イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:ピエモンテ州 > アルバ

P1310590
旧サン・ジュゼッペ教会の続きです。


P1310591
鐘楼に上ります。


P1310592
1774年に完成した高さ64mの鐘楼です。


P1310593
エレベーターがないので、自分の足で上ります。


P1310594
この旧教会が博物館の扱いになっていることを知らない観光客が殆どのようで、何時も私一人です。鐘楼から見る絶景が楽しみです。


P1310596
鳩などの鳥の飛来防止のため、以前よりも金網の目が細かくなって、金網の間にカメラのレンズを入れて写真を撮ることが出来ないようになっていました。


P1310595
ドゥオーモ


P1310597
旧サン・フランチェスコ修道院


P1310599
カヴール通りの塔


P1310615
金網の写真ばかりでは詰まらないので、早々に退散しました。


P1310616
鐘楼の一部と教会の地下が博物館になってます。


P1310617
この時は、入館無料でしたが、今はどうでしょうか?


P1310618
前身のサンタントニオ教会だった部分


P1310619
ローマ時代の邸宅だった部分


P1310620


P1310621


P1310622


P1310623


P1310624


P1310625


P1310626


P1310627


P1310628


P1310629


P1310630


P1310631


P1310632


P1310633
盗まれたピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の作品写真
盗まれた他の作品写真は残されていません。


P1310635
外に出ました。


P1310642
空が急に暗くなってきました。


P1310645
遠雷が聞こえてきました。


P1310647
ところが稲光と共に強烈な雷鳴が・・・・・ ビックリでした。


P1310650
雨が降ってきました。


P1310651
直ぐに雨が止みました。


P1310378
アルバにも寿司屋があります。日本人が握っている寿司屋は殆どなく、大半が中国、韓国などの東洋人が職人の寿司屋です。


P1310379
晴れてきたので中心街に戻りました。


P1310385
市庁舎


P1310382
市庁舎のロッジャ


P1310383
市庁舎内にマクリーノ・ダルバの「聖母戴冠」がありますが、見たことがありません。


P1310384
市庁舎のロッジャから見たドゥオーモ広場


P1310388
晴れて来たのは良いのですが、先ほど道路を濡らした俄雨が強烈な日差しで蒸発して、物凄い湿気でした。


P1310394
街角の聖母子


P1310413
Palazzo dei Conti Belli内に小さな美術館があります。


P1310415
休館でした。


P1310420
13世紀から15世紀に建設されたPalazzo Serralungaです。


P1310422
Palazzo Serralunga外壁のフレスコ画


P1310424
キリがないので、この辺で終わることにします。
(おわり)

P1310507
次はサン・ジュゼッペ教会です。


P1310509
写真右はサン・ジュゼッペ教会の一部です。


P1310510
鐘楼に上れると良いなあ、と思いながら、ファサード側に出ます。


P1310512
サン・ジュゼッペ教会の扉が開いていました。


P1310511
教会が建っている場所は、ローマ時代の邸宅の遺跡がありました。その遺跡の上に、13世紀第4四世紀に建設されたサンタントニオ教会が前身です。


P1310636
旧サンタントニオ教会を活動拠点にしていた巡礼者同信会は、17世紀前半、老朽化していた建物の再建を決めました。


P1310513
そうして1643年に創建され、1653年に完成したバロック胸式の建物が現在の姿の原形です。
1656年に献堂式が執り行われ、それを機に奉献する聖人が聖ジュゼッペに変更され、教会の名称も現称になりました。


P1310637
1859年と1939年の修復、改造を経て、現在の姿になりました。
巡礼者同信会の活動が1953年に停止され、それと共に教会としての機能も停止されました。1995年に建物の管理がアルバ市に移されるまで、建物は放置され、その間、貴重な絵画や彫刻が盗難に遭ってしまいました。
現在、教会はサン・ジュゼッペ文化センターに管理が委託され、博物館の扱いをされてます。


P1310640
1774年に完成した、高さ64mの鐘楼は一般公開され、上ることが出来ます。


P1310514
中に入りました。
単廊式、バロック様式の内部です。
多くの作品が盗まれてしまい、美術的に見るべき作品は数点しかありません。盗まれてしまった作品の代わりに、現代芸術家の作品が設置されてます。


P1310515
ヴィットーレ・デ・二コラ・ディ・ロカルノとカルロ・ポステルラによって、1720年に制作された天井フレスコ画


P1310516
「聖心を崇敬する聖ジュゼッペと聖ロッコ」(1720)


P1310518
主祭壇横の説教壇


P1310519
絵画とフレスコ画が多くあります。


P1310520
磔刑の礼拝堂


P1310521
クーポラ


P1310522
ミラノの逸名彫刻家作「磔刑像」(1709)
磔刑像の背後の絵画はガエターノ・ぺーシェ(ラ・スペツィア、1939‐)によって描かれました。
この磔刑像は、この教会にあったものではなく、元々の磔刑像は盗まれてしまったので、個人から寄付されたものです。その磔刑像にぺーシェの背景画が付け加えられました。


