イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:ピエモンテ州 > カザーレ・モンフェッラート

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カステッロ広場に向かいます。


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街角の聖母子を発見しました。


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カステッロ広場にやってきました。


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写真右奥の建物はTeatoro Municipaleです。


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17世紀初頭、カステッロの城壁に面する現在地に劇場が建設されました。


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しかし、最初の建物は構造的に運営上の問題が深刻となり、1697年に閉鎖されてしまいました。
最初の建物が取り壊され、木造で1703年に再建されました。


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ところが、地元の貴族たちから木造ではみすぼらしい等の不満が沸騰したので、スポレートの修道院長で建築家のアゴスティーノ・ヴィットーリに劇場建設が委嘱され、アゴスティーノ・ヴィットーリの設計によって1780年から1786年に三代目となる建物が建設されました。
三代目の劇場で1791年に初演を迎えました。
1861年、劇場は地元の貴族から市当局に売却され、市有となりましたが、管理上の問題から上演出来ず、100年以上も閉鎖されたままでした。
大掛かりな修復工事が行われ、1990年に漸く再上演に漕ぎつけることが出来、現在に至ってます。


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カザーレ・モンフェッラート城、Castello dei  Paleologiです。


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この場所には、10世紀末の記録に、その存在が記された要塞がありました。要塞の建設時期はそれ以前と思われてますが、具体的には分かってません。


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モンフェッラート侯爵ジョヴァンニ2世・パレオロゴ(カザーレ、1321-ヴォルピアノ、1372)は、1352年、要塞を増強拡大させ城にしました。


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城の増強整備は、後継のモンフェッラート侯爵グリエルモ8世パレオロゴ(カザーレ・モンフェッラート、1420-1483)とモンフェッラート侯爵ボニファチョ4世パレオロゴ(カザーレ・モンフェッラート、1512-1530)に引き継がれ、15世紀中頃から16世紀前半にかけて工事が行われました。


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1559年、カザーレ・モンフェッラートは、マントヴァのゴンザーガ家領となりました。
ゴンザーガ家は、防衛上、この城の必要性はないとしながらも、塔と城壁を追加させるとともに、宮殿として整備させ、。マントヴァ公爵家の離宮として使用されるようになりました。


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ゴンザーガ家の衰退によって、1708年、カザーレ・モンフェッラートは、ゴンザーガ家からサヴォイア家領となりました。1710年から城はサヴォイア家の兵舎として使用されるようになりました。


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1856年、都市整備の一環から市場を新たに作るために、城の一部が取り壊されました。


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更にカステッロ広場を造るために、城の一部が取り壊されました。


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城はかなり荒廃しています。一般公開されていますが、この日はダメでした。


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本丸しか残されていないようです。


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カステッロの庭だった部分です。


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鐘楼はParrocchia di Sant' Ilarioのものです。


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広場に面して教会が建ってます。


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バロック様式の建物の教会です。


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写真左は市の塔です。


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サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会です。


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サンタ・カテリーナ教会とも呼ばれてます。


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1718年から1726年に建設されたギリシャ十字形、バロック様式の教会です。
1726年に奉献されました。


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この教会ファサードの後方に教会に隣接する1700年に建設されたドメニコ会のシエナのサンタ・カテリーナ修道院があり、修道院修道女によって教会が一部運営されたので、別名サンタ・カテリーナ教会と呼ばれた所以です。


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カステッロ広場を後にします。


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広場から見えた市の塔


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サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の横、Via Alessandriaに入りました。


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サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会に隣接して修道院だった建物が建ってます。


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ドメニコ会のサンタ・カテリーナ・ダ・シエナ修道院だった建物です。


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修道院は16世紀に建設されました。
旧修道院の先がサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会です。
修道院は、ナポレオンの抑圧令によって18世紀末に閉鎖され、1867年から修道院だった建物はEnte Municipale Convitto Trevisoが使用するようになりました。


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アレッサンドリア通りを更に進みます。


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写真右は、15世紀に建設されたPalazzo Vittaです。Natta d' Alfiano侯爵夫人の住居でした。


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観たいと思っていた観光先の殆どが閉まっていたし、午後にも開かないことが分かりました。


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臨時休館ならばHPに記載されるべきと思う私ですが、イタリアではHPの更新をしないことが多いのです。こんなことにめげてはイタリアの旅はやっていられません。


