イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 記事は一日に一つアップしています。記事の見方ですが、例えば「ボルゲーゼ美術館の展示作品(その4)」は2017年10月20日にアップしました。各記事にカレンダーが表示されてますが、カレンダー上の2017年10月21日をクリックして頂ければ「ボルゲーゼ美術館の展示作品(その5)」になります。(その3)は2017年10月20日となります。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:ピエモンテ州 > アルバ

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旧サン・ジュゼッペ教会の続きです。


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鐘楼に上ります。


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1774年に完成した高さ64mの鐘楼です。


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エレベーターがないので、自分の足で上ります。


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この旧教会が博物館の扱いになっていることを知らない観光客が殆どのようで、何時も私一人です。鐘楼から見る絶景が楽しみです。


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鳩などの鳥の飛来防止のため、以前よりも金網の目が細かくなって、金網の間にカメラのレンズを入れて写真を撮ることが出来ないようになっていました。


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ドゥオーモ


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旧サン・フランチェスコ修道院


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カヴール通りの塔


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金網の写真ばかりでは詰まらないので、早々に退散しました。


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鐘楼の一部と教会の地下が博物館になってます。


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この時は、入館無料でしたが、今はどうでしょうか?


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前身のサンタントニオ教会だった部分


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ローマ時代の邸宅だった部分


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盗まれたピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の作品写真
盗まれた他の作品写真は残されていません。


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外に出ました。


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空が急に暗くなってきました。


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遠雷が聞こえてきました。


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ところが稲光と共に強烈な雷鳴が・・・・・ ビックリでした。


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雨が降ってきました。


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直ぐに雨が止みました。


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アルバにも寿司屋があります。日本人が握っている寿司屋は殆どなく、大半が中国、韓国などの東洋人が職人の寿司屋です。


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晴れてきたので中心街に戻りました。


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市庁舎


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市庁舎のロッジャ


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市庁舎内にマクリーノ・ダルバの「聖母戴冠」がありますが、見たことがありません。


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市庁舎のロッジャから見たドゥオーモ広場


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晴れて来たのは良いのですが、先ほど道路を濡らした俄雨が強烈な日差しで蒸発して、物凄い湿気でした。


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街角の聖母子


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Palazzo dei Conti Belli内に小さな美術館があります。


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休館でした。


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13世紀から15世紀に建設されたPalazzo Serralungaです。


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Palazzo Serralunga外壁のフレスコ画


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キリがないので、この辺で終わることにします。
(おわり)

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次はサン・ジュゼッペ教会です。


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写真右はサン・ジュゼッペ教会の一部です。


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鐘楼に上れると良いなあ、と思いながら、ファサード側に出ます。


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サン・ジュゼッペ教会の扉が開いていました。


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教会が建っている場所は、ローマ時代の邸宅の遺跡がありました。その遺跡の上に、13世紀第4四世紀に建設されたサンタントニオ教会が前身です。


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旧サンタントニオ教会を活動拠点にしていた巡礼者同信会は、17世紀前半、老朽化していた建物の再建を決めました。


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そうして1643年に創建され、1653年に完成したバロック胸式の建物が現在の姿の原形です。
1656年に献堂式が執り行われ、それを機に奉献する聖人が聖ジュゼッペに変更され、教会の名称も現称になりました。


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1859年と1939年の修復、改造を経て、現在の姿になりました。
巡礼者同信会の活動が1953年に停止され、それと共に教会としての機能も停止されました。1995年に建物の管理がアルバ市に移されるまで、建物は放置され、その間、貴重な絵画や彫刻が盗難に遭ってしまいました。
現在、教会はサン・ジュゼッペ文化センターに管理が委託され、博物館の扱いをされてます。


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1774年に完成した、高さ64mの鐘楼は一般公開され、上ることが出来ます。


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中に入りました。
単廊式、バロック様式の内部です。
多くの作品が盗まれてしまい、美術的に見るべき作品は数点しかありません。盗まれてしまった作品の代わりに、現代芸術家の作品が設置されてます。


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ヴィットーレ・デ・二コラ・ディ・ロカルノとカルロ・ポステルラによって、1720年に制作された天井フレスコ画


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「聖心を崇敬する聖ジュゼッペと聖ロッコ」(1720)


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主祭壇横の説教壇


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絵画とフレスコ画が多くあります。


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磔刑の礼拝堂


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クーポラ


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ミラノの逸名彫刻家作「磔刑像」(1709)
磔刑像の背後の絵画はガエターノ・ぺーシェ(ラ・スペツィア、1939‐)によって描かれました。
この磔刑像は、この教会にあったものではなく、元々の磔刑像は盗まれてしまったので、個人から寄付されたものです。その磔刑像にぺーシェの背景画が付け加えられました。


