初頭)
サンタ・マルゲリータ修道院にありました。


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逸名画家作「グロテスク模様」(16世紀前半)


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逸名画家作「聖母子」(16世紀前半)


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ベルナルディーノ・ディ・マリオット・デッロ・スターニョ(ペルージャ、1478c-1566)の「玉座の聖母子と2天使」(16世紀中頃)
サンタ・ルチア教会にありました。


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逸名画家作「マギの礼拝」(16世紀中頃)


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ドーノ・ドーニ(アッシジ、1505-1575)の「天上のアレッサンドリアの聖カテリーナ、アレッサンドリアの聖カテリーナの殉教」
サンタ・カテリーナ教会にありました。


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逸名画家作「玉座の聖母子と聖ベルナルディーノと聖フランチェスコ」(16世紀前半)


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次の展示コーナーです。


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逸名画家作「寓意的帯状装飾」(16世紀後半)
Palazzo Iacobilli Carraraにありました。


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ウンブリアの木工職人作「物入れ付き長椅子」(16世紀末)


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ウンブリアの木工職人作「物入れ付き長椅子」(16世紀末)


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「式服を着た男像」(1世紀前半)
1618年にスペッロのカルツァ通りから発見された大理石彫刻です。
(つづく)

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絵画館に出ました。
フォリーニョ、フォリーニョ近くのコムーネの教会、修道院やパラッツォなどから集められた作品、および銀行などの法人や個人から貸し出された作品が展示されてます。


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おおっ、これがここにあるとは!! でも、どうして、ここにあるのだ、と思いながらトリッティコをじっくり観ました。ちょっと違います、修復直後のように色鮮やか過ぎで、しかも滑らかな筆使いとは少し違うようです。
説明プレートを見て詳しいことが分かりました。種明かしをすれば、本物のコピー画ですが、その出来は非常に良いと思いました。
カルミネ・パルミエーリ(レッチェ、1871-1940)の「ニッコロ・ディ・リベラトーレ通称ラルンノ別称ニッコロ・アルンノ(フォリーニョ、1454-1502消息)の『カメリーノのトリッティコ』(1480)のコピー画」(1932)
カルミネ・パルミエーリは、ラッファエーレ・マッカニャーニに師事しましたが、次第に宗教画に傾倒して、古典的な宗教画を得意にした画家です。第259代教皇ピオ11世(教皇在位:1922-1939)に気に入られ、ピオ11世の肖像画を数多く制作すると共に、同教皇からの注文に応じて祭壇画などを制作しました。
ニッコロ・アルンノの「カメリーノの祭壇画」はヴァティカン絵画館にありますが、フォリーニョ市立美術館にあるコピー画もピオ11世がカルミネ・パルミエーリに注文して制作されたのです。しかし、そのコピー画がどうしてここにあるかについては、明らかになっていませんが、ルネサンスのフォリーニョ出身の画家による作品ということで、フォリーニョの人々にニッコロ・アルンノの傑作を見せて上げたいとの教皇の思し召しのような気がします。
では、コピー画の各場面を見ておきましょう。


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クスピデのキリストの復活


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天使たち


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中央の磔刑


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左パネル


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聖ヴェルナンツィオ、聖ピエトロ


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右上


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聖ジョヴァンニ・バッティスタ、聖ポルフィリオ
写真での比較は非常に難しいと思いますが、ご参考までにヴァティカン絵画館で展示されているニッコロ・アルンノの本物の写真を載せておきましょう。


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ニッコロ・ディ・リベラトーレ通称ラルンノ別称ニッコロ・アルンノ(フォリーニョ、1454-1502消息)の「カメリーノのトリッティコ」(1480)(ローマ、ヴァティカン絵画館蔵)


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中央パネルの磔刑(本物の写真)


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向かって左の聖ヴェルナンツィオ、聖ピエトロ(本物の写真)


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向かって右の聖ジョヴァンニ・バッティスタ、聖ポルフィリオ(本物の写真)
違いがお分かりになりましたか?