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6月28日でした。


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ローマ通りを進みます。


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通りの先はサンタ・クローチェ教会です。


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1344年に建設された後期ゴシック様式のサンタ・クローチェ教会です。


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未完成のファサードは、1748年にフランチェスコ・オッタヴィオ・マニョカヴァッリの設計によって一旦工事が開始されたものの、結局未完成に終わりました。


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1950年頃、宗教活動が停止され、その後の改造を工事を経て、1994年に教会だった建物はショッピングセンターに生まれ変わりました。


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左側壁に店舗が設けられてます。


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教会の建物は総じて地震に強くないのですが、大丈夫でしょうか?


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最後の望みは市立博物館ですが、日が悪いので、多分臨時休館だろうと諦めていました。


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19世紀に建設されたPalazzo Gaspardoneです。


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中庭に入ってみました。


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現在、Governatoreになってます。


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写真右の建物が市立博物館です。


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15世紀末に建設されたサンタ・クローチェ修道院だった建物です。


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旧修道院の建物が市立博物館になってます。


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この日は何故か休館でした。


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城、美術館、博物館などが全てダメでした。


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これでは何もやることがありません。


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夕方にも城。美術館、博物館、教会などに行きましたが、状況は変わらずでした。


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仕方がないので、ホテルで体を休めることにしました。
(おわり)

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サン・ドメニコ教会を横に見ながら、ジョヴァンニ・ランツァ通りを進みます。


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写真右は賃貸・分譲アパートです。


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塔がある建物が見えますが、後で行きます。


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サン・ドメニコ教会修道院の周りを巡ります。


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17世紀中頃に建設されたPalazzo Morelliです。


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先ほどの塔が見えました。


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塔がある建物はPalazzo Morelliであることが分かりました。


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Palazzo Morelliにロッジャがあります。


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ロッジャに入ってみました。


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ランツァ通りに戻りました。


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Via Saletta


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Palazzo Morelliの塔が見えます。


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同じ所を行ったり来たり。


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市の塔に行ってみる。


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昼食を食べた店が通りの突き当りに見えてます。


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次は市の塔です。


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市の塔です。


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高さが60mあります。


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11世紀に防御用の見張り塔として築かれました。16世紀初めにほぼ現在の姿の原形となりました。その後、経時劣化や修復のため、16世紀初めの姿と少し違う形になりましたが、1920年に行われた修復の際に16世紀初めの姿に復元されました。


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市の塔がサント・ステファノ教会の鐘楼と間違える人が少なからずいらっしゃいます。


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次は、そのサント・ステファノ教会です。


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サント・ステファノ広場にやってきました。
写真左がサント・ステファノ教会です。


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これを撮っておくと、後で行う写真整理に役立ちます。


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写真右の建物は、Palazzo Ricci di Cenesetoです。


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Palazzo Ricci di Cereseto前から見たサント・ステファノ広場です。


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サント・ステファノ教会です。


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市の塔が教会の鐘楼のように見えると思います。


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写真右の建物の上に顔を覗かせているのが、サント・ステファノ教会の鐘楼です。


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サント・ステファノ教会の最初の建物は11世紀に遡るとされてます。現在の建物は17世紀に再建された二代目となるもので、1661年に奉献されました。


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この時間は教会の扉が閉まってます。


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サント・ステファノ広場に面した、このお店はお勧めです。


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サント・ステファノ広場に立つのは、彫刻家ベネデット・カッチャトーリ(カッラーラ、1795-1871)の「ルイージ・カニーナのモニュメント」です。
ルイージ・カニーナ(カザーレ・モンフェッラート、1795-フィレンツェ、1856)は、地元出身の考古学者、建築家です。


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中にイル・モンカルヴォなどの祭壇画があります。


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サント・ステファノ広場を後にします。


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次はクリスティアーナ・エヴァンジェリカ教会です。次を右折して小道に入ります。


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Vicolo Giovanni Carottoです。


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ここから10mと出ています。


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写真左の建物が教会のような・・・・・


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如何にも教会の入り口のように見えましたが・・・・・


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アーチがありますが・・・・・


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アーチの上の装飾


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アーチに教会の入り口があります。


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クリスティアーナ・エヴァンジェリカ教会です。


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アーチを潜りました。


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鐘楼があります。教会の形がよく分かりません。


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(つづく)

