イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:エミリア・ロマーニャ州 > ブリジゲッラ

引き続き、時計塔です。
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時計塔内部への入り口に向かいます。


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時計塔内部への入り口は、予想通り扉が閉まっていました。内部は通常一般非公開のようです。


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時計塔の下に行っても、近過ぎて却ってよく見えません。


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時計塔を取り囲む通路から絶景を楽しむのが最適と思いました。


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時計塔は鐘楼を兼ねていますが、鐘の音を聴いたことがありません。


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砦ならば、絶好の場所にあるので、その機能や目的が理解できますが、1850年に時計塔として、わざわざ再建された理由がよく分かりません。やはり、その目的は軍事的な監視機能だったと思うのですが・・・・・


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時計塔下の通路から見たマンフレディアーナ要塞とモンティチーノ聖域です。


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時計塔の影がスパーダ通りの建物に写ってます。


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サン・ミケーレ・アルカンジェロ参事会教会


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オッセルヴァンツァ教会と旧オッセルヴァンツァ修道院


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スッフラージョ教会


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ロバの道が通っている建物


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リメンブランツェ公園


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鉄道駅


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遥か遠くにサン・ジョヴァンニ・イン・オッタ―ヴォ教会の鐘楼が見えます。


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下に下ります。


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朝の良い散歩になりました。


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もう年なので、再び時計塔に来ることはあるまいと思いました。


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上ったところで、たいして意味がありません。ブリジゲッラに来たならば、3つの山に登る、という自己満足でしかありません。


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右に行けば要塞に行けます。


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下りは流石に上りよりも楽でした。


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振り返って時計塔を見ました。


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要塞を若干見上げるようになりました。


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民家の横に来ました。


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次はロバの道です。


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Via delle Torreのアーチの壁にある、これは何でしょうか?


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ここからロバの道に入ります。この入り口の写真を撮るために、わざわざ一旦マルコーニ通りに出ました。


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Antica Via "degli Asini" o "del Borgo"です。


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ロバの道は、マルコーニ広場に面した建物の中にある高架道路です。


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ブリジゲッラの村を防衛するために、14世紀に築かれ防御壁沿いに設けられた巡回道路が前身です。


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1467年、ブリジゲッラを訪れたウルビーノ公フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ(グッビオ、1422-フェッラーラ、1482)によって、防衛上の理由から、防御壁と共に道路が建物内に組み込まれました。


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道の両端の階段を塞いでしまえば、堅固の要塞に直ぐに変身することが出来たのです。


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また、平時には、ブリジゲッラの主要産物である石膏を採石場から運ぶ道路として使用され、車を引いたロバが行き来することから、ロバの道と呼ばれました。


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写真左にはロバの厩舎がありました。


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旧ロバの厩舎は民家となってます。


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ロバ飼いは、ロバの道の上階に住んでいたそうです。


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ロバの道の出口近くです。


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ロバ車が置かれていた場所


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要塞と時計塔に行ける階段


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外に出ます。


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通りに出ました。


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これでブリジゲッラの主な見所は全部見たようです。


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お腹が空きました。


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ホテルの朝食が遅くて困りました。


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ホテルの朝食まで、未だ20分ほどありました。


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空きっ腹で暫し時間潰しです。


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旧ロザリオ教会


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スッフラージョ教会


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サン・ミケーレ・アルカンジェロ参事会教会の後陣


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朝食を済ませて、チェックアウトしてから駅に向かいました。


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列車を待つ乗客は、私を除いてわずか一人でした。


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次の目的地フィレンツェに向かいました。
(おわり)

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翌朝です。


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ホテルの朝食開始が午前9時なので、朝食前の散歩として時計塔に上ることにしました。


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昨夜は未明まで騒々しかったが、朝になると広場が綺麗に清掃されていたので驚きました。


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サン・ミケーレ・アルカンジェロ参事会教会を通り過ぎました。扉は未だ開いてません。


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何度も往復して、最早お馴染みとなったVia Porta Fiorentinaです。


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Fontana Vecchiaの水が止まっていました。夜から朝までは水の節約のようです。