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逸名画家作「聖ロッコと注文者」(1497)


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ニッコロ・ディ・リベラトーレ通称ラルンノ別称ニッコロ・アルンノ(フォリーニョ、1454-1502消息)とラッタンツィオ・ディ・ニッコロ・ディ・リベラトーレ(フォリーニョ、1474-1527記録)の「幼きキリストを崇拝する聖母」(15世紀)
ラッタンツィオは、ニッコロ・アルンノの息子です。
フォリーニョ貯蓄銀行所有作品の寄託展示です。
ガラス保護板があるので、写真がうまく写りません。


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ラッタンツィオ・ディ・ニッコロ・ディ・リベラトーレ(フォリーニョ、1474-1527記録)の「大天使聖ミケーレ」(15世紀末)
ヌンツィアテッラ祈祷所にありました。


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ニッコロ・ディ・リベラトーレ通称ラルンノ別称ニッコロ・アルンノ(フォリーニョ、1454-1502消息)とラッタンツィオ・ディ・ニッコロ・ディ・リベラトーレ(フォリーニョ、1474-1527記録)の「預言者たち」(1491)
トーディのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会にありました。
各場面を左から見ておきましょう。


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プット


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預言者たち


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Trigramma col nome di Cristo


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預言者たち


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プット


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ニッコロ・ディ・リベラトーレ通称ラルンノ別称ニッコロ・アルンノ(フォリーニョ、1454-1502消息)の「Stendardo(旗)」
ステンダルドは表裏両面に描かれていますが、裏面が見えないようになっていました。
フォリーニョ貯蓄銀行所有作品の寄託展示です。


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ガラスの保護板があるので、写真が良く写りません。


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ニッコロ・ディ・リベラトーレ通称ラルンノ別称ニッコロ・アルンノ(フォリーニョ、1454-1502消息)の「聖痕を受ける聖フランチェスコ」(15世紀末)
サンタ・ルチア修道院にありました。


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ニッコロ・ディ・リベラトーレ通称ラルンノ別称ニッコロ・アルンノ(フォリーニョ、1454-1502消息)の「ピエタのキリストと2天使」(15世紀)
フォリーニョ貯蓄銀行所有作品の寄託展示


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ニッコロ・ディ・リベラトーレ通称ラルンノ別称ニッコロ・アルンノ(フォリーニョ、1454-1502消息)の「受胎告知」(15世紀)
個人蔵作品の寄託展示です。


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逸名画家作「聖母子」(15世紀後半)
マドンナ・デル・サッソ教会にありました。


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ピエル・アントニオ・メッツァストリス(フォリーニョ、1457-1506消息)の「玉座の聖母子と聖ジョヴァンニ・バッティスタと聖フランチェスコ」(1499)
サン・フランチェスコ修道院にありました。


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ベノッツォ・ゴッツォーリ(フィレンツェ、1421c-ピストイア、1497)に帰属する「受胎告知する大天使ラッファエーレ」(15世紀後半)
サン・ドメニコ教会にありました。


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逸名画家作「聖マルティーノ?」(15世紀)


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次の展示コーナーです。


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ピエル・アントニオ・メッツァストリス(フォリーニョ、1457-1506消息)の「聖母子と聖人たち(左からベアート・ピエトロ・クリスチ、聖ジローラモ枢機卿、アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖ビアージョ、悔悛の聖ジローラモ、聖ボナヴェントゥーラ、聖セバスティアーノ)」(15世紀後半)
サン・フランチェスコ修道院にありました。


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ヨハン・ネポムク・デッラ・クローチェ(イタリア、ラヴィ―ス、1736-オーストリア、リンツ、1819)の「フランチェスコ・チェッカレッリの肖像」(18世紀)
フォリーニョのロータリークラブ所有作品の寄託展示です。
フランチェスコ・チェッカレッリ(フォリーニョ、1752-ドレスデン、1814)は、当時最も有名で有能なカストラート・ソプラノ歌手です。主にドイツ語オペラ、コンサートアリアで活躍しました。
去勢して声変わりを防いでソプラノの音域を維持させたのです。しかし、去勢しても普通の男性のように体が成長するので、女性ソプラノよりも声量、声音が断然上となるそうです。
主に15世紀の作品が展示されている、この場所にこの肖像画が展示されている理由がよく分かりません。


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次の展示コーナーです。


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逸名画家作「ピエタのキリスト」(15世紀末)
オスペダーレ・ヴェッキオ・ディ・サン・ジョヴァンニ教会にありました。


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逸名画家作「ピエタのキリスト」(15世紀末)
Palazzo Monadi Barnaboのありました。


