イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:エミリア・ロマーニャ州 > チェゼーナ

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日曜朝のポポロ広場は静寂に包まれていました。
前日は、青空市のため、ポポロ広場全体の写真を撮れなかったが快晴でした。この日は、今にも雨が降り出しそうな悪天でしたが、広場全体の写真を撮れました。


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ポポロ広場に面して建つサンティ・アンナ・エ・ジョアッキーノ教会です。


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建築家ジャコモ・サッシ・ファッブリによって1663年に建設された教会です。中にクリストフォロ・セッラ(チェゼーナ、1600-1689)の祭壇画、フレスコ画があるようです。
観光案内所に事前リクエストをすれば、中に入ることが出来るようです。


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次はマラテスティアーナ要塞です。


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写真左にマラテスティアーナ要塞に通じる門があります。


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要塞への門が開いてました。


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現在の要塞は三代目です。


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門前から見たポポロ広場です。


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要塞への坂道を上り始めました。


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現在の要塞の西方にサヴィオ川が流れてますが、現在の要塞よりも西側にローマ時代後期に建設された”Castrum Romanum"がありましたが、その遺跡の上に”Rocca Antica"と呼ばれる最初の要塞が建設されました。


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”Rocca Antica"は、1000年頃のサヴィオ川の洪水によって起きた崖崩れで破壊されてしまいました。その後、”Rocca Antica”よりもサヴィオ川の稍々下流の丘に二番目の要塞”Rocca Vecchia"が建設されました。二番目の要塞にフェデリーコ・バルバロッサ(1122-1190)が暫く留まった記録が残されてます。


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要塞の城壁です。
二番目の要塞”Rocca Vecchia"は、1377年、ロベルト・ダ・ジネブラ枢機卿(後の対立教皇クレメンテ7世)が率いたブルトン軍(ブルターニュ地方)によって破壊されました。


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丘を上ってきました。


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現在の三代目のマラテスティアーナ要塞は、この地を支配していたマラテスタ家のガレオット1世・マラテスタ(リミニ、1300c-チェゼーナ、1385)が、1377年に破壊された”Rocca Vecchia"を基に、改装整備工事を1380年に開始し、ガレオット1世の死後、子孫に引き継がれ1477年に完成しました。


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チェーザレ・ボルジアに仕えていたレオナルド・ダ・ヴィンチが、1502年から1503年にかけて対大砲防御工事を行ったことでも知られてます。


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写真左に要塞の本丸?への入り口があります。


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要塞本丸と中庭に通じる門です。


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中庭に入りました。


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要塞の本丸?です。


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中に入ることが出来ますが、この時期は休館でした。


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夏季には中庭でコンサートなどが行われます。


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日曜朝にここに来た物好きは私一人でした。


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人の気配が全くありません。


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何もないので、中庭から外に出ました。


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要塞から下る道の途中で、サンタゴスティーノ教会の鐘楼が見えました。


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要塞を見上げる位置まで道を下ってきました。


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この頃は未だ足腰が丈夫でした。


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広場に下りてきました。


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この旅の前回、ここに泊まりました。観光するには絶好の場所にあります。メリットはそれだけ?


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お馴染みとなったポポロ広場です。


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空き過ぎも拍子抜けします。


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元々、Palazzo Albornozと呼ばれていた市庁舎です。


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14世紀半ば、スペイン出身のエジーディオ・アルボルノス枢機卿(スペイン、1310-ヴィテルボ、1367)によって建設されたので、Palazzo Albornozと呼ばれたのです。


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写真左の広場に進みました。


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アメンドーラ広場です。


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次はサンタゴスティーノ教会です。


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道の突き当りがサンタゴスティーノ教会です。日曜朝のミサがあるので、扉が開くと淡い期待を抱いていました。


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1252年、フランチェスコ会によって建設された修道院が前身です。その後、教会が併設されました。


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1457年、マラテスタ・ノヴェッロの妻ヴィオランテ・ダ・モンテフェルトロは、フランチェスコ会修道士にオッセルヴァンツァ教会を与え移住させ、アゴスティーノ会にこの場所にあった修道院教会に与えたのです。