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制作者不明の「フランチェスコ・ピスト―ネ(ピエモンテ、17世紀活動)作『聖母子と聖人たち』のコピー画」


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出来が良いコピー画です。
オリジナルの作品は盗まれてしまいました。


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ガエターノ・ぺーシェ(ラ・スペツィア、1939‐)の「磔刑」


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サンティ・ジョヴァンニ・バッティスタ・エ・ルイージ・ゴンザーガ礼拝堂(1711‐1716)


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サンティ・ジョヴァンニ・バッティスタ・エ・ルイージ・ゴンザーガ礼拝堂天井の装飾


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シルヴィオ・ロッソ(クーネオ、1940‐)の「赤と金の祭壇画」(2009)
印象強烈な抽象的な祭壇画です。


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シルヴィオ・ロッソによるフレスコ画


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詳細不知


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Cappella Angelo Custode (1667-1691)
祭壇画は、カテリーナ・ベルゲーゼ(フォッサーノ、?‐)の「守護天使」


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カテリーナ・ベルゲーゼのフレスコ画


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Cappella dei Santi Pietro e Paolo


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マウリツィオ・リナウドの「十字架降下」


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エミリオ・プルノットの作品(2002)


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の「ご誕生」(1755)
オペルティの作品が4点盗まれたそうです。


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の「聖母の結婚」(1775)


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主祭壇


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セコンド・アントニオ・ボットの「聖ジュゼッペ」


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の「父なる神」(1755)


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ヴィットーレ・デ・二コラ・ディ・ロカルノとカルロ・ポステルラによる後陣フレスコ画(1720)


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後陣の左右の側壁に4点の現代宗教画と思われる作品がありますが、私には制作者等の詳細が分かりません。


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次はアンジェロ・プローリオの「キリストの生涯の物語」です。


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大作です。


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(つづく)

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Piazza Pertinaceに面して建つサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教区教会です。アルバの街にある教会のうち、美術的に最も見所豊富な教会と思います。


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中世初期、ロンゴバルド時代の7,8世紀に建設された教会です。
建物が13世紀前半に再建され、1229年の文書に初めて記載されてから、教会の存在が定期的に言及がなされています。


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1556年、隣接する修道院がアゴスティーノ兄弟修道会の所有となり、1557年に教会の向きが180度変更されました。従来の後陣が入り口に、従来のファサードが後陣になったのです。


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13世紀に建設された二代目の建物が劣化したので、1627年から1630年にかけて三代目となる建物が建設されました。現存している建物は、この三代目が原形となってます。
1801年、ナポレオンの抑圧令によって、教会と修道院は閉鎖され、その建物は倉庫に転用されました。


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1821年、教会の活動が再開されましたが、修道院は再開されることなく、20世紀前半に破壊されました。
教会の方は、1884年から1890年に建築家Cesare Fantazziniの設計によって、現在の外観と教会内部に大改造されました。


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ファサードの「キリストの洗礼」は、内部にある主祭壇画を模して1939年に制作されました。


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ファサードの「授乳の聖母」は、中にあるバルナバ・ダ・モデナの作品を模して制作されたものです。


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同じ広場にあるローマ寺院の遺跡に訪れる観光客がかなりいますが、この教会を拝観する人は殆どいないようです。美術ファンは少ないのです。


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中に入りました。


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単廊式、バロック様式の内部です。


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19世紀後半に行われた改造のため、かなり新しく見えます。


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天井は、Cesare Fantazziniの設計によって、1884年から1890年に張り替えられました。


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Cesare Fantazziniのデザインによる格子天井


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バルナバ・ダ・モデナ(モデナ、1328‐ジェノヴァ、1386)の「授乳の聖母」(1377)
破壊されたアルバのサン・フランチェスコ教会にありましたが、破壊された際、この教会に移設されました。


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二代目の建物にあったフレスコ画の痕跡


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サンタゴスティーノ礼拝堂です。
礼拝堂祭壇画は、ニコロ・フォルミカの「カスチャの聖リータ」(1941)
ニコロ・フォルミカという画家については全く知りません。


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サンタゴスティーノ礼拝堂天井の装飾


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マクリーノ・ダルバ(d' Alba)(アルバ、1460/1465c-1520c)の「幼きキリストを崇拝する聖母と聖ジュゼッペとトレンティーノの聖二コラと聖アゴスティーノと音楽天使」