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ピエル・アントニオ・メッツァストリス(フォリーニョ、1457-1506消息)の「聖ジローラモ枢機卿、悔悛の聖ジローラモ」(15世紀後半)
オスペダーレ・ヴェッキオ・ディ・サン・ジョヴァンニ教会にありました。


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ピエル・アントニオ・メッツァストリス(フォリーニョ、1457-1506消息)の「磔刑と聖ピエトロと聖パオロ」(15世紀後半)
サン・ドメニコ教会にありました。
キリストの磔刑に立ち会った聖人は、聖母、マグダラのマリア(キリストの妻?)、聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ(キリストの男色の相手?)の3人とされてます。


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ピエル・アントニオ・メッツァストリス(フォリーニョ、1457-1506消息)の「玉座の聖母子と聖シメオーネ」(15世紀後半)
サン・フランチェスコ教会にありました。


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ピエル・アントニオ・メッツァストリス(フォリーニョ、1457-1506消息)の「玉座の聖母子と天使たちと聖ジョヴァンニ・バッティスタと聖ドメニコ」(15世紀後半)
サン・ドメニコ教会にありました。


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ピエル・アントニオ・メッツァストリス(フォリーニョ、1457-1506消息)の「天使によって戴冠される聖母」(1486)
オスペダーレ・ヴェッキオ・ディ・サン・ジョヴァンニ教会にありました。


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バルトロメオ・ディ・トンマーゾ(フォリーニョ、1425から記録-ローマ、1454没)の「聖バルナバの殉教、ロレートの聖母、フランチェスコ会聖人と信者たち」(15世紀)
サンタ・カテリーナ修道院にありました。
(つづく)

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次の部屋です。


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別名「教皇の間」と呼ばれてます。


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1439年、トリンチ家が追放され、フォリーニョは教皇領となりましたが、教皇がフォリーニョに来る際、この部屋が居室として用意されました。


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教皇の間の壁にフレスコ画あります。


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時期は不明ですが、修復の際、フレスコ画の上に漆喰が塗られてしまいました。最近行われた修復の際に、フレスコ画が発見されたそうです。


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フレスコ画のテーマは、架空の話の寓意画のようです。


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アッシジの画家ドーノ・ドーニ(アッシジ、1500c-1575)の帰属作品とされており、16世紀前半に制作されました。


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ボロンズィーノの寓意画の影響を受けているとされてます。


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展示物がありません。


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次の部屋です。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・マイーニ(カッサーノ・マニョーゴ、1690-ローマ、1752)の「聖フェリチャーノ」(1733)
聖フェリチャーノはフォリーニョの守護聖人です。


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詳細不明


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展示物を入れるためのもの?


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これも展示物用?


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何の目的なのか、サッパリ分からない。


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次の部屋です。


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説明板などがありません。


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目的など意味不明の部屋が多いようです。


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次の部屋です。


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聖職者の法衣


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順路に従って進みます。


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次の部屋です。


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19世紀の計量器
塩などの量り売りに使用されていました。


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フォリーニョの紋章入りの絵皿


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フォリーニョの画家ニッコロ・ディ・リベラトーレ通称ラルンノの顔が描かれた絵皿


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詳細不知


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制作者情報不知の「ジョヴァンニ・アントニオ・ジーリの肖像」(1588)


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廊下です。


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この先に2つの扉があります。


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ミラノ・スカラ座の部屋に戻ってしまいました。
廊下にもう一つ扉があります。


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もう一つの扉から中に入ると、中は絵画館でした。
(つづく)

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再びロッジャに戻りました。


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ロッジャを経由して礼拝堂に進みます。


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ロッジャから礼拝堂への入り口扉上ルネッタにフレスコ画があります。


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これです。「聖母子と2聖人」の詳細が分かりません。礼拝堂のフレスコ画と同じオッタヴィオ・ネッリの作品でしょうか?


