イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:エミリア・ロマーニャ州 > イーモラ

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街一番の目抜き通り、エミリア通りです。


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写真左は、19世紀に建設されたPalazzo Vacchiです。


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13世紀後半に建設されたPalazzo Pighiniです。イーモラで残る唯一の中世貴族の邸宅です。


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この一帯は古い建物が残ってます。


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お馴染みの時計塔


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Piazza Caduti Per Liberta


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時計塔を潜ります。


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写真左はEx-Casa del Fascioです。


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エミリア通り


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イーモラ市民はカテリーナ・スフォルツァが大嫌いでした。


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写真右は市立図書館です。


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旧サン・フランチェスコ修道院の建物


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旧サン・フランチェスコ教会の後陣


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ドゥオーモにやってきました。


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Via Don Bughetti


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15世紀に建設されたCasa della Volpe


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エミリア通りに戻りました。


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大人しくホテルに戻ります。


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この日はこれで終わりです。


172
この日は良い天気になりました。


173
アッピア門


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市立美術館に入館しました。


179
サン・ドメニコ教会の入り口扉上ルネッタの装飾


181
サン・ジャコモ・マッジョーレ・デル・カルミネ教会


183
Rocca Sforzesca


184
この日も中に入れません。


187


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191
100年後でも多分同じと思われる通りです。


199
ドゥオーモ


203


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205


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イーモラを離れる朝を迎えました。
サンタ・カテリーナ祈祷所です。


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駅に向かいます。


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Instituto Santa Caterina


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サント・ステファノ・デッレ・クラリッセ教会です。


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写真左は、サンタ・キアーラ修道院、またはサント・ステファノ修道院です。


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次の目的地はピアチェンツァでした。


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何度も入館した市立美術館です。


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再訪したいと思うイーモラですが、その望みは叶いそうもありません。


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サン・ドメニコ教会の鐘楼


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(イーモラの項 おわり)

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サンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会から時計塔に向けて進みます。


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エミリア通りです。エミリア街道に築かれた街で、エミリア通りと称している街は少数派でしょう。


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サンタゴスティーノ教会の横を通り抜けます。


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この時の旅では、とうとう拝観出来ないで終わりました。


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聖職者が幾つかの教会を掛け持ちしているので、開ける教会が限られるそうです。


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右折します。


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Piazza Giovanni Codronchi Angeliを通り過ぎます。


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カヴール通りに出ました。


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Collegio delle Donzelle


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建物の下のトンネルを潜ります。


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一旦、エミリア通りに戻りました。


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午後2時前です。ルーゴ行列車に十分間に合う時間です。


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時計塔前を右折してVia Appiaに入りました。


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Via Appiaを直進すれば、突き当りがイーモラ駅です。


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19世紀に建設されたPalazzo Vacchiです。


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下校時間と重なったので、大勢の学生と一緒に駅に向かいました。


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Piazza Megaglie d' Oroです。


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イーモラの城壁の北に設けられたアッピア門です。


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門の大部分が破壊されて、一部しか残されていません。
1047年の文書に初めてアッピア門が言及されてます。


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門はサントウルスラ修道院に隣接していたので、ウルスリーナ門とも呼ばれていたそうです。


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門は1449年から1460年にかけて再建されました。


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イーモラ領主ジローラモ・リア―リオ(サヴォーナ、1443-フォルリ、1488)は、再建されたアッピア門では防御力が弱いと判断して、もう一度門を再建することに決め、トスカーナの建築家ジャン・ロドヴィーコ・メンギを起用してアッピア門を再建させました。その1482年に完成した門の一部が現存しています。


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旧城壁外に出ました。


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突き当りにイーモラ駅が見えてます。


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通りの名称がViale Andrea Costaに変わってます。


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下校時間には列車の本数が結構多く設定されてます。


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イーモラ駅に到着しました。この後、ルーゴへの日帰り遠足をしました。


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ルーゴから戻ってきました。


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この日はこれで終わり、ホテルに戻ります。


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Viale Andrea Costa


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アッピア門が見えてます。


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19世紀に建設されたCasa Paola


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Viale de Amicisを渡ります。


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アッピア通り


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午前中の大雨がウソのように思えました。


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(つづく)

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サンタゴスティーノ教会です。


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サンタゴスティーノ教会前の、エミリア通りを右折してVia Cosimo Morelliに入ります。


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サンタ・マリア・イン・レゴーラ教会です。


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現在の教会内には美術的な見所があまりないようです。


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この日は、キオストロの入り口が閉まっていました。


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1780年から1786年にかけて再建された新古典様式の建物です。


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Via Cosimo Morelliです。


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エミリア通りとの交差点にサンタゴスティーノ教会があります。


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一旦エミリア通りに戻り、有名な鐘楼に向かいます。


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目的の鐘楼です。


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1080年3月23日の文書に言及されているサンタ・マリア・イン・レゴーラ教会修道院の鐘楼です。


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旧サンタ・マリア・イン・レゴーラ修道院のキオストロです。


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ローマ時代のアレーナ、または劇場の遺跡上に教会修道院が建設されました。


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遺跡の一部が転用されているそうです。


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高さ約23mの鐘楼です。


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サンタ・マリア・イン・レゴーラ教会は、998年9月16日付の文書に初めて記載があるそうです。


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エミリア通りに戻ります。


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さらに東に向かって進みます。


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通りの先にある教会を目指します。


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リミニ方向に向かっていることになります。


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これからルーゴに行く予定ですが、列車の発車時間まで間があるので、ぶらぶら歩きしました。


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ローマ時代に敷設されたエミリア街道とほぼ同じです。


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次はサンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会です。


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教会はもう直ぐです。


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サンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会です。


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Padri Servitiによって14世紀後半に建設されたサンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会です。


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美術的には見るべき作品が2点あると思います。残念ながら扉が閉まっていました。


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ファサード前のロッジャは16世紀に追加されました。


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サンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会のすぐ横にオラトリオがあります。


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サン・マカリオ祈祷所です。


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1506年に建設されました。


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現在の外観は18世紀に再建されたものです。


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サンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会とサン・マカリオ祈祷所が建っているミッリ広場です。


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ミッリ広場の噴水は、現代芸術家アンドレア・マウロの作品です。


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この先は見どころが無さそうです。


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エミリア通りを時計塔の方に戻ることにしました。


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(つづく)

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イーモラに行く人は、行く前に15世紀から17世紀頃の歴史を予め調べておくと、より一層楽しい旅となると思います。