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サン・ドメニコ教会の側面入り口に向かいます。


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写真右の建物がサン・ドメニコ教会の側面です。


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側面の扉も閉まっていました。


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結局、サン・ドメニコ教会に入れないことになりました。


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側面ファサードの丸窓


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側面ファサードの入り口


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サン・ドメニコ教会の後陣


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鐘楼


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サン・ドメニコ教会の側面入り口向かいに教会があります。


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サン・ピエトロ・マルティーレ教会です。


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聖リータにも奉献しているので、サンタ・リータ教会とも呼ばれてます。


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鐘楼が見えます。
1503年の刻印がある煉瓦が建物に使用されているので、創建は1503年、またはそれ以前とされてます。
1515年のカザーレ・モンフェッラートの文書に、サン・ピエトロ・マルティーレ教会が初めて記載されてます。


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中に入りました。


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単廊式です。


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右側壁


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天井


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フレスコ画で一杯です。


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主祭壇


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フレスコ画のテーマは聖ピエトロ・マルティーレの物語です。


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後陣左のフレスコ画


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詳細不知の「磔刑像」


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フレスコ画は18世紀に描かれたようですが、制作者などが分かりません。


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主祭壇前から見た出入口方向です。


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外に出ました。


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サン・ドメニコ界隈を後にしました。


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Via Giovanni Lanzaに出ました。


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かなりの賑わいを見せている通りです。


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前夜に大食いしたので、胃の調子があまり良くなかったけれど、昼食に何か食べないと夜まで持ちません。


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お手軽に済ませることに。


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食欲がなかったので、これで十分過ぎるほど。


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コッパ広場です。


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ジョヴァンニ・ランツァ通りに面して教会が建ってます。


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サン・ジュゼッペ教会です。


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(つづく)

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次はサン・ピエトロ教会です。写真の通りの突き当りに教会があります。


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サン・ピエトロ教会です。


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正式名はChiesa della Confraternita di San Pietro Apostoloと言います。


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サン・ピエトロ同信会が建築家フランチェスコ・ガッロ(モンド―ヴィ、1672-1750)に注文して、ガッロの設計によって1726年から1739年にかけて建設されました。


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フランチェスコ・ガッロは、教会建築が得意で、50以上の教会の設計を行ったことで知られてます。


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扉が閉まってましたが、それは予想通りでした。


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Via Paleologi


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次はサン・ドメニコ教会です。


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サン・ドメニコ教会は、次を右折します。ドゥオーモの西方にあります。


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通りの突き当りにあるのがサン・ドメニコ教会です。


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サン・ドメニコ広場に出ます。


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Confraternita dei Nobiliの本拠であり、カザーレ・モンフェッラートでは、ドゥオーモに次いで重要な教会とされてます。


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モンフェッラート侯爵グリエルモ8世・パレオロゴ(カザーレ・モンフェッラート、1420-1483)によって1472年に創建されました。グリエルモ8世の死後、建設工事はグリエルモ8世の弟ボニファチョ3世に引き継がれ、1506年に完成しました。


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1506年、併設の修道院が建設され、Padri Domenicaniに託されました。


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1513年、奉献式が執り行われました。


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ファサードのポータルが見所です。


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バルトロメオ・スアルディ通称ブラマンティーノ(ミラノ、1456-1530)によって1510年に装飾されたファサード・ポータルです。


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丸窓


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バルトロメオ・スアルディ通称ブラマンティーノの「聖母子とボニファチョ・パレオロゴ一族」(1510c)


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入り口横の、バルトロメオ・スアルディ通称ブラマンティーノ(ミラノ、1456-1530)の「シエナの聖カテリーナ」(1510c)


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入り口横にある、バルトロメオ・スアルディ通称ブラマンティーノ(ミラノ、1456-1530)の「聖ドメニコ」(1510c)


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サン・ドメニコ教会の左横にミゼリコルディア教会がありますが、後で見ることにしました。


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サン・ドメニコ修道院回廊に入りました。


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1506年に建設されました。
Confraternita dei Nobiliの支援を受けて、非常に豊かな修道院でした。


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ナポレオンの抑圧令によって活動が停止された旧修道院となってます。


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修道院のキオストロ回廊に僅かにフレスコ画が残されてます。