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残念、サンタゴスティーノ教会は閉まっていました。


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譲渡を受けたアゴスティーノ会は、アゴスティーノ修道院教会と改称すると共に、1520年に改修工事を行いました。


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現在の姿は、1748年から1777年に再建されたものです。


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サンタゴスティーノ教会の鐘楼


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開く教会は限られてます。教会巡りは効率が悪いと思います。


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人通りがありません。


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次はサント・スピリト教会です。


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1694年から1695年に建設されたサント・スピリト教会です。


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現在の教会の後陣後方にあった、14世紀に建設された修道院が前身です。
ナポレオンの抑圧令によって閉鎖され、その後、宗教活動が再開されたことがない旧教会です。


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歴史的建造物です。


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修道院だった建物です。


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これで見たいものは大体見たようです。


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美術品が多いので、チェゼーナは私にとっては珠玉の街です。


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雨が強くなってきました。


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次の目的地ボローニャに向かいました。


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(おわり)

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道路を挟んで、サンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会の向かいに劇場があります。


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チェゼーナ市立アレッサンドロ・ボンチ劇場です。
とうとう雨が降ってきました。


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1843年から1846年に建設されました。
市立劇場の名称はチェゼーナ生まれの名テノール歌手アレッサンドロ・ボンチ(チェゼーナ、1870-ヴィセルバ・ディ・リミニ、1940)に因んでます。


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ドゥオーモの方に向かいました。


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エミリア街道は、この辺ではガリバルディ通りと呼ばれてます。


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雨が急に強くなったので、ポルティコを歩きます。


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昼食を食べるまで快晴だったので、油断して傘を持っていませんでした。


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雨が小降りになったので、エミリア街道を歩きました。


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程なくドゥオーモの鐘楼と後陣が姿を現します。


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エミリア街道に築かれた街中でエミリア街道と呼ばれることは稀のようです。


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ドゥオーモのファサード前にあるジョヴァンニ・パオロ2世広場です。


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幸いにも雨が止んでくれました。


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ドゥオーモの中を覗いたら、土曜の夕べのミサの真っ最中でした。


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雨が何時強くなってもおかしくないので、ホテルに戻ることにしました。


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城壁外に向かうCorso Sozziです。


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かなり薄暗くなってきました。


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城壁と城門の代わりに建てられたBarriera Cavourが見えてます。


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この日は、これで終わりです。
友人との夕食のどんちゃん騒ぎがありますが、写真がありません。


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翌朝です。日曜日の朝なので、バスターミナルにはバスが一台もなかった。


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雨が落ちていませんでしたが、今にも泣き出しそうな曇天です。


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低い城壁です。


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車が走らず、人通りが殆どありません。


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日曜朝のミサまで、かなり時間があったので、聖堂内は信者が数名いただけでした。ゆっくりと拝観出来ました。


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チェゼーナの図書館に敬意を表して、もう一度図書館を見ます。


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Corso Mazziniのポルティコ


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Palazzo del Ridotto、ex-Palazzo del Podesta


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人出が少ないので、写真を撮るには絶好ですが、天気が良くないのが玉に瑕。


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Palazzo del Ridotto前から見たドゥオーモ


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マラテスティアーナ図書館


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ボッカクゥアットロ教会


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図書館は日曜休館です。


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マラテスティアーナ図書館の前に立つ彫像は、Maurizio Bufalini (チェゼーナ、1787-フィレンツェ、1875)です。イタリアの臨床医で、医学部の教授法で革命を起こしたことで有名です。


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こちらはRenato Serra (チェゼーナ、1884-モンテ・ポドゴーラ、1915)の頭像です。Serraは文芸評論家、作家です。


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Piazza Fabbriから見たPalazzo del Ridottoです。


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Palazzo del Ridottoの左側壁外観です。その先にサンタ・マリア・デル・スッフラージョ教会が写ってます。


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Palazzo del Ridottoの市民の塔です。


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ポルティコを通ってポポロ広場に向かいました。


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突き当りに市庁舎が写ってます。


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日曜日は完全休業の市庁舎です。


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ポポロ広場


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マラテスティアーナ要塞


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マシーニの噴水(1588-91)


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(つづく)

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そろそろ昼食の時間です。


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チェゼーナは友人の方が良く知っているので、友人に店選びを任せました。