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礼拝堂に入りました。


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礼拝堂のフレスコ画も必見です。


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礼拝堂の名前は特に付けられていないようです。


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最近行われた修復によって色鮮やかに蘇りました。


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トリンチ家最後のフォリーニョ卿コッラード3世・トリンチ(フォリーニョ、?-?、1441)の指示によって、グッビオ出身の画家オッタヴィアーノ・ネッリ(グッビオ、1375-1444)が1424年に制作したフレスコ画によって礼拝堂の壁が覆われてます。
コッラード3世は、1421年からフォリーニョを支配していましたが、1439年に教皇勢力によってフォリーニョから追放されました。1439年からフォリーニョは教皇庁から派遣された総督支配の街になりました。


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礼拝堂のフレスコ画は、シエナ派の影響を受けたオッタヴィアーノ・ネッリの国際ゴシック様式の完成を示す傑作とされてます。
フレスコ画のテーマは、「聖母の物語」となってますが、主題と無関係の場面が幾つか描かれてます。
各場面を見て行きます。


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礼拝堂祭壇の後方壁から見て行きます。


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聖母の神殿奉献


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博士たちとの問答


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割礼


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キリストの誕生


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マギの礼拝


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左から聖アントニオ・アバーテ、聖ドメニコ、聖ジョヴァンニ・バッティスタ


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磔刑


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聖痕を受ける聖フランチェスコ
写真右下にロッジャのフレスコ画が写ってます。


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次の壁です。


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受胎告知


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聖母の死


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聖母被昇天


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聖母の誕生


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次の壁です。


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金門での聖ジョアッキーノと聖アンナの邂逅


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聖ジョアッキーノと聖アンナの結婚


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聖母からの使徒送別


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聖母の死
聖母の死が2場面あるのは珍しいと思います。


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次の壁です。


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聖母の教育


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キリストの神殿奉献


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聖母に死のお告げをする大天使ミケーレ


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天使からのお告げ


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天井


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次の部屋です。


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バッカス


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制作者情報不詳です。


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貴族
(つづく)

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次は廊下、橋です。


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この場所は、トリンチ宮殿とドゥオーモを結ぶ「吊り橋」です。


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壁にフレスコ画が描かれてますが、構造が複雑です。
先ず、1406年から1407年にかけて、ジョヴァンニ・ディ・コッラドゥッチョ通称マッツァフォルテ(フォリーニョ、1404c-1437活動記録)によって単色のフレスコ画が描かれました。
その上に、ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ(ファブリアーノ、1370c-ローマ、1427)と弟子や協力者によって、11人の英雄が1411年から1412年に描かれました。


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色が付いている上のフレスコ画が落剝して、下の単色フレスコ画が見えてます。


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色が付いている部分がジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ(ファブリアーノ、1370c-ローマ、1427)と弟子、協力者によって1411年から1412年にかけて制作されたものです。
色が付いているフレスコ画が落剝して、その下に描かれた単色フレスコ画が見えてますが、その部分はジョヴァンニ・ディ・コッラドゥッチョ・ディ・ガラッゾ通称マッツァフォルテ(フォリーニョ、1404-1450生存確認)によって、1406年から1407年にかけて制作されたものです。


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ロムルス


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Sette eta dell'uomo : Vecciaia e Decrepitezza


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ドゥオーモへの扉に向けて進みます。


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描かれている英雄とは、ヨシュア、ダヴィデ、ユダ・マカバイ、アーサー王、シャルマーニュ、ユリウス・カエサル、アレキサンダー大王、ロムルス、スキピオ・アフリカヌス(ハンニバルをザマの戦いで破りポエニ戦争を終結させたローマ軍将軍)、ゴドフロワ・ド・ブイヨン(第1回十字軍の指導者)、カール大帝の11人です。


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落剝してシノピエが見えてます。


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ドゥオーモの扉は施錠されていて、ここで行き止まりとなってます。


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もう一度じっくり見ることにしました。


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スキピオ・アフリカヌス


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「吊り橋」から市庁舎と共和国広場が見えます。


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ヨシュア


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ダヴィデ


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ゴドフロワ・ド・ブイヨン


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詳細不知


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詳細不知


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アーサー王


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シャルマーニュ


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ロッジャに戻ります。


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ロッジャに戻りました。ロッジャを経由して彫刻がある部屋に向かいます。


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彫刻が展示されている部屋に進みます。


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アモールとプシケの浮彫(1-2世紀)


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Filippo Juniorの彫像(3世紀前半)


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若者の頭像(2世紀)


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若者の頭像(2世紀中頃)


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ハドリアヌス帝の頭像(2世紀初頭)


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男の頭像(紀元前1世紀末)


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ゼウス?の頭像(紀元前1世紀末)


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ゼウスの頭像(2世紀)


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(つづく)