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何度もお世話になった観光案内所。


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そろそろホテルに戻る潮時です。


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お馴染みのエミリア通りです。


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市立図書館となっているサン・フランチェスコ修道院だった建物です。


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秋の夕暮は早いです。


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この日はこれで終わりです。


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翌日は雨になりました。


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朝から大雨で、とても傘を差して徒歩で出かける状態ではありませんでした。


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エミリア通りとVia Fratelli Bandieraの交差点に建つ建物に塔がありますが、この辺の詳細が分かりません。


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依然として雨が降り続いてます。


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この後、市立美術館に入館しました。


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サン・ジャコモ(聖ヤコブ)教会だった建物です。


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写真左は旧サン・フランチェスコ修道院です。


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前日に大体見てしまったので、見残したところを重点に行くことにしました。


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Ex-Casa del Fascioが見えてます。


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取り敢えずの目的は、写真左先の店で昼食を食べることです。


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写真左のレストランで食べました。


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お腹一杯で外に出ました。


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午後の一応の予定は、列車に乗ってイーモラ近くのルーゴに行くことでした。


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雨が降り続いていたので、ルーゴに行くことを止めてイーモラに留まろうかと考えていました。


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ところが雨が弱くなってきたので、ルーゴに行くべきか迷いました。


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Ex-Casa del Fascioの柱の浮彫です。


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ボローニャのファシスト連盟専属の彫刻家Amleto Beghelliの作品です。この彫刻家は意識的に忘れ去られたようです。


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時計塔が旧市街の中間のようです。


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Piazza Caduti Per Liberta


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青空市は大雨中止のようです。


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グラムシ広場です。


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雨が小降りになってきました。


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時計塔を潜ります。


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塔の下から道幅が狭くなります。


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次はマッテオッティ広場です。


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ポルティコは雨天の時に有難いと思います。


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マッテオッティ広場です。


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私以外の観光客はいなかったと思います。


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雨が止みました。


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市庁舎


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ルーゴに行くことにしました。


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フレスコ画がある建物


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(つづく)

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マッテオッティ広場の続きです。


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エミリア通りの写真左奥の柱廊がある建物にフレスコ装飾があります。


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これです。


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暫く見てましたが、テーマがよく分かりません。


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柱廊ルネッタ上のフレスコ


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マッテオッティ広場に戻ります。


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Palazzo Sersantiの説明板


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Palazzo Sersantiの柱廊


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低い塔がある建物を見ます。


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「サソリの塔」と呼ばれているようです。


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広場に面して教会が建ってます。


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ピオ・スッフラージョ教会です。


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建築家ロレンツォ・マット―ニの設計によって1687年に建設されました。


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1882年にピエトロ・ミッリの設計によって建設されたファサードです。


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扉が開いていたので拝観しました。


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教会内に入りました。


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単廊式、ラテン十字形、新古典様式の内部です。


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美術的に見るべき作品が数点あります。


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壁の装飾は殆ど施されてません。


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主祭壇


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後陣天井


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ベアータ・ヴェルジネ礼拝堂


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17世紀後半の逸名画家作「聖母とキリストの物語」


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詳細不知


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ジョヴァンニ・ジョゼッフォ・ダル・ソーレ(ボローニャ、1654-1719)の「三位一体」


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サンタ・リータ礼拝堂


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詳細不知


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カルロ・チニャ―リ(ボローニャ、1628-1719)の「聖母子と聖フェリーチェ」


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主祭壇前から見た出入口方向


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外に出ました。


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午後4時半でした。


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エミリア通りを進みました。


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エミリア通りに面して教会が建ってます。


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サンタゴスティーノ教会です。


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12世紀に創建され、14世紀完成したサンタゴスティーノ教会です。
残念ながら扉が閉まっていました。見たい作品が1点ありました。


2
これが観たかった作品です。
マルカントニオ・フランチェスキーニ(ボローニャ、1648-1729)の「磔刑」


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サンタゴスティーノ教会至近にもう一つ教会があります。


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サンタ・マリア・イン・レゴーラ教会です。


3
998年の文書に本教会の存在が記されてます。現在の新古典様式の建物は1780年から1786年にかけて建設されました。


6
サンタ・マリア・イン・レゴーラ教会の見所は教会内部よりもキオストロです。


7
キオストロの柱頭


5
キオストロ回廊のフレスコ画


4


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エミリア通りに戻りました。


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少し暗くなってきました。


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時計塔を潜ります。


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(つづく)

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日陰になっているエミリア通りは、夕立の雨が乾いていなかった。


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イタリア・ファシズムを担った建物が見えてきました。


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近代的塔がある建物は、1933年から1936年に建設されたCasa del Fascioです。


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Casa del Fascioの柱に施された浮彫です。


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ボローニャのファシスト連盟専属の彫刻家Amleto Beghelliの浮彫です。


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Ex-Casa del Fascioに観光案内所があります。


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Via Speri


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Vicolo Inferno


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Chiesa Cattolica Parrocchiale San Cassiano


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Piazza della Conciliazone


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Piazza della Conciliazone


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Vicolo Infernoに戻りました。


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エミリア通りに戻ります。


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Ex-Casa del Fascioです。


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グラムシ広場です。


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以前はエルベ広場と呼ばれていました。現グラムシ広場は、中世の頃、サン・バルナルド修道院とサン・パオロ修道院によって所有されていましたが、14世紀から、肉の処置所、肉市場として繁栄していました。


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グラムシ広場にある教会だった建物です。


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15世紀に建設されたサン・ベルナルド教会だった建物です。


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エミリア通りの東の方は後から見ます。


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エミリア通りに時計塔があります。


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ナポレオンに従ってイーモラに進駐してきたフランス軍将校によって、19世紀初めに贈られた時計です。


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時計塔の下を潜ります。


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時計塔の西側に出ました。


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潜ってきた時計塔を振り返って撮った写真です。


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再び時計塔の下を潜って、時計塔の東方に出ます。


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ポルティコが続きます。


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時計塔を越え、エミリア通りの右側にマッテオッティ広場があります。


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教皇シスト4世の計らいによって、1474年、イーモラ領主となったジローラモ・リア―リオ(サヴォーナ、1443-フォルリ、1488)(シスト4世の息子)が現在の姿に拡張整備したマッテオッティ広場です。


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ジローラモ・リア―リオが自分の宮殿として1480年に建設させたPalazzo della Signoria、現称Palazzo Sersantiです。


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中世の頃、マッテオッティ広場はイーモラ商業の中心地でした。


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Palazzo Comunaleです。


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1213年に建設されたPalazzo Comunaleです。現在の外観は、18世紀後半に行われた大修復工事の後のものです。