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アルビッツィ広場です。


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友人のお気に入りの店は休業でした。行き当たりばったりで適当に探すことにしました。


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突き当りにサンタ・キアーラ修道院だった建物があります。


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旧サンタ・キアーラ修道院の建物です。


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1233年から街の文書にサンタ・キアーラ修道院が記載されるようになりました。1540年に拡張され、現在の規模になりました。


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外壁にフレスコ画が残されてます。
身廊部分は1722年に再建されたそうです。


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ナポレオンのイタリア侵攻後の教会活動抑圧令に伴い、18世紀末に修道院活動が停止され、その後、一度も宗教行為が再開されることなく現在に至ってます。


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ドゥオーモ近くの、冴えないお店で昼食を食べました。料理がイマイチだったので、ワインをがぶ飲みする羽目に。


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昼食後、外に出たら雲が厚くなって、今にも泣き出しそうでした。
Contrada Uberti


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サン・ゼノーネ教会です。


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教会の存在が初めて記載されたのは、1292年の文書だそうです。現在の建物は、1764年に再建された二代目のものです。


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13世紀末に建設された鐘楼が今でも現役ですが、私の写真に写ってません。


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ソッツィ通りにあるPalazzo Ghiniです。


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この場所には、紀元前3世紀から2世紀に建設された建物があったそうです。それらの遺跡の上に建ってます。


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Palazzo Ghiniの入り口です。
チェゼーナの貴族ギーニ家の邸宅として1760年台に建設されました。


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ファサードが未完成?のようで、荒々しい感じがする外観です。


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次は市立絵画館です。


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アルベルティ―ニ通りを進みます。


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市立絵画館が置かれている旧サン・ビアージョ教会修道院の外壁までやってきました。


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市立絵画館の入り口です。
チェゼーナ市立絵画館については、既にアップしました。
ご興味のある方は下記サイトをご参照ください。
http://luca-signorelli.blog.jp/archives/cat_352893.html


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旧サン・ビアージョ教会の鐘楼です。


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Via Aldiniを進みます。


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写真左の建物の先、その横に教会があります。


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サンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会です。


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セルヴィ・ディ・マリア教会とも呼ばれてます。
1233年にフィレンツェで設立されたSette Santi Fondatori修道会によって、1300年に建設されたサンタ・マリア・デイ・セルヴィ修道院が前身です。


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教会は15世紀後半に再建されましたが、18世紀前半には建物劣化が進み危険になってしまいました。現在の建物は1三代目となるもので、1756年工事着工、1765年に完成しました。


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1782年6月2日、第250代教皇ピオ6世(チェゼーナ、1717-フランス、1799 在位:1758-1799)によって奉献式が執り行われました。
ピオ6世は、ナポレオンのイタリア侵攻によってフランスに送られ、悲嘆のうちにフランスで死去しました。


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後陣と鐘楼


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中に入りました。


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単廊式、ラテン十字形の内部です。


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右側壁


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天井


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逸名画家作「聖母子」(16世紀)


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18世紀のエミリアの逸名画家作「聖ペッレグリーノを治すキリスト」


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詳細不知


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ジョヴァン・バッティスタ・バッランティ・グラツィアーニ(ファエンツァ、1762-1835)の「ピエタ」


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詳細不知


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逸名画家作「聖フィリッポ・べニツィの栄光」(17世紀末)


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後陣左壁の絵画を見ます。


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1514年に制作された「磔刑」と「聖セバスティアーノ」


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後陣右壁のジャンフランチェスコ・モディリアーニ(フォルリ、1590-1609活動記録)の「ピエタ」とリーヴィオ・モディリアーニ(フォルリ、1540c-1610c)派逸名画家作「受胎告知」


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ビックリです。カルロ・サラチェーニの作品が取り外されていました。
ガックリ、残念でした。


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取り外されていた作品の画像です。(外部サイトから拝借しました)
カルロ・サラチェーニ(ヴェネツィア、1585-1625)の「ペスト患者を見舞う聖カルロ・ボッロメオ」(1618)


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祭壇前から見た出入口方向


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外に出る前に祭壇をもう一度見ました。


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外に出ました。
(つづく)