P1310524
制作者不明の「フランチェスコ・ピスト―ネ(ピエモンテ、17世紀活動)作『聖母子と聖人たち』のコピー画」


P1310531
出来が良いコピー画です。
オリジナルの作品は盗まれてしまいました。


P1310532
ガエターノ・ぺーシェ(ラ・スペツィア、1939‐)の「磔刑」


P1310533
サンティ・ジョヴァンニ・バッティスタ・エ・ルイージ・ゴンザーガ礼拝堂(1711‐1716)


P1310534
サンティ・ジョヴァンニ・バッティスタ・エ・ルイージ・ゴンザーガ礼拝堂天井の装飾


P1310537
シルヴィオ・ロッソ(クーネオ、1940‐)の「赤と金の祭壇画」(2009)
印象強烈な抽象的な祭壇画です。


P1310538
シルヴィオ・ロッソによるフレスコ画


P1310539
詳細不知


P1310541
Cappella Angelo Custode (1667-1691)
祭壇画は、カテリーナ・ベルゲーゼ(フォッサーノ、?‐)の「守護天使」


P1310542
カテリーナ・ベルゲーゼのフレスコ画


P1310546
Cappella dei Santi Pietro e Paolo


P1310550
マウリツィオ・リナウドの「十字架降下」


P1310554
エミリオ・プルノットの作品(2002)


P1310557
ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の「ご誕生」(1755)
オペルティの作品が4点盗まれたそうです。


P1310560
ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の「聖母の結婚」(1775)


P1310563
主祭壇


P1310572
セコンド・アントニオ・ボットの「聖ジュゼッペ」


P1310574
ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の「父なる神」(1755)


P1310577
ヴィットーレ・デ・二コラ・ディ・ロカルノとカルロ・ポステルラによる後陣フレスコ画(1720)


P1310565
後陣の左右の側壁に4点の現代宗教画と思われる作品がありますが、私には制作者等の詳細が分かりません。


P1310567


P1310569


P1310571


P1310578
次はアンジェロ・プローリオの「キリストの生涯の物語」です。


P1310579
大作です。


P1310580


P1310581


P1310582


P1310583


P1310584


P1310585


P1310586


P1310587


P1310588


P1310589
(つづく)

P1310331
Piazza Pertinaceに面して建つサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教区教会です。アルバの街にある教会のうち、美術的に最も見所豊富な教会と思います。


P1310334
中世初期、ロンゴバルド時代の7,8世紀に建設された教会です。
建物が13世紀前半に再建され、1229年の文書に初めて記載されてから、教会の存在が定期的に言及がなされています。


P1310352
1556年、隣接する修道院がアゴスティーノ兄弟修道会の所有となり、1557年に教会の向きが180度変更されました。従来の後陣が入り口に、従来のファサードが後陣になったのです。


P1310339
13世紀に建設された二代目の建物が劣化したので、1627年から1630年にかけて三代目となる建物が建設されました。現存している建物は、この三代目が原形となってます。
1801年、ナポレオンの抑圧令によって、教会と修道院は閉鎖され、その建物は倉庫に転用されました。


P1310433
1821年、教会の活動が再開されましたが、修道院は再開されることなく、20世紀前半に破壊されました。
教会の方は、1884年から1890年に建築家Cesare Fantazziniの設計によって、現在の外観と教会内部に大改造されました。


P1310338
ファサードの「キリストの洗礼」は、内部にある主祭壇画を模して1939年に制作されました。


P1310335
ファサードの「授乳の聖母」は、中にあるバルナバ・ダ・モデナの作品を模して制作されたものです。


P1310434
同じ広場にあるローマ寺院の遺跡に訪れる観光客がかなりいますが、この教会を拝観する人は殆どいないようです。美術ファンは少ないのです。


P1310435
中に入りました。


P1310437
単廊式、バロック様式の内部です。


P1310436
19世紀後半に行われた改造のため、かなり新しく見えます。


P1310438
天井は、Cesare Fantazziniの設計によって、1884年から1890年に張り替えられました。


P1310439
Cesare Fantazziniのデザインによる格子天井


P1310444
バルナバ・ダ・モデナ(モデナ、1328‐ジェノヴァ、1386)の「授乳の聖母」(1377)
破壊されたアルバのサン・フランチェスコ教会にありましたが、破壊された際、この教会に移設されました。


P1310446
二代目の建物にあったフレスコ画の痕跡


P1310448
サンタゴスティーノ礼拝堂です。
礼拝堂祭壇画は、ニコロ・フォルミカの「カスチャの聖リータ」(1941)
ニコロ・フォルミカという画家については全く知りません。


P1310450
サンタゴスティーノ礼拝堂天井の装飾


P1310458
マクリーノ・ダルバ(d' Alba)(アルバ、1460/1465c-1520c)の「幼きキリストを崇拝する聖母と聖ジュゼッペとトレンティーノの聖二コラと聖アゴスティーノと音楽天使」


P1310454
アルバにあったアゴスティーノ会のサンタ・マリア・デッラ・コンソラツィオーネ修道院に併設されていたサン・バルトロメオ教会にありましたが、修道院閉鎖に伴い、この教会に移設された作品です。


P1310460
ジョヴァンニ・ステファノ・ダネディ(ドーネダ)通称イル・モンタルト(トレヴィーリオ、1612-ミラノ、1690)の「砂漠の聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