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劣化が著しく、何が描かれていたのか、全く分かりません。


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回廊の壁ルネッタ上にフレスコ画があったとされてます。


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高さ40mの鐘楼


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今度はミゼリコルディア教会です。


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1527年3月25日、Compagnia della Misericordiaが設立されましたが、その活動拠点としてサンタ・マリア・ディ・ピアッツァ教会(マッツイーニ広場にあります)が選ばれました。


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その後、自前の教会を持ちたい、との希望から資金集めが行われ、ミラノの建築家フランチェスコ・マリア・リキーノ(リキーニ)(ミラノ、1584-1658)の設計によって1611年に建設されたミゼリコルディア教会です。


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ファサードの装飾は、ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィスカルドの「慈悲の聖母」(1617)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィスカルドの作品


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィスカルドの作品


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サン・ドメニコ広場


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活動を停止した旧教会です。


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(つづく)

ドゥオーモ付属美術館の続きです。
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司教杖(18世紀)


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大理石棺(18世紀第4四半世紀)


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17世紀のカザーレ・モンフェッラートの逸名画家作「合奏」


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ドゥオーモ本堂外にある礼拝堂です。


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礼拝堂天井


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礼拝堂の聖職者席と十字架


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聖職者席上方の彫刻


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ジョルジョ・アルベリーニ通称ジョルジョ・ダ・カザーレ(アレッさんソリア、1567-カザーレ・モンフェッラート、1626)の「聖母子と聖ベルナルディーノと聖カルロ・ボッロメオ」(1610)


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ジョルジョ・アルベリーニの作品が数点あります。尚、ジョルジョ・アルベリーニは、グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568-モンカルヴォ、1625)の協力者でした。


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ピエル・アントニオ・セッラの「キリストと大人たち」(17世紀)


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ピエル・アントニオ・セッラの「キリストの証言」(18世紀前半)


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ピエル・アントニオ・セッラの「ゲッセマネ園のキリスト」(18世紀前半)


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聖具類


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純銀製


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ガウデンツィオ・フェラーリ(ヴァルドゥッジャ、1475/1480-ミラノ、1546)の「キリストの洗礼」(1534)


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ジョルジョ・アルベリーニ通称ジョルジョ・ダ・カザーレ(アレッサンドリア、1567-カザーレ・モンフェッラート、1626)の「聖ルチア」


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ジョルジョ・アルベリーニ通称ジョルジョ・ダ・カザーレ(アレッサンドリア、1567-カザーレ・モンフェッラート、1626)の「聖エヴァージョ」(1615)


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ジョルジョ・アルベリーニ通称ジョルジョ・ダ・カザーレ(アレッサンドリア、1567-カザーレ・モンフェッラート、1626)の「聖ロレンツォ」(1615)


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ジョルジョ・アルベリーニ通称ジョルジョ・ダ・カザーレ(アレッサンドリア、1567-カザーレ・モンフェッラート、1626)の「聖バルトロメオ」(1615)


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ジョルジョ・アルベリーニ通称ジョルジョ・ダ・カザーレ(アレッサンドリア、1567-カザーレ・モンフェッラート、1626)の「聖プロイエント」(1615)


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ヴェネツィア製のピオ5世の式服(16世紀末)
第225代教皇ピオ5世(ボスコ・マレンゴ、1504-ローマ、1572 在位:1566-1572)


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ピエモンテの逸名画家作「聖母子と聖人たち」(1628)


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エヴァンジェリスタ・マルティノッティ(カザーレ・モンフェッラート、1634-1694)の「キリストの洗礼」(17世紀後半)
エヴァンジェリスタ・マルティノッティは、サルヴァトール・ローザの弟子です。


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ジョルジョ・アルベリーニ通称ジョルジョ・ダ・カザーレ(アレッサンドリア、1567-カザーレ・モンフェッラート、1626)の「聖オルソラ」


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驚きました。聖堂内から入ることが出来なかったCappella di Sant' Evasioに付属美術館から入れるようになっていました。


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18世紀のものです。


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聖エヴァージョ礼拝堂の装飾は、その殆どが18世紀のものです。


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礼拝堂天井のフレスコ画


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礼拝堂の祭壇


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外に出ました。


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(つづく)

今回はドゥオーモの続きとドゥオーモ付属美術館です。
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説教壇


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制作者情報不知の「Vergine della Consolata」(17世紀)