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ポポロ広場の西端にサン・ドメニコ教会があります。
サン・ドメニコ教会は美術ファンにとって必訪です。
ナポレオンによるイタリア侵攻によって、多くの美術品がフランスに持ち去られましたが、チェゼーナも例外ではありませんでした。
ナポレオンの失脚後、フランスに持ち去られた作品の返還交渉が行われ、チェゼーナに戻された作品もあります。また、フランス軍によってチェゼーナの教会から取り外されたものの、フランスに移されずにチェゼーナの街中に散らばっている作品がありました。当時の教区司祭のドメニコ・パッソッキは、それらの作品の多くを集めて、サン・ドメニコ教会の礼拝堂や側壁などに掲げたのです。その結果、サン・ドメニコ教会は、今日「第2のアートギャラリー」と呼ばれるようになりました。


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サン・ドメニコ教会です。


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ドメニコ会修道士の聖ピエトロ・マルティーレ別称ピエトロ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、1205c-セベソ、1252)は、死の直前、現在サン・ドメニコ教会が建っている場所で説教を行いました。
彼の死後、説教が行われた場所に修道院建設が計画され、1279年にサン・ピエトロ・マルティーレ修道院が完成し、1280年に奉献式が行われました。
15世紀に修道院に隣接してサン・ピエトロ・マルティーレ教会が建設されました。


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17世紀末、修道院と教会の建物は経時劣化のため継続使用が困難となりつつあったので、その再建が布告されました。


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チェゼーナの建築家ジョヴァンニ・フランチェスコ・ゾンディ―ニに再建工事が委嘱され、彼の設計によって1707年から1727年にかけて修道院と教会が再建されました。
教会の再建が一応の完成を見た1722年に奉献式が執り行われ、それを機にサン・ドメニコ教会と改称されました。


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写真左が修道院だった建物です。
ナポレオンのイタリア侵攻によって、修道院活動が抑圧され、1811年まで孤児院となりました。その後、旧修道院の建物は市立病院に転用され、1911年から現在に至るまで学校の校舎となってます。


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教会内に入りました。


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単廊式、後期バロック様式の内部です。


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左右の側壁に礼拝堂が各3つづつあります。


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半円形の後陣です。


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カウンターファサードに絵画が4点あります。


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クリストフォロ・セッラ(チェゼーナ、1600-1689)の「キリストとサマリア女」


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アンドレア・マイナルディ通称イル・キアヴェジーノ(クレモナ、1550c-1617)の「聖アルデブランドの奇跡」(1678)


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アンドレア・マイナルディ通称イル・キアヴェジーノ(クレモナ、1550c-1617)の「悪魔に取りつかれた男を介抱するキリスト」


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クリストフォロ・セッラ(チェゼーナ、1600-1689)の「悪魔に取りつかれた男を解放する聖ウバルド」(1629c)


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クリストフォロ・サヴォリーニ(チェゼーナ、1639-1677)の「聖ドメニコの祭壇画」(1671)


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エミリアの逸名画家作「キリストの埋葬」(16世紀)


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フランチェスコ・アンデリーニの「永遠なる父と聖人たち」(18世紀)


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聖母の祭壇です。


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「授乳する聖母」(15世紀)を取り囲んでフランチェスコ・アンデリーニの「聖母の物語」(17世紀)が15場面描かれてます。


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15世紀の逸名画家作「授乳の聖母」


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フェリーチェ・トレッリ(ヴェローナ、1667-ボローニャ、1748)の「聖母子と聖カルロ・ボッロメオ」(1716)


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ジャンフランチェスコ・モディリアーニ(フォルリ、1590-1609)の「天上の聖母子と聖フランチェスコと聖ジローラモと聖ジョヴァンニ・バッティスタとアレッサンドリアの聖カテリーナ」(1602以降)


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フランチェスコ・マンチーニ(サンタンジェロ・イン・ヴァード、1679-ローマ、1758)の「聖ペッレグリーノ・ラツィオージ」


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フランチェスコ・アンデリーニの「聖ヴィンチェンツォ・フェッレーリ」(1731)


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18世紀の逸名画家作「聖ヴィンチェンツォ・フェッレーリ」