P1310464
ジョヴァンニ・アントニオ・モリネーリ(サヴィリアーノ、1577-1631)に帰属する「エマオの晩餐」


P1310466
13世紀のロンバルディアの逸名画家作「三聖人」


P1310471
主祭壇画は、ジョヴァンニ・アントニオ・モリネーリ(サヴィリアーノ、1577-1631)の「キリストの洗礼」(1630c)


P1310473
後陣に掲げられた、パオロ・ガイダーノ(ポイリーノ、1861-トリノ、1916)の「聖母子とアヴィーラの聖テレーザとアッシジの聖フランチェスコ」(1887)


P1310475
ジュゼッペ・キアントーレ(クミアーノ、1747-トリノ、1824)の「聖ヤコブ」(1823)


P1310477


P1310487
グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568-モンカルヴォ、1625)に帰属する「玉座の聖母子と2聖人」(16世紀後半)
従来、マクリーノ・ダルバ派逸名画家の作品とされてきましたが、近年の研究によってイル・モンカルヴォの帰属作品とされるようになりました。


P1310489
キリストの聖心の礼拝堂です。


P1310491
ヴィルジリオ・アウダーニャ(トリノ、1903-1995)の「キリストの洗礼」


P1310493
詳細不知


P1310495
詳細不知


P1310497
洗礼に使用される聖水井戸


P1310502
詳細不知


P1310498
教会内部を再見しました。


P1310499


P1310500


P1310501


P1310482
ファサード裏にオルガンがあります。


P1310481
外に出ます。


P1310349
(つづく)

P1310305
次はサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会です。


P1310306
民家の壁にある、かなり古そうな天使の彫刻です。


P1310307
観光案内所でサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会は毎日開く教会と聞いたので、慌てる必要がありません。


P1310308
ここで困ったことが一つ。昼食のアルコールと冷たい水が効いて、要バールでのトイレ休憩。


P1310310
右折すればサン・ジュゼッペ教会に出ます。バールを探しましたが、意外にも見つからず。やはりドゥオーモ広場に戻れば何とかなると思いました。


P1310311
Casa Parrussaの塔が見えたので、通りの突き当りが中心街です。


P1310312
ドゥオーモ広場のバールで一休み。


P1310314
市庁舎


P1310315
カヴール通りからサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会に向かいました。


P1310317
通りから少し右に飛び出ている建物に塔があります。


P1310318
これです。


P1310321
13世紀の塔です。


P1310319
アルバの中心街で現存する塔は6本だそうです。


P1310320
中世に描かれた絵画に拠れば、20本以上の塔があったようです。


P1310322
14世紀に建設された市場だった建物です。


P1310324
この建物にも塔があったようです。


P1310323
中世の頃、建物の所有者の権力誇示のため、多くの塔が建設されましたが、勢力が衰えたり、失脚したりすると塔が破壊されたり、塔の高さを低くされたようです。


P1310325
Torre Parrussa


P1310326
カヴール通りを進み、次の交差点を左折すれば、サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会がある広場に出ます。


P1310327
Piazza Pertinaceです。


P1310328
広場に面して現代的なアパートが建ってます。


P1310329
観光客をかなり見かけます。


P1310330
サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会です。この後、拝観しましたが、サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会については、(その9)で纏めて取り上げます。


P1310341
Casa Marro


P1310346


P1310340
特に名前が付いていない建物です。


P1310342
Tempio Romanoの遺跡です。


P1310343
寺院は、紀元前29年から紀元後14年に建設されたそうです。


P1310344
アルバで残されているローマ時代の遺跡はこれだけ?


P1310345


P1310347


P1310353
次はサン・フランチェスコ修道院です。


P1310354
サン・フランチェスコ修道院は街の北にあります。


P1310355
サン・フランチェスコ広場です。


P1310356
写真左がサン・フランチェスコ修道院だった建物です。


P1310360
18世紀末に修道院活動が停止され、その後、一度も活動が再開されることなく現在に至ってます。


P1310363
教会の建物は危険と判断されて現存してません。


P1310358
サン・フランチェスコ広場はアルバにおける中国人の拠点となってます。その中心が写真右のGRANATOの建物だそうです。


P1310361
中国人は順応力が高いので、イタリアは中国人に益々席捲されそうです。


P1310366
街の中心に戻ります。


P1310367
(つづく)

引き続きアルバのドゥオーモです。
P1310162
天使のモザイク(19世紀)


P1310163
サン・テオバルド礼拝堂です。


P1310164
サン・テオバルド礼拝堂の祭壇(1486‐1516)


P1310171
祭壇の彫刻は、アントニオ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、16世紀活動)と協力者による「聖母子と聖テオバルドと聖ロレンツォ」(1525)


P1310176
祭壇下の彫刻は、アントニオ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、16世紀活動)と協力者による「ピエタと受胎告知」(16世紀第1四半世紀)


P1310165
サン・テオバルド礼拝堂天井のフレスコ画は、ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「聖テオバルドの栄光」(1760)


P1310172
天井フレスコ画は、1999年から2000年に復元されたものです。
サン・テオバルド礼拝堂に4点の祭壇画があります。


P1310169
ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「聖母戴冠」(1761)