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聖ジュゼッペの祭壇です。


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18世紀の逸名画家作「聖エヴァーショに顕現する幼きキリストと聖ジュゼッペ」


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サン・ロレンツォ礼拝堂です。


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ステファノ・ボッティネッリ・ダ・ヴィッジュ―の「聖ロレンツォと聖エヴァーショと聖ナターレ」(18世紀)


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Cappella di Sant' Evasioは閉まっていました。


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グラツィエの聖母礼拝堂


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アゴスティーノ・ブスティ通称イル・バンバイア(ブスト・アルシツィオ、1483c-ミラノ、1548)の「聖母子と聖アントニオ・アバーテと聖ベルナルディーノ」


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グラツィエの聖母礼拝堂天井の装飾


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Narthexへの入り口


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Cappella di Sant' Agata e Sant Apollonia


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グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568-モンカルヴォ、1625)の追随者作「聖アガタと聖アポッロニア」


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Cappella di Santa Lucia


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グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568-モンカルヴォ、1625)の追随者作「聖ルチアと聖人たち」


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Cappella della Madonna di Fatima


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Narthexに出ます。


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外に出ました。


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左側壁の後陣方向に向かいます。


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ドゥオーモ付属美術館の入り口です。


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写真左の建物が美術館になってます。


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司教館の一部が美術館になってます。


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ドゥオーモ内部はアゴスティーノ・ブスティ通称イル・バンバイアの彫刻を除いて見所が余りありません。美術ファンの不満を癒す一助になりそうなのが付属美術館と言えるかも知れません。


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入館無料です。土日は常時開館してますが、平日の開館は不定期と思っていた方が良いでしょう。原則は、夏場は月~金開館、冬季は平日閉館となってますが、夏季の平日に開館しているとは限りません。


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入館しました。
12世紀の逸名彫刻家作「聖人」
聖人は、聖エヴァーショの可能性があるとされてます。


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16世紀のフランスの逸名彫刻家作「ランゴバルド王リュートバルド像」
リュートバルド王(690c-744)は、8世紀中頃にカザーレ・モンフェッラート大聖堂の前身であるサン・ロレンツォ教会を建設しました。


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16世紀のフランスの逸名彫刻家作「テオドリンダ像」
テオドリンダもサン・ロレンツォ教会建立に尽力しました。


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14世紀前半のロンバルディアの逸名彫刻家作「アレッサンドリアの聖カテリーナ像」
14世紀前半から17世前半までカザーレ・モンフェッラート大聖堂のファサードに置かれていました。


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12世紀のモザイク
カザーレ・モンフェッラート大聖堂の内陣床にありました。


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12世紀のモザイク


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ロンバルドの逸名彫刻家作「磔刑像」(1450-60)


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12世紀のモザイク「魚屋」


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12世紀のモザイク


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12世紀のモザイク「男とイノシシ」


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創建時の床にあったモザイクです。


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(つづく)

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写真左はPalazzo dei Credito Italianoです。


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マッツィーニ広場からドゥオーモに向かいます。


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Torre Civicaが見えてます。


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高さ60mのTorre Civicaの歴史は古く、11世紀に遡るそうです。現在の姿は、1731年と1780年に行われた修復後の姿ですが、その2回の修復後に改造されたので、1920年に2回の修復後の姿に復元されたそうです。


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ドゥオーモ通りに入った途端、その突き当りにドゥオーモが見えます。


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現在、ドゥオーモが建っている場所には紀元後1世紀に建設されたユーピテル神殿がありましたが、8世紀前半、ロンゴバルド王リュートプランド Liutprando(?、690c-パヴィア?、744)がユーピテル神殿の廃墟の上に建設した小さなサン・ロレンツォ教会が前身とされてます。


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11世紀になると建物が劣化したので、再建されることになり、11世紀後半に創建され、12世紀初頭に完成したロマネスク様式の建物が現在の姿の原形となってます。


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1107年、第160代教皇パスクゥアーレ2世(ブレーダ、1050c-ローマ、1118 在位:1099-1118)によって献堂式が執り行われ、その際、聖エヴァーショ(アスティ司教)に奉献されました。


1
1215年、所謂ヴェルチェッリ戦争で、ミラノ・アスティ、アレッサンドリア、ヴェルチェッリの同盟軍の攻撃によって、カザーレ・モンフェッラートの街は大きな被害を受けましたが、その際、この教会の後陣が破壊され、13世紀中頃に元の後陣の近い形に復元されました。


