イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:エミリア・ロマーニャ州 > グアルティエーリ

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森、畑などを見ても旅行記になりません。


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あちこち歩き回っても見どころが限定されているので時間が経ちません。


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まだ11時35分です。


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昼食を食べることしか用事がありませんが、昼食には少し早すぎます。


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べンティヴォーリア広場を囲むロッジャです。


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男だけの老人のグループ。女性が加わることは極めて稀のようです。


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やることがないので、一度ホテルに戻ります。


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一泊だけでも十分過ぎるほどと後悔しきり。でも修正が効きません。


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Palazzo Bentivoglia


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黒い雲が出てきました。


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小雨が降ってきたので、ホテルに戻る良い口実が出来ました。


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1時間ほどホテルで休憩してから再び外に出ました。雨は数分で上がりました。先ず昼食を食べます。


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食べるものは何処でも大体同じです。


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ワインとビールを少々嗜みました。


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食後の散歩に出ました。


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べンティヴォーリア広場から200mも離れると家並みが途絶えて緑が深くなります。


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日陰で一休み。


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グアルティエーリに来たのは後にも先にも、この時が初めてでしたが、こんなに見所が少ないとは全くの予想外です。


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それでも折角来たからには、と思い、無駄な努力を続けました。


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写真左はサンタンドレア教会です。


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「最も美しい村」を即断してはダメです。


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結論としては、この村の見所はべンティヴォーリア広場と広場に面した建物、それにサンタンドレア教会に尽きます。


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トラックが走っているのはポー川堤防沿いの道です。


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ポー川の支流です。


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村の外は農地が広がってます。


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村の外に出ても見どころは何もなし。


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村の入り口


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Palazzo Bentivogliaに出ました。


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夕方になりました。


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夕食はホテル併設のレストラン以外、選択肢がありません。


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人出がありません。


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被写体が同じです。


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この辺で終わりにしましょう。


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(おわり)

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この村には城壁がありません。


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ワイン醸造所ですが、多分廃業した?と思います。


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参事会教区教会の鐘楼です。


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横道には、さしたる見どころが無さそうです。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りに戻りました。


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写真左横に小さな広場があり、広場に面して教会があります。


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Chiesa della Confraternita della Immacolata Concezioneです。


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1547年の文書に、この教会の存在が記されてます。


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開いているかも知れない、との淡い期待を抱いていましたが、予想違わず扉が閉まっていました。


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中の見どころは、ボローニャの逸名画家によって天井に描かれたフレスコ画です。(外部サイトから作品画像を拝借しました)


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横道は直ぐに家並みが途絶えて緑深くなってます。


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振り向くと時計塔が見えます。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りを進みます。


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写真左に教会があります。


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Piazza Bentivogliaとその広場に面して建つ建物がなかった時代、村の中心地はこの辺でした。


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カヴァッロッティ広場です。


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広いカヴァロッティ広場に修道院がありました。


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カヴァッロッティ広場の真ん中に並木道があります。


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カヴァッロッティ広場に面して建つサンタンドレア教会です。宗教活動を停止した旧教会です。


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現在地に9世紀に建てられた小さな礼拝堂が前身です。


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12世紀に礼拝堂が取り壊され、サンタンドレア教会が建設されました。1542年、グアルティ―エリ教区が出来るとともに教区教会になりました。


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1547年、この教会を拠点とするConfraternita della Concezioneが設立され、教会は同信会の所有となりました。


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1566年、グアルティエーリは、コルネリオ1世・べンティヴォーリオ侯爵(フェッラーラ、1519-1585)の領地となりました。
1571年、コルネリオ1世は鐘楼を新建造するとともに、教会の建物を修復させました。


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1585年、コルネリオ1世が没すると、グアルティ―エリは、コルネリオ1世の息子イッポリート・べンティヴォーリオ(フェッラーラ、?-モデナ、1619)の領地となりました。
1600年、サンタ・マリア・デッラ・ネーヴェ教会が完成するのを待って、イッポリートは、教区教会をサンタンドレア教会からサンタ・マリア・デッラ・ネーヴェ教会にするとともに、サンタンドレア教会をFrati Francescini(フランチェスコ兄弟修道会の所有にしました。
建物が経時劣化したので、モデナ公爵でレッジョ・エミリア公爵でもあったリナルド・デステ(モデナ、1655-1737)は、デステ家のお抱え建築家ジョヴァンニ・マリア・フェッラローニ(レッジョ・エミリア、1662-1755)に命じて、サンタンドレア教会修道院の再建を決め、デステ家の資金によって1713年から1738年に建設された建物が現在の姿です。


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1795年、ナポレオンの抑圧令によって教会修道院は閉鎖され、建物は民有となりました。イタリア統一後はコムーネの所有となりました。
第一次世界大戦中、軍事病院に転用されましたが、1919年に現在の姿に復元されました。


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特別な時を除いて、建物が開くことはありません。


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サンタンドレア教会前のカヴァッロッティ広場と広場の並木道


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Pozzo di Piazza Nuova


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18世紀に造られました。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通り


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Villaに行きます。


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やはりVillaは閉まってました。


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Villa Torello Malaspinaです。
ローマ時代の遺跡の上に建てられたパルマ司教の別荘です。


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コルネリオ1世・べンティヴォーリオがPalazzo Bentivogliaの建設中に住んでいました。
1841年にフランチェスコ・マラスピーナ侯爵とローラ・トッレッロ伯爵夫人が住んだのでVilla Torello Malaspinaと呼ばれてます。


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(つづく)

サンタ・マリア・デッラ・ネーヴェ参事会教区教会の続きです。
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サンタンドレア礼拝堂です。


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カルロ・ザッティ(ブレシェッロ、1810-1899)の「聖アンドレアと聖人たち」(1844)