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アルバにあったアゴスティーノ会のサンタ・マリア・デッラ・コンソラツィオーネ修道院に併設されていたサン・バルトロメオ教会にありましたが、修道院閉鎖に伴い、この教会に移設された作品です。


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ジョヴァンニ・ステファノ・ダネディ(ドーネダ)通称イル・モンタルト(トレヴィーリオ、1612-ミラノ、1690)の「砂漠の聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


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ジョヴァンニ・アントニオ・モリネーリ(サヴィリアーノ、1577-1631)に帰属する「エマオの晩餐」


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13世紀のロンバルディアの逸名画家作「三聖人」


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主祭壇画は、ジョヴァンニ・アントニオ・モリネーリ(サヴィリアーノ、1577-1631)の「キリストの洗礼」(1630c)


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後陣に掲げられた、パオロ・ガイダーノ(ポイリーノ、1861-トリノ、1916)の「聖母子とアヴィーラの聖テレーザとアッシジの聖フランチェスコ」(1887)


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ジュゼッペ・キアントーレ(クミアーノ、1747-トリノ、1824)の「聖ヤコブ」(1823)


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グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568-モンカルヴォ、1625)に帰属する「玉座の聖母子と2聖人」(16世紀後半)
従来、マクリーノ・ダルバ派逸名画家の作品とされてきましたが、近年の研究によってイル・モンカルヴォの帰属作品とされるようになりました。


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キリストの聖心の礼拝堂です。


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ヴィルジリオ・アウダーニャ(トリノ、1903-1995)の「キリストの洗礼」


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詳細不知


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詳細不知


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洗礼に使用される聖水井戸


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詳細不知


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教会内部を再見しました。


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ファサード裏にオルガンがあります。


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外に出ます。


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(つづく)

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次はサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会です。


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民家の壁にある、かなり古そうな天使の彫刻です。


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観光案内所でサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会は毎日開く教会と聞いたので、慌てる必要がありません。


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ここで困ったことが一つ。昼食のアルコールと冷たい水が効いて、要バールでのトイレ休憩。


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右折すればサン・ジュゼッペ教会に出ます。バールを探しましたが、意外にも見つからず。やはりドゥオーモ広場に戻れば何とかなると思いました。


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Casa Parrussaの塔が見えたので、通りの突き当りが中心街です。


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ドゥオーモ広場のバールで一休み。


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市庁舎


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カヴール通りからサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会に向かいました。


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通りから少し右に飛び出ている建物に塔があります。


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これです。


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13世紀の塔です。


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アルバの中心街で現存する塔は6本だそうです。


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中世に描かれた絵画に拠れば、20本以上の塔があったようです。


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14世紀に建設された市場だった建物です。


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この建物にも塔があったようです。


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中世の頃、建物の所有者の権力誇示のため、多くの塔が建設されましたが、勢力が衰えたり、失脚したりすると塔が破壊されたり、塔の高さを低くされたようです。


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Torre Parrussa


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カヴール通りを進み、次の交差点を左折すれば、サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会がある広場に出ます。


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Piazza Pertinaceです。


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広場に面して現代的なアパートが建ってます。


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観光客をかなり見かけます。


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サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会です。この後、拝観しましたが、サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会については、(その9)で纏めて取り上げます。


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Casa Marro


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特に名前が付いていない建物です。


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Tempio Romanoの遺跡です。


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寺院は、紀元前29年から紀元後14年に建設されたそうです。


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アルバで残されているローマ時代の遺跡はこれだけ?


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次はサン・フランチェスコ修道院です。


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サン・フランチェスコ修道院は街の北にあります。


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サン・フランチェスコ広場です。


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写真左がサン・フランチェスコ修道院だった建物です。


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18世紀末に修道院活動が停止され、その後、一度も活動が再開されることなく現在に至ってます。


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教会の建物は危険と判断されて現存してません。


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サン・フランチェスコ広場はアルバにおける中国人の拠点となってます。その中心が写真右のGRANATOの建物だそうです。


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中国人は順応力が高いので、イタリアは中国人に益々席捲されそうです。


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街の中心に戻ります。


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(つづく)

引き続きアルバのドゥオーモです。
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天使のモザイク(19世紀)


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サン・テオバルド礼拝堂です。


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サン・テオバルド礼拝堂の祭壇(1486‐1516)


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祭壇の彫刻は、アントニオ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、16世紀活動)と協力者による「聖母子と聖テオバルドと聖ロレンツォ」(1525)


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祭壇下の彫刻は、アントニオ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、16世紀活動)と協力者による「ピエタと受胎告知」(16世紀第1四半世紀)