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Palazzo Comunaleのファサードです。


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ファサードのフレスコ画はシスト4世です。


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Palazzo Comunaleの入り口です。


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(つづく)

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次はドゥオーモです。


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イーモラのドゥオーモ、サン・カッシアーノ司教座聖堂 Basilica Minore e Cattedrale di San Cassianoです。


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イーモラの司教座教会は、12世紀後半までイーモラの西方にあるカストルム・サンクティ・カッシアーノと言う町にありました。
イーモラのコムーネはそのことに不満でした。1177年、イーモラはカストルム・サンクティ・カッシアーノを攻撃して、司教座教会を含めて町を攻略して屈服させました。それを受けて、当時のエンリコ司教は、現在地に新しい司教座教会の建設を決めました。
1187年に創建され、13世紀前半に完成しました。1271年、奉献式が執り行われました。


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1763年の補強工事において、建物の構造的欠陥があることが判明したので、1765年から1781年にかけて、建物の大部分が再建されました。


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現在のバロック様式のファサードは、1660年に完成しました。


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現在の鐘楼は1457年に完成したもので、完成年が鐘楼の台座が刻まれてます。


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場所によって完成年が大幅に異なる大聖堂外壁です。


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ファサードに向かって右側の外壁


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クーポラと鐘楼


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1981年、第264代教皇ジョヴァンニ・パオロ2世(1920‐2005 在位:1978‐2005)によってBasilica Minore に格付けされました。


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拝観します。


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聖堂内に入りました。


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三廊式、ラテン十字形、後期バロック様式の内部です。


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12世紀後半の創建時の姿は全く見ることが出来ません。


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Presbiterioが目立ちます。


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身廊中央のPresbiterioの前にクリプタの入り口があります。


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1698年から1704年に建設されたクリプタです。


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主祭壇


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クーポラ


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Presbiterio天井の装飾


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主祭壇画は、ピエトロ・テデスキ(ペーザロ、1750?‐ローマ、1808c)の「聖カッシアーノの殉教」


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Presbiterioは立ち入り禁止なので、主祭壇画の写真が全然ダメ。


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アンジェロ・ゴッタレッリ(カステル・ボロネーゼ、1740‐イーモラ、1813)の「聖カッシアーノと聖人たち(聖アポッリナーレ、聖コズマ、聖カルロ・ボッロメオ、聖テレンツィオ)と寄進者」


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ヤコポ・ベルトゥッチ(ファエンツァ、1502‐1579)に帰属する「聖母被昇天」


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逸名画家作「聖母子を崇める聖人たち」(19世紀)
小枠内の聖母子は15世紀のものです。


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逸名画家、恐らくカムッチーノ工房作の「聖ピエトロと聖パオロ」(19世紀)


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イグナツィオ・ゾッティ(イーモラ、1806‐フィレンツェ、1865)の「エマオの晩餐」(1850)


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トスカーナの逸名彫刻家作「磔刑像」(15世紀末)


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アンジェロ・ゴッタレッリ(カステル・ボロネーゼ、1740‐イーモラ、1813)の「十字架の高揚」(1783)


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ジャコモ・ザンパ(フォルリ、1731‐トッシニャーノ、1808)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」


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左翼廊のオルガン


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右側廊の無原罪の御宿リ礼拝堂


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無原罪の御宿リ礼拝堂天井のフレスコ画


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右側廊


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左側廊


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洗礼盤(16世紀初頭)


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制作者情報等詳細不知の「キリストの洗礼」


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クリプタの入り口前から見た出入口方向


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外に出ました。
(つづく)

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晴れていましたが、遠雷が聞こえてきました。


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下校時間になったようで、若者の姿を多数見かけるようになりました。


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空は未だ晴れていましたが、雷鳴が徐々に近づいてきたようです。


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稲光が一閃、物凄い雷鳴。


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ポツリ、ポツリと雨が落ちてきました。


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天気雨です。


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雨が降ると思っていなかったので、傘を持っていません。


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直ぐに土砂降り。


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慌てて一旦ホテルに戻ることにしました。


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しかし、20分ほどで雨が上がりました。


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直ぐに晴れてきましたが、雷鳴は相変わらずでした。


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用心のため、傘を持参して再び外出。


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夕立で涼しくなると思いきや、気温は相変わらず高いまま。先ほど降った雨が直ぐに蒸発して、物凄い湿気です。


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サン・ジャコモ・マッジョーレ・デル・カルミネ教区教会です。


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カルメル会がイーモラで活動開始した14世紀に建設された修道院教会です。


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14世紀から再建される18世紀初頭までは、サンタ・マリア・ディ・モンテ・カルミネ修道院教会と呼ばれていたそうです。


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現在の建物は、ジョヴァンニ・ドメニコ・トリフォーり(1675‐1759)の設計によって1720年から1726年に再建された二代目となるものです。


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中に入りました。


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単廊式、ラテン十字形、新古典様式の内部です。


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右側壁


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天井の装飾がありません。


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アレッサンドロ・デッラ・ナーヴェ(ブドリオ、1732‐イーモラ、1821)の「天上の聖人に祈願するカルメル会修道女」(1732)


P1470450
詳細不知


P1470452
詳細不知


P1470456
アンジェロ・ゴッタレッリ(カステル・ボロネーゼ、1740‐イーモラ、1813)の「無原罪の聖母」(1792)


P1470459
外に出ました。


P1470460
次は教区博物館です。


P1470461
夕立前よりも暑くなったので参りました。


P1470462
ドゥオーモの扉は閉まったままでした。


P1470747
教区博物館がある司教館の扉も閉まったままでした。


P1470463
仕方がないので、扉が開くまでドゥオーモ広場で時間潰しです。


P1470464
時間通りに開館しないのがイタリア流です。


P1470465
聖職者のストはないので、そのうちに扉が開くでしょう。


P1470685
扉が開きました。扉の前で開館を待っているように見えた二人でしたが、直ぐに何処かに行ってしまいました。


P1470686
司教館です。


P1470687
入館します。


P1470636
ジョヴァンニ・ダ・リオーロの多翼祭壇画(1433)
制作者の署名と年号入りです。イーモラのサン・ドメニコ教会にありました。


P1470488
インノチェンツォ・ダ・イーモラの作品
教区博物館については既にアップしました。ご興味のある方はご参照願います。


P1470498
プロスペロ・ぺーシェの作品


P1470593
カルロ・ボノーニの作品


P1470679
充実した展示と言えるでしょう。


P1470681
天井の装飾


P1470548
私以外の入館者はいませんでした。


P1470751
外に出ました。
(つづく)