P1310174
ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「三位一体とアルバの街を守護する聖ロレンツォ」(1761)


P1310178
ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「聖テオバルドの奇跡」(1761)


P1310181
ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「包囲されたアルバの街を救助する聖人たち」(1761)


P1310184
次は中央礼拝堂です。


P1310190
中央礼拝堂天井


P1310186
ベルナルディーノ・フォッサーノ(フォッサ―ティ)・ダ・コドーニョの「祭壇」(1512)


P1310194
聖歌隊席もベルナルディーノ・フォッサーノ・ダ・コドーニョの作品です。


P1310195


P1310189
クラウディオ・フランチェスコ・ボーモント(トリノ、1694‐1766)の「聖ロレンツォの栄光」(1766)


P1310192
「聖ロレンツォの物語」(1871)の白黒フレスコ画が4点あります。
4点ともルイージ・ケルビーノ・ハルトマン(キアヴェンナ、1810c‐トリノ、1884)


P1310200
「聖ロレンツォの物語」(1871)


P1310206


P1310196
後陣のステンドグラス


P1310197


P1310198


P1310199


P1310202
Presbiterioから見た出入口


P1310203
Presbiterioから見た左側廊


P1310204
Presbiterioから見た右側廊


P1310209
Presbiterioに上ることが出来て幸運でした。


P1310210
右側廊の礼拝堂を見ます。


P1310212
「天使のモザイク」(19世紀)


P1310213
後陣右側にあるサンティッシマ・サクラメント礼拝堂です。


P1310223
1642年から1656年に改造して出来たバロック様式の礼拝堂です。


P1310222
サンティッシマ・サクラメント礼拝堂の天井フレスコ画は、フランチェスコ・アントニオ・クニベルティ・ダ・サヴィリアーノ(1716‐1753)の「聖エリア」(1748)


P1310217
フランチェスコ・アントニオ・クニベルティ・ダ・サヴィリアーノ(1716‐1753)の「聖母子を崇拝する聖エリージョ」(1746)


P1310221
フランチェスコ・アントニオ・クニベルティ・ダ・サヴィリアーノ(1716‐1753)の「預言者エリセオ」


P1310225
フランチェスコ・アントニオ・クニベルティ・ダ・サヴィリアーノ(1716-1753)の「預言者エリアの奇跡」


P1310227


P1310228
説教壇


P1310229


P1310230
次は聖家族の礼拝堂です。


P1310242
聖家族の礼拝堂天井


P1310232
チェーザレ・ロッシの「三位一体と聖家族」(1875)


P1310236
「聖母子」(1826)
アルバのサン・ドメニコ教会から移設された作品です。


P1310238
「磔刑」(17世紀)
アルバのサン・ドメニコ教会から移設されたものです。


P1310245
マドンナ・デル・サクロクオーレ礼拝堂です。


P1310247
マドンナ・デル・サクロクオーレ礼拝堂の天井


P1310246
「聖心のマドンナ」(19世紀)


P1310248
アゴスティーノ・コットレンゴ(ブラ、1794‐1853)の「聖パレモネ・アバーテ」(1827)


P1310250
磔刑礼拝堂です。
「ブロンズの磔刑像」(19世紀)


P1310251
磔刑礼拝堂天井


P1310253
ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793/1794)の「聖ジュゼッペの死」


P1310257
ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704-1793/1794)の「聖母子と聖フィリッポ・ネリと聖グラート」


P1310261
詳細不知


P1310265
詳細不知


P1310244
ファサード裏にオルガンがあります。


P1310243
ルネサンス期以前の作品がなくてガックリでした。


P1310391
外に出ました。
(つづく)

P1310106
街の中心リソルジメント広場に面して建つドゥオーモです。アルバ司教区のサン・ロレンツォ司教座教会です。


P1310104
紀元1‐2世紀に建設された、ローマ時代の公共建物の遺跡の上に5世紀後半に建設された初期キリスト教会が前身です。6世紀初頭に書かれた初期キリスト教会の洗礼書が発見されているので、それは事実とされてます。
この教会についての公文書の記述としては、969年のオットー1世の文書及び998年のオットー3世の文書に言及されてます。
12世紀に拡大され、その際、ロマネスク様式の建物に改造されました。


P1310103
1483年、当時のアルバ司教が建物の危険性に懸念を示し、再建を決めました。拡大されたロマネスク様式の建物の一部を組み込んで、1486年創建、1517年に完成したゴシック様式の建物が現在の姿の原形です。


P1310109
1867年から二代目の建物の形状変更工事が行われました。現在のファサードは1878年に完成しました。


P1310270
後陣と鐘楼
鐘楼は、13世紀に建築され、1477年に現在の形状に改築されました。


P1310267
鐘楼に時計がついてます。


P1310096
右側外壁


P1310395
左側外壁


P1310381
ファサードを見ます。
1878年のネオ・ゴシック様式のファサードなので、見所が乏しいと言えると思います。


P1310115
ルイージ・コッキオ(ミラノ、19世紀後半活動)の「聖ロレンツォ」(1878)