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ピエル・パオロ・メンゾッキ(フォルリ、1532-1589)の「マギの礼拝」


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クリストフォロ・セッラ(チェゼーナ、1600-1689)の「聖ピエトロ・マルティーレの殉教」


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ジュゼッペ・チェーザリ通称カヴァリエール・ダルピーノ(アルピーノ、1568-ローマ、1640)の「天上の聖母子と聖ドメニコと信者たち」(1601c)


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ボローニャの逸名画家作「聖母被昇天」(17世紀末-18世紀初頭)


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フェリーチェ・トレッリ(ヴェローナ、1667-ボローニャ、1748)の「聖母子と聖アンナとサレスの聖フランチェスコ」(1716-17)


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16世紀後半の「磔刑像」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ラッザーニ(1712-1791)の「天国のカギを聖ピエトロに託すキリスト」


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後陣祭壇画の写真をうまく撮れません。


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フランチェスコ・メンゾッキ(フォルリ、1532-1589)の「磔刑」


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作品帰属は全部分かってます。(私が)


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ビアージョ・ダントニオ・トゥッチ(フィレンツェ、1446-1516)の「ピエタのキリスト」(15世紀末)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ラッザーニの「聖バルトロメオと聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」、クリストフォロ・セッラ(チェゼーナ、1600-1689)の「聖パオロと祈るキリスト」(1635c)



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ジョヴァンニ・バッティスタ・ラッザーニの「受胎告知」(1640c)


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まだまだ沢山ありますが、キリがないのでこの辺で終わりにします。


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外に出ました。
(つづく)

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引き続きドゥオーモです。
クリプタから内陣に戻りました。


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リーヴィオ・モディリアーニ(フォルリ、1540c-1610c)の「ジャンフランチェスキ・アウグストクスの物語」


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制作者情報不知の「大理石のポリッティコ」(1514-17)


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アントニオ・アレオッティ(アルジェンタ、1450以降-チェゼーナ、1530c)の「三位一体」(1509)


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カルロ・ゴッタルディの「聖セヴェーロ」(1490)


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16世紀のエミリアの逸名画家作「聖母子とパドヴァの聖アントニオ」


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Cappella della Madonna del Popolo


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Cappella della Madonna del Popoloのクーポラのフレスコ画は、コッラード・ジャクゥイント(モルフェッタ、1703-ナポリ、1766)の「ポポロの聖母」(1750)


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Cappella della Madonna del Popoloの主祭壇画は、バルトロメオ・ラメンギ通称イル・バニャカヴァッロ(バニャカヴァッロ、1484-ボローニャ、1542)の「ポポロの聖母」(1520)


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ロレンツォ・ブレーニョ(オスティーノ、1475/1485c-ヴェネツィア、1523)の「聖クリストフォロと聖レオナルドと聖エウスタキオ」(1514-17)


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制作者情報不知の「キリストの聖心」


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詳細不知


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逸名画家作「聖ヴィンチェンツォ・フェッレーリ」(16世紀)


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逸名画家作「聖ロッコ」(16世紀)


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一旦、外に出ます。


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次はドゥオーモ博物館です。


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後陣の写真左にピンクぽい建物がありますが、それは旧サン・トビア礼拝堂で、その礼拝堂にドゥオーモ博物館があります。


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開館日時が限られており、それに合わせてチェゼーナへの旅程を決めたので、開館を確かめて安心しました。


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入館無料です。


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ドゥオーモ博物館の入り口です。美術的に必見の作品が数点あります。


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入館しました。


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ジョヴァンニ・フランチェスコ・ダ・リミニ(リミニ、1441-ボローニャ、1470)の「玉座の聖母子」


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最近、修復されたようです。


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パオロ・ヴェネツィアーノ(ヴェネツィア、1300-1365)の「玉座の聖母子」(1347)


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ジローラモ・ジェンガ(ウルビーノ、1476-1551)の「受胎告知」(1516-18)


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礼拝堂クーポラ


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礼拝堂天井


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ジローラモ・フォラボスコ(パドヴァ、1604-1679)の「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ(福音書記者聖ヨハネ)に顕現する聖母」


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詳細不知


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昇階誦


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詳細不知


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詳細不知


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Museo Diocesanoの定番展示物


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聖具類


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ベネデット・ジェンナーリ(チェント、1563-1610)の「キリストの洗礼」(17世紀)


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同名の孫ベネデット・ジェンナーリ(チェント、1633-ボローニャ、1715)も画家でしたが、この作品は祖父、孫のどちらの作品でしょうか?