P1470384
要塞横のViale d' Agostinoです。


P1470387
カテリーナ・スフォルツァは、フォルリに定住していたので、イーモラには城代を置いて滅多に訪れなかったと言われてます。


P1470348
Via Fratelli Bandiera


P1470389
ガリバルディ通りに入りました。


P1470390
18世紀に建設されたPalazzo Rambaldiです。現在、高等学校になってます。


P1470392
ガリバルディ通りを進み、次の交差点を左折してドゥオーモ前に出ます。


P1470393
この時間、ドゥオーモは当然閉まってます。


P1470394
ドゥオーモの外観を見れば、その街の繁栄度が大体推察できます。


P1470395
ドゥオーモ広場から東に向かいます。


P1470396
Porta Montanaraです。


P1470397
イーモラの城壁に4つの門がありました。これはエミリア街道の東端に設けられた門です。


P1470398
1460年から1470年に建設された門です。


P1470400
イーモラの城壁は1925年に取り壊されましたが、その際、修復されて残された唯一の門です。


P1470401
モンタナ―ラ門の前から見たドゥオーモです。


P1470403
そろそろ昼食の時間です。


P1470404
ガリバルディ通りです。昼食はエミリア通りの店に決めてました。


P1470405
写真右奥はPalazzo Tozzoniです。


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18世紀前半に建設されたPalazzo Tozzoniです。


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Palazzo Tozzoniは市立博物館として一般公開されてますが、この時は休館中でした。


P1470408
写真左は18世紀に建設されたヴェルガ館です。


P1470409
Vicolo Olivo


P1470410
広場に出ます。


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広場から見えたドゥオーモの鐘楼


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Vicolo Inferno


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エミリア通りに出ました。


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昼食を食べます。


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入店しました。


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お腹一杯、食べ過ぎです。


P1470417
ドゥオーモの鐘楼です。


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サン・フランチェスコ修道院だった建物は市立図書館として利用されてます。


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Via Don Bughetti


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サン・ジャコモ(聖ヤコブ)教会だった建物がエミリア通りに面して建ってます。


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宗教活動は停止され、現在は展覧会などに使用されてます。


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Teatro Comunale


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この日の公演はありません。


P1470425
(つづく)

P1470332
エミリア通りです。


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写真左はPalazzo Sassatelliです。


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自転車利用者が非常に多いイーモラです。


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エミリア通りを左折してVia Don Bughettiに入りました。


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ヴェネツィア海軍総督タッデオ・デッラ・ヴォルぺによって15世紀に建設されたCasa della Volpeです。


P1470338
ドゥオーモの扉が閉まっていました。


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ドゥオーモの向かいに建つ司教館です。


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司教館内に教区美術館があります。


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司教館の扉が開いていたので、中に入ってみました。教区美術館は当然のことながら閉まっていました。


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ガリバルディ通りです。


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写真左は18世紀に建てられた神学校だった建物です。


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ガリバルディ通りの先にRocca Sforzescaがあります。


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スフォルツェスカ城塞 Rocca Sforzescaです。


P1470349
14世紀前半、イーモラは教皇領でした。
第197代教皇ベネデット12世(1285-1342 在位:1335-1342)は、イーモラの領有権をリッポ2世アリドージ(?、?-イーモラ、1350)に与えました。
要塞の現在地には、11世紀に建設された塔がありましたが、1334年、領有権を与えられたリッポ2世アリドージが塔の残骸の上に要塞の建設を開始しました。建設工事は、リッポ2世の死後は息子のロベルト・アリドージ(?、?-イーモラ、1362)に引き継がれ、ロベルトの存命中に一応の完成を見ました。


P1470350
アリドージ家のイーモラ支配は1424年まで続きましたが、同年、イーモラはミラノのヴィスコンティ家の支配下に置かれるようになりました。
その後、イーモラは、15世紀前半まで教皇領、ヴィスコンティ家、教皇領、ヴィスコンティ家と度々支配者が変わりました。
ミラノのヴィスコンティ家にとって、イーモラは飛地であり、その戦略的重要性(ボローニャとリミニを結ぶ交通の要衝)から、要塞はヴィスコンティ家によって拡大増強されました。


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1470年、イーモラは、ミラノ公爵スフォルツァ家の支配下に置かれるようになりました。


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1471年、第212代教皇に選出されたシスト4世(チェッレ・リーグレ、1414-ローマ、1484 教皇在位:1471-1484)は、実子と言われるジローラモ・リア―リオ(サヴォーナ、1443-フォルリ、1488)に領地を与えようとしました。
シスト4世は、貧しい家の生まれだったので、その一族郎党の繁栄に特に留意した教皇と言われてます。


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ジローラモ・リアーリオの領地としてミラノの飛地イーモラをターゲットに定めたシスト4世は、ミラノ公爵ガレアッツォ・マリア・スフォルツァ(フェルモ、1444-ミラノ、1476)に対して、ガレアッツォの娘カテリーナ・スフォルツァ(・デ・メディチ)(ミラノ、1463-フィレンツェ、1509)をジローラモ・リア―リオに持参金なしで嫁がせる代わりに、イーモラの領地代として4万ドゥカートをミラノ公に支払うとの提案を行いました。
当時、持参金は法外な金額でしたから、持参金なしで娘を嫁がせ、逆に領地代が入金するという絶好の条件だったので、ミラノ公はその提案を受け入れ、ジローラモ・リア―リオとカテリーナ・スフォルツァとの婚約が調ったのです。4万ドゥカートという領地代も巨額法外なものでした。


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1473年、ジローラモ・リア―リオとカテリーナ・スフォルツァは結婚しましたが、その際、フォルリはカテリーナの持参金代わりとされて、ジローラモ・リア―リオの領地となりました。


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要塞の周りを一周します。


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ジローラモとカテリーナの結婚前、ミラノの飛地イーモラの割譲を願っていたフィレンツェは、ミラノとの間にイーモラの割譲とフィレンツェ在住芸術家のミラノへの派遣の合意があったとされてます。


P1470364
ところが、1474年、教皇シスト4世から4万ドゥカートの支払い命令がメディチ銀行にあったのです。メディチ銀行ローマ支店は、教皇庁の銀行代理業務を行っていました。1474年当時、教皇庁には4万ドゥカートの金がなかったので、代理業務を行っていたメディチ銀行に支払い命令が下ったのです。