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次の部屋です。


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フォリーニョに来たら、この部屋のフレスコ画は必見です。


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Sala delle Arte Liberali e dei Pianeti、教養と惑星の間です。


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「フォリーニョ市立美術館 (その3)」で触れましたが、15世紀初めにフォリーニョを支配していたトリンチ家当主ウゴリーノ3世・トリンチ(フォリーニョ、?-1425)の招聘を受けたジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ(ファブリアーノ、1370c-ローマ、1427)によって制作されたフレスコ画です。
ジェンティーレだけではなく、ヤコポ・ベッリーニを含む弟子や協力者によって制作されました。


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1411年8月27日、制作報酬として225フィレンツェ・フロリン(フィレンツェ金貨)(3000万円くらい?)が支払われた記録が残されているので、1411年に制作されたと断定されてます。


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主題に対して多分に寓意的に描かれてます。


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正面左から天文学、哲学、芸術の女王


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左から音楽、論理、文法


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音楽、論理


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文法


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月とDecrepitezza(老朽化と訳す?)と火星


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弟子や協力者として、名前が分かっているのはヤコポ・ベッリーニの他にパオロ・ノッキ・ダ・フォリーニョ、フランチェスコ・ジャンボノ・ダ・ボローニャ、べッティスタ・ディ・ドメニコ・ダ・フォリーニョの3人となってます。3人について、私は全く知りません。


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Infanzia (児童? 児童に見えないのですが・・・・・)


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左から算術、修辞


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丸く描かれているのが惑星です。


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場面によって制作者の技量がかなり違うことが分かります。


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落剝が多い部分


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太陽と4頭立て馬車


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アーチに描かれたフレスコ画を見ながらロッジャに入ります。


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ロッジャです。


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ロッジャの壁にローマ建国の歴史が描かれてます。


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制作者は、ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノとその弟子、協力者です。


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これを見れば、各場面の意味が分かります。


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大部分が落剝している壁


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(つづく)

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中2階(日本でいうところの)に進みます。


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事務室でしょうか?


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中2階ニッチのフレスコ画「聖母子?」


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階段上の天井


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2階(日本でいうところの)へと進みます。


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2階の最初の展示室です。


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現代彫刻が展示されてます。


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この辺の展示は趣味ではないので、直ぐに退散したいところです。


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しかし、部屋の壁に描かれたフレスコ画が見逃せないので、暫し部屋に留まりました。


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フレスコ画の制作者や制作された時期等の詳細が私には分かりません。


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次の部屋です。


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ミラノ・スカラ座関係の展示です。
ミラノ・スカラ座とフォリーニョは無関係に思えるかも知れませんが、フォリーニョの建築家の設計によってスカラ座が建設されたのです。


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スカラ座の模型


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フォリーニョ出身の建築家ジュゼッペ・ピエルマリーニ(フォリーニョ、1734-1808)の設計によってミラノ・スカラ座が建設されました。


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スカラ座内部の模型


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ジュゼッペ・ピエルマリーニの胸像(制作者情報不知)


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次の部屋です。


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剥離フレスコ画が展示されてます。


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ジョヴァンニ・ディ・コッラドゥッチョ・ディ・ガラッゾ通称マッツァフォルテ(フォリーニョ、1404-1450消息)の「磔刑」(1428c)
サン・ジョヴァンニ・デリ・インピッカーティ教会にありました。


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ジョヴァンニ・ディ・コッラドゥッチョ・ディ・ガラッゾ通称マッツァフォルテ(フォリーニョ、1404-1450消息)の「慈悲の聖母」(1428c)
サン・ジョヴァンニ・デリ・インピッカーティ教会にありました。


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ジョヴァンニ・ディ・コッラドゥッチョ・ディ・ガラッゾ通称マッツァフォルテ(フォリーニョ、1404-1450消息)の「カルヴァリオへの上り」
サン・ジョヴァンニ・デリ・インピッカーティ教会にありました。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ディ・ドメニコ・デ・リーゼ(フォリーニョ、1463記録)に帰属する「聖ベネデットの物語の1エピソード」(15世紀前半)
サン・クラウディオ教会にありました。


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ジョヴァンニ・ディ・コッラドゥッチョ・ディ・ガラッゾ通称マッツァフォルテ(フォリーニョ、1404-1450消息)の「授乳の聖母」(15世紀前半)
サン・クラウディオ教会にありました。