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詳細不知


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シピオーネ・サッコ(ソリアーノ・アル・ルビコーネ、1495-チェゼーナ、1558)の「聖グレゴリオ・マーニョに顕現する聖母子」(1542)


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逸名画家作「教皇ピオ7世の肖像」
第251代教皇ピオ7世(チェゼーナ、1742-ローマ、1823 在位:1800-1823)


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逸名画家作「教皇ピオ6世の肖像」
第250代教皇ピオ6世(チェゼーナ、1717-フランス、1799 在位:1758-1799)
ピオ6世、ピオ7世と、チェゼーナ生まれの教皇が2代続きましたが、ナポレオンのイタリア侵攻によって受難続きでした。


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(つづく)

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チェゼーナのドゥオーモです。


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チェゼーナ=セルシーナ司教区の司教座が置かれたサン・ジョヴァンニ・バッティスタ大聖堂です。


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1960年、第261代教皇ジョヴァンニ23世(ヨハネ23世)(ソット・イル・モンテ、1881-ヴァティカン、1963 在位:1958-1963)によってBasilica Minoreに格付けされました。


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14世紀第3四半世紀まで、チェゼーナの司教座教会はマラテスティアーナ要塞内部にありましたが、不便ということで、別の場所に司教座教会の建物新築の話が持ち上がりました。
その企画は、1378年、第202代教皇ウルバーノ6世(イトリ、1318c-ローマ、1389)によって認可されました。


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リミニとチェゼーナの支配者アンドレア・マラテスタ(1373-1416)の資金負担によって、建築家Canton Undervaldo(恐らくスイス出身)の設計、工事監督下で1385年に工事着工、1405年に完成したロマネスク=ゴシック様式の教会です。


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ファサードは、マウロ・コドゥッシ(レンナ、1440-ヴェネツィア、1504)の設計によって15世紀末に完成しました。


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後陣


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鐘楼は、ルガーノ出身の建築家マーゾ・ディ・ピエトロの設計によって1443年から1456年に建設されましたが、現在の鐘楼はオリジナルのものとは少し違います。


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1741年から1753年にかけて聖堂全般の改造工事が行われましたが、その際、鐘楼が高くされ、現在の72mの高さとなりました。


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入口扉のブロンズ彫刻を見ます。


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15世紀末に完成したファサードの入り口にもブロンズ彫刻がありましたが、経時劣化による損傷が激しく使用不能となったので、2000年に現在のブロンズ彫刻の扉に置き換えられました。


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イラリオ・フィオラヴァンティ(チェゼーナ、1922-サヴィニャーノ・スル・ルビコーネ、2012)によって2000年に制作されたブロンズ製扉


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ブロンズ彫刻のテーマは「聖ジョヴァンニ・バッティスタ(洗礼者聖ヨハネ)の物語」です。


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入口扉横の柱の彫刻


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柱頭


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ヴィンチェンツォ・ゴッタルディの「聖母子」(1510)


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左側壁横にある、レオナルド・ルッキ(チェゼーナ、1952-存命中)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタ(洗礼者聖ヨハネ)像」


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右側壁


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写真右はサン・トビア礼拝堂です。


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サン・トビア礼拝堂にドゥオーモ博物館が置かれてます。


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拝観します。


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聖堂内に入りました。


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三廊式、ロマネスク・ゴシック様式の内部です。


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ギリシャ十字形のように見えますが、左翼廊があるものの、右側には翼廊がありません。


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木組み梁の天井


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左側廊


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右側廊


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「San Zenoneの磔刑像」(15世紀)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ブレーニョ(オステーノ、1455c-ヴェネツィア、1520c)の「コルプス・ドイーニの祭壇」(1505)


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コルプス・ドイーニの祭壇は非常に有名です。


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詳細不知


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ピエル・ジャコモ・ベッカリーニの「ポポロの聖母」
この画家については存じません。