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4万ドゥカートがイーモラの領地代と知った、当時のメディチ家の当主ロレンツォ・イル・マニーフィコはミラノの合意違約を悟りました。また、ロレンツォの時代、既にメディチ銀行は破綻寸前で業務遂行の問題が出ていたので、巨額の4万ドゥカートのミラノへの支払いを渋りました。


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11世紀に建設された塔の残骸の一部です。


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メディチ銀行の支払いを渋る姿勢に業を煮やしたシスト4世は、教皇庁の銀行代理業務からメディチ銀行を外し、パッツイ銀行のローマ支店を起用して、4万ドゥカートの支払いを行ったのです。以後、メディチ銀行はドル箱だった教皇庁業務から完全に外され、破綻への道を進むことになりました。
このことは、1478年4月26日にフィレンツェ大聖堂で起きたパッツィ家陰謀事件の発端となりました。
脱線して関係者の肖像画をアップしておきましょう。


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巷間、カテリーナ・スフォルツァの肖像と言われてます。


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フォルリのサン・ドメニコ市立美術館で展示されてますが、そこではカテリーナの肖像画とは表示されてません。何故でしょうか?


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ミラノ公爵ガレアッツォ・マリア・スフォルツァの肖像です。


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フィレンツェのウッフィツィ美術館にあります。


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座っているのがシスト4世です。


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左から2番目、シスト4世にやや背を向けて立っているのがジローラモ・リア―リオです。


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ローマのヴァティカン絵画館にあります。


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ロレンツォ・イル・マニーフィコの肖像(ウッフィツィ美術館蔵)


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イーモラは、パッツィ家の陰謀事件の中心地です。


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フォルリとイーモラの伯爵ジローラモ・リア―リオはパッツイ家の陰謀事件の首謀者です。その辺の詳しい事情は「パッツィ家の反乱」とか「パッツィ家の陰謀事件」と検索すれば、幾つかの記事が出てきますので、そちらをご参照願います。


P1470372
ともあれ、パッツィ家の陰謀事件の首謀者ジローラモ・リア―リオは、1488年4月14日、ロレンツォ・イル・マニーフィコの後ろ盾を得た5人によってフォルリで暗殺されました。


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暗殺者たちの軍は、急を知ってフォルリ要塞に籠ったカテリーナ・スフォルツァに押し寄せて、有名な「ルネサンスの女傑」と言われる逸話が生まれたのです。


P1470375
夫の事件後、フォルリとイーモラの領主となったカテリーナ・スフォルツァは、2つの要塞を更に整備に努めました。


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1499年、チェーザレ・ボルジア軍がイーモラに攻め入りましたが、イーモラに苛政を布いていたカテリーナ・スフォルツァはイーモラ領民から嫌われ、イーモラのスフォルツェスコ城塞は無血開城されました。


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イーモラは教皇領となりましたが、イーモラ周囲も教皇領だったので、その戦略的重要性を失い、イーモラの防御は不要と判断されるようになりました。


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要塞は、1524年から教皇領の刑務所に転用されるようになりました。


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1958年まで刑務所でした。


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その後、修復整備されて、現在は陶器と武器の博物館として一般公開されてます。


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しかし、開館することは少ないような気がします。


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P1470388
これで一周しました。
(つづく)

P1470071
イーモラ駅に到着しました。
イーモラは、人口70,075人(2019年12月31日現在)のエミリア・ロマーニャ州ボローニャ県のコムーネです。


P1470073
イーモラ駅の駅舎です。
イーモラは、ピアチェンツァ~パルマ~レッジョ・エミリア~モデナ~ボローニャ~イーモラ~フォルリ~リミニ~ペーザロ~ファーノ~セニガッリア~アンコーナの幹線上にあるので、鉄道利用が便利です。


P1470074
Viale Andrea Costa
鉄道駅から徒歩でこの日のお宿に向かいます。


P1470075
右折してViale Carducciに入りました。


P1470077
カヴール通りになりました。


P1470078
駅から旧市街まで約1㎞ほどあります。


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城壁が殆ど残されていないので、旧市街の判別が困難ですが、旧市街に入ったと思いました。


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サント・ステファノ教会です。


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サント・ステファノ教会に隣接して建っているのは、サンタ・キアーラ女子修道会のサント・ステファノ修道院です。


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カヴール通りを左折してフラテッリ・カイローリ通りに入りました。


P1470084
この日のお宿はもう直ぐです。
イーモラは、見所が多い街と思いますが、観光客には人気がないようで、宿泊設備は限られており、選択肢があまりないようです。


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この日のお宿です。3つ星ですが、お薦めです。
チェックインの時には、ホテルの写真を撮るのを失念してしまいました。後程、城を見に行ったのですが、雷雨に遭い、傘を持っていなかったので、慌ててホテルに逃げ帰った時に撮った写真です。だから道路が濡れてます。


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チェックインを済ませてから、早速市立美術館に向かいました。


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市立美術館となっているサン・ドメニコ修道院だった建物です。


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開館日の筈ですが、入り口扉が施錠されていたので困惑しました。


P1470319
イーモラ市立美術館については既に書きました。ご興味のある方はそちらをご参照願います。


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クリストフォロ・ディ・ベネデットの帰属作品


P1470128
ラヴィニア・フォンタナの作品


P1470189
ラッファエッロ・ボッティチーニの作品


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インノチェンツォ・ダ・イーモラの作品


P1470207
現代画も展示されてます。


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遺跡からの発掘物も展示されてます。


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市立美術館から外に出ました。
サン・ドメニコ教会を見ます。


178
通常サン・ドメニコ教会と呼ばれてますが、正式名称はサンティ・ニコロ・エ・ドメニコ教区教会となってます。


P1470328
この場所にサン・ニコロに捧げられた小さな礼拝堂がありました。13世紀半ば、ドメニコ会修道士がイーモラ到着し、市当局からサン・二コラ礼拝堂が活動拠点として与えられ、定住しました。


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ドメニコ会修道士によって、1287年に創建され、1374年に完成したゴシック様式の教会修道院です。


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教区教会の入り口です。
1797年、ナポレオンの抑圧令によって修道院は閉鎖され、修道院教会にあった美術品や財宝などがフランス軍に略奪されました。1998年、修道院だった建物はイーモラ市の所有となり、2011年から市立美術館となりました。


180
ファサード横の洗礼堂


P1470326
ファサード入口扉上ルネッタの装飾


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後陣


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鐘楼が微かに見えます。


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入口扉が閉まっていました。
市立美術館から教会を覗き込んだときに撮った写真があるので、それらで教会をしておきましょう。