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サン・テオバルド礼拝堂天井のフレスコ画は、ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「聖テオバルドの栄光」(1760)


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天井フレスコ画は、1999年から2000年に復元されたものです。
サン・テオバルド礼拝堂に4点の祭壇画があります。


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ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「聖母戴冠」(1761)


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ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「三位一体とアルバの街を守護する聖ロレンツォ」(1761)


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ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「聖テオバルドの奇跡」(1761)


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ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「包囲されたアルバの街を救助する聖人たち」(1761)


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次は中央礼拝堂です。


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中央礼拝堂天井


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ベルナルディーノ・フォッサーノ(フォッサ―ティ)・ダ・コドーニョの「祭壇」(1512)


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聖歌隊席もベルナルディーノ・フォッサーノ・ダ・コドーニョの作品です。


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クラウディオ・フランチェスコ・ボーモント(トリノ、1694‐1766)の「聖ロレンツォの栄光」(1766)


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「聖ロレンツォの物語」(1871)の白黒フレスコ画が4点あります。
4点ともルイージ・ケルビーノ・ハルトマン(キアヴェンナ、1810c‐トリノ、1884)


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「聖ロレンツォの物語」(1871)


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後陣のステンドグラス


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Presbiterioから見た出入口


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Presbiterioから見た左側廊


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Presbiterioから見た右側廊


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Presbiterioに上ることが出来て幸運でした。


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右側廊の礼拝堂を見ます。


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「天使のモザイク」(19世紀)


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後陣右側にあるサンティッシマ・サクラメント礼拝堂です。


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1642年から1656年に改造して出来たバロック様式の礼拝堂です。


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サンティッシマ・サクラメント礼拝堂の天井フレスコ画は、フランチェスコ・アントニオ・クニベルティ・ダ・サヴィリアーノ(1716‐1753)の「聖エリア」(1748)


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フランチェスコ・アントニオ・クニベルティ・ダ・サヴィリアーノ(1716‐1753)の「聖母子を崇拝する聖エリージョ」(1746)


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フランチェスコ・アントニオ・クニベルティ・ダ・サヴィリアーノ(1716‐1753)の「預言者エリセオ」


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フランチェスコ・アントニオ・クニベルティ・ダ・サヴィリアーノ(1716-1753)の「預言者エリアの奇跡」


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説教壇


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次は聖家族の礼拝堂です。


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聖家族の礼拝堂天井


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チェーザレ・ロッシの「三位一体と聖家族」(1875)


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「聖母子」(1826)
アルバのサン・ドメニコ教会から移設された作品です。


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「磔刑」(17世紀)
アルバのサン・ドメニコ教会から移設されたものです。


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マドンナ・デル・サクロクオーレ礼拝堂です。


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マドンナ・デル・サクロクオーレ礼拝堂の天井


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「聖心のマドンナ」(19世紀)


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アゴスティーノ・コットレンゴ(ブラ、1794‐1853)の「聖パレモネ・アバーテ」(1827)


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磔刑礼拝堂です。
「ブロンズの磔刑像」(19世紀)


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磔刑礼拝堂天井


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793/1794)の「聖ジュゼッペの死」


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704-1793/1794)の「聖母子と聖フィリッポ・ネリと聖グラート」


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詳細不知


P1310265
詳細不知


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ファサード裏にオルガンがあります。


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ルネサンス期以前の作品がなくてガックリでした。


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外に出ました。
(つづく)

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街の中心リソルジメント広場に面して建つドゥオーモです。アルバ司教区のサン・ロレンツォ司教座教会です。


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紀元1‐2世紀に建設された、ローマ時代の公共建物の遺跡の上に5世紀後半に建設された初期キリスト教会が前身です。6世紀初頭に書かれた初期キリスト教会の洗礼書が発見されているので、それは事実とされてます。
この教会についての公文書の記述としては、969年のオットー1世の文書及び998年のオットー3世の文書に言及されてます。
12世紀に拡大され、その際、ロマネスク様式の建物に改造されました。


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1483年、当時のアルバ司教が建物の危険性に懸念を示し、再建を決めました。拡大されたロマネスク様式の建物の一部を組み込んで、1486年創建、1517年に完成したゴシック様式の建物が現在の姿の原形です。


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1867年から二代目の建物の形状変更工事が行われました。現在のファサードは1878年に完成しました。


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後陣と鐘楼
鐘楼は、13世紀に建築され、1477年に現在の形状に改築されました。


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鐘楼に時計がついてます。


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右側外壁


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左側外壁


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ファサードを見ます。
1878年のネオ・ゴシック様式のファサードなので、見所が乏しいと言えると思います。