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突き当りのオステリア前を右折します。


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町の目抜き通りVia Nardiです。


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日曜日の朝なので、市庁舎には誰もいません。


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写真右を右折すればVia Recuperatiで、前夜夕食を楽しんだレストランがあります。


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美味で、価格がリーズナブルで、心地よいサービスと共に大いに楽しんだ夕食でした。


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ロバの道が続く建物手前の、市庁舎横を左折します。


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トッレ通りです。


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要塞にも行けるし、時計塔にも行けます。


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建物の下のアーチを潜ります。


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アーチの途中に祈りの場が設けられてます。


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祈りの場の、新しそうな「聖母子」


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Via del Trebbio


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階段を上ります。


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道はロッカに向かう道と時計塔に向かう道の2つに分かれ、時計塔に上る道を上ります。


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民家横の階段を上ります。


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徐々に視界が開けてきました。


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マンフレディアーナ要塞がはっきりと見えてきました。


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天気が良くてラッキー!!


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サン・ミケーレ・アルカンジェロ参事会教会です。


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オッセルヴァンツァ教会の鐘楼が見えてます。


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モンティチーノ聖域も写ってます。


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サン・フランチェスコ教会も写ってます。


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スッフラージョ教会です。


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要塞とほぼ同じ高さになりました。


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少し霞がかかってます。


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時計塔の下に来ました。


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遠くにサン・ジョヴァンニ・イン・オッタ―ヴォ教区教会の鐘楼が微かに写ってます。


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泊っているホテルの屋根が写ってます。


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オッセルヴァンツァ教会と旧修道院も写ってます。


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カメラの望遠機能を使わないと要塞と離れていることが分かります。


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時計塔に上ってきました。


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ロバの道がある建物が眼下に並んでます。


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まだ少し上る必要があります。程よい20℃くらいの気温だったので、汗ばむくらいで来ることが出来ました。


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ファエンツァとイーモラの傭兵隊長で、フォルリと対決することが多かったマギナルド・パガーニ・ダ・スジナーナ(パラッツォ―ロ・スル・セーニオ、1250-マッラーディ、1302)が1290年に建てた砦が前身です。
この砦は、マンフレディアーナ要塞と共に1500年までブリジゲッラとファエンツァの防衛上の拠点でした。


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その後、砦は数回破損して、その機能を失いました。
1850年、砦の廃墟の一部を利用して時計塔が建設されました。


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この時、時計は故障中でした。


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(つづく)

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引き続きオッセルヴァンツァ教会です。


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詳細不明


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右側壁の礼拝堂


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詳細不知


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詳細不知


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16世紀のフレスコ画


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詳細不知


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詳細不知


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主祭壇をもう一度見ました。


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左側壁の礼拝堂


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主祭壇前から見た出入口方向


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外に出ました。マルコ・パルメッツァーノ、イル・バニャカヴァッロの作品が印象に残りました。


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古そうな建物です。


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16世紀から17世紀に建設されました。


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次はトー教区教会です。


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サン・ジョヴァンニ・イン・オッタ―ヴォ教区教会、別称トー教区教会です。
大変古い歴史がある教会で、ローマ皇帝テオドシウス1世(347-195)の娘ガッラ・プラチーディア(コンスタンティノポリス、392-ローマ、450)が5世紀前半に、この場所に建てたGiove Ammoneに捧げた神殿を利用して、9世紀に建設されたロマネスク様式の教会です。


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創建後、数度の修復を経て現在の姿になりました。高さ21mの鐘楼です。
残念ながら扉が閉まっていました。


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教会の周囲は緑一杯です。


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折角来たのだから、と思ってブラブラ歩きをしました。


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FSの線路を潜ります。


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建物の案内板にCopafと書いてあるのですが、意味が分かりません。


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農家があるだけで見どころが無さそうです。元に戻ります。


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列車が通過していきました。


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あちこち歩き過ぎで、流石に疲れてきました。


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ホテルに戻ります。


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大半の観光客が立ち去ったようで、静かでした。


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町のあちこちから見える時計塔


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遠くからバイクの音が聞こえてきました。


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Palazzo Legaです。


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すっかり夕方になりました。


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かなりの台数と思えるバイクの音が大きく聞こえました。


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バイクの音が急に止みました。


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見慣れてきたサン・ミケーレ・アルカンジェロ参事会教会


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要塞が見えます。


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広場で催し物が行われるようです。


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先ほどのバイクの音はこれだったのです。


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再びバイクの音が聞こえてきました。


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結論を言えば、バイクの連中のバカ騒ぎと大音響の演奏が深夜まで続き、大変な夜を過ごすことになりました。