2
非対称の、高さの異なる二本の鐘楼が特徴です。
1474年、カザーレ・モンフェッラートは単独の独立した司教区に昇格しましたが、それに伴い、本教会に司教座が置かれました。司教座教会への昇格後、ロマネスク様式で増築され現在の規模になりました。


3
15世紀に増築されたロマネスク様式の建物は、17世紀にバロック様式に改造されました。
また、1857年から1861年に行われた修復工事によって、現在のネオ・ロマネスク様式に改修されました。


4
現在のファサードは、1857年から1861年にかけて再建されました。


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外側壁


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側壁側入り口扉上ルネッタの彫刻


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ファサード側の入り口から中に入ります。


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ファーサード側入り口扉上ルネッタの彫刻


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中に入ると、Narthex(アトリウム)に出ます。


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6、7世紀のバジリカ様式の教会ではNarthexが良く見られますが、11世紀以降に建造された教会ではNarthexは非常に珍しい。


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Narthexが新しく見えるのは、1995年から2007年に行われた改装工事の際、オリジナルの形に新造復元されたからです。Narthexを経由して聖堂内に入ります。


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Narthexから聖堂内部への入り口


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聖堂内部に入りました。


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五廊式、ラテン十字形、ロマネスク様式(ロマネスク・リバイバル)の内部です。


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左右にそれぞれ2つの側廊があります。


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かなり複雑な形をしています。


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増築、改造、改修、復元されたので、中を一見しただけではオリジナルの構造が想像できません。


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右側廊


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左側廊


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中央身廊天井


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クーポラの装飾


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Presbiterioの磔刑像(12世紀)
この磔刑像はアレッサンドリア大聖堂にありましたが、傭兵隊長ボニファチョ・カーネ通称ファチーノ・カ―ネ・ダ・カザーレ(カザーレ・モンフェッラート、1360-パヴィア、1412)が1403年にアレッサンドリア大聖堂から取り外して、この聖堂に持ち込んだものです。


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19世紀のステンドグラス


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Presbiterioのネオ・ゴシック様式のフレスコ画とモザイクは、コンスタンティーノ・セレーノ(カザーレ・モンフェッラート、1829-トリノ、1893)の作品です。


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コンスタンティーノ・セレーノ(カザーレ・モンフェッラート、1829-トリノ、1893)の「エマオの晩餐」(1884)
(つづく)

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道を挟んで、市庁舎の向かいに教会があります。


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サン・パオロ・デイ・バルナビティ教会です。


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ミラノの建築家ロレンツォ・ビナゴ(ミラノ、1554-1629)の設計、工事監督によって1568年創建、1595年に完成しました。1594年に奉献されました。


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ウンベルト・コッポによって18世紀後半に改造されました。


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ファサードの彫刻


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中にグリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォの祭壇画があります。


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日曜日の午前中だったので、日曜朝のミサが終わってゆっくり拝見できることを期待していました。


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ところが扉が閉まっていました。


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カヴール通りを進みます。


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市庁舎の一部として使用されている建物です。


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市庁舎なので、日曜日には扉が固く閉じられてます。


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18世紀に建設されたPalazzo Magnocavalliです。


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これがあると助かります。


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Palazzo Magnocavalliの向かいにある、18世紀後半に建設されたCasa Alleanzaです。


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使用されてない部屋が多い?


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18世紀に建設された貴族の館、Palazzo Trevilleです。


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Palazzo Trevilleは、現在高級アパートになってます。


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高級アパートになっている、19世紀前半に建設されたPalazzo Arditiです。


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Via Mameli


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次はサン・ミケーレ教会です。


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街角の聖母子を発見しました。


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これです。


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Via San Evasioに面して建っているサン・ミケーレ教会です。


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Confraternita dei Nobiliによって16世紀初めに建設されたサン・ミケーレ教会です。


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ファサードに3大天使の彫刻が置かれてます。


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大大天使聖ミケーレ


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大天使ラッファエーレとトビオーロ


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大天使ガブリエーレ


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写真左はサン・ミケーレ修道院だった建物です。


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中にイル・モンカルヴォの祭壇画が6点あるのですが、扉が閉まっていました。仕方がないので、外部サイトから拝借した祭壇画を載せておきます。