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パドヴァの聖アントニオ礼拝堂です。


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逸名画家作「パドヴァの聖アントニオ」


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ファサード裏にオルガンがあります。


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1784年に制作されたオルガン


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制作者、制作時期等詳細不知の「聖クララ」


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制作者、制作時期等詳細不知の「聖ルチア」


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マドンナ・デル・カルミネ礼拝堂です。


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ルドヴィーコ・カッラッチの影響を受けた逸名画家作「カルミネの聖母と聖シモーネと聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


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祝福された秘跡礼拝堂です。


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エミリアの逸名画家作「祝福された秘跡を崇める聖人たち」


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トレリ伯爵の礼拝堂です。


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カミッロ・リッチ(フェッラーラ、1580/1590c-1618/1626)の「磔刑」(1600-26)


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制作者、制作時期等詳細不知の「聖アポッロニア」


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制作者、制作時期等詳細不知の「聖アガタ」


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この礼拝堂を通り過ぎて別室にある礼拝堂に向かいます。


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受胎告知の礼拝堂です。


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礼拝堂上部


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受胎告知礼拝堂天井のフレスコ画


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カルロ・ボノーニ(フェッラーラ、1569-1632)の「受胎告知」


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この作品が本教会の最大の見所です。


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クリプタに行きます。


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クリプタの経緯等、詳しいことが分かりません。


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クリプタ天井のフレスコ画


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詳細不知の「キリストの復活」


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主祭壇前から見た出入口方向


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中央礼拝堂をもう一度見てから外に出ます。


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外に出ました。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・アレオッティ通称アルジェンタ(アルジェンタ、1546-フェッラーラ、1636)のデザインによって造られた広場です。


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時計塔と時計塔左右の建物もジョヴァンニ・バッティスタ・アレオッティ通称アルジェンタ(アルジェンタ、1546-フェッラーラ、1636)の設計です。


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広場に面して建つすべての建物はジョヴァンニ・バッティスタ・アレオッティ通称アルジェンタの設計によります。


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時計塔を潜ります。


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時計塔を潜ってヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りに出ました。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りから見た時計塔


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時計の下に村の紋章が描かれてます。
(つづく)

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スッザーラ駅です。


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スッザーラ始発パルマ行き普通列車に乗ってグアルティエーリ駅に向かいました。


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乗車約15分でグアルティエーリ駅に到着しました。


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グアルティエーリ駅の駅舎です。


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グアルティエーリは、「最も美しい村」にリストアップされている、人口6,366人(2019年12月31日現在)のエミリア・ロマーニャ州レッジョ・エミリア県にあるコムーネで、村の北にポー川が流れてます。


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この村に3泊して、近くにある町村を巡ります。


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駅から村の中心地に向かうSS63です。


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SS63の先に鐘楼が見えますが、鐘楼がある所が村の中心地になります。


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この辺から道路の名称がガリバルディ通りに変わります。


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村の中心、べンティヴォーリア広場です。


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グアルティエーリ侯爵べンティヴォーリア家の邸宅Palazzo Bentivogliaです。


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べンティヴォーリア広場に隣接する11月4日広場です。この旅のお宿は11月4日広場に面してます。


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この旅のお宿です。グアルティエーリの宿泊設備は限られますが、真面なホテルはここだけです。レストランを併設しているホテルです。


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チェックインを済ませてから外に出ました。


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Palazzo Bentivogliaの裏側です。


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先ず村役場内にある観光案内所に向かいます。写真右の柱廊に観光案内所があります。


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ここでエスプレッソを一杯


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村役場 Palazzo Comunaleです。


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Palazzo Comunaleのポルティコから見た広場


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Palazzo Comunaleのポルティコから見た参事会教会です。


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写真左はPalazzo Bentivogliaです。


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先ずドゥオーモ、サンタ・マリア・デッラ・ネーヴェ参事会教区教会の拝観です。


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16世紀中頃、グアルティエーリ侯爵コルネリオ1世・べンティヴォーリオ(フェッラーラ、1519-1585)はPalazzo Bentivogliaの建設を始めましたが、それと同時にPlazzoの隣に小さな礼拝堂を1547年に建てました。その小さな礼拝堂が現在の教会の前身です。


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やがてコルネリオ1世・べンティヴォーリオは、礼拝堂ではなく教会建設を考えるようになり、建築家ジョヴァンニ・バッティスタ・アレオッティ通称アルジェンタ(アルジェンタ、1546-フェッラーラ、1636)を起用し、アルジェンタの設計によって教会の建設が開始されました。
コルネリオ1世の死後、教会建設は息子のイッポリート・べンティヴォーリオ(フェッラーラ、?-モデナ、1619)に引き継がれ、1600年に完成しました。


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しかし、ポー川の洪水によってグアルティエーリは度々被害を受けました。この教会も被害を免れることはありませんでした。


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1679年に完成した鐘楼です。


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1765年のポー川の大洪水によって、教会の建物は、その一部が流失、外部分が水没、流れてきた土砂に埋まってしましました。
以前の建物のごく一部を利用して、建物が再建されることになり、1773年創建、1783年に完成した建物が現在の姿となってます。


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ファサードの装飾


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1608年、第233代教皇パオロ5世(ローマ、1550-1621 教皇在位:1577-1621)によってCollegiataに格付けされたこと記す碑文です。


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ファサード下に柱廊があります。


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教会の入り口


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教会の中に入りました。


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単廊式、ルネサンス様式の内部です。


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右側壁


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天井装飾は殆どありません。


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中央通路


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主祭壇を見ます。


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主祭壇と後陣(中央礼拝堂)


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主祭壇画


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クーポラ


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パルマの逸名画家作「ロザリオの聖母」(16世紀)
(つづく)

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