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ホテルに戻りました。
(つづく)

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サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会、またはオッセルヴァンツァ教会とも呼ばれてますが、地元では専らオッセルヴァンツァ教会が採用されてます。


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サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会、またはオッセルヴァンツァ教会です。


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1518年、第217代教皇レオ10世(フィレンツェ、1475-ローマ、1521 在位:1513-1521)によって認可された小さき兄弟たちの秩序(フランチェスコ会の一派)がその本拠地として1518年から1525年に建設した修道院と教会です。
1525年に奉献式が執り行われました。


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17世紀に改造され現在の姿になりました。
修道院は既に閉鎖されて、教会だけがその機能を維持してます。


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1520年に建設された鐘楼は17世紀に改造され現在の姿になりました。


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教会と修道院は鉄柵と塀に囲まれてます。


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毎日開く教会です。


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ファサードに柱廊が設けられてます。


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説明板


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柱廊にあるテラコッタ「ピエタと聖フランチェスコ」(1893)


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ジュゼッペ・ロセッティ通称イル・ムティーノ(ブリジゲッラ、1864-1939)の作品です。


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柱廊にある出入口上ルネッタにもテラコッタ彫刻があります。


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「聖母被昇天」(1893)


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「聖母被昇天」もジュゼッペ・ロセッティの作品です。


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中に入りました。


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単廊式、ルネサンス様式の内部です。


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翼廊がありません。


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装飾がない天井です。


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身廊通路


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主祭壇


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後陣の装飾(詳細不知)


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何といっても主祭壇画が最大の見所です。


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マルコ・パルメッツァーノ(フォルリ、1460-1539)の「オッセルヴァンツァの祭壇画」(1520)
裾絵の一部が失われてます。


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玉座の聖母子と3天使と4聖人


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父なる神


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プレデッラは受胎告知だけ残ってます。


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ジュゼッペ・ウゴニア(ファエンツァ、1881-ブリジゲッラ、1944)の「ピエタ」


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ジローラモ・マルケージ通称イル・バニャカヴァッロ別称ジローラモ・ダ・コティニョーラ(コティニョーラ、1471-バニャカヴァッロ、1550)の「最後の晩餐」


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詳細不知


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詳細不知


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(つづく)

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第3の山から道を下ります。


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道は要塞がある第2の山近くを進みます。


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要塞の下を進みます。


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道は下りになりました。


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道の途中でサン・ミケーレ・アルカンジェロ参事会教会が見えました。


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直ぐにスッフラージョ教会も見えてきました。


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この時は、未だ時計塔に上るつもりでした。


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しかし、時計塔までは更に降りてから、また上ることになります。


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中心街に近付いてきました。


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時計塔はやはり遠い!
かなり疲れていることが分かったので、時計塔に行くのは翌日に延期することにしました。


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時計塔の他に、未だ行かねばならぬ場所が2つありますから。


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旧サンタ・クローチェ教会の後陣です。


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トイレ休憩のため、一旦ホテルに戻ることにしました。バールに行くよりもホテルに戻った方が近いからです。


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右折します。


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近道のVia de Abbondanzaを通りました。


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ホテルがあるローマ通りに戻りました。


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再度、外に出ました。時計塔が見えました。


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Via Porta Fiorentinaです。次は市立絵画館です。


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Museo Civico ”Giuseppe Ugonia"とあるので、市立絵画館の展示はジュゼッペ・ウゴニアの作品が中心となるものの、中世の絵画や彫刻も展示されているだろうと期待していました。


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15世紀に造られたFontana Vecchiaを通り過ぎます。


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オステリアの前を通り過ぎます。


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右折してナルディ通りに入りました。


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半円の窓が並ぶ建物の中はロバの道が通ってます。


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夕方になって、地元の人たちが出てきました。


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宿泊設備が限られ、それに泊まるほどの見所がないとの判断なのか、日帰り観光客の多くは既にブリジゲッラを去ったようです。