P1310110
ファサードに四福音書記者の彫像があります。
カルロ・ドゥーシオの「聖ルカ」(1878)
牛は聖ルカのシンボルです。


P1310111
カルロ・ドゥーシオの「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」(1878)
鷲は福音書記者聖ヨハネのシンボルです。


P1310116
カルロ・ドゥーシオの「聖マルコ」(1878)
ライオンは聖マルコのシンボルです。


P1310117
カルロ・ドゥーシオの「聖マッテオ」(1878)
天使は聖マッテオのシンボルです。


P1310120
ファサード下にロッジャがあります。


P1310118
ファサードの左扉


P1310119
左扉上ルネッタの装飾


P1310121
中央扉上ルネッタの装飾


P1310122
中央扉の柱頭


P1310123
中央扉の柱頭


P1310124


P1310125
柱廊出入り口の木製扉


P1310126


P1310127
右扉


P1310128
中に入りました。


P1310130
三廊式、ラテン十字形の内部です。


P1310129
1867年から1874年にネオ・ゴシック様式に大幅に改築されました。


P1310134
左側廊


P1310135
左側廊から見た内陣


P1310132
右側廊


P1310133
右側廊から見た内陣


P1310131
身廊中央


P1310136
洗礼堂です。


P1310138
クラウディオ・フランチェスコ・ボーモント(トリノ、1694‐1766)に帰属する「キリストの洗礼」


P1310140
洗礼堂天井のフレスコ装飾


P1310141
ウーゴ・デッラピアーナ(アルバ、1975‐)の「洗礼盤」(1991)


P1310142
ロザリオの聖母の礼拝堂


P1310145
エンリコ・レッフォ(トリノ、1831‐1917)の「聖母子とグツマンの聖ドメニコとシエナの聖カテリーナ」(1888)


P1310148
セバスティアーノ・タリッコ(ケラスコ、1645‐トリノ、1710)に帰属する「聖母子を描く聖ルカ」


P1310150
ジョヴァンニ・ピッリの「嘆きの聖母」(1770)
ジョヴァンニ・ピッリの署名と日付入りの作品です。この画家は全く知りません。


P1310151
ロザリオの聖母の礼拝堂天井の装飾


P1310152
サン・ボ―ヴォ礼拝堂です。


P1310161
アンブロージョ・オリヴァ(トリノ、16世紀‐17世紀)の「聖アントニオ・アバーテ」(1591)


P1310159
アンブロージョ・オリヴァは、グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォの弟子です。


P1310160


P1310154
詳細不知


P1310156
グリエルモ・ルセッロの「磔刑と聖ボ―ヴォと聖テオバルドと聖カルロ・ボッロメオと聖ロッコ」(1630)


P1310157
(つづく)

P1310091
順路を考えれば、旧サン・ドメニコ教会からドゥオーモに向かうのが自然ですが、正午を過ぎてドゥオーモの扉が閉まるので、昼食を食べることにしました。


P1310094
Via Coppaです。


P1310095
コッパ通りの突き当りがドゥオーモです。


P1310096
ドゥオーモの右側壁に出ました。


P1310097
ドゥオーモのファサードが面しているリソルジメント広場です。


P1310099
別名ドゥオーモ広場と呼ばれてます。暑い日の日差しが苦手な私ですが、イタリア人を含むヨーロッパ人は総じて日差しが大好きです。


P1310109
ドゥオーモの扉が未だ開いてましたが、12時半に閉まるので拝観は夕方にすることにしました。


P1310098
広場に面して観光案内所があります。


P1310101
この当時、観光案内所は、午前9時から午後5時まで、途中昼休み無しで開いていました。中に入って地図を買い求めました。(無料の地図は説明不足なので、有料地図にしました)


P1310107
市庁舎です。リソルジメント広場が街の中心です。


P1310100
写真右の塔のある建物は、Casa Sineoです。建物の歴史は古く、12世紀後半に遡るとされてます。


P1310112
市庁舎の先に(写真右)塔が見えますが、塔は今は現存しないサンタ・マリア・ディ・カサノヴァ修道院の鐘楼です。鐘楼を組み込んで建物が建設されました。