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主祭壇と後陣


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後陣左側壁にあるジュゼッペ・ミラーニ(フォンタネッラート、1716?-チェゼーナ、1798)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの誕生」(1782)


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後陣右側壁にあるジュゼッペ・ミラーニ(フォンタネッラート、1716?-チェゼーナ、1798)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの斬首」(1782)


1
クリプタに入りました。


3
聖マウロの聖遺物


2
(つづく)

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再び街歩きに出発しました。


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少し雲が出てきました。


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城壁です。チェゼーナは城壁がかなり残っている街です。


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城壁沿いのViale Gaspare Finaliです。


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城壁が築かれた頃は、地表からの城壁の高さはもっと高かったとされてます。


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通りの名称はこの彫像が置かれているからでしょう。Gaspale Finali(チェゼーナ、1829-マッラーディ、1914)は、地元出身の大臣、上院議員などを歴任したイタリア王国の政治家です。


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旧市街の入り口Barriera Cavourに来ました。


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旧市街のソッツィ通りに入りました。次はサンタ・マリア・デル・スッフラージョ教会です。


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サンタ・マリア・デル・スッフラージョ教会です。小さな教会ですが、かって主祭壇を飾っていた素晴らしい作品の残念な歴史があるのです。


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この場所にシナゴーグがありましたが、1656年にキリスト教会に変換されました。教会を所有することになったConfraternita del Suffragioは新たな建物を望み、ボッロミーニの弟子ピエル・マッティア・アンジェローニの設計、工事監督によって1685年から1689年に再建されたバロック様式の建物が現在の姿となってます。


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Palazzo del Ridottoのほぼ向かいにあります。


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教会内に入りました。


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単廊式、バロック様式の内部です。


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右側壁


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スタッコ彫刻による装飾


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フランチェスコ・カッリガーリによる装飾


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フランチェスコ・カッリガーリの彫刻


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主祭壇画を見ます。


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コッラード・ジャクゥイント(モルフェッタ、1703-ナポリ、1765)の「聖母の誕生と聖マンツィオ司教」(1752)


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実は、この教会にあった主祭壇画は、ナポレオンのイタリア侵攻の際、フランス軍に没収されてしまったので、この作品に差し替えられたのです。
オリジナルの主祭壇画は、グエルチーノの「コルトーナの聖マルゲリータ」でした。


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この教会にあった主祭壇画、ジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ通称グエルチーノ(チェント、1591-ボローニャ、1666)の「コルトーナの聖マルゲリータ」(1648)です。
フランス軍の没収された本作品はパリに持ち去られ、一旦はルーヴル美術館で展示されていましたが、ナポレオンの没落後、返還交渉が行われたものの、この教会には戻らず、何とヴァティカンに移されてしまいました。
現在、この作品はヴァティカン絵画館で展示されてます。


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フランチェスコ・アンデリーニの「聖母子と聖人たち」(1751)


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フランチェスコ・カッリガーリの彫刻


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フランチェスコ・アンデリーニの「無原罪の聖母と聖人たち」(1751)


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フランチェスコ・アンデリーニのことは全く分かりません。


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詳細不知


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外に出ました。


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ポポロ広場に来ました。


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Palazzo Comunaleです。


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ポポロ広場が街の中心です。


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人出が一段と多くなってきました。


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青空市が開市されていたポポロ広場です。


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ポポロ広場にある、フランチェスコ・マシーニ(チェゼーナ、1532-1601)の「マシーニの噴水」(1588-91)です。フランチェスコは地元出身の画家、建築家です。


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マニエリスム彫刻の傑作とされている「マシーニの噴水」です。


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マラテスティアーナ要塞


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要塞がポポロ広場を見下ろしてます。


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青空市が賑わっていました。


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中国人が多数青空市に進出してます。逞しいです。


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(つづく)

チェゼーナは、人口97,025人(2019年10月31日現在)のエミリア・ロマーニャ州フォルリ=チェゼーナ県の県都です。街の歴史は古く、紀元前5世紀にはウンブリア人の町があったとされてます。紀元前189年から187年に敷設されたエミリア街道に置かれたローマ軍の軍事基地の一つとして発展しました。
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前泊地はプラートでした。