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Museo Civico ”Giuseppe Ugonia"は開館してました。


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入館しました。


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展示されているのは、ジュゼッペ・ウゴニアの作品だけでした。


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中世の絵画彫刻を期待していたので、拍子抜けでした。


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ジュゼッペ・ウゴニア(ファエンツァ、1881-ブリジゲッラ、1944)は、リトグラフを得意にした画家です。


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入館者は私一人でした。
係員は、いいカモが来たと思ったのか、熱心に説明するので参りました。興味があまりないので、フンフンと適当に頷いていただけでしたが、それを誤解されました。日本から来た熱烈なウゴニアファンとされたようです。


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隣の観光案内所に立ち寄って、色々な資料を頂戴しました。


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リトグラフは名画の複製用と思っていましたが、ジュゼッペ・ウゴニアの作品は私の先入観を覆しました。


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道路に妙なものを発見!


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ハート形のこれです。各袋の中に蝋燭があります。


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先ほど行って来たモンティチーノ聖域が見えました。


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次はサンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会です。


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夕食の予約をしました。小さな町村に行くと、夕食に困ったことが何回もあります。


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サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会は駅の先になります。


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ローマ通りから駅に向かいました。


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駅前を通り過ぎました。


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駅を越えた、旧市街の反対側は緑一杯です。


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写真左にサンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会があります。
(つづく)

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モンティチーノ聖域の参道を上ります。


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参道の左右に祠があります。


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聖域のファサードまで15の祠があり、各祠に聖母の生涯、キリストの生涯の浮彫(多分金属製)があります。
制作者や制作された時期等の詳細が分かりません。
「受胎告知」


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「ご訪問」


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ブリジゲッラの町を見下ろす3つの山があり、それぞれの頂上に時計塔、要塞、聖域があります。モンティチーノ聖域は第3の山にあるので、目立ちます。そのため、聖域に訪れる観光客がかなりいます。残念ながら、聖域は美術的な見所は殆どありません。私がここに来たのは、ブリジゲッラに来たからには聖域に行かないと格好がつかないという、単なる自己満足からです。


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「羊飼いの礼拝」


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「聖母の浄化」


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「博士たちとの問答」


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「園の祈り」


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参道途中にある十字架


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「キリストの鞭打ち」


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「荊刑のキリスト」


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聖域の歴史に関する説明板があります。


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「カルヴァリオへの上り」


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「磔刑」


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「キリストの復活」


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聖域の後陣がその姿を現しました。


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「キリストの昇天」


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レンガ積みの後陣です。


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「聖霊降臨」


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「聖母被昇天」


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「聖母戴冠」


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ベアータ・ヴェルジネ・デル・モンティチーノ聖域 Santuario della Beata Vergine del Monticinoです。


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1626年、ボンファンテ門(現存しません)近くにテラコッタ製の聖母子像が置かれましたが、直ぐに信仰を集め、聖母子像が置かれた場所が巡礼地となりました。


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この付近に門があったとされてます。


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1662年、テラコッタ製の聖母子像を収めた礼拝堂が第3の山の頂上に建てられましたが、その礼拝堂が聖域の前身です。


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現在、その聖母子像は聖域の主祭壇に組み入れられてます。


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1758年、礼拝堂は取り壊され、現在の建物の元となる建物に置き換えられました。
1926年、建築家エドアルド・コッラマリーニ(ボローニャ、1863-1928)によって、現在の姿に改造されました。その際、ファサードはサヴィーノ・レーガ枢機卿(ファエンツァ、1860-1889)によって寄進されました。


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扉が閉まってますが、開錠されているので、拝観することが出来ます。扉が閉まっているので、中に入らず、そのまま立ち去る人がかなりいます。


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中に入りました。


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単廊式、ラテン十字形、新古典様式の内部です。


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4本のコリント式の柱が目立ちます。


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地味な天井


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後陣のフレスコ画は、サヴィーノ・レーガ(ファエンツァ、1813-1889)によって、1850年から1853年に制作されました。