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単廊式、装飾豊富なロココ調の内部です。


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1996年から2001年に大修復されました。


1
ルドヴィーコ・カッラッチ(ボローニャ、1555‐1619)の「聖オルソラの殉教」(1600c)


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ジョヴァンニ・ドメニコ・フェッレッティ(フィレンツェ、1692‐1768)の「聖ドメニコ」


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フランチェスコ・キウス―リ(イーモラ、17世紀中頃‐1729)の「シエナの聖カテリーナに幼きキリストを渡す聖母」


P1470292
詳細不知


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サンティ・二コラ・エ・ドメニコ教区教会を離れ、オルシーニ通りを進みます。


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突き当りはエミリア通り、エミリア街道です。


P1470331
(つづく)

P1470462
今回はイーモラの教区博物館 Museo Diocesano です。イーモラ司教区に属する教会や修道院から集められた絵画・彫刻や聖具類などが展示されてます。
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イーモラ大聖堂ファサードの向かいにある建物です。
(写真はイーモラ大聖堂)
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ファサード前から見て、向かって左斜めにある建物が司教館です。
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この日、開館時間になっても扉が閉まったまま。入口のブザーを押しても無しの礫。仕方がないので、観光案内所に行って、臨時休館か否かを確認しました。観光案内所にいた職員が親切にも幾つか電話をかけてくれて、「今行けば聖書者が扉の前で待っている」とのこと。慌てて急行すると、いました。あの人がそうです。
P1470341
退館の時は扉が開いていました。
P1470342
2時間ほど館内にいましたが、入館者は私一人。普段は滅多に客が来ないのでしょうね。リクエストがあれば、開館すると思っていた方が無難のようです。入館無料です。
司教館の1階(イタリアでゼロ階)に博物館があり、15の展示室があります。教区博物館としては規模の大きな方です。
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ファエンツァのグラッツィアーニ工房による「天上の聖母子と聖カッシアーノと聖ピエル・グリソロゴ」(18世紀)
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ジュゼッペ・マルケージ(ボローニャ、1699‐1772)の「モーゼとジェトロの若い娘」
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インノチェンツォ・ダ・イーモラの「聖母子と聖人たち」(1516)
イーモラのサン・アポッリナーレ教会にあった祭壇画で、痛みがかなりあるものインノチェンツォの特徴が良く出ている傑作です。
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ジュゼッペ・マルケージの「人気者を愛するソロモン」
P1470495
二コラ・ベルトゥッチ(アンコーナ、1710‐ボローニャ、1777)の「ギデオンの夢想」
P1470497
二コラ・ベルトゥッチの「サマリア人の善行」
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アンジェロ・ミケーレ・ゴッタレッリ(カステル・ボロネーゼ、1740‐イーモラ、1813)に帰属する「聖ヴィンチェンツォ・フェッラーリ」(18世紀)
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マルク・アントニオ・フランチェスキーニ(ボローニャ、1648‐1729)の「エジプトへの逃避途中の休息」(17世紀)
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ジョヴァンニ・アンドレア・クォルニオーニ(18世初頭‐1756)の「聖アンブロージョ」
ドゥオーモにありました。
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18世紀の逸名彫刻家による「磔刑像」
イーモラのリオヴァッレ教会にありました。
P1470513
ジョヴァンニ・アンドレア・フォルニオーニの「聖ピエトロと聖アポッリナーレ」
この作品はドゥオーモにありました。
P1470515
法衣
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聖書者の位によって法衣が違いますが、コン辺は全くの不案内です。
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16世紀のローマの逸名画家による「アントン・ドメニコ・ガンベリーニ枢機卿の肖像」(16世紀)
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メダル
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コイン
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17世紀のエミリアの逸名画家による「天上の聖母子と聖フランチェスコと背イグナツィオ・デ・ロヨラ」(17世紀)
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ジョヴァンニ・アンドレア・シラーニの「磔刑」(17世紀中ごろ)
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17世紀のイーモラの逸名画家による「聖カッシアーノ」
P1470528
展示室天井の装飾
P1470529
制作者の記載がありませんでした。
P1470530
司教館の方では制作者名が分かっていると思います。
P1470531
パルミジャニーノやアンドレア・デル・サルトクラスの画家による天井装飾ならば、制作者名が喜んで記載される筈です。それが無いと言うことは有名画家の手になるものではないと思います。
P1470532
P1470533
P1470535
詳細不明の作品
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ピエトロ・ディ・二コラの「聖母子」(15世紀後半)
P1470541
ピエル・フランチェスコ・チッタディーニ(ミラノ、1616‐ボローニャ、1681)の「マギの礼拝」(17世紀中ごろ)
P1470542
詳細不明の作品
P1470543
詳細不明
P1470544
19世紀の「ピエタ」
P1470545
天井の装飾
P1470547
制作者名は不明です。
P1470548
現代の作品紹介を省略します。
P1470550
ジャンジョゼッフォ・ダル・ソーレ(ボローニャ、1654‐1719)の「キリストの洗礼」(17世紀後半)
P1470552
説明プレートの記載を控えてくるのを忘れました。
P1470553
分かりません。
P1470554
P1470555
沢山あります。一部屋全部がこれらの展示です。
P1470556
P1470557
展示室の天井
P1470558
P1470559
制作者名は明らかにされてません。
P1470561
17世紀のロンバルディアの逸名画家による「気rストと聖ピエトロの邂逅」(17世紀)
P1470564
カルロ・チニャーニ(ボローニャ、1628‐フォルリ、1719)の「La Carita」
P1470567
制作者・画題不明の作品(18世紀)
P1470571
エンリコ・マンフリーニ(ルーゴ、1917‐ミラノ、2004)の「聖母子」(1975c)
P1470574
制作者不明の「グランデ・タベルナコロ」(16世紀)
P1470578
カルロ・チニャーニの「天使」
P1470580
カルロ・チニャーニの「天使」
P1470584
19世紀のエミリアの逸名画家による「授乳の聖母」(19世紀中ごろ)
P1470586
18世紀のイーモラの逸名画家による「祈る聖母」
P1470589
Maestro di Valverdeの「聖母子」(1471)
イーモラのヴァルヴェルデ教会にありました。
P1470593
カルロ・ボソーニ(フェッラーラ、1569‐1629)の「聖ステファノの殉教」(17世紀前半)
P1470596
16世紀のエミリアの逸名画家による「アレッサンドリアの聖カテリーナ」(16世紀末)
P1470599
バルトロメオ・チェージ(ボローニャ、1556‐1629)の「玉座の聖母子と聖カッシアーノの聖ジローラモ」(16世紀第4四半世紀)
P1470601
18世紀のエミリア・ロマーニャの逸名画家による「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」
P1470605
17世紀のエミリアの逸名画家による「聖フランチェスコ」
P1470607
18世紀のイーモラの逸名画家による「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」
P1470609
18世紀のフォルリの逸名画家による「福音書記者聖ジョヴァンニ(ヨハネ)」
これって、どう見ても女性ですよね。「最後の晩餐」の聖書を読むと、キリストの胸にキリストの愛する方が凭れ掛かっていたんです。聖ヨハネが女性説は昔からあるのですが、男性ならばキリストと同性愛の関係にあったと解釈するのが自然です。聖ヨハネ=マグダラのマリア説もあります。
P1470611
Michele Desubleo (Maubege,1601-Parma, 1676)の「救世主」
イーモラのサンタガタ教会にありました。
P1470614
ジュゼッペ・リギーニ(イーモラ、1753‐1766記録)の「聖ママンテの殉教」
P1470619
ジャコモ・カヴォドーネ(1577‐1660)の「救世主」
この作品もイーモラのサンタガタ教会にありました。
P1470622
18世紀のフォルリの逸名画家による「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」
P1470624
ジャコモ・ザンパ(フォルリ、1731‐トッシニャーノ、1808)の「聖ロレンツォの殉教」
P1470627
16世紀のボローニャの逸名画家による「聖母子と聖人たち」
P1470629
18世紀のボローニャ派画家の「聖ピエル・グリソローゴ」
P1470633
詳細不明
P1470636
ジョヴァンニ・ダ・リオーロ(1427‐1471記録)の「サン・ドメニコの多翼祭壇画」(1433)
ジョヴァンニの代表作です。この博物館で1点選ぶならば、私はこれです。
イーモラのサン・ドメニコ教会の主祭壇を飾っていました。
P1470645
18世紀のヴェネトの逸名画家による「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」
P1470647
詳細不明
P1470649
ジョヴァンニ・アントニオ・ブッリーニ派画家による「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」
P1470652
詳細不明
P1470654
18世紀のエミリアの逸名画家による「無原罪の御宿り」
P1470656
アンジェロ・ゴッタレッリの「無原罪の御宿り」
P1470658
18世紀のボローニャ派画家による「受胎告知」
P1470664
カウロ・チニャーニの「聖母子」(18世紀前半)
18世紀のイーモラの逸名画家による「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」
P1470667
詳細不明
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18世紀のエミリアの逸名画家による「アクィーノの聖トッマーゾ」
P1470677
ミサ曲の楽譜
P1470679
手描きの彩色楽譜
P1470680
天井の装飾
P1470681
P1470682
キリがないので、この辺で終わることにしましょう。
P1470685
非常に面白かった!!!
P1470749
相当な美術ファン向けの博物館でしょうね。
P1470764
(おわり)