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ルイージ・コッキオ(ミラノ、19世紀後半活動)の「聖ロレンツォ」(1878)


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ファサードに四福音書記者の彫像があります。
カルロ・ドゥーシオの「聖ルカ」(1878)
牛は聖ルカのシンボルです。


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カルロ・ドゥーシオの「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」(1878)
鷲は福音書記者聖ヨハネのシンボルです。


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カルロ・ドゥーシオの「聖マルコ」(1878)
ライオンは聖マルコのシンボルです。


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カルロ・ドゥーシオの「聖マッテオ」(1878)
天使は聖マッテオのシンボルです。


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ファサード下にロッジャがあります。


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ファサードの左扉


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左扉上ルネッタの装飾


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中央扉上ルネッタの装飾


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中央扉の柱頭


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中央扉の柱頭


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柱廊出入り口の木製扉


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右扉


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中に入りました。


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三廊式、ラテン十字形の内部です。


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1867年から1874年にネオ・ゴシック様式に大幅に改築されました。


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左側廊


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左側廊から見た内陣


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右側廊


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右側廊から見た内陣


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身廊中央


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洗礼堂です。


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クラウディオ・フランチェスコ・ボーモント(トリノ、1694‐1766)に帰属する「キリストの洗礼」


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洗礼堂天井のフレスコ装飾


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ウーゴ・デッラピアーナ(アルバ、1975‐)の「洗礼盤」(1991)


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ロザリオの聖母の礼拝堂


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エンリコ・レッフォ(トリノ、1831‐1917)の「聖母子とグツマンの聖ドメニコとシエナの聖カテリーナ」(1888)


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セバスティアーノ・タリッコ(ケラスコ、1645‐トリノ、1710)に帰属する「聖母子を描く聖ルカ」


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ジョヴァンニ・ピッリの「嘆きの聖母」(1770)
ジョヴァンニ・ピッリの署名と日付入りの作品です。この画家は全く知りません。


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ロザリオの聖母の礼拝堂天井の装飾


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サン・ボ―ヴォ礼拝堂です。


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アンブロージョ・オリヴァ(トリノ、16世紀‐17世紀)の「聖アントニオ・アバーテ」(1591)


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アンブロージョ・オリヴァは、グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォの弟子です。


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詳細不知


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グリエルモ・ルセッロの「磔刑と聖ボ―ヴォと聖テオバルドと聖カルロ・ボッロメオと聖ロッコ」(1630)


P1310157
(つづく)

P1310091
順路を考えれば、旧サン・ドメニコ教会からドゥオーモに向かうのが自然ですが、正午を過ぎてドゥオーモの扉が閉まるので、昼食を食べることにしました。


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Via Coppaです。


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コッパ通りの突き当りがドゥオーモです。


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ドゥオーモの右側壁に出ました。


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ドゥオーモのファサードが面しているリソルジメント広場です。


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別名ドゥオーモ広場と呼ばれてます。暑い日の日差しが苦手な私ですが、イタリア人を含むヨーロッパ人は総じて日差しが大好きです。


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ドゥオーモの扉が未だ開いてましたが、12時半に閉まるので拝観は夕方にすることにしました。


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広場に面して観光案内所があります。


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この当時、観光案内所は、午前9時から午後5時まで、途中昼休み無しで開いていました。中に入って地図を買い求めました。(無料の地図は説明不足なので、有料地図にしました)


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市庁舎です。リソルジメント広場が街の中心です。


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写真右の塔のある建物は、Casa Sineoです。建物の歴史は古く、12世紀後半に遡るとされてます。


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市庁舎の先に(写真右)塔が見えますが、塔は今は現存しないサンタ・マリア・ディ・カサノヴァ修道院の鐘楼です。鐘楼を組み込んで建物が建設されました。


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塔がある建物はCasa Parrussaです。よく見ると、もう一本塔があります。


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ドゥオーモ近くの店で昼食を食べることにしました。


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写真手前の店を選びました。


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白トリュフはシーズンではないので、勧められた料理をそのまま選びました。


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近年、昼食でワインを1本空けることは滅多になくなりました。夕食ならばワイン1本が普通ですが、昼食では身体に堪えます。


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昼食を食べながら、時々見ていたドゥオーモの鐘楼です。


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屋外が暑かったので、冷房が効いている店内で食べれば良かった、と後悔。


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腹ごなしのブラブラ歩きに出発。


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昼過ぎのこの時間は、教会の殆どが閉まっているので、特にやることがありません。