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主祭壇です。


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主祭壇のテラコッタの聖母子(写真再掲)です。


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一見、主祭壇後方に置かれた彫刻のように見えますが・・・・・


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よく見たら、彫刻のように見えるように描かれた騙し絵のフレスコ画です。


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後陣のフレスコ画以外、祭壇画等の作品帰属、詳細が私には全く分かりません。


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主祭壇前から見た出入口方向


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外に出て、聖堂横の階段を下りました。


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階段下の道路に出ると、視界が開けて絶景が楽しめました。


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(つづく)

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暑かったので、急坂を上っているうちに汗だらけになってしまいました。


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やがて視界が開けて眼上に要塞が見えてきました。


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あと少し上る必要があります。木陰の中を歩くのが僅かな救いでした。年々暑さに弱くなってます。


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今、上って来た道です。


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山道から、一旦、ジョヴァンニ・パスコリ通りに出てから右折します。


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Roccaの入り口下に建物があります。


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扉が開いてました。以前、来た時には閉まっていたと思います。


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この建物の存在を全く覚えていませんでした。中に入ってみることに。


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石灰岩の採石と関係がありそうです。


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採石に使用された器械?


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熱心に見学してカップルがいました。


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要塞周囲に採石場があったようです。


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Museoの表示なし


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窓は素通しです。


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外に出て要塞に向かいます。


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小屋の横に要塞に向かう階段があります。


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Rocca Manfrediana o Rocca dei Venezianiと呼ばれてます。


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要塞の名称は、建設された経緯に由来します。
ファエンツァとイーモラの領主フランチェスコ・マンフレディ(?、1260c-ファエンツァ、1343)によって1310年に建設された要塞です。
1500年から1503年にかけて、チェーザレ・ボルジア(1475-1507)によって所有されました。
ブリジゲッラは、1503年から1509年までヴェネツィア共和国の支配下に入りましたが、その間、要塞は拡大整備されました。


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現在の外観はヴェネツィア共和国によって拡大整備された後のものです。


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要塞の門です。


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要塞の説明板が入り口横にあります。


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ヴェネツィア共和国によって建設された2本の塔です。


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2本の塔の間にある扉が閉まっていて、要塞本体の中に入ることが出来ませんでした。


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短いヴェネツィア共和国支配の後、ブリジゲッラは教皇領に組み入れられました。ナポレオンのイタリア侵攻まで、教皇領が続きました。


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16世紀末、二本の塔の上部に屋根が設けられました。


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要塞の周囲を歩いても、高い壁と塔が見えるだけで見所は殆どありません。


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楽しむべきは、要塞からの眺望でしょう。


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遮るものが何もありません。


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澄み切った青空ならば絶好です。しかし、これだけ見えれば贅沢は言うべきではないでしょう。


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サン・ミケーレ・アルカンジェロ参事会教会


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オッセルヴァンツァ教会


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モンティチーノ聖域


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時計塔


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旧サンタ・クローチェ教会とサン・フランチェスコ教会修道院


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涼しい風が吹き抜けて、身体が休まりました。


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出口に向かいます。


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ここに入るのは無料です。


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次はモンティチーノ聖域です。


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道路標識が完備されているので、迷うことはありません。


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山を一旦下り、別の山を上ります。


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モンティチーノ聖域の簡素な入り口門です。


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門の前から要塞が見えます。


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(つづく)

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サンタ・クローチェ教会の一部が見えてます。


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Via delle VolteとVia Abbondanzaが合流するところにサンタ・クローチェ教会の後陣があります。


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サンタ・クローチェ教会のファサードは、ここよりも一段高い道路に面してます。


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後陣横に階段があって、ファサードがある道路に行くことが出来ますが、階段が工事中で通行止めになっていました。


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Via delle Volteの先は緑深い道になってます。


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上の道に行く階段が使用不可なので、Via delle Volteを戻り、一旦噴水がある場所に向かいました。


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柱廊がある建物


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サン・ミケーレ・アルカンジェロ参事会教会が見えました。


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Fontana Vecchiaを通り過ぎます。


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Via Porta Fiorentinaの突き当りにあるOsteria della Fonteはお手頃です。