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ジョヴァンニ・ディ・コッラドゥッチョ・ディ・ガラッゾ通称マッツァフォルテ(フォリーニョ、1404-1450消息)の「玉座の聖母子」(15世紀前半)
サン・クラウディオ教会にありました。


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アンドレア・カーニョ(フォリーニョ、1446記録)に帰属する「受胎告知」(15世紀初頭)
Casa Nocchiにありました。


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逸名画家作「アレッサンドリアの聖カテリーナ」(14世紀前半)


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次の部屋です。
この部屋から数室のフレスコ画がフォリーニョ美術における最大の見所です。


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フレスコ画が描かれてます。


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Sala degli Imperatori (皇帝の間)と呼ばれてます。


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Sala degli Giganti (巨人の間)とも呼ばれてます。


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15世紀初頭のフォリーニョを支配していたトリンチ家当主ウゴリーノ3世・トリンチ(フォリーニョ、?-1415)は、ローマ時代からトリンチ家の支配継続を祝福するためにトリンチ宮をフレスコによる装飾を考え、ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ(ファブリアーノ、1370c-ローマ、1427)にフレスコ制作を依頼しました。ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノは、その招聘に応じ、1411年から1412年にフォリーニョに滞在して、弟子と協力者と共にトリンチ宮装飾に従事しました。
そうして装飾された部屋の一つがこの部屋で、フレスコ画は1411年に制作されました。
ジェンティーレの下で制作に従事した画家として、弟子の若きヤコポ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1396-1470?)(ジェンティーレ・ベッリーニとジョヴァンニ・ベッリーニの父です)、フォリーニョの画家パオロ・ノッキ、ボローニャ出身の画家フランチェスコ・ジャンボノ、フォリーニョの画家バッティスタ・ディ・ドメニコがいました。


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教皇シスト4世の紋章です。
1411年に制作された当時、この場所には、トリンチ家とウゴリーノ3世・トリンチの紋章がありましたが、1439年にトリンチ家がフォリーニョから追放され、トリンチ宮は教皇総督に使用されることになったので、1477年に教皇シスト4世の紋章に差し替えられました。


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18人のローマ皇帝などが描かれましたが、残されているのは15人で、3人が落剝して失われています。


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天井


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現存する15人を紹介しておきましょう。
左から右へ、オッタビアーノ・アウグスト(アウグストゥス)、ティベリオ(ティベリウス)、カミッロ


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左からファブリツィオ、マニオ・キュリオ・デンタート、ティート・マンリオ・トルクゥアート


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左からチンチッナート、マルオ・クラウディオ・マルチェッロ


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左からアフリカのシピオーネ(スキーピオ)、ムーツィオ・スチュヴォーラ


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左からカト―ネ(カト―)・ウティチェンセ、カイオ(ガイウス)・マリオ


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左からカイオ(ガイウス)・マリオ、プブリオ・デーチョ(パブリウス・デシウス)、クラウディオ・ネローネ、ファビオ・マッシモ
カリグラ、ポンぺウス、トライアヌスは失われてありません。


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もう一度見ました。


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ローマ時代の彫刻が置かれてます。


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(つづく)

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ここから絵画館の展示になりますが、順路に従って進むと絵画から外れてしまうのは何故でしょうか。展示室番号表示がないので、ブログで紹介するのが大変ですが、兎に角順路通りに進めることにします。


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逸名画家作「天使によって戴冠される聖母」(14世紀前半)
サン・ジョヴァンニ・デリ・インピッカーティ教会にありました。


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逸名画家作「聖アントニオ・アバーテ」(15世紀前半)
サン・ドメニコ教会にありました。


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逸名画家作「磔刑」(15世紀初頭)


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Maestro dell'abside destro di San Francesco a Montefalcoに帰属する「真十字架の検証」(14世紀末)
サンタントニオ修道院のサンタグネス教会にありました。


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次の部屋です。


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逸名画家作「三位一体と聖パオロと聖ステファノと2天使と寄進者」(14世紀末)
サン・クラウディオ教会にありました。


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逸名画家作「ピエタのキリスト、アレッサンドリアの聖カテリーナ」(14世紀末)
サン・クラウディオ教会にありました。