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ドゥオーモの周囲を足の赴くままに歩きました。


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先ほど昼食を楽しんだ一角に再び来てしまいました。


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趣を変えて裏通りに入りました。


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開いている店は食堂くらいで、殆どの店は昼休み中。


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サン・ジュゼッペ教会に行ってみることに。その昔、鐘楼が解放されていたことがありました。


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Via Manzoni


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写真左奥の建物がサン・ジュゼッペ教会です。


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サン・ジュゼッペ教会です。


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ファサードの方に回ります。


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高い鐘楼が目立ちます。
13世紀第4四半世紀に遡るサンタントニオ教会が前身です。


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高さ64mあるそうです。


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少し大回りしないとファサードの方に出られません。


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サン・ジュゼッペ教会です。ファサード前の小さな広場にレストランが出ています。


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ローマ時代の邸宅の遺跡の上に建設された教会です。


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17世紀前半、旧サンタントニオ教会を活動拠点にしていた巡礼者同信会 Confraternita dei Pellegirinoが建物の再建を決めました。


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そうして、1643年に創建され、1653年に完成したバロック様式の二代目の建物です。1656年に献堂式が執り行われましたが、それを機に教会名称が現称に改称されました。


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観光案内所で確認したところ、夕方遅くに開くかも知れないとの事だったので、夕方に再訪することにしました。鐘楼にも上れるようです。


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ドゥオーモの鐘楼が見えました。


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Via Alerino Como


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(つづく)

その3に引き続きサン・ドメニコ教会です。
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後陣左の礼拝堂です。


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礼拝堂の壁全面がフレスコ画で覆われていました。


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後陣左の礼拝堂の左側壁に描かれた「聖セバスティアーノの殉教」(15世紀第4四半世紀)


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ルネッタ上のフレスコ画断片(1310‐20c)


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「受胎告知」(14世紀末‐15世紀初頭)


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1310年から1320年頃に制作されたフレスコ画


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「聖人たち」(15世紀第4四半世紀)


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「アレッサンドリアの聖カテリーナの物語」(15世紀初頭)


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この日の翌日、演奏会が行われる予定でした。そのために座席が既に用意されていました。


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中央礼拝堂前から見た左側廊方向


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中央礼拝堂前から見た右側廊方向


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後陣右の礼拝堂です。
木彫りの「聖ドメニコ」(2000)


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「慈悲の聖母」(14‐15世紀)


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「祈る修道士」(14‐15世紀)


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詳細不知


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15世紀のフレスコ画


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1996年から1997年に修復された柱の白黒模様


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14‐15世紀のフレスコ


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右側壁のタベルナコロ(17‐18世紀)


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右側廊のタベルナコロ(17‐18世紀)


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右側廊のタベルナコロ(17‐18世紀)


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右側廊のタベルナコロ(17‐18世紀)
タベルナコロの祭壇画が取り外されています。


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ファサード裏に三翼祭壇画があります。


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詳細不知


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タベルナコロ(17‐18世紀)


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右側廊


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左側廊


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ステファノ・キアントーネの「キリストと聖ドメニコと天使」(1827)


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教会の模型


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「聖フィロメナ」(19世紀)


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柱に描かれたフレスコ画(1340c)


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レオナルド・ビストルフィの「嘆き」(1915c)


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最近修復された天井フレスコ


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レオナルド・ルビーノ(1871‐1954)に帰属する「磔刑像」(20世紀前半)


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14世紀のフレスコ画が修復の際、発見されました。


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出入口


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外に出ます。


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サン・ドメニコ教会はこれで終わりです。
(つづく)

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サン・ドメニコ教会のファサードに出ます。


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サン・ドメニコ教会です。
ロマネスク様式からゴシック様式に移行する過渡期の初期ゴシック様式の教会です。


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この場所はローマ時代の住宅の遺跡がありました。


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13世紀後半、ドメニコ会修道士に土地が与えられ、教会と修道院の建設が認可され、1292年に教会の建設工事が開始されました。


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その後、修道院が併設されました。
しかし、教会と修道院の建物は、資金不足のため、不完全な状態のままでした。
1440年、第207代教皇エウジェニオ4世(ヴェネツィア、1383‐ローマ、1447 教皇在位:1431‐1447)が資金調達の途を開き、直ぐに建設工事が再開され、教会と修道院の建物は1474年に完成しました。