2
グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568-モンカルヴォ、1625)の「竜を退治する聖ミケーレ」


3
グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568-モンカルヴォ、1625)の「ご誕生」


4
ジョヴァンニ・アントニオ・カッサーノ(パヴィア、16世紀後半-17世紀初め活動)のクーポラのフレスコ画(1597)


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ベルノッティ広場です。
広場に立つのは、ウルバーノ・ラッタッツィ(アレッサンドリア、1808-フロジノーネ、1873)像です。
ウルバーノ・ラッタッツィはイタリア統一で活躍した政治家です。


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旧裁判所の建物です。


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ベルノッティ広場は都市開発の対象になっているので、今後、姿が大幅に変わりそうです。


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一見教会風の建物がありますが、詳細不明です。


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ラッタッツィ広場を通り過ぎます。


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街の中心の広場に向かいます。


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マッツィーニ広場にやってきました。


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マッツィーニ広場がカザーレ・モンフェッラートの中心です。


P1280453市の塔 Torre Civicaが見えてます。


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広場の中心に立つのは、カルロ・アルベルト・ディ・サヴォイア(トリノ、1798-ポルトガル、ポルト、1849)のモニュメントです。
カルロ・アルベルトはヴィットリオ・エマヌエーレ2世の父です。


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(つづく)

カザーレ・モンフェッラートは、人口33,637人(2019年12月31日現在)のピエモンテ州アレッサンドリア県にあるコムーネです。
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アレッサンドリア駅始発の普通列車に乗ってカザーレ・モンフェッラート駅に向かいました。


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ほぼ定時にカザーレ・モンフェッラート駅に到着しました。


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ポー川南岸のモンフェッラート丘陵に位置し、古くからワイン醸造で有名です。美術的に見所が多い街と言えるでしょう。


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広い駅前広場


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カザーレ・モンフェッラート駅の駅舎です。


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駅前広場の噴水


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この日のお宿に向かいました。


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翌朝の出発が早いので、駅前のホテルに予約していましたが、この旅の出発前に工事のため休業するので、他のホテルに予約を振り替えたいとの連絡があったので、旧市街にあるホテルに泊まることになりました。


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鉄道駅から旧市街に通じる道です。


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Viale Bistolfi


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ジョヴァンニ・ランツァ(カザーレ・モンフェッラート、1810-ローマ、1882)像です。
ジョヴァンニ・ランツァは、カヴールやガリバルディほど知られてませんが、イタリア統一戦争で活躍した地元出身の英雄です。統一後、文部大臣を務め、イタリアの教育行政確立に尽力しました。


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カヴール通りに入りました。この日のお宿は、この通りにあります。


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写真左が、この日のお宿です。


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チェックインを済ませて外出しました。ホテルに向かう途中、余り写真を撮っていなかったので。駅方向に少し戻って、ビストルフィ通りとカヴール通りの交差点から街歩きを開始しました。


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城壁が残ってませんが、この辺から旧市街になるのでしょう。


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写真左は修道院だった建物です。


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中に入ってみます。


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非常に荒廃した建物です。


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警察署です。


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修道院は17世紀中頃に閉鎖されました。


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サンタゴスティーノ教会修道院だった建物です。


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フレスコ画の痕跡


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サンタゴスティーノ教会修道院の建物は、その後取り壊されたようです。


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修復費用が膨大なので、取り壊して新築した方が経費がかからない?


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警察署の外に出ます。


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カヴール通りです。


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この日のお宿が見えてます。


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ホテルを通り過ぎます。


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更に進んで、市立博物館に行きます。


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市立博物館は市庁舎内にあります。


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旗が掲げられている建物が市庁舎です。


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18世紀に建設されたPalazzo Gozani di San Giorgioです。


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中に入りました。


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この日は日曜日だったので、市庁舎は閉まってます。


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しかし、博物館は日曜日開館、の筈でした。


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Palazzoの中庭


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博物館は閉まっていました。何故?


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ガックリ。何時ものイタリア流をやられてしまいました。


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フレスコで装飾されてます。


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折角来たのに、突発的休館には困りました。この辺の所は、イタリアではよくあることで、どうにもなりません。


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外に出ます。


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この当時、市立博物館は、金土日の週末だけの開館でした。開館日に合わせて旅程を組んだのが無駄になりました。トホホ
(つづく)

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