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プラート中央駅からICの直通列車に乗車してチェゼーナに向かいました。車内は空気運搬の如く非常に空いてました。


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チェゼーナ駅にほぼ定時に到着しました。
チェゼーナは、ピアチェンツァ~フィデンツァ~パルマ~レッジョ・エミリア~モデナ~ボローニャ~イーモラ~ファエンツァ~フォルリ~リミニ~ペーザロ~ファーノ~セニガッリア~アンコーナの鉄道幹線上にあるので、鉄道利用がお勧めです。


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チェゼーナ駅の駅舎です。


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駅前に広いバスターミナルがあります。


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この日のお宿は、駅前広場に面したホテルです。


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ホテルに荷物を預けて身軽になったので、街歩きに出発しました。


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スーパーConadの本社はボローニャにありますが、営業部門の本部はチェゼーナにあるようです。


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陸橋です。


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JFK陸橋です。ケネディ大統領は、イタリアで人気なようで、道路や広場などの名称になってます。


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この日の午前中は快晴でした。
鉄道駅から旧市街まで意外に距離があって、徒歩で10分以上かかります。


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寄り道し過ぎで、ここまで来るには時間がかかってしまいました。ここは旧市街の入り口Barriera Cavourです。
この場所に城壁の門であるチェルヴェ―ゼ門がありましたが、イタリア統一を機に城壁と門が取り壊され、1864年にBarriera Cavourが新たに建設されたのです。


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旧城壁内のソッツィ通りに入りました。


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土曜日の午前中とあって、人出で多かった。


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先ずドゥオーモに行きます。Barriera Cavourから徒歩1~2分でドゥオーモに出ます。


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ドゥオーモです。この後、拝観しましたが、その内容については(その3)で纏めて触れることにします。


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ドゥオーモからジョヴァンニ・パオロ2世広場に出ました。


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ジュゼッペ・マッツィーニ大通り(Corso)を西に向かいます。


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チェゼーナ最大の見所である市民図書館を目指します。市民図書館はドゥオーモから徒歩2分くらいです。


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チェゼーナ市民の多くがイタリア統一運動に積極的に参加して、重要な役割を果たしたことで有名です。


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Palazzo del Ridottoです。


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1401年に建設されたPalazzo del Podestaです。


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第211代教皇パオロ2世(ヴェネツィア、1417-ローマ、1471 教皇在位:1464-1471)によって、1466年から1472年にかけてロッジャ、市民の塔などが増築され、名称が現在の名前に変更されました。


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Palazzo del Ridottoの後方にPiazza Fabbriがあります。


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Piazza Fabbriに面してマラテスティアーナ図書館があります。


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この日、図書館は休館でした。


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Condottieroだったドメニコ・マラテスタ通称マラテスタ・ノヴェッロ(ブレーシャ、1418-チェゼーナ、1465)によって、1452年にオープンした、ヨーロッパ最古の市民図書館です。


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図書館の建物は、建築家マッテオ・ヌーティ通称マッテオ・ダ・ファーノ(コルフィオリト、1405-ファーノ、1470)の設計によって1447年から1452年にかけて建設されました。


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図書館の建物の一部は考古学博物館になってます。


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この日は考古学博物館に入館しませんでした。


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Piazza Fabbriに面して建つボッカクゥアットロ教会です。


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1252年に建設されたサンタ・マリア・ナスチェンテ教区教会が前身です。1574年、Confraternita del Gofaloneの所有となり、現在の教会名称に変更されました。


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現在の建物は、18世紀に再建されたものですが、ファサードだけは19世紀前半に改造されました。


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さらに西に進みます。この辺ではVia Carbonariと呼ばれてます。この先に川が流れているだけ。


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17世紀の建物ですが、劣化が著しく解体されるかも知れません。


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東の方(ドゥオーモがある方)に戻ります。


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友人とホテルで待ち合わせしたので、一旦ホテルに戻ります。


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急ぐ必要がないので、勘を頼りに適当に歩き始めました。


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Barriera Cavourを越えて旧市街を後にします。


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Corso Cavour


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適当にぶらぶら歩きをして道に迷ったことが何度もあるのを思い出し、地図を見ながらホテルに戻ることにしました。


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(つづく)

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