P1310108
塔がある建物はCasa Parrussaです。よく見ると、もう一本塔があります。


P1310274
ドゥオーモ近くの店で昼食を食べることにしました。


P1310276
写真手前の店を選びました。


P1310278
白トリュフはシーズンではないので、勧められた料理をそのまま選びました。


P1310279


P1310280


P1310281
近年、昼食でワインを1本空けることは滅多になくなりました。夕食ならばワイン1本が普通ですが、昼食では身体に堪えます。


P1310282
昼食を食べながら、時々見ていたドゥオーモの鐘楼です。


P1310283
屋外が暑かったので、冷房が効いている店内で食べれば良かった、と後悔。


P1310275
腹ごなしのブラブラ歩きに出発。


P1310268
昼過ぎのこの時間は、教会の殆どが閉まっているので、特にやることがありません。


P1310269
ドゥオーモの周囲を足の赴くままに歩きました。


P1310271
先ほど昼食を楽しんだ一角に再び来てしまいました。


P1310272
趣を変えて裏通りに入りました。


P1310273
開いている店は食堂くらいで、殆どの店は昼休み中。


P1310284
サン・ジュゼッペ教会に行ってみることに。その昔、鐘楼が解放されていたことがありました。


P1310286
Via Manzoni


P1310287
写真左奥の建物がサン・ジュゼッペ教会です。


P1310289
サン・ジュゼッペ教会です。


P1310290
ファサードの方に回ります。


P1310291
高い鐘楼が目立ちます。
13世紀第4四半世紀に遡るサンタントニオ教会が前身です。


P1310293
高さ64mあるそうです。


P1310297
少し大回りしないとファサードの方に出られません。


P1310298
サン・ジュゼッペ教会です。ファサード前の小さな広場にレストランが出ています。


P1310301
ローマ時代の邸宅の遺跡の上に建設された教会です。


P1310304
17世紀前半、旧サンタントニオ教会を活動拠点にしていた巡礼者同信会 Confraternita dei Pellegirinoが建物の再建を決めました。


P1310299
そうして、1643年に創建され、1653年に完成したバロック様式の二代目の建物です。1656年に献堂式が執り行われましたが、それを機に教会名称が現称に改称されました。


P1310309
観光案内所で確認したところ、夕方遅くに開くかも知れないとの事だったので、夕方に再訪することにしました。鐘楼にも上れるようです。


P1310296
ドゥオーモの鐘楼が見えました。


P1310300
Via Alerino Como


P1310303
(つづく)

その3に引き続きサン・ドメニコ教会です。
P1300987
後陣左の礼拝堂です。


P1300989
礼拝堂の壁全面がフレスコ画で覆われていました。


P1300990
後陣左の礼拝堂の左側壁に描かれた「聖セバスティアーノの殉教」(15世紀第4四半世紀)


P1300991
ルネッタ上のフレスコ画断片(1310‐20c)


P1300993
「受胎告知」(14世紀末‐15世紀初頭)


P1300996
1310年から1320年頃に制作されたフレスコ画


P1300999


P1310001
「聖人たち」(15世紀第4四半世紀)


P1310003
「アレッサンドリアの聖カテリーナの物語」(15世紀初頭)


P1310004


P1310008
この日の翌日、演奏会が行われる予定でした。そのために座席が既に用意されていました。


P1310009
中央礼拝堂前から見た左側廊方向


P1310010
中央礼拝堂前から見た右側廊方向


P1310011
後陣右の礼拝堂です。
木彫りの「聖ドメニコ」(2000)


P1310014
「慈悲の聖母」(14‐15世紀)


P1310016
「祈る修道士」(14‐15世紀)


P1310017
詳細不知


P1310019
15世紀のフレスコ画


P1310020
1996年から1997年に修復された柱の白黒模様


P1310021
14‐15世紀のフレスコ


P1310022
右側壁のタベルナコロ(17‐18世紀)


P1310023


P1310024
右側廊のタベルナコロ(17‐18世紀)


P1310026


P1310028
右側廊のタベルナコロ(17‐18世紀)


P1310029


P1310030


P1310032
右側廊のタベルナコロ(17‐18世紀)
タベルナコロの祭壇画が取り外されています。


P1310034
ファサード裏に三翼祭壇画があります。


P1310033
詳細不知


P1310036
タベルナコロ(17‐18世紀)


P1310037
右側廊


P1310038
左側廊


P1310040
ステファノ・キアントーネの「キリストと聖ドメニコと天使」(1827)


P1310042
教会の模型


P1310043
「聖フィロメナ」(19世紀)


P1310044


P1310047
柱に描かれたフレスコ画(1340c)


P1310048


P1310050


P1310054
レオナルド・ビストルフィの「嘆き」(1915c)


P1310055
最近修復された天井フレスコ


P1310057
レオナルド・ルビーノ(1871‐1954)に帰属する「磔刑像」(20世紀前半)


P1310059
14世紀のフレスコ画が修復の際、発見されました。


P1310060


P1310061


P1310065


P1310067


P1310069
出入口


P1310070
外に出ます。


P1310073
サン・ドメニコ教会はこれで終わりです。
(つづく)

P1300948
サン・ドメニコ教会のファサードに出ます。


P1310076
サン・ドメニコ教会です。
ロマネスク様式からゴシック様式に移行する過渡期の初期ゴシック様式の教会です。


P1310074
この場所はローマ時代の住宅の遺跡がありました。


P1300945
13世紀後半、ドメニコ会修道士に土地が与えられ、教会と修道院の建設が認可され、1292年に教会の建設工事が開始されました。


P1300949
その後、修道院が併設されました。
しかし、教会と修道院の建物は、資金不足のため、不完全な状態のままでした。
1440年、第207代教皇エウジェニオ4世(ヴェネツィア、1383‐ローマ、1447 教皇在位:1431‐1447)が資金調達の途を開き、直ぐに建設工事が再開され、教会と修道院の建物は1474年に完成しました。