P2370514
逸名画家作「アレッサンドリアの聖カテリーナ」(14世紀末)
サン・クラウディオ教会にありました。


P2370517
逸名画家作「アンティオキアの聖マルゲリータ、聖女、聖エレーナ、聖ジローラモ」(14世紀末)
サン・クラウディオ教会にありました。


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次の部屋です。


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この部屋でも剥離フレスコ画展示されてます。


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木組みの天井


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Maestro dell'abside destro di San Francesco a Montefalcoの「園のキリスト」(14世紀)
サンタントニオ修道院のサンタグネス教会にありました。


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Maestro dell'abside destro di San Francesco a Montefalcoに帰属する「キリストの逮捕」(14世紀末)
サンタントニオ修道院のサンタグネス教会にありました。


P2370529
Maestro dell'abside destro di San Francesco a Montefalcoに帰属する「カルヴァリオへの上り」(14世紀末)
サンタントニオ修道院のサンタグネス教会にありました。


P2370532
Maestro dell'abside destro di San Francesco a Montefalcoに帰属する「磔刑」(14世紀末)
サンタントニオ修道院のサンタグネス教会にありました。


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次の部屋です。


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ここも剥離フレスコの展示です。


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Maestro dell'abside destro di San Francesco a Montefalcoの「十字架降下」(14世紀末)
サンタントニオ修道院のサンタググネス教会にありました。


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Maestro dell'abside destro di San Francesco a Montefalcoに帰属する「キリストの復活」(14世紀末)
サンタントニオ修道院のサンタグネス教会にありました。


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Maestro dell'abside destro di San Francesco a Montefalcoの「マルタの家のキリスト、マリア」(15世紀)
サンタ・エリザベッタ修道院にありました。


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下の方に進みます。


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グランデ広場(共和国広場)の人々の服装が示されてます。


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ジョストラの部屋


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次の部屋です。


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部屋のフレスコ(詳細不知)


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(つづく)

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共和国広場の突き当りにトリンチ宮があります。


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新古典様式のファサードのトリンチ宮です。


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フォリーニョの裕福な商人ジョヴァンニ・ディ・チェッカレッロによって建設された塔のある家です。
14世紀頃のフォリーニョは、グエルフィの頭領トリンチ家の支配下にありましたが、14世紀末に、そのトリンチ家が塔のある家を買い取り、それを組み込んだ一つの複合建物が1389年から1407年にかけて建設されましたが、それがトリンチ宮です。


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トリンチ宮にフォリーニョ市立美術館があります。


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1439年、トリンチ家がフォリーニョから追放され、トリンチ宮は教皇から派遣された総督邸として使用されるようになりました。


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19世紀になるとトリンチ宮の古いファサードに代わって、市庁舎の外観に合わせて新古典様式のファサードに改装されることになり、1842年から1847年にかけて改装工事が行われました。


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1870年にフォリーニョ市立美術館が設立されましたが、その当時は別の建物にありました。1935年、市立美術館はトリンチ宮に移転、現在に至ってます。


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中々の展示を誇る美術館です。


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扉が開きました。


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美術館は幾つかの部門に分けられてます。


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中庭に出ます。


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中庭に面した建物は15世紀に建設されました。


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1944年、第二次世界大戦でドイツ軍の爆弾が中庭に命中して破壊されてしまいました。現在の中庭は1949年に再建修復されたものです。


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中庭から美術館の入り口への階段があります。


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1935年、市立美術館がトリンチ宮に移転した時には、この階段がなく、美術館への入館には遠回りを余儀なくされていました。その不便を解消するために建築家チェーザレ・バッザーニ(ローマ、1873-1939)の設計によって、1937年に階段が追加されました。


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柱廊に遺跡からの発掘物などが置かれてます。


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柱廊の壁の紋章


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柱廊に置かれた展示物を見ます。


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展示物というよりも柱廊が単に置く場所になっている感じが無きにしも非ず。


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説明板がありません。


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発掘物の一時保管場所?


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見るべき価値なしでしょうか?


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階段を上って美術館に向かいます。


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館内に入ります。


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考古学部門から見ました。


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考古学部門は何処の博物館でもほぼ同じ展示です。


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展示物よりも部屋の壁に描かれたフレスコ画に興味があります。


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フレスコ装飾についての説明が一切ありません。


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古文書の展示です。


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この部分のフレスコ装飾も詳細不明です。


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トリンチ宮外壁のフレスコ装飾


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15世紀初め頃のトリンチ宮


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(つづく)

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