P1470179
オラツィオ・サマッチーニ(ボローニャ、1532‐1577)の「聖ステファノの殉教」(1564‐65)
P1470184
ガスパーレ・サッキの「聖母の結婚」(1528‐29)
P1470189
ラッファエッロ・ボッティチーニ(1474‐1510存在確認)の「慈悲の聖母」(1510‐15)
P1470192
インノチェンツォ・ダ・イーモラ(イーモラ、1490‐ボローニャ、1545c)の「玉座の聖母子と聖カッシアーノと聖ピエル・クリソローゴ」(1515‐16)
P1470196
フランチェスコ・ディ・バルトロメオ・ペローシオ(ヴェネツィア?、1430‐イーモラ、1487)の「ピエタの聖母」(1468)
P1470201
ルネッタの「聖家族」
制作者、どこのルネッタ等についての記述がありません。
P1470205
地元イーモラの画家やボローニャなどのエミリア・ロマーニャ州の画家たちの現代画が50点ほど展示されてます。現代画は守備範囲から外れるので、全部の紹介は止めておきましょう。
P1470208
マリア・グイド・ダル・モンテ(イーモラ、1906‐1990)の「風景」(1932)
これは好みに入ります。
P1470212
レ―ツィオ・ブスカローリ(イーモラ、1895‐リッチオーネ、1971)の「ピエタ」(1921‐22)
何処が「ピエタ」なんでしょうか?
P1470220
次はジョヴァン・ジョゼッフォ・サンティ(ボローニャ、1644‐1719)の風景画4部作です。
こちらは「遺跡に騎兵たちがいる風景」(1685)
P1470216
「遺跡にトビアスと天使がいる風景」(1685)
P1470214
「遺跡でのディアナの水浴」(1685)
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「遺跡の旅人の風景」(1685)
P1470226
フランチェスコ・コディーニ(17世紀前半に活動)の「花と果物と食用鳥と鳥がいる静物画」(1631?)
P1470228
フランチェスコ・コディーニの「花と果物と食用鳥とパンの静物画」(1631?)
P1470231
バルトロメオ・パセロッティの「瞑想の聖フランチェスコ」(1580?)
P1470233
ヴェネトの逸名画家による「悔悛のマグダラのマリア」(17世紀末)
P1470235
ジョヴァンニ・バッティスタ・ピアツェッタ派画家による「瞑想の聖フランチェスコ」(18世紀)
長白鬚の聖フランチェスコを初めて見ました。聖フランチェスコではないと思うのですが・・・・
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ステファノ・マンガネッリ・ダ・クレモナの彩釉テラコッタ(15世紀)
P1470240
フィレンツェのロッビア一族の彩釉テラコッタとは随分感じが違います。
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18世紀のロマーニャの逸名彫刻家による「聖母子と聖カッシアーノと聖ピエル・グリソローゴ」(18世紀中ごろ)
P1470249
ジャン・ドメニコ・ヴァレンティーニ(ローマ、1639‐1715)の「薬草店」(1661)
P1470252
ジャコモ・ザンパ(フォルリ、1731‐トッシニャーノ、1808)の「大鷲に化けたゼウスにさらわれるガニメーデ」
(1777c)
P1470254
ジョヴァンニ・アントニオ・ブッリーニ(ボローニャ、1656‐1727)に帰属する「夢想する少女」(17世紀末)
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ジョヴァンニ・アントニオ・ブッリーニに帰属する「本と蝋燭を手にする少女」(17世紀末)
雄鶏が左に描かれている意味は何でしょうか?
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アンジェロ・ゴッタレッリ(カステル・ボロネーゼ、1740‐イーモラ、1813)の「フランチェスコ・アルベルゲッティの肖像」(18世紀末)
P1470261
エミリアの逸名画家による「カルロ・ブラカッサーティの肖像」(17世紀第4四半世紀)
P1470262
17世紀後半のエミリアの逸名画家による「ジュリア・サッサテッリ・マッキレッリの肖像」(1673c)
P1470263
ジャコモ・ザンパの「カミッロ・ザンピエーリの肖像」(18世紀第4四半世紀)
P1470264
バルトロメオ・チェージの「貴婦人の肖像」(1585)
P1470266
説明プレートなしの肖像画が数多く展示されてます。
P1470272
18世紀前半のボローニャの逸名画家に拠る作品
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17世紀のボローニャの逸名画家の「キリストの昇天」(17世紀)
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詳細不明
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美術館から教会の聖歌隊席に出ることが出来ます。
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教会は通常閉まってます。
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バロック様式の内部です。
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ロドヴィーコ・カッラッチの「聖オルソラの殉教」が見ものですが、聖歌隊席下の壁にあったのか、見当たりませんでした。
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恐らくジャン・ドメニコ・フェッレッティの作品でしょうね。
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美術館の展示に戻りました。
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彫刻の展示です。
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ローマ時代から現代までの彫刻が雑然と展示されています。
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イグナツィオ・ゾッティ(イーモラ、1806‐1865)の「自画像」(1840)
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展示室天井にある紋章?
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武具類も展示されてます。
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イーモラのコレクターの写真と共に代表的な収集物が展示されてます。
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凄いのは化石のコレクターです。
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2室が一人のコレクターが収集した化石の展示となってます。
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昆虫採集
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収集物の展示室には恐れ入りました。
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実態は美術館兼博物館でしょうね。
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外に出ました。
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(おわり)