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17世紀後半から18世紀初頭にかけて、修復と改造工事が行われましたが、内部の側廊の礼拝堂がバロック様式に大規模に改造されました。
1801年、ナポレオンの抑圧令によって教会修道院は閉鎖されてしまいました。
教会と修道院の建物は放置されました。修道院だった建物は、19世紀後半から20世紀初めにかけて破壊され現存しません。
教会の建物は、1930年頃から修復工事が開始されました。1975年から本格的な工事が行われるようになり、危険な箇所が撤去され、補強工事が行われるなど、閉鎖時とはかなり異なる部分があるようです。
1985年には、音楽学校の演奏会場にするために、音響増幅システムや照明設備などが導入されました。
現在、建物はアルバ市が所有しており、引き続き音楽学校の演奏会場として使用されている他、文化イベント会場になってます。


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右側壁


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古いフレスコ画などが内部にあります。


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後陣


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ファサードを見ます。


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1996年から1998年にファサードの修復が行われましたが、新しく見える箇所はその際、オリジナルに似せて新造されたのです。


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入口扉上ルネッタ上のフレスコ画「聖母子と聖ドメニコとシエナの聖カテリーナ」(16世紀)


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フレスコ画の下の浮彫は創建時のものです。


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1991年に復元されたArco Trilobo


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1991年に復元された柱


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15世紀の浮彫


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柱頭


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近年、催事が行われない日でも中に入ることが出来ようになりました。


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中に入りました。


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三廊式、ゴシック様式構造の内部です。


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左右の側廊にある礼拝堂は17‐18世紀に改造されました。


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内部はフレスコ画の宝庫です。


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天井の本格的な修復は未着手です。


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ベアータ・マルゲリータ・ディ・サヴォイア(フォッサーノ、1390‐カザーレ・モンフェッラート、1464)の指示によって1441年から1442年に描かれたフレスコ画


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アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖アポッロニア、聖アグネス、アンティオキアの聖マルゲリータ(1441‐42)


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この部分のフレスコ画もベアータ・マルゲリータ・ディ・サヴォイア(フォッサーノ、1390‐カザーレ・モンフェッラート、1464)の指示によって1441年から1442年に制作されました。


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演奏会場、催事場などに使用されているので、中央礼拝堂に祭壇がありません。


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18世紀に施された後陣の装飾


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ジョヴァンニ・ペロシーノ・ロンゴの「十字架降下」(1517)


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18世紀に施された後陣装飾


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20世紀後半に復元されたステンドグラス


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赤い部分に演奏会場用の装置が付けられるようです。


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シノピエ


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ジョヴァンニ・トゥルコットの「聖ドメニコと聖フランチェスコの邂逅」(1470c)


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15世紀末のフレスコ画


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15世紀に描かれたフレスコ画


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「ピエタ」(15世紀末)
(つづく)

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道を挟んで、サンタ・マリア・マッダレーナ教会の斜め前にサンティ・コズマ・エ・ダミアーノ教区教会があります。


P1300918
1163年の文書に、この教会の存在が初めて記録されました。


P1300871
最初の建物は、1573年に大修復、改造されました。


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現在の建物は、建築家カルロ・フランチェスコ・ランゴーネ(1721‐1788)の設計、工事監督によって1760年から1762年に建設されました。


P1300870
鐘楼は1780年から1786年に建設されました。


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中に入りました。


P1300875
単身廊です。


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右側壁


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フェデーレ・フィナティ(ジェルミニャーガ、1856‐アルバ、1942)によって、1921年に復元された装飾です。


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スタッコもフェデーレ・フィナティの作品です。


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主祭壇


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主祭壇画は、クラウディオ・フランチェスコ・ボーモント(トリノ、1694‐1766)の「受胎告知を崇める聖コズマと聖ダミアーノ」(1761)です。


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「聖母子」のイコン


P1300886
聖具室の入り口


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の「父なる神と聖家族と聖アンナと聖ジョアッキーノ」


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エミリオ・プルノットの「十字架降下」(1961)
エミリオ・プルノットについては全く知りません。


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詳細不知


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詳細不知


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フェデーレ・フィナティ?のフレスコ画


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主祭壇前から見た出入口方向


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外に出た。


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16世紀に再建されたPalazzo Mermetです。


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Via Luigi Paruzza


P1300923
Via Vincenzo Gioberti


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りを市庁舎方向に進みます。


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通りの先に鐘楼が見えます。
写真右に市立考古学博物館などの入り口があります。


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市立考古学博物館などの入り口です。


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リソルジメント広場です。見えている鐘楼は、サンタ・マリア・マッダレーナ教会のものです。


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広場を取り囲む建物は、旧サンタ・マリア・マッダレーナ修道院です。広場は修道院のキオストロです。


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この時間は休館でした。


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考古学博物館はあまり興味がないし、絵画の展示がないので、休館でも問題無しでした。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りに戻りました。