P1310075
17世紀後半から18世紀初頭にかけて、修復と改造工事が行われましたが、内部の側廊の礼拝堂がバロック様式に大規模に改造されました。
1801年、ナポレオンの抑圧令によって教会修道院は閉鎖されてしまいました。
教会と修道院の建物は放置されました。修道院だった建物は、19世紀後半から20世紀初めにかけて破壊され現存しません。
教会の建物は、1930年頃から修復工事が開始されました。1975年から本格的な工事が行われるようになり、危険な箇所が撤去され、補強工事が行われるなど、閉鎖時とはかなり異なる部分があるようです。
1985年には、音楽学校の演奏会場にするために、音響増幅システムや照明設備などが導入されました。
現在、建物はアルバ市が所有しており、引き続き音楽学校の演奏会場として使用されている他、文化イベント会場になってます。


P1300947
右側壁


P1300941
古いフレスコ画などが内部にあります。


P1300944
後陣


P1310088
ファサードを見ます。


P1310089
1996年から1998年にファサードの修復が行われましたが、新しく見える箇所はその際、オリジナルに似せて新造されたのです。


P1310079
入口扉上ルネッタ上のフレスコ画「聖母子と聖ドメニコとシエナの聖カテリーナ」(16世紀)


P1310080
フレスコ画の下の浮彫は創建時のものです。


P1310081
1991年に復元されたArco Trilobo


P1310082
1991年に復元された柱


P1310083


P1310084
15世紀の浮彫


P1310085
柱頭


P1310086


P1310087


P1310077
近年、催事が行われない日でも中に入ることが出来ようになりました。


P1300951
中に入りました。


P1300953
三廊式、ゴシック様式構造の内部です。


P1300952
左右の側廊にある礼拝堂は17‐18世紀に改造されました。


P1300954
内部はフレスコ画の宝庫です。


P1300962
天井の本格的な修復は未着手です。


P1300956
ベアータ・マルゲリータ・ディ・サヴォイア(フォッサーノ、1390‐カザーレ・モンフェッラート、1464)の指示によって1441年から1442年に描かれたフレスコ画


P1300964
アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖アポッロニア、聖アグネス、アンティオキアの聖マルゲリータ(1441‐42)


P1300958
この部分のフレスコ画もベアータ・マルゲリータ・ディ・サヴォイア(フォッサーノ、1390‐カザーレ・モンフェッラート、1464)の指示によって1441年から1442年に制作されました。


P1310068


P1300975
演奏会場、催事場などに使用されているので、中央礼拝堂に祭壇がありません。


P1300959
18世紀に施された後陣の装飾


P1300965
ジョヴァンニ・ペロシーノ・ロンゴの「十字架降下」(1517)


P1300967
18世紀に施された後陣装飾


P1300968
20世紀後半に復元されたステンドグラス


P1300969
赤い部分に演奏会場用の装置が付けられるようです。


P1300971


P1300972


P1300973


P1300974
シノピエ


P1300985
ジョヴァンニ・トゥルコットの「聖ドメニコと聖フランチェスコの邂逅」(1470c)


P1300979
15世紀末のフレスコ画


P1300981
15世紀に描かれたフレスコ画


P1300984
「ピエタ」(15世紀末)
(つづく)

P1300869
道を挟んで、サンタ・マリア・マッダレーナ教会の斜め前にサンティ・コズマ・エ・ダミアーノ教区教会があります。


P1300918
1163年の文書に、この教会の存在が初めて記録されました。


P1300871
最初の建物は、1573年に大修復、改造されました。


P1300872
現在の建物は、建築家カルロ・フランチェスコ・ランゴーネ(1721‐1788)の設計、工事監督によって1760年から1762年に建設されました。


P1300870
鐘楼は1780年から1786年に建設されました。


P1300873
中に入りました。


P1300875
単身廊です。


P1300874
右側壁


P1300876
フェデーレ・フィナティ(ジェルミニャーガ、1856‐アルバ、1942)によって、1921年に復元された装飾です。


P1300883
スタッコもフェデーレ・フィナティの作品です。


P1300879
主祭壇


P1300882
主祭壇画は、クラウディオ・フランチェスコ・ボーモント(トリノ、1694‐1766)の「受胎告知を崇める聖コズマと聖ダミアーノ」(1761)です。


P1300884
「聖母子」のイコン


P1300886
聖具室の入り口


P1300892
ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の「父なる神と聖家族と聖アンナと聖ジョアッキーノ」


P1300898
エミリオ・プルノットの「十字架降下」(1961)
エミリオ・プルノットについては全く知りません。


P1300902
詳細不知


P1300909
詳細不知


P1300910
フェデーレ・フィナティ?のフレスコ画


P1300914


P1300915


P1300916


P1300878
主祭壇前から見た出入口方向


P1300920
外に出た。


P1300917
16世紀に再建されたPalazzo Mermetです。


P1300922
Via Luigi Paruzza


P1300923
Via Vincenzo Gioberti


P1300924
ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りを市庁舎方向に進みます。


P1300926
通りの先に鐘楼が見えます。
写真右に市立考古学博物館などの入り口があります。


P1300927
市立考古学博物館などの入り口です。


P1300928
リソルジメント広場です。見えている鐘楼は、サンタ・マリア・マッダレーナ教会のものです。


P1300930
広場を取り囲む建物は、旧サンタ・マリア・マッダレーナ修道院です。広場は修道院のキオストロです。


P1300931
この時間は休館でした。


P1300929
考古学博物館はあまり興味がないし、絵画の展示がないので、休館でも問題無しでした。


P1300932
ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りに戻りました。


P1300933
サンタ・マリア・マッダレーナ修道院だった建物でしょう。


P1300935
Via Pietrino Belliにお勧めのレストランがあります。


P1300936
次の交差点を右折します。


P1300937
Via Mandelliに入りました。


P1300938
写真右は、サンタ・マリア・マッダレーナ修道院だった建物でしょう。
通りの突き当りはサン・ドメニコ教会です。


P1300940
サン・ドメニコ教会の後陣です。


P1300943


P1300942
(つづく)

