ベネデット・アンテーラミで有名なフィデンツァのドゥオーモです。


後陣と鐘楼を見ながらファサードの方に回ります。

フィデンツァのドゥオーモ、サン・ドンニーノ司教座教会 Cattedrale di San Donninoです。フィデンツァ司教区の司教座が置かれてます。

フィデンツァの聖ドンニーノ(パルマ、?-フィデンツァ、304)は、西ローマ帝国のマクシミアヌス皇帝の王室管理官を務めていましたが、禁教とされていたキリスト教に入信したことで、皇帝の怒りを買い、逃亡しました。ピアチェンツァ郊外で捕らえられ、フィデンツァ城壁外を流れるスティローネ川の川岸で斬首されました。

5世紀頃、小さな祈祷所は整備拡充され、初期キリスト教会となりましたが、ローマに向かう巡礼者が立ち寄る場所となり、建物が増築されました。

1117年に起きた地震によって建物が完全に崩落してしまいました。そのため、再建されることになり、地震直後に創建され、12世紀末または13世紀初頭に完成したロマネスク様式の建物が現在のものとなってます。

ファサードは、ベネデット・アンテーラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c-1230c)の設計によって12世紀に建設されましたが、未完成のまま現在に至ってます。

ファサードの彫刻が最大の見所です。ベネデット・アンテーラミと工房の弟子によって、1178年から1196年に彫刻が制作されたと言われてます。

聖ドンニーノの物語








ベネデット・アンテーラミの作品

ベネデット・アンテーラミの作品

身廊外壁


鐘楼




こちらにあるのは複製で、本物は付属美術館にあります。

ファサード側から中に入ります。

中に入りました。

三廊式、ラテン十字形、ロマネスク様式の内部です。

ベネデット・アンテーラミと工房による作品は中には少ない。

交差ヴォールト

右側廊

詳細不知

詳細不知

詳細不知

ジョヴァンニ・バッティスタ・タリアサッキ(ボルゴ・サン・ドンニーノ、1696-カステルボスコ、1737)の「聖アアンドレア・アヴェッリーノの死」(1731)




ファサードの裏

主祭壇

後陣のフレスコ画(13世紀)とアンテーラミ工房による彫刻(12世紀)

クリプタに下りました。

斬首された自分の首を持つ聖ドンニーノ

聖ドンニーノの聖遺物が入ってます。

クリプタ天井のフレスコ画(11世紀)

フランチェスコ・ルッキ(ボルゴ・サン・ドンニーノ、1585-1630)の「最後の晩餐」

アンドレア・マイナルディ通称イル・キアヴェギーノ(クレモナ、1550c-1617)の作品

磔刑像(15世紀)と聖母と聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ(17世紀)

フェルディナンド・ガッリ・ダ・ビビエーナ(ボローニャ、1657-1743)の作品


左側廊

ビアージョ・マルティーニ(パルマ、1761-1840)の「無原罪の聖母とサレスの聖フランチェスコと聖ルイージ・ゴンザーガ」

詳細不知

ステンダリオの聖母子


詳細不知

ジャコモ・ポナッツィ・デ・ピッツァマーリの「聖母子」(15世紀)


詳細不知



もう一度後陣を見ました。

外に出ます。

(この項 終わり)

カヴール通りを左折してジュゼッペ・コンフォルティ通りに入ると、直ぐにドゥオーモが見えます。

後陣と鐘楼を見ながらファサードの方に回ります。

フィデンツァのドゥオーモ、サン・ドンニーノ司教座教会 Cattedrale di San Donninoです。フィデンツァ司教区の司教座が置かれてます。

フィデンツァの聖ドンニーノ(パルマ、?-フィデンツァ、304)は、西ローマ帝国のマクシミアヌス皇帝の王室管理官を務めていましたが、禁教とされていたキリスト教に入信したことで、皇帝の怒りを買い、逃亡しました。ピアチェンツァ郊外で捕らえられ、フィデンツァ城壁外を流れるスティローネ川の川岸で斬首されました。
伝説に拠れば、聖ドンニーノは、斬首された自分の首を拾い、現在、ドゥオーモがある場所まで首を運んで置いたという奇跡が起きました。
聖ドンニーノの聖遺物を祀るために、フィデンツァの住民が小さな祈祷所を建てましたが、それが前身とされてます。

5世紀頃、小さな祈祷所は整備拡充され、初期キリスト教会となりましたが、ローマに向かう巡礼者が立ち寄る場所となり、建物が増築されました。

1117年に起きた地震によって建物が完全に崩落してしまいました。そのため、再建されることになり、地震直後に創建され、12世紀末または13世紀初頭に完成したロマネスク様式の建物が現在のものとなってます。

ファサードは、ベネデット・アンテーラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c-1230c)の設計によって12世紀に建設されましたが、未完成のまま現在に至ってます。

ファサードの彫刻が最大の見所です。ベネデット・アンテーラミと工房の弟子によって、1178年から1196年に彫刻が制作されたと言われてます。

聖ドンニーノの物語








ベネデット・アンテーラミの作品

ベネデット・アンテーラミの作品

身廊外壁


鐘楼




こちらにあるのは複製で、本物は付属美術館にあります。

ファサード側から中に入ります。

中に入りました。

三廊式、ラテン十字形、ロマネスク様式の内部です。

ベネデット・アンテーラミと工房による作品は中には少ない。

交差ヴォールト

右側廊

詳細不知

詳細不知

詳細不知

ジョヴァンニ・バッティスタ・タリアサッキ(ボルゴ・サン・ドンニーノ、1696-カステルボスコ、1737)の「聖アアンドレア・アヴェッリーノの死」(1731)




ファサードの裏

主祭壇

後陣のフレスコ画(13世紀)とアンテーラミ工房による彫刻(12世紀)

クリプタに下りました。

斬首された自分の首を持つ聖ドンニーノ

聖ドンニーノの聖遺物が入ってます。

クリプタ天井のフレスコ画(11世紀)
内陣に戻ります。

フランチェスコ・ルッキ(ボルゴ・サン・ドンニーノ、1585-1630)の「最後の晩餐」

アンドレア・マイナルディ通称イル・キアヴェギーノ(クレモナ、1550c-1617)の作品

磔刑像(15世紀)と聖母と聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ(17世紀)

フェルディナンド・ガッリ・ダ・ビビエーナ(ボローニャ、1657-1743)の作品


左側廊

ビアージョ・マルティーニ(パルマ、1761-1840)の「無原罪の聖母とサレスの聖フランチェスコと聖ルイージ・ゴンザーガ」

詳細不知

ステンダリオの聖母子


詳細不知

ジャコモ・ポナッツィ・デ・ピッツァマーリの「聖母子」(15世紀)


詳細不知



もう一度後陣を見ました。

外に出ます。

(この項 終わり)