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市庁舎越しに時計塔が見えました。


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上の道スパーダ通りから、一旦ポルタ・ボンファンテ通りに入ります。突き当りにサン・フランチェスコ教会があります。


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サン・フランチェスコ教会です。


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14世紀に建設されたサン・ジローラモ教会がありましたが、やがてフランチェスコ会修道士が定住するようになり、15世紀にサン・フランチェスコ修道院を建設するとともに、教会名称をサン・フランチェスコ教会に改称しました。


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現在の建物は、18世紀に再建されたものです。


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こちらはサン・フランチェスコ修道院だった建物です。


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教会は現役ですが、修道院は閉鎖されました。


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詳細不知の「磔刑像」


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次はサンタ・クローチェ教会です。


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サンタ・クローチェ教会のファサードです。後陣は既に見ました。


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15世紀に建設されたオラトリオが前身です。現在の建物は16世紀にオラトリオを取り壊し、その上に建設されたものです。


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宗教活動を停止した旧教会です。


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建物は展示会などに使用されてます。


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旧サンタ・クローチェ教会のファサード前から市庁舎に向かって少し進むと、野外劇場があります。


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Teatro all' aperto di Via Spadaです。


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野外劇場の舞台です。


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野外劇場から見た時計塔


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野外劇場から見た旧サンタ・クローチェ教会


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野外劇場から見たサン・フランチェスコ教会


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次は城塞です。


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坂道を上って要塞がある山に向かいます。


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上って来た坂道


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曇ってきました。


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坂道の所々で立ち止まって、町の景観を楽しみました。


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スッフラージョ教会の鐘楼


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サン・ミケーレ・アルカンジェロ参事会教会


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旧サンタ・クローチェ教会


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写真中央、山の中腹に温泉があります。


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(つづく)

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小さな町の中心地に入ります。


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建物の先に時計塔が見えます。


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19世紀に建設されたPalazzo dell' ex Preturaです。Preturaとは、法務官裁判所とか、治安判事と言う意味です。
この建物にMuseo Civico ”Giuseppe Ugonia"、観光案内所などがあります。この時間は昼休み中です。


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Palazzo dell' ex PreturaにもAntica Via "degli Asini"が通ってます。


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Antica Via "degli Asini"です。
ロバの道については、後で触れますが、町の防衛上の理由から建物の中に通された、非常にユニークな通りです。
ブリジゲッラの特産物は石膏で、石膏で栄えました。石膏の採石場からロバで石膏を運びましたが、その貴重な石膏運搬を敵対者からの妨害なしに行うため、道路を建物に組み込んで通された道がロバの道です。
写真左側にロバの厩舎にすることが多く、写真右側は採光のために開けられてます。


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Via 24 Maggio方向です。


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先ほど通過したスッフラージョ教会の鐘楼が見えます。


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Via Nardi方向ですが、こちらの方に後で行くことにしました。


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Piazza Porta Gaboloです。


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門の名称はPorta Gaboloと思いきや、Porta delle Dameです。


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門はロバの道の入り口になってます。


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この門から時計塔に上ることが出来ます。


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Via 24 Maggioは町の北にあります。


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道を少し進めば緑地に出ます。


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緑地となっている小さな公園に置かれた、ブリジゲッラとドイツ、ヘッセンのツヴィンゲンベルクとの姉妹都市の碑があります。
写真左がブリジゲッラの、右がツヴィンゲンベルクの紋章です。


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こちらの先にテルメ(ブリジゲッラ温泉)があります。ブリジゲッラは温泉でも有名です。


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フォッサ通りの左側の建物は、ミケーレ・レーガ枢機卿によって19世紀末に建設されたPalazzo Legaです。


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Via Belle Artiに戻りました。


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Palazzo Comunale方向に進みます。


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山上にあるSantuario del Monticinoが見えました。


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要塞の塔が見えます。
ブリジゲッラ観光は、3つの山上にある、時計塔、要塞、聖域教会とロバの道に尽きると思います。


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Via Nardiを市庁舎方向に進みます。


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写真右の建物にロバの道が続いてます。


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旗が掲げられている建物がPalazzo Comunaleです。


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1824年から1828年に建設された新古典様式のPalazzo Maghinardoです。現市庁舎です。