アルバは、人口31,503人(2019年1月31日現在)のピエモンテ州クーネオ県にあるコムーネで、白トリュフとワインで有名です。
P1300814
前泊地はクーネオでした。


P1300813
クーネオ始発トリノ・ポルタ・ヌオーヴァ行きの普通列車は空いてました。


P1300815
途中のCavallermaggioreで乗り換えます。


P1300816
接続が5分しかなく、トリノ発アルバ行きの列車は定刻運転で、私が乗っていたトリノ行き列車が12分遅れていたので、イタリアのことだから接続は無理と覚悟していました。ところがアルバ行き列車が接続待ちをしてくれて、無事にアルバ行き列車に乗車することが出来ました。イタリアでは列車の接続待ちは稀で、何度か苦い経験をしました。


P1310676
何故かアルバ駅に定刻に到着しました。


P1300817
アルバ駅の駅舎です。


P1300818
先ず、この日のお宿に向かいました。


P1300819
Corso Fratelli Bandieraを進み、ホテルがあるローマ通りに行きます。


P1300821
鉄道駅から徒歩約5分で、この日のお宿に到着しました。レストランを併設しているホテルです。
このところ、専ら24時間フロント対応のホテルに泊まってます。B&Bなどアパート等では、鍵の受け渡し、鍵が開かない、電気が通電しない、エレベーターに閉じ込められた、トイレが流れない、シャワーのお湯が出ない等々の様々なトラブルに遭って、懲りました。


P1300822
チェックインを済ませてから外出しました。


P1300824
ローマ通りです。


P1300823
直ぐにサヴォーナ広場に着きました。


P1300825
昼前でしたが、既にワインを飲んでいる人がいました。


P1300826
7月1日は暑い日でした。アルバの夏は猛暑で有名です。


P1300827
サヴォーナ広場に立つ、アルトゥーロ・スタリアーノ(ナポリ、1867‐トリノ、1936)の「ジュゼッペ・コヴォーネ将軍のモニュメント」(1929)
ジュゼッペ・コヴォーネ将軍(アスティ、1825‐アルバ、1872)は、サヴォイア家の司令官でイタリア統一戦争で活躍しました。


P1300828
サヴォーナ広場からヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りに入ります。


P1300829
ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りです。塔が目立ちます。


P1300830
ヨーロッパ系の観光客が多かった。


P1300831
Torre di Palazzo Mermet
16世紀に再建された建物の塔です。建物の土台はローマ時代の建造物のようです。


P1300832
マッダレーナ教会が見えてます。


P1300833
夏休み中なので、子供連れが多かった。


P1300835
サンタ・マリア・マッダレーナ教会です。


P1300837
1252年の記録に、この場所に存在した礼拝堂が記載されてます。
ベアータ・マルゲリータ・ディ・サヴォイア(フォッサーノ、1382/1390-カザーレ・モンフェッラート、1464)が1442年から修道院の建設を行い、1448年の完成を待って、建物をドメニコ会女子修道会に寄進して、サンタ・マリア・マッダレーナ修道院となりました。


P1300838
現在の建物は、カルロ・ジャチント・デッラ・ローヴェレ伯爵によって再建計画が推進され、起用された建築家ベルナルド・ヴィット―ネ(トリノ、1704-1770)によって、1731年創建、1749年に完成した後期バロック様式のものです。


P1300866
ファサードは、資金不足のため未完成のまま現在に至ってます。


P1300836
鐘楼は旧修道院の方にあります。


P1300839
中に入りました。


P1300840
楕円形、バロック様式の内部です。


P1300842
主祭壇を挟んで、左右に大きな聖職者席と礼拝堂があります。


P1300841
右側壁


P1300843
天井のフレスコ画は、ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690-1772)の「ベアータ・マルゲリータ・ディ・サヴォイアの賞揚」(1747-50)です。


P1300850


P1300858


P1300862


P1300864


P1300863
主祭壇


P1300846
主祭壇画は、ジョヴァンニ・バッティスタ・ビスカッラ(ニッツァ、1790-トリノ、1851)の「聖マリア・マッダレーナ」(1825)


P1300852
聖職者席です。
ピエモンテの彫刻家による磔刑像(16世紀)があります。


P1300853
聖職者席の天井フレスコ画は、ジャコモ・ラーパによって1734年に描かれました。
ジャコモ・ラーパという画家については全く知りません。


P1300854
詳細不知


P1300857
詳細不知


P1300860
詳細不知


P1300851
主祭壇前から見た出入口です。


P1300868
外に出ました。
(つづく)

↑このページのトップヘ