人口が1万人を超えたコムーネに行くと、7,8割の確率でMuseo Civicoを設けています。その土地で発掘された遺跡、その歴史を物語る資料や、特産物教会や修道院にあったフレスコ画・祭壇画などが展示されてます。
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イーモラのクアルト通りです。この先に教会があります。
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サンティ・ニコロ・エ・ドメニコ教会ですが、通常、単にサン・ドメニコ教会と呼ばれてます。
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教会だけではなく修道院が併設されていました。
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修道院は閉鎖されており、旧修道院の建物が美術館として使用されます。
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Museo Civico di San Domenicoです。
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ここが美術館の入り口です。困ったことに開館時間にも拘らず扉が閉まっていることがあります。私が前回行った時がそうでした。仕方がないので観光案内所に出向いて、例のイタリア流の突発的臨時休館かどうか確認したところ、観光案内所の係員が非常に親切で市役所まで電話をかけて事情を聞いてくれたのです。
結論は、入館者が少ない時はセキュリティと人員削減のため、入り口を施錠して係員を不在にしているとの事。要すれば、経費削減の一環という訳です。
美術館に再度行ったら、係員が私を待ってくれていました。
フィレンツェのウッフィツィ美術館は長蛇の列ですが、国立美術館といえどもピサ、ルッカ、アレッツォなど閑古鳥が鳴いている所が多いのが現状です。市立美術館となると、他の入館者を見けることが珍しいのです。
P1470087
クリストフォロ・スカレッティ(1403年から記録、1447‐1451年の間に没)の「玉座の聖母子と聖アントニオ」(1430‐40)
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ジョヴァンニ・ダ・リオーロ(1426‐1474存在確認)に帰属する「聖母子と聖クリストフォロ」(15世紀)
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クリストフォロ・ディ・ベネデット(ボローニャで1456‐1497記録)に帰属する「聖母子と福音書記者聖ジョヴァンニと聖フランチェスコ」(15世紀後半)
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クリストフォロ・ディ・ベネデットに帰属する「受胎告知」(15世紀後半)
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陶器が展示されてます。
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隣のファエンツァが陶器製造で有名ですが、イーモラでも陶器業が盛んでした。
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トッマーゾ・カルデッロ(1469年記録、15世紀後半存在確認)の「聖クリストフォロ」(左)
右の「聖母子」はロマーニャの15世紀後半の無名画家の作品です。
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バルトロメオ・チェージ(ボローニャ、1556‐1629)の「聖アンナ」(1603)
イーモラ大聖堂の再建前の建物にあったフレスコ画です。
下の「予言者」もバルトロメオの作品で旧大聖堂にありました。
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サン・ドメニコ教会の再建前の建物(取り壊された)の窓にあったもの
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Maestro del Trittico di Imola(1425‐55c活動)の「玉座の聖母子と聖クリスティーナと聖ピエトロ」
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ロマーニャの逸名彫刻家による「磔刑像」(16世紀)
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ガスパーレ・サッキ(イーモラで1517‐1536記録)の「スカレッタの聖母」(1527)
聖人たちは、聖ジャコモ、聖ベルナルド、聖フランチェスコ、聖アントニオ・アバーテ
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ラヴィーニア・フォンターナの「ご誕生」(16世紀後半)
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ラヴィーニア・フォンターナの「羊飼いの礼拝」(16世紀後半)
P1470135
ピエトロ・バッキ・ダ・バニャーラ(バニャーラ、1510‐イーモラ、1579年以降)の「ロザリオの聖母」(1571)
P1470140
ジュゼッペ・バルトリーニ(イーモラ、1657‐1725)の「イーモラの街を祝福する聖カッシアーノ」(1704)
P1470142
ウバルド・ガンドルフィ(サン・マッテオ・デッラ・デチーマ、1728‐ラヴェンナ、1781)の「トレンティーノの聖二コラ」(1769c)
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ウバルド・ガンドルフィの「聖母子」(1775c)
P1470152
ラヴィーニア・フォンターナの「聖母被昇天と聖人たち」(1583)
P1470155
ジャコモ・ザンバ(フォルリ、1731‐トッシニャーノ、1808)の「聖母に嘆願する聖テレンツィオ」(1780‐90)
P1470159
ジャコモ・ザンバの「天上の聖母子と聖バルトロメオと聖フェーデ」(1777)
P1470164
ジョヴァン・ドメニコ・フェレッティ(フィレンツェ、1692‐1768)の「磔刑とマグダラのマリア」(1718‐28)
P1470169
ロレンツォ・パシネッリの「聖アグネス(または聖バルバラ)の殉教」(17世紀末)
P1470172
ドメニコ・マリア・ヴィアーニ(ボローニャ、1668‐ピストイア、1711)の「聖母子とベアート・ピエトロ・パッセ—リ」(1696)
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フランチェスコ・アルバーニの「幼きキリストを崇めるパドヴァの聖アントニオ」(1642)
(つづく)

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