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Palazzo Comunaleの横にある市立劇場とロバの道の入り口です。


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Via Nardiを更に進みます。


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写真右上に野外劇場があります。


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野外劇場


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レクペラティ通りにある、このレストランで、この日の夕食を食べました。


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スパーダ通りになります。


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スパーダ通りから振り返ってPalazzo Comunaleを見ました。


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この日は、動画をかなり撮ったので、SDHCカードの容量残が少ないことが分かったので、予備のカード補充のためにホテルに一旦戻ることにしました。


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Via delle Volteの入り口にFontanaがあります。


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15世紀に造られたFontana Vecchiaです。


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サン・ミケーレ・アルカンジェロ参事会教会がある広場に入ります。


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広場ですが、広場と認められていないのか、名前がありません。


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ホテルがあるローマ通りです。


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ホテルに戻りました。


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再び町歩きに出発しました。


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町の中心に泊まると何かと便利です。


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時計塔が時々見える所がブリジゲッラの良さでしょう。


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Via de Abbondanzaの先に教会があります。


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教会は開いていないと思いながらも行ってみることにしました。
(つづく)

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サン・ミケーレ・アルカンジェロ参事会教区教会です。ファサードが工事中でした。


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ロッカ近くにサン・ミケーレ・アルカンジェロ教会の存在が1301年の文書に初めて記載されました。
17世紀初め、山上のロッカ近くの教会に行くのは大変で不便ということで、町の中心の行き易い場所に教会の移転が考えられました。そうして、1659年から1697年にかけて建設されたのが、現在の姿の原形です。


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ファサード工事後の写真です。


2
1781年の地震によって大きな被害を受け、1785年までに大修復工事が行われました。現在の教会の姿は、1785年の工事完了時のものです。


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ファサード工事の具体的なことは不明です。


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右翼廊外観です。


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ロッカから見下ろした教会です。


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入口にある、ガエターノ・チコニャーニ枢機卿(ブリジゲッラ、1881-ローマ、1962)の紋章です。


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教会内に入りました。


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三廊式、ラテン十字形、マニエリスム様式の内部です。


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美術的に見逃せない作品が数点あります。


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クーポラ


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殆ど装飾がありません。


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先ずは中央礼拝堂から。


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主祭壇


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地味な後陣


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主祭壇画にビックリです。
「どうしてここにあるのか」と自問自答しながら、じっくりと鑑賞。出来は良いものの筆使い、色彩がイマイチです。
種明かしをすれば、グイド・レーニ工房作「グイド・レーニ作『大天使聖ミケーレ』のコピー画」(17世紀前半)です。工房にいた弟子が親方を真似て制作したのでしょう。
グイド・レーニのオリジナルは、ローマのサンタ・マリア・イマコラータ教会、別称骸骨寺にあります。


4
ご参考までにグイド・レーニの作品写真を載せておきます。
グイド・レーニ(ボローニャ、1575-1642)の「大天使聖ミケーレ」(1635)


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主祭壇の磔刑像(19世紀)


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ファサード裏にあるオルガン


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左翼廊の礼拝堂


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Mingarelli di Scuola Toscanaに帰属する「グラツィエの聖母」(1410)


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次の礼拝堂


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詳細不知のピエタと嘆き


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詳細不知のフレスコ画


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かなり新しいフレスコ画と思います。


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制作者情報不知の「聖ジュゼッペ」


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詳細不知


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左後陣の礼拝堂です。


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マルコ・パルメッツァーノ(フォルリ、1460-1539)の「マギの礼拝の祭壇画」(1514)


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上部の博士たちとの問答


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下部のマギの礼拝


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左後陣礼拝堂天井


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ベルナルディーノ・ダ・トッシニャーノ(ボルゴ・トッシニャーノ、1515-1520消息)の「受胎告知」(1530)


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マルコ・パルメッツァーノ(フォルリ、1460-1539)の「キリスト教会博士たちとの問答」(1520c)


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後陣右礼拝堂


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詳細不知


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詳細不知

ここにきて、グエルチーノの祭壇画が見当たらないことに気付きました。ガックリです。


3
ジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ通称グエルチーノ(チェント、1591-ボローニャ、1666)の作品(1618)