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サンタ・マリア・マッダレーナ修道院だった建物でしょう。


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Via Pietrino Belliにお勧めのレストランがあります。


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次の交差点を右折します。


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Via Mandelliに入りました。


P1300938
写真右は、サンタ・マリア・マッダレーナ修道院だった建物でしょう。
通りの突き当りはサン・ドメニコ教会です。


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サン・ドメニコ教会の後陣です。


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P1300942
(つづく)

アルバは、人口31,503人(2019年1月31日現在)のピエモンテ州クーネオ県にあるコムーネで、白トリュフとワインで有名です。
P1300814
前泊地はクーネオでした。


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クーネオ始発トリノ・ポルタ・ヌオーヴァ行きの普通列車は空いてました。


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途中のCavallermaggioreで乗り換えます。


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接続が5分しかなく、トリノ発アルバ行きの列車は定刻運転で、私が乗っていたトリノ行き列車が12分遅れていたので、イタリアのことだから接続は無理と覚悟していました。ところがアルバ行き列車が接続待ちをしてくれて、無事にアルバ行き列車に乗車することが出来ました。イタリアでは列車の接続待ちは稀で、何度か苦い経験をしました。


P1310676
何故かアルバ駅に定刻に到着しました。


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アルバ駅の駅舎です。


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先ず、この日のお宿に向かいました。


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Corso Fratelli Bandieraを進み、ホテルがあるローマ通りに行きます。


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鉄道駅から徒歩約5分で、この日のお宿に到着しました。レストランを併設しているホテルです。
このところ、専ら24時間フロント対応のホテルに泊まってます。B&Bなどアパート等では、鍵の受け渡し、鍵が開かない、電気が通電しない、エレベーターに閉じ込められた、トイレが流れない、シャワーのお湯が出ない等々の様々なトラブルに遭って、懲りました。


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チェックインを済ませてから外出しました。


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ローマ通りです。


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直ぐにサヴォーナ広場に着きました。


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昼前でしたが、既にワインを飲んでいる人がいました。


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7月1日は暑い日でした。アルバの夏は猛暑で有名です。


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サヴォーナ広場に立つ、アルトゥーロ・スタリアーノ(ナポリ、1867‐トリノ、1936)の「ジュゼッペ・コヴォーネ将軍のモニュメント」(1929)
ジュゼッペ・コヴォーネ将軍(アスティ、1825‐アルバ、1872)は、サヴォイア家の司令官でイタリア統一戦争で活躍しました。


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サヴォーナ広場からヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りに入ります。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りです。塔が目立ちます。


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ヨーロッパ系の観光客が多かった。


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Torre di Palazzo Mermet
16世紀に再建された建物の塔です。建物の土台はローマ時代の建造物のようです。


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マッダレーナ教会が見えてます。


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夏休み中なので、子供連れが多かった。


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サンタ・マリア・マッダレーナ教会です。


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1252年の記録に、この場所に存在した礼拝堂が記載されてます。
ベアータ・マルゲリータ・ディ・サヴォイア(フォッサーノ、1382/1390-カザーレ・モンフェッラート、1464)が1442年から修道院の建設を行い、1448年の完成を待って、建物をドメニコ会女子修道会に寄進して、サンタ・マリア・マッダレーナ修道院となりました。


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現在の建物は、カルロ・ジャチント・デッラ・ローヴェレ伯爵によって再建計画が推進され、起用された建築家ベルナルド・ヴィット―ネ(トリノ、1704-1770)によって、1731年創建、1749年に完成した後期バロック様式のものです。


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ファサードは、資金不足のため未完成のまま現在に至ってます。


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鐘楼は旧修道院の方にあります。


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中に入りました。


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楕円形、バロック様式の内部です。


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主祭壇を挟んで、左右に大きな聖職者席と礼拝堂があります。


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右側壁


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天井のフレスコ画は、ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690-1772)の「ベアータ・マルゲリータ・ディ・サヴォイアの賞揚」(1747-50)です。


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主祭壇


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主祭壇画は、ジョヴァンニ・バッティスタ・ビスカッラ(ニッツァ、1790-トリノ、1851)の「聖マリア・マッダレーナ」(1825)


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聖職者席です。
ピエモンテの彫刻家による磔刑像(16世紀)があります。


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聖職者席の天井フレスコ画は、ジャコモ・ラーパによって1734年に描かれました。
ジャコモ・ラーパという画家については全く知りません。


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詳細不知


P1300857
詳細不知


P1300860
詳細不知


P1300851
主祭壇前から見た出入口です。


P1300868
外に出ました。
(つづく)

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