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聖体容器


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詳細不知


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主祭壇前から見た出入口方向


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外に出ました。
(つづく)

ブリジゲッラは、人口7,426人(2019年5月31日現在)のエミリア・ロマーニャ州ラヴェンナ県にあるコムーネです。イタリアの最も美しい村にリストアップされてます。
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ファエンツァとフィレンツェを結ぶ鉄道支線に乗車すれば、簡単にブリジゲッラに行くことが出来ます。この日は、ファエンツァ駅からフィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ行普通列車に乗りました。


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ファエンツァ駅からブリジゲッラ駅間に駅が数駅あるようですが、フィレンツェ行きに乗車すれば、次の停車駅がブリジゲッラになります。昼過ぎの到着でした。


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乗降客は何時も少なく、列車が行ってしまうと乗客は誰もいなくなります。無人駅です。


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ブリジゲッラ駅の駅舎です。
先ず、この日のお宿に向かいます。ブリジゲッラは、見所が豊富で、中でも高所にある三か所に行き来するには山を上ったり下りたりする必要があるので、日帰りでは時間が足りないと思われ、1泊することをお勧めします。


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駅を出て、右手に行けば、直ぐにウゴニア公園があります。


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ウゴニア公園沿いのViale Alcide de Gasperiを進みます。


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ウゴニア公園を横断します。


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季節は、6月下旬、夏でした。


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公園からジュゼッペ・ウゴニア通りに入りました。


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この日のお宿はローマ通りにあります。


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ローマ通りです。写真左手前の建物が、この日のお宿です。


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この日のお宿、Modus Vivendiです。ブリジゲッラの宿泊設備の選択肢は少ないと思います。


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チェックインを済ませ、早速町歩きに出発しました。


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Piazza Giosue Carducciです。
ファサードが修復工事中の教会は、サン・ミケーレ・アルカンジェロ参事会教会で、ブリジゲッラの教区教会になります。
この後、直ぐに拝観しましたが、教区教会については(その2)で纏めて触れることにします。


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Piazza Giosue Carducciから見たローマ通りです。


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Piazza Giosue CarducciからVia Porta Fiorentina方向を臨む。


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Piazza Giosue CarducciからVia Abbondanza方向を臨む。


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サン・ミケーレ・アルカンジェロ参事会教会から見たPiazza Giosue Carducciです。


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サン・ミケーレ・アルカンジェロ参事会教会の後陣です。


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参事会教会の後陣横を通り過ぎます。


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フォッサ通りです。


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次を左折すると、ブリジゲッラ最古のVia Antica degli Asini Borgoに出ます。


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写真右の建物は、驚くなかれ映画館です。


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18世紀の建物を映画館に改造したようですが、営業しているのか分かりません。


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教会らしい建物がありました。


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外観は明らかに教会の後陣です。旧教会の建物と思いますが、教会の名称が分かりません。


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写真右奥の建物は、ミケーレ・レーガ枢機卿(1860-1935)によって、19世紀末に建設されたPalazzo Legaです。


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フォッサ通りの左手にスッフラージョ教会があります。写真左手前は旧ロザリオ教会の建物です。


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ブリジゲッラから出征した戦死者の遺骨が納められている教会です。


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私が行くと、何時も扉が閉まってます。


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遠くに時計塔が見えます。ブリジゲッラに来たならば、時計塔は行かねばならぬ場所の一つです。


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写真左の建物は旧ロザリオ教会です。


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このように2つの教会が接近して存在していたことに驚きを禁じえません。


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1929年に閉鎖されました。


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ファサード前の道が狭いので、ロザリオ教会ファサードの写真を撮るのが難しかった。


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旧ロザリオ教会の入り口扉


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Piazzetta Suffragioから見たスッフラージョ教会です。写真右奥の建物が旧ロザリオ教会です。


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Piazzetta Suffragioです。


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スッフラージョ教会を通り過ぎれば、直ぐにこの建物前に来ます。ここは、所謂「ロバの道」の入り口になります。「ロバの道」については、後程触れることにします。


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マルコーニ広場です。


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マルコーニ広場から見たスッフラージョ教会です。


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(つづく)

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